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ヘルエスタ王国物語  作者: 十月 十陽
再会編(プロット)
19/75

ヘルエスタ王国物語(19)


 アンジュ・スカーレットが王の間に辿り着くまで、さほど時間は掛からなかった。

城内は恐ろしいほど静かだった。鎧の足音も、警備隊の声も聞こえない。おそらくシスター・クレアが先に人払いを済ませていたのだろう。

 内心、ネズミ一匹いない空間を一人で進むのは怖かった。が、生憎、そんな弱音を吐いてる時間もなかった。

「……リゼ」

 玉座に座る少女の名を呼ぶ。その頭上では巨大なクリスタル───モアの王冠───その原型がリゼの意思とは関係なくこの世に顕現していた。

 返事がないのも当然だ。今のリゼは会話が出来る状態じゃない。

 けれど、逃げるわけにもいかない。彼女との再会こそ、アンジュがヘルエスタ王国にやって来た理由なのだから。

 アンジュはゆっくり胸に手を当てる。そこにある感情は不安や哀しみ、喜びや苦痛といった人間らしいものだった。

 内側でアンジュ・カトリーナが苦しんでいるのも気のせいじゃない。呼吸が上手くできなくなり、心臓がいつもより早いのが分かる。きっと彼女も自分と同じ気持ちなのだろう。しかし、だからこそ見せてあげないといけない。

「見ててね、アンジュ。あなたにも友達は救えるから」

 モアの王冠を打ち破る方法───それは『星』を重ねられるかどうか。

 アンジュは『太陽』の魔人と『土星』のゴーレムを呼び出し、前進する。

 同時に───リゼの顔が上がり、開戦の言葉が王の間に響いた。

「レタ・セ・モア」

 絶対王政の名のもとに、青白く輝くクリスタルから極寒の冷気が放たれる。

 アンジュはとっさに『土星』のゴーレムに身を隠す。冷気を全身で受け止めたゴーレムは瞬きする間に凍りつき、砕けた。

 だが、この結果は上々といえる。

 等価交換とはいかないまでも、奇跡に襲われてまだ生きている。それは『星』の錬金術がモアの王冠と同じ類のものであるという証明。

 それが分かっただけで十分だろう。

 防御は出来た、次は。

 攻撃が止まってすぐ『太陽』の魔人がリゼに向かって直進する。だが、魔人はゴーレムの後を追うように氷の槍によって貫かれた。

「ふぅ」

 吐いた息が白い。

 奇跡の魔法に対して『星』の錬金術で何とか立ち回れることが分かっても、一撃で粉砕されるようじゃ同じ場所に立ったとはいえない。

 作り直せばいい、と簡単に割り切ってしまえれば良かったが、それも難しい。魔人もゴーレムも何度呼び出せるか分からない……練習で同時に呼び出せたのはたったの二回。そして残りは一回だ。

 不可能という実感。

 アンジュが立ち上がろうとした時、バキッ、と何かが折れるような音が続いた。

 左足が凍っていた。

「───しまっ!」

 痛みがなかったからこそ、凍っていることに気づかない。

 リゼにばかり意識を向けていたせいもあるが、見渡せば王の間に広がる冷気がいつの間にかバラの棘のような形で部屋中に広がっている。

 考えている暇などなかった。

 いま攻撃されれば、アンジュの敗北は決定する。

 しかし、

「……───」

 リゼ・ヘルエスタは頬杖をついて見下ろしていた。彼女にとってこんなものは鍔迫り合いなどではなく、余興のひとつだとでも言うように。

 『月』の錬金術で足を復元したアンジュは、改めて『太陽』の魔人を呼び出し、周囲に根付いた氷のバラを一掃する。

「人が必死になってついていってるのに、涼しい顔してくれちゃって」

「レタ・セ・モア」

 容赦なく、アンジュに向かって氷の光が浴びせられる。

 魔人は主人を守るべく、眼前に立つ。が、それもいつまで耐えられるか分からない。魔人は徐々に凍りつき、やがて砕ける。

「クソッ!」

 アンジュは悪態をつきながら『水星』の錬金術で作ったゲートの中に飛び込む。

 出口はリゼの真横。

 ───手を伸ばせば届く距離。

 しかし、伸ばした手は氷のバラによって粉砕された。

 バラは床を蛇のような動きで走り、残っているアンジュの身体に寄生しようと迫ってくる。

 アンジュは残った左手で『水星』のゲートを描く。

「ハァ……ハァ……」

 回避は成功したものの、これで四つの『星』を使った。

 明日から請求される代価はどんなものだろうか。

「今はそんなこと……気にしてる場合じゃ、ない……」

 アンジュは立ち上がり、両腕に───右手には『木星』を、左手には『金星』を───腕輪のようにして循環させる。

 これで六つ。

 出し惜しみはしない。

「はは。……限界を越えなきゃ、勝てる相手じゃなかったわ!」



     △△△



「えるがリゼ様にかけた魔法について心配する必要はありません。彼女はすでに死んでしまいましたから」

 クレアの一言はまさに、戍亥が知りたいことだった。

「あのエルフ死んでたんやね。どうりで見かけへんはずや」

「正確には、倒されたというべきでしょうね」

 そう断言するクレアは嘘をついていない。

 えるを誰かが殺した。それは戍亥にとってはありがたい話だ。リゼを助けるにあたって問題になっていたのは彼女だったから。

「それじゃあ今のリゼはどういう状況なん? えるの洗脳が解けてるってことは、その……」

 えるに変わって別の誰かがリゼを操っているのか?

 戍亥がそう質問しようとしたのと同時に、城内から氷が砕けるような音が聞こえてきた。

「始まりましたね」

「……本当にアイツはリゼを助けられるん?」

「信じられないのでしたら見に行ってくればいいのに」

「野次馬みたいにか? それだけはごめんや」

 表情の沈みきった戍亥に対して、クレアは追い打ちをかけるように情報を伝える。

「戍亥さん。もうすぐフレンさんが戻ってきます。彼女が戻ってくれば、真っ先に王の間に向かうでしょう。そうなってしまってはアンジュさんに勝ち目はありません」

「……アタシにおレンの相手をしろと?」

 足止めできるんですか? というクレアの声。

 たまに厳しいというか、突き放してくるシスターに戍亥は思わず笑ってしまう。

 結論から言おう───出来るわけがない。

 フレン・E・ルスタリオがどんな命令を受けているか知らないが、レイナ・ヘルエスタの遺した言葉により、あの女騎士は必ずリゼを守る。そして彼女がリゼと戦うアンジュを見れば、即座にアンジュを敵として認識するだろう。

 その後の展開は予想できる。

「おレンの相手は……ちょっと無理やね」

 ちょっと、というのもかなり盛った。

 実際は戦いになるか怪しいレベル。

 戍亥に強気な発言をさせたのはおそらく、ケルベロスとしてのプライドからくるものだろう。地獄の番犬としての威厳は保っておきたいのだ。

「わたしもフレンさんの足止めは不可能だと思っています。ですが、彼女が帰ってくることだけが問題じゃありません」

「おレン以上の問題があるん? ウチには思いつかへんけど」

「最近、ヘルエスタ王国周辺で魔物たちが活発になっているという話は戍亥さんの耳にも届いているでしょう? その魔物たちが今、四方八方から押し寄せてきています。現在、国民の避難を最優先としていますが……手が回っていないのが現状です」

「ほなら、この国は……」

「ワンチャン滅びるかもしれませんね」

 眉間にしわを寄せる戍亥を見て、クレアは冗談です、と笑う。

 クレアは咳払いを一つ、コホン、と話を戻した。

「フレンさんが戻ってくれば魔物は怖くありません。ですが、そうなると今度はリゼ様を救い出すことが二度とできなくなってしまう。

 ここがヘルエスタ王国の分岐点なんです。

 わたしは、リゼ様も、ヘルエスタ王国も守りたい。だからこそ、根拠もなくアンジュさんにリゼ様を任せたわけですから」

「ちょい待ち! アンタ今……なんて言った?」

「リゼ様もヘルエスタ王国も守りたいです、と」

「ちゃう! その次や! 次ぃ!」

 戍亥が驚くのは当然といえる。しかし、肝心のクレアはというと不思議そうな顔で頭の上に疑問符を浮かべていた。

「何か変なこと言いましたか、わたし」

「あの偽物がリゼを助けられるって保証があったんちゃうんか!?」

「保証しましたね」

「じゃあなんで根拠がないなんて言葉が出てくんの?」

「だって、根拠ありませんから」

「??????????????????????」

 クレアは、アンジュならリゼを助けられると言っていた。だが、保証をするだけしといてその根拠はないという。これには流石の戍亥も宇宙を感じざるを得ない。

「はっ! 意識飛んでたわ」

「わたしは自信満々のアンジュさんなら、リゼ様を救ってくれるだろうと信じているだけです。アンジュさんがどうやってリゼ様を助けるのかは知りません」

 タヌキに化かされたか、キツネに化かされたか。

 それはこの際忘れるとして、シスター・クレアは最初からウソはついていない。彼女は今でもアンジュがリゼを救えると信じている。

「騙し合いの天才なん?」

「わたしウソつきじゃないよ!?」

 戍亥は頭を抱える。

 根拠のない自信を信じることは無謀だ。しかし、その根拠のない自信を信じていしまう誰かがこんな身近にいるとは想定外だった。

 頭痛が痛い、とはまさにこのことだろう。

「ほなら、ウチはどないしたらええの?」

「そうですね」クレアは考えて。「アンジュさんを助けに行ってください」

「……はい?」



     △△△



 リゼとアンジュの戦いが拮抗し始めたのは、それからすぐのことだった。

 ほとんど絶対零度となった空間でアンジュは『金星』の力でなんとかその環境に適応し、『木星』の力で身体能力を上げなければ氷のバラと槍を避けることはできない。

これが対等の戦いと呼べるだろうか。

 加えて、

「レタ・セ・モア」

 リゼの口から紡がれる王命によって、撃ち出される光線。アンジュにとってこれが一番の問題だった。

 この光は奇跡の力によって必ず命中する。不可避の一撃。

『水星』の力でワープしても、奇跡によって捻じ曲がり、アンジュを襲う。あの攻撃は誰かの命を奪うまで止まることはない。だからこそ『太陽』の魔人か『土星』のゴーレムで防御し続けるのが最善。

「ははは! 楽しくなってきたね、リゼ!」

 痛みなど忘れて、高らかに笑う。

 強がりのように聞こえるかもしれないが、決してそんなことはない。今のアンジュはほとんど思考停止状態。つまり、反射で最適な『星』の錬金術を使っている。すでに『星』の使用上限を超えて戦っているのも、そんなことも忘れて、ただリゼ・ヘルエスタを救うという目的の為だけに意識が動いているから。

 奇跡を打ち破ることにおいて、異常こそ正常なのだ。

 バラがアンジュを追いかけ疾駆する。そのバラから逃げるため、時には壁を走り、時にはゴーレムを空中に呼び出し、足場にした。

 アンジュが『星』の錬金術に支払っている代価は、これから先の未来でアンジュ・スカーレットが受け取るハズだった奇跡。

 しかし、これはあくまでも使用料。

『星』の錬金術を現在で発動させるためには別の代価が必要だ。

 アンジュが支払っているモノ───それは素材や魔力といったその辺に落ちている、ありきたりなモノじゃない───彼女が支払っているのは自分そのもの。

 すなわち、魂である。

 アンジュは『先の奇跡』と『今の魂』をすり減らして、ようやくモアの王冠と同じ土俵に立つことが出来ているのだ。

 それに対し、当のリゼは呼吸をするように奇跡の魔法を使ってくる。

 もちろんデメリットなど無い。

 冷気によって満たされた床から氷の槍が生成され、それは跳躍したアンジュに向かって、一斉に射出される。

 アンジュは笑みを浮かべ、『水星』のゲートを使う。ゲートをくぐった槍はそのままリゼの頭上にあるクリスタルへとぶち当たった。

「傷ひとつ付かないか!」

 王冠から生まれた奇跡は、王冠を傷つけられない。

「次!」

 着地したアンジュを、氷の槍が穿つ。

 しかし、そんなもの! と笑い飛ばして『月』の錬金術で身体を復元する。そしてまた膠着した時間が続くのだ。

 そもそも、アンジュ・スカーレットとリゼ・ヘルエスタに直接的な繋がりはない。では、どうしてアンジュはリゼを助けようと必死になっているのか。その理由、その根源は、アンジュ・カトリーナにある。

 彼女は一度、リゼを助けようとして失敗した。

 天才美少女錬金術と息巻いておきながら、彼女は親友を救うことが出来なかった。

 無念の思いを抱えたまま死にかけていたアンジュをリヴァネルが見つけ、ホムンクルスとして生まれ変わらせ、その結果───アンジュ・カトリーナの魂に引っ張られるようにして、アンジュ・スカーレットは誕生した。

「これで───!」

 アンジュは『太陽』の魔人と『土星』ゴーレムを『水星』のゲートを使って、クリスタルの正面に送り込む。このタイミングで王命の光が放たれれば、防御する術を持たないアンジュは死んでしまう。が、それがなんだというのか───炎と岩の拳がクリスタルを叩く。王の間に鈍い鐘のような音が響き渡り、そして、

「レタ・セ・モア」

 絶対王政の光がクリスタルに集約する。

 アンジュは身構えるも、その光は魔人とゴーレムを破壊した。

 足の止まった獲物には氷のバラと槍が凄まじい速度で襲い掛かる。

「───っ!」

 避けようとゲートを作ろうとしたところで、意識が飛ぶ。

 瞬間、アンジュの立っていた場所に氷の粒子が舞った。

 そこに彼女の姿はない。

 残っているのは氷の破片だけ。

「ほんま、世話が焼ける子やね」

 柱の影からその声は聞こえてきた。

 声の主はあざ笑うようにアンジュの頬を往復ビンタする。

「はーい、起きてくださーい。寝てる場合じゃありませんよー」

「戍亥!?」

 目を覚ましたアンジュが声を上げる。

「あ、起きた」

「なんだかほっぺが痛いような」

 熱を帯びた頬を撫でながら話す、アンジュ。

 戍亥はアハーと笑って、

「それは気のせいやね!」


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