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ヘルエスタ王国物語  作者: 十月 十陽
再会編(プロット)
1/33

ヘルエスタ王国物語(1)



 森の中を走る少女の姿があった。

 その背中を追って、薄い赤髪の暗殺者が少女に近づき、その首を刈り取るために剣を振るう。少女は偶然、地面に伸びた木の枝に足を取られ、転ぶ。ちょうどその頭の上を死神が通過した。

「ちっ!」

 舌打ちと同時に、追い打ちが来る。

「あぶね!」

 錬金術で土煙を発生させ、相手の目から隠れる。

 だが、それは愚策だった。

 相手は暗殺を生業としている職人。一瞬でも相手から目を離してはいけない。

「いい加減死んでくれないか?」

「残念! あたしにはまだやり残したことあるんだよ」

「じゃあ、こっちも気合入れないとな」

 重たい荷物を背負って、一心に走る。少女は頻繁に後ろを気にしながら、

「死ね」

 前から声がして、振り返った時にはもう遅い。

 その日、アンジュ・カトリーナは死んだ。

 薄れる意識の中で、アンジュは親友の───戍亥とこの声を聞いた。



 広大な森にたたずむ一軒家から旅立とうとしている一人の少女がいた。名をアンジュ・スカーレット。十六年の修行を終えて師匠のもとから旅立とうとしている、ひよっこ錬金術師である。当然、彼女を送り出そうと決心していた師匠もその旅立ちに涙を流していた。

「アンちゃーん! 行かないでー!」

「いやいや、さっきまでめちゃくちゃ送り出す雰囲気だったじゃないですか」

 抱きつくと同時にアンジュが錬金術で仕立てた服に鼻水をこすりつける師匠。それはいいとして、抱き絞められたアンジュは本当にただ戸惑うことしか出来ない。

 残念なことにいくら修行をしたとはいえ、師匠を力づくでどうにかできるほどの実力は身につかなかった。これからは寝相の悪さによって決められていたプロレス技からもさようなら。王都でのんびり目標を追に向かって精進します、とはなるはずだったのだ。

「やっぱり修業が足りないんじゃない? 師匠はそう思うの。だからもっとここで修行していけばいいじゃないかしら」

 支離滅裂なことを言いながら師匠が足を引っ張てくる。

 アンちゃんはまだ修行不足だからお嫁にはいけません、と。

 それはアンジュの妄想と偏見によって生み出された師匠のセリフ。つくづく胸が無いとイジリ倒してきた師匠からのムカつく過保護だった。辛かった修行の日々を思い出し、何度も才能がないと言われ続けたが最後には頭を撫でて慰めてくれる。

だが、やっぱりここを出ていくのは正解だったのかもしれない。

「師匠。そんなこと言われて誰も家に帰ってこようとは思いません」

「やだやだ! 王都に行っても師匠のこと思い出してほしい。なんなら、ホームシックで泣きながら帰ってきてほしい!」

「それは───」

 うん。あるかもしれないな、と内心思った。アンジュは王都に着いたら手紙を書くことを約束し、なんとかくっつき虫の師匠を階段に座らせる。それでもアンジュの首から腕を離さない師匠。蛇のように巻きついたままだ。

 だけど、師匠が妥協できるラインとしてはここがベスト。もしもこれで上手くいかなかったら、諦めてまた地獄の日々に戻らなければならない。

「絶対?」

 潤んだ赤ん坊のような目で見つめられるアンジュ。

「もちろんですよ! 王都に着いたら写真付きで手紙を出します」

「毎日?」

 うっ、と言葉に詰まる。王都についてから宿を探して、その他諸々。やることには困らないだろうが、自由な時間が取れるかは疑問だった。

「えーっと、その……」

 できるかな? というのがアンジュの本音だ。しかし現状は、毎日手紙を書かなければ王都に行くことすらままならない。

「書きます。毎日……。だ、だからその、手を離してください、師……匠。そろそろ限界が……うぷっ」

「……分かった」不服そうに手を離す。「でも、ヘンな奴に絡まれたらすぐにこのスーパーつよつよ師匠に言うのよ? すぐに駆けつけてあげるから」

「できる限りヘンな人に絡まれないよう気をつけます」

「うん!」

 年齢不詳の満面の笑みを浮かべる師匠だったが、アンジュは苦笑いを浮かべる。考えるだけでも恐ろしい。自分に絡んできたその人はきっと、粉微塵になってこの世界から消滅してしまうだろうから。

 本当に……気を付けよう……。

「それじゃあ師匠、いってきます」

「いってらっしゃーい!」



 師匠との別れを告げて涙を流しながら森を抜ける。修業は苦しかったけどなんだかんだ楽しかった。森で死にかけていた自分を助けてくれた時からずっと一緒にいて、いつのまにか母親のような存在になっていた。

 これまでの思い出と一緒にアンジュは森の入り口を振り返る。そこには───

「やっぱりついて行っちゃダメかな?」

「師匠は森に帰ってください!」

 アンジュは王都に向かって走り出す。最後に少しだけ、元気をもらった。



     △△△



 城壁と中心にある巨大な城。ずっと憧れていた場所はたった一週間で行くことができる。それだけでアンジュは胸が膨らむような思いだった。

 今日この日までたくさんの人たちと出会い。いろんな優しさに触れた。知らない旅商人に美味しいご飯を食べさせてもらったり、異国のキレイなお姉さんから不思議な舞を教えてもらったり、本当に退屈しない時間だった。

 危惧することがあるとすればそれは、現在進行形でワイバーンに追いかけられているこの状況で王都の門まで辿り着けるかどうかということ。そして辿り着けたとしてもワイバーンをこの後どう処理するのか。

「誰かああああああああああ!」

 門に向かって爆走するもワイバーンを引き連れてやってくる旅人とはいい迷惑である。

 確かに面白い光景ではあるけれど、自分の身に降りかかってくる不幸ともなれば話は別だ。門を目指して慌ただしく走ってくる赤毛の少女。加えてワイバーン。城を守る兵士たちからすればたまったものじゃない。

 一人の兵士が城内に入り、すぐに通信を入れる。

「フ、フレン隊長! 北門にワイバーンです。討伐をお願いします」

「……───」

 応答はなし。通信は切られた。

 兵士は一度気持ちを切り替える。王都周辺でワイバーンが出たという話は聞いたことがない。それにあの大荷物を持っている少女の正体も不明。街のことを考えてもここは城門を閉じるのが正解だ。

 あの少女には申し訳ないが犠牲になってもらおう。

「えっ、何あれ。面白すぎる」

「エクス?」

「おっちゃん! 久しぶりだな。元気にしてた? うーん、ちょっと痩せたかも」

エクス・アルビオ───ヘルエスタ王国騎士団の副団長であり、国中の誰もが認める英雄である。

「エクス、どうしてここに」

「連絡があったから駆け付けたんだけど……。マジでワイバーンだよ。珍しいな」

「隊長はどうしたんだ。まさか、一緒じゃないのか?」

「もうとっくに着いてますよ」レヴィ・エリファが言う。

「レヴィさんまで来たのか」

「すみません。要請があった後すぐに隊長が飛び出して行ったんですけど……。それに便乗してこのバカ英雄も走っていってしまい。僕はそれを追いかけてここに」

「あんたも苦労してんだな」

 分かります? と肩を組める相手を見つけてレヴィは思わず涙ぐんでしまう。これまで誰にも損な役割を変わってもらえず、団長と英雄の代わりに事務仕事をしてきた彼女にとって、同情の混じりの言葉でもそれは暖かいものだった。

「ところでフレン団長はどこに?」

「ああ」とエクスが上を指差す。「もうスタンバってる」

 城壁の上。ワイバーンとアンジュを見下ろせる位置にフレン・E・ルスタリオは立っていた。美しいブロンド色の髪を風に乗せて、腰に備えた剣を引き抜く。そして彼女は城壁を足場にし、ワイバーン目掛けて跳躍する。

 ワイバーンは城のほうから近づいてくる異質なものを感じ、ピタリと止まる。自分が追いかけていた子豚は罠だったのだ、と気づくころ───もう手遅れだった。一刀のもとに真っ二つに切り裂かれ───絶命した。

「赤い髪……」

 ギリギリで息をしているアンジュに投げられた言葉。

 そこには僅かばかりの殺気が込められていた。

「あ、ありがとう……ぜぇ、ぜぇ……ござい、ます。おかげで助かりました」

「こちらこそお礼を。あなたがワイバーンを引き付けてくれていたおかげで街に被害を出すこともなく簡単に倒すことができました。本当に感謝しています」

 違うんです、勘違いです、とアンジュは心の中で叫んでいた。ワイバーンを引き付けていたのではなく、引き連れていた。

 むしろ街に危険を運び込もうとしていた原因であり、あわよくば助けてもらおうと思っていたずる賢い女です。なんて口と喉が裂けても言えるわけもなく。ただ情けない格好で地面に転がっていることしかできない。

「王都に向かうのでしたら私が城門まで送りましょう」

「よ、よろしくお願いします」

 アンジュは立ち上がろうとして、立ち上がれない。

 安心と疲労感で腰が抜けてしまっている。

「あの……」

 アンジュが情けない声を出すのと同時にフレンはアンジュを抱き上げた。

「このまま王都まで行きましょう。荷物は私が背負って行くので、何か足りない物があれば教えてください。あとで部下たちに探させます」

 本当に頭が上がらない。

「何から何まで、ありがとうございます」

「気にしないでください。それより、あなたが生きていて良かったです。私はフレン・E・ルスタリオといいます」

「わたしは───」

 何気なく、アンジュはフレンの顔を見た。柔らかい声からは想像もできないほど、恐ろしく、冷めきった目をしている。その瞬間、アンジュは師匠と似たようなものを感じた。自分がどうあがいても敵わない異次元に住む怪物。それは強さだけを磨き上げてきた孤独な時間の長さに比例してより深くなっていくものだ。

「フレンさんは、殺したい相手とかいるんですか?」

 フレンは答えるのに少し躊躇った。

アンジュはすぐに地雷を踏んだことに気づいたが、それでも質問を撤回するような気持にはならなかった。この美しい女性が何を抱えているのか知りたかったからだ。

「因縁の相手を探しているんです。その相手は貴方と同じ、紅い髪をしている」

「……───」

 それだけ答えるとそれ以降の会話はもっぱら王都についてフレンと話した。

 愛国心があるのかどうかアンジュには分からない。が、少なくともヘルエスタ王国の話をしている時のフレンは少しだけ穏やかな表情に変わる。しかし、楽しそうかと聞かれればそうでもないような───ともかくアンジュは、フレン・E・ルスタリオを危険人物と決めた。



     △△△



 城門で待っていたエクスとレヴィはフレン団長の帰りを敬礼で出迎える。

「「お疲れさまでした!」」

「レヴィ、これからこの子に入国許可証をあげてくれ。それとエクス、お前は冒険者ギルドに連絡を取ってワイバーンの素材を回収させろ。以上だ」

「了解しました!」とレヴィが言う。

 フレンはそれだけ命令するとすぐに城のほうに向かって歩いて行った。

「アンジュさんですね?」

 アンジュは頷く。

「僕はレヴィと言います。受け付けは城門の入り口行いますので、こちらへどうぞ。荷物のほうは後で一緒に確認しましょう」

「オレ、また雑用なんだけど」

「エクスはさっさと命令された通りに動く。あと冒険者の酒場でお酒を飲まないように」

「そう言われると飲みたくなるんだ」

 楽しそうにエクスは街のほうに消えていく。

 さて、ここまでとんとん拍子に進んでいるわけだけど、どうしたものか。アンジュの目標のひとつであるヘルエスタ王国への入国はとりあえず達成できた。あとは荷物検査で引っかからなければ職を探すだけでオーケー。

 しかし、問題は荷物検査だった。錬金術を使う以上、危険物を扱うことも少なくない。全部が全部というわけでもないが、逃げる準備をしておいた方がいいだろう。

「あのアンジュさん……」

 荷物検査をしているレヴィに話しかけられて、アンジュから面白い鳴き声があがる。

「な、なな、なにか!? 怪しいものなんて入ってません!」

「そうではなくて先に入国許可証を渡しておこうと」

「へえ?」

 まだ何も質問されてないけど貰っていいものか。アンジュはなんとなく手渡された入国許可証を受け取った。

「分からないって顔してますね」レヴィが可愛く笑う。「団長がアンジュさんを連れてきた時点で悪い人じゃないっていうのは分かってたんです」

「どうしてですか?」

「悪い人だったらワイバーンと一緒にアンジュさんは斬られてますから」

 それを聞いてゾッと背筋が凍るような気がした。確かに、助けた人に襲われて死んでしまったらとんだ笑い話だ。裏を返せば、少しでも敵意を向けていれば一瞬で殺されていたという話。震えないわけにもいかない。品定めはおそらく助けた瞬間から始まっていたのだろう。フレンの人を見る目は部下であるレヴィの信頼にも繋がっている。

 本当に生きてて良かったとアンジュはあらためて胸を撫で降ろした。

「荷物のほうも特に問題はありませんでした。危険物はいくつかありましたが……。あとはアンジュさんの確認だけですね。失くした物があれば騎士団にご連絡をください」

「わかりました」

 アンジュはそそくさと荷物を確認する。

「全部あります。本当に色々、ありがとうございました」

「いえいえ、僕もひと儲けできましたから」

「それってどういう……」

「気にしないでください」

 アンジュはすべての手続きを済ませて立ち上がる。

 目の端にはちらりと映った涙を流して石畳を叩く兵士が三人ほど。不気味な光景にすぐにその場を離ようとアンジュの足は加速する。

アンジュは知りもしないが、彼らは負けた兵士であった。

「アンジュさーん! もしも泊まるところをお探しになるようでしたら、この道を真っ直ぐ行った先にある小野町亭がいいですよー」

「ありがとうございます。行ってみます」



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