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社畜のお姉さん

社畜のお姉さんが一週間頑張ったご褒美ご飯を食べる話。

作者:

 綾子は、重い足をよっこらどっこらと動かし、駅からスーパーまで歩く。

己がくたびれボロボロになっているのがわかる。

今週は本当に忙しかった。

毎日、家にたどり着くのは日付が変わる寸前だった。……過ぎている日もあった。

土日は絶対寝て過ごそう。何もしないをしたい。

ただ、金曜日の夜は、自分に頑張ったで賞を上げようと綾子はずっと考えていた。


 カゴを手に取り野菜のコーナーを見ていく。

何か良いものはないだろうか……。

余は疲れているのだ。重いものは持ちとうない。軽くて美味しいものを持てぃ!と脳内に謎のお殿さまが出てきたが、綾子は気にしなかった。


「お茄子……」


少し大きめのお茄子が3つ入って税込み百九十八円。

ここら辺では大変珍しいお値段だ。大体二百二十円は超えるので。

お値段が安いのもありがたいが、そこまで重量がないのも良い。

これは脳内お殿さまもご満足いただけるに違いないと、綾子はそっと茄子を手に取りかごに入れた。


 無計画に茄子を手に取りかごに入れたが、何が良いだろうか。

茄子以外に何が食べたいか……何か……。茄子には、油分……。

綾子の頭にぴこーんと電球がついた。表現が昭和とか言ってはいけない。綾子は昭和生まれなので、仕方がないのだ。


「……とろとろチーズ」


 チーズと茄子で簡単に作るものを思いついた綾子は、心持軽くなった足取りでレトルトのパスタソースが置いてある棚へと向かう。

そして、安くて二人前の分量があるプライベートブランドのミートソースを選んだ。

正直そんなに美味しくないのだが、お値段がお安く量があるのは大事だ。なにせ薄給なので。アレンジで美味しく食べれるから良しとしている。

そして最後にとろけるタイプのチーズをかごに入れて、レジへと向かった。

 今日の夕飯は、脳内お殿様の導きにより『茄子のミートグラタンぽい何か』に決まった。

決して茄子のミートグラタンではない。だって、ものすごく手抜きレシピだから。そう名乗るのがおこがましい気がする。


 エコバッグを忘れるという痛恨のミスをしつつも、通勤鞄に無理くり買った食材を入れボロボロのアパートへと綾子は帰宅した。

手早く手洗いうがいをして、片付いていない部屋からはそっと目をそらしつつ食材をとりあえず冷蔵庫に入れ、烏の行水並みに急いでお風呂を済ませると、部屋着兼寝間着に着替える。

万が一ミートソースが跳ねても大丈夫なように、黒を着ている。

薄い色とかは、何をどう頑張っても落ちない小さな水玉が出来てしまうので。

どうでも良い事だが、カレーうどんの時も綾子は黒を着ている。どんなに気を付けても小さな点ができる。

どれだけ食べるのが下手なのか。綾子は不器用なので諦めている。


「おなーす、なすなす、なっすっなすっ」


 いつものごとく調子はずれな即興の謎歌を歌いつつ、お茄子を二つばかり取り出し、軽く洗って水気をふき取る。

ヘタをギリギリで落とし、縦に薄切りにしていく。

たぶん五ミリとかそのぐらいだと思われるが、切りにくいのか厚さにばらつきがある。

でも綾子は気にしない。それも食感の違いがでるから美味しいはずだ、と思っているので。

 蛇足ではあるが、茄子の切り方は正直なんでもいい。乱切りや輪切りなど好みだ。ちゃんと加熱されてミートソースが絡めばいいのだ。

今日の綾子の気分が立てに薄切りだったというだけだ。


 それをテフロンのフライパンに乗せて焼いていく。この時、玉ねぎのみじん切りを一緒にいれて炒めても良い。今日は玉ねぎがないし、面倒なのでやらない。

茄子はフライパンに全部は乗らないので、何回かに分ける。

ここで油をひかないのには一応理由がある。

茄子は油をよく吸うのだ。焼く時に油を吸わせてしまうと、レトルトのミートソースでさらに油分が追加されてギトギトしてしまうのだ。

というのは後付けで、カロリーとお腹のお肉へのささやかな抵抗である。

綾子はもうじき初老へと足を突っ込むことになるおひとりさまではあるが、おふとりさまにはなりたくないなと思っている。

着実に二の腕とお腹と太ももに落ちないモノがついてきているが、無駄な抵抗は大事なはずだ。たぶん。


「茄子の焼ける匂いは、お腹すくねぇ……」


 ペコペコお腹にダイレクトアタックしてくる。もうこれに醤油かけて食べたいなと思いつつも、我慢できる私えらいと自画自賛する綾子。

ただ茄子のミートグラタンぽい何かが食べたいだけなのだが、些細などうでも良い事でも自分を褒めることを欠かさないのだ。自己肯定感大事。

じゃないと、現実が綾子を押しつぶしてくるので。

 初老間近の薄給社畜のおひとりさま、今はまだ元気だからいい。

先の見えない未来……漠然とした不安……ずっと、ひとり……病気……孤独にしん……。

……。

…………。

はやく茄子のミートグラタン食べたいなっ!

 綾子は何かから目をそらし、心の奥深くに閉じ込めた。何も見ていない、いいね?


 両面軽く焼き目が付くぐらいに焼いたものをフライパンの端へよける。

そして空いたスペースにまた茄子を乗せて焼いていく。

第一陣の茄子が焼きすぎにならないように、第二陣の茄子が片面焼けたところひっくり返し、その上へと第一陣の茄子を乗せる。

正直、別皿を用意した方が楽ではあるのだが、洗い物は意地でも増やしたくない綾子だった。

 茄子が全て焼きあがると、すべてを重ねて積み上げフライパンの端へ。

開いたところにレトルトのミートソースを入れる。

じゅわっと音が鳴り、いい匂いが漂う。が、あまり美味しくはないお安いソースなので、一工夫する。

ほんのちょびっと、気づかない程度にお味噌を入れる。それと粉末のしいたけ出汁。

味に深みとコクが出る……と良いなと思っている。

そのままの時より美味しくはなっているので、ふかコクなっているんだろうと綾子は思っているが、正直気のせいかもしれない。

他にも、インスタントコーヒーや甜麵醬を隠し味にするのも良いらしいが、綾子はやったことがない。料理するときにいつも思い出せないので。

そしてもう一つ、いつ買ったか記憶にないミルに入った黒胡椒もガリガリしておく。ピリッと味が引き締まる気がするので。


 ミートソースがふつふつとしっかり温まった所で火を弱火に落とし、フライパンの端によけていた茄子と絡める。

しっかりたっぷりミートソースの油分を全部の茄子が吸うように、満遍なく混ぜるのがポイントだ。

全部は食べきれないので、三分の一をガラスの保存容器に移す。明日食パンの上にチーズと共に乗せ焼いて食べるのだ。

そして、フライパンの上の茄子に最後の仕上げにとろけるチーズを好きなだけ乗せる。ピザ用チーズでも良い。熱でとろけるチーズであればなんでも良いのだ。

今日はどどんと二枚だ。頑張ったで賞なので。

乗せて蓋をして、チーズがとろとろに溶けたら完成。

見た目を気にするなら、乾燥パセリとかスライスしたゆで卵を乗せたらいいが、今日は頑張らないのでこれで出来上がりだ。


 出来上がった茄子のミートグラタンぽい何かをコンロから流しの横の作業スペースに置いた鍋敷きにおろし、台所の端に置いてある細身のカウンターチェアを持ってくる。


「よっこいしょっと」


 何かしらする時に掛け声をかけてしまうのは仕方ないのだ。

若い頃から、つい言ってしまう綾子の癖だ。決してお年を召してきたせいではない。ないったらない。

 フォークを手に取り、真ん中にグサッと刺す。

うにょーんととろけて伸びるチーズ、とろりと柔らかくなった茄子を一緒に口へ運ぶ。

あつあつチーズ、こってりミートソース、とろとろお茄子。

お口の中で熱さが主張するが、それ以上にそれぞれのうまみが調和して大変美味しい。

特に茄子がとろとろになっているのが良い。チーズやミートソースと混ざっても、ちゃんと茄子の味がする。

 半分ほど食べたところで、一度フォークを置く。


「ぺぺぺぺん!あーじぃへーんー」


 三代目青色のネコっぽいロボットが浮かんできそうな声色で、調味料棚からラー油を取り出す。

無駄に掲げて見せているが、誰もいない。見られていないからできるとも言う。

本当は、タバスコをかけた方が美味しいのだが、タバスコは使い切れたためしがないので家にはない。

ミートソースの油とラー油の油が混じる。

違和感なくほんの少しの辛みが足され、飽きることなく食べ進められる。

夕飯にしては少々量が多いが、綾子はぺろりと食べ終えた。

若干胃もたれしそうではあるが、今が幸せなので良いのだ。たぶん。


「はー……お腹いっぱい。ごちそうさまでしたー」


 ぺしんと手を合わせ食べ終わりの挨拶をして、粗熱の取れた茄子のミートグラタンっぽい何かを冷蔵庫に入れる。明日の朝のお楽しみだ。

食べ終わったフライパンに残る油の量にひぇっとなりつつ、綾子は洗い物をするために立ち上がった。


グラタンも美味しいですが、麻婆茄子も美味しいです。

お味噌汁に入れても良いですし、天ぷらも良いですね。

秋はお腹がすきますね……。

冬も、春も、夏も、なんだかんだいつもお腹はすいてるんですけど。

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