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エピローグ1

「本当に行っちゃうんだね、秋那ちゃん」

 正月ムードの落ち着いた冬休みの最終日。

 その日、最寄りの駅に秋那を始めとし、真宙、御調、和花の四人が集まっていた。

 秋那はカッターナイフで無造作に切った髪を改めて美容院で整えてもらい、桜良の真似を始める前の自分の髪型と同じショートカットになっている。

 そんな秋那の手には旅行に使う大きめのボストンバッグが握られていた。

「はい。いろいろとありがとうございました、古賀先輩」

「ううん、私こそ、秋那ちゃんには本当にお世話になって。それこそどっちが先輩かわからないくらいで……。でも残念だな、こうして仲良くなれたのに、お別れなんて」

「そうですね。私も、先輩たちと同じ学校に通いたかったです」

 とても短い時間だったというのに、本当に濃密な時間を過ごしたせいかあまりそういう感じがしない。四月から同じ高校に通って、帰りに一緒に遊びに行って、そんな時間を四人で過ごす未来が容易に想像できる。

「秋那だけこっちの残るってのは、やっぱり無理か」

 同じように残念そうな顔をした御調が言う。秋那は和花から御調に視線を移して頷く。

「……はい。さすがに高校生になったばかりで一人暮らしは大変です。それに、きっと両親が許してくれません。ここは、この街は……あたしや先輩たちにとってだけじゃない、両親にとっても凄く辛いことがあった場所だから」

 秋那がそう口にすると御調と和花は無言で俯いた。

 確かに両親からしてみれば、娘の一人を喪った土地に、もう一人の娘を置いて自分たちは遠くで過ごすなんて出来ないだろう。そんな両親の気持ちを考えれば、この街に残りたいなんて口が裂けても言えなかった。

「……また帰ってくるのか? 長期連休とかにでも」

「……どうでしょう、わかりません。向こうへ行って、生活して、気持ちの整理がついたら……そのときはもしかしたら、お墓参りには来るかもしれません」

 そう言って秋那は視線を先程から黙っている真宙へと向けた。

 一瞬だけ、二人の視線が交わる。

「……でも、きっと先輩たちに会うことは、たぶんもうないと思います……」

「そんな、どうして……?」

 悲しそうな和花の声。それを聞くと、本当にこの先輩たちは自分のことを『桜良の妹』としてだけではなく『友人』として見てくれているのだと感じる。

 それはとてもありがたいことだった。嬉しいことだった。

(でも、それじゃ、ダメだから……)

 少なくとも、今はそう思う。

 もしもこの先、何年、何十年と経った頃、そのときの状況によっては再び会う可能性はある。でも今の秋那に、この三人と頻繁に連絡を取り合い、顔を合わせるという選択肢はない。

 それはもう決めていたこと。

 あの日、あのとき、あの願いを託されたときから、決まっていたことかもしれない。

 そしてそれが、秋那の目的なのだから。

 秋那は和花と、御調と、真宙と、三人を交互に見て、そして言う。

「あたし、死神なんで」

 と、笑って。

 久しぶりに口にしたその単語に、三人はよくわからないような表情をする。

 初めてこの三人に出会ったときに口にした言葉。三人ともきっともう忘れてしまったかもしれないその言葉。だが秋那は忘れない。秋那は忘れてはいけない。自分は死神として行動しなくてはいけない。

 そしてその結果として、秋那の目的は達せられるはずだ。願いは叶うはずだ。

 そのためにあと秋那に出来ることは一つだけ。

「古賀先輩、飯塚先輩。短い間でしたけど、とても楽しい時間でした。ありがとうございます。それと、お姉ちゃんと仲良くしてくれて、ありがとうございました」

「……いや、こちらこそ。ありがとな」

「本当に、行っちゃうんだね……」

「はい。あたしは、行かなきゃいけないんです。……ここにいたら、いけないんです」

「そんなこと――っ」

 秋那の言葉を否定するように発せられた和花の言葉だが、それは駅のアナウンスによって掻き消された。

 秋那が乗る予定の新幹線が、もうすぐこのホームに入ってくる。別れのときが、もうすぐそこまで近づいている。

 だから秋那は和花の言葉を聞かなかったことにして、視線を真宙へと固定した。

「粕谷先輩」

 名前を呼んだ直後、遠くらか新幹線が近づいてくる音がした。駅内のアナウンスが繰り返される間、なにも語らず秋那と真宙は視線を交わしあう。

(でも、これでいいんだ)

 多くを語ることはない。なぜなら秋那が真宙へ伝えなくてはいけないことは全て伝えきった。真宙がしっかりと桜良の死を受け入れて現実を見始めたことも見届けた。

(あとはそう……あたしがいなくなるだけ……)

 桜良と瓜二つの自分が真宙の側にいては、きっと真宙は桜良のことを無自覚に意識してしまう。そうさせないためには、秋那の存在はこれからの真宙にとっては邪魔なのだ。

(先輩は、これからお姉ちゃんの死を受け入れて生きていく。だからこれ以上、お姉ちゃんに縛られちゃいけない)

 新幹線がホームに入り、減速して停車する。ちょうど秋那の真後ろに来たドアが開く。

 秋那はそれを確認して、新幹線へ乗り込んだ。

(これで、ここでのあたしの役目はおしまい)

 真宙を縛る最後の桜良の幻影。それを秋那が連れていく。自分が物理的に真宙から離れることで連れていく。

そうすればきっと、真宙が前を向いて歩き続ける限り、僅かに残った残滓は時間の経過とともに薄くなり、消えていく。それはとても残酷だけれど、とても優しい。

(ここで殺すんだ。先輩の中にいる、最後のお姉ちゃんを……)

 駅のアナウンスが切り替わる。もう間もなく、新幹線は発車しようとしている。

「……先輩」

「ん?」

「……あたし、先輩のこと、大っっっ嫌いでした。あたしの大好きなお姉ちゃんを独り占めしてるような男、いつかぶん殴ってやろうって、そう決めてました」

「怖いな。僕、そんな風に思われてたのか」

「はい。……でもお姉ちゃんは毎日幸せそうで、楽しそうで、嬉しそうで……。だから先輩のことは本当に大嫌いですけど、感謝はしてるんです」

「……そっか。僕も、桜良には本当に感謝してる」

「……先輩」

「なに?」

「お姉ちゃんのこと……好きになってくれて、ありがとうございました。……お姉ちゃんのこと、こんなになるまで愛してくれて、本当に……ありがとうございましたっ!」

 桜良はきっと……いや、絶対に幸せだった。

 最後の最後まで、真宙のことを愛していた。

 そしてそれは真宙も同じだ。心が壊れてしまうくらい、真宙は桜良のことを愛してくれた。

 たぶん真宙だけなのだ。桜良を一番幸せに出来たのは。桜良に最高の幸せを与えてくれるのは真宙だけなのだ。そして桜良は、絶対にその幸せを真宙から貰っていた。だから桜良は、最後の最後まで、その命の炎が消える瞬間まで幸せだったのだ。

 絶対に、幸せだったのだ――。

「……っ。僕は……僕だって、誰より桜良のこと――」

 その言葉の途中で、無情にも新幹線のドアが閉まってしまった。

 そしてドアが閉まり切るその瞬間、

「……――さよなら」

 その言葉が真宙に届いたのかはわからない。

 いや、届いてなくてもいい。伝えるべきことは伝えたし、やるべきことはやった。わざわざそれを告げなくても大丈夫。

「……」

 そして新幹線は秋那たちのことなどお構いもなく走り出す。走り出した新幹線はもう止まらない。止めることはできない。

「……」

 ホームがどんどん小さくなる。

 もう、短い時間を共に過ごした先輩たちの姿は見えない。

 完全にその姿が、ホームが見えなくなって、秋那はようやく予約してある自分の座席へと向かった。

 荷物を置き、窓際の席に座る。

 高速で流れていく景色は、馴染みのある景色から知らない景色へと移り変わる。

 そんな景色を見ながら、秋那は桜良のことを思う。

(ねぇ、お姉ちゃん。あたし、上手く出来た? ちゃんと、出来たかな? これでお姉ちゃんの最後のお願い、叶うかな……?)

 そんなことを思って、自分で思っている以上に弱気になっていることに気づいた。一度強く目を閉じて気持ちを切り替える。

(……なに言ってるんだ、まだ終わりじゃないのに)

 真宙と、御調と、和花。

 桜良と特に親しかった三人はもう大丈夫だろう。でも桜良のことで傷つき、いつこの前までの真宙のようになってしまってもおかしくはない人間はまだいる。

 それは自分自身も含めてだ。

 だからこれからは自分が、自分たち桜良の家族が、変わらなくてはいけない。変わっていく番なんだ。

 これから、この新幹線の向かう先でまったく新しい生活が始まる。

 そこで自分たちが変わることで、きっと本当の意味で前に進める。

 新幹線のガラス窓に映る自分の顔。桜良とそっくりのその顔を見て、

(……見ていて、お姉ちゃん)

 秋那はそう、最愛の姉に誓った。


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