甘落の雁〜和菓子の架け橋〜
某吉日——。
その青年はふと空を見上げた。
目線の先には、薄い水色の空が広がり天気が良い。
顔を地へ戻すと、目の前では川べりで馬達に水を与えたり、婚礼道具の乗った荷車の横に座って談笑していたりと、従者達が共に休憩をしている。
のどかな光景に、今が戦乱の時代だと忘れてしまう程だ。
(おめでたい日にはもってこいの日和だな。それなのに……こいつ、出会ってからひとっ言もしゃべらないときた)
青年は岩場に座ったままちらりと目を向けてみるが、先ほど国境で婚礼を挙げて妻になった隣の国の姫君は、自身と少し距離をおいて座っており、市女笠を傾けたまま微動だにしない。
(そりゃ、初めて会う奴の嫁になったんだから戸惑うのも分かる。あ、もしかして、国に恋慕う男がいて泣く泣く俺に嫁いだのか? あんなに美しいのだし……)
式で見た姫君の容姿は、正に青年の好みど真ん中だった。
(そんなの、俺だって正室にしたかった女を振ってきたんだ! お互い様ってもんだろ)
頬杖をついて青年は苛々してきた。
(……どんな男なんだ? やはり美しい奴か? ふん、俺だって知的でカッコいいって結構いわれるぞ! つーか、そもそもこの国の嫡子である俺に、嫌々嫁ぐとは何事だ! それならば、今すぐ送り返してやろう!)
ふんっと鼻息を豪快について、青年は姫君の近くに詰め寄った。
「おい、姫さんよ——」
少々苛立った声に、女はビクッとなるとゆっくり笠を外して青年を見つめる。
微かに震えている弱々しい姿に、先ほどの威勢を削がれて青年は焦った。
「だ、大丈夫なのか……。辛いのか?」
「いえ、あの……実は……私……私は……」
何かを打ち明けられると緊張した青年は、ごくりと唾を飲む。
「……こんなに遠くに来たのが、生まれて初めてなのです」
「へ?」
顔を真っ赤にして俯いた姫に、あっとなった。
(そうだ、姫なんてやつは普段から滅多に屋敷からでないもの! そりゃ緊張もする)
あわあわと腰の巾着を漁ると青年は、
(く、あの菓子屋のいけ好かないチャラい倅を信じてやる!)
姫の前に小箱を差し出してぱかりと開いてみた。
「まあ……ありがとうございます」
目の前のコロコロとした落雁を見て愛らしく笑った姫に、青年は真っ赤な顔で応じたのだった。
——その後、青年と菓子屋のチャラい倅は仲良くなった。