第九話 悪役令嬢はいい人?
第九話 悪役令嬢はいい人?
午後6時半、Aクラス担任のアーギュストは、合宿所の引率者ミーティングルームで合宿場所への到着時刻を確認するとため息をついた。
「開始30秒でゴールとは……
転移魔法は移動距離に応じて多大な魔力を必要とするというが、クレア・リッチモンドの魔力量はいったい如何ほどなのか……」
クレアの転移魔法で移動したと信じている教師陣は、クレアが本当は未習得の転移魔法を使えると疑っていない。
「しかし、これほど早くゴールしてしまっては、食材の調達も出来ていないのではないか?出発前に説明したとおりこの合宿は合宿場所の安全地帯こそあるが、基本はサバイバルに近い。夜に泊まる場所のみ提供され、基本はたき火しながら野宿し、その火で取って来たものを焼いて食べるのが基本だ。転移魔法で直接来てしまっては途中で何も採取できないのだが……」そう、この合宿では教員向けの監視小屋はあるが、生徒達はたき火で野宿というかなりハードなサバイバルが毎年行われている。
「アーギュスト先生、それなら大丈夫かも知れませんよ。
私はゴール審判をしていましたが、かのクレア嬢はゴールするやいなや北の森の方へかけていきましたから」
アーギュストのつぶやきにBクラスの担任のオブライエンが答える。
「なるほど、早くゴールしてからの自由時間を使って食材の確保に行ったのか。抜け目がないな」
もちろんクレアにそんな意図はないのだが、勝手に勘違いして教師陣の評価が上がっていく。これが吉と出るか凶と出るか……。既に原作から逸脱しつつある乙女ゲー世界はどこへ向かうのか……。一方その頃クレア達は……。
アナベラは焦っていた。というのも、クレアに連れられて(正確には背中にくくりつけられて)レベリングから帰ってきたのだが、次々とゴールした他の班は途中でゲットしたらしい食材やたき火のための枯れ木などを出してサバイバルの準備を始めたのを見たからだ。
クレア達は遙か遠くの地で魔物は倒したが、食材も薪も用意する暇はなかった。今から取りに行こうにも、6時を過ぎてあたりは暗くなり始めている。タニアもトリニアもアナベラと一緒に周囲の様子を見ている内に、自分たちが野営するための準備をしていないことに気がつき焦り始める。
しかし、班のリーダーであるクレアはボーッと周囲の慌ただしい様子を見ているだけで特に何か焦っている様子はない。たまりかねてアナベラはクレアに話しかける。
「クレア様、私たちもなんとか食材を調達しませんと食事抜きになってしまいますわ。それに野宿するにはたき火も必要ではありませんこと」
アナベラの言葉に焦ることなく鷹揚に頷きながらクレアが答える。
「多分何とかなりますわ。私たち、あれほどたくさんの魔物を倒したじゃありませんか。使える素材が必ずあると思います」
「「「えっ???」」」三人は驚きの声を上げる。なぜなら、魔物は多く倒したが、素材を回収した記憶が無いからだ。
「クレア様、素材って……」言いにくそうなアナベラの質問にも動揺することなく、はっきりとクレアは説明した。
「倒しながら空間魔法で保存しておきました。倒しすぎて何がどれだけあるのかは不明ですが、素材がたくさんあることだけは確かですわ」
「一体いつの間に回収したのですか!」驚くアナベラ達に向かってニコリと笑うと、クレアは内ポケットから何かを取り出す。
それはポケットに入るはずがないサイズ……、というより人間より遙かに大きい岩の塊だった。アナベラ達はクレアが空間収納を使えることを聞いていたのだが、それでも取り出した石材の大きさに言葉を失う。まして、予備知識の無かった他の目撃者達は目玉がデメキンのように飛び出しそうなくらい驚いている。
そんな周囲を意に介さず、クレアは説明を始める。
「これは山頂に鎮座していた大きなゴーレムさんの胸部ですわ。これをこうしてくりぬいて宿泊用の小屋にします」
言うやいなや、クレアは指先から強力な水流を出してゴーレムの残骸を直方体のブロックを作り、そのまま中をくりぬいて部屋にした。ウォーターカッターの原理を使ったようだ。切り取られた素材は再び収納空間へ逆戻りである。
あっという間に4人が入るには十分な広さの宿泊部屋が出来た。
「ベッドはありませんので、何か柔らかい素材をお布団にしましょう」
続いてクレアはライオン頭と羊頭の魔物の胴体部分を取り出し、皮をウォーターカッターで剥ぎ取り、なめした後に火魔法と風魔法で乾かすを床に敷き詰めた。
「もふもふですわね」自分の仕事に満足げに頷くとクレアは毛皮にダイブした。今日は雑魚寝である。
掛け布団用にもう一枚毛皮を準備して野営の問題は解決した。入り口には、ぴったりはまるドアを大きな木の魔物の素材から切り出して夜間の侵入者を防ぐようだ。
「次はご飯ですね。メイン食材はこれでどうでしょう」
クレアが取り出したのは巨大な鹿の魔物の胴体だった。
「後ろ足のもも肉がいい感じのようですわね」
二秒に一体倒し続けること6時間……。倒した獲物の種類は多岐にわたっており、食べられる素材も多いのだ。切り出したもも肉は80cm四方ほどの立方体で、とても4人では食べキレそうにない。
あっけにとられていたアナベラ達だったが、ふと疑問が生じて口にする。
「でも、お肉ばっかりでいいのでしょうか」
その声に少し考えたクレアは、再び空間収納から何か取り出した。
それは巨大な蔓植物の魔物の素材だった。
「このツタの魔物の赤い実は以前におなかが減って夜食にしてみたところ、甘くておいしかったのですわ。これを付け合わせにしてみましょう」
クレアの説明によく見てみると、大きな蔓か生えている巨大な葉っぱの付け根に赤いミニトマトほどの実が鈴なりに付いている部分がある。ミニトマトそっくりだ。
「それにこの大根に足が生えたような魔物も煮炊きすれば食べられると思いますの」
続いてクレアが取り出したのは1mほどの大きな丸い大根だった。普通の大根と違うのは足が生えている点と、葉っぱの付け根から目玉も生えている点である。今日倒した魔物達の中では小ぶりな方だ。
「うえぇ。これも食べるのですか」飛び出た目玉が微妙であるためタニアが嫌そうだ。
「まあ、何事も経験と言うことで……」トリニアはおっかなびっくりで大根の目玉をつついている。
「でも、クレア様、調理器具がありませんわよ」ふと気がついたアナベラが指摘する。
「今日はふくざくな造形のものは時間がありませんからあきらめますが、鉄板くらいならすぐに用意できますわ」
そう言うとクレアは謎の金属ゴーレムの残骸を取り出し、ウォーターカッターで厚さ5mmほどにスライスした。
「それでは早速レッツクッキングですわ」
クレアは小屋の外に簡易の竈を岩で組み立て、上に鉄板(謎金属だがこの際気にしない)をのせるとトレントの枝に点火の魔法で火をつけて加熱を始める。鉄板の上には鹿肉ステーキ、大根ステーキ、ミニトマトもどきを乗せて焼いていく。しばらくするとお肉の焼けるいい匂いがし始める。
「裏返してミディアムにしますね」
トレントの枝を菜箸代わりにしてステーキの裏面を焼く。
「出来ましたわ」
クレアはトレントの細い部分の幹を輪切りにしたものを皿代わりにして焼けた肉と野菜を並べた。
「では、いただきます」
4人はステーキをこわごわ箸で持ち上げ、端っこを少し囓る。
「お肉の味しかしませんわね」とクレア。
「調味料がありませんものね」とアナベラ。
「塩気が欲しいですね」とタニア。
「ミニトマトと一緒に食べると酸味と甘みがよいアクセントになります」とトレニア。
まあ、トレニアの手法は有りだが、塩分不足は否めない。醤油が欲しいと思うクレアだが、転生してこの方、醤油は見かけていない。せめて塩が欲しいと思っていたとき思い出した。
「そうですわ。海を低空で飛んでいるときに大波が来たのを収納空間に入れたはずですわ。
海水を煮つめれば粗塩が取れますわ」
マッハで飛行中、岩礁の近くで高波が来て、その勢いでぶつかるとダメージを受けそうだったのでとっさに波を取り込んだのを思い出したクレアは、早速取り込んだ海水の一部を鉄板上に開放した。およそ10mLの海水が鉄板上で水蒸気をあげる。磯の香りが漂う。
鉄板上に少量の白い個体が析出していた。トレントの枝の箸先につけて舐めてみる。にがり成分も含んでいるためえぐみもあるが、間違いなく塩味だ。クレアは早速焼けたお肉に粗塩をなすりつけ実食する。
「おいしいですわ。皆さんもお試しください」
促されてアナベラが実食する。
「あら、お肉のくせがえぐみのある塩と意外に合いますのね」
アナベラの感想に触発されてタニア達も試し、そのおいしさに感動している。
4人はドンドン食が進み、大きかった鹿肉ステーキを無言で完食した。
ふと周りを見ると、人だかりが出来ている。
「凄くおいしそうですね」
「量も多そうだったし、僕らの班はあまり取れなかったからうらやましいですね」
「うー、私もお肉が食べたかった……。葉っぱしか取れなかったし……」
どうやら4人の食事の様子と、お肉が焼ける暴力的な臭いにつられ、十分な食材が確保できなかった学園生達が集まってきてしまったようだ。
その様子を見ていたクレアはひらめいた。
『もしかして、将来の仲間を集めるチャンスなのでは……
ここで恩を売っておけば、来たるべき戦いの時に協力してもらえるかも……』
そう思いついたクレアの行動は早かった。
「皆さん、お肉はまだまだありますのよ。よろしければ一緒に食べませんこと」
そう言うとクレアは、大鹿の未加工の後ろ足部分を収納空間から取り出し、ドサリと地面に置いた。
「おー」と感動した歓声が周囲を満たす。
それからのクレア達ははひたすら鹿肉を解体加工しては焼き続けた。この日空きっ腹を抱えて眠れないという生徒は誰も発生しなかったのだ。これは、この合宿始まって以来の快挙であった。
そしてその恩恵を受けた学園生がここにも一人いた……。本来の乙女ゲームの主人公、リフレア嬢その人である。
「なんで、なんでよ……
なんで悪役令嬢コンビがあんなにいい人なのよ……
取り巻きの令嬢と一緒に私に嫌がらせをするはずの人にお肉を施されるなんて……
それに引き換え、攻略対象の王子はいったいぜんたい何様なのよ。
俺様目線で、自分では動かず、魔物の討伐も暴走気味で連携なんてかけらもないし……
トドメに引率教師を脅して食材をぶんどり、自分の宿泊用に教員向け監視小屋を1つ開けさせるとか、モラルのかけらもないじゃない……
あんなのとのフラグを立てたばかりに、私まで周りから白い目で見られて……
ああ、今からでも他の攻略対象に乗り換えられないかしら……
ああ、それにしてもこの鹿肉、とても美味しいわね……」
ブチブチと独りごちながらも口をもぐもぐさせるのを辞めないリフリア嬢であった。
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