第八話 早く着いたので時間を有効に使います
第八話 早く着いたので時間を有効に使います
クレア達は学園のグラウンドに集まり、クレアから自班の移動の方針がアナベラたちに説明される。
「私たちはできるだけ早く目的地に着き、条件を満たした後にゴールした班が与えられる自由時間を利用して、お三方のレベリングをしたいと思います。よろしくて?」
「クレア様の方針にお任せします」三人は頷きながら返事をする。
「では、アナベラ様、私に負ぶさってください」
「えっ、クレア様におんぶされるんですか」クレアの提案にアナベラは驚くが、クレアは当然だという表情でアナベラに背中を向けて屈んだ。
アナベラは、頭の上にクエッスチョンマークをいくつも浮かべたような表情ながらクレアの指示に従う。
アナベラを背負ったクレアは、おもむろに内ポケットから長い布製のひもを取り出す。赤ちゃんなんかを背負うときによく用いられるおんぶひもの長いものだ。
クレアは取り出したおんぶひもでアナベラを自らの背にしっかりと固定した。
「ぐべっ」アナベラから令嬢らしからぬ声が漏れる。どうやらキツすぎたようだ。クレアはおんぶひもを少し緩める。
「アナベラ様、ずれたり落ちたりしないでしょうか」
「はい、大丈夫と思います」
アナベラの返事に頷くとクレアはタニアとトレニアに近づき、右手でタニアを、左手でトレニアをがっちりと抱え、飛翔魔法を発動した。
「「「えっ」」」
突然上昇し始めたことに驚く三人をよそに、クレアは平常運転だ。
「それでは、とばしますわよ」
クレアは身体強化を自分とチームの三人にかけ、最高速度で飛翔した。
マッハ2.5だ。全く自重する気は見受けられない。
そんなスピードを体験したことがなかった三人は当然ながら驚きすぎてフリーズした。
30kmの距離も秒速1000m超えで飛べばあっという間だ。
出発から30秒後に目的地へとたどり着いたクレアは、早速ゴール地点で待っていた学園の教師に声をかける。
「クレア・リッチモンド班、只今到着しました」
クレア達の到着を確認した学園教師は一瞬驚いたが、「ああ、そういえば転移魔法を使える生徒がいたんだったな。他の人を抱えて転移できるとは思わなかったが、これはたいしたものだ」などと感想を口にする。
それを聞いていたアナベラ達3人は、
「転移魔法ではなく、恐ろしく早い飛翔の移動魔法なんです」と思ったが、恐怖の音速オーバーの飛行体験に唇が震えたり、茫然自失となったりしており、言葉を発する者はいなかった。
もちろん、クレアもわざわざ訂正したりしない。そんな細かいことは気にしないのだ。それよりやりたいことがある。
「それでは、夕刻の期限まで、私たちは自由行動に入りますね」とクレア。
「ああ、周囲を散策するなら気をつけて行きなさい。魔物も出る地域だからね」と学園教師。
「分かりました」というやいなや、クレアは三人を抱えたまま森へ向かって全力疾走した。
「走るのも速いな……」とゴール係の教師が呟いた頃には、4人はごま粒のような大きさになっている。
クレアは助走をつけてそのままえいやとばかりに飛び上がり、再び飛翔魔法で空をかけた。
「あの……、クレア様……
どちらに向かわれているのですか」
クレアの背中にくくりつけられているせいで他のメンバーよりも少しだけ顔に当たる風圧が弱いアナベラが聞いた。
「はい、ダンジョンで討伐実習もあると伺いましたので、少しでも皆さんのレベルを上げて、安全を確保したいと思いまして、私が鍛錬に使用していた狩り場へ向かっています」
クレアの返答に若干血の気が引く三人である。
「ご安心ください。レベルが上がる原理は把握していますので、効率よく皆さんを強く出来ます」とクレアは言う。
「出来れば説明していただけますか」
アナベラのお願いに快く頷くと、クレアは飛翔しながらレベリングの方法について説明した。
要約すると次のような感じだ。
1.この世界で魔物を倒すと、魔物から経験値となる元のものが放出される。
2.その経験値は、魔物の近くにいる人間に吸収される。
3.一番近くにいるのは魔物を倒した本人だから、普通は倒した人に経験値が入る。
4.近接戦闘であれば遠隔攻撃で倒したより、無駄なく魔物討伐時の経験値を吸収できる。
5.これを利用して、レベリングしたい人と魔物を倒す人の距離が近い状態で魔物を倒せば、近くにいるだけの人にも経験値が入る。
そういうわけで、三人を抱えたまま、クレアが魔物を倒せば、三人のレベルも上がるという寸法のようだ。
マッハ2.5で3分も飛行すると、一行は海上へと出た。
「あの、クレア様。下が海のように見えるのですが、どちらへ行くのでしょう」
「迷ったりしていませんよね」
「私たち、無事に帰られますよね」
「大丈夫です」
三人の不安を一蹴して飛び続けること30分。クレアは大陸のハイレベルな魔物が徘徊する山脈に到達した。飛行距離実に1600km……。これは札幌から鹿児島の距離に相当する。騒然、クレアの住むゴンドギアナ王国の隣にある大陸にかなり奥まで踏み込んだ形だ。
クレア達が到達した場所は、あまりの危険性から帝国も共和国も近づかない秘境であり、出没する魔物も天災級ばかりだが、生まれてこの方、カンストしたレベルが限界を突破するまでクレアが修練した場所なので、クレアにとっては日常風景なのだ。
「早速獲物一号を発見しましたわ。それでは行きますわよ」
クレアは三人に一言かけると、上空から急降下する。山肌に激突する勢いだ。
「「「ひーーーーーーっ」」」三人が声にならない悲鳴を上げる。強化魔法がかかっていても怖いものは怖いのだ。
「く、クレア様。ぶつかる。ぶつかる。御山にぶつかりますーーー」
「大丈夫ですよーー」
アナベラの苦情にもびくともせず、クレアは余裕で返答すると、山の頂に鎮座していた全長50mを超える巨大ゴーレムにドロップキックを噛まし粉砕した。
「まずは一つ」
「「「ひーーー」」」三人の悲鳴が共鳴している。
続いて大地を蹴って再び飛び上がり、上空からこちらへブレスを履こうとしている黒い竜の頭を回し蹴りで粉砕する。
「二つ」
「「「うみょーーー」」」ついに連れの三人は言葉にならない意味不明な悲鳴を上げ始める。
そのまま再び急降下し、全長10mを超える尻尾が蛇でライオンと山羊の頭を持つ羽根つきの不思議生物へかかと落としを喰らわせる。
「三つ」
「「「ぽぴょぴょぴょーーー」」」三人娘はもはや精神異常が起きているかも知れない。
その勢いで暴れ回ること6時間、クレアのカウントがついに大台に乗った。
「一万!」
「「「……」」」背中のアナベラ達はもはや意識があるのかどうかも疑わしい。
2秒と少しで一体の魔物を倒し続けたクレアであるが、全く息は乱れていない。二人を抱えて一人を負ぶっているので、全ての魔物は足技だけで蹴り殺しているのだ。同時に発動した収納魔法で素材の回収にも抜かりはない。
「もう、いいでしょう。帰りにも少し時間がかかるでしょうから、そろそろ引き上げましょう」
そう言うとクレアは、三人娘のレベルを鑑定魔法で確かめた。
結果は、アナベラ、レベル1211。タニア、レバル1102。トリニア、レベル1098。回し蹴りを多用したせいか、背中のアナベラのレベルが一番上がっている。まあ、誤差範囲だろう……。
無事に人外レベルが三人追加された瞬間である。もちろん一人目の人外レベルはクレアその人である。
「無事に三人ともレベル4桁台に乗ったみたいですね」とクレアは満足そうだ。
クレアはアナベラにあったときから、魔物と戦う未来の戦士としてアナベラを加えることが出来ないかと考えていたのだ。というのもクレアがこの世界の未来の物語だと思い込んでいるダークファンタージーの物語で、クレアの仲間に戦士の序列10位のアナベラという戦士がいたことを思い出したからだ。細いヒモに魔力を通して戦う中距離攻撃に強い戦士だった。鍛えればきっと強くなると確信(勘違い)したクレアは、この機会にアナベラのレベリングを行い、ついでにタニアとトレニアのレベルも上げたのだ。
物語に登場していなくても使える戦力になってくれれば儲けものという考えだった。だいたい、クレアがこの世界の原作だと考えているダークファンタジーでは47人全員の名前やキャラ設定がつまびらかにされていたわけではない。モブ的な戦士もいたのだ。よって,クレアが知らない人物でも、とりあえず47人そろえるためには、物語に登場した名前かどうかは後回しなのである。
しかし、レベリングされた3人は自分たちが既に、従来の人類最強を軽くしのぐ領域の力を手に入れたことを知らない。
南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏……。
クレアは3人が正気を取り戻すまで少し休憩し、合宿の集合場所まで高速移動で帰るのだった。
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