第一話 侯爵家の御令嬢は朝が苦手
ギャグ・コメディー作品を目指します。
のんびり更新です。
よかったら読んでください。
乙女ゲーム世界ですが主人公のかんちがいからか、恋愛要素は壊滅的にうすめです。
第一話 侯爵家の御令嬢は朝が苦手
「クレアお嬢様、朝です。というより既にお昼が近づいています。いい加減に起きてください」
「アン?
いま、深夜34時……
まだ、寝る……gu……」
「お嬢様、いい加減にしてください。
人はそれを午前10時と言います。
早く支度しないと、また朝食と昼食が一緒になってしまいますよ」
自然と声が大きくなるクレア付きのメイド、アンであったが、ある人物の登場でその言葉は途切れる。
「騒々しいですね、アン。
クレアはまだ起きないの」
「申し訳ありません奥様。
いつも通り、まだ起きていません」
「全くもってなっていないわね。
この子は15歳と思えないほど賢いのだけど朝はからっきしなのよね。
仕方が無いわ。いつものをやります。
クレアの掛け布団を剥がして下がりなさい」
侯爵夫人マルガリータの命を受け、クレアの布団を剥がすアン……。
そこには大きな枕を抱き枕にして横向きに丸まる寝間着姿のクレアがいた。
金髪碧眼でスレンダーな美少女も、こうして丸まっていると年齢よりかなり幼く見える。
「うーん、ちょっと寒い……ムニャムニャ……」
それでも起きないクレアに、いつも通りマルガリータは切れた。
「いい加減にしなさい、クレア!」
ドン、バリバリ……
マルガリータは両手に集めた魔力を雷の力に変換して寝ぼけるクレアの背中に打ち込む。さすが結婚前は雷帝と恐れられた人物の一撃……。血の気が引く威力である。
というか普通なら確実に心臓が止まるほどの威力である。が、この親にしてこの子あり……。クレアは何事もなかったかのようにむくりと起き上がり、つり上がり気味の大きな目をパチパチさせながら母を見た。クレアの魔力耐性の高さは母親譲りなのである。ちなみにクレアの寝ているベッドはしっかりとアースされており、クレアを通過した電気エネルギーは屋敷を破壊することなく無事に地面へと放電される仕組みだ。
「おはようございます。お母様。本日はこんな朝早くから私のために部屋までお越しくださりありがとうございます」
「まだ、寝ぼけているのクレア。
もうとっくにおはようという時間ではありません。
明日から学園だというのに、この調子では毎日遅刻です。
明朝は遅くとも朝6時には叩き起こしますからいい加減覚悟しなさい。
支度が出来たら早くご飯を食べなさい。午前に出来なかった分、午後にはみっちり勉強と講習を受けてもらいますよ」
未だに両手からバチバチと放電しているマルガリータを見ながらクレアは頷いた。
「分かりました、お母様」
クレア・リッチモンドはゴンドギアナ王国の侯爵令嬢である。
父はハミルトン・リッチモンド。王国騎士団長も務める国内最強の剣術使いと言われている。剣術が得意とは言え、実は魔法の腕もかなりのもので、特に土魔法は得意としている。土魔法の応用で金属にも魔法を付与することが出来、強度と硬度を増した剣での一撃は世界一だ。
母はマルガリータ・リッチモンド。かつて魔法の腕でのし上がった伯爵家出身の女騎士で、自分より弱い男とは結婚しないと豪語していたが、ハミルトンと結婚を賭けた決闘で相打ちとなり、まあ、同等の男ならいいかと結婚を了承した女傑である。全属性の魔法に通じているが、特に雷魔法はその珍しさと威力の高さが他の魔法より頭一つ抜きん出ており、雷帝の異名を持つ。武器は魔法耐性の高いミスリル製の直剣を魔法の杖代わりに愛用していたが、結婚してからは両の拳が彼女の武器だ。
二人の結婚の時には剣帝と雷帝の結びつきに王国議会が恐怖したと言われているが、
「元々騎士団長を任されるほど忠誠心が高いハミルトンに対してそのような懸念は無用」とゴンドギアナ国王、ミハイル・ゴンドギアナはそうした議会の懸念を笑い飛ばした。
そんな両親二人の能力を余すところなく引き継いだクレアだが、彼女が10歳の時、こっそりお屋敷を抜け出して下町の商店街を物色していたときうっかり誘拐されかけ、誘拐犯を返り討ちにしたときふと別人の記憶が頭に流れ込んできた。
誘拐犯が正面から小柄なクレアを抱きかかえ、大声で周囲を威嚇しながら走り去ろうとしたとき、普通の10歳の令嬢なら恐怖ですくんでしまうところを、『何すんだこの野郎』という思考が頭に閃き、とっさに魔力で身体強化して膝蹴りを悪漢のみぞおちに叩き込み、手を離した男に対して着地と同時に渾身の右アッパーを顎に叩き込んで、「ぶふぇらぁーーー」と間抜けな叫びを上げながら血しぶきとともに放物線を描く世紀末な装いの男を眺めるうちに全てを思い出したのだ。
そう、クレアは日本のOL、宮乃玖玲愛だったことを……。
宮乃玖玲愛はスポーツ万能タイプのゲームオタクだった。自ら体を動かすことが大好きだが、格闘ゲームやロールプレイングゲームも好み、漫画やラノベもそれなりにたしなむキャリアウーマン(独身)だった。
ある日徹夜で持ち帰りの仕事をした金曜日の深夜、というか土曜日の早朝、このまま寝るのも何かもったいない気がして、RPGにもなった大好きなファンタジー小説を読み返しているうちに寝落ちしたところで記憶が途切れている。多分、そこで異世界に来てしまったのだろうと、今のクレア・リッチモンドは考えている。
玖玲愛が最後に読んでいた小説は組織に作り出された魔物の力を宿す47人に戦士達が、人々にあだなす魔物に大剣をひっさげて挑むダークファンタジー小説だ。魔物の力を使い特殊なスキルを発動することで超人的な戦闘力を得る反面、力を使いすぎると自らが魔物と化してしまうと言う業を抱えている。
この内の最弱戦士が自らと同名であり、徐々に成り上がっていく戦士の姿に感銘と共感を得たのだ。
そして、クレア・リッチモンドとしてあらためて周囲の状況を見直すと、自分が転生した世界が、大好きな小説といくつかの共通点を持っていることに気がついた。
まず、ゴンドギアナ王国が正方形を45°傾けたような形状をしていること。前世の日本で言えば北海道をもう少し四角くしたような形状で、面積も北海道くらいの広さだ。
東西南北に4つの大きな地域があり、中央にそれを統括する王都があることも小説やRPGゲームと類似している。
魔物が多く徘徊していること。
科学技術が地球の中世レベルであること。
島の外には更に大きな大陸があり、そこを治める帝国と共和国という2大勢力は、ゴンドギアナ王国よりかなり進んだ技術を持っており、絶えず二国で戦争していること。
そして、自分の名前が小説やゲームで出てくる7人の主人公の一人と同じ名前であること。
考えれば考えるほど類似点だらけである。
小説によると、大陸で争う二つの国のうちの一方が、魔物の力を人体に取り込み兵器にすることを思いつき、その実験のために島国であるゴンドギアナ王国を実験場として選び、結果強大な魔物の力を持つ戦士とそれを検証するための強力な魔物が島国にはびこり、ただでさえ文明が遅れていた島国は魔物によって荒廃の一途を辿ることになる。
その過程で、身内を全て魔物に殺された少年少女達が実験体として集められ、魔物の力を移植されて悲しい戦いに駆り出されるのだ。
「いけない。
このままでは王国は滅ぼされ、私は家族を殺され実験体にされてしまう」
アラサーまで日本で生活した玖玲愛の記憶を持っているはずが、10歳のクレアは小説やゲームの世界のイメージから脱却できず、この日から破滅を防ぐために両親から受け継いだ能力を余すところなく鍛える決意をした。
クレアは思う。
「帝国だろうが、共和国だろうが、負けないだけの戦闘力をつければいい。
実際、この目で見た両親の魔法や剣技は、どう考えてみても小説に登場する強化された魔物の強さに対抗できる威力がある。
ならば、自分はこの力を高め、大陸からやってくる侵略者を叩き潰せばいい。
そうしなければ家族を失い、自分自身は実験体へ一直線だ」
それからのクレアは鍛錬に明け暮れた。
と言っても、侯爵令嬢としての勉強から逃げられる訳ではない。
両親は容赦なくマナーや知識もクレアに詰め込んでくる。
根が真面目なクレアは。前世の記憶を得たこともあり、とても要領よくこの世界の勉強もこなした。
しかし、一番の目的は剣技や魔法などの戦闘力強化だ。
まあ、元々騎士団に所属するような両親なので、娘が剣術や魔法の鍛錬をするのを止めることはなかったが、それでも10歳を超えたばかりの娘が魔物の討伐に出ることは許さなかった。
曰く、
「危ないから」
クレアとしては、王都近辺の魔物に自身を脅かすような魔物はいないと思っているのだが、両親は過保護であった。
そこでクレアがとった方法は得意の脱走である。
最初はお屋敷を抜け出して町に遊びに行くときの応用で、ちょこっと抜け出して近場の野原や林で魔物狩りに励んでいたのだが、すぐに物足りなくなった。やはり半日程度は狩りをしたい。
そこで思いついたのが深夜の狩りである。
10歳のクレアの夜は早い。地球と同じ24時間制をとるこの世界で、夜8時ともなれば就寝していても不思議ではない。
そこでクレアは8時に寝ると言って部屋に引きこもり、そこから抜け出して朝方まで狩りをし、帰宅後爆睡して昼まで寝るという生活を始めるに至った。
夜は魔物も活性化し、昼間よりもよい鍛錬になった。
結果、朝方に帰ってきたときには疲れ切ってしまい爆睡する。当然簡単には目覚めない。
かくして、ねぼすけ令嬢は誕生したのである。
最初はなかなか起きなくなった娘をどう扱ってよいのか分からなかった周囲だが、5年もやっているとさすがになれてしまい、もはや日常風景と化している。
ちなみに12歳で飛翔魔法や強化魔法も使いこなせるようになったクレアの行動範囲は劇的に広がっており、今では夜中に1000キロほど離れた大陸まで高速移動して、戦闘地域で帝国と共和国双方の兵器を破壊したり、兵器研究所を機能不全に陥らせたりしており、敵対勢力の弱体化にも余念が無い。クレアの飛翔魔法は強化魔法を併用すれば時速3900km/hを超える。マッハ3オーバーだ。大陸まで20分、二大国家の首都まで2時間もかからない。それでも全力ではないというのだから、某国の弾道ミサイルにも本気を出せば追いつけるだろう。
レベルがあるこの世界で、一般の成人がレベル30程度、兵士で50程度、国内最強の両親で120程度なのだが、14歳で覚えた鑑定魔法を使い自分を鑑定したクレアは自分自身のレベルが9999+αと表示されているのに若干引いた。
「人類のレベルって3桁MAXじゃなかったんだ……」と自分のステータスにあきれるクレア。しかも上限に達した数値の後に『+α』という謎の記号が見えている。
いつの間にか上限突破していた。
おかげで毎朝の母からもらう雷魔法も、今では意識を覚醒するのにほどよい刺激と感じる程度である。
さて、そんなクレアも明日からいよいよ王立高等学園に通わなければならない。日本で言えば高校の3年間に当たる年齢。その期間、この国では貴族の子女に対して学習を義務化している。よくある転生もの小説では、高すぎるレベルが学園入学でバレて大変という展開もあるが、そもそもクレアには自らの高レベルと隠すという意識がない。強ければ強いほどいいじゃないかという前世の脳みそ筋肉娘としての気質が強く表れているのだろう。
脳筋とはいえ、さすがに義務教育をすっぽかすわけにはいかない。今日から3年間深夜の冒険は週末だけになるななどとぼんやり考えるクレアだった。
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