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7 ユリハーレムへの道

★転生六年目、春夏秋、学園三年生の前期、夏休み、後期

★ユリアナ十二歳




 翌日の放課後、学園の職員の集まりがあり、参加することになった。学園の教育方針についての話し合いだ。そこで、私は疑問をぶつけてみた。


 私は皆の成績を上げることに邁進しているが、それは国の求めるものにそぐうのかと。

 すると、意外にもまともな答えが返ってきた…。


 生徒には公表されていないが、ちゃんと一人一人の成績がランク付けされていた。項目は、記憶力、計算能力、運動能力、魔力、魔法の属性数、健康さ、性格、容姿。それらに対して、AからEの成績が付けられている。成績に容姿が含まれてるのはどうなのかと思うけど、実は容姿のウェイトはけっこう低いらしい。一方で魔法の属性数はかなり重視されている。



 私の成績は記憶力A、計算能力A、運動能力A、魔力A、魔法の属性数E、健康さA、性格A、容姿Aだそうだ。属性数Eは一つという意味で、必要最低限ということだ。それ以外のすべてで最高基準を満たしており、ドラフト一位だそうだ…。

 試験の結果からも分かる記憶力と計算能力。魔法の授業や試験で見る限り魔力もじゅうぶん。剣術の授業でも明らかな運動能力。自分を抑え、他人を立て、国のために貢献しようとする姿勢から分かるように、性格は最高。容姿もかなり良い。

 褒めすぎじゃないかな…。教師の話を聞いていてむずがゆくなってきたよ…。ここに、本来の属性数がばれたら、私の右に出るものなんていないじゃないか…。


 他の子のも見てみた。スヴェトラーナは記憶力A、計算能力D、運動能力C、魔力A、属性数D、健康さA、性格A、容姿Aだ。容姿はAだけど、バストはGくらいありそうだ。

 っとそれはさておき、計算能力以外全部良い感じじゃないか。属性数Dというのは二個という意味だ。だけど、それを踏まえても、私の記憶力や計算能力の方が買われていて、スヴェトラーナはドラフト二位らしい。正室間違いなしって言われてたらしいのに…。


 転生者の計算能力って、今の身体の脳みそから来るものじゃないし、子孫に受け継がれるわけがない。詐欺っぽい?


 アナスタシアは記憶力A、計算能力B、運動能力E、魔力A、属性数D、健康さE、性格B、容姿A。アナスタシアは健康ではないからね…。でも幼女スキーなんだね…。


 セラフィーマは記憶力D、計算能力A、運動能力E、魔力A、属性数E、健康さB、性格B、容姿A。記憶力と性格には難がありそうだね。っていうか、剣術とか受けてないと運動能力とか分からないじゃん。


 マレリナは記憶力A、計算能力A、運動能力A、魔力B、属性数E、健康さA、性格A、容姿A。私のマレリナ、超優秀!


 マリアちゃんは記憶力D、計算能力E、運動能力E、魔力A、属性数E、健康さB、性格A、容姿A。マリアちゃんの性格が良いって、騙されすぎ!魅了されていたからしかたがない。いや、もしかして、マリアちゃんがジェルミーニ男爵に弱みを握られていると知って、その裏の性格を読んだ?まさかね?

 っていうか、マリアちゃん、もう王子の正室を狙ってないからって手を抜いたな。小テストではもう少しできてたはず。


 えーっと、ブリギッテは記憶力E、計算能力E、運動能力A、魔力A、属性数E、健康さA、性格B、容姿A。ありゃ、今回の試験も一般知識ダメだったのか。いや、ブリギッテも手を抜いてるのかなぁ。


 その他の子も見ていったけど、ほとんど容姿Aじゃないか。巨乳も幼女も等しく好きなんだな。

 容姿Bが数人いたけど、私と付き合いのあまりない子だ。王侯貴族だから、とうぜん子孫は美形でなければならないだろうけど、よほどのことがないかぎり容姿で差を付けたりしないってことか。


 いやいや、他の子の容姿だけ見てどうするんだ。成績を見たかったんだよ。みんなB以下が多いな。やっぱり最初に選ばれた私たちが上位なんだなぁ。



 ちなみに、ヴィアチェスラフ王子の成績も見てしまった…。記憶力A、計算能力A、運動能力A、魔力A、属性数C、健康さA、性格-、容姿-。性格と容姿「-」ってなんだと思ったら、その二つは女子にしかない項目で、王子以外の男子にもなかった。っていうか、性格と容姿って、やっぱり王子の好みかよ!


 それはさておき、属性数Cってことは、三属性のマルチキャストだということだ。髪が黄色なのでよく分からなかったけど、実は雷、土、聖属性を持っているらしい。やっぱり、王族って毎回属性ガチャをやってるんじゃんか…。嫁を大人買いして、属性数が多かったり、良い属性の組合せだったりする子を育ててるってことか…。



 結局のところ、王家が最も求めるのは優秀な子孫を残せる母体。次に、王の政治を支える優秀な執務官ということだ。だから、公私混同もたいがいにしろ!


 しかしそうなると、私はみんなの成績が頑張って上がるように勉強の手伝いをしているけど、勉強の内容は子孫に伝えられるわけではない。子孫に伝えられるのは、教えられなくても自ら学ぶ姿勢とか、自然に覚えていく能力だろう。


 そうなると、やはり転生者というのは詐欺だな。前世のオフセットがあるだけで、学習能力が高いわけじゃない。「転生者 二十すぎれば ただの人」という俳句があるように、世界の学問が私のオフセット分に追いつけば、私の記憶力や計算能力なんてたいしたことない。でもまあ、音に関して私に追いつくには、世界が遺伝子レベルで変わらないとダメかもね。


 まあ私のことはさておき、みんなに勉強させれば優秀な執務官になるだろう。だけど、優秀な子孫を残せるかどうかは、成績じゃなくて勉強過程を眺めていないとダメだな。

 だからなのかな。学園の授業でハープを弾く練習とか魔方陣を描く練習とかさせるのは。いや、それじゃたいして分からないでしょう。


 やっぱり、嫁と執務官は別々に育てた方がいいよ…。側室に求められるのは能力上昇速度で、執務官に求められるのは能力そのものだ。

 それから、セラフィーマみたいな理系はどっちにも向いてない。管理職って理系にとって墓場だよ。


 そいういうわけで、現在の能力を測る成績とは別に、成長速度、勉強に対する姿勢みたいなものを評価するように提案しておいた。



 今回、魔法のメロディ一つ一つと単語の対応表を公開しようと思っていたんだけど、やっぱりやめた。一つ一つのメロディが単語に対応しているということは、単語の組み合わせを替えて自由に魔法を作れるということだ。これは、魔法の根幹を覆し国中が混乱しそうなので、公開するなら、もう少しよく考えてからしようと思う。


 魔方陣を楽譜として演奏できることと、普通の魔法を魔方陣にできることを公開してあるんだ。誰かが魔方陣の魔法と普通の魔法の違いに気が付いて、一つ一つのメロディを解析し始めないかな。




 魔法の座学の授業は、いまだに神父様に習ったことが大半で退屈だったのだけど、今週の授業は濃密だった。魔法の座学なのに、いきなり子作りの話になったのだ。


 魔力を持つものどうしで子をもうける場合、およそ一〇〇パーセントの魔力や属性数を引き継げるのは第一子だけらしい。第二子は九〇パーセント、第三子は五〇パーセント、第四子は二〇パーセント、第五子はほぼゼロパーセントの能力となるらしい。

 しかも、ここで第一子というのは、母親が何番目に産んだかということであって、父親に対して、すなわち家系の何番目ということではない。つまり、男が何人もの側室を抱えて子孫を残そうとするのは、自然な流れなのである。

 女性の胎盤に魔力プールみたいなものでもあるのだろうか。出がらしになったら捨てて、次の女に乗り換えるような男は死ねばいいと思う。ああ、だんだん王子に殺意がわいてきた。



 多少のばらつきはあるものの、引き継がれる魔力は、両親の魔力の平均に対して、そういう割合となるらしい。親の魔力には出生後に修行で鍛えた魔力も含まれるので、第一子どうしの婚姻を繰り返していけば、魔力の強い者ができあがることになる。親がちゃんと鍛えていれば、第二子でも親が生まれたときよりも多い魔力を持つ場合はある。サボらなければ第一子と第二子でこの世界の魔力の総量を維持できそうだ。


 一方で、魔法の属性数については、乱数がけっこう効いている。ほとんどの貴族は一つしか属性を持っていない。属性数が一つの者同士で結婚すると、子の九〇パーセントが属性数一となり、九パーセントが属性数ゼロとなり魔力を消失。残りの一パーセントが属性を二つ持つマルチキャストとなる。

 マルチキャストはあまりいないので実例が少ないが、属性数二と一の者で子をもうけると、この属性数が二になるか一になるかは四五対五五らしい。

 ところが、その割合が適用されるのは第一子であり、第二子以降は期待値に九〇パーセント、五〇パーセント、二〇パーセントがかけられる。だから、属性数一同士の結婚では、例えば第二子は八一パーセントで属性数一、一九パーセントで魔力喪失となるだろう。第三子に魔力を受け継げる可能性は四五パーセント。

 魔力のなくなった者は貴族家との婚姻を結べなくなり、平民落ちが確定となる。だから、第三子を産ませることはあまりないという。もっと子供が欲しければ第二夫人が必要となるのだ。だからといって、属性数が増えるまで嫁をとっかえひっかえしてガチャをやってるような王族はやっぱり滅ぼした方がいい。


 セルーゲイもタチアーナも属性数一なのに、アナスタシアは二つゲットしてるなんてすごい!それとも、私が祝福をかけまくったから、マレリナみたいに何か発現してしまったのだろうか。いや最初っから少し紫入ってたはず。

 そのマレリナも、魔力を持たない平民同士の結婚で生まれた魔力持ちだ。平民から魔力持ちが生まれる確率は一パーセントらしい。私の学年の平民出身はその一パーセントのうちというわけだ。細かく把握してないけど、二十人が平民出身だとしたら、全国の一年間の出産は二〇〇〇人?そんなにいるのかな。年齢詐称もけっこういそうだ。

 そして、平民から生まれる魔力持ちは、突然変異でけっこう魔力が高い場合がある。マリアちゃんがいい例だ。マリアちゃんは上位貴族並の魔力がある。



 一人の母親から二人しか産まないとなると、属性数の総数の期待値は〇・八五倍になってしまう。二人出産を繰り返していると、そのうち魔法使いがいなくなってしまう。まあ、中には三人目を産む者もいるようだ。三人目を産めば期待値は一・三四倍になるので、わずかな三子家族のおかげで国全体として一倍を保っているというところだろうか。

 いや、属性数の多い男がたくさん子供を産ませれば、期待値を簡単に上げることができるのか。ってことは属性数の多い男はモテモテ?


 あれ?私って属性数ヤバくて、しかもエルフというのは男役になれる。だから私モテモテなの?私がマレリナに子供を産ませたら、属性数が五か六になるのか…。そりゃヤバいわ…。マルチキャストを量産できてしまう…。



 ちなみに、今まで子孫に受け継がれる魔力と属性数の割合をパーセントで表してきたけど、先生はそのような言い方をしていない。たんに、ここ数十年の合計人数を述べているだけだ。その数値から私が平均を求めたにすぎない。この世界の算数は小学校三年生レベルなので、平均とかパーセントとかいう概念がないのだ。




 先週の休日はフョードロヴナの屋敷に行って、素晴らしい…ひどい目に遭ったけど、私にはやらねばならない仕事がたんまりあるのだ。もちろん、彼女より仕事なんていっていると、あっさりフラれてしまいそうだから、彼女を優先したけど…。


 そして、今回の仕事は、王都の郊外に牧場や果樹園を作ることと、王都邸の建設、それからお肉を扱ったレストランとドレスの仕立屋の設営だ。


 郊外というのは城壁の外である。王都付近とはいえ、たまに魔物や盗賊が現れるため、土地を取得する者はまれである。でも、自衛手段さえ確保できれば取得自体は簡単だ。


 王都には近隣の直轄地と領地からの年貢が持ち込まれる。それだけでは足りないため、一部の貴族領から余っている農産物を買い上げているが、手数料がバカにならない。そこで、手数料はともかく、輸送費が安く住む郊外に農園を作るというのは歓迎というわけだ。



 一方で、農園と喫茶店、お肉レストラン、仕立屋を管理するために、王都邸を建設することにした。


 私はあらかじめアポを取っておき、王城に赴いた。面倒だけど馬車をチャーターして。

 農園を作り、農産物を王都に卸すという目的を告げると、あっさり受け入れられた。それと、王都邸のための土地とお肉レストラン、仕立屋のための土地を取得し、屋敷やお店を建設することについても許可された。



 農園の建設計画は紙にまとめてある。前回の長期休みにセルーゲイと計画したんだから。もちろん、建設費用はマシャレッリ領の予算から出る。私のポケットマネーじゃないよ。


 まず、建築予定地の木を抜く。木魔法の「木を操る」を使うと、自ら根っこごと移動してくれるので、異次元収納にしまう。


 それから周辺にお堀と壁を作る。魔物や盗賊が出るので、自衛手段を確保しなければならないのだ。まあ、壁はともかくお堀なんて王都にも領都にもないけど。


 それから、近くの川から水を引いてきて、橋を建設する。橋は「木を操る」を使って木に自ら橋の形になってもらう。

 果物は、成長促進の魔法か魔物のどちらかがあれば、水がなくても育つようなのだけど、表向きは小麦や野菜などの普通の作物を作るから水が必要なのだ。

 普通の作物は年貢の対象なので、一部を税として国に収めなければならない。もちろん、成長促進や美味しく育つ魔法をかける。王都はマシャレッリ領より少し寒いけど、やはり成長促進があれば冬でも収穫できる。冬の新鮮な作物は価値が高い。


 果樹園と魔物牧場は地下に展開する。今回は、火魔法で土の表面を焼いて固めるだけでなく、「木を操る」魔法を使って天井や柱を補強する。


 今回は「木を操る」が大活躍だ。エルフの里では、「木を操る」で木に穴を開けたまま固定して、その中に住んでいるらしい。それをブリギッテから聞いて、試してみたのだ。木に簡単な命令を与えて木のお化けにすることもできるし、根や蔓を延ばして敵を拘束したりするのが基本だが、魔法を解くと最後の形状を維持するので、好きな形状に変化させて固定できるのだ。



 スタッフはマシャレッリ領の土木工事に携わる火魔法使いと土魔法使い。そこに今回、木魔法使いを新たに雇った。木魔法使いはプライドが高くて農作業などやらないといって余っているが、給料さえ高く設定しておけばけっこう集まるのだ。


 農夫と警備兵には、マシャレッリ領から王都に住んでみたい者を集めてきた。農作業と警備をローテーションでこなす。



「というわけで、郊外に視察に行ってくるね」

「待ってよ。みんなで行くんでしょ?」

「へっ?」

「フョードロヴナ家との共同事業にするから、スヴェトラーナ様が迎えに来るまで待ってる手はずじゃん」

「えっ…」


 私、ハニートラップでそんなことを約束してたんだ…。


「ユリアナ、大丈夫?スヴェトラーナ様はユリアナのことを騙すような人じゃないと思うけど、エリザベータ様はヤバいんじゃない?」

「そうみたい…」


「ユリアーナお嬢様、馬車がいらっしゃったみたいですよ」


 窓を見ていたオルガがスヴェトラーナの馬車に気が付いた。私も車輪や馬の音で分かった。



「それでは行きましょう!」

「はい…」


 八人乗りの馬車に、スヴェトラーナ、アナスタシア、マレリナ、マリアちゃん、私。あとメイド四人。もう一台、スヴェトラーナの護衛の馬車が同伴する。

 馬車は郊外の農園予定地に向かって出発。


「ユリアーナ様。お母様に言いくるめられて共同事業になってしまいましたが、わたくしはユリアーナ様の味方です。ユリアーナ様が築き上げたものを奪ったりはしませんわ」

「はい…。スヴェトラーナ様がそのようなことをする方ではないと信じております」


「進め方をご教授いただき、技術指導報酬をお支払いすることになっていますので、今日はその報酬ついて取り決めさせてくださいまし。けっして安くない報酬をお支払いいたします。

 それに、王都での出店は完全に競合になってしまうのでいたしません。フョードロヴナ公爵領でのみ展開させていただきます。フョードロヴナは王都の北隣ですが、王都には農産物を卸さないようにもいたします」


「スヴェトラーナ様、お心遣いありがとうございます。たしかに、私が投資額を回収する前にフョードロヴナ家で金にものを言わせて事業を立ち上げられてしまいますと、こちらは競り負けてしまうでしょう。だから、王都での出店や農産物の納入は一年は独占させていただきたいですが、その後ずっと独占するつもりはありません。

 スヴェトラーナ様はお友達ですから、王都でも北側と南側に棲み分けして、仲良くやっていければよいと思っています」


「ユリアーナ様は自らの知識を広めて、国を豊かにしようと考えていらっしゃるのですわね。素晴らしいお考えですわ。もしかして、昨日お母様にお話になったことはすべて、最初からそのような考えで教えてくださったのですか?」


「えっ、まあ、魔物の飼育なんて、農家と貴族が協力すればいいだけではないですか。いずれ誰かが気がついたことではありませんか?そのようなことを、いつまでも秘匿にしておくつもりはないでのです」


「ユリアーナ様…。ほんとうに国のことをよく考えていらっしゃる…」


「私は、私の大切な人が豊かに暮らせるようにしたいだけです」


「そういうことにしておきましょう。さあ、着いたようですよ」


「ええ」


 エリザベータは怖いけど、スヴェトラーナは良い子だ。トラップじゃないハニーをどんどん仕掛けてほしい。といいたいところだけど、思考停止してしまうので、あまり長い時間色仕掛けされるのは困る…。



「ここで合ってますの?」

「はい」


 うっそうと木の茂る森。これを切り開くなんて、普通に考えればとんでもない。ここが現場なのかと疑問を持つのは当然だ。

 今日は視察と称して、一人で木を抜いたりお堀や壁を作るつもりだったのに、護衛とか多すぎてあまり目立つことをできない。


 木を動かす範囲や壁の位置に印を付けたりしていると、つのウサギが何回か襲ってきた。やっぱり出るんだねえ。

 私やマレリナが出るまでもなく、スヴェトラーナの護衛がやっつけてくれた。


 それから、学園に戻ってサロンで技術指導の計画や報酬について話し合った。

 建築や人件費かかる金額以上に報酬をもらうことになってしまった。



「ユリアーナってすごいのね。お父様が、私やエッツィオではなく、ユリアーナにマシャレッリ家を任せると言った理由が分かったわ」

「そうだね。ユリアーナもすごいけど、スヴェトラーナ様も大人みたいだったね」

「ちんぷんかんぷんだったよ」


 寮の部屋に戻ると、アナスタシアとマレリナ、マリアちゃんは、私とスヴェトラーナのやりとりについて感想を述べていた。


「私としては、たまたま誰もやっていないことを発見したから、アイデアを買ってもらっただけなんだけどね」

「いやあ、そのアイデアが大金貨五〇枚になるなんてびっくりだよ」

「マシャレッリ領から周辺の領地への売り上げを考えると、王都の農園からフョードロヴナ領への売り上げ三年分の見積もりが大金貨五〇枚なんだ。私としては一年分でよかったんだけど、スヴェトラーナ様に押し切られちゃって…」

「そうだね、またスヴェトラーナ様の胸を押しつけられてデレデレして言いなりになってたね」

「うぐぅ…」

「スヴェトラーナ様が胸と一緒に損を押しつけるんじゃなくて得を押しつけてくれてよかったね」

「うん…」


 スヴェトラーナの胸が揺れているのを見せられたり、胸を押しつけられたりすると、酔っ払ったみたいに考えられなくなる。もしくは麻薬とはこんな感じになるのだろうか。自白剤?




 翌日から何気ない普通の授業やクラブ活動の毎日。


 みんなは日々、私が渡したアニソンの楽譜を練習し、上達している。だけど、それにはまだ歌詞がない。日本語のアニソンの歌詞を訳しても、意味が分からない。ぶっちゃけ歌詞は何でもいいのだけど、私に作詞の才能はない。だからなかなか歌詞を付けられないでいる。



 それはさておき、今は私は領地発展に邁進している。フョードロヴナ家のお風呂ではずっと興奮しっぱなしでほとんど意識がなかったけど、マシャレッリ家を侯爵家に陞爵させ、爵位を継いで王子の子との婚約を破棄し、みんなを娶ると決意したことを覚えている。


 というわけで、週末は農場予定地の開墾だ。木を抜いて、お堀と壁、それから住居、あと跳ね橋を作るんだ。跳ね橋というのは城門を兼ねた可動橋だ。門を開けると橋になるが、閉めると城門になり橋が架かっていない状態になる。

 そこまでやったら、マシャレッリのスタッフとフョードロヴナのスタッフを呼んで、治水工事、地上の農場、地下の牧場と果樹園などの構築しつつ、運営方法について指導していく。


 こうして四週間で跳ね橋までを完成させて、スタッフを招き作業を開始させた。住居は作ってあるし、王都が近いから、すぐに生活できるだろう。跳ね橋を上げれば、夜は魔物や盗賊の心配がない。




 一方で、私は王都邸の建設だ。王都邸の敷地は、喫茶店からけっこう近い。フョードロヴナみたいに門から屋敷まで馬車で五分もかかるような広さじゃない。マシャレッリ領の屋敷の敷地よりも狭い。それでも、日本なら豪邸と呼べる広さだ。

 マシャレッリ家は昔、王都邸を持っていたらしいけど、同じ場所ではない。私は更地を買った。


 まず、屋敷部分に地階を掘る。地上部分は四階建てにするが、地下にもスペースを用意する。なんかいつも地下を作ってしまうけど、秘密基地を作るのが好きなのはたぶん、薫の記憶のせいだ。男って秘密基地が好きでしょう。


 郊外の森で抜いてきた木を異次元収納から出して、木を操るで四階建ての建物の骨組みを組んでいった。

 それから森で採ってきた岩を異次元収納から出して、土魔法で床と壁に整形した。岩を整形するのはけっこう魔力を食うのだけど、チート転生者の私には余裕だ。

 さらに、蜘蛛の糸の生地を壁紙や絨毯にする。厚いものなら断熱材としてもクッション材としても優れている。蜘蛛の糸は摂氏一〇〇度から一五〇度くらいで溶けるけど、燃えるのは二五〇度くらいなのだ。木よりは燃えないと思う。


 ちなみに、木を操るは根っこから生きている木じゃないと操作できない。逆にいうと、木を操るで作った建物は生きてる木なので、そのままだと成長して形が変わってしまうから、最後に根っこを切っておかなければならない。


 こうして、かなり頑丈で防火の四階建ての建物が一日で、だいたいできあがった。あとは、窓とかドアを大工に付けてもらえば終わり。


 ちなみに、王都邸を建てたからといって、学園に王都邸から通うわけではない。アナスタシアの移動距離を少なくするために、学園の寮に住むのが都合がいいからだ。



 この王都邸には、もちろん当主一家が暮らせるスペースがある。お風呂は別館じゃなくて、ちゃんと建物内にあるよ。


 農園や喫茶店の運営のための執務スペースもある。そのための使用人も雇った。というか、使用人が四人しかいないマシャレッリ家の屋敷と比べて、こっちには二十人いるよ。屋敷の維持以外は、立ち上げた事業の経営業務をやらせている。


 そして、地下一階は、今回新たにワイナリーを作ることにした。お酒を造るのは転生者の嗜みだ。ぶどうがあるのだからワインを作らないでどうする。ブランデーも作るよ!

 ワイナリーのことは、エリザベータにしゃべってないはず…。スヴェトラーナとの打合せでも話題に上がっていない。



 じつは、毎年冬休み前の一ヶ月間には社交シーズンというのがあるらしい。だけど、王都に屋敷を持っていない貴族は、宿代がかさむのでちょっと顔を出してすぐに帰らざるをえないらしい。しかも、マシャレッリ家は不作が続き、ハープ代すら出せないほど困窮していたので、ここ数年間まったく顔を出していない。

 でも今はもう、何も我慢することはない。セルーゲイもタチアーナも、きらびやかな服装で社交に精を出すといい。あれ、当主を継いだら私が社交しなきゃいけないのか。そういうの嫌いだなぁ…。




 王都邸を建てた次の週には、お肉レストランを建設した。お肉レストランは王都邸の北側でかなり近くにある。


 マシャレッリ領で扱っているミノタウロスとコカトリスの肉、牛乳と卵を使った料理を出すのはもちろん、今回オーク肉もメニューに加えることにした。フョードロヴナの屋敷でオーク肉のトンテキを出されてから、エリザベータにオークの輸入先を聞いて、飛んで捕獲しに行ったのだ。そして牧場の新しい仲間となった。

 オークというのは力士のような体型をした二足歩行の豚だ。人間よりは立っている豚というのに近い。


 これで、日本人になじみ深い牛豚鳥が揃った。お肉レストランはお肉をメインに扱うレストラン。ステーキ、焼き肉、しゃぶしゃぶ、焼き鳥などお肉そのものをいただく料理はもちろん、ハンバーグやつくねなどもメニューに加える。親子丼とかワイン煮込みもいいね。

 そしてオーク肉が入ったからには、豚骨ラーメンみたいなものも扱いたいなぁ。鶏ガラスープはいろんなものに使いたい。この世界には調味料が少なすぎるのだ。


 もちろん、ワインやブランデーもレストランで提供する。レストランの裏では、お肉とお酒の直売も行う。


 ところで、この世界の紙は何かの動物の皮を剥いだ羊皮紙というやつなのだけど、ミノタウロスとオークの皮がどうやら羊皮紙に適しているようなのだ。というか、この世界にはそもそも人間と魔物以外に動物がいないので、私が羊皮紙だと思っていたものは魔物の皮で作られているらしい。

 そこで、精肉業の傍らで羊皮紙の製造もすることにした。私は紙を使いまくるので、紙を内製できるのはとてもありがたい。学校にも安く提供しようと思う。


 ちなみに、馬車に使っている馬も魔物らしい。はるか昔から唯一温厚な魔物だそうだ。というか、動物という言葉がそもそもなかった。



 お肉レストランの次の週には、仕立屋を建設した。仕立屋もお肉レストランと同じ区画にあり、王都邸から近い。


 仕立て屋では蜘蛛の糸の生地を使った薄くて頑丈なドレス・紳士服を始め、ブラジャーとパンツ・レギンスも扱うことにした。ドレスも紳士服も、丸洗いOK。


 ドレスは少女向けのロリータファッションがメイン。この世界には存在しない、レースだらけの衣装も、薄くても蜘蛛の糸の生地だからこそできるデザインなのだ。


 仕立屋の裏では、防具屋を開く。蜘蛛の糸の生地を厚くすれば立派なレザーアーマーのようなものになるのだ。


 蜘蛛の糸の生地にはそのままでは針が通らない。縫い針を二〇〇度まで熱して穴を開けるか、生地の継ぎ目を二〇〇度に熱して溶接するしかない。

 火魔法使いは戦闘職なので募集してもあまり集まらない。しかたがないので、ヒートブレードのような縫い針の魔道具を作った。魔石代がかかるが、しかたがない。



 こうして、農園、王都邸、お肉レストラン、製紙業、仕立屋が立ち上がった。

 喫茶店に加えて、王都にたくさんのお店を進出させた!どれも魔物の素材を原料としていて、原価率が低いものが多い。採集に魔法使いを必要とするのが難点だが、魔法使いの給料を原価に乗せても、かなりの利益率を見込める。

 甘味、料理、酒、ドレス、下着。転生者の嗜みを着実に増やしていっている。私も転生者なのだからいつか自重を捨てなければならないと思っていた。自重を捨てるのも転生者の嗜みだ。




「ユリアーナ様!ひどいですわ!」


 朝一番に登校してマレリナとアナスタシア、マリアちゃんとだべっていたら、いきなり怒鳴り込んできたマゼンダツインドリル。


「えっと…」

「ドレスブランドを立ち上げるなんて聞いてませんわ!」

「そ、それはね…。スヴェトラーナ様を驚かせたくて…。ふんふん…♪」


 私は異次元収納を開いて、中からチラリと衣装を覗かせた。


「それはもしや…」

「スヴェトラーナ様のための衣装よ」


 というのは言い訳で…。おそらく私はエリザベータに暗時をかけられて、食品関係のことを尋ねられたからしゃべってしまったのだと思う…。だけど、それ以外のことはしゃべってなかったようだ。スヴェトラーナと商談したときに、紡織関係がなかったことに気がつかなかった。


「まあ…」

「放課後のお楽しみよ」

「ユリアーナ様のいけずぅ!」


 ああ…、きゅるるんと胸を強調するようなポーズで言われたら、今すぐあげてしまいそうになる…。


「ユリアーナ、衣装って何かしら?」

「お姉様の分もあるのよ」

「まあ!」


「もちろんマレリーナのもね」

「えっ、私の?」


「私のは?」

「マリアちゃんのもあるよ!」



 というわけで、放課後のクラブ活動にて。

 私はバンドクラブのためのステージ衣装を配った!


「まああああああぁぁ~!可愛いいいぃぃ!着替えてきますわ!」


 スヴェトラーナは衣装を手に取って発狂している。

 魔術訓練場は汗をかく人もいるので、更衣室がある。スヴェトラーナは胸をたぷたぷ揺らしながら足早に駆けていった。


 ちなみに胸の露出は少なめで、揺れも抑えるようにしてある。そうじゃないと、私の視界に入った途端に、私が思考停止してしまうので。


 みんな同じ白と黒を基調とした衣装にした。それぞれの髪の色にしようかと思ったけど、スヴェトラーナとマリアちゃんはかぶっているし、セラフィーマとマレリナもかぶっている。女児向けのプリティなんとかみたいなのにするには、色のラインナップが少ないのだ…。


 アイドルっぽくするためにスカートはミニスカート。この世界では十歳くらいになると膝を隠すくらいのスカートにするのが標準らしいけど、気にしない!だけど、パンツが見えてしまってはあまりにも破廉恥なので、スパッツをはくことににした。


「わあ!素敵ね!私も着替えてくるわ」

「ユリアーナ、ちょっと可愛すぎじゃないかな…」


 アナスタシアは嬉しそうだ。マレリナはちょっと恥ずかしそう。


「可愛い!」

「こ、これはなかなか恥ずかしいですね」

「あはは。これはおとぎ話に出てくる妖精さんの衣装だね~」


 マリアちゃんも衣装を手に駆けていった。

 セラフィーマはいつも飾り気のないドレスを着ているので抵抗があるかな。

 ブリギッテのおとぎ話、気になる!


 もちろん私もみんなの後を追って更衣室に着替えにいった。そろそろスヴェトラーナが着替え終わってるはず…。スヴェトラーナの裸を見たいのはやまやまだけど、記憶が飛んでしまいそうなので…。



「どうかしら!」

「とても可愛いわ…」


 スヴェトラーナ、マジ可愛い…。スヴェトラーナはメンバーの中ではいちばん長身で大人っぽいけど、可愛いったら可愛いのだ。

 胸の露出を少なくしたのはいいけど、乳袋になってしまった…。だけど、揺れにくいように抑えてある…。うーん…、危険…。

 それに、スヴェトラーナはスパッツをはいても危険だった。スヴェトラーナがくるっと回るたびにスカートが翻り、ぷるんぷるんのお尻が覗く…。いや、スカートが翻らなくても、太ももが常にぷるんぷるんと揺れており、私の思考力がどんどん奪われていく…。

 スヴェトラーナは全身が暴力だった。スパッツのようなフィットするズボンではその暴力を防ぐことができなかった…。本番までには揺れを軽減するように生地を調整しよう…。


「可愛いでしょー」

「ええ、とっても!」


 マリアちゃんは、妹っぽさがにじみ出ていていいなぁ…。


「私なんかが着て似合うのかしら…」

「お姉様…可愛いいいいい!」

「きゃっ」


 思わず抱きしめてしまった。アナスタシアはいつまでたっても六歳の幼女にしか見えない。アニメ声とはちょっと違うけど幼い声がとても可愛い。誘拐してしまいたい。誘拐しなくても私のものだった。


「スカート短いです…」


 セラフィーマは、内股になって膝上丈のスカートで膝を覆おうとしている。普段が地味子なだけあって、ギャップがいい!


「ほーら、妖精さんだよ~」


 森の妖精、すなわちエルフ。危なかった。夢の国に連れて行かれるところだった。なぜならブリギッテも乳袋になってしまったし、太ももも良い感じにぷるぷると揺れているからだ。


「みんな、いつかその衣装を着て、音楽の演奏会をしましょ」


「「「「「演奏会?」」」」」


「音楽は、演奏するのも楽しいけど、聞くのも楽しいでしょ?だからお客さんを集めてみんなの前で演奏するのよ」


「それは素晴らしい考えですわ。ユリアーナ様はほんとうになんでも分け与えてくださるのですわね」


「そのためには、演奏できる曲をたくさん増やしましょ!大変だけどみんなよろしくね」


「私、やるよ」

「頑張るわ!」


 マレリナとアナスタシアの目に火が灯った。


「もちろんですわ!」

「頑張って練習するね!」

「楽しみです!」

「あはは!」


 一曲ものにするのに二ヶ月くらいはかかりそうだ。一年後くらいに演奏会できるといいなぁ。とはいえ、みんなすぐに成長するので、演奏会をできるようになるころにはこの衣装は入らなくなっているだろう。だから、この衣装が日の目を見ることはない。たんに士気を高めるためのアイテムだ。


 衣装を着て演奏するのはとても気分が高揚した。だけど、放課後の時間を着替えに半分取られてしまう。女の子の着替えは時間がかかるのだ。まして、ここにはメイドも入れないし。衣装は演奏会までのお預けとなった。




 私が転生者の嗜みとして自重を捨てたからには、魔道具にも革命を起こしていきたいと思う。授業で習ったことをフル活用して地球の家電を作るぞ!


 魔道具の授業では、自分でテーマを決めて魔道具を作ることになった。


「ユリちゃん、何を作るんですか」

「冷蔵庫よ」

「冷蔵庫?」


 この冷蔵庫は冷やすだけじゃない。木魔法の害虫避けを使うと、なんとカビや細菌のような微生物も除去してくれるのだ!「とても小さな」「害虫」というのが細菌に該当したのだ。


 ところが、木魔法の害虫避けで除去してくれるのは、作物についた細菌だけのようだ。そこで、メロディをホ長調から変ホ長調転調したら、お肉と玉子の細菌を除去してくれるようになったのだ!


 さらに、風魔法で脱酸素して窒素充填するようにしたら、食べ物が腐らなくなった!


 今日はそれを魔道具にするのだ。水、風、木、命の属性のハイブリッド魔道具だ。魔道具の実習の授業では、自分の属性以外でも魔方陣さえ描ければ何を作ってもいい。その属性を使える人に仕上げを頼まなければならないが。私はちょっと明るい灰色設定を貫くために、アナスタシアや他の属性持ちの子に仕上げを頼むことにした。


「冷やすと食べ物が腐るのが遅くなくなるのですか?見えない虫と空気が食べ物を腐らせると?」


 セラフィーマは興味津々だ。


「しかし、それだけたくさんの属性を組み合わせたものを思いつくのは、ユリちゃんだけです。でも私は他の属性魔法のことをあまり知りませんので…」

「ここに魔法の一覧があるから、その中から組み合わせられるものを考えるといいわよ」

「ふーむ…」

「冷蔵庫にも入っている機能なんだけど、通ると病気を治療しつつ、雑菌を除去してくれるゲートなんてどうかしら?」

「なるほど。それではとても小さな虫を寄せつけない魔法を教えてください」

「それはね、この部分よ」


 セラフィーマは無菌室エアシャワー的なゲートを作ることになった。玄関をくぐるときに滅菌すれば、屋敷内の病気が減るかも?店舗に入るときアルコール消毒してね、みたいな。

 実は、「とてもとても小さな虫」にすると、細菌より小さなウィルスを示すことができるようになる。滅菌と滅ウィルスを組み合わせると、病気の治療効率が上がる。そういうゲートにしてもらおう。



「私は何を作ろっかなぁ」

「じゃあ、筋力強化と防護強化、疲労回復、自動治療のパワードスーツなんてどう?」

「パワードスーツ?」

「他人にかける場合は自分からの距離に応じて効率が落ちるけど、スーツにしてしまえば距離はゼロだから自分にかけるのと同じ効率で発動できるよ」

「なるほど!」


 マレリナはパワードスーツを作ることになった。といってもメカは必要ないので、戦隊ものの全身タイツみたいなものになりそうだ。騎士団やハンターに売れるかな?



「ねえユリアーナ、私は何を作ったらいいかしら」

「お姉様は、手を添えると水が出てくる魔道具はいかが?」

「それはとても便利ね!」

「観測魔法やタイマーをうまく使うのがコツですよ」

「やってみるわ!」


 アナスタシアには配管不要で自動水栓の蛇口を作ってもらおう。



「私はっ?」

「ブリギッテはハンター向けの簡易テントなんてどうかな。森の中で寝るだけのスペースを土整形で作る魔道具」

「おお、それはエルフが狩りに出るときにも役立ちそうだね!」

「土整形はしばらくすると崩れちゃうから、維持も組み込まなきゃだよ」

「なるほど!」


 私はハンター向けのアイテムと思ったんだけど、森で狩りをするエルフにも役立つようだ。



「ねえ!私は?」

「マリアちゃんはね、ちょっと難しいんだけどね……」


 マリアちゃんは三年生から魔道具の授業に飛び入りしたので、基礎を学んでいない。普通は前提の授業を履修していないと受けられない仕組みだと思うのだけど、拒否されなかったようだ。でもそれじゃ授業がちんぷんかんぷんなので、私が手取り足取り教えているのだ。


 マリアちゃんに作ってもらいたいのは電話だ。考えを伝える魔法と、同意の上で考えを聞く魔法は簡単に組み込めるのだけど、相手の指定が難しい。魔道具本体に相手の情報を組み込んでしまうと、その相手としか電話できないものになってしまうので、相手に情報を別カートリッジにして魔方陣を接続するような仕組みを作る。


 魔方陣では対象をイメージで指定できないので、対象の情報を魔方陣に組み込む必要がある。そのため、魔方陣で固有名詞を表せるように、この国の一文字に対応するメロディというのがあったのだ。もちろん、この国の言葉をメロディの文字で表しても意味がない。指定できるのは固有名詞だけだ。


 それも、同姓同名がいると発動しないので、個人情報を加える必要がある。残念ながら生年月日の情報は年までしかない。生まれた日を覚える習慣がないのだ。そもそも私の村に日付や年号なんて概念はなかった。あとは、どこ出身とか、とにかく個人を特定する情報を加えて一人に絞れれば、魔法が成功するようだ。

 例えば、ユリアナだけじゃ全然ダメだった。ローゼンダール王国、コロボフ子爵領の村出身で、アブドゥルラシド王歴十六年生まれの、ユリアナという感じで指定すると、私と認識された。ちなみに、ユリアナとユリアーナのどちらでも認識された。他の村に同期の同姓同名がいる場合は、村に名前がないから、東の村とか指定するしかない。ちなみに、私の村はコロボフ子爵領に三つある村のどれか地図を見ても分からない。


 そういうわけで、マリアちゃんが作るのは、考えを伝える魔法と、同意の上で聞く魔法の魔方陣を描いた本体に、相手を示すカートリッジを入れ替えて使う電話のようなものになった。本体よりもカートリッジの方が複雑。コンパスでとフェルトペンで小さな魔方陣を描けるようになったから少しはマシだけど、筆で描くのは大変すぎる。でも相手に電話機がいらないのがポイント。


「すごく大変そうだけど、やってみる!」


 安眠枕とかでもよかったんだけどね。っていうかマリアちゃんが作らなくても私が作るけど。



「ユリアーナ様!」

「スヴェトラーナ様は…」


 キラキラと目を輝かせて私を見つめるスヴェトラーナ。私より背が高いのに、少しかがんで上目遣いで見つめてくる。すると、双球の織りなす深淵の谷間に私の心は吸い込まれる。

 この子…、どうやらわざとやってるわけではないようだ…。私の喜ぶしぐさが身体に染みついているようだ。私の喜ぶしぐさっていうか、男が喜ぶしぐさというか…。


「スチームヘアアイロンなんていかがでしょう」

「それは何ですの?」

「それはですね…」


 薫の記憶にある彼女が使っていた、髪の毛を温めてカールさせるものだ。蒸気も発生させるらしい。

 鉄心に穴を開けて、まず鉄心自体を加熱魔法で加熱して、さらに中で少量の水を発生させてそれを霧にしつつ加熱して蒸気にして、穴から吹き出す。火魔法と水魔法を使えるスヴェトラーナならではの魔道具だ。


 私はずっと疑問に思っていた。スベトラーナのツインドリルを作るにはどれほどの時間がかかるのだろうと。

 フョードロヴナの王都邸にお邪魔したときは、お風呂に入ってからの記憶がいまいちない。スヴェトラーナとお風呂に入って髪も解いたと思うのだけど、気がついたら朝で、スヴェトラーナはすでにツインドリルだった。


 だからツインドリルができるまでの時間を私は知らないのだ。とはいえ、どう考えても自然にああなるわけはないので、メイドたちのたゆまぬ努力のすえに成り立ってるに違いない。

 そこでスチームヘアアイロンがあれば、メイドたちが少し楽になるのではないかと考えたのだ。


「それはすごいですわ!いつも三時間かけてセットしているのが、早く済むかもしれませんわね!」

「えっ…」


 女の子の美に掛ける時間をなめていた。私がやっていることといったら、お風呂で髪を洗うことと、上がったらすぐ乾燥させることくらいしかない。かってにウェーブがかるし、くしで解かなくてもするりと指が通る。


 この授業ではちょっとした機構部品を外注してくれるらしい。だけど、本格的なものは別料金だそうだ。

 スヴェトラーナの鉄心は外注しなければならないと思う。だけど、スヴェトラーナならお金を出せるだろうし。

 マレリナのパワードスーツも、私が蜘蛛の糸の生地を提供した方がいいな。魔石が外付けだと間抜けだし、魔石を砕いて生地に練り込んだらいいだろうか。



「ユリアーナ嬢。ボクにもアドバイスをくれないかな?」

「えっ…、ヴィアチェスラフ王子殿下なら…」


 別に意地悪するつもりはないけど、そんなに親しい仲でもないのに…。いや、向こうは親しいと思ってるのか…。


 王子は雷、土、聖の属性を持っている。聖魔法の魔道具ってなんだ…。御利益のある壺とか?

 雷を電気と考えれば、扇風機とか電熱器とか、他の属性の役割を簡単に担える。電気の発見なんて、またインパクトが強すぎるから、雷魔法を電撃と光以外に使うのはNGだな…。

 雷、土、聖の組み合わせで何か特徴的なもの…。後光の差すありがたい壺生成器?ダメだ…。組み合わせを思いつかない。っていうか、お前のためものなんて考えてねーよ!

 そうだ!


「電撃を放つ頑丈な剣というのはいかがでしょう?」

「なるほど…」


 まず、土魔法の物質硬化で、剣を打ち合うときに硬化して頑丈にする。何かが剣に当たる直前に発動してすぐ解除するのがミソ。瞬間的に使用することで消費魔力を抑える代わりに、物質硬化の効果を限りなく高められる。そのおかげで、鋭くしても刃こぼれしない剣になるだろ。

 そして、これまた何かが剣に当たる直前に電撃を発する。斬撃が弱くても、空中放電でダメージを与えられる。金属鎧によく効きそうだ。

 それから、本来なら剣より盾や鎧に付けたほうがいいと思うのだけど、厄除けを付けておけば、攻撃を受け流せる確立が上がったりして?


 最近、聖魔法は毎晩おまじない程度にしか使ってないけど、増えた語彙で具体的なお願いをすれば、もっと具体的なことを起こせるのだろうか。


「攻撃と守りと、そして耐久性まで…。まるで聖剣だな…。武器を魔道具にするなど考えつきもしなかった。素晴らしい!さすが私の見込んだユリアーナ嬢だ!」


 おい!またみんなの前でそんなことを言ったら、私が苛められるだろう!


 と思ったら…、


「あのぉ…」


 私に群がる二十人以上の女の子たち…。ついでに九人の男子も…。

 他にマルチキャストはいないので、単一属性で無難ものを教えておいた。っていうか、先生いるんだから、先生に聞いてほしい。



 そういうわけで、私が欲しいものをみんなに作ってもらうことにした。私は冷蔵庫だけじゃなくて、家電っぽいものをたくさん作る予定。


 まず、温水洗浄便座は欠かせないだろう。便座ヒーターもアナスタシアは喜ぶかもしれない。

 それから洗濯機、衣類乾燥機、冷房、暖房、IHコンロ、オーブン、電子レンジ、換気扇、掃除機…。

 電子レンジとかいって、マイクロウェーブじゃなくてただの加熱魔法だけど。つのウサギを入れてしまう人のために、生き物を入れたら乾燥させるモードに切り替える機能を付けるつもりだ。


 あとは…、火と水で蒸気機関、もしくは火と風で内燃機関…、つまりエンジン。オルゴールを作った鍛冶屋はけっこう良い仕事をするけど、機密性と耐久性の高いものを作れるとは限らないな。

 雷でモーターの方が楽か。まずは全部電気で走らせないで、電動アシスト馬車かな。むしろ、念動アシスト馬車か?


 魔道具を作るのは、プログラミング言語に似ている。だけどあまり高級言語ではない。一つの魔方陣はサブルーチンだ。引数と戻り値がないのはもちろん、変数すらない。できるのは状態観測の魔法によるトリガーや条件分岐のみ。

 やろうと思えば魔法で起こした出来事にグローバル変数の役割をさせることはできる。加熱魔法で温めた物体の温度を変数代わりにするのだ。しかし、そんな危険な変数は使いたくない。そこで、最も安全な変数は、魔力の量だった。ある場所に貯めた魔力の量を変数にする。魔力はしばらく使わないと霧散してしまうので、DRAMのように定期的にリフレッシュしなければならない。微細化するにはリーク魔力問題を解決しなければ。その前に魔力の絶縁体とかあるのかな。ああ、なんか魔力でコンピュータを作れるような気がしてきた。やりたくないけど。いや、電卓くらいなら作ってもいいな。


 というわけで、みんなが一つの魔道具の設計に何ヶ月かかけているところ、私は一人で十個以上の魔道具を設計した。




 そんなこんなで季節は夏。


「ねえ、ユリアーナ」

「うん?」


 放課後、クラブ活動の前に、教室でブリギッテが何やら切羽詰まった様子で話しかけてきた。


「ユリアーナはマシャレッリの爵位を継いで、侯爵になるんだよね?」

「いやそれはまだ決まってないけど…」

「お願い!なって!」

「いやいや…、今がんばってるところだってば…」

「私ね、アルカンジェリ子爵様に手紙で聞いたんだけど、嫁ぐのは王子じゃなくても、高位の侯爵様だったらいいって!」

「マジで…」


 そうか…。みんなを娶るには、自分に箔を付けなきゃいけないのか。スヴェトラーナも最低限侯爵じゃないとダメって言ってたし。

 でも、子爵家の娘だったら伯爵家に嫁ぐのだって玉の輿でしょうに。まあ、三年前のマシャレッリ伯爵家に嫁いでも、ひもじいだけだけだったろうけどね。


「だから私、ユリアーナは侯爵になるって言っちゃうね?」

「待ってよ…。まだお父様から爵位を継がせてもらえるとは直接聞いてないよ。今度帰ったら聞いてみるけどさ…」

「ううう、お願いだよ。私、王子に嫁ぎたくなんかないよ」

「それは分かるよ…」

「でも良いところに縁を作ってアルカンジェリ領に便宜を図ってくれるようなところじゃないと、納得してくれないんだよ」


 政略結婚ってそんなもんだよね。アルカンジェリ子爵を助けるのは癪に障る。もちろんブリギッテを娶りたいし、助けてもあげたい。


「気持ちは分かるけど、私も爵位を継がせてくれなんて手紙に書くわけにはいかないから、やっぱり長期休みに面と向かって話してからね。それで確約がもらえたら、アルカンジェリ子爵家に手紙を書くよ」


 アルカンジェリ領は王都の西側に位置する。マシャレッリ領からは北西に直線距離で七日程度だろうか。


「絶対に手紙ちょうだいね!」

「良い返事がもらえるか分かんないよ…」

「そんなのダメ!」

「はぁ…」


 この子はほんとうに三十二歳なのだろうか。胸やお尻はとっくに成人を超えているのだけど。それとも、ほんのり幼さの残る顔立ちや身長の示すとおり十四歳相当の精神年齢なのだろうか。

 そんなこといって、私だってとても精神年齢三十六歳といえないようなことをやっているし。まあ、転生者が幼いときには大人っぽくって、歳を取ってくると逆に子供っぽいってのは転生者の嗜みだし。



「ユリちゃん!今度の長期休み、私もマシャレッリ領に付いていっていいですか!」

「いいと思うけど、一応お手紙書くわね」

「よろしくお願いします!」


 春にマリアちゃんを連れて帰ったときは、タチアーナとセルーゲイは、まるで近所の友達が遊びに来たように迎え入れてくれた。でもね、普段あまり気にしていないけど、マリアちゃんとセラフィーマじゃ格が違うんだよね。男爵家の娘は近所の友達で済んでも、格上の侯爵家の娘が来たとなったら、伯爵家としてはもてなさなければならない。

 まあ、セラフィーマは付き合ってみれば接しやすい子だけどね。自分からまったく他の子に関わろうとしないみたいだけど。


 それにしても、エルフなら女の子どうしで結婚できるって常識なの?ロビアンコ家は嫁ぎ先が女で納得してるのかな?




 さて、三年生前期の終わりも間近。もちろん試験がある。

 日頃から小テストをやっているから、みんなの実力はだいたい分かる。今回から、その場限りの点数だけではなく、好成績を目指したり維持したりする姿勢や、学習速度みたいなものも見るようになった。

 現在の成績はともかく、学習速度や学習意欲の高い者を嫁にすると、たぶん次代に遺伝するんじゃない?


 今のところ、受かっている者は正室候補でかつ、側室以上確定ということらしい。正室になれるようにがんばってほしい。

 受かってないのは、ブリギッテとマリアちゃんを含む、下位貴族の子が四人だけ。ブリギッテもマリアちゃんもやる気がないから、期末試験で手を抜いてるのがバレバレだ。そういうのは遺伝するだろうから、嫁にしない方がいいよ。もう二人はがんばっているようだから、今度こそ受かるといいね。


 こんなものに選ばれて何が嬉しいのか、まったく分からない。ヴィアチェスラフ王子は、このワケの分からない嫁ドラフトのことを常識と思っていることと、あとマゾであることを除けば、比較的温厚でまともな性格である。もちろん、成績優秀で向上心も申し分ない。

 そんな王子から愛されるのは女の至福なのだろうか。私はエルフだから男に愛されたいとは思えないけど、王子を王女に置き換えて考えてみると、分からなくもない。



 教師たちから聞いた情報を元に、正室とはなんなのか、側室とはなんなのか、まとめてみた。

 正室とは、成績や魔力に最も優れた者。王に最も愛され、王の次に最も位の高い政務官のようだ。さらに、次代の王の候補を産む役割がある。


 次に、側室とは、正室の次に成績や魔力に優れた者。正室の次に愛され、正室の次に位の高い政務官のようだ。もちろん、次代の王の候補を産む役割がある。

 側室間で序列はないらしい。等しく愛されているかは知らない。


 つまり、正室と側室の違いって、偉いかどうかと、愛に差があるだけのようだ。産まれてくる子供に王位継承権の順位はないらしい。

 実は、生まれてくる王子の子たちにも王子ドラフトがあるのだ。九歳になるまで教養や武術、魔法を学ばせて競わせる。そして、九歳になった時点で最も優秀だった者が、次代の王となる。


 そうなると、謁見の間にいた王の正室と側室は会わせて十一人だったから、同い年の王子も他に十人いると思うんだけど…。あ、女も生まれるから王子は半分くらいか。でもその五人くらいの王子はいったいどこへ…。残りの五人の王女もどこへ…。王は水と風のマルチキャストっぽかったし、側室にもマルチキャストっぽい色はいた。あれ、王ってマルチキャストの種馬なのでは…。側室の子にはマルチキャストの子がかなりいると思うんだけど、私の学年のマルチキャストはスヴェトラーナとアナスタシアしかいないんだよな。


 ああ、嫁ドラフトに選ばれたクラスメイトの子供がどうなるかなんて、もうどうでもいいや…。私も、王子の子の婚約者だなんてわけの分からないものはさっさと降りてしまおう。マシャレッリ家を継げば、他の家に嫁ぐ必要はないはずだ。


 しかし、私が貴族当主になってみんなを娶ったら、王子とやってることが変わんないな…。いや、私は子供をみんな大事にするよ…。


 というわけで、試験は無事に終わり、夏の長期休みが始まった。




★★★★★★

★セラフィーマ十二歳




 セラフィーマは試験終了後、ユリアーナに食いついた。


「ユリちゃん!私の訪問、許可が下りたでしょうか!」

「ええ。セラフィーマは従者を何人付けるのかしら」

「一人です」

「えっ、護衛は?」

「ユリちゃんとマレちゃんだけでじゅうぶんです」

「じゃあ、メイドだけなのね」

「はい」


 ユリちゃんもマレちゃんも、大人の男のように強いです。とくにユリちゃんは、その小柄で華奢な身体では信じられないような力があります。



「ユリアーナ…。私、離れたくないよ…」

「マリアちゃん…」


「マリア様、今回は一度ジェルミーニのお屋敷に戻って、男爵様に相談しましょう。マシャレッリ家に嫁がれることについて」

「わかったよ…」


 前回の長期休みではマ…リちゃん?がユリちゃん宅にお邪魔したそうです。今度はマリちゃんはいないし、ブリちゃんもおっぱいちゃんもいません!私がユリちゃんを独り占めです!とは行きませんね。アナちゃんとマ…リちゃん…あれ…、マ………。姉妹が二人いますからね。


 馬車はユリちゃんが用意してくれることになりました。ユリちゃんは最近王都に屋敷を構えたらしいです。馬車と御者はそこから来たそうです。


 ユリちゃんとマレちゃん、アナちゃんとメイド、それから私と私のメイド、六人の旅です。馬車は八人乗りなのでゆったり座れるはずなのですが、なぜか進行方向向きの席に四人押しかけてきて、しかも私を含めてユリちゃんにべったりくっついているので、ぎゅうぎゅうです。端っこのマレちゃんがちょっと寂しそうです。でもユリちゃんの隣は渡しません!


「この馬車の座席はふわふわで、お尻が痛くなりませんね」

「舞台衣装に使ってる生地を椅子のクッション材にしてあるのよ。それに車輪のゴムとしても巻いてあるし、エアサスペンションにもなっているの」

「エアサスペンションとは?くわしく!」

「この生地は水分の抜き方によっては、まったく通気性のない素材になるの。だから、この生地に空気を入れた袋を作って、それを馬車の骨組みに挟んであるの」

「それは画期的です!空気袋を挟むなんて!」


 ユリちゃんはなんでも作ってしまいます。魔道具の授業でもみんなにアドバイスしていたし、ユリちゃんの発想はどこから生まれるのでしょう。私はその秘密を知りたいというのも、今回ユリちゃんのお宅にお邪魔する理由の一つです!


「しかも速くないですか?」

「これは念動アシスト馬車なのよ。念動によるイナーシャルキャンセラーも付いてるのよ」

「くわしく!」

「急な加減速や急旋回による慣性と逆方向の力を、空間魔法の念動で発生させる魔道具を組み込んであるの」

「慣性ってのは?」

「うふふ、興味があるなら、マシャレッリで勉強しましょ。計算の得意なセラフィーマなら、すぐに覚えられるわ」

「それは楽しみです!」


 ユリちゃんはなんでも知っています。いったいユリちゃんの頭の中はどうなっているのでしょう。ユリちゃんと一緒にいると楽しくてしかたがありません!


「この馬車はね、私が酔いやすくて、お尻が痛くなっちゃうからって、ユリアーナが作ってくれたのよ」

「たしかに…、マレちゃんの膝の上なら痛くなさそうですね…」


 なぜかアナちゃんは柔らかい馬車の座席ではなく、マレちゃんの膝に座っていました。それなら…、


「ふんぬ!」

「わっ」


 私はユリちゃんの背中から脇に手を入れて、持ち上げようとしましたが…、筋力強化ナシじゃ持ち上げられませんでした…。ユリちゃんは私より十センチ以上小さいのですが、さすがにムリでした…。


「えっと…、こうかしら…」

「はい…」


 ユリちゃんは察してくれて、自ら私の膝に乗ってくれました。顔を赤らめたユリちゃん…、可愛い…。


「ユリちゃん…」

「セラフィーマ…」


 ユリちゃんはふっくらとしたお尻をしてました。でもちょっと重い…。アナちゃんサイズじゃないとムリでした…。


「ずるいわ!私も!」

「じゃあ、私がお姉様を乗せるわ」

「あっ…」


 私の元からユリちゃんの感触が離れていってしまった…。うーん。ユリちゃん、独り占めしたい…。

 そのあとは、ユリちゃんがアナちゃんを膝に乗せたり、マレちゃんがユリちゃんを膝に乗せたりと、ローテーションしながら行きました。何のために膝に乗せていたのか、当初の目的などとうに忘れていました。




 窓の外を見ていたら、景色の流れが止まりました。衝撃がほとんどありません。これが空間魔法?


「マレリナ、三人組みたいだけど、やる?」

「三人なら私でもいけるね」


 ユリちゃんは突然何を言い出すのでしょう。

 マレちゃんはハープを出して筋力強化と防護強化を弾くと、扉を開けて飛び出していきました。


「ぐぇっ」「がはっ」「なんだ、お……」


 窓の外で男の断末魔が聞こえました。

 窓の外を見てみると、剣や槍を持った男たちをマレちゃんが殴ったり蹴ったりしていました。


「終わったよー」

「おつかれー」


 マレちゃんが馬車に戻ってくると、こんどはユリちゃんが出ていきました。

 窓から見るユリちゃんは、ふんふんと魔法を歌い、男たちの下にゆらゆらとした穴を出現させて、男たちを穴に落としました。そして、馬車に戻ってきました。


「ユリちゃん、あの男たちは?」

「盗賊よ。ハンターギルドに引き渡すと報奨金をもらえるのよ」

「私もやりたいです!」

「セラフィーマも筋力強化を使えるのだから、身体を鍛えてはどうかしら」

「うう…、身体を動かすのは苦手です…」

「命魔法には射撃技がないから、動かないで敵を倒すのは難しいわねえ」

「むぅ…」


 魔法戦闘の授業で繰り広げるユリちゃんとマレちゃんはほんとうにすごいです。私はマレちゃんより髪の色が白くて魔力が多いのに、マレちゃんに筋力強化の力比べで勝てません。ユリちゃんにいたっては筋力強化も使わないのに、筋力強化を使ったマレちゃんよりも力があるのだから、ワケがわかりません。




 宿で一泊すると、翌日の夜にはユリちゃん宅に到着しました。メイドには五日間と聞いていたのですが、馬車が二・五倍の速さなので二日間だそうです。私、計算は得意です。


「「「ただいま戻りました」」」

「おかえりなさぁい。その子がセラフィーマちゃんね」


「セラフィーマ・ロビアンコです。ユリちゃんとの結婚のご挨拶にうかがいました」


「ちょ、セラ……」

「まああああぁぁ~!ユリアーナは罪作りな女ね~!」

「お母様…、まだ真に受けないでください…」

「うふふ、お食事のときに聞かせてもらうわぁ」


 赤色の髪の母君は、私とユリちゃんの結婚を喜んでくれるようです。


「はい、ぜひ」


「あ、私のことをタチアーナお母様って呼んでもいいのよぉ」

「だからはやす……」


「はい、タチお母様」


「あら、もう愛称で呼んでくれるのぉ?嬉しいわぁ」


「いやセラフィーマは名前をおぼ……」


 話がとても早い母君で助かります。

 ユリちゃんはあわあわしているだけです。


「私が当主のセルーゲイです。よくぞ参られました」


「ごきげんよう、セルお父様」


 水色の髪の父君は優しそうです。


「私のことも愛称で呼んでくれるのですな」

「だから、ちが……」


「もちろんです」


 すぐに覚えられるのが二文字だけだからそう呼んだのですが、好意的に捉えてもらえてよかったです。もちろん、その二文字さえ、最初は数十秒で忘れますが。


「ようこそ、セラフィーマ様。エッツィオと申します」

「エッくん…。ごきげんよう」


 うん。覚えられそうにない。緑色の髪の坊やはアナちゃんより背が高いな。兄かな。



 夕食では、部屋に入る前から廊下がとても香ばしい匂いで立ちこめていました。


「このお肉は初めて口にします。とてもジューシーで風味豊かですね!」


 つのウサギのよりも少し暗い茶色の肉を実際に口にしてみると、肉自体に独特の味わいがあります。味付けはいつもどおり塩だけなのに、とても美味しい。


「これはね、ユリアーナが出資しているレストランの料理なのよぉ」

「ええ。ミノタウロスの粗挽きハンバーグよ」

「美味しいでしょぉ?ユリアーナが来てくれてから、美味しいものばかりなのよぉ。だからね、ユリアーナがマシャレッリを継いで、婿…じゃなかった、嫁を取るって言ってくれて、私、とっても嬉しかったのよぉ?」

「お母様…、正直すぎ……」


 ユリちゃんは、おっぱいちゃんとの話で、自領ですでにレストランを展開していると言っていました。


「わかります。ユリちゃんのもたらすものは、美味しいし楽しいし便利だし、有益なものばかりなのです。私はそんな頼りがいのあるユリちゃんに、女として惚れてしまったのです」


「まああああぁぁ~!そうよね~!」

「セラフィーマ…」


 赤い髪の母君は…、名前忘れましたが、とても感激してくださいました。これだけ好意的なら、ユリちゃんとの結婚もすんなり行きそうです。

 ユリちゃんも顔を赤らめて、もじもじしていて、でも嬉しがっているのが分かります。

 でも、マレちゃんとアナちゃんは面白くなさそうですね。


「ユリアーナ、おまえ、公爵家からも嫁を迎えようとしているのだろう」

「はい…」

「当然、公爵家を立てるために、公爵家のご令嬢を第一夫人にしなければなりません。セラフィーマ嬢は、それで問題ないでしょうか」


「はい。私はどう考えても第一夫人向きではありませんし、ユリちゃんと一緒に暮らせるのであれば側室のほうが好都合です」


 父君は私が第一夫人の座を得られなくてもよいのか聞いてくれました。ほんとうはユリちゃんを独り占めしたいですが、毎日ユリちゃんと一緒に寝て、一緒に研究してすごせれば、私としてはじゅうぶんです。


「アナスタシア、マレリーナ、おまえらもユリアーナと結婚したいのか?」


「ええ!」

「え、はい…」


「アナスタシア…、マレリーナ…」


 はっきりともの申すアナちゃんと、ちょっと納得のいっていなそうなマレちゃん。なんだかしみじみと二人を見つめているユリちゃん。

 ユリちゃんは可愛くて綺麗だし、聡明だし強いし、数ある魅力に誰が惹かれてもしかたがありません。


「ユリアーナ、あとは半年前に来たマリア嬢と、もう一人いるといっておったな」

「はい」

「エルフの女性が人間の女性と交われるのは知っておったが、それだけたくさんの女性と関わりを持っていたとは…」

「私は学園に入るまで人間の女として生きてきましたので、同性の友人が嫁になりうるとは思っていなかったもので…」

「まあよい。おかげでマシャレッリ家をおまえに継げば、次代は困らないな」

「それはつまり、私にマシャレッリ家を…」

「ああ。おまえにはハッキリ言ってなかったか。私はおまえに爵位を継ごうと考えている。アナスタシアは身体が弱いし、エッツィオもおまえに教えを請う立場だ。おまえ以上にできるようになるとは思わない。そして、ここ三年でマシャレッリ領をここまで盛り上げてきたのは、すべておまえの功績だ。おまえがいなければ私は子爵に落とされ、マシャレッリ領は分割されていたかもしれない」

「あの…、私はエルフですが、よいのですか?」

「むしろ都合がよいだろう。女性というのは子を産むたびに産まれる子の魔力は下がってゆく。だが、おまえは子を授けることができるのだから、おまえの魔力を受け継ぐ子を、好きなだけ産ませることができるぞ」


「あなたぁ、あまりお嫁さんの前でする話じゃないんじゃないかしら」

「すまん…」


「私、ユリちゃんの子が欲しいです!ユリちゃんの英知と魔力を受け継ぐ子!」


「いや…、英知はたぶん受け継が…」

「そうよねぇ。私だってユリアーナの子、欲しくなっちゃうわぁ」

「おい…。おまえは私のものだ。ユリアーナ、タチアーナは渡さぬぞ…」

「こ、心得てお…」

「あらぁ、残念だわぁ」


 仲むつまじい夫婦ですね。私もユリちゃんとこんな関係を築きたいです。

 しかし、ユリちゃんは養子とはいえ娘なのに、親まで狙っているとは…。養子にした娘と実子が結婚するというのは、聞かない話ではありませんが…、夫人が養女と関係を持ってしまうというのは初めて聞きました…。


 ひとまず、ユリちゃんが家を継いで、私を娶ってもらえそうなのでよかったです。




 夕食のあとにはお風呂です。以前、寮にお邪魔したときと同じように、ユリちゃんが魔法でがばっと洗ってくれました。


 ユリちゃんが髪を濡らすと、エルフの特徴であるほんのり尖った耳があらわになります。人間にはないその耳…。なんだかとても…、


「ひゃぅ…」


 触ってしまいました…。すると、ユリちゃんはとても可愛い声を発しました。もっと聞きたい…。


「はうぅ…」


 エルフの耳を触れるのは、エルフへの親愛の証だといいます。私はユリちゃんの耳を触れることで、ユリちゃんへの愛を示したい。


「ちょっと!私だって一回しか触れたことないのよ!」


 小柄なアナちゃんから発せられたとは思えないほどの大きな声で怒鳴られました。


「そうだね、二年前に一回だけなんだよね。ユリアーナ、私も触れていい?」


「あ…、うん…。でも、順番に、優しくおねがい…」


 私から順に、ユリちゃんの耳を触れていきました。アナちゃんが触れて、最後にマレちゃんが触る頃には、ユリちゃんはとろんとしていて意識がないようでした。



 お風呂から上がり、みんなでユリちゃんにネグリジェを着せました。それから自分たちもネグリジェを着ました。マレちゃんがユリちゃんを横抱きしようとしたので、


「私が抱いてもいいですか?」

「えっ、重いんじゃないかな」

「私だってできます!」


 私は脱いだドレスの側に置いておいたオルゴールのボタンを押して、ぴぴぴぴぴんっ♪と筋力強化を奏でました。

 そして、ユリちゃんを抱き上げて、寝室のベッドまで運びました。

 マレちゃんは筋力強化を使わずにユリちゃんを持ち上げられるのですね…。ちょっとマネできないです…。


 ユリちゃんは幸せそうに目を瞑ったままだったので、その日はおとなしくユリちゃんを抱いて寝ました。翌日からユリちゃんの左右のポジションは三人でローテーションすることになりました。




★★★★★★

★ユリアナ十二歳




 目覚めると、マレリナとセラフィーマに抱かれていた。昨日、お風呂で耳に触れられて…。ちょっと触れられただけで、ドキドキして体中が熱くなった。そのあとはよく覚えてない…。


 エルフの耳ってなんなんだ!最近だいぶ膨らんできた胸の先端に服がこすれたときのような…。それか、前世に置いてきたナニかに触れたときのような…。



 朝食のときにセルーゲイはエルフについて調べたことを教えてくれた。エルフが人間に子を産ませると、普通の人間の女の子が生まれる場合が多いらしい。逆に、エルフが人間から子を授かると、エルフが生まれる場合が多いらしい。どちらの場合も、人間が生まれる場合は女しか生まれないらしい。


 ちなみに、人間の男がエルフに子を授ける場合は、ほとんどの場合、人間が生まれるらしい。その場合は、男が生まれることもあるらしい。やっぱりエルフが人間の男と交わるのは間違ってるんじゃないかな。


 私がみんなに子を授けると、生まれるのは人間が多いのか。でもエルフの可能性もあるのか。そう思ったのだけど、じつは、エルフには二種類あって、より上位のハイエルフというのがいるのだ。ハイエルフは、普通のエルフの四倍、つまり人間の二十倍の寿命を持つ。十歳まで人間と同じように育つが、その後の身長の成長は五分の一ではなく二十分の一らしい。


 私は入学してから自分の背が一センチも伸びないのを悩んでいた。エルフだけど、二年半近くたてば人間の半年分にはなるわけで、少しくらい伸びてもいいんじゃないかと思ってた。だけど、仮に私がハイエルフだとすると、人間で一ヶ月半しかたっていないことになる。それなら身長の伸びを感じられなくてもしかたがないと思えてくる。


 身長は、ハイエルフの十歳で人間の十歳なのはいいとして、以降は二十年で一歳分だから、三十歳で十一歳、五十歳で十二歳…、一七〇歳で十八歳か…。人間の成人くらいの身長になるのに一七〇歳かぁ…。気の長い話だ。それとも、エルフやハイエルフにとって、その程度の時間の流れは人間の数年にしか感じないのだろうか。


 というか、身長だけじゃなくて顔も童顔のままなんだよな。マレリナはだんだん大人っぽい顔つきになっているけど、私は十歳の子供のままだ。まあ、私よりも幼いマリアちゃんとアナスタシアがいるから、あまり気にならないけど。


 身長と顔つきは全然成長しないのに、体つきはしっかり人間の速度で成長している。主に胸とお尻がマレリナと同じくらいだ。このまま成長を続ければ、二十年後にブリギッテみたいに、十四歳の身長で成人以上の胸になるのかと思ってた。だけど、私がハイエルフだとしたら、二十年後は十一歳の身長で、ブリギッテの胸のサイズになるのだろうか。

 まあ、それって身長は入学当時のスヴェトラーナくらいで、胸のサイズは入学当時のスヴェトラーナよりも小さいから、あまり驚くことではないか。いや、スヴェトラーナの体型は人間としても驚くべき体型なのだけど。



 私がハイエルフではないかという思える原因はもう一つある。ハイエルフはみんなマルチキャストだそうだ。四から六属性は当たり前らしい。まあ、ハイエルフ自体がレア種族らしく、人間とはめったに関わりがないらしいけど。


 少なくとも十属性持っている私はハイエルフの中でどれほどレアなのか分からないけど、それだけ属性が多いのだから、ただのエルフではなくてハイエルフの可能性が高いということだ。



 さて、ここで気にしなければならないのは、ハイエルフが人間に子を授けると、生まれる子は最低でもエルフになるということだ。仮に私がハイエルフなら、みんなに子を授けるとエルフかハイエルフが生まれてしまう。ハイエルフのことはそれほど人間に伝わっていないので、ハイエルフが産まれた場合と人間が産んだ場合で、子供がどういう割合でハイエルフになるのかエルフになるのかは知られていないようだ。ちなみに、ハイエルフとエルフで交配した場合もどうなるか分からないらしい。四分の三ハイエルフとかあるのだろうか。エルフと人間の交配も、ハーフエルフとか四分の三エルフとかないのだろうか。



 まあ、エルフの私を当主に据えようとしているのだから、次代がエルフでも大きな問題ではない。あとは、みんながそれで許してくれるかだね。


 私としては、子供にチート能力が受け継がれようが受け継がれまいが、あまり気にしていない。でも、みんなは魔力が高くて属性の多い子が欲しいようだ。スヴェトラーナとセラフィーマは、私の知識にも惹かれてるみたいだけど、それは受け継がれないよ…。


 強い雄を求めるのは雌の本能だからね。私は雄ではないけど…。人間は複雑な思考を持つ生き物だから、強さだけじゃなくて、趣味が合うとか優しさとかいろんな要素を基準に伴侶を決めると思う。だけど、地球と比べれば文明の低いこの世界では能力主義なところが強いよねえ。とくに貴族は。


 それに、チート能力を買われてハーレムができてしまうのもチート転生者の嗜みだ。女の子に転生したのに逆ハーではなくてハーレムを作れるとは思わなかったけど。



 ところで、私がハイエルフだとすると、私が子供を産めるようになるのは何歳の時になるのだろう?エルフの場合、十歳から三十歳というのは、人間でいう十歳から十四歳ということのようだ。ということは…、ハイエルフの場合、十歳から九十歳?期待値で五十歳?人間の寿命が来るまで私は子供を産めない可能性が高いってことだ。だとすると、もはや王子の子どころか孫の代とも合わないよね。これを理由に婚約を断ってしまおう。


 逆に、子を授けられるようになるのは十歳から二十歳程度で、エルフと変わらないらしい。セルーゲイはよくそんなところまで調べてくれたなぁ。というか、子を産ませられるかどうかは、私に家を継がせられるかどうかにかかっているから、必須要件なのか。

 つまり、私はしばらくの間、男の役割をすることしかできないということだ。私ってどう見ても女の子なのに、男としてしか機能しないし、男の記憶を持ってるし…。



 それと、私がハイエルフだとすれば納得できることがもうひとつ…。転生してから六年半になるけど、聞こえる音がまったく上がっていかないことだ。二十年で人間の一歳分だとすれば、まだ、転生してから四ヶ月分しか老化していないということになる。四ヶ月たてば、一〇〇分の一半音くらいは変化するかもしれないけど、聞こえる音にまったく変化はない。私は三十二分の一半音単位で音程を識別できるけど、それ未満の音程の変化を検知できないわけではない。一〇〇分の一半音くらいでも、変化すれば分かりそうなものだけど、とにかく変化は分からないのだ。



 それにしても、私が爵位を継ぐのは、セルーゲイの中ではもう決まっていたようだ。私が学園を卒業したら、即、爵位を継承してくれるらしい。

 そうなったら、みんなも婚約ってことで動かなきゃいけないから、手紙を出さないとね。とくにブリギッテとは約束してあるしね。


 とはいえ、マシャレッリはまだ伯爵位なので、早く侯爵になれるように頑張らなければ。フョードロヴナ公爵家に見合う家格にならなきゃいけない。

 アルカンジェリ子爵家から侯爵家に嫁ぐってのは玉の輿がすぎるけど、王家に嫁ぐ代わりだからしかたがない。でももうすぐ侯爵に陞爵しますから、婚約させてくださいというのはちょっと気が引ける。


 まあとりあえず、まずは爵位を継承してくれてると言っている本人には言わなきゃいけないことがある。朝食でセルーゲイがエルフのことと爵位のことについて話してくれたあと、私は執務室に赴いた。


「お父様、お話がございます」

「入れ」


 ノックをして扉を開ける。


「お父様は私に爵位を継承するとおっしゃいました」

「うむ」

「お父様、アナスタシアお姉様とマレリーナと婚約させてください」

「ははは、欲張りだな」

「はい」


 姉と妹を両方ください、って一夫多妻制の国でもアリなんだろうか。っていうか、血がつながってないから成り立ってしまうけど、私だって姉妹の一人なのに、姉妹をくださいって自分の養父に言うのはカオスだなぁ。


 貴族の婚約では、本来、当人の意志は関係ない。親同士で結ぶものだ。だから、当人の私から婚約させてくれというのは、あまり形式張ったやり方ではない。それも、婚約相手に言うのではなく、親に言うものなのだ。なんか変な感じだけど、そういうものらしい。


「アナスタシアは最初、マレリーナになついていたようだが、いつしかおまえを慕うようになったようだな」

「そのようです」

「私にはおまえが女にしか見えないが、アナスタシアには男に見えているのだろう」

「そうなのかもしれません…」

「女というのは強い男に惹かれるものだ。おまえには力や魔力はもちろん、領地を導く知識やさまざまな学もある。女にはさぞかし魅力的な男に見えるのだろう。エルフというのはそういうものなのかもしれない」

「そ、そういうものですかね」

「そうだ。私ですら嫉妬してしまうほどだ」

「あはは…」

「力を持つおまえとアナスタシアの結婚を阻むことなど、私にはできない。アナスタシアとの婚約を認めよう」

「あ、ありがとうございます!」

「それにマレリーナは最初からおまえのものだろう」

「そ、そういうわけでは…」

「あと、他に四人を娶るのだな…」

「あ、はい…」

「エルフのさがなのか…?」

「エルフは多くの者と関係を持つらしいです…」

「増やすときは言いなさい」

「これ以上増やすつもりはありません」

「今のところはな」

「えっ、はい…」


 セルーゲイをあきれさせてしまった。一夫多妻制だけど六人も娶るなんてプレイボーイすぎるのだろうか。私はガールだけど。




 さて、私はマシャレッリ家を陞爵させなければならない。趣味の時間と行きたいのを抑えて仕事だ…。


「今日は何をするんですか?」


 私の仕事にもしっかりと付いてくるセラフィーマとアナスタシア、マレリナ。しかたがないので、高速馬車で移動中。でも、かっこいいところを彼女にも見せないとね。


 ちなみに御者は王都邸から連れてきた者だ。こっちでも事業の手伝いをさせている。


「今日は王都で展開している事業をマシャレッリにも展開するの。まずはオーク肉よ。昨日のハンバーグは美味しかった?」

「はい。あんなお肉は初めてです」

「一〇〇パーセントミノタウロスもいいけど、オークとの合い挽き肉にした方がさらに香ばしくなるのよ」

「なんと!もっと美味しくなるんですね!」


 というわけで、精肉屋の地下を拡張してオークを放牧。店の者にオーク肉を使ったレシピも教えた。


「ユリアーナがパンを作ってくれたのを思い出すわ」

「そうね、ユリアーナは食事が喉を通らないお姉様に食べてもらえるようにがんばっていたわ」

「ユリアーナは領地全域に同じことをやっているのね」

「ユリアーナはみんなを幸せにする…か…」


 いやいや、これはお金儲けだし。私欲だし。アナスタシアとマレリナが感極まってるけど、なんだか都合のいいように解釈しすぎだよ。



「今日は何をするんですか?」

「今日は仕立屋よ」


 マシャレッリでも多めに火魔法使いを確保できたので、蜘蛛の糸の生地を溶かせるようになったのだ。


「ここはもしや、私たちの衣装を作るところですか?」

「衣装は王都のお店で仕立てたけどね」


「ユリアーナの作ってくれた下着は冬でもとても暖かいのよ」

「夏は汗をかいても気持ち悪くならないしね」

「それをまた領地全域に広げて、みんなを助けてくれるのね」

「冬に風をひく人が減るし、夏の作業がはかどるわね」


 アナスタシアとマレリナがまた都合のいいように解釈してる。領民の病気を減らして、労働効率を上げるのは貴族当主の義務だよ。



「今日は何をするんですか?」

「ワイナリーよ」


 これは魔力を持たない平民にも任せられる。だけど、ブドウを育てる木魔法使いは、全国に募集を出してほとんどマシャレッリで雇っているからもう頭打ちなのだ。私以外にもチート木魔法使いが欲しいよ。その手段が子作りか…。しかも、属性の種類はランダムだから、木魔法使いが生まれるまで…。って、それじゃ属性ガチャをやってる王族と同じじゃないか…。とりあえず、エッツィオくんを囲っておきたいな…。もちろん、私は男と結婚したくないから、領内に立派な家を与えて良い嫁に来てもらえるようにしよう。というか、私はいつ子供を産めるようになるか分からないので、男とは結婚できないよ。うん。ごめんねエッツィオくん。


 というわけで、三日かけて、王都の事業をマシャレッリでも展開した。一人で飛んでいけば一日で終わったかもしれないとは言うまい。




「今日は何を?」

「ハープ製作技師を呼んであります」


 前回は帰った翌日に真っ先に受け取りたかったから、呼びつけないで私が足を運んだ。だけど今回は時間があったから呼びつけた。鍛冶屋も一緒に。


「いかがでしょう」


 ハープ製作技師が私に手渡したのはバイオリン…のような楽器。いや、バイオリンとかビオラとかどう違うのかわからない。コントラバスもそうだけど、大きさと音域の違いくらいだとかってに解釈。


 薫はピアノ以外の楽器をろくに知らないので、構造は当てずっぽうだ。太さの違うハープの弦が五本、山なりに並んでいる。実物が何本の弦だったかとか、それぞれの弦に何音分の差を付けるべきなのかは知らない。

 指の位置で弦が振動する長さを変えられる。指を押さえる位置に出っ張りがある。弦の長さが一・〇六のN乗になる間隔で配置してある。


 いちおう、スティックの素材も吟味して、バイオリンっぽい音が鳴るようにはしてある。あとは試してみるしかない。

 ちょっとネジ調律して、ためしに弾いてみた。


 ぎーこーぎーこー♪


 よし、良い感じ。たぶん。


「これは新しい楽器ですね!」

「何か弾いてみてぇ!」

「私も聞きたい!」


「こ、これはバイオリンというのですが、ご、ごめんなさい…。これは私も初めて弾く楽器なもので…」


 バイオリンとかギターとか、弾いたことがなくてね…。和音、弾けるかなぁ。


「ユリちゃんにも弾けない楽器も作れるんですね」


 使ったことのないものの作り方を知っているのは転生者の嗜みだからね。



「ねえ、こっちはなんなの?」


 マレリナが見つけたのはトランペットっぽい楽器。管の長さを変えて音程を変えるラッパ。管もぐるっと一周させてあるけど、長さも適当だ。本物には穴だかボタンだかがいくつかあったような気がするけど、それもよく分からない。ボタンと音程の関係も分からない。なので、ボタンはなく、吹くだけで音の鳴るラッパだ。調律の代わりに、管の長さを調節する管に目盛りを付けておけばいいのだろうか。

 まったく、異世界転生するんだったら、楽器の知識くらい付けてくればよかったよ。


「これはね、ラッパといって、笛みたいにこうして…」


 ぱーぱーぱー♪


 管の長さを変えて吹いてみた。音程は適当だ。


「まあ!面白い音!」


 アナスタシアが気に入ったらしい?

 ちなみに、弦と関係ない金属の楽器は鍛冶屋の仕事だ。



「この金属の棒は木琴に似ていますね」


 きーん♪


 金属の澄んだ音が鳴った。


「おお!」


 セラフィーマが見つけたのは鉄琴。かってに叩いて鳴らしている。これも鍛冶屋の仕事だ。


「ユリアナ、たくさん作ったんだね!」


 それぞれ二つずつ用意した。全部で金貨三十枚支払って追加注文を出して帰らせた。


 ハープ、リコーダー、木琴、鉄琴、バイオリン、ラッパ、エレキハープ、エレキベース、ドラムセット。たくさんの楽器が集まった。みんなで一種類ずつ違う楽器を担当してもらおう。エレキハープとベース、ドラムは私一人で弾くとして、あとは六種。そのうち木琴と鉄琴はどっちかで一つでいいか。



 それぞれ、調律して使えるようにした。


「バイオリンとラッパ、鉄琴でどれか演奏してみたいのはありますか?」


「鉄琴は木琴と同じ要領で使えそうだね」

「私はラッパを吹いてみるわ!」

「私はユリちゃんでも弾けない楽器にします!」


 マレリナが鉄琴、アナスタシアがラッパ、セラフィーマがバイオリンを取って、鳴らし始めた。


 きんきんきーん♪

 ぱー…♪

 ぎーこーぎーこー♪


 うーん、アナスタシアの肺活量じゃラッパは難しいかな?

 こんなこともあろうかと!


「お姉様、これを付けましょ」

「何かしら?」

「吹いてみて」

「ええ」


 ぱあああー!


「まあ!音が大きくなったわ!」


 キーボードとドラムにも使ってる拡声の魔道具だ。


 こうして、私たちのバンドクラブに新しい楽器が加わった。



 一方で、三年生が始まってからずっと練習していたアニソンがけっこう様になってきた。メンバーが半分だけど、何回か通して演奏できている。


 ぴーひょろろ♪

 かっかっかっ♪


 アナスタシアとマレリナはリコーダー、セラフィーマは木琴だ。


 ぽろりろぽろりろ♪

 ドゥ、ドゥ、ドゥ、ドゥ♪

 どんどんしゃっ、どんどんしゃっ♪


「ふんふんふんーん♪」


 私は右手のキーボードで中音域と低音域を弾きつつ、左手でドラムを弾いている。ドラムを弾くというのは変だけど、ボタンを押してるだけで叩いてないからね。


 そして、忙しかったから歌詞を考えてない…。日本語の歌詞を訳しても意味が分からないしなぁ。


「ねえ、この曲に歌詞はないのかしら?」

「私は作詞の才能がないもので…」

「それなら私が作詞したいわ」

「お姉様が?」

「うふふ。楽しみにしてて!」


 アナスタシアは入学前に読み書きできるようにしたけど、文才があるのだろうか。




 さてさて、みんなと毎日クラブ活動を楽しむかたわらで、私は開発した魔道具をマシャレッリの屋敷にせっせと導入している。


「ユリちゃん、これはユリちゃんの言っていた冷蔵庫ですね!」

「ええ、そうよ」


 異次元収納から取り出したるは、授業で作った冷蔵庫、業務用サイズ。瞬間冷却・冷凍機能、瞬間解凍機能、滅菌機能、脱酸素・窒素充填機能付き。中に入ってしまうと、写真をSNSにアップする前に自分が天にアップされる。そうならないように、生き物を入れると警報がなり、動作しないようになっている。安全機能は電子レンジにも付けたしね。


 マシャレッリに来てから氷室を作ったものの、学園に入学するときに維持できなくなり、閉鎖せざるをえなかった。まあ、卵や果物は年がら年中採れるし、それほど困ってなかったんだけどね。


 冷蔵庫が本領発揮するのは交易だ。今、肉は塩漬けか干物しか輸出できていない。冷蔵庫を馬車に載せれば生肉を輸出できるようになるのだ。もちろん、冷蔵庫に使う魔石代は輸送費に上乗せだ。それでも、マシャレッリ領の食堂で肉を食べた貴族や富豪は、高価な肉を輸入したいと考えるだろう。

 ただし、オークはわりといろんな地域で生息しているので、それほど高くできない。狩るのは危険だけど。合い挽きハンバーグにして、ミノタウロス肉の付加価値を高めるくらいにしか使えない。


 それから、冷蔵庫があれば、卵と牛乳を輸出できる。果物はすでに輸出しているので、組み合わせれば他領でスイーツができるだろう。もちろん、マシャレッリ領からスイーツを輸出することもできる。卵と牛乳の値段設定を間違えると、マシャレッリ領のスイーツ産業が潰れてしまうので、注意が必要だ。


 あとはマヨネーズとかタルタルソースとか、卵を使った調味料だ。この世界の調味料は塩しかないので、領内ではマヨネーズの消費が激しいのだ。他領でも人気間違いなし。



 それから、屋敷に導入した魔道具は、自動水栓、温水洗浄便座、洗濯機、衣類乾燥機、冷房、暖房、IHコンロ、オーブン、電子レンジ、換気扇、掃除機。といいたいところだが、自動水栓はアナスタシアが授業で設計中なので、完成品を見せるとアナスタシアがいじけてしまうかもしれないのでお預けだ。

 主婦…、というかハウスメイドの味方ばかりだ。タチアーナは主婦ではないな。


「アンナ、これらの魔道具の使い方を教えるわ」

「恐れ入ります」


 王都邸には二十人のスタッフを雇ったというのに、マシャレッリ領の屋敷にはいまだにメイドがアンナしかいない。ハウスメイドはもちろん、タチアーナのレディースメイド、エッツィオくんのお世話、料理人までこなす、超人なのではないだろうか。


「最初は私が魔力を充填しておくので、魔力がが足りなくなったら、この予算を使って魔石を買ってね。使い終わった魔石は捨てないで取っておいてね」

「承知しました」


 オルガは学園に着いてきているし、マシャレッリの屋敷にいるときでも私たち三姉妹…、主にアナスタシアのお世話と、部屋の維持などをしているので、屋敷のことまではほとんど手を出さない。そんなんだから、アンナは多忙すぎて、あまり接点がないのだ。


「あの…、忙しくて手が回らないようだったら、メイドを増やしてもいいのよ」

「めっそうもございません。これだけの仕事を与えていただき、毎日が充実しております」

「そ、そう」


 いや、充実してるのは分かるけど、大丈夫かな?まあ、そう思って生活家電をいっぱい作ってきたのだ。


 じつは、神父様に言われて使用人を信用するなみたいになっていたのにも関わらず、アンナとの接点がなかったから、アンナはずっとグレー判定だったと思う。でも、こんなに真面目に働いてるんだから、白でいいよね?

 もちろん、領地や家のお金の着服がないことは確認してるよ。



「ユリちゃん…、いつの間にこれだけ魔道具を作ったのですか…」

「授業中だけど」

「ユリちゃんは考えるまでもなく、すぐに魔方陣が思い浮かぶのですね」

「学園で習う魔法と魔方陣の単語はすべて頭に入ってるもの」

「なるほど…。私はユリちゃんからもらった辞書に頼りっきりなのが悪いのですね…」

「セラフィーマは覚えるのが苦手なのだからしかたがないわ。でも十回や二十回同じものを描いていたら覚えないかしら」

「そうですね。いくつかは覚えている魔方陣があります」

「それなら、練習を繰り返していればそのうち早く作れるようになるわよ」

「分かりました!」


 漢字や英単語を覚えられない典型的な理系でも、何回もやっていれば覚えるさ。名前はいつまでもユリちゃんだけど。マシャレッリという名前は覚えてないはず。おそらく、「シャ」あたりが難しすぎて一生覚えられないのではなかろうか。スヴェトラーナの「ヴェ」あたりでも詰まってるし。エッツィオもムリそう。



 生活家電は、マシャレッリ家で運用するためだけに作ってきたのではない。


「次はどこへ行くのですか?」

「魔道具工場を建設します」


 ここ最近べったりとくっついて離れない三人とメイドを連れて、高速馬車で魔道具工場の建設予定地へ。


「ふんふん……♪」


 ずもももも…。


 異次元収納から木や岩を取りだして、木を操るや岩の整形を使って、工場の建物を建設。


「「「えっ…」」」


 一度王都邸を作って構造が頭に入っているから、木を操るで骨組みを作って、岩の整形で床と壁を作るところまで一気にやった。すると、三人は驚いたようだった。セラフィーマのメイドとオルガの方がよほど肝が据わっている。むしろ、諦めの境地に達している。


 ここはただの工場なので、絨毯や壁紙はなし。蜘蛛の糸の生地を使わない。


 工場では魔方陣を描かせたり、魔道具の金属部分や木材の部分を作ったりする。スタッフはほとんど平民だ。魔方陣を描くだけなら魔力がなくてもよい。最後に魔方陣に魔力を込めるところだけ、元貴族のスタッフにやらせる。


 私の作ってきた魔道具は、完成品サンプルとして工場に置いておく。アナスタシアがいないときに、こっそり自動水栓も置いておく。



 さて、工場の方は稼働し始めた。一方でマシャレッリ家に導入した魔道具は、もうひとつある。


「お父様」

「なんだ」


 執務室に赴いて、セルーゲイとお話。

 執務室なので、セラフィーマには遠慮してもらっている。すると、アナスタシアとマレリナも付いてこなかった。


「これは、王都にいる私とお話するための魔道具です」

「おお!」


 一辺が三〇センチの立方体。音で話をするものではないので、受話器のようなものはない。


「じつは、この魔道具で王都にいる私と話せるのは五分だけです」

「それでは、込み入った相談はできないな」

「そこで、この魔道具では、私をコールするだけにしてください。私が気がつけば、私からコールバックします。そうすれば、私の魔力で一時間はお話できるようになります」

「なるほど…。おまえの魔力はこの中の魔石の十倍以上はあるのだな…」

「まあそんなところです」


 セルーゲイは、魔道具の蓋を開けて言った。魔道具の部分はわずかで、大半が心属性の魔石なのだ。

 さすがに、二五〇キロの距離を扱うような魔法を使うときは、私も魔力も無尽蔵とはいえない。ワープゲートも二五〇キロが限度だ。


 それから、通信相手を切り替える方法についても教えた。箱にトースターのような穴が開いていて、そこに相手を示す魔方陣カートリッジを挿せるようになっている。いや、これはゲーム機のカセットというべきか。魔方陣は円形なのだからCDにしろって?キューブ型のゲーム機もあったなぁ。

 でも、基本的にこの魔道具では長電話できないので、私のカートリッジを挿しっぱなし。でも、私の意識がないとコールバックできないので、念のためアナスタシア、マレリナ、オルガ、それから王都邸の執事長のカートリッジも作ってある。


「これでおまえが王都にいる間も、マシャレッリ領の開発を進められるな」

「はい」




「ねえユリアナ、魔道具の授業の課題なんだけど、このサイズのスーツを作ってくれないかな」


 他の子がいないところで、マレリナに相談を持ちかけられた。


「うん。いいけど、小さくない?」

「これはね、お姉様にあげるの」

「なるほど…」


 私は戦闘用パワードスーツと思ったのに、マレリナはリハビリ用に作ろうというのか。

 マレリナはいつもアナスタシアのことを気遣っている。マレリナ、マジ聖女…。


「ど、どうしたの?」

「いや…、マレリナは優しいなと思って…」

「涙流すようなことじゃないでしょ!」

「えへへ、ごめんね」


 ここのところ、妹っぽい子とか胸の大きい子、趣味の合う子に惹かれていたけど、お嫁さんにするのなら、こうやって子供や旦那に気遣いのできる優しい子が、長きにわたる夫婦生活の伴侶として相応しいのかもしれない。ああ、膝枕してもらうんだったら、マリアちゃんでもスヴェトラーナでもなくてマレリナだなぁ。

 まあ、前世でも結婚したことないから実際のところ分からない。それに私は旦那ではないけど。


「じゃあ、作ってくるね」

「おねがい」



 庭の地下の蜘蛛牧場で生地を採取。二〇〇度で熱すると、さらっとした生地になり、夏でも涼しい服ができる。

 アナスタシアの全身タイツ…。アメコミヒーロー的な…。いや、普段使いで目立たないように、普通のインナーシャツとパンストにしよっと。


「マレリナ、できたよー」

「ありがと!早いね!」

「そりゃもう、マレリナとお姉様のためとあってはね」


 服の表に魔方陣を描いたら呪いの服みたいになってしまう。だから裏返して描けるようにしてある。頑張って!マレリナ!




 私が自領の発展に力を入れるのは当然なのだけど、周辺の領地にも潤いをもたらしている。ここのところ周辺の領地で農作物の不作が続いているけど、マシャレッリ領から買い付けすることで飢饉には至っていない。ずっと買い付けしていたら予算がなくなってしまいそうだけど、マシャレッリ領と遠くの領地との交易のおかげでお金を落としていく商人の往来が多くなり、なんとか赤字にならずにやっていけているようだ。


 しかし、マシャレッリ領の発展に何の恩恵も受けていない領地があったのだ。私の育った村があるコロボフ子爵領だ。ローゼンダール王国最南端の領地であり、東西には何もない。私はお母さんのことが心配になって、王都邸で雇った諜報員にコロボフ子爵領のことを調査してもらった。


 コロボフ領は国の最果てで特産もないので商人の往来がほとんどなく、マシャレッリ領の農産物を買い付ける資金もない。幸いなことに、コロボフ領は年中温暖で、不作にも見舞われていないらしい。私が住んでいたときもひもじい思いはしたことなかったもんな。


「ユリアーナ、コロボフ子爵領との交易で利益が上がってないようなのだが、改善策はないか?」


 執務室でセルーゲイが帳簿を見て述べた。


「お父様、そこは赤字でないかぎり私の好きにさせてください」

「ふむ。考えがあってのことならいいだろう」


 輸送費と人件費分しか料金に載せていないのは私の我が儘だ。コロボフ領で値段をつり上げても誰も買えないから、原価に毛が生えた程度の値段で売っているのだ。そして、そんな遠くから調達する必要のない木材などを買って帰る。


 みんなを嫁に迎え入れたら、みんなの実家も優遇することになるだろう。


 ロビアンコ侯爵領はマシャレッリ領から北東に三〇〇キロくらいで、今でも交易している。

 アルカンジェリ子爵領はマシャレッリ領から北西に七〇〇キロで、王都からは西に二〇〇キロなので、王都の農園から卸した方がいいだろうか。

 ジェルミーニ男爵領はマシャレッリ領から北東に七〇〇キロで、王都から東に二〇〇キロなので、これも王都から卸そう。


 王都の農園は王都消費が基本方針なので、嫁の実家に卸すには増産しないとだな。地下だから申請した区域の外にこっそり拡張しようかな。お堀から水が漏れないように気をつけないと。

 ちなみにフョードロヴナは、技術提携されたので、自分たちで農園を始めている。


 自領から収める税を上げることだけが陞爵への道ではない。このようにして、周辺領地との交易を活発化させ、国全体を潤すことも評価のポイントだ。




 ブリギッテとスヴェトラーナ、マリアちゃんからの返事が来た。


 ブリギッテは、私が第一継承権を持ったのは安心だけど、家が侯爵になるまで婚約はできないと。これはブリギッテからの手紙だからいいけど、アルカンジェリ子爵の手紙だとしたら大変失礼なのだけど。


 スヴェトラーナも、フョードロヴナではやはり公爵家から伯爵家に嫁ぐのは認められないから、婚約はまだだと。でもスヴェトラーナもエリザベータも、マシャレッリが陞爵するのは疑いもないとのことで、心配はしていないそうだ。


 マリアちゃんは逆に、ジェルミーニ男爵家から伯爵家へ嫁ぐなど、恐れ多い話であると。王位簒奪を狙っていたやつが何を言うかと思うけど、その辺りの記憶や危険思想をすべて消したので、真面目にがんばっているみたいだ。ここは、こちらから引いてあげないといけないな。


「ロビアンコ侯爵家はマシャレッリ伯爵家のことをどう思っているの?」

「マシャ……、ユリちゃんのことは、魔道具を始め、様々な面で優秀な、伯爵家のエルフと紹介してあります」

「えっと、家名を言ってないの?」

「父も母も名前を覚えられないので、誰かのことを指すときは、特徴を言うのがうちの話し方です」

「なるほど…」

「ロビアンコは魔道具製作技師や研究者を輩出する家ですので、伴侶が魔道具で優秀だと言っておけば、たぶん大丈夫です」

「心配だから、手紙を書いて今度の社交シーズンに王都邸にお伺いするわ…」

「手紙を書くときは、名前だけじゃなくて、私と魔道具談義で盛り上がってるとか書かないと誰だかわかんないと思います」

「ええ、わかったわ…」


 婚約者の名前と家名くらい覚えてほしいけど、気持ちは分かる。誰だっけ?ああ、娘がよく話してくれる魔道具の子か!って認識してもらえるように手紙を書かないといけない。




 さあ、陞爵に向けてやれることはやった。日々のクラブ活動もじゅうぶんに楽しんだ。

 こうしてマシャレッリ領での休暇を終え、王都の学園にたつ日がやってきた。


「またいらしてね、セラフィーマちゃん」

「はい。今度は婚約を取り付けられるようにします」


「セラフィーマ…、それは私が王都邸に相談に行くわよ」


「そうでした」


 いつもどおり道中で盗賊を捕まえて、王都にたどり着いた。セラフィーマをロビアンコの王都邸に送って、後日訪問する約束を取り付けて、学園の寮に帰った。


 最近盗賊が減ったかも。周辺の領地が潤ってる証拠だね。おなかが減らなければ盗賊なんて現れないのさ。私ももう、盗賊の賞金でお小遣い稼ぎをするような歳ではないから、ちょうどいい。




 辿り着いて翌日、王都邸に赴き、農園、レストラン、喫茶店、仕立屋、それぞれの管理者を呼び出して、状況報告を受けた。


 ついでに、木工技師を呼びつけた。実は、木琴とリコーダーを十個ずつ頼んであったのだ。



 そしてその翌日はロビアンコの王都邸に赴く。側室前提だからといって、他の嫁を連れていくわけにはいかないので、マレリナとアナスタシアにはお留守番してもらう。

 

 ロビアンコの王都邸は王都の北東側にあるので、マシャレッリの王都邸からは数十分かけて辿り着いた。

 玄関をくぐると、セラフィーマと両親が出迎えてくれた。


「ごきげんよう、初めまして。セラフィーマの母、エカテリーナです」


 エカテリーナがカーテシーで挨拶してくれた。

 エカテリーナはレモンイエロー色の髪。貴族夫人には珍しく髪は肩の長さで、実用重視だね。


「ようこそ、セラフィーマの父、サルヴァトーレ・ロビアンコです」


 サルヴァトーレが胸に手を当てて、紳士の挨拶をしてくれた。

 サルヴァトーレはオレンジ色の髪。


「ごきげんよう、お初にお目にかかります。マシャレッリ伯爵家のユリアーナと申します」


「ユリ…」


 サルヴァトーレは今言った私の名前が出てこなくて困っている様子だ…。後ろに執事が控えているけど、助け船を出さない。おそらく、言った側から忘れてしまうのだから、耳打ちして名前を伝えても助けにならないのだろう。


「ユリと呼んでいただければ幸いです…」


「ユリ…ユリ…」

「ユリちゃん…ユリちゃん…」


 そんな省略の愛称はないけど、二文字までしか覚えられないならそれでいいよ…。っていうか、サルヴァトーレもエカテリーナも繰り返し言って一生懸命覚えてる…。この子にしてこの親ありというやつだ。父親と娘は血筋だから分かるけど、なんで奥さんの記憶力もダメなんだか…。


「ユリちゃんは魔道具の知識はもちろん、魔法と魔方陣の関係を法則化したとても聡明な子なのです!」


「ああ!あのユリちゃんですね!」

「なるほど、娘がよく話しているユリちゃんでしたか」


 エカテリーナはひらめいたと言わんばかりだ。サルヴァトーレも記憶と繋がったようだ。今日挨拶に行くことは手紙で知らせて了承の返事もくれたでしょうに…。

 それにさっきからそのユリちゃんだと言ってるじゃないかと思うけど、これが名前でものを識別できない人の思考ルーチンなのだ。あ、予定も頭に入ってない人かもしれない。

 薫だって人の名前をなかなか覚えられなかったし、予定も一週間分くらいしか頭に留めておけなかったから気持ちは分かるけど、ここまで酷くなかったし、今世では普通に覚えられるから、今はただじれったいなぁ…。



 なかなか玄関から奥に入れてもらえなかったけど、なんとか応接間へ。


「セラフィーマ、ユリちゃんがうちに来たってことは、もしかして…」

「そうです、お母様。ユリちゃんは婚約しに来たのです」

「まあぁ!その件だったのですね!」


「ユリちゃんはどのような魔道具を発明したのですか」


 サルヴァトーレにもユリちゃんで定着してしまった。


「私が最近作ったのは冷蔵庫です。食べ物の劣化を抑えて保存できる箱です」

「なるほど、どのような原理なのですか?」

「それはですね…」


 冷蔵庫の原理を説明した。


「冷やすと腐りにくくなる…。それに、見えない虫と空気を除去することで腐りにくくなるとは…」


 セラフィーマと同じこと言ってるよ。


 それから、最近作った家電を全部説明させられた…。


「採用!」

「あ、ありがとうございます…」


 就職の面接じゃないし…。


「では、セラフィーマと私の婚約を認めてくださるということでよいでしょうか…」


「ああ、そういう話でしたね。そちらは別に構いません。いいですよね?エカテリーナ」

「はい、その若さでそれだけたくさんの魔道具を発明できるなんて、セラフィーマを娶っていただくのにあなた以上の方はいらっしゃらないでしょう」


「恐れ入ります」


「ユリちゃん!よかったです!」

「ええ、セラフィーマと婚約できてよかったわ」


 よく分からないけど、魔道具の知識を買われて、セラフィーマと婚約できたようだ…。トップバッターはセラフィーマだ。


 婚約は、ひとまず家と家のやりとりでよい。執事の出してくれる書類に私は署名した。ロビアンコ家はこの執事のおかげで成り立っている気がする。この執事はできる男の匂いがする。名前覚えない、予定覚えないの夫婦を支えているのはこの執事だ。


 今日はオタク一家に終始調子狂わされっぱなしだったなぁ…。




 王都に到着して三日後、マリアちゃんが王都に戻ってきた。


「ユリアーナ!」

「はいはい、お帰り」


 マリアちゃんは私を見るなり飛びついてきた。


「ユリアーナと婚約、いいって!」

「うん。手紙読んだよ。挨拶に行かないとね」

「うん!」



「ユリアーナ」

「ブリギッテ。元気してた?」

「うん…」

「ごめんね、頑張ってはいるけど、陞爵するのは早くても年末だよ」

「そうなんだね…。分かったよ…」


 ブリギッテも丁度到着して、私に抱きついてるマリアちゃんを見てもんもんとしている。いや、抱きつくだけなら、婚約しなくてもいつだってOKだけど。いやいや、ブリギッテに抱きつかれると、胸がむにゅむにゅして思考停止してしまいそうだから、気をつけないと。




 さて、そろそろ三年生後期の授業が始まると思う。といっても、私はもうこの学園の授業で学ぶことがないような気がする…。魔法のメロディは全部聴かせてもらったし、魔道具も基礎を学んだらあとは複雑にプログラミングしていくだけだし。


 学園で学ぶべき魔法をすべて覚えているのは私だけではない。

 普通は学園の六年間で一つの属性魔法をマスターするところ、スヴェトラーナは二年半で二つの属性をマスターした。


 アナスタシアも二つの属性をマスターした。だけど、空間属性の魔力はまだあまり高くなく、実用的ではない。というか、大人になってもたぶん、ワープゲートとか学園の領から王都邸くらいのゲートが関の山だろう。


 マレリナとセラフィーマも、六年間で学ぶ命魔法を終えている。命魔法には、身体の部位や、病気や怪我の症状を現す単語が多いのだけど、それを「治療する」のメロディと連続して練習しているから時間がかかるのであって、単語に分解して一つ一つ覚えればたいした量じゃないのだ。


 心魔法は、おそらく禁呪指定されているものが秘匿されているせいか、学校で学べるものが少ない。だから、マリアちゃんもすでにすべての魔法を覚えている。


 ブリギッテはもともと、いくつか魔法を知っていたようだ。だって三十年生きてきてるんだし、もともと魔法に長けたエルフの里で育ってるんだから、何も知らないわけないよね。でも、人間の学園みたいに体系化されてないから、知らない魔法もけっこうあったそうだ。


 魔法の進捗が早いのは、私たちだけじゃない。みんな、楽譜を導入してから自習もできるし、音楽的な感覚も身についてきたみたいだ。すでに七割ほど終わっている。



 そこで、私はプチ爆弾を投入することにした。


 魔法のメロディの一つ一つが単語になっており、組み合わせて自由に魔法を作れるという事実は、あまりにもインパクトが強すぎる。

 だから、私はいくつかメロディを組み合わせて、有用な魔法を作った。それを、冒険中に発見した壁画から写し取った文献ということにして、公表することにしたのだ。私ってランクAハンターだから、ハンター証を見せたら、冒険で発見したというのは妙に信憑性が増したよ。

 もちろん、危険な組合せは排除してある。それは…、胸の球体を大きく成長させる魔法…。断腸の思いで削除した。あれは、世界を滅亡させる魔法だと思う。


 授業が始まる前に、私は職員室に赴き教師に楽譜を見せた。何人かの教師が、簡単な魔法を試して、それが本当の魔法かどうかを調べた。そして、これらの魔法は世紀の大発見となった。


 もちろん、これはマシャレッリ家の功績として扱ってもらう。発見した有益な魔法を国に提供したのだ。これほど国に忠誠を見せる者はなかなかいないでしょ。大事なことを隠したままだけどね。


 こうして、魔法の授業の開始を見事遅らせることに成功した私は、教師にある提案をした。魔法の音楽ではなく、娯楽と芸術の音楽を学んでもらうのだ!目的は、音楽的な感覚を身につけることで、ハープを見ることなくメロディを弾けるようにすることと、私の公開した魔法を覚える速度を上げるための布石だ。

 私のバンドメンバーは、魔法のメロディを覚えるのが早いのだ。それを他のみんなにも展開してあげるのだ。


 というのは表向きの事情である。実際には、娯楽と芸術の音楽を広め、私がアニソン歌手となるための布石なのである!



 私は魔法練習場で皆の前に立つ。


「なんであなたが前に立ってるのよ!」


 キャンキャンうるさい淡い水色髪のいじめっ子、エンマ・スポレティーニ子爵令嬢。


「そうよ!同級生のあなたに何を教えられるというのよ!」


 同じくうるさい、水色髪のパオノーラ・ベルヌッチ伯爵令嬢。


 おまえら誰のおかげで王子の嫁候補になれたと思ってんだよ。

 うるさい子が水色髪ばかりで風魔法使いを嫌いになってしまいそうだけど、ここは抑える…。


「今日は皆さんに演奏していただきたい曲があるのです」


「聞いてるの!?」


 うるさい子をスルーして、皆の前に出てくるバンドクラブメンバー。

 うるさい子は貴族の実子なので、養子に何かとつっかかる。でも、実子でしかも公爵家のスヴェトラーナと、侯爵家のセラフィーマにたてつこうとする者はいない。


「一、二、三、はい!」


 ひょーろーろー、……♪(マレリナとアナスタシアのリコーダー)

 きんきんきん、……♪(マリアの鉄琴)

 かっかっかっ、……♪(ブリギッテの木琴)

 ぽんぽんぽん、……♪(スヴェトラーナとセラフィーマのハープ)

 ドゥドゥドゥー、……♪(ユリアナのベース)

 ドンしゃっ、ドンたっ、……♪(ユリアナの大太鼓、シンバル、スネアドラム)


「花が咲いた、綺麗だわ、……♪」


 お花の歌。前世の童謡をアレンジした、私たちの最初の曲。

 娯楽・芸術音楽は、基本的には変ロ長調だ。なぜなら、魔法使いが意図せず魔法を発動させてしまうのを防ぐためだ。万が一発動してしまっても、変ロ長調なら聖魔法だから、悪いことが起こらないので安心だ。


「「「……まあああぁぁ!」」」「「「……わあああぁぁ!」」」


 女子も男子も大歓声。


「何よ、そ……!」「そんなも……」

「私、気になっていたのよ!」

「そうそう、ときどき魔法実習室から漏れ聞こえる音楽!」

「ドアの隙間からのぞいてて、私もやってみたかったの!」

「ユリアーナ様の声、素敵!」


 イチャモンを付けようとしたエンマとパオノーラを余所に、ほとんどの子に好意的に受けとられた。


「ユリアーナ!素晴らしいよ!キミの声はとても美しいね!」

「恐れ入ります…」


 ヴィアチェスラフ王子は素直に称賛してくれているようだ。だけど、私は男に褒められても嬉しくない。女の子にキャッキャ言われる方が嬉しい。


「皆さんもやってみましょう!このように楽しく音楽を奏でていると、音楽的な感性が磨かれて、魔法の音楽を奏でることや、修得することにも有利に働くようになりますよ!」


「私たちもやれるのね!」

「楽しみだわ!」


 そして、教室に木琴とリコーダーと、それを置く机を運び入れる、マシャレッリ家王都邸の使用人。木琴十台、リコーダー十本を机に置いた。


「全員分そろえられていないのですが、木琴とリコーダーを使ってみたい方はどうぞ」


「「「「「わあああ」」」」」


 主に平民出身の養女が真っ先に席を立ち、木琴とリコーダーに群がった。

 実子は、淑女がはしたないとか思いつつ、本当は使いたそうにしながら、出遅れてあわあわとしている。実子の淑女の仮面が剥がれるのはスイーツくらいかな?


 木琴かリコーダーを手にして、嬉しそうに席に戻る平民出身養女と、ほんの一部の実子の男女。

 王子がリコーダーの机に行くと、人だかりが割れた。


「すまないね。譲ってくれてありがとう」


 王子はリコーダーを手にして、周りの令嬢ににっこりと微笑んだ。


 それから、立ち上がったけど、楽器を手にできなかった、一部の平民出身養女と、ほとんどの実子の男女。

 立ち上がることができず、でも実は使ってみたかった一部の令嬢。その中にはエンマとパオノーラの姿も。


「木琴もリコーダーも手にできなかった方には申し訳ないです。急いで増産させていますので、今日のところはご自身のハープでお願いします」


「それでは、リコーダーの方は、こちらにお集まりになって」


 アナスタシアとマレリナがリコーダーの指導をする。リコーダーを持った十人の子は、アナスタシアとマレリナの元に集まった。


「木琴の人はこっちだよ」


 マリアちゃんとブリギッテが木琴の指導をする。木琴を持った十人の子は、マリアちゃんとブリギッテの元に集まった。ブリギッテが使ってるのは鉄琴だけど。


「ハープの方はこちらですわ」


 スヴェトラーナがハープの指導をする。木琴もリコーダーも手にしていない子は、スヴェトラーナの元に全員集まる…と思いきや、二人が私の元に。エンマとパオノーラだ。

 エンマの下僕は解散したのかな。最近つるんでないな。


 しかし…。みんなのハープは半半音近く下がっていて、気持ち悪い。木琴とかと合わせるときに不都合だ。どうしよう…。


「あなたのその楽器はなんなのよ。ずるいわよ」

「一つしかありませんが、お使いになります?」

「えっ、借りるわよ」


 ずるいって…。私のだし…。学園の備品だと思ってるのかな。いいよべつに。まだ合わせられないし。

 私が貸すと思っていなかったのか、面食らったみたいだ。エンマはキーボードを手に取った。


「なら私はこっちよ」

「はいどうぞ」


 パオノーラはドラムを手に取った。



 それぞれの楽器のグループで、指導役のメンバは楽譜をみんなに配った。今回はどの楽器も同じメロディにしてある。ハモリパートはなしだ。しばらくは木琴とリコーダーが足りないし、次の機会には交代できるようにするためだ。


 楽器が足りないうちは貸し出し制にするけど、数がそろったらあげてもいい。これは、私がアニソン歌手になるための投資なのだから。


 みんなすんなりと娯楽・芸術音楽を受け入れてくれそうだ。王子の婚約者の座を競っていた入学当初の雰囲気では、こうはいかなかっただろう。私が皆の成績を上げて皆で婚約者候補になったからこそ、和気藹々とした雰囲気が生まれた。そして、私への信頼もそれなりにできたからこそ、私の言うことをすんなり聞いてくれるのだ。それを考えると、みんなに金貨一〇〇枚以上投資してきたことも報われるってものだなぁ。



 それで、思いがけず私が指導することになってしまったエンマとパオノーラ。エンマにはとりあえず、メロディの楽譜を渡したのだけど、ドラムって楽譜ないな…。だいたい、童謡にドラムもクソもないから適当なんだよ。


 ドゥっ!(ベース)


「わっ!」 


 ドンっ!(大太鼓)


「きゃっ。びっくりしたわ」


 キーボードのベースもドラムの大太鼓も低音で身体に響くからびっくりするよね。他の楽器が聞こえなくならないように、控えめの音量にしてあるんだけどね。


「この音から始めてください」

「わかったわ」


 エンマにキーボードの鍵盤を示した。三段あるうちの下段のベースじゃなくて、中段の鍵盤を。大人用ハープの低い音がなるだけで面白くないかも?


「こっちも教えなさいよ」

「こんな感じで押してみてください」


 ドンしゃっ、ドンたっ、……♪(大太鼓、シンバル、スネアドラム)


 いじめっ子二人に指導するという、なんとも不思議な時間を過ごした。いや、もう本格的ないじめをするような子はいないんだよ。この二人は二人ずつ下僕を連れていたのに、いつのまにか解散してるし。自分たちも王子の婚約者候補になってるんだから、けんかする理由もあんまないはず。いや、正室争いしてるのかなぁ。


 娯楽・芸術音楽を授業でやるってことは、一日中演奏していられるってことだ!童謡だけど、みんなが魔法以外の音楽を弾いてくれて嬉しい!

 魔法の音楽も楽譜を見て練習していたから、童謡の楽譜も上達が早い。もう一フレーズできちゃった子がいるよ。一フレーズ三ヶ月ってなんだったのやら?




 そして、授業終了後、みんなを帰した。貸し出しした木琴とリコーダーを置いていってもらった。リコーダーはもちろん洗って消毒するよ。

 バンドクラブメンバーはそのまま魔法の訓練場でクラブ活動。


「ユリアーナ、よかったわね、受け入れてもらえて」

「ええ」


 アナスタシアは心からそう思ってくれているようだ。


「ユリアーナの夢に近づいたね」

「うん」


 六歳の時に私の夢を打ち立ててから、ずっと付き合ってくれているマレリナ。


「ユリアーナ様が誠心誠意、皆様のことを考えてきたたまものですわ」

「いえ…、私も目的があったので…」


 なぜか私のことが聖女のように映ってる人がいるみたいだけど、聖女はマレリナだよ?


「みんながユリアーナのこと、すごいって思ってるよ!」

「ありがとっ!」


 マリアちゃんはまるで自分のことのように、ない胸を張って、私のことを自慢してくれる。自慢の夫ってところかな?夫は自分のものとして自慢したくなるよね。なーんてね。私は夫なのか嫁なのかよく分からないけど…。


「まあ、エルフの郷にも十二歳でこれだけいろいろできる子はいないからね~」

「そうなの?」


 エルフの精神年齢が分からない。少なくとも、私は十歳まで人間の十歳相当で生きてきた。でもエルフが人間の十二歳の精神年齢になるのは二十歳なのかな?いやハイエルフだとしたら、十二歳になるのは五十歳だっけ…。知的生物が五十年も生きたら、普通にいろいろ落ち着いてそうだけど…。それとも、五十歳になっても小学六年生くらいキャッキャうふふしてるのだろうか。


「みんなやっとユリちゃんの知識を認める気になったみたいですね」


 いや、今日は知識関係なかったよ。



 今日は将来の話をする。手紙でもやりとりしたけど、やっぱり面と向かって話さないとね。


「今年は何としてでもマシャレッリ伯爵家を侯爵家に陞爵させます」


「うふふ、ここ三〇〇年ほど、陞爵した貴族家はありませんのよ。でもユリアーナ様なら簡単に成し遂げてしまいそうですわ」

「頼むよぉ、ユリアーナ」

「ユリアーナが来てからマシャレッリはあっという間に豊かになったのよ!」

「ユリアーナも歩けば果物に当たるってね」

「これからもすごいところ見せてね!」

「ユリちゃんなら余裕です!」


「それから私、学園を卒業したら父から爵位を継ぎます」


「「まあ!」」「「「おおー!」」」「わぁ!」


「そうしたら晴れてわたくしたち夫婦ですわね…」

「スヴェトラーナ様…」


 スヴェトラーナと夫婦…。私は男ではないけど、スヴェトラーナの前ではデレッとするしかないから、夫でもいいや。

 二ヶ月見ない間に、安定して胸の直径が一センチ伸びている。この調子でいけば、十八歳ごろにエリザベータくらいになりそうだ。お尻も大きくて、くびれは鋭角に迫るほどの安産型。

 スヴェトラーナは平均身長よりも五センチくらい高い。顔つきもけっこう大人っぽい。こんなに色っぽい子が私のお嫁さんだなんて…。


「私、ユリアーナの子供、がんばって産むわ!」

「お姉様、気が早いです…」


 アナスタシアはほんの少しずつ成長しているけど、まだ六歳にしか見えない。アナスタシアもエルフなんじゃないかと思ってしまう。耳は尖ってないけど。それにしても六歳の子に子供を産ませていいのかな…。

 私としては、アナスタシアのことを最初は妹と思っていたけど、今では娘、そう、娘!守ってあげたい娘みたいに感じている。


「私、ユリアーナの前だと女の子になっちゃいそう…」

「そ、それは…」


 意味深…。エルフは男役もできるけど、私の前では女役をやるってことなのかな。

 ブリギッテはときどき三十代のお姉さんっぽい発言をするけど、基本的に十代の子供なんだよな。

 ブリギッテも少しずつ身長が伸びている。エルフだから五分の一の伸びだと思うけど、アナスタシアと同じくらい伸びている気がする…。

 胸のほうは、人間と同じペースで育っている。三十歳でもまだ成長するんだから、このペースで行けば五十歳になるころには今のスヴェトラーナ級になるだろう。


「私、ユリアーナと結婚できて嬉しい…」

「マリアちゃん…」


 マリアちゃんはお嫁さんってよりは妹だな。妹っぽい嫁!

 マリアちゃんも少しずつ背が伸びている。やっぱりスヴェトラーナの胸の直径ほどは伸びていない。耳が尖っていないのに、エルフっぽい成長をしている子が多くてよく分からなくなる。いや、胸の膨らみも五分の一っぽいからエルフとは区別できるかな。


「ユリちゃんと結婚したら、魔道具を研究し放題ですね!」

「そ、そうね」


 セラフィーマはオタク友達。ゲームとアニメがあったら、きっと二人で一日語り合ってそうだ。でもこの世界には魔道具くらいしかマニアックなものがないので魔道具にハマってるだけだと思うんだ。あと、私の作った音楽にもハマってくれてる。


「ユリアナ…」

「マレリナ…」


 マレリナとは十歳まで身長が同じくらいだったのに、今では十センチ以上離されてしまった。引き締まったスレンダーボディだけど、出るところは出ている。

 マレリナはお母さんみたい。私をいつも見守ってくれる。


 美人妻、守るべき娘、ダメな姉、やんちゃな妹、オタク友達、優しい母…。いろんなタイプのお嫁さんが六人も…。一夫多妻制万歳!


「問題は…、誰を第一夫人として立てるかですが…」


 うわっ…、その問題を今持ち出さなくても…。


「私はスヴェトラーナ様がいいと思うわ」

「えっ、わたくしはマシャレッリ家を立てて、アナスタシア様がよいと…」

「私では勉学も体力もスヴェトラーナ様にかなわないもの」

「第一夫人はいちばん愛される立場ですのよ?それを蹴るとおっしゃるの?」


 えっ、何この譲り合い争い。


「あのー…、私はみんなを等しく愛したいので、愛の順番で何番……」


「ユリアーナ様は黙っていらして!」「ユリアーナは黙ってて!」


「はい…」


 あれ?早くも嫁の尻に敷かれる未来しか見えない。


「私は子種をもらえれば何番でもいいよ~」

「私も同じです」


 ブリギッテは身も蓋もないなぁ…。セラフィーマは花より趣味という感だし。


「私はいちばんがいいな…」


 おっと…、マリアちゃんはここで正妻争いに参加しようというのか…。


「その話は卒業までに決めればいいでしょ。今はクラブ活動を楽しもうよ」


 さすがマレリナお母さん…。


「それもそうですわ…」「分かったわよ」


 なんとか収まった…。一夫多妻制って両手を挙げて喜べるものでもないってことか…。法で認められた浮気みたいなものだけど、個人の感情は自分たちで折り合い付けないといけないってことか…。


 結局、残りの時間は練習をしないで、バイオリンとラッパと鉄琴を出して、スヴェトラーナとマリアちゃん、ブリギッテに触ってもらった。三人はとても興味深そうに楽器を触っていた。しばらくは、どの楽器メインでいくか悩んでもらおう。




 魔法の授業の一部が娯楽・芸術音楽の時間になり、クラス全員でお花の歌を練習する楽しい日々を送っている。


 みんな弾けるようになるのが予想以上に早い。木琴は簡単だしね。でもリコーダーも思ったより上達が早いね。木琴とリコーダーは十個ずつしかないので、交代で使ってもらっている。

 なんだかエンマはキーボードが気に入ったみたいだし、パオノーラもドラムを続けているから、私の弾く楽器がない。でも、私にはアニメ声という最強の楽器があるのだ。でも、手持ち無沙汰なのでキーボードとドラムを追加注文しておいた。今度は一体型にした。


 そして、しばらくたって、先に注文しておいた木琴とリコーダーが、クラスの人数分できあがった。日本でも数千円するものを人にポンポンあげたりしないと思うけど、私はこの世界で数十万円するものをクラスのみんなに配っている。でもこれは、私がアニソン歌手になるための投資だからしかたがない。

 ちなみに、予算は私のポケットマネーだ。王都の農村やレストランはマシャレッリ家として運営しているけど、喫茶店は私個人がオーナーなのだ。喫茶店の儲けは、補講の紙に使ったり、楽器に使ったりして、ほとんど私の将来のために使われているのだ。



 一方で、ちゃんと魔法の授業も行われている。私の考えた新しい魔法を扱うようになったのだ。

 私は他の学年のことを面倒見ていないのだけど、他の学年でも楽譜を導入したりして、授業の進行速度が上がっているらしい。六年生は魔法実習で習う通常の魔法を終えていて、私の魔法を練習し始めたそうな。


 私の考えた魔法は、修飾語が多くて長いものが多い。鋭く長いたくさんの石つぶてとか、絶対零度の氷の矢とか、一億ボルトの雷とか。具体的な修飾語を使うことで効率が上がるのだ。

 ちなみに、魔方陣向けの魔法も公表している。一五〇〇ルーメンで五〇〇〇ケルビンの明かりとすると、今まで白熱電球だった明かりの魔道具がLEDのように消費魔力効率の良い魔道具となるのだ。ちなみに、マシャレッリの魔道具工場では扱っていない。明かりの魔道具は普通に売っているのだ。ロビアンコ侯爵家のような魔道具作りで生計を立てているような貴族家はそれなりにあるので、付加価値の高い魔道具を作れるようになるといいね。




「できたー!」

「おお!」


 魔道具の授業で、いちばんに完成させたのはブリギッテ。ブリギッテの魔道具は簡易テント。

 あ、実際のいちばんは私で、とっくに冷蔵庫はマシャレッリ家で稼働しているし、工場でも作られている。


「さっそく魔法訓練場で試してくる!」

「うん」


 私と先生も付いていく。


 魔法訓練場にて、ブリギッテが魔方陣の中心に触れると、地面の土が盛り上がり、ブリギッテが一辺二メートルの四角錐型のピラミッドに包まれた。

 そして、側面の一つに扉がうにょーんと下側にスライドするように開いて、中からブリギッテが出てきた。この扉は私の発案だ。というか、全部私の案だけど。


「ブリギッテさん、素晴らしいですね!」

「やった!」



 それから、次の週の魔道具の授業で魔道具を完成させたのはアナスタシア。アナスタシアの魔道具は自動水栓だ。


 机の端に自動水栓を設置して、その下にたらいを置いた。そして、管の下に手をかざすと水が出てきた。そして、手を外すと水が止まった。

 魔方陣から特定の範囲内に人体が〇・二秒間存在したら水を出し始めて、範囲内に人体が存在しなくなったら〇・五秒で水が止まるしくみだ。自動水栓の設計など私はしたことないけど、手が範囲の境界ぎりぎりに存在するときとかONになったりOFFになったりを繰り返さないようにする工夫とか、私がちょっとアドバイスしただけでアナスタシアは理解した。

 その他、水を毎秒一定量に制限するとか、水の中に霧を混ぜて泡状にして勢いを弱めるとか、いろいろ工夫を入れてあるのだ。それを全部実現したアナスタシアすごい!


「アナスタシアさん、これはとても便利ですね!」

「ありがとうございます」



 続いてできあがったのはスヴェトラーナのスチームヘアアイロン。


「ユリアーナ様、モデルになってくださいまし」

「はい」


 温度調整とか蒸気を出す量とか、かなり試行錯誤したんだろう。スヴェトラーナは私の髪を二つの紐でツインテールにしてから、ヘアアイロンで挟みくるくるにしていった。そして、二十分後、私の髪はツインドリルになっていた。スヴェトラーナの髪はツインドリルに縮めた上で腰くらいの長さがあるけど、私のドリルは胸くらいの長さになった。


「どうかしら!」

「素敵ですね!スヴェトラーナさん!」

「うふふ!ユリアーナ様、もう一つ作ったら、ぜひ使ってくださいまし!」


「えっ、はい」


 数日後、スヴェトラーナにヘアアイロンをもらった。私の髪はもともと少しくせっ毛というかウェーブがかっているので、ウェーブを強めるくらいで登校したら、スヴェトラーナは「まあぁ、使ってくださったのですわね!」とは言っていたものの、ドリルじゃなかったから少し残念そうだった。私は彼女に残念な思いをさせてしまった…。ドリルは悪役令嬢の特権だよ…。私には荷が重い…。



 次はセラフィーマの無菌治療ゲート。


「先生、被検体を」

「はい」


 毎度おなじみ、魔法の授業で虐待されているつのウサギ。もちろん、魔道具の製作過程でも毎回御用達だった。あらかじめばい菌だらけのナイフで傷を付けて、感染症になってもらってる。それを、篭ごとゲートに通すと。化膿が止まり、傷が塞がった。


「素晴らしいですね。これをハンターギルドなどに設置すれば、死傷者が減りますね!」

「ふう、やっとうまくいくようになりました」


 地球でも薬の臨床実験とかでこれくらいやってるだろう…。だけど、このつのウサギ、入学したときからずっと同じ個体の気がする…。



 マレリナのパワードスーツ、というかリハビリスーツもできあがった。


「これ、お姉様に使ってほしいんです」

「えっ、私?」


 六歳児用サイズのインナーシャツとパンストの組み合わせ。

 マレリナはアナスタシアをおぶって、魔法訓練場の更衣室に連れていった。

 しばらくして、マレリナと一緒に軽い足取りで戻ってきたアナスタシア。


「身体がとても軽いのよ!」


 見たことがないほど軽快なアナスタシア歩き。スキップなんかしたりして!右手と右足が一緒に前に出てるけど!力が付いても運動神経はまた別だね。可愛いけど。


「お姉様、あんまり動くと…」

「分かってるわよ。あとで痛い目見るんでしょ」


 筋力強化は本来の筋肉にはムリな力を出せるようにしているだけなのだ。使ったあとは筋肉痛に襲われる。今までもマレリナと私がアナスタシアに筋力強化をかけたことがあったが、アナスタシアはそのあとの筋肉痛に耐えられず治療の魔法を使ってしまった。でも治療の魔法を使ってしまうと、筋肉にムリな負荷をかけて鍛えたことによる超回復までなかったことにされてしまうのだ。リハビリスーツには治療の魔法も入っているはずだけど、あとで痛い目見るってことは、筋肉痛を除外してあるようだ。


 ちなみに、疲労回復の魔法も入れてある。さもなければ、アナスタシアはすぐに根を上げてしまうだろう。疲労回復には身体の栄養素を必要とするので、おなかが減るのだ。アナスタシアは小食なのだけど、これで食べる量が増えれば、筋肉の付きもよくなるはずだ。ガリガリではなく赤ちゃんのようにぷにぷにだったアナスタシアの身体が硬くなってしまうのは残念だけど。


 案の定、アナスタシアはその夜から筋肉痛にもがき始めた。その日は寝られなくなるほど痛かったようで、結局治療の魔法を少しだけかけた。でも、筋肉痛を我慢していれば、そのうち満足に歩けるようになるだろう。アナスタシアも覚悟を決めたということだ。

 毎日筋肉を痛めつけていると筋肉が固くなってしまいそうなので、リハビリスーツの使用は二日おきとなった。 



 そして…、


「うー、ユリアーナぁ、手伝って…」

「えっとね、ここは……」


 マリアちゃんは根を上げた。電話はハードルが高すぎたか。座学もやってないし…。

 まず、アドレス帳ならぬ、アドレスカートリッジは、相手の個人情報がないと作れない。名前と出身地、生まれた歳があればだいたい特定できる。だけど、名前と地名の固有名詞を魔方陣にするにはこの国のアルファベットのような一文字一文字を八個の八分音符で表さなければならなくて、魔方陣としては気が遠くなるような音符数になる。フェルトペンでなければ絶対に描けない。


 あとは、電話のコールとか、相手の承認とかの仕組みについては、マリアちゃんがたんにそういうのが苦手なだけだ。セラフィーマなら作れるだろう。


 というわけで、大部分をマリアちゃんに教えてあげることになった。




 三年生の前期も終わりに近づいてきた。

 時の流れとともにみんなの成長を感じるのは、みんな身長が伸びているのに、私はまったく伸びないから、みんなとの目線の差が変わっていくからだ。私はきっとハイエルフだから、ブリギッテよりも成長が遅いんだろうな。


 身長もさることながら、髪の色も濃くなっている。マレリナは明るい灰色よりも白に近い明るさになってきた。セラフィーマも白に磨きがかかっている。

 スヴェトラーナのマゼンダはアメリカのお菓子よりもどぎつい色になってきてるし、マリアちゃんのピンクもそれに近づいている。ブリギッテのオレンジも同じ感じだ。

 アナスタシアは空間属性の魔力がだいぶ上がってきたおかげで、髪は青紫という感じになってきた。


 一方で、クラスのみんなも少しずつ髪の色が濃くなっている。だけど、私のバンドクラブメンバーと比べると、それほど変化がない。


 授業でも魔力を使えば使うほど鍛えられると教わっている。だから、寝る前に魔力を枯渇させるべきだろう。なんていうのは簡単だけど、寝る前に筋トレで体力を使い切って寝る人なんてそんなにいるわけない。魔力も同じで、枯渇寸前になると不快なのだ。私はそんなに感じないのだけど。小さいころから鼻歌を口ずさんで魔力切れで気絶しまくってたからかな。


 マレリナも最初は苦しんでいたけど、苦しいのを我慢して魔力トレーニングしていたなぁ。そういえば、マリアちゃんもセラフィーマもお泊まりしていたときは、私たちが寝る前に魔力を使い切っているのに驚いていた。


 とはいえ、魔力を上げれば国のためになるんだから、必死で鍛えるべきだろう。とくに木属性の魔力。あとは命属性か。いや、魔物をやっつける戦力になる火や雷とか結局全部だね。


 ちなみに私の髪の艶はよく分からない。もともと鏡のように光を反射するから。


 ところで、魔力というのは各属性ごとにタンクが備わっているのか、それとも一つのタンクを共有しているのかよく分からない。アナスタシアは水の魔力も鍛えているけど、空間の魔力を必死に鍛えているからなのか、髪が青紫っぽくなってきている。今度、二〇〇キロの場所にゲートで移動して、心魔法で二〇〇キロ離れたところに通信してみようか。そのあと大規模な祝福でもすればいいかな。

★ユリアーナと同級生

 とくに記載のないかぎり十二歳。女子の身長はマレリナと同じくらい。


■ユリアーナ・マシャレッリ伯爵令嬢

 キラキラの銀髪。ウェーブ。腰の長さ。エルフの尖った耳を隠す髪型。

 身長一四〇センチのまま。

 口調は、元平民向けには平民言葉、親しい貴族にはお嬢様言葉、目上の者にはですます調。


■マレリーナ・マシャレッリ伯爵令嬢

 明るめの灰色髪。ストレート。腰の長さ。

 身長一五〇~一五二センチ。

 口調は、元平民向けには平民言葉、親しい貴族にはお嬢様言葉、目上の者にはですます調。


■アナスタシア・マシャレッリ伯爵令嬢

 若干青紫気味の青髪。ストレート。腰の長さ。

 身長一二二センチ。ぺったんこ。

 口調はお嬢様言葉。


■マリア・ジェルミーニ男爵令嬢

 濃いピンク髪。ウェーブ。肩の長さ。

 身長一三二センチ。ぺったんこ。

 口調はほぼ平民言葉。


■スヴェトラーナ・フョードロヴナ公爵令嬢

 濃いマゼンダ髪。ツインドリルな縦ロール。腰の長さ。

 身長一五五~一五七センチ。巨乳。

 口調はですわますわ調。


■セラフィーマ・ロビアンコ侯爵令嬢

 真っ白髪。

 口調はですます調。


■ブリギッテ・アルカンジェリ子爵令嬢(三十二歳)

 濃い橙色髪。エルフ。尖った耳の見える髪型。

 身長一六二センチ。大きな胸。

 エルフの成長速度は十歳までは人間並み。十歳以降は五歳につき一歳ぶん成長。ただし、体つきは人間並みに成長。

 口調は平民言葉。


■ヴィアチェスラフ・ローゼンダール王子

 黄色髪。


■エンマ・スポレティーニ子爵令嬢

 薄い水色髪。実子。


■パオノーラ・ベルヌッチ伯爵令嬢

 水色髪。


★マシャレッリ伯爵家


■エッツィオ・マシャレッリ伯爵令息(六歳)

 濃いめの緑髪。


■セルーゲイ・マシャレッリ伯爵

 引取先の貴族当主。

 濃いめの水色髪。


■タチアーナ・マシャレッリ伯爵夫人

 濃いめの赤髪。ストレート。腰の長さ。


■オルガ

 マシャレッリ家の老メイド。


■アンナ

 マシャレッリ家の若メイド。


■ニコライ

 マシャレッリ家の執事、兼護衛兵。


■デニス

 マシャレッリ家の執事、兼御者



★学園の教員、職員


■ワレリア

 女子寮の寮監。おばあちゃん。濃くない緑髪。


■アリーナ

 明るい灰色髪。命魔法の女教師。おばちゃん。


■ダリア

 紫髪。空間魔法の女教師。


■アレクセイ

 ピンク髪のおっさん教師。



★その他


■エルミロ

 マリアの弟。


■ウラディミール・フョードロヴナ公爵

 オレンジ髪。


■エリザベータ・フョードロヴナ公爵夫人

 薄紅色の四連装ドリル髪。爆乳。


■エドアルド・フョードロヴナ公爵令息(十歳)

 黄緑髪。


■サルヴァトーレ・ロビアンコ侯爵

 セラフィーマの父。オレンジ髪。


■エカテリーナ・ロビアンコ侯爵夫人

 セラフィーマの母。レモンイエロー髪。



◆花が咲いた、綺麗だわ♪

 日本で聴いた童謡(架空)。二十四小節。


◆ローゼンダール王国

 貴族家の数は二十三。


    N

  ⑨□□□⑧

 □□□④□□□

W□⑥□①□⑤□E

 □□□□⑦□□ 

  □□②□□

   □□□

    ③

    S


 ①=王都、②=マシャレッリ伯爵領、③=コロボフ子爵領、④=フョードロヴナ公爵領、⑤=ジェルミーニ男爵領、⑥=アルカンジェリ子爵領、⑦=ロビアンコ侯爵領、⑧=スポレティーニ子爵領、⑨=ベルヌッチ伯爵領


 一マス=一〇〇~一五〇キロメートル。□には貴族領があったりなかったり。


◆ローゼンダール王都

    N

 ■■■□■■■

 ■□□□□⑨■

 ■□□□□□■

W□□④①□□□E

 ■□⑥□□②■

 ■□⑤□③□■□□⑧

 ■■■□■■■□□⑧

 □□□□□⑦□□□⑧

    S


 ①=王城、②=学園、③喫茶店、④=フョードロヴナ家王都邸、⑤マシャレッリ家王都邸、⑥=お肉レストラン・仕立屋、⑦=農園、⑧=川、⑨=ロビアンコ家王都邸■=城壁


◆座席表

  ス□□□□□

  ヴ□□□□②

  □□□□□①

前 □□□ブ□③

  ア□□□□④

  □□□パ□エ

  セマユリ


 ス=スヴェトラーナ、ヴ=ヴィアチェスラフ、ブ=ブリギッテ、ア=アナスタシア、エ=エンマ、セ=セラフィーマ、マ=マレリナ、ユ=ユリアナ、リ=マリア、①=エンマの下僕1、②エンマの下僕2

 パ=パオノーラ、③=パオノーラの下僕1、④=パオノーラの下僕2


◆ベッド上のポジション

   マリア

   ユリアナ

頭側 アナスタシア

   マレリナ


◆音楽の調と魔法の属性の関係

ハ長調、イ短調:火、熱い、赤

ニ長調、ロ短調:雷、光、黄

ホ長調、嬰ハ長調:木、緑

ヘ長調、ニ短調:土、固体、橙色

ト長調、ホ短調:水、冷たい、液体、青

イ長調、嬰ヘ短調:風、気体、水色

ロ長調、嬰ト短調:心、感情、ピンク

?長調、?短調:時、茶色

変ホ長調、ハ短調:命、人体、動物、治療、白

?長調、?短調:邪、不幸、呪い、黒

変イ長調、ヘ短調:空間、念動、紫

変ロ長調、ト短調:聖、祝福、幸せ、金



※9/12 スヴェトラーナのバストの成績を修正

※9/12 馬と魔物の関係について追記

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