5 エルフの秘密とアニソン歌手への道
★転生五年目、春夏秋、学園二年生の前期~夏休み~後期
★ユリアナ十一歳
道中、私は馬車から顔を出して、まるで友達であるかのように笑顔で盗賊に手を振りながら、盗賊を釣って遊んでいた。彼らはお小遣いをもたらす優しいおじさんだ。そしてそのお小遣いはマレリナの懐も暖める。
また女盗賊釣れないかな。でも、ずっと飼って、しかも綺麗に育ててしまうと、愛着が沸いてしまってあんまりひどいことをできなくなってしまう。もっとこう、極悪非道で同情の余地もないような女盗賊がいないかな。
なんて考えながら、学園の寮に到着。私はまず喫茶店に顔を出して、経営状況を聞いたり、給料を二ヶ月分渡したり、売り上げをハネたり。
今回は五十九日で全員揃ったらしく、六十日を待たずに授業が始まることになった。だから、だいたい六十日くらいってアバウトすぎるでしょ。
今日から二年生だ。二年生ということは教室が三階になるということだ。
アナスタシアはやっと三十分くらいで二階まで上がれるようになったというのに、いきなり階段が二倍になって絶望してしまった。結局いつまでだってもマレリナお姉ちゃんにおんぶのアナスタシア赤ちゃんであった。
そして、三階に上がるようになったからといっても、私たちは最初に来て最後に帰るから、他学年とは誰とも出会わないことに変わりないのだ。
そして放課後、
「今から呼ばれる者には試験を受けていただきます。……、……、……」
スヴェトラーナとセラフィーマ、アナスタシアとマレリナ、私の五人と、前回一般教養の試験を受けた四人を除く女子全員が呼ばれた。少ない方を呼べばいいのに。
よし、狙い通り。みんな後期の期末テストに受かったってことだ!
「すみません、あの者たち四人も受けさせてもらえませんか」
「あの者たちは前回試験したでしょう」
「あの者たちは自主的に勉強して、一般知識も身につけたんです」
「ほう。いいでしょう」
私たち先発隊五人は退場させられた。みんな、がんばってね。
「ふんふんふんふんふーん(シ♭レファレシ♭)」
「ちょっとユリアーナぁ…」
「聞こえない聞こえない」
「今のはなんですの?」
「あ…」
私とマレリナとアナスタシアは移動が遅いからって油断していた。ちょっと先を進んでいたスヴェトラーナに感づかれてしまった。
「気分が良くなって、少し大きな声を上げてしまいました…。すみません…」
「聞いたことがあるよう……」
「気のせいですよ…」
「そうね…。でもどこか……」
スヴェトラーナは祝福を何度も聴いているのだろうか。何度も聴いたらやっぱり耳に残るのか。
友達だから話してしまってもよかったんだけど、また別の機会に…。
翌日の放課後。また女子に残るように言われた。呼ばれなかったのは、ブリギッテとマリアちゃんと、四人の下位貴族のご令嬢。あれ…。二人ともダメだったか…。いや、よかったよかった。むふふ。
そして、先生と一緒に壇上に立っているヴィアチェスラフ王子。
「キミたちは私の正室候補となった」
「「「「「きゃああああ!」」」」」
よかったねえみんな。私も金貨何十枚も投資したかいがあったよ。
「まさかみんなが短期間でこんなに成長するとは思わなかったよ」
ん、それは成長したこと自体には疑問に思ってないってことだ。
「キミたちがいつも放課後勉強していたことに、ボクが気が付いていないと思っていたかい?」
バレてらぁ。まあ、取り巻きの女の子が交代制だったし、それで気が付かないボンクラではないようだ。
「新しく選ばれた子たちももう知っているのかもしれないけど、私はともに国の未来を背負ってくれる優秀な正室を求めている。キミたちはその候補に選ばれた。そして、仮に正室になれなくとも、側室になってもらいたいと思う」
よしよし、当て馬がたくさん増えれば、私と私の友達も外れやすくなるというものだ。
「このまま切磋琢磨して、私の伴侶となるにふさわしい成績を維持してほしい。以上だ」
えっ、それだけ?側室いっぱいいるし、再選考は?
「これだけ集まりましたので、私は辞退してもよろしいでしょうか…?」
「うん?だから誰も辞退する必要はないよ」
「私は正室の座も側室の座も皆さんにお譲りしたいのですが…」
「そんなに謙虚になることはない。まあ、謙虚さもときには求められるだろうけど、今は遠慮することはないよ」
ダメだ。話が通じない。
私がみんなに教えているのだから、私よりみんなの成績が良くなることはない。だからといって、自分がアホに振る舞うのはいかがなものか。ましてそれをマレリナやスヴェトラーナに強要することもできない。
そこで、考えたのが、おそらくもう一つの選考基準である、綺麗で可愛いことだ。
私は禁断の魔法を編み出しているのだ。今使わずしていつ使うのか。と思ったのだけど、じつは王子は、スヴェトラーナのようなボインちゃんではなくマリアちゃんのようなちょっと幼い感じの可愛らしい子が好みのロリコンではないかという疑惑がある。それに、ドレスを新調したマレリナに、王子はデレデレしていたのだけど、とくに胸に執着していなかったようだ。そうなると、女盗賊で試したような、胸の球体が大きく育つというのは自滅行為かもしれない。
部位を限定せずに全身綺麗に育つようにすればいいだろうか。でも、綺麗というのもハズレの可能性がある。木魔法に花が可愛く育つなんて魔法はなかったからなぁ…。
結局、王子の好みが分かるまでヘタなことはできない…。
「それよりもね、みんながここまで成長できたのは、誰のおかげかな?」
王子が問いかけるとみんなはいっせいに私に視線を向けた。
げっ…。
「ははは。そう身構えることはない。知っているよ。キミがみんなの面倒を見ていたことを。キミはボクに優秀な妃が増えればこの国のためになると思って、みんなを鍛えてくれたんだろ?」
「えっ、そん……」
「キミはすばらしい考えを持っているし、それを実行するだけの能力もある」
げええ……。みんなを当て馬にしようと思ったのに、私が注目されてどうするんだ…。
マレリナとアナスタシアは、あちゃーと言わんばかりの顔をしている。
王子は私のほうに歩いてきて、私の前に立った。
「キミほど優秀で高貴な考えを持つ者は初めてだ」
待って。王子が私にうっとりしている。王子の好みはボインちゃんでもなくて幼女でもなくて、私?優秀って性的魅力じゃないよね?ちょ、ちょっと助けて…。
王子は私に手を伸ばす。王子の指が私の髪に触れる…。やめて…。気持ち悪い…。
みんなからは怒りの視線。この役、代わってあげるよ…。
「……」
王子の指が私の耳に触れると、全身に虫酸が走った。私は固まって動けなくなってしまった。
これは、薫が前世で男に触られたら気持ち悪いとかそんなレベルではない。
「あれ?」
王子は私の耳が尖っていることに気が付き、私の髪をかき分けた。
「キミはエルフかい?」
おう…。クラス全員の前で暴露された…。ブリギッテはとくに苛められている様子はないから、バレても問題ないと願う…。
「別にエルフでも問題ないさ」
でも、王子にとっては問題があってほしかったなぁ。
「いや待て。キミは少し小さいな。キミは何歳だ」
レディに歳を聞くな?
「十一歳ですけど…」
「それは困った…。エルフは十歳を超えると成長速度が五分の一になるのだろう。それでは学園を卒業する十六歳になっても、子を産めるかどうか分からないではないか」
さらっとセクハラ発言された…。いや、実際に私はまだ来ていないし、それに薫がそういう知識を持っているから知っているだけであって、そんなこと言われたからって別に恥ずかしいとかはないんだけど…。
それにしても、私はおまえの子を産むために学園に入ったんじゃないっての…。エルフって生き物の実態を知る前から男探しなんてするつもりなかったから。ああでも、そう思っているのは私だけで、王子がいない学年でも普通は学園って男探しする場所なのかな?
っていうか、エルフは来るのが遅いのか。どこまで人間なのか、何が人間と違うのか、ブリギッテにまた教えてもらわないとなぁ。なんか以前に聞いたときは、女の子と結婚する生き物だって聞いただけで舞い上がっちゃって、後半よく覚えてないや。
「しかたがない。残念だけど、キミは候補からはずそう」
「ありがとうございます」
別に、政治の仕事をするだけなら結婚しなくてもいいと思うし、そもそも仕事をするのは男でもいいと思うんだ…。私だって、問答無用で側室にするとか言われなければ、国の発展に貢献しようとは思うけど…。
でも、この国の執政者になるためには優秀なだけじゃなくて、なぜか可愛い女の子みたいな要件が入ってる…。これが公私混同というやつなのか…。仕事と家庭は分けたほうがよいと思うのだけど…。仕事の疲れを家庭で癒すとか、家庭のごたごたから逃げるのに仕事に行くとかできなくなっちゃうぞ。
まあ、そのわけわかんない要件のおかげで、私はどうやらクビになったようだ。素晴らしい!思わずお礼言っちゃったよ。
そして、怒りの表情だった周りの女の子たちには、「ガキが出しゃばるからこうなるのよ」とか言いたそうな子がいたりだったり、ほっとしている子がいたり。
お前ら、私に育ててもらった恩を忘れたのか!
でも、私だけクビになってもしょうがない。マレリナとアナスタシア、スヴェトラーナとセラフィーマも救出せねば。っていうか、ブリギッテは最初から受かってなくてよかったね。なんのために勉強していたのか分からないけど。いや教養を身につけておいて損はないけど。
あと、完全に忘れていたんだけど、マリアちゃんってまだ王子を洗脳してとか考えているのだろうか。マリアちゃんも受からなくてよかったなぁ。
「ユリアーナが候補から外れるなら、私も外れます」
「私も外れます」
マレリナとアナスタシアから突然の宣言。
「えっ、遠慮する必要はないんだよ」
「いえ、私はこの国を導くという意志がございません」
おう…、マレリナ…。それはギリギリアウトなのでは…。王子の側室になりたくないというよりマシだろうか…。
「私も、ずっとユリアーナと一緒にいたいのです」
アナスタシアのほうがやんわりとした断り方だね…。
「キミたち…」
王子の表情が険しくなってきた。ボクの誘いを断るとは何ごとか、みたいな。ヤバいどうしよう。マレリナとアナスタシアがクビじゃなくて打ち首になってしまう。
「わたくしも辞退いたしますわ」
「えっ、スヴェトラーナまで…」
「わたくし、王妃になれるように小さいころから努めて参りましたが、学園に入り冷たい態度を受け、そしていわれのない罪で罰せられそうになったときから、あなたをお慕いすることができなくなりましたの」
「そんな…、謝ったではないか…」
「はい、許すことはできますが、もう一度あなたをお慕いすることはできません」
これは…。王子にえん罪で断罪されそうになったことに復習をする悪役令嬢の嗜みというやつでは…。いや、ちょっと違うか…。
「私も辞退します」
今度はセラフィーマだ。セラフィーマは学園のマッドサイエンティストになりたいらしいから、王子の側室というよく分からないものになるわけにはいかないだろう。
「行きましょ、アナスタシア様」
「はい」
「セラフィーマ様、マレリーナ様、ユリアーナ様も」
「はい」
「はい」
「え、あっ、はい」
スヴェトラーナはいちばん右前の席から、アナスタシアの席まで移動して、アナスタシアの手を取り、立ち上がるのを手伝った。
そして、アナスタシアをその場に立たせ、あまりもん属性の列の先頭から私たち三人に呼びかけた。
私たち三人は立ち上がってドアへ向かった。途中、マレリナはアナスタシアの手を引いた。
教室を退室した私たち五人。
晴れやかな顔をしているスヴェトラーナとセラフィーマ。ほっとしているマレリナとアナスタシア。
教室ではキャッキャうふふと歓喜の声。
王子の顔は見えない。
みんな、アナスタシアに合わせてゆっくり歩きながら話す。
「はぁ~。清々しましたわ」
「ほんとう、よかったです」
ほんとうにすがすがしい顔をしているスヴェトラーナとセラフィーマ。
「お二人は王子と結婚するよう親から言われていないのですか?」
「わたくしは言われてましたわ。学園に入るまでは、正室確実と言われていて、私もお父様も満足していましたの。でも、学園に入ってからというものの、殿下はわたくしに対して急に冷たくなり、マリア様とお付き合いしている様子をしばしば見ましたわ。そして、とどめのアレですもの。早々、殿下への思いはなくなってしまいましたわ。
そして、あのときわたくしは感じたのです!ユリアーナ様、あなたに!まるで殿方のような男らしい物言い。わたくしを守ってくださる凜々しい殿方のような…。そして、あなたのことをだんだんと好きになってしまったのですわ…」
なんだかすごい熱愛をいただいちゃったよ。
私のことを好きになってくれるのは嬉しいけど、私、男だと思われてたんだ…。薫の記憶が宿っているからだろうか…。私、そんなに男っぽいだろうか…。
「それをお父様に打ち明けたら、お父様は大変お怒りになりましたわ。でもそれを横で聞いていたお母様はわたくしの背中を押してくださったの。愛の伴わない結婚をする必要はない。好きな人に嫁ぎなさいと」
貴族ってそれでいいんだ…。しかも公爵家が…。
「セラフィーマ様は平気ですの?」
「ロビアンコ侯爵家に王妃の務まるような者はいないです。まず第一に、私はもちろん、一族の誰も、王の名前を覚えていないので!」
今の話のどこにドヤ顔になる要素があったんだ!
もちろん私たちマシャレッリ家は親に何も言われていない。
これでみんなの望む結果になったのかな。ブリギッテはともかく、マリアちゃんはどうなんだろう。
その日の夕食のとき、ブリギッテに声をかけた。
「ねえ、ブリギッテ、エルフのことをもっと教えて。その…、結婚とか子供を作るとか…」
「うん。えっとね、エルフが子供を作るに……」
「ちょ、ちょっと待って!ご飯のあと私たちの部屋に来てもらってもいいかな?」
「うん、いいよ」
たくさんの子がいる食堂でブリギッテが生々しい話を始めようとしたので止めた。
そして、私たちの部屋に来てもらった。とても狭いけど。狭いのにメイドさんも付いてきた。当たり前か。
二人用のティーテーブルには私とブリギッテがつき、メイド部屋のティーテーブルを持ってきてマレリナとアナスタシアがついた。
「もうユリアーナったら、そんなに子供が欲しいの?」
「いや…、その…、私、自分がエルフなのにエルフのことほとんど知らないからさ…」
「エルフがね、子供を作るにはね、ここを…」
ブリギッテは自分の耳を指さして、
「はむってやるんだよ」
「えっ」
ブリギッテは、口を開けて虚空を食んだ。
耳を食む?
マジで…。そんな冗談みたいなやり方で…。
「ユリアーナはまだ来てないから耳を隠してるんだよね?」
「えっ」
「それも知らないか。子供を作れる準備ができている子は、耳を髪から出すんだよ。私はもう来てるから出してるでしょ」
「いたずらする人がいそう…」
「子供を育てる気もないのにいたずらで耳を食んだら死刑だよ」
「マ・ジ・で」
エルフ社会、怖い…。
「でもね、人間は一ヶ月に一回来るらしいけど、エルフは三ヶ月から七ヶ月に一度しか来ないし、いつ来るかも毎回違うから、好きな子ができたらどんどん食むんだよ」
「そ、そうなんだ…」
そんな生理不順みたいに周期がランダムなんだ…。
「あはは、冗談だよ」
「えっ…、騙された…」
「そんなんで子供ができたりはしないけど、耳を触ったり食んだりするのは気持ちいいから、好きなことはよく耳を触りあうし、もっと親しくなったら食みあうんだよ」
「そっかぁ」
エルフの愛撫行動なんだ…。
「まあ、時期が来ればわかるよ。そのときまでのお楽しみだね」
「そっか…」
「ちなみに、初めて来るのは早くて十歳、遅くて三十歳くらいだって」
「なるほど…」
十歳を超えると成長速度が五分の一になるなら、十五歳で十一歳相当、二十歳で十二歳相当、二十五歳で十三歳相当、三十歳で十四歳相当か。人間でもそれくらいの年齢でくるのだろうか。薫の知識には残念ながらなかった。
なるほど、ヘタすると三十歳まで子を産めない私と結婚してもしかたがないわけだ。
「まあ、初めてが来るころには、耳がもっと長くなって、耳を触ってもらったときにぴくってなったり、へなってなったりするようになるから、すぐ分かると思うよ」
「そうなんだ!」
なるほど。ブリギッテの耳を触ったときに動いたのは、子供を産めるという証拠なのか。
「あ、人間の女の子とも結婚できるの?」
「もちろん」
「そうなんだ…」
「あ、ちなみに、子を授ける方は早くできるようになるから気をつけてね。人間の子は胎みやすいから」
「あっ、はい」
それは性欲なのか…。その時が来てみないと分からない。
「あとさ、成長速度みたいに五分の一の速度になるものって、他に何かある?」
「うーん、身長が伸びる速さと、アレが来る間隔くらいかなぁ」
「そっか。じゃあ、胸の大きさとかは?」
「ああ、それは人間と同じくらいか、ちょっと遅いくらいみたいだね。でもね、人間は二十歳くらいで成長が止まっちゃうけど、エルフは五十歳くらいまでは成長するんだって」
「えっ」
「だからね、五十歳くらいになるとみんなね、そうそう、スヴェトラーナ様くらいになるよ」
「マ・ジ・で…」
「スヴェトラーナ様を見たとき、最初エルフかと思ったんだけど、耳尖ってないもんね。いやーでも十一歳であの胸はいいよねー。揺れてるとずっと見とれちゃう。これからもっと大きくなれば、そこらのエルフなんて超えるんじゃないかな」
そこらのエルフって、見たことないけど…。
「あ、ブリギッテはスヴェトラーナ様の…、その…、大きなお胸が好きなの?」
「うん。なんで?みんな好きじゃないの?」
「あのね、人間の女の子はたぶんそこまで好きじゃないと思う…」
エルフは女の子の身体が好きなのか。
よかった。私には薫という男の記憶があるから女の子の身体を好きになるのかと思ってたよ。
と言って、マレリナとアナスタシアのほうを見てみると、
「私はね、スヴェトラーナ様よりブリギッテを見てるとドキドキする」
「私は…、私もそんな風に大きくなれたらいいなぁと思うけど…」
ブリギッテも人間の十四歳相当と考えるととても胸が大きいのだけど、スヴェトラーナにはかなわない。だけど、マレリナはブリギッテを見てちょっと顔を赤らめている。ブリギッテのほうが好きなのかぁ。
アナスタシアはまだ六歳くらいにしか見えない。私としてはアナスタシアは小さい方が可愛くていいけど、本人としては成長したいよね。
「そっかぁ!じゃあマレリーナも卒業したら結婚しようね!」
「えっ、うん…」
マレリナはまんざらでもない感じだ。
「も」「結婚しようね」って結婚観がだいぶ違うなぁ。まあ、ヴィアチェスラフ王子なんて何十人の側室と妾を抱えようとしてるのか知らないけど、一夫多妻が認められてる国だし。
「マレリーナを盗らないで!」
「ちぇー。じゃあアナスタシアも結婚しようよ」
「えー…」
なんかブリギッテがエロオヤジになってきた…。
「あとね、五倍ではないけど、人間は歳を取るとだんだんしわしわになっていくけど、エルフがしわしわになるのは死ぬ前の数十年間くらいだね。それまでは、ずっと五十歳くらいの姿を保ってるよ」
「なるほど」
人間と同じ成長速度なのは、十歳までと、最後の十年ってことか。長い間人間の十八歳くらいの姿でいられるってことだ。人間がうらやましがるだろうな。
「あと何かエルフが人間と違うところないかな」
「えーっと、みんな髪の色が濃くて魔力が高いかな。マルチキャストも多いよ。だからね、ユリアーナみたいな灰色髪の子がエルフってまったく分からなかったよ」
「私の髪は、ほとんど分からないかもしれないけど、ほんのり明るい灰色だからね…」
この設定続ける意味あるのかな。
「あ、でも、一人だけ見たことある。命属性と邪属性のマルチキャスト。灰色だった。だけど、ユリアーナほどピカピカじゃなかったね」
「なるほど。やっぱり混ぜると灰色になったりするんだね」
「あとは、人間だと、火、雷、木、土、水、風ばかりが多くて、それ以外は少ないみたいだけど、エルフには結構いるよ」
「時魔法使いもいるの?」
「いるけど、魔力の消費が高すぎて、ほんの数分未来を読むとかしかできなくて、あんまり使えないんだってさ」
「未来予知!」
それは転生者の嗜みを超えてる気がする!胸熱!
途端にエルフの国に興味がわいてきた。
「あとは、エルフの国とか暮らしについて教えてよ」
「えっとね………」
ローゼンダール王国の最南端、コロボフ子爵領の農村…、つまり私とマレリナの故郷の、さらに南のほうにエルフの暮らしている地域がある。ローゼンダール王国との具体的な位置関係はブリギッテも知らない。私はエルフの地域からいちばん近いところに捨てられたんだな。
国の名前などはない。森の中に溶け込んで魔物を狩って生活している。
木魔法使いが木を操って、木に穴を開けて家にしている。え、そんなことできるの?
エルフの郷、行ってみたいなぁ。
翌日の補講にて。
「みなさん、今日はすでに渡してある教材で自習してください」
自習にして、職員室に赴き、先生に掛け合った。
私が側室候補を外れたのに、なぜみんなに大枚はたいて教えてやらなければならないのかと。というか、私が王子にうっとりされたとき、手の平を返したように私を睨んできたような子たちに、なぜ良くしてやらなければならないのかと。
というのは表向きで、当て馬を側室候補にして、自分と友達は脱落するという目的を果たしたから、続ける必要はないのだ。
でも続けてほしいと頼まれた。そういうことならやぶさかではない。だけど紙を支給するよう要求したら、渋い顔をされた。そういうわけで、紙を供給してくれるようになるまでは、私は補講の面倒を見ないことにした。
だけど、私が教え役というのは定着してしまっている。放課後帰ろうとする私は捕まって、大勢が質問に来るようになった。しかたがないので、マレリナとアナスタシアには先に帰ってもらってる。
でも、新しい教材は作らないよ。キミたち、私が脱落したのをあざ笑っていたくせに、都合がいいんだよ。だいたい、男の面倒をみることには、最初から私に何のメリットもないんだよ!
さてさて、今年はやっと実習授業が始まるのだ。一年生はオリエンテーションだったようなものだ。魔法の習得速度といい、この学園はとてものんびりしている。
二年生で新たに受けられる授業は二つ。選択授業になっている。受けたくなければどちらも受けなくてよいし、受けたければどちらも受ければよい。でも私は受けたい。暇だし。
一つめは魔道具の授業!魔法の機械を作れるなんて胸熱。臭くならないトイレや室内の明かりも魔道具らしい。
二年生の後期になると魔法戦闘という授業があるのだけど、基本的には攻撃魔法のある、火、雷、土、水、風を持つ者のための授業だ。私も受けたいけど、ちょっと明るい灰色髪設定の私はどうすれば受けられるのだろう?
私は友達に声をかけて、魔道具の授業を受けるか聞いておいた。マレリナとアナスタシアは、私が受けるなら受けるということだ。ブリギッテも受けなくてよい授業を受けるつもりはなかったらしいけど、たんに私といたいという理由で受けることにしたようだ。
セラフィーマはもちろん受ける。セラフィーマは魔道具の研究のために学園に入ったのだから。
スヴェトラーナは公爵令嬢の嗜みだから最初から受けるつもりだったと言っているけど、私が受けると言ったから急に決めたようにしか見えなかった。やはり、ツンデレは公爵令嬢の嗜みだから、そのように振る舞ってくれるのは私としてはとても嬉しい。
他には四人の女の子と、八人の男子がいるだけだ。理系っぽい授業だから、女の子より男子に人気があるのか。
ちなみにマリアちゃんはいない。マリアちゃんとはいつお友達になれるのだろうか。
魔道具には魔方陣というものを描いた魔石を埋め込むようになっている。
魔方陣は魔法を表している。等間隔に十三の同心円が描かれ、隣り合う同心円の間に放射方向の線が五本だけ描かれる。最外周の円の外にも、何やら記号が描かれる。
「まずはお配りした魔方陣を魔石に書き写してください」
みんな、もらっているサンプルと魔石がバラバラだ。魔石は本人の属性に合ったものだ。ということは、魔方陣も属性に合った魔法だろう。マレリナのは私と同じだった。
コンパスと定規もなしに等間隔の同心円なんて…。放射方向の線の角度を決めるのに分度器もいるんじゃない?まして、鉛筆じゃなくて筆だよ?細工師にコンパスと分度器を作ってもらおっと…。ちなみに、定規はある。
とりあえず、筆だけで頑張って描いたけど、ちょっといびつだ…。
「ユリアーナは器用だね」
「そう?」
後ろを向いたマレリナが私の魔石を見て言った。
私は毎日筆を握ってるからかな?
ちょっと離れたアナスタシアは、筆がぷるぷるしてうまく描けていないようだ。屋敷で字を書く練習なんてあまりしなかったもんな。アナスタシアは箸より重いものを持てないのでしかたがない。
「皆さん描けましたか?では魔法の訓練場に行きましょう」
魔方陣を描いた魔石を持って、魔法の訓練場に移動した。すると、各属性の魔法の先生がいた。
今回の魔方陣は、火属性のは火を出す魔法、雷属性のは灯り、というふうに、それぞれの属性の初歩魔法を発動するものらしい。なので、私たちの席の前にはおなじみの対象物や後始末の道具が置いてある。
つまり、命属性グループの私たちの前には、おなじみ、たくさん傷のつけられたつのウサギの篭がある。相変わらず鬼畜だ。この世界に動物愛護団体がいたらひんしゅくものだろう。
火属性グループの前には消火用の水のたらい。水属性グループの前には水を貯める空のたらい。土属性グループの前には土の入ったたらい。
「各先生から魔方陣へ魔法を込める魔法を教えてもらってください」
「○○属性の魔力」というメロディあとに一フレーズのメロディが続いた。「込める」というメロディのようだ。「込める」は調が違うだけだけど、「○○属性の魔力」は属性ごとに全部異なる。
みんなは初めての曲だから、たどたどしく先生のマネをしながら弾いている。私は一回聞いたら忘れない。
治療する場所とか、火を出す場所とかをイメージしても、繁栄されないらしい。魔法を込めるときにイメージしたものが、魔道具を使うときに存在するかわからないからだろうか。
言葉が足りない分はイメージ頼りなのに、イメージがあまり使えないとなると、言葉で表せる範囲の事柄しかできないということか。
「それでは、魔方陣の中心に指で触れてください」
同心円の中心を指で触ると、おおお!つのウサギの傷の一つが治った!
セラフィーマとマレリナも魔法を込め終わって、魔方陣の中心を触ると、つのウサギの傷が少し治った。どこの傷が治るかはランダムだ。なるほど。
他のグループでは小さな火が出たりちょろちょろ水が出たり。
「今度は、他のグループの魔方陣を使わせてもらいましょう」
おお!他の人が作ったのを使えるのか!そりゃそうか!
「お姉様のを使わせて!」
「いいわよ…。でも…」
私は一目散にアナスタシアのところに向かい、魔方陣を貸してもらった。
アナスタシアの魔方陣はぐじゃぐじゃだ…。
私が魔方陣の中心を触ると、ポタッと水滴が垂れた。
「きっとうまく描けてないから、それしか出ないのね…」
「お姉様、私がなんとかします」
「まあっ」
私よりアナスタシアのほうが切実だ。早く文具を注文しよう。
次はスヴェトラーナの魔方陣を貸してもらった。スヴェトラーナのはとても綺麗に描けていた。
私が中心を触ると、それなりの大きさの火が現れた。
「まあ!すごい!」
私は火魔法を使えないことになっているので感動のフリをした。
「ユリアーナ様の魔方陣も貸してくださいませ!」
「ええ」
私の魔方陣は私の席にある。スヴェトラーナは胸をたぷたぷ、ドリルをびよびよ揺らしながら、足早に駆けていったので、私も後を追った。
スヴェトラーナは私の魔方陣を手に取って、中心に触れた。すると、つのウサギの傷の一つが治った。
「まあ!これがあれば、専属治療魔法使いがいなくても、誰でも傷を癒やせるのですね!」
「うふふ」
専属がいるのか。さすが公爵家。まあ私とマレリナは専属治療魔法使いだけどね。
「これが魔道具の基礎になります。高度な魔道具はたくさんの魔道具を組み合わせてできています。魔方陣を描く練習ができたら、魔方陣の組み合わせ方を教えます」
描く練習とか自主練でいいから、早く次を教えてほしい。ハープの練習もそうだけど、暇すぎる。
各属性グループの魔方陣を見せてもらって気が付いた。魔方陣は楽譜だ。十三本の同心円の各線の間にある放射方向の線は音符を表している。内周部は低音で外周部は高音だ。最外周の外にある記号が調を表している。音符を配置する角度で、音を鳴らすタイミングが決まる。実際には音は鳴らないけど。でも、この位置にピックを立てれば、そういう形のオルゴールができそうだ。
なんだ。楽譜、あるじゃんか。でも円状に描くって無駄が多いし難しい。外周部はスカスカだし、内周部にたくさん詰め込むのは難しい。
「先生、魔方陣の載った本はありませんか?」
「基本的なものは図書室にありますよ。効果の高いものは貴族家の秘匿とされていますけど」
「なんと!」
「マレリナ、アナスタシアをよろしく!」
「ちょっとユリアーナぁ」
放課後、私は教室を飛び出して図書室へ。っていうか、図書室あったんだね。
あったあった。魔方陣の本。属性別に別れている。
まずは火属性。最初のほうはタチアーナから教えてもらったメロディばかり。でも途中から知らないメロディが!
(脳内で)ふんふん……♪
私は魔方陣とか楽譜を、それほど早く視覚的に覚えることはできないけど、脳内でメロディとして鳴らせば一瞬で覚えられる。だからといって、無数にあるメロディと効果の対応をそう簡単に覚えられるわけではない。しかたがないので、メロディを全部繋げて覚えて、一フレーズずつの効果を紙にメモっていった。
雷、土、水属性は知らないものばかり。風属性も、セルーゲイに教わったもの以外にけっこうあった。
残念ながら、基本六属性と命属性のものしかなかった。でも単語がたくさん増えたから、転調すれば他の属性にも使えそうだ。
今回手に入れたのは、修飾語とか対象を限定するような単語が多い。だからといって乳房という単語はなかった。いいんだ。胸の球体で表現できるから。
単独で魔法になるようなものはあまりない。つまり、イメージが効かない分、対象を細かく指定できるようになっているんだ。
みんなに楽譜にして配ろうと思ったけど、何語か組み合わせないと意味を成さないし、みんなはまだ、せいぜい二週間に一フレーズしか覚えられないから、大量投入しても意味がないだろう。
その後、魔道具の授業では、マジで魔方陣を描く練習ばかりで、何も面白くない。たしかに、練習の時間を用意しないと自主練なんてしない人は多い。というか、薫はそういう生き物だった。だけど、私にこの時間は不要だ。
授業はさておき。週末は楽器屋、じゃなくてハープ製作技師の店に行った。おもちゃのピアノができたのだ!
ちなみにハープ製作技師は男なので、女子寮に呼びつけられないのである。
「いかがでしょうか」
いつも使っているハープは二オクターブ分だけど、それよりも一オクターブ分高い、二オクターブ分の音階のある小さなものにした。
小さなピアノの鍵盤を叩くと、ピックが倒れて弦を弾く仕組みだ。
私は鍵盤を叩きながら弦のネジを回して調律した。
ぽんぽん……♪
風を吹かせるメロディを奏でると、ちゃんと風が吹いた。
「素晴らしい!」
私が歓喜の声を上げると、ハープ製作技師はほっとしたようだ。
私の指はピアノを覚えていた。十歳の小さな手にはおもちゃのピアノが丁度いい。
ハープでは弾けないような速さでピアノを弾いていると、技師は驚いていた。
今回は試作のカスタム品だが、小さめだったこともあり、金貨五枚を支払った。
しかし、これはハープの音が鳴ることには変わりなく、音の種類を増やすにはもっと他の楽器を作らなければならない。
というわけで、これはこれで置いといて、私は別の楽器を試作することにした。それは木琴だ。
木を切るのは簡単だ。風魔法にかまいたちで敵を切り裂く魔法がある。だからといって、特定の長さに切るのは難しかった…。
私はちょっと可愛い町娘の服に着替えて、まずは王都の郊外にある木をかまいたちで切り倒し、木琴に必要な分の木材だけを切り抜いて異次元収納に持ち帰った。
帰り際、盗賊を見つけたので、異次元収納に監禁して、ハンターギルドで換金した。
それから王都の金物屋でのこぎりやナイフ、ヤスリ、釘を購入。ヤスリは地球のものほど細かくはなく、かなり荒削りしかできなそうだ。
寮の裏の畑で木材を出して、まずは筋力強化とのこぎりやナイフを駆使して、とりあえず太さ二センチ、厚み一センチで、長さ適当の鍵盤を作た。それに、固定するための釘穴を開けた。
それからバチとなるような木の棒を二本。
布に鍵盤を伸せて弦を叩いた。
かっ♪
ラより三十二分の十三半音低い音が鳴った。つまり、この鍵盤を二のマイナス三十二かける十二分の十三乗倍の長さにすればラになるわけだ。しかし、そんな指数関数を電卓やパソコンなしにはできないので、結局ラになるまで鍵盤をヤスリで削っていった。
続いて、それよりも五パーセント短い鍵盤を切り出して、またヤスリで微調整してラ#を作った。それを繰り返して、高い方の音を揃えていった。
それから、最初に作ったラの二倍くらいの長さを切り出して、低いラを作り、また短くしていった。
黒鍵となる鍵盤は隅を黒で塗った。重くなったせいで少し音が下がったので、その分少し削った。
こうして、二オクターブ分の木琴の鍵盤ができた。土台となる四本の長い木を用意し、その上に布を敷いて、その上に鍵盤を並べていく。あらかじめ開けた穴に、固定しない程度に釘を打ち付けていく。
よし、できた!
バチももうちょっとかっこよくしたいけど、そこまでの技術がない。
とりあえず、
かっかっ……♪
みごと風が吹いた。よし、ハープと声以外で魔法が発動するって分かったぞ。
できたばかりの木琴を持って寮の部屋に戻った。
「ユリアーナ、何やってたの?」
「これを作ってたんだ。ふんふん…♪」
異次元収納から木琴を出して、ティーテーブルに乗せた。
「何これ」
「うふふ」
バチで木琴を叩いた。
かかかか♪(ソラシド)
机にあった空のカップに水を出した。
「うわっ」
「きゃっ」
机で勉強していたアナスタシアは、カップにいきなり水が出現して驚いた。
「今のは水を出す魔法かしら?」
「そそ」
「それで鳴らしたの?」
「ええ」
「私もやりたいわ!」
アナスタシアが机の椅子から降りたがったので、私は手を貸した。そして、ティーテーブルの椅子に乗せてあげた。ティーテーブルの木琴を叩くには、アナスタシアには少し高いと思ったので。
「これがソよ」
アナスタシアが水魔法を使いやすいように、ソを示した。だけど、黒鍵が奥にあるし、理解できるだろうか。幸いなことに、アナスタシアのハープには、黒鍵の弦の端を黒く塗ってある。
ト長調で黒鍵を使うのはファ#だけだ。そういう意味では、白鍵が前に並んでいるのは使いやすいだろう。
逆にいうと、空間魔法は変イ長調であり、ファ#以外の黒鍵をすべて使う変態的な調だ。上の段ばかり使うので、使いにくいだろうか。
かかかか♪(ソラシド)
アナスタシアはちゃんと黒鍵を理解して、白鍵だけでソラシドと叩いた。ハープの弦の位置を覚えるんじゃなくて、楽譜で覚えるやり方が実を結んでいる。
ばしゃっ。
「きゃっ」
木琴の上に水が出て、木琴が濡れてしまった。
「お姉様、水を出す場所をイメージしなかったのですね」
「ごめんなさい…」
「大丈夫ですよ」
私は指で木琴を叩くと音が半音以上下がって使い物にならなくなっていた。表面に着いている水滴と、木が吸ってしまった水分で重くなったからだ。
「ふんふん……♪ふんふん……♪」
私は木琴の吸った水分を霧にして、乾いた風で乾燥させた。
ふたたび指で木琴を叩くと、今度は少し音が上がってしまった。最初に持っていた水分も奪ってしまったからか。うーん、木琴は難しい。でも、魔法が発動しなくなるほどずれたわけじゃない。
「私もやっていい?」
「どぞどぞ」
マレリナのハープの黒鍵に該当する弦の端にも黒を塗ってあるので、マレリナも鍵盤の意味を理解したようだ。
マレリナは筋力強化を奏でた。変ホ長調で使う黒鍵はミ♭、ラ♭、シ♭と少し多い。それに、基準となるミ♭が黒鍵なので少し弾きにくい。
「わあ、できたよ」
「うふふ。でもね、これは魔法を使うために作ったんじゃないの。こうやってね」
かかかかか……………♪
私は薫がこの世界に来る直前まで見ていたアニメのオープニングの主旋律を弾いた。
マレリナとアナスタシアは聞き入っている。
「わあっ!なんだか楽しくなってきたわ!」
「ホント、これは楽しくなる魔法なの?」
「これはね、魔法じゃないの。でも楽しいでしょ?」
「ええ。素敵ね!」
「うんうん」
「あとね、こんなのもあるよ。ふんふん……♪」
私は異次元収納からおもちゃのピアノを出した。
そして、先のアニメのエンディングの…伴奏を弾いた。ある程度和音で適当に。まあ、ハープよりも一オクターブ高い音だから、伴奏と声の音域が被ってるけど。
そして、イントロを終えると、鼻歌で主旋律を口ずさんだ。日本語の歌を聴かせてもしかたがないので鼻歌で。
かかかかか…………♪
「ふんふん……♪」
「何それ!ハープみたいな音と、ユリアーナの綺麗な声が響き合ってとても素敵…」
「ユリアナ…」
なんだか二人ともうっとりしてしまった。なんだろう。この曲はロ長調ではないから魅了とかないはずだし、私はうっとりさせようなんて考えていない。
だいたい、私は可愛いアニメ声を狙って出しているのに、いつも綺麗な声って言われる。いや綺麗でもいいけど、可愛い声って言われる方が嬉しいんだけど。
「もっと聴かせて!」
かかかか……♪
「ふんふん……♪」
薫は主旋律はしっかり覚えてるけど、伴奏は適当だ。でも、私には主旋律に合わせて伴奏が浮かんでくる。
がんがんがんっ。
激しいノックの音。
「うるさいわよ!」
マリアちゃんだ…。ちょっと熱唱しすぎた…。
「ユリアーナ、終わりにしよう」
「あら、残念ね」
マリアちゃん、ドラフトに落ちたから荒立ってるのかな…。
かかかかか♪(シ♭レファレシ♭)
マリアちゃんに幸あれ。
木琴で祝福した。
寮の壁、薄いなぁ。今度から地下でやろっと。お風呂に行くための地下道だ。けっこう深く掘ってある。
今回試作した木琴で鍵盤の大きさを調べて設計図を描いて、ちゃんとしたものをハープ製作技師に依頼した。その際に、木材をよく乾燥させてから渡した。木材が代わると比重が変わるので。それに、試作した木琴も乾かしすぎると音が高くなってしまったので。
寸法は少し長めにした。あとで微調整するのに自分でヤスリで削るのだ。
あとは…、笛がほしいけど、音程を決める穴の位置を手探りするのは難しい。
そうだ!岩の整形魔法!魔法なら粘土のように何度でも作り直せる。
というわけで、かなりうろ覚えの知識で岩のリコーダーを作った。ちゃんと、「丸く」とか指定しないとイメージだけでは正確な形にならない。修飾語が必要なのは魔力消費軽減のためだけではないのだ。だからこそ、胸の球体というのはとても大事な表現だ。
話がそれた。とりあえず、岩のリコーダー完成。ざらざらして肌触りが悪い。
「今度は何作ったの?」
「また音が鳴るのかしら!」
マレリナがあきれ顔で聞いてきた。
アナスタシアはわくわくしている。
「うふふ」
私はリコーダーをくわえて、息を吐いた。強く吹きすぎると音程が代わるので注意だ。
ひょろろろ♪(ソラシド)
机のカップに水が入った。
「まあ!これでも魔法を使えるのね!」
「よく作るなぁ」
ひょろろろ…、ひょろろろろ……♪
今度は別のアニソンを。
「これはまた楽しいわ!」
アナスタシアがきゃっきゃと喜んでくれる。マレリナも目を閉じて聞き入っている。
「私もやるわっ!」
「あっ」
アナスタシアが私にリコーダーを奪おうとしたけど、途中で落としてしまった。しかも岩のリコーダーはもろくて、真ん中辺りで折れてしまった。
岩のリコーダーは木枠のハープよりもかなり重かったらしい。箸より重いものを持てないアナスタシアには、木の笛を作らないとだな。
「ご、ごめんなさい……。うぅ…くすん…」
「お姉様、泣かないで。ふんふん……♪」
岩の整形は、岩を粘土のように扱える。くっつけるにも簡単なのだ。
「ほらっ」
「まあ!」
小さなことで泣いたり笑ったりする、小さなアナスタシアはとても可愛い。
ひょろろろろ…♪
アナスタシアがよく眠れますように。
「それは寝るときに使う魔法ね」
「そうよ」
一年間毎日聴いていれば覚えるよね。
リコーダーも空洞や穴の寸法を測って設計図にした。それを渡す相手は木工屋かな?
さて、選択授業はもう一つあるのだ。それは剣術だ。剣術は貴族令息の嗜み。男子十人はみんな参加している。一方で、女子で参加してるのは私とマレリナ、スヴェトラーナとブリギッテのみ。
先生曰く、こんなに女子がいるのは初めてだと。
剣の練習場は闘技場としても使われるらしい。アナスタシアは観客席で私たちを応援してくれる。セラフィーマは興味のないところ顔を出さない。
王子の取り巻き係の女の子も観客席にいる。やはり交代で取り巻き係をやっているらしく、ほとんどの子は自習しているようだ。
ドレスで暴れるわけにはいかないので、マレリナと私は古着屋で汚れてもよいトップスとズボンを買ってある。練習場にはちゃんと男女別の更衣室があった。女子はめったに剣術をしないから更衣室がないなんてことにならなくよかった。
男子の服装も似たようなもんだ。ボロボロになると分かっている服に金をかけたりはしない。とくに下位貴族は。侯爵家は少しは良い服みたいだね。
と思ったら、一人だけ浮いているスヴェトラーナ…。ズボンなのはいいけど、この日のためにあつらえた新品のようだ。トップスに露出はないけど、左右独立した大きな二つの乳袋になっていて、むしろいつもよりも自由に胸が揺れている。
それに、ツインドリルはいつもどおりだ。それが金属なら後ろからの攻撃への牽制になりそうだけど、そんなことはない。
そして、ブリギッテの服にも乳袋があった…。もちろん新品ではなくて古着だけど。
それにしても、ゴワゴワしたドロワーズにぴったりのズボンというのはとても気持ち悪い。とくに今は夏真っ盛りなので、蒸れ蒸れだ。やっぱりスカートで来た方がよかっただろうか…。スカートで恥じらいも持たずに派手なアクションしてパンツを見せて、男子にモテるというのはTS転生者の嗜みだけど、そんな気持ちの悪いことはできない。
そうなると、ドロワーズをなんとかするか…。下着を革命するのは転生令嬢の嗜みだし…。
それか、キュロットを作るか。古着のスカートを買ってきて、真ん中を切ってズボンのように縫うか。そうしよう。ああ、なんかマレリナにキュロットをはいてもらいたくなってきた!やっぱり女の子はひらひらした服装が良い!
使うのは木刀。竹刀ではない。当たったら痛そう。
最初十分間、素振りをさせられた。
一振りするたびに大きく揺れるスヴェトラーナの胸とブリギッテの胸。私の目線は二人の胸を行ったり来たり。
「ユリアーナぁ。もう、でれーっとしちゃって…。素振りの時間終わったよ」
「あれ…」
「次はペアを組んで打ち合いだって」
「じゃあやろっか」
「うん」
私とマレリナはニヤリと笑みを浮かべた。私たちは拳と拳で語り合う仲。木刀を使うのは初めてだけど、剣と剣で語り合うのも難しくないだろう。
互いに筋力強化はナシ。でも、私のほうが普段筋力強化を使っている回数が半端ないので、自力にかなり差がある。
私はマレリナに一発目を譲った。
マレリナは私の左肩に剣を振り下ろす。でも、目が肩を見ていない。これはフェイントだ。
マレリナはすぐさま私の腹を突く軌道に変える。私はそれを剣で逸らした。
私は右斜め下から左上に斬り上げる。マレリナは後ろに飛んでそれをよけた。
マレリナは一歩前に踏み込みつつ、私の足下を剣でなぎ払う。私はそれをジャンプでかわした。
しまった!今のはフェイントだ。マレリナはすかさず下から斜め上に斬り上げる。
「もらった!」
私は空中で身体をよじり、なんとか一撃をかわした。
「さすがっ!」
私は空中でくるくる回りながら、マレリナの頭に向かって裏拳のように剣を振りかざす。マレリナは身を逸らしてそれをよけた。
皆が息を飲んで観戦していたのは、ユリアナとマレリナの戦いだけではない。スヴェトラーナとブリギッテの戦いもまた、皆が息を飲むような激戦であった。
スヴェトラーナは小さい頃から剣術を習っており、そこらの男どもよりもよほど腕が立つ。
ブリギッテは二十年以上、森で弓や槍を扱ってきた狩猟の種族であり、実戦経験も豊富だ。木刀を握るのは初めてだが、武器を初めて握る素人とは違うのだ。
しかし、スヴェトラーナは剣術の腕に伸び悩んでいた。なぜなら…。
スヴェトラーナが剣を振り下ろす。すると腕が胸に当たってしまい、速度が殺されてしまった。こんな剣ではブリギッテに当たるはずもない。
ところが、腕に当たった胸はたっぷんたっぷんと揺れ始める。それがブリギッテに大ダメージ。ブリギッテはスヴェトラーナの揺れる胸に魅入ってしまい、威力が殺された剣をよけるのが遅れる。しかしなんとか経験によりかわした。
ブリギッテはスヴェトラーナの胸に魅入っており、剣に身が入らない。ブリギッテはへなちょこな剣を振りかざす。ブリギッテのなかなか立派な胸も剣を振りかざすと同時に揺れ始める。しかし、ブリギッテは自分の胸に振り回されたりはしない。
「そんな攻撃当たりませんわよ!」
スヴェトラーナはブリギッテの剣を余裕でかわす。しかし、素速い動きとは裏腹、大きな二つの胸は遅れて付いてきて、さらに感性によってスヴェトラーナのバランスを崩させた。
ブリギッテはまたもやスヴェトラーナの胸の動きに魅入ってしまい、スヴェトラーナがバランスを崩している絶好のチャンスだというのに行動できない。
スヴェトラーナの胸はまだ揺れ続けているが、スヴェトラーナはなんとかバランスを立て直し、ブリギッテに突きを放つ。ブリギッテはいまだにスヴェトラーナの胸に魅入っており動きが鈍いが、やはり経験にものを言わせ、半ば無意識に突きをよけた。急激な動きにより、ブリギッテの胸はまた揺れているが、スヴェトラーナのようにバランスを崩したりはしない。
激しい攻防を繰り広げる二組の女子。十人の男子のうち、七人はスヴェトラーナとブリギッテの戦いに魅入っている。
残りの三人は歴戦の兵士のようなユリアナとマレリナの戦いを観戦していた。その中にはヴィアチェスラフ王子の姿もあった。
「すごい…。これだけ優秀なのに…」
教師は手を止めている男子たちを叱ることもせず、一緒になってユリアナとマレリナの戦いを見ていた。スヴェトラーナとブリギッテの戦いを見たいと思う欲を抑えながら。
ユリアナはマレリナとの戦いを繰り広げながら、あるものが視界に写ってしまった。スヴェトラーナの胸だ。たっぷんたっぷんという洗脳の低周波が聞こえそうなその揺れは、ユリアナの思考を完全に奪った。
ガツンっ!
「いったああああああ!」
マレリナの振り下ろした剣はユリアナの脳天に命中。
「ちょっ、ユリアナ…。よそ見してるから…」
「隙あり!」
ユリアナの頭を叩いた音が響き渡り、ブリギッテは一瞬の隙を作った。いや、今までも隙だらけであったが。
そこにスヴェトラーナが大きく両手で剣を振り上げる。上下に大きく揺れる胸。ブリギッテは意識はとどめを刺され、思考を奪われた。
ガツンっ!
「いだあああああっ!」
ユリアナが叩かれてからほんの数秒。ブリギッテも脳天を叩かれたのであった。
ぽかーんと見ている男子一同と教師。
マレリナはベンチからハープを取ってきて、
ぽんぽん……、ぽんぽん……♪
ユリアナの頭を治療した。
「あ、ありがと…」
「バカ…。っと、もう一つすごい音が鳴ったような…」
マレリナは頭を抱えているブリギッテを発見。急いで向かって、
ぽんぽん……、ぽんぽん……♪
ブリギッテの頭を治療した。
「あっ、痛くない!マレリーナ、ありがとう!」
「どういたしまして」
「すごい!これなら思い切ってやれるね!」
「痛いのには変わらないからほどほどにね」
「はーい」
男子からは「あの子…、戦った相手を癒してくれるなんて聖女だな」などという声がひそひそ上がっていた。
「じゃあ、ユリアーナ、一緒にやろー」
「えっ、うん」
「それではマレリーナ様、わたくしとお付き合いくださいませ」
「はい」
「お、おい、サボってないでキミらもやりなさい」
「「「「「はっ、はい!」」」」」
教師の一喝で男子も打ち合いだした。
その後の戦いでは、ユリアナとブリギッテは両方ともスヴェトラーナをよそ見をして間抜けな戦いを繰り広げ、最後はユリアーナがブリギッテの揺れる胸に洗脳され撃沈。
一方で、マレリナは公爵令嬢のスヴェトラーナを叩くのが恐れ多く、なかなか全力を出し切れないでいた。スヴェトラーナの洗脳攻撃はマレリナには効かず、スヴェトラーナが自らの胸の揺れでバランスを崩したところに、マレリナがスヴェトラーナの顔の前に寸止めを突きつけ、試合終了。
「さすが私のマレリーナだわっ!」
授業が終わると観客席からアナスタシアがゆっくり降りてきてマレリナを賞賛した。
王子の取り巻き係も王子を取り巻くために降りてきていた。
剣術の授業ではマレリナ最強伝説が生まれ、さらに傷ついた対戦相手を癒す聖女としても認知されるようになった。
夏のある日、学園から紙の使用許可を得られた。
たまにハープの手本を見せたりしたけど、みんな楽譜を読めるようになったので、自主練できるようになっている。だから一、二ヶ月に一度、楽譜を描いて渡すくらいならやってあげていた。
楽譜以外では私が教材を用意していなくて、私が渡した教材を何度も読み返したりしている子が多かった。
そこに、学園からの紙の支給だ。なので新しく座学の教材を作ることになった。そのためには実力テストからだ。最近面倒を見ていなかったので、みんなの実力が分からない。
私としては、なんで教材を作らされているのかまったく分からない。私の時間を返せ!私はアニソン歌手になるために、楽器を作っているのだ!
まあ、そんなこんなで補講を再開したのだ。しばらくやってなかったから、みんなダメになってた…。もしこのまま試験を受けたら、側室脱落するだろう。そんなことになって、また私たちに目を付けられても困るので、強化メニューを考えた。
脱落した子たちにも再挑戦してもらいたいから、重点的に強化している。だけど、マリアちゃんをこのまま強化していいものか迷っている。
魔法実習の授業では、基本六属性では攻撃魔法をやり始めた。例年と比べると、かなり早いペースらしい。それもそうだろう。私が楽譜を渡したおかげで、みんな一フレーズに三ヶ月かかるところ、一、二ヶ月で済んでいるのだから。
攻撃魔法は、火の玉、雷撃、土つぶて、氷つぶて、かまいたちの五種類。やはり、火と雷が戦闘の花形だ。氷つぶては水生成、冷却、発射とメロディが長く、消費魔力も大きいから使い勝手が悪いらしい。
あ、木魔法に攻撃魔法はないそうだ。でも、「植物を操る」を試した限りでは、木のお化けに戦わせたり、木の根や草の蔓を巻き付かせたりして、けっこう使えそうなのだけど?
まあ、木魔法使いは農業に欠かせず、戦闘にかり出されたら困るので、黙っておこう。
そして、攻撃魔法の練習で一人だけヤバい魔法をぶっ放しているスヴェトラーナ。
ぽんぽん……、ぽんぽん……、ぽんぽん……、ぽんぽん……、……、……♪
アレは炎の竜巻みたいな魔法だ。大きな炎が渦を巻いて相手を巻き込む、みたいな意味の長いメロディだ。
ごおおおおお!
おお、ちゃんと使いこなしている。
「「「「「ぎゃああああ」」」」」
逃げ惑う人々。
スヴェトラーナには、タチアーナお母様から教わった魔法の楽譜をすべて渡してある。どういう順でやろうと勝手だが、けっこう後ろにある長い曲を、よく覚えたね!
「スヴェトラーナ様、それは六年生で習う魔法です…」
「公爵令嬢たるもの、これくらいできて当然ですわ!おーほっほっ!」
悪役令嬢風の高笑い!だけど、ドヤって胸を張ったときに胸がたぷたぷと振動を始め、そのまましばらく揺れ続けた。私はずっと揺れる胸に釘付けだ。
やはりあの胸からは魔法が発せられているのでは。胸の振動は三、四ヘルツくらいだけど、魔法の音楽にオクターブが関係ないということは、もしかしたら人間の可聴域でなくても、空気を振動させさえすればいいのかもしれない。そして、あの胸の振動は私の目を釘付けにする心魔法を放っているに違いない!
そして、待望の木琴とリコーダーが仕上がった。それぞれ二つずつだ。
私は試用して問題ないことを告げた。木琴二つの代金として金貨十六枚をハープ製作技師に、リコーダー二つの代金として金貨十六枚を木工屋に支払った。
「お姉様、マレリーナ、プレゼントです」
「まあ!」
「わーっ!」
二人に木琴とリコーダーを渡した。
「軽いわ!」
「待って、地下道に行きましょう」
「そうね」
「また怒られちゃうしね」
私は楽器を持ち、マレリナはアナスタシアをおぶった。灯りの魔法をかけ、地下道への階段を降りた。
そして、二人に木琴とリコーダーを渡した。
木琴は置かなければ使えないので、土魔法で床の土を机にした。机に上には水を入れるためのシンクも作った。
ぴーひょろろ。
アナスタシアはリコーダーが気になっていたらしい。
「お姉様、これがソの音です。ここから一つずつ指を離していって…」
ひょろろろ~♪(ソラシド)
ばしゃっ。
「きゃっ」
「お姉様、水はシンクへ」
「ええ、ごめんなさい…」
「ユリアナ、ミ・フラットはどうすればいいの?」
「それはね……」
マレリナもリコーダーか。
学校の授業でリコーダーで黒鍵の音なんて吹いたことなかったので、指を探すのには苦労した。変ホ長調はとても複雑だ。
本当は、トランペットのように長さを変えて調を変えられるようなリコーダーを作りたかったのだけど、それは木工ではムリだと思い断念。
「難しいね…これ…」
「ごめんね。でもね、私はこれを魔法のために作ったんじゃないんだ。これを見て」
「長い楽譜…」
「私にも見せてぇ」
これは童謡の楽譜だ。花が咲いて綺麗だという歌だ。
マレリナとアナスタシアは楽譜を見て音を鳴らし始める。
「あ、これって、前に声とピアノで聴かせてくれたやつ?」
「正解!」
すごい!マレリナが楽譜の音を鳴らして、私が一回しか聴かせたことのない曲だと言い当てた!マレリナの音楽的センスがだいぶ育ってる!
「私ね、みんなにこれを弾いてもらって、そして私はね…歌いたいの」
「うたう?声を…演奏する?」
「そう。声を奏でるで歌う」
この世界に歌うという言葉はない。ずっと考えていた。「声」と「奏でる」をつなげたような造語を作ってみた。
この世界の「演奏する」は英語の「play」のような万能な動詞ではなく、演奏するとか奏でる以外の意味を持っていない。その上で声を表す「vo」と「play」をつなげて「voplay」のようにした。文字も綴りもまったく違うけど、だいたいそういうイメージの言葉を作った。
「ユリアナは声で音楽を鳴らすのが好きだもんね」
「うん。私、歌うことを仕事にしたいの」
「ユリアナが突然そんなことを言い出したから、私たち村を出ることになったんだもんね」
「えっ、まあそうだね…ごめん…」
「いいの。私がユリアナと離れたくないと思ったからね。そのおかげで、お姉様の命を救うこともできたようなものだし」
「うふふ。ユリアーナがその、歌いたいと思ってくれたおかげで、私は助かったのね。それなら全力で応援しないとね」
「お姉様…。ありがとう…」
「私はこの行をやればいいのかしら」
「ええ」
「今まで見てきた魔法の音楽の何倍もあるわ。この音楽がユリアナの頭の中に全部入っているの?」
「そうよ」
「あいかわらずユリアナの頭の中は想像できないわ。でも私、ユリアナの夢のためにがんばるわね」
「ありがとう…、お姉様…」
「もちろん私もがんばるよ。私はこっちだね。えーっと…」
二人は魔法の授業の練習もあるというのに、ハープの練習の半分くらいの時間を私の童謡の練習に割いてくれるようになった。
木琴とリコーダーを作ったのに、二人ともリコーダーを気に入ってしまったので、リコーダーが二パートだ。私はおもちゃのピアノで行こうと思う。だけど、高い音ばかりで声の音域と被ってしまうなぁ。
高い音ばかりの音楽を想像して思い出した。生前やっていたゲームのことを。ゲームの中でMML(Music Macro Language)という形式の文字列を入力すると、ゲーム内の楽器で音楽を鳴らすことができるのだ。ノートパソコンでプレイしていたため、低音がほとんど鳴らなかったので、伴奏のパートも高めの音で鳴らすしかなかったのだ。
ああ、思い出したら演奏会をしたくなってきた。いや、思い出す前からマレリナたちに演奏してもらって、私は歌いたいのだ!
とりあえず高音しか鳴らないのでは困るので、ピアノ、というかハープの弦を見直すことに。弦は細い魔物の毛を五本よじって一本としたものになっているようだ。これを、もっとたくさんよじって重くすれば音が低くなる。太くなっても弾くのはピックだから、引きにくいということはないだろうけど、あまりに太いとピックでちゃんと弾けるのだろうか。
というわけで、念のためハープ製作技師のところに赴き、弦を二本束ねてよじって、音の高さと、ちゃんとピックで弾けるかどうかを確認した。そして、新しいピアノの製作を依頼した。横長になると邪魔なので鍵盤を三段重ねにした。ただし、大人用ハープよりも二オクターブ低い音域から、子供用ハープの音域までをカバーする。
薫はピアノ以外の楽器には詳しくないが、低い方はコントラバスの弦を弾いた音と似ているだろうか。でもかなり強く弾かないと低音は響かない。あまり長くしたくなかったので、めちゃくちゃ太くしてしまったからだ。筋力強化を使ってもいいけど、あまり強く弾くと筐体が壊れそうだ。
そこで、風魔法の拡声を使うことにした。拡声はセルーゲイお父様に教わった魔法に含まれていた。拡声の魔方陣を描いた風の魔石をはめ込み、魔方陣の中心に触れると、側でなっている弦の音を大きくしてくれる。まるでエレキハープ!いやピアノ型にしたから、普通にキーボードでいいか。
図書館で見た魔方陣には、距離や状況を細かく指定するメロディがたくさんあった。ハープで鳴った音だけ限定したりすることで、魔石の魔力消費を抑えられる。
そんなこんなで、魔道具の機能を組み込むための新しい楽器をハープ製作技師に注文した。
それから、魔方陣をうまく描くためのコンパスと分度器を、細工師に注文した。それと、筆をコンパスと組み合わせても半径を一定にするのは難しそうなので、フェルトペンのようなものも注文した。
魔方陣の同心円は、等間隔になってさえいれば、どのようなスケールでもよい。また、音符に相当する線も、等角度に配置すれば、どのような角度でもよい。長い曲は角度を詰めればかなり入る。だけど、詰めれば詰めるほど角度ずれ誤差が相対的に大きくなるので、その分魔法の効率が落ちるようだ。
文具は七セット注文した。私たち三姉妹と、スヴェトラーナ、セラフィーマ、ブリギッテ、そして、マリアちゃん…。
なんで私はマリアちゃんにこだわってるんだろう。ピンク髪の可愛いヒロインっぽいってだけで、悪い魔法で王位簒奪を狙っていそうなのに、なぜか助けてあげたくなる。
「ユリアナ、何やってるの?服の補修?」
「むふふ、できた!」
古着屋でスカートを買ってきて、真ん中に切れ目を入れてズボンのように縫い合わせた。キュロットの完成!
「はいてみて!」
「うん」
マレリナと同時に自分も着替えた。
「これ、なんに使うの?」
「剣術も授業でズボンの代わりにね」
「たしかに、これなら蒸れないし、見えなくていいね!」
「でしょう」
今まで盗賊狩りはスカートでしていたけど、盗賊さんにハイキックかましたりするのはサービスだったのかな。私は一発で伸してしまうけど、マレリナは何発も入れるし。
ドロワーズというのは下着というよりハーフパンツに近い。ノーパン原始人だった私としても、男だった薫としても、ドロワーズ一枚はいていれば恥ずかしくないのだけど、世間がそれを許さなそうなので。
というわけで、次の剣術の授業。
私はスヴェトラーナを視界に入れないようにしながら、マレリナと打ち合い。ひらひらと華麗に舞う二人の少女に男どもは釘付け。見世物じゃないよ!
そして、もう一人目を奪われているのはスヴェトラーナとブリギッテ。
私たちが剣の打ち合いを終えると、
「お二人とも素敵ですわ…」
「可愛い…」
「うふふ、良いでしょう」
「わたくしも仕立てますわ!」
「私はそんなの作れないなぁ。でもこのドロワーズってやつ、蒸れて気持ち悪いんだよね…」
ブリギッテはわざわざズボンを少し降ろしてドロワーズをチラ見せした。恥じらいのないTS転生者の嗜みを、この子、やっちゃったよ。ああでも、エルフって私の村より南に住んでいるし、もしかしたらノーパン原始人?私と同じでドロワーズ一つはいていれば防御力十分だと思ってる系?
そんな他愛のない女子のやりとりをしていると、
「ユリアーナ嬢、手合わせ願う」
ヴィアチェスラフ王子が私に…。私、男がスヴェトラーナにでれーっとしながら身の入らない打ち合いをしてるのは知ってるけど、誰がどんくらい強いとか知らないよ。まったく興味ないし。
「お手柔らかに…」
っていうか、女と男で打ち合うのは初めてなのでは…。私、王子に痛めつけられちゃうんだ…。なーんて、筋力強化を使わなくても、大人の男、一人や二人くらいなら相手できるよ。捕まらなければね。だから十一歳のがきんちょなんて怖くないよ。
まあ、私はともかく、スヴェトラーナを前にしたら男は誰も戦えないだろうね。女性の塊のようなスヴェトラーナを殴るなんてとんでもない。
私とマレリナ、ブリギッテは元野生児だし、王子は叩いてもいいと思っているのだろうか。ああ、側室にならないのだから、傷つけてもいいってことかな。まあなんでもいいや。
剣を構える私と王子。
王子が切り込む。私はそれを難なくかわした。
私は様子見して王子に何度か攻撃させる。剣の扱いには慣れているけどフェイントのようなものが来ない。綺麗な剣というやつかな。これで実践に使えるのだろうか。
「かかってこい!」
そんなにお望みなら!
私は王子の顔のすぐ横すれすれに素早い突きを放つ。
「うわっ」
王子は遅れて顔を大きく逸らした。大丈夫、大事な顔に傷を付けたりはしないよ。
王子は避ける動作が大きくてバランスを崩し気味。次の攻撃に移れない。
私は続けて王子の肩すれすれに突きを放つ。王子はまた遅れて身をそらした。
そんな風に当たらない攻撃を何度かしていると、王子の動きが鈍くなってきた。疲れてきたようだ。最初から外している私の攻撃に、あとから避けるほどの体力もなくなってきたようだ。
もうろうとしてきたようなので、顔の前で切っ先を寸止めしてやった。
「はっ……。参った…」
完全に敗北した王子はよろよろと男子の集団に戻っていった。
そこにマレリナが走っていって、ぽんぽん…♪と疲労回復を奏でた。
「すまない…」
「いいえ」
マレリナ、マジ聖女。ダメだよ、王子や男子からの株が爆上がりじゃんか。
そして、私は王子の心を滅多打ちにした悪者だ。むふふ。
そして、次の剣術の授業で…、
「ユリアーナ様…、どうかしら」
「すごく…良いです…」
キュロット姿のスヴェトラーナに、私はたじたじ。ずっと見ていたかったのに、それを邪魔する者が…。
「ユリアーナ嬢!また頼む!」
「えっ…」
こいつはマゾなのだろうか。ボインちゃんでもロリっ子でもなく、私のように容赦なく痛めつけてくれる女がツボなのか?マジ勘弁…。
その後の授業も王子との打ち合いは続いた。だんだんと王子に笑みが浮かんできた。まるで、私と王子が仲のいいライバルみたい…。イヤだそんなの!そういうのはスヴェトラーナとやりたい!私がスヴェトラーナに痛めつけられたい!
そして、ヘトヘトの王子にマレリナが疲労回復を奏でて、マレリナの聖女伝説は加速するのであった。
夏も真っ盛り。もうすぐ試験のはずだ。
「ねえ、ユリアーナ…様…」
寮の食堂で夕食を食べていたら、なんとマリアちゃんから声をかけられた。
「ごきげんよう。どうしました?」
マリアちゃんは一応お嬢様の仮面をかぶっているようなので、私もお嬢様の仮面で対応する。
「わ、私…、ヴィアチェスラフの正室になりたいの…。お願い、私にもっと勉強を教えて」
マリアちゃんは座学が全般的にダメなので、補講の内容は一つ一つクリアしていくようなカリキュラムにしてある。でも、本当にダメな科目が多すぎて、まだ全体の三割しかクリアしていない。
「条件があります。(明日放課後お話をしましょう)」
「(え、ええ)」
今話そうと思ったんだけど、マリアちゃんのメイドがギロリと睨んできたので、マリアちゃんに耳打ちして、メイドの目の届かないところで話すことにした。
そして、翌日の放課後。皆に自習を言いつけて、私とマリアちゃんは誰もいない他の部屋へ。
「条件ってなにさ」
私と二人っきりだからか、マリアちゃんはお嬢様の仮面が剥がれていた。じゃあ、私もそれでいいや。
「ジェルミーニ男爵家に代々伝わる、心の癒やしの魔法というのを、王子に使わないで」
「えっ…。王子とのお話を聞いてたの?盗み聞きするなんて…」
「私のことはいいから。心の癒やしの魔法を使わないって約束するなら、もっと重点的に勉強を見るよ」
「なんでそんなのが条件なのさ」
「マリアちゃんは何を思ってその魔法を使ってるの?」
「それは…。あなたあの魔法を知ってるんだね!自分の使えない属性の魔法の曲も全部覚えてるくらいだもんね!」
「じゃあ、自分がやっていることがどういうことか分かってるってことだね。もうやめようよ…」
「やめられないよ…。私だってやめたい…。だけど……。うぅ…うぅ…」
マリアちゃんは涙を流した。
「話してよ…」
「私…。弟がいるんだ…………」
マリアちゃんは重い口を開いてくれた。
ジェルミーニ男爵はこれまたピンク髪の心魔法使い。禁術と呼ばれるような魔法を知っている危険人物。ジェルミーニ男爵は、領地に生まれた心魔法使いのマリアちゃんに目を付け、心魔法を使って両親からマリアちゃんと弟くんを奪った。そしてマリアちゃんの弟くんは、ジェルミーニ男爵に魔法をかけられて、深い眠りについている。
そのあとはだいたい私の予想したとおり。禁術をマリアちゃんに教えて、王子を洗脳し、正室の座を得る。そして、ジェルミーニ男爵が王政に入り込めるようにマリアちゃんに口添えしてもらう。
話すうちに日が暮れてきた。
「それじゃ、行こっか」
「えっ、どこに?」
「ふんふん……♪」(筋力強化)
「えっ?なに?うわっ」
マリアちゃんをお姫様抱っこして、
「ふんふん……、ふんふん……♪」(飛行、短距離瞬間移動)
「ぎゃああああ」
窓の外に見える夕焼けへ瞬間移動。
「ふんふん……♪」
そのままジェルミーニ男爵領に向かって瞬間移動を繰り返した。
この世界の地図はいい加減なのだけど、男爵領までは王都から東に二〇〇キロくらいだろうか。飛行速度は時速三〇キロしかでないけど、瞬間移動では一度に一キロくらい進める。二〇〇回も繰り返せばジェルミーニ男爵領が見えてきた。
「男爵の屋敷はあれかな?あれれ?」
マリアちゃんは失神していた。
辺りは真っ暗。ロウソクやたいまつなどを夜通し使っていては、平民はすぐに破産する。それは男爵家でもあまり変わらない。でも一つだけ二階の窓から小さな灯りが漏れている。この世界の窓は木の蓋なので、灯りが漏れているというのは窓にガタが来ているということだろうか。
瞬間移動でその窓の側まで移動。マリアちゃんを抱えたままこっそり窓の隙間を覗くと、暗くてよく分からないが、ピンク髪のダンディがベッドに入るところだった。
もう一度瞬間移動で上空に移動。
「マリアちゃん、起きて。ふんふん…♪」
「いたっ」
頬を触ってパチッと静電気レベルのスタンガン。
「ここ、ジェルミーニ男爵家で間違いないよね?」
「へっ?何言ってんの?っていうか降ろしてよ」
「暴れると落ちるよ」
「へっ?ぎゃああああ」
お姫様抱っこされていたマリアちゃんは、降りようとして暴れた。
そして、下を見て悲鳴を上げた。
「ねえ落ち着いて。弟くんを助けるよ」
「えっ…」
「あの屋敷にピンク髪のダンディが寝てるんだけど、ジェルミーニ男爵だよね?」
「えっ…たぶん…。なんで屋敷の上にいるの…」
「それは後。じゃあ、ジェルミーニ男爵に心の癒やしの魔法をかけてあげなよ」
マリアちゃんはハープを背負っている。
「私…、ハープを持ってる…。男爵は気が付いてない…」
魅了と洗脳の魔法を教えるということは諸刃の剣だ。とうぜん、自分にその牙が向くことを想定しているだろう。男爵家にいるときはハープなんて普段持たせてもらえないだろうし、学園に付いてきているメイドも監視なのだろう。
だから、ハープを持っていて男爵が気が付いていないという状況は絶好のチャンスだ。マリアちゃんだって、何度もその機会をうかがったに違いない。
「今から男爵の部屋まで行くよ。窓の隙間から見える男爵を癒してあげれば、弟くんの魔法を解いてくれるんじゃないかな?」
「それって…」
男爵を魅了と洗脳で懐柔して、弟くんにかかった魔法を解かせるんだ!
ぽんぽん……♪
マリアちゃんは窓の隙間を覗いて、嬰ト短調のメロディを弾き始めた。ハープだとなんてことはないけど、ピアノだとすべての黒鍵を使う変態な調だ。
「ふんふん……♪」
私もマリアちゃんのハープに合わせて、洗脳と魅了の部分だけを口ずさんだ。他の部分は効果がよく分からず、あんまやり過ぎるとバカになってしまうのだ。盗賊で実験してて分かったことだ。
マリアちゃんは弟くんの魔法を解いてと命令していることだろう。私はとりあえず、私の命令に従えと命令しておく。口答の命令に従うようになる魔法とは別だ。効くのかは分からない。
男爵はベッドに入って間もないため、まだ深い眠りには入っていなかったようだ。暗くてよく分からないが、むくっと起きて、ロウソクに明かりを付けた。そして、ハープとロウソクを持って、部屋を出た。
「弟くんの部屋かな?」
「たぶん。あっち」
マリアちゃんは弟くんの部屋を指さした。私はマリアちゃんを抱いたままそちらへ飛んだ。
「いた…」
弟くんはベッドに伏せていた。
男爵は弟くんのそばで、洗脳の魔法を奏でている。それで治るのかな?
演奏を終えると、弟くんがピクッと動いた。
「今なら魅了と洗脳が効いてるし、乗り込んでみよっか」
「えっ、ちょ、ちょっと」
私は窓を開けて、部屋に入り込んだ。
「ジェルミーニ男爵、説明しなさい。その魔法で眠りから覚めるのですか?」
「私はこの者に永遠に眠れと命じた。だから、起きろと命じれば目が覚める」
洗脳には二種類あって、イメージで命令を伝える魔法と、声の命令を聞くようになる魔法がある。そして、マリアちゃんの心の癒やしには、その両方が入っている。
「ねえ、なんであなたの言うことも聞くの?」
「むふふ」
「まあいいや。男爵様、エルミロを目覚めさせて」
「もう目覚めた。しかし、水はときどき与えていたが、一ヶ月食料を与えていない。もうじき死ぬだろう」
ここにも欠食児童いたよ…。エルミロっていうんだね。
エルミロは七歳くらいだろうか。エルミロの髪は灰色だ。マリアちゃんは突然変異なんだね。
私はいまさらながらハープを取りだし、ぽんぽん…といろいろな魔法を奏でた。
命魔法の癒し。心魔法の安眠。心魔法の命令「生きなさい」。聖魔法の安眠できるような出来事が起こる。聖魔法の祝福。おなかいっぱいになる出来事が起こる。病気や怪我が治る出来事が起こる。健康祈願。厄除けを奏でた。
「何それ。治療の魔法?」
「うん」
「なんか心魔法が入ってたような…」
「気のせい気のせい」
エルミロは目を覚ました。だけど、息も絶え絶えだ…。
ぽんぽん……♪(異次元収納)
異次元収納からパンを取りだした。非常食だ。毎日交換してるよ。
「えっ、どこから…」
「食べて」
パンをエルミロの口に当てると、大きく口を開いてかぶりついた。よかった。まだ気力が残ってた。それか「生きなさい」って命令が効いてるのかもしれない。
おなかがいっぱいになる出来事が起こる魔法をかけておいて、自分でパンを与えるなんてあいかわらず私の祝福はマッチポンプだ。
「お…ね…え…ちゃん」
パンを食べ終わったエルミロは、我に返って回りを見回した。そして、マリアちゃんのことを見てそう言った。
「エルミロっ!」
マリアちゃんはエルミロを抱きしめた。感動の再会だね。
「男爵、魔力を込めずに心魔法のすべてを演奏しなさい。そして、その効果について説明しなさい」
「わかった…」
ぽんぽん……。
禁断の心魔法、三つだけどゲット!
恐ろしいものばかりだ。当然、短調だ。
まず二つは記憶の消去と改ざん。これは、マリアちゃんが弾いた心の癒やしに入っていたものだけど、私は解析できていなかった。その結果、実験した盗賊の記憶を消したり、よく分からない記憶を植え付けたりして、壊してしまっていたようだ。
それから相手の同意なく記憶を読み取る。まあこれがないと記憶の操作をしづらいな。
そういうわけで男爵の記憶に、男爵が魔法をかけた者を聴いてみた。
記憶操作、魅了と洗脳をかけられたのはジェルミーニ男爵家の使用人全員。それから、反抗的な領民の記憶を操作して、悪感情をいだく原因となっている記憶を消し去ったりしたようだ。
とんでもない悪党だ。
ゲットしたのは禁呪だけじゃない。授業で習いそうなのもあった。やったね!
「ねえ、マリアちゃん、今なら男爵の記憶を弄り放題だけど、どうする?お母さんがいるんでしょ?帰りたいよね?」
「そうだね…。でも、私はこの領の領民だから、逃げるならお母さんとエルミロとどこか遠くに逃げないといけないよね。それにね、私、あなたの仲間に加えてもらいたいの。あなたたち、いつも楽しそうなんだもん…」
「じゃあさ、男爵には良い人になってもらおうよ。男爵の悪巧みの記憶を消し去って、マリアちゃんに学費を援助してくれるだけにしよう。そして、学園を卒業したら、家に返してもらうようにすればいいんじゃない?」
「そ、そうする!」
そういうわけで、マリアちゃんが心の癒やしを奏でるのに合わせてこっそり鼻歌を歌って、男爵の記憶を弄ることに。こっそりっていっても、マリアちゃんのハープは八分の三半音下がっているので、それに合わせると私の魔法の威力も落ちてしまう。あとでかけ直そっと…。
マリアちゃんは心を読む魔法を教えてもらっていないようで、男爵から言われたことを元に記憶を消しているだけだから、穴だらけだ。記憶の操作は心を読む魔法とセットで使わないとダメだな。私はマリアちゃんが中途半端に記憶を消していく側から、残っている記憶を消していった。まるで、パソコンのフォルダの整理を二人でやっているようだ。
男爵の記憶から、禁呪自体と、今まで禁呪を使った悪事、禁術の存在などを消去。その中には、禁呪を使って王位簒奪を目論むことも含まれる。
王位簒奪のことを忘れてしまったので、なんでマリアちゃんを養子にしたのか忘れている。とりあえず、魔力を持つ領民を引き取って学園で学ばせるのは貴族の慣例に則っただけ。卒業後は家に戻れるようにするつもりという記憶を植え付けた。それから、マリアちゃんの言うことを何でも聞くようにしておこうかな。マリアちゃんのことを本当の娘のように可愛がっており、可愛い娘のためなら何でもやってくれる記憶を植え付けておこう。
あれ?家に戻っていいんだっけ?それができるなら、私もセルーゲイお父様を洗脳して、村に戻れるのでは…。いや、洗脳なんてしなくても、話せば戻してくれるような…。まあ、それはあとで考えよう。
一方で、エルミロを屋敷に監禁していたことも忘れさせたので、エルミロ自体のことも忘れさせた。
あと、最後には私のことも忘れさせよう。
真面目にやると記憶操作にはかなり時間がかかる。その代わり、矛盾や思い出すきっかけがないかぎりは、洗脳と違って永続するようだ。
あとは、洗脳でこれから全うに領主の勤めを果たすように命令した。洗脳は長く続かないけど。
最後にベッドに帰って寝ろと命じて終了。
マリアちゃんには何回か祝福をかけたと思うけど、やっぱり私が実行するマッチポンプになってしまった。
「じゃあ帰ろっか」
「エルミロを連れて帰るの?寮にはメイドがいるんだよ?」
「メイドも、不意打ちして心を癒しちゃえば?」
「そ、それがいいね。あなたけっこうワル?」
「だって、メイドも男爵に操られてるんだよ」
「そっか、そうだよね」
ぽんぽん……♪
「ねえ、それは何の魔法?」
「むふふ」
「何これ…。魔法の授業で空間属性グループが出してたやつじゃん…」
これは空間魔法のワープゲートだ。寮の私の部屋までのゲートを作った。
ゲートの先にはまだ明かりが付いていた。マレリナたちが起きているのだろう。
さすがに二〇〇キロの距離をゲートで繋ぐのは、私の魔力でもギリギリらしい。ぞっと疲労感が沸いてきた。
祝福以外で初めて気絶できそうな魔法だ。これ以上大技は使えないな。
短距離瞬間移動は見えるところにしか移動できないけど、ワープゲートは記憶にあるところになら開くことができる。ものを移動させるんじゃなくて、離れたところを一瞬で行き来できるゲートを作成する魔法だ。
もちろんアナスタシアはまだ数メートル離れたところに数センチの大きさのワープゲートを作成する程度の魔力しかない。
「入って入って」
「えええ?あわわ」
私はマリアちゃんをゲートに押し込んだ。
「あれ?マリアちゃん?」
ゲートの向こうでマレリナの声がする。
エルミロは衰弱していて歩けないようなので、私がお姫様抱っこしてゲートをくぐった。動けない子をおんぶするのは面倒なのだ。
「ユリアナ、どこ行ってたのさ…」
「ジェルミーニ男爵領」
「へー…」
マレリナはあきれてしまって、追求する気も起きないという感じだ。
「ねえ、それってワープゲートの魔法でしょ?私、まだ覚えてないのにぃ。ユリアーナは楽譜を描けるくらいだからもう覚えてるのよね」
アナスタシアが膨れている。可愛い。
「ちょっとこの子をベッドに寝かせるね」
「ええ。大丈夫かしら?」
「たぶん」
マレリナはエルミロの衰弱っぷりに気がついて、治療の魔法を奏でた。マレリナは聖女なので勝手に身体が動くのだ。
私は部屋の扉を少し開けて、寮の廊下を見回す。すると、薄暗い中、マリアちゃんの部屋の前で行ったり来たりしている、マリアちゃんのメイドがいた。
「(マリアちゃん、メイドの心を癒してあげなよ)」
「(分かった)」
小声でマリアちゃんを促した。
メイドは洗脳の不意打ちを食らわないように、いつも扉の前で待機しているという。マリアちゃんは部屋ではハープを取り上げられ、メイドを洗脳する機会がなかったようだ。
マリアちゃんはドアを少し開けて、ハープを奏でた。
ぽんぽん……♪
「ふんふん……♪」
私も小声で参戦。
メイドは、私の部屋のドアが少し開いていて、ハープが鳴っていることに気が付いたようだ。向かってくる。
心魔法はまだ演奏し終わらない。
「ふんふん……♪」
私は演奏をスタンガンに切り替えた。
メイドが扉を開けた。
「マリ……!」
バチッ。
メイドにスタンガンを喰らわせて気絶させた。
「わっ。今の何…」
「いいから、早く心を癒してあげなよ」
「わかった」
マリアちゃんは再びハープを弾く。私も鼻歌を口ずさむ。記憶を読む魔法も使って、マリアちゃんの記憶操作の穴埋めだ。マリアちゃんへの悪感情を消し去り、好意を植え付け、とても優しいメイドにしてあげよう。エルミロをこっそりかくまってくれるように洗脳もしておこう。
しばらくしてメイドが目を覚ました。
「マリア様…、はっ!マリア様どちらにおられたのですか!心配しましたよ!」
「あっ、はい、ごめんなさい…」
マリアちゃんは信じられないという顔をしている。きっと今までの態度と変わりすぎていて戸惑っているのだ。
そのあとはちょっと大変だった。メイドからマリアちゃんの捜索依頼が学園に出されていたのだ。
学園の校舎には護衛もメイドも入れない。王子だって護衛を連れていないのだから。安全対策がしっかりなされているようだ。それなのに、生徒が失踪したとなれば学園の責任になる。
まあ、いいわけはマリアちゃんに考えてもらい、私はエルミロをマリアちゃんの部屋のベッドに移して、就寝した。
翌朝、マリアちゃんはもじもじしながら朝食の席に参加してきた。
「あの…、昨日はありがと…」
「よかったね!エルミロの調子は?」
「まだ自分では起き上がれないみたい」
「じゃあ、朝食の後、パンを持って治療をかけに行くね」
マレリナは病気の子を放っておけない聖女なのだ。
「ありがと…」
その後しばらく、マレリナは朝食と夕食のあとに、エルミロにパンを持って治療に通った。
そして、試験の日がやってきた。マリアちゃんは一般知識がてんでダメだけど、魔法の座学はなんとかなってきたから、次はドラフト指名来るだろうか?でももう来なくていいよね?
試験には剣術もあった。教師との打ち合いだ。倒さなきゃいけないわけではない。教師相手に善戦すればいいのだ。教師はヴィアチェスラフ王子よりは強かった。私の突きにちゃんと反応して当たる前によけようとするし、攻撃もけっこう速かった。でもまあたいしたことなかった。余裕で勝ってしまったけど、教師が私の顔を立てたってことにしておいてあげた。
試験が終わると夏の長期休みだ。女子寮からエルミロが出るのを見られるわけにはいかないので、マリアちゃんが出発するのに合わせて、エルミロを短距離瞬間移動と飛行で学園の外に出した。
これでマリアちゃんはエルミロをジェルミーニ男爵領のお母さんの元につれて帰れる。その辺りのことは、味方になったメイドにも頼んである。
マリアちゃんも馬車をチャーターするようなので助かった。じゃないと、手紙を送って馬車が迎えに来るのを待たなければならない。
私たちももちろん馬車をチャーターした。
王都を抜けたところで、ワープゲートを使おうとしたけど、やはりマシャレッリ領までの二五〇キロには魔力が足りず、私は馬車の中で気を失った。
目覚めたときには夕方。まだ魔力が回復しきっていなかったので、その日はおとなしく寝た。
二日目もワープゲートを試みた。残りは二〇〇キロのはずだけど、やっぱり魔力が足りず気絶。
三日目も四日目も気絶。毎朝気絶している私はマレリナたちに呆れられた。
そして五日目。やっと成功!人間サイズのゲートで二〇〇キロを繋ぐことはできたけど、馬車サイズでは五〇キロが限度ってことだ。ゲートの面積的な問題?
ゲートをくぐるとき御者はびびっていた。むふふ。
というわけで、五日目の夕方に着くはずのところを、朝に着いてしまった。
「あらぁ?早かったわねぇ」
「ただいま、お母様」
「「ただいま戻りました」」
タチアーナお母様は驚いていた。朝の早い時間に着くには、隣の町をどれだけ早くに出る必要があるかを考えれば当然だ。
タチアーナには胸の球体が美しく育つ魔法をかけたのだ。そのおかげで、満足のいくドレスを作れたようだ。今日は新しいドレスで出迎えてくれた。
「よく戻ったな」
「お帰りなさい、アナスタシアお姉様、マレリーナお姉様、ユリアーナお姉様」
セルーゲイお父様とエッツィオくんに迎えられた。
エッツィオくんはもうしっかりしゃべるね。
「「「お帰りなさいませ」」」
ニコライとデニスとアンナが出迎えてくれた。
っていうか、使用人増やさないのかな。畑作業や土木工事の元貴族はけっこう雇ってるのに。
帰ってきたばかりでなんだけど、せっかくの朝なので、私は細工師と鍛冶屋の店に赴いた。いつもは呼びつけるけど、一刻も早く欲しかったので、出向いてしまった。貴族のやることではないといわれようが知らない。
というわけで、オルゴール十個、メロディカートリッジいろいろを入手。代金は金貨一〇〇枚。前金で八割支払ってあるので、残りの二〇枚を支払った。けっこうな出費だけど、喫茶店が儲かっているので金貨一〇〇枚くらい余裕なのだ。
オルゴールを作ったあとで習ったけど、決まった魔法を発動するだけなら魔道具の魔方陣でもいいんだな。魔方陣は誰でも使えるし。でも、魔方陣はイメージを込められないから、その点ではオルゴールに軍配が上がるか。
オルゴールを追加で十個、最近入手した新しい魔法のメロディカートリッジを追加注文して屋敷に帰った。
「お母様、これをさし上げます」
「これは何かしらぁ?」
「お父様にもこれをさし上げます」
「何だ?」
「付いてきてください」
タチアーナとセルーゲイを連れて、屋敷の敷地の裏の何もない所へ。
「こうやって巻いて…、カチッといったら、このボタンをですね」
私はオルゴールを二回分だけ巻いて、ボタンを押した。
ぴぴぴぴぴぴぴぴん……♪
ごおおおおおおおおおお。
オルゴールの音は、ハープのいちばん高い音よりも二オクターブ上の十二音が鳴るようになっている。とても高音だ。しかも、♩=960(一秒間に四分音符が十六個分)の速さで鳴るのだ。スマホの着信音みたいな感じだ。
そして、演奏されたのはファイヤストーム…、スヴェトラーナが攻撃魔法の実習でぶっ放してたやつだ。
もちろん、その間に炎の竜巻のイメージをする。
イメージどおりの炎の竜巻が現れた。
「「えっ…」」
タチアーナとセルーゲイは呆然としている。
「もいっちょ、ポチッと」
ぴぴぴぴぴぴぴぴん……♪
ごおおおおおおおおおお。
「巻いてみてください」
「え、ええ」
タチアーナにオルゴールを渡して、ぜんまいを巻かせた。
「そうしたら、ボタンを押してすぐ炎の竜巻をイメージしてください。放つ場所を間違えないでくださいね」
「もう、ユリアーナったら、バカにしないでよぉ」
「今度は焼き肉はありませんよ」
「まだ怒ってるのかしらぁ…」
「それではどうぞ」
「ええ。えいっ」
ぴぴぴぴぴぴぴぴん……♪
ごおおおおおおおおおお。
「わあっ!炎の竜巻をこんなに早く出せるのぉ?これぇ、すごくヤバいわぁ!」
炎の竜巻は演奏にけっこう時間がかかるので、とくに弦を見て弾いているこの世界の人間は無防備になるのだ。そのため、演奏中に守ってくれる兵士やハンターが必須なのだ。そもそも、タチアーナが強いのは魔法による攻撃力だけで、防御や回避の能力はあまりない。魔法攻撃を除けばただの美人の奥様だ。
使い方を説明したあと、タチアーナには火魔法のメロディカートリッジををひととおり渡した。カートリッジは外装に包まれていて、中がどうなっているのかぱっと見分からない。外装には魔法の名前が書いてある。
「わ、私のはどうなのだ?」
「お父様のは飛行です」
「なんと!」
ぴぴぴぴぴぴぴぴん……♪
ふわっ。
セルーゲイが浮き上がった。
「おおお!」
「五分たつ前に、演奏しなおしてくださいねー」
「ああ、わかったー」
空中のセルーゲイに注意する。さっきタチアーナに使い方を説明したときセルーゲイも聞いていたから大丈夫だろう。これで、セルーゲイは空を自由に舞う翼を手に入れたことになる。
セルーゲイには風魔法のメロディカートリッジをひととおり渡した。
マレリナとアナスタシアにもひととおりのメロディカートリッジを渡した。
アナスタシアの異次元収納は、まだ一リットルの体積で数時間しかもたない。それでも、貴重品を持ち運ぶ程度には使えるだろう。それがハープなしで一瞬で使えるとなれば、けっこう利便性は上がる。
マレリナ用のは以前渡した筋力強化に加えて、治療と疲労回復を渡しただけだ。命魔法はまだ身体の部位みたいな単語を一つ一つ作ったりはしていない。というか、そういう組み合わせ用の単語を作るのには別の仕組みが必要だ。
メロディの円柱をフレーズごとに分割して、別の単語と差し替えられるようにしよう。リズムが狂わないような精度が出せるだろうか。
あと、部位の単語は、転調すれば他の属性にも使える。転調システムが必要だ。いや、マルチキャストはあまりいないし、需要はないか。
ちなみにエッツィオくんのは用意していない。曲を覚える前からオルゴールで演奏できてしまうと、ハープを練習しなくなってしまうと思うのだ。
数日後。
「マレリーナ~、ユリアーナ~、ちょっと手伝って~」
「はい、お母様」
「はい。なんなりと」
マレリナは学園の剣術の授業で使った服を着ている。タチアーナもパンツルックだ。
マレリナと私はハープを背負い、タチアーナに言われるがままに馬車に乗った。
馬車にはすでにセルーゲイが乗っていた。タチアーナもセルーゲイもハープを背負っている。
なぜかデニスではなくニコライが御者をやっている。
そういえば、養子になってから家族で出かけるって初めてだ。いや、アナスタシアがいないじゃないか。え、アナスタシアだけ仲間はずれ?
「すまんな。領地の仕事を手伝わせてしまって」
「もちろん私も領地を守ります」
「いえ、私もマシャレッリ家の一員であるからには、当然の勤めです」
マレリナに合わせてなんか適当な返事をしてしまったけど、領地の仕事って何?マレリナは知ってるの?領地を守るって何?
馬車は領都を出て、農村のほうへ向かわず街道を少しそれて、停車した。
「ここから歩くか」
「ええ」
ニコライを先頭に、セルーゲイとタチアーナは森を進み始めた。マレリナもあとに付いていく。
何これ、ピクニック?
「ねえ、ユリアナ、そんな格好で大丈夫?」
「ええ?」
マレリナと話していると、どどどどどと、何やら大群の押し寄せる音が聞こえてきた。
「何か来ます…」
「ふむ。私にはまだ聞こえないが、そろそろ来てもおかしくないな」
そうだ、私は地獄耳だった。セルーゲイには聞こえていないらしいが、何が来るのだろう?
音はだんだん近くなり、それは大量の四足歩行の獣の足音だということが分かってきた。
「来るわね」
タチアーナは胸の谷間に指を入れて、オルゴールを取りだした。胸の谷間にものをしまうのは、ファンタジー女性の嗜みだ。私も早くできるようにならないと。そして、ぜんまいを最大まで巻いてあるか確認している。
セルーゲイもポケットからオルゴールを取りだした。同じくぜんまいを巻いている。
マレリナも同じだ。マレリナにはまだ谷間がないので、オルゴールをしまっていたのはポケットだけど。
そして、だんだんと四足歩行の獣の足音が近くなり、たくさんの魔物が押し寄せてきた。それぞれが全長三メートル以上、高さも二メートル以上だ。ゾウのようなサイズのサイのような魔物だ。
うーん…。お仕事って魔物退治か…。言ってくれればドレスなんかでは来なかったのに…。
これはろくに歩けもしないアナスタシアは参加できないピクニックだな…。
ぴぴぴぴぴぴぴぴん……♪
スマホの着信音のような高い音が高速で鳴った。
タチアーナがオルゴールで炎の竜巻を奏でたのだ。何頭ものサイを巻き上げて、そして焼き尽くしていく。
「あはは~」
あれ…。タチアーナって、火を見ると性格が変わる人?いつもこんな感じで大量の魔物を焼き払って楽しんでるのかな?
それいいとして、魔物と一緒に森の木も燃えちゃってるよ…。
ぴぴぴぴぴぴぴぴん……♪
今度はセルーゲイがオルゴールでかまいたちの竜巻を奏でた。何頭ものサイがまるでミキサーにでも入れられたようにみじん切りになっていく。おえええ…。セルーゲイもけっこうやるじゃん…。
そして、セルーゲイも森の木を切り倒しまくっている。
ぴぴぴぴぴぴぴぴん……♪
今度はマレリナの筋力強化だ。マレリナはタチアーナとセルーゲイを守るように前に出た。
ニコライは剣を鞘から抜いて構え、タチアーナとセルーゲイの前に出た。
ああ、タチアーナとセルーゲイは人間砲台なのか。それを守ればいいのかな。でも暇だし、私も遊ぼう。
「ふんふん……♪」
私も筋力強化を口ずさみ、二人の前に出た。
「ふんふん……♪」
私はちょっと長めのニ長調のメロディを口ずさんだ。これは、図書館で読んだ魔方陣の教科書に載っていた単語を組み合わせて作った、雷魔法の粒子レーザー砲である。長い波のたくさんの光の粒というメロディを並べて、ロボットアニメのレーザービームをイメージしたらできてしまったのである。魔方陣向けの修飾語がいっぱい手に入ったおかげだ。
私は人差し指から粒子レーザーを放ちながら、魔物の群れを横方向に薙ぎ払った。魔物たちは四本の脚すべてを失い、倒れ伏した。魔物がゴミのようだ。
私も木をいっぱい伐採してしまった…。
タチアーナとセルーゲイ、私の三人で何度か大量の魔物を殲滅していると、一頭だけ攻撃をかいくぐり急にスピードを上げ、突っ込んできた。
そこに、マレリナが魔物の腹に潜り込み、ハイキック。ニコライもその魔物切りつける。マレリナとニコライで攻撃を繰り返していたら、魔物は倒れた。
そして、魔物の群れが減ってきた。そろそろ終わりかと思ったら、今までとは桁違いの大きさのズシン、ズシンという足音、むしろ地鳴りが近づいてくる。地面も揺れ始めた。
木の高さを超える巨体が見えてきた。さっきまでの動物っぽい魔物ではない。まして、四足歩行でもない。八足歩行の…蜘蛛のような虫。巨大な虫…。キモー…。
「来たわぁ!」
なんでタチアーナは嬉しそうなの?
「久しぶりにでかいな…」
セルーゲイは喜んではいないが、ひるんでもいない。
「ひいい…」
ニコライはタチアーナとセルーゲイの前で剣を構えてはいるが、腰が引けている。
「……」
マレリナは冷静に蜘蛛の魔物を見つめている。
ぴぴぴぴぴぴぴぴん……♪
タチアーナが炎の竜巻を放った。効いているようだがそれだけでは蜘蛛は倒れない。
ぴぴぴぴぴぴぴぴん……♪
セルーゲイがかまいたちの竜巻を放った。
「くっ、斬れないか」
脚を切り落とそうとしたが、先ほどのサイと違って蜘蛛はかなり堅いようだ。なんせ、虫のような脚でも、サイの脚より太いのだから。
蜘蛛が口から白い塊を吐き出してきた。何人もを巻き込むような塊。蜘蛛の糸なのだろうか。タチアーナ、セルーゲイ、マレリナ、私はよけたが、ニコライがよけきれず絡め取られてしまった。ニコライは頭だけ出して団子のような状態だ。この大きさの蜘蛛の糸となると、糸というよりは巨大な粘着質のガムみたいなものだ。
どうやって助けようか。短距離瞬間移動は他人やものにも使えるけど、見えているものにしか使えない。だから、団子の中のニコライだけを取り出すことはできない。
考えている時間もあまりないので、ニコライを放っておいて、蜘蛛を倒そう。
「ふんふん……♪」
粒子レーザー砲をお見舞いした。また、放ち続けながら横方向に薙ぐ。
やった!通った!
八本の蜘蛛の脚を膝?あたりのところですべて切断した。ズドーンと大きな音を立てて蜘蛛の胴体が地面に落ちてきた。しかし、蜘蛛は膝から上の部分しかない脚で再び立ち、私に蜘蛛の糸を吐いてきた。
ぴぴぴぴぴぴぴぴん……♪
タチアーナの炎の竜巻に蜘蛛の糸は巻き込まれ焼失。本来長い演奏が必要な炎の竜巻を、防御に使うというのはあり得ない発想だ。それを瞬時のやってのけるとは、タチアーナも熟練の魔法使いなんだな。
足が短くなって胴体が低くなった蜘蛛の顔面に、マレリナは蹴りを入れた。蜘蛛は小さくのけぞり、マレリナはその反動で高速で後退して着地した。そりゃ、質量が何十倍もあるんだもん。軽いマレリナが飛ばされるわ。
ぴぴぴぴぴぴぴぴん……♪
低くなった蜘蛛の顔面にセルーゲイがかまいたちの竜巻を放った。
蜘蛛は目や触角を切断され、視界を失ったようだ。闇雲に暴れ始めた。
「ふんふん……♪」
私は蜘蛛の頭に向かって粒子レーザー砲を放った。蜘蛛の頭に風穴が空き、蜘蛛は動きを止めた。
「ふ~、お疲れ様ぁ」
楽しかったぁと言わんばかりのタチアーナ。
「よくやった…。今回はハンターを連れてこなくてよかった…」
それに反して、冷や汗を掻いているセルーゲイ。
「あ、ニコライ!」
マレリナが思い出した。
蜘蛛の糸の団子をつんつんと指で触ると、指を離しても、ねちょーっと伸びて、なかなか取れないようだ。
雪だるまのようになってしまったニコライをどうやって助けるか考えあぐねている。
「マレリナ、ちょっとどいて」
「うん」
「ふんふん……♪」
粒子レーザーから、大きいなどのメロディを抜いた。私の手に現れたのは粒子レーザーの剣。この剣と、テレパシーの魔法はあるから、あと未来予知の魔法があれば胸を張って新型と言えるのだけど。いや、念動の魔法があるからそっち方面で攻めるか。
それはさておき、ニコライの身体を切らないように注意しつつ、雪だるまにメスを入れた。
「熱いです…、お嬢様…」
「泣き言、言わないの」
「申し訳ございません…」
粒子レーザーに当たると焼け焦げるので、回りも熱くなる。でもちょっとくらい我慢してほしい。
「もう、ユリアナったら」
マレリナがぷんすかしながらオルゴールのメロディカートリッジを入れ替えている。
ぴぴぴぴん♪
「ああ、痛くなくなりました。熱いですけど」
マレリナがニコライに治療魔法をかけている。やけどしているそばから治療するなんて、痛いのに死ねない拷問に使えるかな?
「あれ、もうベトベトしてないよ?」
マレリナが蜘蛛の糸の団子をツンツンしている。だけど、指を離してもねちょーっと伸びたりしない。熱で粘着成分が乾燥したのかな。
「ホントだ」
私も触ってみた。これ、なんかの素材になりそう。弾力があって丈夫だ。マレリナが筋力強化を使って、やっと素手で破けるくらいだ。残りは私も粒子レーザーソードを使わないで、大きめに破いてこう。
私は異次元収納を口ずさみ、破いた蜘蛛の糸を異次元収納に入れていった。
「ふう、助けていただいてありがとうございます、マレリーナ様」
蜘蛛の糸のネバネバがなくなって手でちぎれるようになったのは私のおかげなのだけど。私からは危害を加えられた感が強いからだろうか。まあ、こういうときに矢面になって称賛を受けるのは聖女マレリーナでよい。
タチアーナとセルーゲイ、ニコライは、蜘蛛の魔物やサイの魔物をバキバキと解体し始めた。
蜘蛛の魔物の腹の中に三十センチ大の卵らしきものが!もし、蜘蛛の糸が素材として有用なら、育てられないかな!
「お父様、卵をください!」
「また魔物を育てるのか?これは特殊個体のようだから、こんなに大きくなることはめったになかろうが、気をつけるのだぞ」
「はい!」
やったね。許可をもらえた。いや、ミノタウロスとか許可をもらった覚えはないけど。
「ときにユリアーナ、魔物の脚を切り裂いたあの魔法は何なのだ」
「あれは雷魔法です」
「あのような魔法は見たことないが。雷でしびれさせたり、焼け焦がす魔法なら知っているが、切り裂く魔法など初めてだ」
「あれは明かりの魔法の応用です」
「ほう…。さすがだな…」
だから何がさすがなんだか。
「それからユリアーナ、頼みがあるのだが」
「何でしょう、お父様」
今回の戦闘で、オルゴールの問題点を挙げてくれた。
本来演奏に何十秒もかかる炎の竜巻とかかまいたちの竜巻のような大技を一瞬で発動できるのは素晴らしい。だけど欲を言えば、カートリッジを入れ替える手間を考えると、三つ以上持っておきたいとのことだ。
今回は大技ばかり使ってしまい、バカの一つ覚えになってしまった。大技は十五回くらいで魔力が尽きてしまう。本来は小技も駆使するらしいが、今回は大技を瞬間発動できるので、大技ばかりになってしまい、魔力が心配になったとのことだ。
マレリナも、筋力強化と治療、疲労回復の分が欲しいと。
「では三人にあと二つずつ渡しますね」
「なんだ、用意していたのか」
「え、ええ…」
ほんとうは学園の友達にあげるつもりだったのに…。十個用意したのにもうなくなってしまった。スヴェトラーナとセラフィーマとブリギッテ、あとマリアちゃんのために、休みが終わるころに四つできてるといいな…。みんなも三つずつ欲しいって言うかもしれないけど。
ちなみに、心魔法のメロディカートリッジは、安眠と考えを伝える魔法しか用意していない。魅了や洗脳なんてもってのほかだ。それを考えると、どちらの魔法も緊急性はあまりないから、オルゴールにする必要はないかもしれない。だけど、マリアちゃんの悩みを解消してせっかく仲良くなれたのだから、プレゼントしておきたい。
「ところでお父様、このように魔物が大量に現れるのはよくあることなのですか?」
「一年に一回か二回といったところだな」
大量の魔物が押し寄せてくるスタンピードという現象らしい。たいていの原因は、より強力な魔物にすみかを追われ、別の場所に移動せざるを得なくなることだ。そして、その強力な魔物が餌を求めて、たまにスタンピードのボスとして君臨する。
強力な魔物も、普段は自分のテリトリーでおとなしく力を貯めているが、やはりより上位の魔物や自然現象によってすみかを追われると、他の魔物のテリトリーを侵し始める。
ボスキャラがいなければ町のハンターを護衛に付けて収拾を付ける。今回のようにボスキャラの目撃情報があった場合は、周辺の領地の貴族に応援を頼み臨むものらしい。それなのに、その複数の貴族の代わりに私とマレリナだけ連れてくるなんて…。しかも護衛のハンターもなしに。むちゃするんだから…。
あ、私が複数の貴族担当で、マレリナが護衛担当か。セルーゲイは、私が炎魔法と風魔法の大技を使えることを知っているので、周辺の貴族の代わりになると思ったのだろう。でも、今回私が使ったのは雷魔法だったから、あてが外れたね。むふふ。
魔物討伐から帰って、庭の地下牧場に新しい領域を拡張した。そして、蜘蛛の卵を置いた。もちろん、抜け出さないように壁を厳重に固めてある。
そばに、いろいろな果物の種を植えて、成長促進などの魔法をかけた。どれか食べてくれるといいな。そして、ミノタウロスみたいに食物連鎖が循環してほしい。
卵はさておき、持ち帰った蜘蛛の糸を調査した。
まず、団子になってしまっているが、この状態でも弾力があってベッドやクッション材には使えそうだ。
熱したおかげで水分が飛んで粘性がなくなったけど、水をかけても粘性は戻らなかった。だけど一〇〇度の熱湯をかけたら粘性が戻った!そして、一〇〇度の風を当てても粘性を維持したままだったけど、一五〇度の風を当てると、水が飛んで粘性がなくなった。
粘性がある状態で二〇〇度まで加熱すると、溶けて液状になった。液状のまま平面に広げて薄くして、一五〇度で乾燥させると、布のようになった!液状のまま細く伸ばして一五〇度で乾燥させると、糸になった!布も糸も伸縮性が高く、ちぎれにくい。何度びよびよ伸ばしても伸びっぱなしにならないし、耐久性も高そうだ。つるつるして肌触りもいい。極端に薄くすれば、通気性も確保できそうだ。
逆に、乾燥させすぎなければしっとりとした生地になって、通気性もなく断熱性に優れた素材になりそうだ。
これは繊維の革命だ。これを使って下着を作ろう。ゴムのような素材で下着を革命するのは転生令嬢の嗜みだ。キュロットを作ったのでズボンをはく必要性を感じないけど、地球のパンツを作ればズボンもはけるだろう。
蜘蛛が生まれて糸を吐いてくれるのが楽しみだ!
さて、溶かして薄く引き延ばした蜘蛛の糸だけど、どうしよう。パンツを作ろうか。
ドロワーズはハーフパンツみたいに見えるほどしっかりしているから防御力が高いのである。だからスカートで暴れてパンチラしても恥ずかしいとは思わなかった。だけど、地球の女性のパンツをはいていたら、スカートがめくれたときに恥ずかしい気がしてきた…。
村にいたときずっとノーパンだったのに、私も成長したなぁ…。まあ、地球のパンツはズボンをはくとき用に作ろうかな。
パンツもさることながら、私にもマレリナにもそろそろブラジャーが欲しい。
タチアーナは二十代半ばだというのに胸が型崩れしてしまったのはブラジャーをしていないからじゃないかな。だから、まずはタチアーナのブラジャーを作ってあげよう。
「ユリアナ、また何か作ってるの?」
「うん」
「ほどほどにね」
まるで私がいつもトラブルを起こしているみたいな言い方だけど、トラブルを起こすのは転生者の嗜みなのでしかたがないじゃないか。それにブラジャーでトラブルは起こらないよ。
スタンピードから数日後、屋敷に仕立屋がやってきたようだ。タチアーナがまたドレスを仕立てるのかな。
「いたわぁ。ユリアーナ、いらっしゃ~い」
「あ、はい。お母様」
何だろう?仕立屋を招いた部屋に連れていかれた。
「じゃあ採寸をお願いねぇ」
「かしこまりました」
「えっ?」
仕立屋に採寸された。なんで私?
そして、仕立屋が帰ったあと、
「お母様、なぜ私の採寸を?」
「もう、ユリアーナはそのドレスを何年着てるのよぉ」
「えーっと、七歳のときだから四年くらいですね」
「いつまで着てるのよ!胸がパンパンでしょぉ」
「たしかに…」
結局のところ、私は学園に入学してからまったく背が伸びていない。スカートの裾の位置が変わってないのだ。エルフの身長の伸びは人間の五分の一だとブリギッテは言っていたのだけど…。
でも、胸とかお尻は育ってきているのだ。たしかに、胸の部分はもうお直しできないほどパンパンで、窮屈だと思っていたところだ。
「あなた、アナスタシアとマレリーナのことを気遣っているのに、自分のことには無関心なのねぇ」
「そうでもないのですが…」
ちんちくりんなドレスを着ているのはマシャレッリ家の恥とマレリナには言っておきながら、自分の装いをおろそかにはできない。だから、ほつれや汚れには気を遣っていたんだけど。
ほんとうに身長は伸びていないし、肩幅とか腕の太さも変わっていない。変わったのは胸とお尻と太ももくらいだ。だからもうちょっといけると思ったんだけど。
私の身長は伸びていないというのに、アナスタシアは一年で一センチ伸びているのだ。それしか伸びていないのはどうかと思うけど。それはさておき、このままでは身長を追い抜かれてしまうのでは…。守ってあげたい幼女ナンバーワンの座をアナスタシアから奪いたくはないなぁ。
「だから、新しいドレスを仕立ててあげるわぁ」
「はぁ」
お金を出してくれるってことだよね?大事な娘のハープも買ってやれないほど貧乏だったけど、今では領地も潤ってるしパン屋の収入もあるから私のドレスを仕立てるくらいは余裕である。
「そういえば、採寸を見ていたのだけど、ユリアーナはドレスの下に何を着ているのかしらぁ?」
「うふふ、お母様、お返しと言ってはなんですが、お母様にもこれを差し上げます」
「何かしらぁ?」
「これはですね」
仕立屋の帰ったあとの部屋で、お母様にブラジャーをプレゼントして、効果や使い方を説明した。
「まあぁ!これは胸が安定していいわねぇ!」
蜘蛛の糸で作った生地は丈夫なので、すごく薄くしてある。だから、ぴったりフィットのドレスでも窮屈にならないのだ。
これでタチアーナの胸が揺れすぎて型崩れが進むこともなくなるでしょう。何より、私の視界の端で肌色のものが揺れていると、どうしてもそっちを振り向いてしまうのだ。それが少し軽減される…はず?
これは予行演習であって、本命はスヴェトラーナだ。まだ十一歳だからこそ張りを保っているけど、タチアーナくらいになったら垂れ乳まっしぐらではなかろうか。
というのは建前で、剣術の授業でスヴェトラーナの胸が揺れすぎると、私の身が入らないので、揺れすぎ防止のために是非付けてほしい。
本当のことをいうと、胸が揺れているのを見られなくなってしまうのは残念なのだけど、胸が揺れているといろいろ支障が出るので…。
「というわけで、マレリーナにもこれをあげるわ」
「これ、何かしら?」
なんか最近マレリナとの会話で平民モードばかりだったから、たまにはね…。
「ねえ、私のはぁ?」
「お姉様のはこっちです」
アナスタシアは六歳くらいにしか見えない。まだぺったんこなので必要ないと思ったのだけど、とうぜん欲しがると思ったので、用意しておいた。
「たしかにこれを付けていれば暴れても胸が痛くないね」
「でしょう」
マレリナがブラを試着して、ぴょんぴょん跳ねたりしている。
よーし、あとは、スヴェトラーナのメロンのような胸用のブラを作るだけだ。スヴェトラーナの胸の直径は、アナスタシアの身長より大きくなるのがずっと早いので、二ヶ月の休みを考慮して余裕を持って作らないといけない。
夏の長期休みもあとわずかだ。マシャレッリにいる間にやってみたいことはある。
マリアちゃんの弟、エルミロ助けるために、王都から二〇〇キロの道のりを、短距離瞬間移動の繰り返しで移動したのだ。帰りなんて、ワープゲートで一瞬だ。
ということは、マシャレッリからコロボフ子爵領の村まで二五〇キロくらいだから、短距離瞬間移動を使えば一時間もかからず帰れてしまうだろう。だけど、私はアニソン歌手になる夢を叶えるまで帰らない。
でも声優ってその気になれば五十歳でも六十歳でも現役でいられるし、しかも私ってエルフだからその五倍の三〇〇歳まで現役なのでは?アニソン歌手としての人生を全うしていたら、お母さんはあっという間に死んでしまうだろうから、歌手になったらまずお母さんに会いにいかないとな。
そのためにはまず、歌手という職業が必要だ。その前に歌というものを大衆に認知させる必要がある。その前に娯楽としての音楽をはやらせる。そのためには、楽器を作らなければならない。ああ長い。
ちなみに、ほんとうはアニソン歌手になりたいけど、そのためにアニメを作るのはさすがに飛躍しすぎているので、あくまでアニメに使われるような曲の歌手ということで…。
マシャレッリのハープ製作技師にも楽器製作を頼もうかな。よし、そうしよう。楽器を作るのが先決なのだから。
王都のハープ製作技師に依頼しているのは、エレキベースのような音がなるピアノの鍵盤が三段重ねの楽器だ。ハープと木琴とリコーダーしか音の種類がないのは心許ないが、薫は音楽に造詣が深かったわけではないので、あまり複雑な楽器を再現できない。あとできそうなのはバイオリンのようなものだろうか。
まあ、メロディや伴奏を奏でる楽器は、三種類しかないけど、とりあえずそれでいい。私としては、楽しく声を出せれば何でもよいのだけど、アニソンにするためにはあとドラムが必要だ。ドラムもハッキリ見たことがあるわけではないけど、大きさの違うシンバルが四つくらいあって、大きさの違う太鼓が四つくらいあればいいだろう。
いくつかの太鼓の裏には、羽根のようなものが付いていたような。太鼓の面と当たってカサカサ鳴らすやつ。
大きな太鼓をペダルを踏んで叩く仕組みも必要だな。
シンバルも単体のやつと、二つ重ねたやつがあったような。
記憶があやふやだけど、この世界での娯楽音楽を定義するのは私なんだから、どんな形でもいいんだよ。
というわけで、ドラムセット注文しようかと思ったのだけど、大きすぎて持ち運べないし、めちゃくちゃ高価になりそうなので、実際のドラムは諦めることにした。
かわりに風魔法の拡声を利用したエレキドラムも作ることにした。シンセサイザーのような電子音ではなくて、実際の音を拡声して作る、エレキギターと同じ仕組みで。ボタンでドラムの音を鳴らすのだ。
魔方陣のためのメロディにはかなり細かい単語が載っていたので、例えば、六〇Hzの低音を拡声するみたいなことをすれば、小さな太鼓でも大きな太鼓と同じような重低音を鳴らすことができるはずだ。これを利用して、ハープサイズでありながらドラムセットに負けない音を出すようなものを考えた。
シンバル四つと太鼓四つの構成にする。どのような周波数の音を大きくすればドラムっぽい音になるかは、機構部分ができあがってから、私が風魔法で調整する。なので、とりあえず、機構部分は行き当たりばったりだ。魔法がなければ単体ではシンバルも太鼓も高音がしゃんしゃん鳴るだけだ。
ついでに、木琴とリコーダーも四つずつ追加注文しておいた。
そして、ドラムセットを注文しつつ、オルゴールを五つ入手。よかった。友達に一つずつ配る分は仕上がっていた。
ちなみに、友達の使う魔法のメロディカートリッジは、すでに準備されている。だけど、オルゴール本体がたくさんないとバカの一つ覚えになってしまうんだろうな。スヴェトラーナは炎の竜巻を連発しそうだ。公爵家というだけあって、タチアーナよりも魔力が高そうだ。
そして、夏休みが始まってから五十日目、私たちは王都へ出発した。
馬車の大きさのワープゲートでは五〇キロの距離が限度だ。そこで、一日目の到達地点へのゲートを開こうと思ったのだけど、私はまた気絶してしまったようだ。ゲートの出口となる場所を鮮明に思い出せないと、それがコストになってしまうのだ。半年に二度しか泊まらない町の宿屋の付近の景色などそんな鮮明に覚えてない。だから、今度こそ町並みを目に焼き付けた。結局、四日目の到着地点から王都への一日分を短縮できただけだった。
私の音の記憶力はチートレベルだけど、他はわりと普通だと思う。それでも、薫からすれば高い思う。
王都に着いたらまず、喫茶店の状況確認や収益回収だ。
それから、ハープ製作技師に注文したエレキハープ、というかキーボードを受けとりに行った。予想どおり、太くて短い弦の音は小さい。これから何日かかけて風魔法の拡声で調整して、決まったら魔方陣で固定だ。
あとは、木琴とリコーダー、四つずつも受け取った。
キーボードに入れるための魔石は、魔石屋やハンターギルド、学園で売られている。いくつかの魔道具は平民の生活にも浸透しているので、誰でも魔石を買えるのだ。
それから、細工師に注文した魔方陣を描くためのコンパスと分度器、そしてフェルトペンを受け取りに行った。
そして、マレリナとアナスタシアにコンパスと分度器、それから定規もセットで渡した。
「二人にこれをあげる」
「またぁ?何作ったの?」
「何かしら」
またぁとはなんだ。マレリナは私の扱いが最近酷いんじゃない?
「こうやって使うの」
フェルトペンの上からインクを入れて、フェルトペンを分度器に固定して、分度器の針を魔石に突き立てて、針を中心にくるっと回す。
「わああ。綺麗なマルを描けるのね!」
アナスタシアは感動してくれた。
私は定規に沿って半径を決めながら、十三個の同心円を描いた。
そして、分度器で角度を決めて、音符に相当する直線を描いた。
「まあ!整った魔方陣ね!私もやってみたいわ!」
「はい、どうぞ」
アナスタシアは私がやったのと同じように分度器で円を描き、分度器で角度を決めて音符の線を描いた。
「私にもできたわぁ…」
アナスタシアは半年練習しても、筆が重くて手が震えてしまい、ろくな魔方陣を描けなかったのだ。でも、コンパスと分度器と定規を使うことで完璧に近い魔方陣を作れたのだ!
アナスタシアはハープで演奏して魔方陣に魔力を込めた。
そして、魔方陣の真ん中を触り、ばしゃーんと水を出した。
「あわわ…」
「お姉様、桶を準備してからに…」
「だってこんなに出るとは思わなかったから…。でもすごいわ!ハープを奏でたのと同じくらい出るわ!」
以前アナスタシアが筆で書いたひょろひょろの魔方陣では、誤差が大きすぎて、水がちょろちょろとしか出なかったのだ。それが、ほぼ一〇〇パーセントの効率で出るようになったもんだから、びっくりしたらしい。
「よかったわ…。私、魔道具の授業に付いていけるか不安だったのよ」
「うふふ。お姉様の不安を拭えてよかったです」
私とアナスタシアがやりとりしているかたわらで、マレリナも無言で魔石に筋力強化の魔方陣を書き込んで試している。「なるほど…、すごい」とか言っている。
ちなみに、フェルトペンはコンパスから外せば単体で使える。アナスタシアは筆で文字を書くのも下手くそだけど、これならもうちょっとうまく描けるはずだ。
翌日、私は、まだ授業の始まっていない学園の職員室に赴き、魔道具の教師に魔方陣描画セット、つまりコンパスと分度器、定規、フェルトペンで魔方陣を描いて見せた。教師は魔方陣の正確さに目をむいていた。
私は学園に魔方陣描画セットを一つ寄付して、導入するように提案した。
本来ならこういうのは設計図の権利で儲けるのが転生者の嗜みだと思う。でもじつは学園の運営費というのは半分ほどが貴族からの寄付で占められている。私が学園からふんだくってはいけないようだ。
だから、細工師にも私からの紹介で学園から依頼があった場合は、ぼったくらないでほしいと言ってある。
それから、魔法実習の先生も集めて、魔方陣と魔法のメロディの関係について説明した。魔方陣は楽譜であり、放射方向の線が音の高さを表しているということや、線の角度が鳴らすタイミングであるということについてだ。
世紀の大発見だと言われてしまった。今まで魔法というのはハープを弾いているところを見せて伝えるしかないと考えられていたのが、魔方陣を見せれば伝えられてしまうのだ。
そして、同心円状に描く魔方陣では楽譜として見づらいので、私がこの世界向けに定義した楽譜についても説明した。音符はおよそ鳴らすタイミングの位置に配置されるが、配置が多少いい加減でもいいように、四分音符と八分音符、四分音符と八分休符について説明した。ちなみに、魔法のメロディに十六分音符以降は存在しない。二分音符は四分音符と四分休符の組み合わせでよい。魔法の音楽に延ばすという概念はない。決まったタイミングで音が鳴り始めれば、響いている長さはあまり関係ないようだ。
教師たちは終始驚いていた。私としては、今まで音を文字や図形で表現するに至らなかったことのほうが不思議でならない。
まあ、魔方陣を見て、放射方向の線が音の高さを表していると気が付くのは、覚えているメロディの楽譜を書き出せる私だけかもしれない。だけど、楽譜や音名は音との対応を表すだけでなく、弦の位置との対応も表しているのだから、誰かが発明してもよさそうなものだけど。
そもそも、魔法のメロディも魔方陣も大昔から存在していて、誰が生み出したのか分からないらしい。
今日はもうおなかいっぱいだと思うので、メロディの一フレーズが単語に対応しているということを言わないでおいた。私の中では修飾語を組み合わせて、効率の良い魔法を作るのは当たり前なっているのだけど、それ今日披露したら教師が胸焼けしそうだ。
私としては、ハープを弾くことや魔方陣を描くことの練習なんて自主練にして、早く次の内容を教えてほしい。だから、教師たちには知っている魔法を楽譜にして、最終的には本にまとめてほしい。教師も弾いてみせるとかアホなことに時間を割くよりは、研究の時間を取れる方が嬉しいだろう。
私は明らかにチート転生者だけど、オレTUEEEしたいのではなくて、歌手になりたいのだ。歌手になる近道になるのなら、チート…だと思われている能力をお裾分けするのもやぶさかではない。
と思っていたのだけど…。
今回、長期休みに入ってからすでに六十六日たっているというのに、後期の授業が始まらない。ちょっと酷い六十日間くらいだ。と思ったら、私が爆弾を投下したので、学園に勤めている研究者や王族で議論しているらしい。
そして、ついに私は王に召喚されてしまった。
「ユリアーナ…、何やらかしたの…」
「大丈夫かしら…」
呆れながらもさすがにちょっと心配そうなマレリナ。明らかに心配しているアナスタシア。
「さあ…。私は学園に役立つことを教えてあげただけなんだけど…」
貴族令嬢が王城に徒歩で行くのはマズいだろうか。しかたがないので馬車と御者をチャーターした。
謁見の間に入場し、跪く私。
謁見の間にはハープを持ち込むことが許されない。ハープは剣と同じ。魔法使いの武器だからだ。
「おもてを上げよ」
顔を上げる私。壇上には、アブドゥルラシド王、ヴァレンティーナ第一王妃、ヴィアチェスラフ王子。
そして十人の女性…、側室…?みんなけっこう豪華なドレスだ。
王も正室も十人の側室も三十歳前くらい。エルフはいない。
しまったなぁ。王に呼ばれるんだったらドレスを早めに新調しておくんだった。これでも平均的な伯爵家のドレスだけど、もう胸がぱんぱんだし。
アブドゥルラシド王は濃い空色の髪だ。青と…水色も入っているか。
ヴァレンティーナ第一王妃は明るい青の髪。青と、こっちは白かな?
二人とも水属性持ちなのに、ヴィアチェスラフ王子は水属性を受け継いでいない。でも、王も第一王妃も、王子も髪の艶はなかなかだ。私みたいなぴっかぴかではないけど。
というか、魔法の属性の種類は子孫に受け継がれない。魔法の座学の授業で習ったことだ。受け継がれるのは、魔力の量と、属性の数だ。数は希にランダムで増減するらしい。つまり、髪の色の濃さは受け継がれるけど、色合いは完全にランダムだ。ちなみに、二属性の親と一属性の親の子が二属性になるか一属性になるかは、ほぼ半々の確率で決まるらしい。
水と空間属性のアナスタシアだって、タチアーナの火属性とセルーゲイの風属性を受け継いでない。空間属性はランダムでゲットしたんだろう。
あれ、そうなると、ヴィアチェスラフ王子は親から二つの属性を受け継がなかったのかな。いや、王子は後ろの席の子たちのようなレモンイエローより、ちょっと暗いというか赤みがかっているから、何か別のが混ざっているマルチキャストなのかな。魔力検査を見ていないから知らないけど。
いろんな人を見てきたけど、魔力の強さを表すのは髪の色の濃さと、そして艶かな。だけど、補色を混ぜてしまうと色は薄くなってしまう。それに、白と黒が濃いというのはちょっと意味が分からない。つまり、灰色との色差が大きい髪は魔力が高いことを表すけど、色差が小さいからといって魔力が低いとは限らない。魔力と直結しているのは、髪の艶ということだ。その法則を理解している人はいるのだろうか。
王族や上級貴族はちゃんと髪を洗っているだろう。だけど、下級貴族の髪の艶は、髪本来の艶か分からないな。村に住んでいたときの私なんて汚すぎてただの灰色になっていたくらいだ。
っていうか、側室って十人なんだね…。まあそれくらいならいてもいいんじゃないかな…。だからといって全員連れてくることは…。嫁自慢?あ、でも側室って執務官なのか。じゃあ仕事で来てるのか。職場の女の子を全員嫁にするとか、ひどいオフィスラブだなぁ…。
でもヴィアチェスラフ王子はクラスの女子全員を嫁ってやりすぎだよね。上と下の学年にもいるんだよね?誰も止めないのかな。
そもそも、ヴィアチェスラフ王子って第何王子だろう。兄弟の数とかも公開されてない。そもそも、第一王妃の息子かも分からない。これだけの側室がいるんだ。たくさん生ませて有能な子を選ぶだろう。学校にヴィアチェスラフ王子しか来ていないってことは、ヴィアチェスラフ王子はもう後継者として選ばれてるんだよね?
私が回りをキョロキョロ見ながら考え込んでいるうちに、王の話は始まっていた。
「ふむ。噂どおり、灰色の髪で魔力検査もできていないが、学園の報告によれば魔力はじゅうぶんなのだな」
「その通りです。彼女は魔法の実技で、魔物の四肢接続の治療魔法を難なくやってのけます」
王子は身内自慢をするように私のことを言う。私はもう側室候補じゃないんだけど?
「こたび、そなたは魔方陣の線がハープの弦の位置を表していることを突き止めたのだな。どのようにしてこの結論に至ったのだ?」
いや、音の高低とか弦の移動を見てれば、魔方陣の線の上下と対応してるって分からないものかな…。あ、魔方陣の魔法って直接弾いたりしないし、その逆もないのか。でも一フレーズずつ見ていけば同じのもあるんだけどねえ。魔法のメロディを一フレーズごとに分解して意味を調べる人もいないか。学園の研究者って何やってるのかな。音感がないのはしかたがないけど、数学的なセンスもないんじゃないかな。
「私は学園の授業で治療の魔法と、治療の魔方陣を教えていただきました。そして、弾く弦の動きと魔方陣の線の上下が一致していると気が付きました」
「なるほど。魔方陣の線の位置の弦を弾けば、魔法が発動するというのか…。そなたは素晴らしい慧眼を持っておるな」
「恐れ入ります」
「しかし…惜しいな…。そなたは一度は正室候補に選ばれたのであろう」
「そうなのです、父上。彼女ほどの優秀な者に出会い、私も浮かれたのですが、彼女はエルフでまだ十一歳なのです」
「まことにもったいない。ほんとうに十一歳なのか。エルフの年齢は見た目では分からぬ。でも十歳までは人間と同じように成長するということは、まだ見た目どおりの年齢なのであろうな…。いや、しかし、その割にはとても聡明であるな…。やはり何十年も生きたエルフなのでは…」
いや…、そんなに残念そうな顔しなくても…。年増だから合わないとかならまだしも、若すぎてダメって、ちょっと待ちゃいいだけじゃん。エルフは平均二十歳くらいで初潮来るっぽいけど、それじゃダメなのかな…。結婚したくないから言わないけど。
「では、我が孫の正室候補としよう」
はぁ?孫いるの?
「はい、我が子が十六になるとき、彼女は三十二です。エルフとしては最適な年齢でしょう」
ちょっ…。それって、王子が卒業して、嫁の誰かにすぐに子を産ませた場合ってこと?私はその子と婚約するの?まだ生まれてもいない子と婚約とかやめてほしい…。いや、男との婚約自体やめてほしいけど。
ああ…、だからブリギッテは三十歳で入学したのか…。エルフの三十五歳が人間の十五歳くらいだから、王子が学園を卒業して結婚するときに同じくらいの年齢に見えるのがいいってことなのか…。
「わ、私ごときにはすぎた栄誉でございます…」
「何を言うんだ。キミは魔法や学問に優れるだけでなく、剣術にも秀でているではないか。ボクがいまだに一本も取れていないんだ」
ここでマゾ自慢しないでほしい。なんでそんなに嬉しそうなんだ。
「そう言うておったな。よし、魔法の真髄に辿り着いたそなたに男爵位を与えよう」
いらないです…。
「わ、私に褒美を与えてくださるくらいなら、学園に予算を割いていただきたく思います。学園の知識を本としてまとめ、そして、今回私が見いだした、魔法の音楽を紙に記す楽譜をも本に残すことで、あとに続く者が学びやすい環境を作るための資金を学園にご提供いただきたく存じます」
「ふむ。自分が褒美を得るのではなく、学園の者に知識を与える糧にせよということか」
「彼女はエルフであることが発覚する前から、私の正室候補を辞退して他の者を立てようとしたりして、とても謙虚なのです。そして、自分の知識を回りのものに分け与え、クラスのほとんどの令嬢を私の正室候補へと育て上げたのです」
「知識を独占すれば優位に立てるであろうに、国のために知識を広めるのか…。なんという愛国心…。よかろう。そなたが心置きなく知識を広められるよう、学園への予算を増やそう」
「お心遣いに大いに感謝いたします…」
よかった。学園で私の教育方針を取り入れてもらえることになった。これで新しい魔法や魔道具のことを早く教えてもらえるようになるだろう。
その代わりに、まだ生まれてもいない王子の息子の正室候補という、わけの分からないものに内定してしまった…。まあいいや。まだ二十年以上あるんだ。そのときになれば、転生令嬢の嗜みである婚約破棄ルートに進めばいい。
それとも、二十年なんてエルフの感覚ではあっという間なのだろうか。私は十歳まではマレリナと同じペースで生きてきているし、今だってまだマレリナより身長が低くなってしまっただけだ。それに薫として生きてきた三十六年の記憶もある。突然成長速度が五分の一になったといわれても実感がわかない。
「ユリアーナ、大丈夫だったの?」
寮に戻るとアナスタシアが心配そうな顔で見つめてきた。
「ヴィアチェスラフ王子の子の正室候補になっちゃった…」
「まあ、殿下にはすでに子がいらっしゃるの?」
「王子が卒業して正室か側室が産む子だって…」
「えーっと…」
謁見の間で考えた、年齢の帳尻合わせのことをアナスタシアに説明した。あと、そこに至った経緯も。コンパスを寄付したところから。
「ユリアナはエルフなのに、せっかちだねえ」
「えっ」
マレリナがあきれるように言ってきた。
「エルフは人間の五倍生きるんでしょ?そんなに急がなくても、ゆっくり魔法を勉強していけばいいじゃん」
「まあそうなのかもしれないけど、私は今までマレリナと同じ人間として育ってきたし、エルフだって実感はあまりないんだよ。何倍も生きるからのんびりすればいいっていうのは、たぶん何十年も生きたエルフが考えることだよ」
なーんて、薫の記憶を入れればブリギッテよりも生きてるんだけどね。
「そういうものなのかぁ」
「逆に言えば、王子の息子との結婚は二十一年後だから、それはそのときまでに考えればいいかなと思ってる」
「そうだね」
謁見の翌日、授業は始まった。ひとまずは、以前のカリキュラムのままだ。
あいかわらず魔法実習はだるい。だけど、一つだけ有用な魔法があった。防護強化だ。人間の骨や皮膚を丈夫にしてくれる。なんだよ、こんなバフ魔法があるのなら早く教えてよ。
魔方陣の授業では、魔石以外のものに魔方陣を描いて、魔石と接続する方法も習った。この方法なら、機械部分はそのままで魔石を電池として交換するようなこともできる。ただし、接続するための素材が必要になる。
それから、魔方陣の中心に触れる以外のトリガー発動の方法をならった。魔方陣の中心と他の魔方陣の中心を、特殊な素材で接続するというものだ。各属性に観測魔法というのがあって、特定の出来事を観測したら魔力が流れるという仕組みになっている。
観測魔法は常時発動だが、消費魔力が非常に少ない。人感センサー型照明みたいなものが作れそうだ。それに、ハープが鳴ったら拡声するという使い方ができそうだ。
後期になって、魔法戦闘という選択授業が加わった。しかし、基本的には攻撃魔法のある、火、雷、土、水、風魔法使いは強制参加の授業だ。でも、私とマレリナは受けることにした。そこで何をやっているのかというと、
ぽんぽん……、ぽんぽん……♪
ぽんぽん……、ぽんぽん……♪
私とマレリナはハープで筋力強化と防護強化を奏でた。
「行くわ、ユリアーナ」
「かかってきなさい」
マレリナは目にも留まらぬ速さで私に駆け寄り、蹴りを放つ。私はそれをよけて、マレリナに突きを放つ。マレリナは腕を交差させてそれを受ける。
殴り合いをしているというのに、大衆の面前なのでお嬢様モード。
射撃訓練場のようなところで、皆が火の玉や氷の矢を放つ練習をする中、私とマレリナは格闘の練習をすることにした。
「マレリーナ~、ユリアーナ~、頑張ってー!」
観客席から応援してくれるアナスタシア。
射撃の練習をしようとしていた子たちは、ぽかーんとしている。
教師もぽかーんとしている。
私とマレリナが練習を一段落して休憩していると、教師から言われた。
筋力強化と防護強化は王国騎士団の遠征に参加した命魔法使いが騎士団にかけて戦闘力を増加させる魔法であり、自分にかけて自分で戦う命魔法使いを初めて見たという。神父様…、使い方間違ってるらしいよ…。命魔法使いは毎年いるわけではないので、筋力強化を使った剣術の訓練などは行っていないという。
ほんとうは私だって火の玉とかぶっ放したいけど、どう考えてもやり過ぎの結果しか想定できないので、私はあくまでちょっと明るい灰色髪を貫き通した方がいいだろう。
しかし…、久しぶりにマレリナと全力で暴れたら、まだまだ秋に入ったばかりでとても暑いのも相まって、汗だくだ。何より、ドロワーズが蒸れて気持ち悪い…。やっぱり日本のパンツを作ろう…。魔法戦闘と剣術の授業には必要だ。
以前のカリキュラムのまま授業を進める一方で、私は放課後に教師たちとカリキュラムを見直すためにかり出されている。
前回職員室で軽く説明したハープの弦の位置と魔方陣の関係、そして魔方陣を見やすくした楽譜というものについて説明した。魔法は教師から生徒へ視覚的に伝えるものではなくなる。楽譜を書物として残し、生徒はには楽譜の見方を教える。生徒は自主練習をして一週間に一度教師に見てもらい、タイミングや指の使い方などの指導を受ける。
このようにすると、教師にも余裕が生まれ、教師は研究に励むことができる。教えるのが好きな教師ばかりではないだろう。称賛の声が多く挙がった。
それから魔方陣を楽譜として見立てると、修飾語や目的語でかなり細かく指示するようになっているため長くて煩わしいと捉えられたけど、これをハープで演奏すると、とても効率が上がることを説明した。魔方陣に含まれる指示以外のことをイメージすると、魔法が発動しなかったり効率が下がったりするけど。
これを説明するのには苦労した。魔法のメロディの一フレーズは単語を表していることを伏せたからだ。
前にもいったように、メロディを紙に起こせるようになっただけで、教師はおなかいっぱいだろう。ここで、一フレーズごとのメロディを組み合わせれば新しい魔法を作れるなんて爆弾を再投入する必要はない。だけど、ずっと秘匿にしておくつもりもない。来年あたりぶち込もうと思う。
教師にはまず、楽譜を描いてもらい、合っているかチェックするといって一度提出してもらった。むふふ。学校で教えてもらえる全魔法ゲット!私は楽譜を視覚的に覚えることはできないけど、頭の中で鼻歌を鳴らせば、一瞬で覚えられる。
もちろん、ほんとうに合っているかチェックしたよ。鼻歌で口ずさんでちゃんと発動するかどうかをね。危ないから寮の地下牧場で。
そして、いくつかの楽譜が間違っていることを発見。教師に「この楽譜が間違っています」とだけ伝えて、再提出させた。なぜ間違っていることに気がついたのか問われたが、楽譜というものを考案したのは私だからという謎の回答でごまかした。
残念ながら、時魔法と邪魔法の教師はいなかった。でも心魔法と空間魔法をゲットできたのは大きい。マリアちゃんがジェルミーニ男爵から教えてもらったという「心の癒やし」とか、犯罪に使えそうな魔法は含まれていなかった。学校で教えられる魔法以外にもたくさんありそうだ。全魔法制覇への道は遠い。
楽譜のチェックが終わったら、これを生徒が描き写すというのを授業に取り入れてもらうことにする。まずはマスターが一つしかないので、皆が魔法の練習をしている傍らで、写す作業をしてもらう。枚数が増えていけば、何人かで同時に書き写せるので、楽譜の枚数はネズミ講のように増える。とはいえ必要な枚数は多くても十枚程度だろうか。
四十人も生徒がいるのは私たちの学年だけだ。あと、私たちの上の代と下の代にも二十人いる。これは王子の正室狙いで、養女がたくさん投入されているからだ。それ以外の代には、五人程度しかいない。この国の貴族家の数は二十三だ。そんなにたくさん子供がいるもんか。
他の学年のことなんて知ったこっちゃないと思っていたけど、教育に関わることになったから知ることになったのだ。
授業で写すのは楽譜だけじゃない。座学の授業もノートに取ってもらう。予算を増やしてもらったので、紙とインクを支給してもらう。もちろん、魔方陣を描くためのコンパスと分度器、定規も支給してもらう。フェルトペンは魔方陣を描くためだけでなく、筆の代わりとして定着させる。
これで放課後の補講にやっていたようなことは、ほとんど授業中にできるようになった。私は補講から解放された!
■ユリアーナ・マシャレッリ伯爵令嬢(十一歳)
キラキラの銀髪。ウェーブ。腰の長さ。エルフの尖った耳を隠す髪型。
身長一四〇センチ。
■マレリーナ・マシャレッリ伯爵令嬢(十一歳)
明るめの灰色髪。ストレート。腰の長さ。
身長一四五センチ。
■アナスタシア・マシャレッリ伯爵令嬢(十一歳)
若干青紫気味の青髪。ストレート。腰の長さ。
身長一二一センチ。ぺったんこ。
■エッツィオ・マシャレッリ伯爵令息(六歳)
濃いめの緑髪。
■セルーゲイ・マシャレッリ伯爵
引取先の貴族当主。
濃いめの水色髪。
■タチアーナ・マシャレッリ伯爵夫人
濃いめの赤髪。ストレート。腰の長さ。
■オルガ
マシャレッリ家の老メイド。
■アンナ
マシャレッリ家の若メイド。
■ニコライ
マシャレッリ家の執事、兼護衛兵。
■デニス
マシャレッリ家の執事、兼御者
■ワレリア
女子寮の寮監。おばあちゃん。濃くない緑髪。
◆以降、とくに記載していない同級生のご令嬢の身長はマレリナと同じくらい
■マリア・ジェルミーニ男爵令嬢(十一歳)
濃いピンク髪。ウェーブ。肩の長さ。
身長一三一センチ。ぺったんこ。
■エンマ・スポレティーニ子爵令嬢(十一歳)
薄い水色髪。
■エンマの下僕の二人
■スヴェトラーナ・フョードロヴナ公爵令嬢(十一歳)
濃いマゼンダ髪。ツインドリルな縦ロール。腰の長さ。
身長一五〇センチ。巨乳。
■セラフィーマ・ロビアンコ侯爵令嬢(十一歳)
真っ白髪。
■ブリギッテ・アルカンジェリ子爵令嬢(三十一歳)
濃い橙色髪。エルフ。尖った耳の見える髪型。
身長一六一センチ。十四歳相当の身長。大きな胸。
エルフの成長速度は十歳までは人間並み。十歳以降は五歳につき一歳ぶん成長。ただし、体つきは人間並みに成長。
■ヴィアチェスラフ・ローゼンダール王子(十一歳)
黄色髪。
■パオノーラ・ベルヌッチ伯爵令嬢(十一歳)
水色髪。
■アリーナ
明るい灰色髪。命魔法の女教師。おばちゃん。
■ダリア
紫髪。空間魔法の女教師。
■アレクセイ
ピンク髪のおっさん教師。
■エルミロ
マリアの弟。
■アブドゥルラシド・ローゼンダール王(二十七歳)
空色の髪。
■ヴァレンティーナ・ローゼンダール第一王妃(二十七歳)
明るい青の髪。
■王の側室(二七歳)
十人。
◆ローゼンダール王国
貴族家の数は二十三。
N
⑨□□□⑧
□□□④□□□
W□⑥□①□⑤□E
□□□□⑦□□
□□②□□
□□□
③
S
①=王都、②=マシャレッリ伯爵領、③=コロボフ子爵領、④=フョードロヴナ公爵領、⑤=ジェルミーニ男爵領、⑥=アルカンジェリ子爵領、⑦=ロビアンコ侯爵領、⑧=スポレティーニ子爵領、⑨=ベルヌッチ伯爵領
一マス=一〇〇~一五〇キロメートル。□には貴族領があったりなかったり。
◆ローゼンダール王都
N
□□□□□
□□□□□
W□□①□□E
□□□□②
□□□③□
S
①=王城、②=学園、③喫茶店
◆座席表
ス□□□□□
ヴ□□□□②
□□□□□①
前 □□□ブ□③
ア□□□□④
□□□パ□エ
セマユリ
ス=スヴェトラーナ、ヴ=ヴィアチェスラフ、ブ=ブリギッテ、ア=アナスタシア、エ=エンマ、セ=セラフィーマ、マ=マレリナ、ユ=ユリアナ、リ=マリア、①=エンマの下僕1、②エンマの下僕2
パ=パオノーラ、③=パオノーラの下僕1、④=パオノーラの下僕2
◆ベッド上のポジション
ユリアナ
頭側 アナスタシア
マレリナ
◆音楽の調と魔法の属性の関係
ハ長調、イ短調:火、熱い、赤
ニ長調、ロ短調:雷、光、黄
ホ長調、嬰ハ長調:木、緑
ヘ長調、ニ短調:土、固体、橙色
ト長調、ホ短調:水、冷たい、液体、青
イ長調、嬰ヘ短調:風、気体、水色
ロ長調、嬰ト短調:心、感情、ピンク
?長調、?短調:時、茶色
変ホ長調、ハ短調:命、人体、動物、治療、白
?長調、?短調:邪、不幸、呪い、黒
変イ長調、ヘ短調:空間、念動、紫
変ロ長調、ト短調:聖、祝福、幸せ、金