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4 人生の棺桶と禁断の魔法

★転生四年目、夏秋、学園一年生の夏休み~後期~冬春休み

★ユリアナ十歳




「「「ただいま戻りました」」」


「おかえりなさぁい」

「よく戻った」

「おかえいなさい、姉上」


「「おかえりなさいませ」」


 夕日が真っ赤に染まる頃、マシャレッリの屋敷に帰り着いた。

 タチアーナお母様、セルーゲイお父様、エッツィオくん、そしてニコライとアンナに出迎えられた。


「アナスタシア…、大きくなったわね…」

「そうだな…。見違えるようだ…」

「姉上、歩いてる」


「もう、大げさよ」


 アナスタシアは四ヶ月で少しは大きくなった。主に横方向に。太ったとかそういうレベルではなくて、ガリガリだった指や足も、少しふっくらした。

 アナスタシアを毎日抱いて寝ている私としてはまだまだだと思うけど、しばらく見ていなかった両親には大違いなのだろう。

 でも身長が伸びているかは分からない。


 それからマレリナはどんどん大きく、そしてい色っぽくなっていく。


 一方で私の身長は伸びていない。でも、ブリギッテの言うとおり、身長が伸びないだけで体つきはマレリナと同じように成長している。

 なるほど、このまま成長すれば、ブリギッテのような三十歳のロリ巨乳少女になれるわけだ。さすがファンタジー世界。



 マシャレッリ家の夕食は美味しかった!


 パンは酵母を使ってやわらかだし、牛乳と卵、果物も使っている。久しぶりの牛乳と卵の味!

 だけど、作物が美味しくなる魔法を使っていないようだ。雇われている木魔法使いは成長促進の次に美味しくなる魔法を習っただろうに、言われたことしかやらないボンクラばかりだ。貴族が農業なんてとバカにしているくらいだから、イヤイヤやっているのだろう。


 お父様も木魔法を知らないだろうから、美味しくなる魔法を使うように指示できていない。私は食後に美味しくなる魔法の存在をお父様に教えて、木魔法使いの仕事に組み込むことを提案した。




 翌日、お父様から領地運営の報告を聞いた。いや、私、上司じゃないんだけど?


 治水工事は進み、領内の農村全域で水不足が解消した。

 水の供給と成長促進魔法、そして二毛作による連作障害解消のおかげで、すでに二毛作どころか五毛作目らしい。例年の四倍のペースで、しかも一回の収穫量も二倍あり、領地の食糧不足はあっという間に解消した。


 マシャレッリ領に収められる年貢は収穫の三割。実際には、収穫の一割は、領地から国に収める税だ。この税収が多ければ多いほど国に貢献していることになり、貴族家としてのランクアップにつながる。

 私が来る前のマシャレッリ家は納税量が最低だったこともあり、伯爵家としては最低ランクだった。でも、今年の納税量は伯爵家どころか侯爵家も越えちゃうんじゃない?


 それで、一気に作物が八倍にも増えたら、農家にもマシャレッリ家にも余りが出てくる。農家は販路を持っていないから、領地で買い上げて、余った年貢とともに、周辺の領地に売りつけている。周辺の領地は去年のマシャレッリ領ほどでなくとも、食糧不足気味のようだ。


 そこに、今度は作物を美味しくする魔法が加われば、周辺の領地に高く売りつけられるかも。

 もう、木魔法使いの株が爆上がりなんだけど、ちまたでは華々しい戦闘職の火魔法使いや雷魔法使いがもてはやされるんだ。


 そうだ!木魔法使いに、他にどんな魔法があるか吐かせよう!


「というわけで、今日から仕事内容に作物が美味しくなる魔法を追加したいと思います。もちろん、それに応じた昇給をします。その前に、他にも有用な魔法がないか知りたいです。木魔法には成長促進と美味しくなる魔法以外にどんなものがありますか?」


 私はマシャレッリ家で雇っている木魔法使いを八人を集めた。


「花が綺麗に長く咲く魔法、花や実の香りが良くなる魔法、木や葉が大きくなる魔法、花や実が大きくなる魔法、害虫や害獣を寄せ付けにくくなる魔法、枝や茎を丈夫にする魔法、薬草の薬効を上げる魔法、植物を操る魔法です」


「それは素敵ですね!魔力を込めなくていいので、是非ここで聴かせていただけませんか?」


「いいですが…」


 ぽんぽん……♪


 むふふ。この世界には魔法のメロディを聴かれただけで著作権を犯されると思っている者はいないのだ。不可解な要求と思いながらも、簡単に全部の曲を教えてくれた。


 それにしても、ほんとうに素敵な魔法ばかりだ。花の妖精さんが踊り出しそうだ。

 ん?植物を操る?とりあえず、それはあとにして、


「では、それらを組み合わせて、最高の売り上げになるようにしましょう。味だけでなく、香りも客寄せの決め手になりそうですね」


「一日に使う魔力の量をどのように割り振りましょうか?」


 なるほど。チート転生者でなければ、限りある魔力をどのように使えばいいか考えなければならないのか。とくに雇ったのは低位貴族の次男三男とかが多いから、髪の毛の色も薄いからなぁ。髪の毛は薄くないよ。


「それは、自分で考えてください。収穫時に余った分の売り上げ次第で、報酬を増額します。多少収穫量が落ちても、美味しければその分高く売れます。

 そうですね、いくら売れればいくら増額と具体的に示すのは難しいので、あなた方八人に競争してもらいます。担当してもらう作物によっても売り上げは異なるので、売り上げアップの割合が大きい順に、昇給額を十割増し、九割増し、八割増し…という具合に、最下位でも三割増しします。

 もともと売れ筋の作物の売り上げを大幅に増額するのは難しいかもしれません。もともと売れていない作物の味を改善して売れるようにする方が、売り上げアップの割合は大きくできるかもしれません。でももしかしたらその逆かもしれません。複数の作物を担当していただいてもかまいません。毎月、担当していただく作物は変えてもかまいません。

 さあ、昇級のチャンスです!意見のある方はいますか?」


 木魔法使い八人はぽかーんとしている。

 私の隣でセルーゲイお父様もぽかーんとしている。

 あ、小学三年生の算数能力では、割合とか比率とかが分からないのかな?


「では、明日までに今の内容を書面にまとめてきます。意見はそのあとでもかまいません。今までどおり成長促進だけを続けてもかまいませんが、今回の要件を飲んでいただければ最低でも三割増しですよ」


 うーん。反応が薄い…。


「では、昇給額を一位から順に、三十割増し、二十割増し、十五割増し、十割増し、六割増し、五割増し、四割増し、三割増しにします。一位は給金四倍です!量と質をうまく上げて、最高の売り上げを目指してください!いいですか!」


 まだまだ反応は微妙だけど、「四倍なら…」とか少しは気力が沸いてきたみたい。


 というわけで、美味しい作物をたくさん売ろう計画は発動した。



「ユリアーナよ、給金をいきなり四倍にしてしまってよいのか?」

「作物が美味しくなれば、周辺の領地に高く売れるようになります。領地に入ってくるお金も増えますよ。給金なんてはした金です」


 木魔法使いの今までの給金は三十日で金貨一枚だったのだ。農業支援って不人気の職だから、危険な戦闘職より給金高いんだぞ。


「ちょっと、領地の視察をしてきます」

「私も行こう」

「えっ、空から行きますけど、お父様も飛行の魔法で付いてきてくれますか?」

「えっ…。お前、アレが怖くないのか?」

「お父様はハープの弦を見ていないと、魔法を弾けませんか?」

「そうだな。目を離すことはできん」

「うーん。では、私一人で行ってきます。魔法をもっと簡単に使えるように、何か考えてみます」

「ほう…。さすがだな…」


 だから、何を吹き込まれるとさすがになるんだ!



「ときにお父様。このようなことを聞いてよいのか分かりませんが、お父様はレナード神父様から私たちをいくらでお買いになったのですか?」

「いくらとはなんだ?」

「えっ?」


「レナードは聡明で優秀な治療魔法使いを養女にしないかと持ちかけてきたのだ。たまに生まれる平民の魔力持ちなどそれほど期待していなかったが、もはや治療費すらなかった私たちはわらをも掴む思いですがったのだ。

 しかし蓋を開けてみればどうだ。レナード言ったとおり、お前たちは本当に優秀な治療魔法使いで、助かると思っていなかったアナスタシアを見事に助けてくれた。本当に感謝している。

 しかもユリアーナ、お前に至っては、どん底だったマシャレッリ領までをも生き返してくれたではないか。レナードの言っていたとおり、お前は本当に聡明だな」


 尋ねたことの答えが返ってこない。私がとんちんかんな質問をしているということだ。


「じゃあ神父様には一銭も払ってないんですか?」

「ああ。そうだが、なんだ?金が必要だったのか?それなら支払うがいくらだ?といってもお前のおかげで稼げた金だがな」

「い、いえ、そういうことではありません…。もうしわけございません。お父様に余計な心配をかけてしまいました…」

「ふむ。お前たちは宝だ。言われてみれば、たしかに対価を払わねばならん」

「いえ、本当に聞かなかったことにしてください…。神父様は対価など求めていませんから…」

「そうか…。それならよいが…」


 クソ神父め。何が売り飛ばすだ。慈善事業じゃないか。憎いやつ。

 いや、ブリギッテやマリアちゃんは、本当に王子を射止めるコマとして売り飛ばされたのかもしれないな。とくにマリアちゃん。どうしてあんなに王子に固執するのだろう。




「ふんふん…♪」


 私は屋敷の庭で飛行の魔法を歌い、高く舞い上がった。

 これがマシャレッリ領の領都。城壁で囲まれた町。

 そこから少し離れたところに農村が五つある。


 水路が整備されたのがよく分かる。これならどの農地も干からびないだろう。


 寂れていた頃の領地を知らないけど、農村と領都の間の道に馬車の往来が多い。でも道が狭くて、すれ違いがうまくできていない。それに、左側交通とかそういうルールもないようで、左によけたり右によけたり。

 パン屋に馬車が集中してるな…。それもどうにかしなきゃ。

 よし、次は道路の整備だな。街道や町中の道を整備するのは転生者の嗜みだし。たんに土魔法で整形するだけじゃなくて火魔法で焼けば、少しは道がよくなるだろう。


 というわけで、屋敷に戻って、お父様に次の工事計画について話し合った。




 さて、せっかく空を飛ぶなんて素敵な魔法があるのに、お父様は使いこなせていない。この世界で魔法を使うにはハープを奏でなければならない。しかも、弦を見ないと弾けないとか困ったもんだ。

 まあ、魔法を使うのに魔法の杖を持って深く集中して呪文を唱えるという世界とあまり変わらないだろうか。


 でも、ハープに限らず、少なくとも私の声で魔法を使えるのだから、楽器は何でもいいはずだ。もっと簡単に弾ける楽器…。むしろ、楽器ですらなくて決まったメロディを鳴らすだけならCDとかでもいいんじゃない?まあCDを作るのは不可能として、レコード?オルゴール!


 ぜんまい式のオルゴールにしよう。オクターブは関係ないので、十二個の弦か何かを、円柱に取り付けたピックが弾く。ぜんまいを巻いて、ボタンを押すと一メロディ分回って停止する。何回分か巻いておくこともできる。音楽もクソもないけど、速く回せばそれだけ必要な音を非常に高速に鳴らすことができる。

 メロディを配置した円柱カートリッジを交換式にして、ぜんまいや弦の部分に挿して使う。


 という設計図を描いて、領都のハープ製作技師や細工師、鍛冶屋を屋敷に呼びつけて、オルゴールとメロディカートリッジを作ってもらうことにした。弦の部分はハープ製作技試で、ギアとカートリッジの製作は鍛冶屋。組み付けは細工師に頼む。

 ハープだって何ヶ月もかかるものなので、この長期休みの期間にはできないだろう。次の長期休みのお楽しみだ。

 私のポケットマネーから代金を出した。盗賊の納品で稼いだ金貨が百枚以上あるのだ。




 今回、王都で魔道具を買ってきた。室内灯と便器だ。


 室内灯は電気魔法で光を放つ魔道具。普通のランプよりもとても明るい。

 魔道具はランプなんかよりかなり高いので、裕福な商人でもないと手が出せないけど、燃料となる雷の魔石はランプの油とたいして変わらないので、一度入手してしまえば維持は楽だ。それに、私がいる間は魔石に充電することもできるので、燃料はタダだ。

 こうして、屋敷の中がかなり明るくなった。


 それから、便器というのは汚物を土に変えてくれるものだ。においも取れるので、汚物処理がとても楽になる。汚物処理担当のオルガとアンナにとても喜ばれた。



「ねえユリアーナ!ユリアーナも私と遊んでよ!」


「分かったわ。お外でお散歩でもする?」


「えーっとね、今日はマレリーナの行きたいところについて行くわ」

「えっ、私?私は~…。町を歩いてみたいわ」


 アナスタシアはまだまだとても一人で歩いてお散歩できるほどではない。というか、いまだに自分の部屋から一階に降りるのに一時間かかる。ほとんどマレリナが介助している。いくらマレリナが優しくて献身的だからといって、マレリナも十歳の女の子としてはそろそろストレスが貯まってきているかもしれない。それをアナスタシアは感じ取ったのだろうか。


 私は視察でいろんなところを回ったり、ハープ屋に行ったりしているけど、たまには二人ともどっか行きたいよね。


「じゃあ、今日は私がお姉様をエスコートするから、マレリーナの好きなところへ行きましょう」



 私とマレリナは町娘の服に着替えた。


「私もそういう服を着てみたいわ」

「ではまずお姉様の服を買いに行きましょう」


 私とマレリナは、アナスタシアの両手を取って屋敷を出た。か弱い実子が外に出るというのに護衛はなし。私とマレリナはなんだと思われているのだろう。聡明で優秀な治療魔法使いの領分を超えているだろう。

 マレリナと私はハープ持参。私は異次元収納にいろいろ入っているけど、ハープを弾いて異次元収納を開けるという体を取らないといけないのだ。


「はぁ…はぁ…」


 アナスタシアは屋敷を出て五分で根を上げた。


「お姉様、どうぞ」

「ありがとう…」


 私はアナスタシアをおんぶした。今日は私もハープを背負っていたから、アナスタシアをおんぶする際にハープを前にかけた。

 アナスタシアはマレリナや私がおんぶすると、少し顔を赤らめる。いつも申し訳ないと思いながらも、頼りになるお姉ちゃんが好きって思っているように見える。むふふ。

 そもそも、アナスタシアのペースでは古着屋に着く前に日が暮れる。



 古着屋はちょっと入り組んだところにあり、メインストリートを離れた途端にこそこそと付いてくる足音が。


「マレリナ、準備」

「分かった」


 ぽんぽん……♪


 マレリナはハープを出して筋力強化を弾いた。さらにいつでも再起動できるように指を構えている。

 やはり、オルゴールが早く欲しい。


「お姉様、ちょっと降りてね」

「ええ…」


「ふんふん……♪ふんふん♪」


 私はおんぶしていたアナスタシアを降ろした。アナスタシアは私の警戒心を悟って不安そうだ。

 そして、私は筋力強化とスタンガンを歌った。


 ドレスを着ているアナスタシアを誘拐しようと話し合っている声が聞こえる。


 後ろの建物の影に男たちが潜んでいる。一、二、三…、六匹か。金貨十二枚だね。

 洗脳はどこまで届くのか検証しよう。


「ふんふん……♪」


 男たちにひれ伏すよう命じたけど、遠すぎるか、それとも対象を正しく認識できていないのか、ひれ伏したような音は聞こえない。


 男たちが走り出して、建物の影から現れた。


「ふんふん……♪ふんふん……♪ふんふん……♪」


「ぐわー」

「なっ…、ぎゃー」


 私は男たちの足下に風魔法のかまいたちを放った。男AとBの足首を切断した。


 マレリナはアナスタシアの警護に徹して辺りを警戒している。


 男Cがマレリナに向かって走ってきて、大ぶりのパンチ。しかし、マレリナにそのようなパンチは当たらない。


 男Dがマレリナに向かって走ってきて、マレリナを取り押さえようとした。しかし、マレリナはひょいっとよけた。


 男Eは私に向かって走ってきて、私を取り押さえようと手を伸ばした。私は男Eの手を自分の手で受けた。


「あぎゃああ…」


 男Eはスタンガンを受けて気を失った。


 男Fは私に走ってきて、大ぶりのパンチを放ったが、よけるまでもなく当たらなかった。


 続いて、私は男Fに膝蹴り。


「あぎゃー…」


 男Fはスタンガンと打撃により気絶。


 マレリナの反撃。マレリナは男Cの腹にパンチ。筋力強化を施したマレリナの力は、今や大人の男を超えている。


「ぐほっ」


 男Cは腹に受けた打撃が大きく、もうろうとしていて攻撃できない。


 私は男Dの元へ移動して、男Dの頭を膝蹴り。


「ぐうぇっ…」


 頭への打撃とスタンガンにより男D気絶。


 マレリナは男Cの股間に膝蹴り。


「はうっ…」


 マレリナは男Cの顔にパンチ。腹にパンチ。股間に膝蹴り。顔にパンチ。腹にパンチ…。


「マレリナ、もう気を失ってるよ」

「あれっ」


 マレリナ、鬱憤晴らし?アナスタシアのおもりばかりでマジすまんかった。



「マレリーナ、かっこいい…」

「えっ、私?」


 うふふ。たたえられるのはいつもマレリナ。派手なアクションがかっこいいしね!

 私のは速すぎて見えないとか、殴ってきた敵のほうが倒れたりとか、見ていて意味が分からないのだろう。


 私は異次元収納から縄を出して男たちを縛りつつ、切断した足を接続する治療魔法で接続。股間はそのまま。

 洗脳をかけてしばらく奴隷として従順になるよう命じつつ、男たちを異次元収納にぶっこんだ。


 ハンターギルドに男たちを納品したいところだけど、アナスタシアとマレリナとのお出かけのほうが優先だ。たまに空気を入れ換えるために異次元収納を開けるのを忘れないようにしつつ、古着屋に向かった。



「平民の服も可愛いのがあるじゃない」


 アナスタシアは六歳くらいにしか見えないので、アナスタシアに合う服は可愛いのばかりだ。


「あなたたちも、もっと可愛いのにしたらどう?」

「お姉様、これはお忍びで町に出るための服だから、可愛いとさっきのやからみたいのに襲われちゃうのよ」


 マレリナの言うとおり、目立たない方がいい。


「何を言っているの?マレリーナとユリアーナの髪はあまり目立たない色かもしれないけど、こんなに長くて綺麗な髪の子は、町中で見かけないわ。私なんて青よ。もう髪だけで貴族ってバレバレじゃない」

「あっ…」


「それは気が付かなかった…」


「うふふ、ユリアーナはときどき抜けてるわよね」


「うぐぅ…」


 なんてこった。


 というわけで、アナスタシアだけでなく、私とマレリナも、比較的可愛い平民の服を買った。まあ、ドレスで暴れるわけにはいかないから、ボロボロにしてもいい服という位置づけだ。でも、三着で金貨一枚もしたよ。


「二人とも可愛いわ。マレリーナなんてもう大人になっちゃいそうね」

「そんなことは…」


 最近、身体の凹凸がはっきりしてきたマレリナは、アナスタシアに身体をジロジロ見られて顔を赤らめている。


 男たちを相手にしたせいで時間が押してきた。あ、空気を入れ換えなきゃ。


 アナスタシアは町中を数分歩いてダウン。私はアナスタシアをおんぶして町を散策して、マシャレッリの屋敷に戻った。


 そして、アナスタシアを部屋に帰したら、私はふたたび町へ。ハンターギルドで盗賊を換金して屋敷に帰った。




 今日の散歩は有意義だった。もちろん、アナスタシアが普通の女の子のように遊べるようになってきたということがいちばんなのだけど、町の治安問題が浮き彫りになった。

 マシャレッリ領は長年貧乏だったので、盗賊が狙う価値もなかったのだろう。だから、警備兵がいなくてもやってこられた。でも最近いっきに潤ってきたせいで、余計なものも招き入れてしまったようだ。


「お父様、今日は領の警備について相談があります」

「うむ」


 セルーゲイお父様の執務室に赴いて、相談を持ちかけた。


「昨日、領都にアナスタシアお姉様と出かけたところ、お姉様を狙った盗賊が現れました」

「なんと…。無事だったのだな?」


「はい。ですが、狙われるのはお姉様だけではありません。裕福な商人も対象となっているでしょう。今後盗賊はますます増えていくことでしょう」


「今まで何の魅力もないマシャレッリ領には商人の出入りもほとんどないから、盗賊も出なかったのだがな…。賑わってきたら盗賊にも魅力的な場所になってしまったということか」


「そういうことです。皆、うちの美味しい作物やパンを求めて、付近の領地から来ているのに、領都で商人が襲われたとあっては、マシャレッリ領の評判ががた落ちです。領都はもちろん、領内の農村や周辺の街道まで、皆の安全を保証しなければなりません」


「兵力の増強か…。予算を確保できるかどうか…。木魔法使いのような人数では済まんぞ」


「木魔法使いと同じように、火魔法使いや雷魔法使いを雇うことは可能ですか?」


「残念ながら戦闘職は人気で、すでに侯爵家や上位の伯爵家に雇われておる」


「治療魔法使いは?」


「そもそも治療魔法使いは、基本六属性に対して一割程度しかおらぬ」


「では、領民全員で領地を守るしかありませんね」


「それはどういうことだ」


「領民で十歳以上の男性と女性に、兵士として領地の見回り警備と戦闘訓練を義務づけるのです」


「そんなことをしたら、働き手がいなくなってしまう」


「大丈夫ですよ。一度に全員兵士になれといっているわけではありません。ローテーションを組んで、八週間に一回の見回り警備、一回の戦闘訓練をすればよいようにします。その程度であれば、今の潤っている領地で働き手が減っても、十分に仕事を回せるでしょう。

 しかも、兵役に参加した分は、年貢や税金を免除するのです。そうですね、三割の税が、兵役に参加する一人に付き二分減といったところでしょうか。十歳以上の者が一人の家庭の税は二割八分で、二人の家庭は二割六分です」


「しかしそれでは、年貢や税収が減ってしまう」


「いえ、今も余って他領に売っているくらいなのですから、多少減っても問題ないでしょう。そもそも、治安が悪化して商人が来なくなって作物が売れなくなれば、困るのは自分たちです。むりやり徴兵するのではなく、自分たちの生活を自分たちで守るという意識を領民に持たせるのです。そうすれば、徴兵への不満が薄れます」


 国民皆兵で領地を守るのは、転生者の嗜みだ。


「なるほど…。だが、女性も参加させるのか?女性では男にかなわぬだろう」


「女性こそ、自分の身を自分で守らなければなりません。盗賊が狙うのは、金目のものと女性です。なにも、一対一でやり合えといっているのではありません。戦闘訓練を積んだ女性が二人か三人集まれば、盗賊の一人にもかなうはずです。盗賊なんてそんなに多くありませんから、領民が二十人一組で警備に当たっていれば、たいてい倒せるでしょう。そして、もし盗賊の大軍が押し寄せてくれば、その時は警備担当以外の者も臨時で戦闘に加わればよいのです」


「なるほど…」


「徴兵は義務なのですが、盗賊を倒してハンターギルドに引き渡せば、賞金として金貨一枚、五体満足で奴隷として使えそうならもう一枚もらえます。二十人で分けてもかなりの稼ぎになります」


「それはよい案だな」


 ハンターギルドというのは国や領地とは独立した機関で、私がいつも盗賊をギルドに引き渡してお小遣いをもらっても、国や領地の懐は痛まないのだ。


「戦闘を指導する専業兵士と、警備隊を指揮する常勤の兵士も数人いたほうがいいですね。戦闘時参加して傷ついた兵士や領民を癒すために、できれば命魔法使いを雇っておきたいところですが…」


「そうだな」


「今話したような兵役制度の法案を明日までにまとめますので、明日また話しましょう」


「うむ。よろしく頼む」


 こうして翌日、兵役制度の法案をまとめた書類を持ってセルーゲイお父様のところに赴き、兵役制度は開始されたのであった。戦闘訓練が功を成してくるのはとうぶん後であるが、警備兵の見回りにより先日のように町中に盗賊が堂々と居座るような自体は少なくとも避けられるようになった。




 さて、マシャレッリに帰る前から便利に使っている異次元収納だが、アナスタシアが授業で習った空間魔法はすべて素敵な魔法ばかりだ。念動、異次元収納、短距離瞬間移動。超能力みたいな魔法が目白押し!

 だけど、消費魔力が激しくて、アナスタシアは使いこなせていない。頑張って毎晩魔力を鍛えているけど、まだまだ実用的なレベルではない。


 アナスタシアが念動でできるのは一キロのものを一分持ち上げるとか。異次元収納は十センチ画の異次元空間を十分間維持するとか。短距離瞬間移動に至っては十キロのものを一メートル瞬間移動させるとか。

 どれも面積や体積、質量と距離と時間の積が消費魔力なので、小さなものならもっと遠くに飛ばしたり、長く維持できたりする。だけど、もうちょっと魔力が高くないと、使い物にならない。空間魔法は学園に入って初めて適性があると分かったので、魔力のトレーニングにかけた時間が短いのだ。

 それに、アナスタシアはハープを弾かないと魔法を使えないので、日常生活でものを運んだりみたいな使い方は難しい。


 でも私なら鼻歌で短距離瞬間移動したり、ものを持ち上げたりできてしまうのだ。しかも、私は聖魔法以外で魔力切れをしたことがなく、どこまで重いものを持ち上げられるのか、ちょっと実験しようがない。

 まあ瞬間移動は転生者の嗜みだしね。だけどこの瞬間移動、見えているところにしか移動できないんだ…。私は地獄耳だけど千里眼じゃないから四〇〇〇キロも先まで見えない。



 他に、授業で習った魔法をおさらいしてみると、命属性は身体の部位や怪我や病気の症状を現すメロディと「治す」というメロディの組み合わせが多く、語彙が増えてきたという感じだ。

 身体の部位を表すメロディは、転調すれば他の属性でも使うことができる。例えば頭を冷やすというようなことができる。あくまで物理的に冷やすのであって、怒りが収まるわけではない。イメージさえしっかりしていれば、頭だけ冷やすというのは前からできたけど、ちゃんとイメージに沿った文をメロディで表現すれば、効率が格段に上がるのだ。



 それから、マシャレッリに帰ってから木魔法使いに教えてもらった魔法はどれも素敵だ。


 花が綺麗に長く咲く。

 花や実の香りが良くなる。

 木や葉が大きくなる。

 花や実が大きくなる。

 害虫や害獣を寄せ付けにくくなる。

 枝や茎を丈夫にする。

 薬草の薬効を上げる。

 植物を操る。


 木魔法使いたちにはどうすれば売り上げが高くなるのか自分で考えろと言っておいたが、私も実験することにした。屋敷の裏庭の家庭菜園を使って、魔法をかけた場合とかけない場合で、どういう違いが出るか試してみる。「早い」と成長促進だけ併用すれば、長期休みに間に何回か試せるだろう。


 ちなみに、「大きくなる」というのは、火魔法や風魔法に含まれる「大きい」というメロディを転調したものと同じだった。活用とか品詞みたいな区別はないので、イメージでどうにかしろといったところだろうか。

 大きくなる魔法の前にあるメロディは、木、葉、草、花、実、枝、茎、蔓、芽、根といった単語だった。単語が増えていくのは楽しい。前置詞とか助詞みたいなものもないので、修飾語が何にかかるのかもイメージ次第だ。


 害虫や害獣といった単語もゲットした。「寄せ付けにくくなる」というメロディは、聖魔法の厄除けの中にも含まれていた。もちろん調は別だ。木属性はホ長調で、聖属性は変ロ長調だ。つまり、害虫や害獣から寄せ付けにくくなるというのを変ロ長調で弾けば、そういう出来事のピンポイント厄除けになりそうだ。聖魔法が人ではなく植物にかけられるかも試してみよう。マリアちゃんにかけたら害虫…王子よけにならないかな?比喩的な言い回しは受け付けてもらえないからムリだろうな。


 育ててるのは薬草じゃないけど「薬効が高くなる」をかけてみた。味は変わったような変わらないような。普通の野菜や果物にとって薬効ってなんだ?しばらく食べ続けないと分からないかな。


 それから、「植物を操る」ってなんだ…。もっと詳しい動作を聞いておけばよかった。木のお化けでもイメージすればいいのだろうか。と思って、屋敷の外壁の外の木にかけてみると、見事に木が動いた…。簡単な命令を与えて、しばらく仕事や戦闘をさせられる。細かい命令を都度イメージすると、かなり自由に動かせる。

 木のお化けをたくさん作れば森で最強なんだけど、木魔法使いは戦闘職に向いていないってどういうことなんだろう。



 木魔法の楽譜を描いた。木魔法使いの友達できないかな。

 あっ!エッツィオくん、木魔法使いじゃないか!


「ねえねえエッツィオくん、ハープ弾いてみない?」

「いいの?わーい」


「この丸がね、このげ……」

「わーい!」


 ぽろぺろりん♪


「あ、じゃあお姉ちゃんが先にひ……」

「おもしろーい!」


 ぽぺろろるん♪


「あっ…、そんなに引っ張ったら…」

「あははー!」


 はぁ…。五歳じゃまだ早かった…。私はともかく、マレリナは六歳でもっとしっかりしていたけどなぁ。貴族のぼんぼんめ…。

 しかし、私はエッツィオくんに英才教育を施す意欲が湧かないのである。エッツィオくんはまだ可愛いけど、私はショタコンではないのだ。これが女の子だったらなぁ…。


 ハープをエッツィオくんのお部屋に放置したまましばらく離れたら、弦が外れていたり緩んでいたり散々だった…。壊されなくてよかった…。いやいや、調律できない人にとっては壊されたも同然だ。調律代は十万円だもんな。


 結局、エッツィオくんと木魔法の素晴らしさについて語り合うことはできなかった。




 それから、メロディの語彙が増えてきたので、とくに命魔法の身体の部位と、木魔法の草とか花とかを、他の属性に転調して使えないかを試してみた。

 恐ろしい組み合わせを思いついた…。「脚が美味しく育つ」とか…。いや、人体にかけるから恐ろしいのであって、ミノタウロスとコカトリスにかけてみよう。

 そもそもミノタウロスを食肉用として飼っていなくて、タチアーナお母様が試し打ちで焼いてしまったのを食べたきりだ。

 というわけで、ミノタウロスとコカトリスを食肉として解禁して、脚に限らずいろんな部位を美味しく育つように魔法をかけたものと、魔法をかけていないもので、一ヶ月後に食べ比べてみよう。一ヶ月でいいのかは分からないけど。


 ちなみに、食肉を取るためにミノタウロスやコカトリスを殺すと、魔石を採取できる。コカトリスは火の魔石で、ミノタウロスは水の魔石だ。食肉として殺さなくても、彼らはかってに死んだり増えたりしているのだけど、そのときは魔石が見つからない。魔石ごと共食いしているのだろうか。


 ところで、マレリナの太ももは最近美味しそう…。どんどん女として魅力的になっている…。そこで美味しく育つをかけたらどうなるのだろう。いや、美味しいってそういう意味には捉えてくれないよね…。いやいや、美味しくじゃなくて、綺麗に育つにすればいいじゃんか。

 他の人で人体実験して失敗するわけにはいかないから、自分の…いや、ミノタウロスでやるか…。ミノタウロスの足は人間っぽくないけど、とりあえずやってみよう…。


 あれ…、胸が大きく育つって禁断の魔法なんじゃ…。これもミノタウロスで実験してみよう…。




 長期休みって何すればいいのかな。宿題とか出てないのだけど。そもそも、授業で紙を使ったのって最後のテストだけだ。見る聞くオンリー。授業でノートをとっているのも私だけだし、他の子は復習もできないだろう。男爵令嬢のマリアちゃんならともかく、公爵令嬢のスヴェトラーナなら、一枚につき一万円の紙なんてはした金だと思うけど、まあそういう習慣がないのだからしかたがない。


 なんだか落ち着かない。やるべきことはないか。裏庭の畑には毎日魔法をかけるだけだし、領地の問題点も洗い出して対策を打った。


「ねえユリアーナ、なんでそんなに落ち着きがないのかしら?」


 マレリナには私が落ち着いてないように見えるのか。いや、実際に落ち着いてないけど。


「えっ、何かやるべきことがないか考えてるところなのよ」

「ないならないでいいじゃない」

「えっ?」

「えっ?」


 あれ、やることがなくていいんだっけ?疑問の顔で返したら、マレリナにさらに疑問の顔で返された。

 やることがないということに疑問を持つことがおかしい?


 私は幼い頃からマレリナと一緒に毎日欠かさず野草摘み。もちろん、道ばたの枝を振り回したり、石を投げたりして遊んだけど。

 薫だって休みにはアニメを見たりゲームをしたり。


 ああ、今は長期休みだった。なんだかこの世界に来て休む日はなかったなぁ。学園にいたときも、週末は狩りに出ていたし。


「ゆっくりすればいいじゃない」

「そうね」


 マレリナの言うとおりだ。ゆっくりすることなんて忘れていたよ。


「なら、お庭の散歩に付き合って」

「「もちろん」」


 アナスタシアと庭をゆっくり歩くだけで一日過ごしたっていいじゃないか。私たちはまだ十歳なんだ。夏休みには遊べばいいんだ。ニートじゃないんだ!



 こうして日々をゆっくり過ごし、一週間もすると作物ができてきた。早い成長促進は素晴らしい。


 葉や大きくしすぎると、実の生長が遅くなったり、味が悪くなったり。だけど、実を大きく美味しくするためには、ある程度大きい葉が必要だったり。

 何回か試してベストな配分を探るしかないだろう。



 さらに日々は過ぎて、ついにミノタウロス肉とコカトリス肉の試食会。魔法をかけてないお肉と、美味しく育つ魔法をかけたお肉。モモや肩。それから部位を限定せずに全身をイメージしてかけたもの。


「これがいちばん美味しいわぁ!」

「私もこれだな」


 タチアーナとセルーゲイに試食してもらった。やはり、部位を指定してピンポイントで魔法をかけたものがいちばん美味しかった。次点で全身美味しくしたものだ。


 こうして、マシャレッリ領に新たに食肉加工業が立ち上がり、領地には香ばしい匂いが漂うようになった。



 続いて、綺麗な脚に育てたミノタウロス…。やはり動物の脚が美しいかどうか、私の感性では判断できない…。綺麗な脚はとくに美味しくならなかった。


 さらに、禁断の魔法…、胸が大きくなるは、胸板が厚くなったような気がする…。乳房も大きくなったけど、ちょっと違う…。ダメだ、怖くて人体実験に踏み切れない。

 しかし、ミノタウロスの乳の出が良くなった…。これは酪農業に取り入れよう。


 そして、牛の胸を美胸にしても、効果がよく分からなかった。やはり、乳房ではなくて胸全体と認識されているような気もする…。

 治療魔法で乳房って部位のメロディが欲しい…。


 でも、美脚だけなら自分で実験してもいいだろうか…。ダメだ、やっぱり勇気が足りない。間違えたら取り返しが付かないかもしれないし…。

 そうだ!人体実験といえば盗賊!でも女盗賊って見ないな…。


 禁断の魔法は女盗賊を捕まえるまでお預けとなった。




 というわけで、のんびりしていたり、バカなことをやっていたりしたら、帰省してあっという間に四十日がすぎた。今度はちゃんとカウントしていたよ。


「「「いってきます!」」」


「身体に気をつけるのよぉ」

「しっかり励みなさい」

「いってらっしゃーい」


「「いってらっしゃいませ」」


 タチアーナお母様、セルーゲイお父様、エッツィオくん、そしてニコライとアンナに見送られて、馬車は王都にたった。馬車の中は私マレリナ、アナスタシアとオルガ。御者はデニス。護衛はなし。


 マシャレッリ領とその付近は平和だ。見回り兵がいるからだ。でも、そのあとは、盗賊が四組出た。残念ながら、女盗賊は出なかった。

 というか、護衛も付いていない貴族の馬車なんて、格好の餌なのではないだろうか。護衛が付いていればこんなに襲われないよね?


 道中、マレリナはアナスタシアの酔いを治療したり、アナスタシアのお尻が痛くならないように、膝に乗っけたり。

 アナスタシアのお尻はまだまだガリガリ。お尻が綺麗で大きく美味しく成長する魔法をかけてあげたい…。




 王都に着いた。長期休みが始まってから五十五日。あと五日くらいで授業が始まるはず?


 この五日の間に、私はやることがある。まず、学園の近くの空き家を借りた。貴族の屋敷ではないので、王都邸ではない。そこの地下に牧場を作るのだ。

 土魔法で掘って火魔法で表面を焼いた。そして、異次元収納に入れてきたミノタウロスとコカトリスを放牧。果物を植えておけば食物連鎖が発生し、なぜか果物と魔物は永久機関になる。

 ついでに裏庭に果樹園も作る。


 この地下牧場のために、後日、マシャレッリ領から木魔法使いと風魔法使いが派遣される。風魔法使いは、真空で魔物を気絶させる役割。木魔法使いは、もちろん果物にいろいろかけてもらうだ。


 これで、アナスタシアのタンパク質を確保しつつ、王都でお店を開くんだ。むふふ。


 寮の地下で魔物を飼うのはさすがにマズい。それにスタッフが出入りできない。だから、近くに空き家を借りたのだ。果物の木は成長促進さえ使えば光合成しなくても、もやしになったりしないようだ。それに、魔物のエリアに植えた果物の木は、魔法をかけなくてもかってに成長する。魔物が魔力を与えているのだろうか?




 そんなこんなですごしているうちに、学園の授業が始まった。私たちが到着して七日後、つまり、長期休みが始まってから六十二日後に。マジで「六十日くらい」だった…。

 生徒の到着が何人か遅れたらしい。ずぼらな人に合わせなくていいよ。そう思うのは日本人だったからだろうか。


 座学の授業は相変わらず教師が話しているだけだ。一応、魔法や魔物に関することを聞いたことを一枚一万円の紙にメモっている。まあ、読み返すまでもなく覚えていられる程度のことばかりだけど。でも、薫の記憶力では忘れていただろう。



 魔法の授業も相変わらずだらだらと一フレーズを練習しているだけ。


 命属性グループはアリーナ先生に演奏会をさせた曲を楽譜にしてある。だから、マレリナは休みの期間中も毎日時間を練習していた。そしてセラフィーマも帰省中に練習してきたようだ。

 セラフィーマは勉強熱心というか研究熱心というかオタクっぽいというか、こういうのにのめり込むタイプだ。でも、名前を忘れられていたのはちょっとショック。まあ、ものを覚えるの全般に苦手だった薫からすれば共感できないことはない。

 まあ、そんなこともあって、命属性グループは六曲習得している。いまだに二曲目をやっている基本六属性グループとは違うのだ。


 進んでいるのはスヴェトラーナの火属性も同じ。一人でどんどん先に行っている。水も全曲教えてくれれば、アナスタシアとスヴェトラーナがどんどん進めていけるのだけどねえ。


 心属性グループのマリアちゃんのハープの音は、休み前に借りた代用品のものと代わっていた。私はハープの傷とか見た目でハープが代わったかどうか判別できないけど、代用品のハープのドの音が何分の一音下がっていて、レの音が何分の一音下がっていたかというのは覚えている。

 そして、マリアちゃんが今使っているハープは、下がり方が違うのだ。休みの二ヶ月間で全体的に下がったとかではない。全部八分の三音下がっているのだ。この世界の調律師がどういう風にやるのかは興味あったけど、レベルはたかがしれていることが分かった。


 マリアちゃんのハープは、もはや魅了と洗脳を普通に発動できてしまう精度だ。今後、また王子と逢い引きしないか目を光らせておかなければならない。



 そんなことよりも、スヴェトラーナの胸は二ヶ月の間にまた大きくなっていた。もしかしたら乳房が大きく成長する魔法がかかっているのではないかと思うくらい。胸板は厚くならずに乳房ばかりでかくなっている。とても素晴らしい。

 王子はこんなに素晴らしいものを持っているスヴェトラーナを捨ててしまったのだろうか。それなら私がもらう。


 と思っていたら、


「今から呼ばれる者は、授業の終わった後、残ってください。スヴェトラーナ、……、……、セラフィーマ、……、……、マレリーナ、ユリアーナ、アナスタシア、以上です」


 私の姉妹と友達、あとは四人の女の子。私のためにハーレムでも作ってくれるのかな。むふふ。


「何を始めるのかしら…」

「大丈夫よ、お姉様」


 アナスタシアが不安そう。それをマレリナが元気づける。姉妹愛、美しい。


 教師がやってきて、生徒の机に紙を配った。


「試験を始めます。問題を言いますので、番号と答えを書いていってください。

 一番。王都の一つ北側に位置する領地の名は?一番。王都の……」


 おいおいいきなり地理か。休み前のテストでは一般知識をやらなかったのだけど、ここでいきなりか。


「六番。三×四+八は?六番……」


 今度は算数か!


「十一番。約五十年前にローゼンダール王国が戦争に勝利した、東側の国の名は?十一番……」


 歴史もか…。


 っていうか、長期休み前にやった期末テストより長いよ…。


 それから、単語のスペルとか意味とか。語学だな。

 合計二十問か。


「それでは試験を終わります」


 なぜ休み明けに突然一般教養のテスト…。なんで休み前に一緒にやらなかったのか。紙がもったいないから、ふるいにかけてからってこと?


「授業でやったことだけど、ユリアーナとマレリナに教えてもらっていたから簡単だったわ」

「それはよかったです」


 一般教養の授業内容は一年前にアナスタシアに家庭教師した内容、つまり神父様に教えてもらったことばかりだ。



 後日、また授業のあとに残るように言われた。メンバーはスヴェトラーナ、セラフィーマ、マレリナ、アナスタシア、私。私のハーレムメンバーばかり集めてどうするつもりだ。どうせなら他の四人の子も入れてくれればよかったのに。


 そして、今日はなぜかヴィアチェスラフ王子が教師と壇上に立っている。


「おめでとう。キミたちは、私の正室候補となった」


 はい?


「キミたちは学園の勉強に励み、魔法も優秀で、さらに、教養も身につけている。王妃になる素質を持っていると判断した。これからも切磋琢磨して、ぜひ正室の座を目指してほしい」


 マ・ジ・で…。棺桶に足を突っ込んでしまった…。


「正室になれずとも、側室は確定したようなものだ。将来、私とともにこの国を支えてほしい」


 訂正…。棺桶に全身入ったも同然じゃないか…。


 クソ神父、もしやこれを狙っていた?

 いや、常識的に考えれば、王子様と結婚って、女の子の花形なのかな…。そうか。そうだよね…。でもそれって側室でもいいのかな…。


「スヴェトラーナ、あの一件以来、私は自分を見つめ直し、そしてキミのことも見つめ直した。キミに悪いことなど何一つない。キミを疑って悪かった。謝罪する。許してもらえないだろうか…」

「殿下…。顔をお上げになって。わたくしは殿下の誠意あるお言葉を受け取りました」

「ありがとう。そして、キミはやはり最も王妃となるにふさわしい美貌と才能を兼ね備えている」

「まあ…殿下…」


 何このラブコメと思うけど、スヴェトラーナは嬉しそうな、いやでも困っているような。


「セラフィーマ、キミも美貌と才能に溢れている。魔力が非常に高く、魔法習得も早い。ぜひ、まい進するように」

「は、はい…」


 セラフィーマは絶望的な表情だ。


「マレリーナ、キミは平民出身の養女と聞いたが、ここまで才覚ある者は珍しい。このまま魔法の訓練と勉強を続ければ、スヴェトラーナから正室の座を奪える可能性もある。ぜひ頑張るように」

「は、はい…」


 マレリナも苦笑い。


「アナスタシア、キミのその小さな身体には、大きな可能性秘められている。高い教養と魔法習得の速さ。そして何よりマルチキャスト。期待している」

「は、はい…」


 アナスタシアは相変わらず不安そう。


「ユリアーナ、キミの魔力は正しく測定できておらず、髪色からも判断できない。しかし、アリーナ先生からは、授業で魔法を非常にうまく扱えており、魔力量も申し分ないと報告を受けている。そして、非常に教養のレベルが高い。ぜひ、正室の座を目指してほしい」

「は、い…」


 私は顔が引きつっていて、声がうまく出なかった。


「あ、マリアちゃ…様はどうなったのですか?」

「彼女は残念ながら、休み前の試験結果が芳しくなかった…。だから、(めかけ)になってもらおうと思う」


 マリアちゃんこそ正室の座を狙っていただろうに…。なんで私が…。

 側室だけじゃなくて、妾もいるの?妾にはいつも取り巻いている可愛い子とかお気に入りの子を集めるのか…。


 ちなみに、正室っていうのは第一夫人で、側室というのは第二以降の夫人だ。つまり王子の夫人ということは、将来は第一王妃と、第二以降の王妃ということだ。そして、生まれた子供は王位継承権を持つ。

 一方で、妾というのは愛人だ。法律的には何の関係も持っていない。生まれた子供も王子とは何の関係もない。遊びのための女だ。


 私たちはまったく王子にたかっていなかったのに、優秀だから側室に選ばれてしまったのか…。正室はともかく、側室にも働かせるのか。

 この王子…、女の子をたくさん侍らせている色ボケかと思ったら、正室と側室を可愛くて、なおかつ優秀な女の子で固めて、職場をハーレムにしようとしているってことか?


「あの…、どうすれば側室候補を辞退できるでしょうか…」

「ん?他の子を蹴落としてまで正室になりたいのかい?ボクとしては、キミ自身の能力を磨いて正室を目指してほしいな」


 どんだけ脳沸いてるんだ…。私たちが王子の正室や側室になるのを望むのは当たり前だと思っているのか…。セラフィーマもうちの姉妹も嫌がってるじゃないか…。もしかしてスヴェトラーナも?


 どうやったら辞退できるかな…。正室にならなくても側室って絶望的すぎる…。

 エルフであることを暴露すれば…。いや、ブリギッテは普通に入学できたわけだし、エルフがダメってことはないのかな…。

 それに私だけ辞退したって、私の姉妹と友達が全部盗られちゃう…。


 成績を下げればいいのかな…。それじゃマシャレッリ家の恥だし…。


 よりにもよって王子に気がない子ばかりを集めてどうするんだ…。わりと人格者だと思っていたのに、飛んだ色ボケだった…。




 王子の去った教室。


「ど、どどど、どうしよう…。私、将来は学園の研究者になりたかったんですけど…」


 そうでしょう。セラフィーマはマッドサイエンティスト向きだよ。私だって、芸術と娯楽向けの音楽と歌という文化を立ち上げなきゃいけないのに…。


「私、どうすればいいのかしら…」

「だ、大丈夫…」


 アナスタシアは不安そうだ。マレリナは始まる前も大丈夫と言っていたが、ウソになってしまった…。とても大丈夫ではない…。


「あなた方は王子の側室になりたくなさそうですわね?」


 スヴェトラーナが私たちの表情を見て言った。


「はい」


 きっぱりと返事をしたセラフィーマ。


「え、私は王子様の側室になったら、どんな未来が待っているのが分からなくて、なりたいもなりたくないも分からないわ」


 もし明るい未来が待っていると分かったらアナスタシアは行ってしまう?そんなのはイヤだ。


「あの、側室候補は私たちだけなのでしょうか?」


 マレリナは落ち着いてきていて、状況分析のための質問を投げた 


「いいえ、去年、わたくしたちと同じように何人か選ばれているはずで、来年も同じように選考会があるはずですわ」

「それは…」


 マ・ジ・で…。もっといるのか…。いや、十把一絡げに扱われるなら、むしろその方がいい。

 マレリナは予想以上に酷い答えに、状況を判断しかねているようだ。


 でも、女がそんなにいっぱいいる後宮に放り込まれたくないな…。


 はぁ…。なんでこんなことに…。毎日、マレリナとアナスタシアに変ロ長調の安眠をかけているから、安らかな眠りを妨げるような出来事は起こらないはずなのに…。かけ過ぎて御利益がなくなっただろうか。それとも、ちゃんと効いていて、これからもイヤなことは起こらないと思っていいのだろうか。

 そうだ、厄除けも毎日かけて寝よう。健康祈願も。私はいろいろとリセットボタンを持っているのでいいけど、二人に災いが起こらないようにしなければ…。


 ああ、スヴェトラーナにもこっそり聖魔法をかけておかねば…。


「スヴェトラーナ様は正室の座を狙っていらっしゃるのですか?」

「えぇ…、まあ、そうだったのですが…。以前、あなたに助けていただいたことがあったでしょう」

「はい」


 あのイベントは、王子に冤罪をふっかけられたイベントであって、なぜ私に助けられたことの方が主体的になっているのか。


「学園に入ってから殿下は素っ気なかったけど、あの時をさかいに殿下への思いが消えてしまいましたわ。そうしたら、心がとても晴れやかになりましたの!」

「そ、そうですか…」


 あのとき私は変ロ長調の安眠を歌った。心安らかに眠れる出来事…。王子への叶わぬ恋心が消える?

 よかったのだろうか…。心魔法でもないのに、心を操ってしまったのではないだろうか。

 聖魔法を悪事に使うことはできないと神父様は言っていた。これは悪事ではないのだと信じたい。


 しかし、そうなるとここにいる五人は誰一人王子が好きでないじゃないか…。というか、ちょっと頭の良い子なら、王子の側室になってもろくなことにならないと気が付くのでは?


「ユリアーナ様、わたくし…、あなたのことをもっと知りたい…」


 えっ、何この可愛い生き物。私より背が十センチも高いのに、上目遣いで私を見てくる、どぎついマゼンダツインドリルの悪役令嬢…。肩を狭めて強調した胸を、もじもじして左右に揺らしている。その振り子運動に私は洗脳された。


「私のこと、どんどん教えちゃいます…」


「ちょっとユリアーナぁ…。デレデレしすぎ…」


「はっ…」


 マレリナの声に私の洗脳が解けた。じつはスヴェトラーナも心魔法を使えるのでは…。あの胸の振動からは、ぷるんぷるんというメロディが聞こえてきそうだ。いや、胸は二、三ヘルツで振動しているので、人間の可聴領域ではない。象でも聞こえないだろう。

 マゼンダの中にピンクが混ざってても分からない。でも適性検査で赤と青って言われてるんだろうな。


 私がスヴェトラーナに魅了されてしまったのはともかく、スヴェトラーナも私のことが好きなの?王子への恋心が薄れるのと同時に私へ恋心を抱くことが安眠という出来事なのかな!

 人を祝福しておいて、自分が利益を得るなって、また神父様に怒られそう!


 私が魅了したんじゃなくて、神のお導きで私を好きになってくれたんだからいいよね!


「あなたのくださったこの楽譜というもの、すごいわ…。休みの間にこれを見てハープを練習したら、あっという間に二つの魔法を覚えられましたのよ…。たったの六十日で二つですわ!わたくし、学園に入る前に二つの初歩魔法を覚えましたが、一年たってやっと覚えましたのよ!それをたったの六十日ですわ!」


 スヴェトラーナは興奮気味に楽譜を私の机に置き、前のめりになって私に迫ってきた。その大きな胸が私の視界を塞ぎ、私はその胸のこと以外何も考えられなくなった。


「ユリアーナ様って、こんなものを作れるなんて、とても聡明な方なのですね…。わたくし、聞いてしまったの…。休み前の試験も、今回の試験も、満点だったのはあなただけだったって…」


 なんだかスヴェトラーナと相思相愛になれてとても幸せだ…。



 そんな天にも昇る私の気持ちをよそに、誰かが教室の外でこそこそしている音が…。

 私が振り向くと、そこにはピンク色の髪のマリアちゃん…。

 マリアちゃんは私に見つかったことに気が付いて、どすどすと教室に入ってきた。


「あなた、私から殿下を奪って、そんなデレデレするほど嬉しかったの?」

「へっ?」


 私がデレデレしているのはスヴェトラーナの胸なのだけど…。

 どこから聞いていたのだろう。ここには王子を好きな子はひとりもいないというのに。


「善人面して困ったことがあったら言えって言ったのに、やっぱり自分が殿下に近づきたかっただけなんじゃん!」

「いや…、私が近づきたかったのはマリアちゃんのほうで…」

「何がマリアちゃんだよ!平民仲間を集めておいて、結局は高位貴族を差しおいて自分が殿下に取り入るんじゃん!」

「私はみんなと仲良くしたいだけで…」

「もういいよ!」


 行ってしまった…。


「うう…」


 涙がこぼれた。


「ユリアナ…」「ユリアーナ…」「ユリアーナ様…」「ユリちゃん…」


 マレリナとアナスタシア、スヴェトラーナが私の名を呼んで哀れむ。

 って一人おかしなのがいるじゃん…。


「……くくく…、ふふふ…、あはははははっ!もうっ、セラフィーマはいい加減私の覚えてよ!」


「ごめんなさい…、休みの間に完全に忘れていて、まだ学園が始まって間もないから、二文字が精一杯です…。そちらはマレちゃんとアナちゃんでしたっけ…。えっと…そちらは…す、す、す…」


「マレちゃん…」「アナちゃん…」

「スヴェトラーナ・フョードロヴナですわ」


「す、す、す……スちゃんでいいですか…」


「好きにしてくださいまし…」


 スヴェトラーナは諦めモードだ。


「あはははは!セラフィーマ様、ありがとうございます!元気出ました」


「どういたしまして。私なにかしましたっけ?」


「あはははは」「あはははは」


 私とマレリナは大口を開けて笑ってしまった。


「うふふふふ」

「くすくすっ」


 アナスタシアとスヴェトラーナは、お嬢様の笑みだ。


 男に嫁ぐなんて死んでもできないけど、みんなと一緒ならなんとかなるような気がしてきた。


「それではわたくしはおいとましますわ、ごきげんよう」

「私も帰ります、ごきげんよう」


「「「ごきげんよう」」」


 カーテシーでスヴェトラーナとセラフィーマを見送った。


 私たちはアナスタシアが立ち上がるのを手伝って、ゆっくり帰る。


「ふんふん……♪」


 私の友達たちに幸あれ!


「ちょっとユリアーナぁ」

「えへへ」


 これは子供の頃から口ずさんでるメロディで、気分が高揚するとかってに出ちゃうんだよ。




「やあ」

「「「ごきげんよう…。ヴィアチェスラフ王子殿下…」」」


 ヴィアチェスラフ王子の嫁候補なってからというもの、やたらと王子から声をかけられるようになった…。私たちは三人は苦笑いだ。


 そのやりとりを眺めている取り巻きのご令嬢からの風当たりは強くなってきた…。取り巻きたちは、嫁ドラフトがあったことをしらないのだろうか。それとも妾ドラフトに熱意を上げているのだろうか。だとすると、私たちは同じ土俵にはいないよ。私たちを睨んでもしょうがないよ。


 アナスタシアが絡まれたらひとたまりもない。私とマレリナはアナスタシアからひとときも離れないようにしている。もとからそうだけど。

 今のところ、表だって行動する者はいない。下手をすれば妾の芽すらなくなるからだろう。エンマ・スポレティーニたち三人が何をやってどうなったか、皆に広まっているのだろうか。


 授業は座学のノートをとってるだけで、魔法実習は何も面白くない。普通の人が三ヶ月かけて覚えるものを私は音が鳴っている時間で覚えるのだからしかたがない。

 ちなみにノートは、ノートといっても冊子になっているわけではなくバラバラだ。一枚一枚、大きさや厚さも統一されていないから、まとめるのも面倒なのだ。

 それらは寮の勉強机に積み重ねてある。ときどきマレリナとアナスタシアが手に取って、復習に使ってくれているのだ。私は書いている最中にだいたい覚えてしまうけど、こちらとしては他の子に見てもらえるのは嬉しい。



 休日は相変わらずマレリナにアナスタシアを任せている。いや、力仕事じゃなければオルガがお世話してくれるけど。

 二人は私の楽譜を見て休日も魔法の練習をしている。おかげで上達が早いのだ。


 そして、私は学園の近くに借りた空き家の地下農園の整備だ。今日はマシャレッリ家で雇った魔法使いが来るようになっている。今日はマシャレッリ伯爵令嬢としてスタッフを迎え入れなければならないので、町娘の服ではなく、いつものドレスで空き家に赴いた。

 貴族は普通どこに行くにも馬車で移動するものだが、王都には学園があり、馬車を王都に持ってきていない学生も多いため、徒歩で移動する学生もそれなりにいるようだ。だけど、見渡す限り、私のように一人でほっつき歩いている貴族は一人もおらず、必ずメイドと護衛を伴っている。


 それから、今日は大工にこの空き家を喫茶店に改装してもらうんだ。いや、喫茶店という言葉がないようなので、スイーツとお茶が出る食堂…、響きが悪い…。

 テーブルは五人用の円いティーテーブルが五つ。カウンター席が十席。

 二階にはスタッフに住んでもらう。スタッフは全部で十人だ。


 あとは、私の土魔法と火魔法でパンを焼くかまどを作った。


 それから、スタッフに一連の業務を教えた。


 木魔法使いの四人には毎日、果物の木に美味しく香り高く大きく早く成長する魔法をかけてもらう。

 一応、木魔法使いの一人を店長に任命した。だけど、基本的にみんな平等に働いてもらう。


 木魔法使いだけでなく、火、雷、水、風の魔法使いも一人ずつだけど集まってくれたんだよ。

 雷魔法のスタンガンか、風魔法の真空でミノタウロスを気絶させて、別の平民のスタッフ二人に搾乳してもらう。それから、コカトリスも気絶させて、卵を回収する。


 水魔法使いには木に水をやってもらう。魔力が尽きたら井戸から汲んできてもらう。木だし、そんなに水はいらないだろう。


 火魔法使いには、かまどの温度の調整をやってもらう。私みたいにすべての火を魔法に頼ると、すぐに魔力が尽きてしまいそうなので、基本は薪を燃やして、温度の微調整だけを火魔法使いに頼む。


 そして、全員に調理方法を教えた。酵母を使った生地に牛乳と玉子を練り込んだやわらかパンに、果物のジャムやホイップクリームを挟んで食べるのだ。食パンではないけどハニートーストみたいな感じ。

 ホイップクリームは、風魔法で泡立てられるのだ。


 お茶は普通に仕入れた。あまり美味しくないけど、スイーツに渋い御茶が合うと思う。スイーツを食べない人のために、お茶や牛乳にジャムを入れるメニューも用意した。


 スタッフには一週間作業や調理に慣れてもらった。作ったものを自分たちで食べてもらって、納得のいく味を追求してもらった。



 日が赤く染まる帰り道。


「お嬢ちゃん…おじさんと一緒に」


 下賎な顔をした男に肩を掴まれた。


「ふんふん……♪」

「あばばば」


 私に触るとやけどするわよ?やけどじゃなくて感電だけど。


 王都には警備兵が巡回しており比較的治安が良いようなので、あからさまな盗賊はいない。だけど、こういう犯罪者予備軍というのはどこにでもいるものだ。


 分かっていたことではあるけど、護衛を連れていない貴族令嬢など、犯罪者ホイホイである。女盗賊が見つかればと思って暗くなってきた道を無防備に歩いていたけど、街中にそんなのはいないか。


 というわけでおまわりさん、ではなくハンターギルドに突きだした。でも、未遂だしあからさまな盗賊ではないということで、報奨金をもらえなかった。



 そして一週間後。


「合格です!」

「「「「「おおおお!」」」」」


 スタッフの作ったパンに合格を出した。ずいぶん頑張ったんだな。そして、一週間でずいぶん丸くなったな…。今後もまかないとして食べていいことにするけど、量を制限した方がいいな。


「それではオープンしましょう」


 窓とドアを全開にした。牛乳と玉子を練り込んだパンを焼く匂いや、ジャムを煮込む匂いが外に漂う。とくに果物には香り高く育つ魔法をかけてあるので、ほんとうに良い匂いだ。それだけで客寄せになるはずだ。

 一応、看板を作ったけど、識字率が低いので普通にパンの絵を描いてあるだけだ。

 ちなみに、香り高く育つを変ホ長調に転調してミノタウロスとコカトリスにかけると、牛乳と玉子の香りも良くなった。じつは肉自体を焼いた時にもより良い匂いを放つ。だけど喫茶店なので、焼き肉屋や焼き鳥屋にはしたくない…。


 こうして、転生者の嗜みであるスイーツの伝道は幕を開けた。




 翌日、授業が終わって三人で帰ろうとしていると…、


「あなたたち、なんでヴィアチェスラフ王子殿下とあんなに親しげなのよ!」


 来た…。いじめっ子…。エンマ・スポレティーニではない。パオノーラ・ベルヌッチ伯爵令嬢。パオノーラは私の一つ後ろで一つ右の席。髪は水色。なんで水色の子は悪役が多いのだ…。

 後ろに二人の下僕がいる。三人で徒党を組んでいる。一人は橙色の髪で右から四列目の最後尾の席。もう一人は青髪で五列目の最後尾の席。

 まあ、怒鳴ってるだけで、悪口を言ってるわけではない。


 アナスタシアは不安そう。マレリナは面倒という感じ。マレリナも度胸が据わったなぁ。


「あなた方は休み前の試験と先日の試験、どうでしたか?」


「なんでそんなこと聞くのよ。こちらの質問に答えなさいよ」


 この子は養子かな。お嬢様の仮面が剥がれてるよ。


「まあまあ。私の質問の中に答えはあるのですよ」

「えっ?試験がうまくいったら親しくなれるというの?」

「そのようです」

「そんな…」

「だから、あなた方もがんばってください。まだチャンスはあるかもしれません」

「本当なのね?」

「口止めされていないので言ってしまいますが、私たちは大変不本意ながら、殿下の側室候補にされてしまいました」

「あなたたちが側室候補だなんて…」

「その選考基準が、試験の成績らしいのです。王子は優秀な者を側室として召し抱え、それ以外の者を妾にしようとしているようですよ」

「なんでそんな情報を与えるのよ」

「側室になるのは不本意だと申したと思いますが」

「えっ?」


 まあ、王子様のお嫁さんというのは、女の子のいちばんなりたいものだというのはわかる。だから、私が王子の側室や正室の座を狙っているのだと考えるのは当然なのだろう。でもね、王妃ってそんな華々しいものじゃないよ。お花畑でキャッキャうふふしていればいいわけじゃないよ。

 まあ、私が王子の側室になりたくない理由は、もちろん私が女の子を好きになる種族だからだ。人間の女の子を同種族に思えても、男と結婚するというのは犬と結婚しろと言われているのに等しい。


「ですから、今からでも成績を上げれば、チャンスが巡ってくるかもしれませんよ」

「でも、もう終わってしまった授業をどうすれば…」

「そうですねえ。私と一緒に勉強しますか?」

「なんであなたなんかと」

「私は今までの授業で聞いたことをすべて紙に書き写しているのです」

「なんでそんな面倒なことを」

「あなたのようにあとから知りたくなるかもしれないでしょう」

「なるほど…。たしかに、あなたがキレ者なのは分かったわ。その…。つっかかって悪かったわ」

「かまいませんよ。後ろのお二人もご一緒しますか?」


「えっ、パオノーラ様が参加されるのなら…」

「私も…」


「では明日から」

「ええ、お願いするわ」


 パオノーラ・ベルヌッチは教室を去った。



「ユリアーナ…」


 マレリナの呆れた声。


「彼女たちが頑張れば私たちが外れられるかもしれないわ」


「考えがあるならいいけどね」




 こうして、翌日から放課後の補習講義の講師をすることになった。


「なんでこんなにいるのかな…」


 パオノーラ・ベルヌッチと二人の下僕だけじゃなくて、ほとんどの女の子がいる…。えっと…二十五人…。いないのはエンマ・スポレティーニたち三人と、マリアちゃんだけかな…。


「スヴェトラーナ様まで…」

「ユリアーナ様の授業を受けてみたいの…」


 なんでこんな大げさなことに…。

 マレリナが呆れた顔をしている。アナスタシアは…ついに呆れた顔になった。


「ユリアーナが教えてくれるってホントぉ?」

「はい…」


 ブリギッテまで…。


「ユリちゃんのおかげで魔法の習得がとても早いです。ユリちゃんの勉強法をぜひ知りたいです」


 セラフィーマからはユリちゃんで定着してしまった。日本人っぽい響きが好きだったりする。



「すみません、こんなに集まると思っていなかったので、今日はインクも紙もそんなに用意していません。今日はハープを練習してもらうくらいしかできないです」


「先生もいないのにどうやってハープを練習するのかしら?」


 パオノーラがつっかかってきた。


「これを使います」


 私は楽譜の紙を扇子のように広げて、みんなに見せた。


 みんなに魔法の属性グループごとに別れてもらい、それぞれに楽譜を渡した。

 私がたくさん魔法を知っている属性は、火、木、風、命、聖だけだけど、二曲ずつしか知らない他の属性も一応楽譜にしてあるのだ。基本属性グループも二曲目に入っていて、それは私が唯一知っている二曲のうちに入っているので、とりあえずはなんとかなる。


「この線は弦の位置を表していて、黒丸は……」


 楽譜の見方を教えた。男子がいないけど、男子はクラスの四分の一しかいないので、そんなに減った感じはしない。四、五人のグループに対して楽譜一枚じゃちょっと厳しい…。

 一つ一つのグループを回って、手本として弾いて見せた。


「あなた、命属性でしょ。なんで風魔法を弾けるのよ」


 またパオノーラにつっかかられた。パオノーラの髪は水色。風属性グループだ。


「えっ、それはもちろん、使えない魔法でもいろんな曲を練習しておけば、指がより動くようになって、ハープに慣れることができるからですよ」

「ふーん。そういうものなのね」


 ウソです。風魔法なんてほとんど弾いたことありません。とくにセルーゲイお父様から教わった分。神父様に教えてもらったものは、教会で一回だけ弾いたけど、あとは鼻歌でしか使っていない。

 パオノーラたちが練習しているのは「乾いた風」で、教会で一回弾いた分だけど、でもたった四、五音のメロディなんて練習もクソもないでしょう。

 と思うのは私だけのようだ。そういえば、自分の使えない属性の魔法を弾けるのは変態扱いだった。



 次に水属性グループを回った。


「新しい魔法はありませんの?」

「ごめんなさい、水魔法は知り合いに使い手がいなくて」

「残念ですわ」


 とりあえず、水属性グループでも手本として弾いて見せた。


「あなた、なんで弦を見ていませんの?」

「えっ」


 いや、たかが五音くらい…、


「最初の弦の位置だけは確認していますよ。次の音は四つ離れています。弦四本分の幅は、これくらいですよね」


 と言って、親指と人差し指で、弦四本分の幅を示す。


「なるほど、そんなやり方があるなんて…」

「スヴェトラーナ様は火魔法使いでもあるのです。火魔法使いは戦場で前線に立つこともあります。そのときに、いちいちハープを眺めていては、敵にやられてしまいますよ」

「わ、分かりましたわ…。その弾き方を練習しますわっ!」


 スヴェトラーナは公爵令嬢でかなり背が高いというのに、下手に出たらなんと可愛いことか。



 私は壇上に立って、今スヴェトラーナに教えたことを、皆にも教えた。できれば、他人の弦の位置を見て、自分の弦を弾く位置を一つ一つ覚えるなんて謎な弾き方を廃して、早く次の曲に行ってほしい。


 こうして、その日の補講を終えた。




 次の日の補講ではみんなに実力や苦手な部分を把握するためにテストをした。そのために、紙二十五枚。インク壺も二十五個。インクはそれなりに長くもつけど、一個で金貨一枚だ。十万円だ。全部で二七五万円なんだけど、みんな分かってくれるかな。

 私財をかなり投じてしまったけど、みんなを育てて側室候補にすれば、私の友達が側室候補から外れられるかもしれない。そう考えれば、これは必要な投資だ。


 長期休み前に出された試験問題は十問。魔物や魔石に関する知識五問、魔道具に関する知識五問だ。

 それから長期休み明けに出された試験問題は二十問。地理、歴史、算数、語学がそれぞれ五問ずつ。

 私の記憶力は音以外に関してはたいしたことないけど、それでも授業でやった内容や、神父様に習ったことだけだったので、問題をすべて覚えていた。

 なので、今回の試験はまずそれらの問題を出した。それに関連知識の問題や応用問題も二十問追加で出した。


「お疲れ様です。それでは、これを元に皆さんの苦手なところを補う内容を考えてきますね」



 スヴェトラーナは地理、歴史、語学は満点。算数はやや苦手と。魔物と魔石、魔道具の知識も満点だ。覚える系が得意っぽい。


 逆にセラフィーマは算数が満点で、覚える系が壊滅的。覚えるのが苦手なのは人の名前だけじゃないんだな…。地名や魔物の名前もダメか。まあ、薫もダメだったから気持ちは分かるよ。

 ってうか、セラフィーマは算数と魔法だけでドラフト指名されたのかな。何か一つできれば、役職を与えられるってところか。


 ブリギッテは魔法実技以外ほとんどダメじゃんか…。

 ブリギッテに限らず、子爵家以下は家庭教師に教えてもらってないのかな。


 ブリギッテは王子にあげないから、このままダメな子でいてもらったほうがいいなぁ。


 そんなわけで、一人一人の強化問題を作っていった。紙とインクの消費が激しい…。週末は街道でお小遣い稼ぎかな…。



 翌日の放課後、みんなにそれぞれの強化問題を配って解かせた。もちろん、苦手な問題を出したので、一人一人のサポートが必要だ。っていうか、二十五人に別々の問題を出して、それを一人で見るってしんどいんだけど…。


「ユリアーナ様、この計算問題…」

「それはですね、このように五つの丸と四つの丸を描いて、それぞ全部数えたらどうなるでしょう?」

「まあ!そんなやり方があるなんて!さすがユリアーナ様ですわっ!」


 スヴェトラーナに出したのは算数だけ。まずは小学一年生レベルから…。でも、どう見ても大人の体つきをしたスヴェトラーナが、こんな風に子供みたいにはしゃいでいる姿は、とても可愛らしい。


「ユリちゃん、このいちばん上の場所の名前、何ですか?」


 セラフィーマにまず渡したのは、この国の地図。領地の大まかな境界線を書いてあって、それぞれの領地の名前を当てるのだ。


「紙をこうやって、少しずつめくってください。そうすると、ほら、いちばん上の場所はベルヌッチ伯爵領です」

「おおー、全部裏に書いてあるのですか。じゃあ簡単ですね」

「ダメです。今みたいに、ここの名前は何だっけと考えた上で、少しずつめくって答えの部分だけ見てください。そして、ああ、ここの名前はベルヌッチ伯爵領だったのかと納得したら、次の場所にも同じことをやってください。この地図に答えを書き入れる必要はありません。二十三の領地について同じことをやったら、また最初からやってみるのです」

「えー、終わらないじゃないですか」

「まったく裏を見ずに全部言えるようになったら終わりです」

「えっ…」

「さっ、次をどうぞ」


 とりあえず、薫でも覚えられそうなやり方を考えてみたけど、セラフィーマの記憶力は薫よりひどそうだから、果たしてこれでうまく行くのかな…。


 紙一枚に小さな文字で、それぞれの苦手な問題をぎっしり詰め込んだから、放課後の短い時間で終わらない。というか、一日二十五枚も紙と、その分のインクを消費しては、私の懐が凍ってしまう。


 ちなみに、二十五人全員は来ていないようだった。どうやら、王子の取り巻きが交替で王子を取り巻くことにしたらしい。何それ。仲いいね。




 補講が終わって寮に帰ったのだけど、


「ユリアーナ、パンがないわ」

「ああ、そうでした…」


 マレリナに言われるまで忘れていた。

 放課後はパンを焼く大事な時間なのだ。三日はストックで何とかなっていたけど尽きてしまった。ブリギッテと友達になってからは、ブリギッテも一緒に食べているし。


「ちょっと買ってきます」

「えっ?」

「ふんふん……♪」


 筋力強化で走って私の喫茶店へ。喫茶店はもう閉店していた。だけど…。


「ごきげんよう、パンが残っていませんか…」

「もちろん全部売り切れです…」


 みんなヘトヘトのようだ。まだ開店して四日しかたっていないし、学園の近くのこの場所は立地がそれほど良くないのだけど、


「そんなに繁盛しているのですか?」

「繁盛なんてものじゃないです…」


 売り上げを見たら、想定の五倍あった。


「すみません、見積が甘かったです。労働の対価として給料を二倍にします。なので、すみません、パンをもう三十個焼いて、学園の寮に届けてもらえないでしょうか…」

「わ、わかりました…」


 追加の酵母を渡した。酵母の作り方を教えていないので、ときどきこうして酵母を渡しているのだ。


 売り上げがこれだけあれば、次の休みに街道にお小遣い稼ぎに行く必要はないかもしれない。

 給料分、材料購入費などを残して、売り上げをハネて帰った。



「おかえり。パンは?」


 私のバスケットは空っぽだ。


「しばらくしたら届くと思う。それまで寮のメニューを食べてるしかないかな」


 べつに、いつもパンだけを食べているわけではない。アナスタシアが普通の食事もできるように、寮で出してもらえるスープや野菜も食べさせている。



「ユリアーナ、今日はパンがないの…?」


 ブリギッテが絶望的な顔をして問うてきた。


「しばらくしたら届くから、それまで普通に食べてて…」

「はい…」


 食が進まないのはブリギッテだけでなくアナスタシアも同じ。


「お姉様、お野菜も食べましょうね」

「いやよ、ユリアーナなんて嫌いよ」

「はいはい、あーん」

「あーん…」


 このやりとりはもうネタになってしまっている。嫌いなんて冗談だし、小さな子供のようにあーんとかやってるアナスタシアがそんなことを言っても可愛いだけだ。



 そんなとき、


「ユリアーナ様、パンをお届けに上がりました」

「ありがとう!ご苦労様!」


 喫茶店の女性スタッフが三十個のパンをバスケットに入れて持ってきてくれた。寮監のワレリアに通してもらえるように言っておいたのだ。


「待ってたわぁ!」

「待ってました!」


 アナスタシアもブリギッテも花が咲いたようにぱあっと明るくなった。


 さっそくパンに手を付ける二人。もちろんマレリナも私も。


「なにこれいつもより美味しい!」


 そうであろう。寮では採れない牛乳と玉子を使ってあるからね。



「あのー…。あなたたちのパン、いつもいい匂いがして…その…」


 いじめっ子ではないけどつっかかってきたパオノーラと下僕二名が物欲しそうな顔で寄ってきた。


「はい、どうぞ」


「ありがとう!」

「「ありがとうございます」」


 現金な奴ら。


「「「うぉいひー!」」」


 パンを口に入れたまま歓喜の声を上げた。



「「「「「あのー…」」」」」


「えっ…」


 寮の女の子、つまり、子爵家と男爵家と、下位の伯爵家の女の子ほとんど全員…。

 王子にいつも見せているような上目遣いのおねだりモードで私がなびくと思ったら大正解だ!


 エンマ三人組とマリアちゃんだけは、端っこでひっそりと食べている。


「ではこうしましょう。このパンが美味しかったら、週末に私のお店に来てください。これよりももっと美味しいパンがありますよ。学園の近くにありますので、徒歩ですぐですよ」


「「「「「わかったわ!」」」」」「「わかりましたわ!」」


 美味しそうなものを目の前にしてお嬢様の仮面が剥がれている子のほうが、そうでない子より多いな。


「「「「「んー!うぉいひーっ!」」」」」


 すぐに全員の仮面が剥がれた。


 このパンの原料は寮の厨房じゃなくてお店のものだから、あとで寮の厨房からくすねておこうかな。いや、喫茶店の売り上げに貢献してくれればいいや。


 私は残りのパンを持って席を立った。


「はいどうぞ」

「「「えっ」」」


 エンマ・スポレティーニとその下僕二人にパンを差し出した。

 私はそれ以上何も言わずに、今度はマリアちゃんのところに行って、


「はいどうぞ」

「余計なお世話よ!」


 パンを置いて去った。

 マリアちゃんは文句を言っていたのに、すぐにパンにかぶりついた。


 しかし、数日分のストックのつもりで三十個だったのに、ほとんどなくなってしまった。これじゃ明日の朝ご飯で精一杯だ。


「すみません、明日また焼いてきてもらえますか」

「はいっ」

「それと週末、材料を多めに調達しておいてください」

「えっと、三十人分くらいですね」


 なぜかまだお店のスタッフが残っていたので、お願いしておいた。今までのやりとりを見ていたから、何が起こるか分かっているはずだ。



「ユリアーナ、お店って何?」

「あれ、言ってなかったっけ」


 そういえばマレリナにもアナスタシアにも言っていなかった。


「マシャレッリ領のパン屋と同じように、王都でもパン屋を開いたんだ。こっちは直営店だけどね」

「へー。いろいろやってるね」


 マシャレッリ家直営店どころか、私の経営だけど。




 翌日の補講では、みんな餌を待つ犬のような顔をしていた。

 そして、その日の夕食でも、みんなのおねだりモードで私はパンを配らざるを得なかった。やっぱり寮の厨房から小麦粉をくすねよう。


 というか、寮の料理人は、パンが消費されなくなって血の涙を流すようになった。こうなったらもうしかたがない。寮の料理人に酵母と果物を供給して、翌日からやわらかパンを作ってもらうことになった。




 今日は休日。ちなみに休日でも寮の食堂は開いている。料理人に休みはあるのだろうか。

 食堂でやわらかパンが出るようになったし、私たちも休日くらいは朝食に顔を出すことにした。食堂がきゃっきゃうふふと明るい雰囲気だからだ。

 周りを蹴落とそうとしていた子たちには、補講で結束感が生まれてきた。それに美味しいパンを食べながらだと笑顔で会話が弾んでいるのだ。女の子には甘味が必要なのだ。


 でも、今日の朝食は控えめだ。なぜなら、


「今日、お店に来ていただける方は?」


「「「「「はーい!」」」」」


 全員ですか。端っこでエンマ三人組とマリアちゃんも手を上げている。気まずそうに尻目で私と目を合わせないようにしながら。


 寮を出て学園の敷地内を歩いている。これから学園の敷地を出るので、みんな護衛とメイド同伴だ。メイドしか連れていないのはマシャレッリ家だけだ。まあ、マレリナも私もメイド兼護衛みたいなもんだし。ちなみに、護衛はみんな女性だ。ときどき寮に入る必要があるからだろう。

 それにしても、寮に住んでいる二十人のご令嬢と、その二倍の数の従者がぞろぞろと…、アホか!喫茶店は五人席が五つあるけど、メイドと護衛が四十人も立っているスペースはないよ…。


「「ごきげんよう」」

「あら、スヴェトラーナ様、セラフィーマ様、ごきげんよう」


「あらじゃありませんわ。私たちを仲間はずれにするなん酷いですわ」

「美味しいものが食べられると聞きまして」


 上位貴族は寮に暮らしていないから、私のパンを知らない。補講で誰かに聞いたのか。


「ごめんなさい。お誘いするべきでした」


「いいですわ。それより、早く行きましょ」

「はい」


 早くといっても、アナスタシアは…どうせ学園の門で力尽きるから、


「マレリーナ、お願い…」

「はいな」


 アナスタシアをおんぶしてもらって、はやる気持ちで早歩きになっているみんなのペースに会わせることにした。


 喫茶店が学園の近くでよかった。貴族家七十人の行列が町中で行進する距離は短い方がいい。いや、この短い距離だけでも大迷惑だが。


 喫茶店に着いた。今日の午前中は貸し切りにしてある。


「いらっしゃいませ」


 スタッフのうち八人は貴族家の跡継ぎにならなかった魔法使いだ。お嬢様が押し寄せてきてもびびりはしない…。と思ったけど、さすがに多すぎてひいている。


 五人用のティーテーブルが五つ、あとカウンター席しかない。何人だっけ…。マシャレッリ家を入れて二十五人かな…。ギリギリだね…。

 と思ったら、私とマレリナ、アナスタシアの座るテーブルに、スヴェトラーナとセラフィーマ、ブリギッテが押しかけてきて六人になってしまった。まあ、詰めれば六人座れないことはない。


 さらに部屋の端には各お嬢様のメイドがずらりと並んでいる。そして、店の外には護衛がぞろぞろ…。今は貸し切りだからいいけど、いくら女性だからって兵士がそんなにたくさん居座ってたら誰も近寄れやしない。


 基本は牛乳と玉子を練ったやわらかパンに、ジャムや果物、ホイップクリームを自分でお好みで挟んだり塗ったりして食べてもらう。

 寮ではみんなにジャムを出していなかったけど、ここではジャムたっぷり。リンゴにミカンにイチゴ、ぶどうにサクランボ。あと、ジャムじゃないけどパイナップルとバナナを挟んだり。

 それに、ホイップクリームがあるのだ。砂糖がないから、甘さはジャム頼みだけど。


「「「「「うぉいひーっ!」」」」」


 口にパンをほおばったまま、美味しいという声があちこちから聞こえる。


「ユリアーナ様!これはなんなのですか!」


 スヴェトラーナに怒られた。


「こんなに甘いものは初めてです」


 セラフィーマは黙々と食べている。


「んー!美味しいね!」


 ブリギッテはホイップクリームでひげを作っている。


 他の子たちも和気藹々でパンをほおばっている。平民言葉が多い。甘いものを食べて口が緩んでしまっているようだ。それに実子より養女のが多いんだよな。



 みんながキャッキャうふふとパンに夢中になってる間に、私は店長から店の状況を聞いた。


 メインの通りから離れているにもかかわらず大盛況。珍しい食材を扱っているということで瞬く間に噂が広がった。

 果物というものは知られているが、ハンターがたまに持ち帰ったものが貴族の間に出回るだけで、超高級食材。私もそれを知っていたから、一食銀貨三枚以上する高級店にしたつもりだったのに、値段設定を間違えたみたい…。貴族や豪商はもちろん、平民の裕福な層もけっこう来ているそうな。

 もちろん、今日はみんなにちゃんと代金を払ってもらったよ。トッピングのジャムや果物が足りなくなっちゃった子はトッピングを追加しまくって、けっこうお金を落としてくれたよ。


 だいたい、果物を育てられないというのがよく分からない。普通に育てられているのに。いや、普通じゃないか。木魔法使いが毎日成長促進を使っているけど、魔法が必須ということかな?となると、森で育っているのは、やっぱり魔物が魔力をあげているのかな。地下牧場で育っているのもミノタウロスとコカトリスが魔力をあげているのかな。でもミノタウロスは水属性でコカトリスは火属性だから、木魔法の成長促進を使えないはずなんだけど。

 よく分からないけど、木魔法を使うか、魔物と一緒なら育てられるってことだ。まだしばらくはこれで儲けさせてもらう。別にスタッフに秘密にしろとは言っていないので、広まってしまったらそれまでだ。だけど、酵母は現物支給で、レシピを教えてないので、スタッフは他の店に引き抜かれても完全に同じものを再現できないのだ。

 酵母で儲けるのは転生者の嗜みだしね。




 次の日の放課後。いつものように補講を始めようとしていると、


「あの…」

「「私たち…」」


 エンマ・スポレティーニと二人の下僕。


「えっと…」


 そして待望のマリアちゃん。


「はい、まずは実力試験からです」


 私は四人に紙を配った。


「みなさん、今日はこの四人に付きっ切りになりますので、分からないところがあったら周りの友達ににいてみてください」


「「「「「友達…」」」」」


 あれ?友達じゃなかった?スイーツを囲んだら友達でしょう。

 みんな左右を見て、いつも話している子というのがなんなのか、今認識したようだ。そして、ぱぁっと明るい顔になった。


「それでは第一問…………」


 エンマたち三人はまあまあできるようだ。この三人は実子だから家庭教師が付いていたのだろうか。

 一方で、マリアちゃんはてんでダメだ。字も汚いし。


 こうして、クラスの女子全員が補講メンバーになった。だけど、あいかわらず数人が抜けて交替で王子を取り巻いて一緒に帰っているらしい。


 そしてその週末には、寮に住んでいない上位貴族も連れてもう一度喫茶店に連れていくことになった。ちょっと狭くなるけど、五人用ティーテーブルをもう一つ追加した。でも、次からは自分たちだけで行ってほしい。



 そして次の週には、


「あの…、オレたち……」


「はい、実力試験からです!」


 ヴィアチェスラフ王子を除く、クラスの男子九人も補講に加わった。

 紙とインク代がバカにならない。だいたい男を鍛えても当て馬にできるわけじゃない。そもそも私は男を好きになる生き物ではない。何が悲しくて男のために私財をなげうたなきゃならないのか。


「あの、オレたちもパン屋……」


「自分で行ってください!」


 スイーツ男子になるのは構わない。私の店にお金を落としてくれるのも大いにけっこう。でも私は男とつるんだりできない。




 補講では一人一人に楽譜も配った。スヴェトラーナみたいに火属性全部を書き写して渡すのは大変だから、今やっている曲の分だけ小さい紙で渡した。そのおかげで、みんな休み明けから一ヶ月で二曲目を弾けるようになった。最初の弦を見て指を合わせたあと、次の弦までの相対的な距離を覚えていくというやり方も功を奏している。

 ちなみにヴィアチェスラフ王子は学園に入る前から四曲覚えているらしい。だから、補講に参加していない王子が足を引っ張ることはない。


 二曲目を弾けるようになったということは三曲目が披露されたということだ!雷、土、水、心属性の新しい曲だ!


 雷属性は、なんと一気に七個も魔法を披露してくれた。っていっても、いろんな色の光を灯すだけだ。みんなが同じ教室で練習している中、雷属性グループのほうで様々な色の光が現れ、皆の注目を集めた。

 紫、青、水色、緑、黄色、橙色、赤という色を表すメロディと、光を表すメロディだ。光は二曲目に習っている。こういう修飾語のメロディは、他の属性に転調して役立つ場合が多い。語彙が増えるのは楽しい。

 それで、先生が弦を弾くところを見なければならないと思っているので、まずは紫からやっていくそうな。


 土属性は、石の整形だ。いままでの整形魔法の前に岩というメロディが付いただけだ。

 土の整形と違って、ずっと形状を保つけど、消費魔力が土整形の比ではない。それに、石が付近にないと使えない。でも、岩場で壁を作れば頑強な防御になり得る。

 膨大な魔力の軽減策として、「短い」「長い」とか「丸」「直方体」とかの形状を表すメロディを一緒に披露してくれた。やった!またもや修飾語ゲット!


 水魔法は、水を霧に変化させる魔法だ。水を出すメロディのあとに使うと、無から霧を出すこともできる。視界を遮るのに使える。

 でも、私として嬉しかったのは、水を霧に変えたあと、風魔法の乾いた風を使うと、水を無にできることである。つまり、お風呂の排水を考えなくてよくなるのだ。


 心魔法は、心の中の考えを聞く魔法だ。といっても、無断で考えを盗み聞きするのではなく、まず、考えを伝える魔法で考えを聞く魔法を使うことを告げ、同意を得て初めて考えを聞くことができるようになる。しかも、相手が伝えたいと考えたことのみだ。つまり、考えを伝える魔法と聞く魔法のセットで電話として機能するということだ。

 消費魔力は距離依存。マリアちゃんは一キロメートルの距離で十分ほどもつみたいだ。



 ちなみに、命属性グループは、あらかじめアリーナ先生に曲を披露してもらっている。身体の部位とか病気の症状を表すメロディが多いのだけど、マレリナとセラフィーマはまだ七語しか覚えていない。ちなみに、アリーナ先生に乳房を治療する魔法はないか聞いたら、苦笑いでないと返された。乳がんとか治療する機会があるかもしれないのに!バカにしちゃダメだよ!


 空間属性グループ唯一のアナスタシアは、念動と異次元収納、そして短距離瞬間移動をマスターしており、すでに四曲目のワープゲートに入っている。しかし、アナスタシアの魔力ではまだまだどれもほとんど使い物にならない。私がありがたく使わせてもらっている。

 水属性グループが三曲目の霧魔法の練習に入ったので、アナスタシアは寮で、私が作った楽譜を見ながら霧のメロディを予習している。アナスタシアはこれから二曲ずつ覚えなければならないけど、他の子よりも先行して楽譜の読み方に慣れているので、なんとかなりそうだ。



 魔法はイメージだけでなんとかなってしまう場合もあるけど、具体的な修飾語や名詞をメロディで指定しないとうまくいかない場合もある。とくに、私がよく直接的な表現を避けて胸と呼んでいるものは実際には乳房なのだけど、これが胸というメロディではうまく表現できていないのがとても残念。

 だけど、修飾語がどの単語にかかるかを示すような助詞や前置詞のようなものはなく、そこはイメージ次第でどのようにもできるのだ。まだまだ少ない語彙を駆使して、なんとか乳房を表現できないか、頭をフル稼働させて考えている。




 ある休日、王都の楽器屋、というかハープ製作技師の工房に赴いた。ハープ以外の楽器を作ってもらうのである。

 マシャレッリのハープ作成技師に頼んだオルゴールは、円柱に配置した決まった位置のピックが弦を弾く仕組みにした。今度は、円柱の代わりに鍵盤を用意して、押した鍵盤に対応するピックが弦を弾く楽器、つまりピアノのようなものだ。もちろん、ピアノの中身をそんなに詳しく覚えているわけではないので、ピアノに近い音にはならず、ハープの音をただ鍵盤で奏でるだけのものになるかもしれない。でもハープを基準にすると、弦の材質や長さに実績があるので、ハープ製作技師にはやりやすいのだ。とりあえずはおもちゃのピアノでいいい。


 あとはなんの楽器を作れるだろうか。笛は難しいな…。

 鉄琴!ハープ屋には長さが分からないか。木琴なら自分で作れるかな?

 土魔法で岩というメロディをゲットしたので岩琴なら作れる。鉄というメロディが欲しいなぁ。



 私はおよそ全属性の魔法を、ほぼ無尽蔵の魔力で使えて、イージーモードの転生者ライフを送っているけど、私がやりたいのはオレTUEEEではない。私は歌手になりたいのだ。歌手になるには歌手という職業が必要で、その前に歌、音楽という文化を創るところから始めなければならない。

 魔法の音楽は音楽としての体をあまり成していない。娯楽や芸術としての音楽が欲しい。まずは平民でも気軽に使えるような楽器を普及させていけばいいだろうか。そう思って、楽器の製作に手を出したのだ。


 その前に、優秀な当て馬をたくさん育てて、側室候補をクビにしてもらわなければ…。

 ああ…。全然イージーモードじゃなかった。男と結婚させられるなんてハードモードすぎる。魔王討伐とかのほうがマシだ。




 季節は冬。マレリナはどんどん大きくなっていき、そろそろスカートがミニスカートになってしまって、とても可愛い。ではなくって、寒そう。

 私は縦には伸びず、だからといって横に伸びる部位は限定されていて、胸とかお尻は成長してきているのだけど、ドレスの丈はまだじゅうぶんある。でも、エルフって身長の伸びが五分の一の速度ってだけで、まったく伸びないってことではなかったはずなのに、学園に入ってからピタッと止まっている気がする。


「というわけだから、マレリーナはそろそろドレスを新調しましょうか」

「まだいいわよ。ドレスって金貨三枚もするんでしょ。いや、成長したからもっとかも」


 マレリナは最近稼いでいないので、所持金は金貨二十四枚のままかな。マレリナも、アナスタシアのためとあればぽんぽんお金を使うのに、自分のためだともったいないと思っているようだ。


「じゃあ私がお店で稼いだお金で買うわ」

「そんな悪いわよ」

「これはマシャレッリ家全体の品位に関わることだから」

「そう…」


「そうよ、私もマレリーナに綺麗なドレスを着てほしいわ」

「お姉様が言うのなら…」


 この二人は互いに甘い。姉妹愛、美しい。


 だいたい、私はクラスのみんなのために金貨何十枚も投じているというのに、身内にお金を使わないでどうするというのか。



 というわけで、寮の部屋に仕立屋を呼びつけた。王都の仕立屋は寮に住む学園生の御用達であり、段取りも慣れたものだ。しかし、男爵家向けの部屋に伯爵令嬢が三人も住んでいたのには驚いたようだ。


 ちなみに、今着ているドレスは田舎で作ったからこそ金貨三枚で済んだが、王都で作るとなると金貨七枚するそうだ。そして、成長したマレリナの体格で同じクラスのドレスを作るとなると、金貨十五枚とのことだ。

 それを聞いてマレリナの顔は青ざめてしまった。


「では予算金貨二十五枚で今よりも良いものを作ってください」

「えっ」


 仕立屋は、男爵クラスの寮に三人も住んでいるから、当然貧乏だろうと思っていたようで、私が金貨十枚も上乗せしてしてきたことに面食らっているようだ。


「ユリアーナ、そこまでしてくれな……」

「よかったわね!マレリーナ!素敵なドレスを作ってもらいましょっ!」


 マレリナが止めようとしたのを、アナスタシアが遮って賞賛した。


「あの…、大変失礼ですが……」

「はい、お金を出せるか心配なら」


 私は腰の金貨袋から、大金貨三枚を出した。すると、仕立屋は目を見開いて私の手の平の大金貨三枚を見つめた。


「たしかに…」

「前金で支払った方がよいですか?」

「いえ、けっこうです…」


「それとですね、こちらの子の防寒着が欲しいのです」

「かしこまりました。採寸させていただきます」


「えっ、私もなの?」

「はい。王都の冬はマシャレッリの冬よりも厳しいです。お姉様がお体を壊さないようにカーディガンのようなものと、厚手の靴下があるとよいのですが」


 ちなみにアナスタシアの身長はあまり伸びていないけど、そのうち私を追い越してしまうのだろうか。


「それでしたら、すぐご用意できるでしょう。そうですね、金貨二枚ご用意いただければ」

「それではお願いします」


「ありがとう!ユリアーナ!」


 採寸などが終わり、仕立屋は帰っていった。


「ユリアー……」

「マレリーナのドレス、楽しみだわぁ。うふふ」

「お姉様まで…」


 マレリナは私に訴えかけたところを、またアナスタシアに遮られた。

 アナスタシアはマレリナのドレスを自分のことのように嬉しがっている。私も同じだ。



 一週間後、仕立屋がアナスタシアのカーディガンと靴下を持ってやってきた。


「まあ可愛い!」


 カーディガンはドレスにぴったりだ。靴下はルーズソックスみたい。どちらもアナスタシアの可愛さを引き立てる。


「良いものを見繕っていただきありがとうございます」


 私はお礼とともに金貨二枚を渡した。


「たしかに受け取りました。マレリーナ様のドレスはあと四十日ほどかかります」

「よろしくお願いしますね」


 仕立屋は帰った。仕立屋とは良好な関係を築けたと思う。長年学生寮御用達をやっているくらいだから、しっかりとした仕立屋なのだろうし。


「マレリーナのドレスは本当に楽しみねー」

「ええ。マレリーナの美しさに、私は目が離せなくなると思います」


「二人とも…」


 マレリナは呆れモードだ。


 まあ、寒いっていったって、東京なんかよりずっと暖かい。でもアナスタシアのようなか弱い子にはつらいと思うのだ。



 冬がさらに深まってきたころ、仕立屋がやってきた。


「いかがでしょう」

「ど、どうかしら…」


「マレリーナ!すごく綺麗だわっ!」

「……」


 アナスタシアはマレリナに賞賛の声を送る。

 私は顔が火照ってしまって、ぼーっとして何も言えない。

 女の子は十歳にもなれば、胸元の開いたドレスを着るもの。私はマレリナの胸元にわずかに覗く谷間から目を離せない。


「まあっ、ユリアーナはマレリーナに惚れちゃったみたいね」

「……」


 ブリギッテいわく、エルフは女の子と結婚できる種族だ。結婚ってなんだろう。

 結婚ってのは、法律的に夫婦になるとか、周囲が認めるとか、そういうことだろう。でもそんなことは人間の女どうしで男どうしでも、やろうと思えばできることだ。


 ブリギッテの言っている結婚は、身体が相手を求めること?肉体的に相手と結ばれること?

 私はマレリナを見てドキドキしてしまう。これは薫が日本の女の子を見てドキドキしていた感覚と同じだ。薫はなにも、アニメばかり見てはぁはぁしていたわけではない。


「……アーナ?何か言ってよ」

「えっ…。好き…」

「うふふ。ありがとっ。ユリアーナらしいね」

「私ね、マレリナを着飾りたかったんだ。綺麗になったマレリナを見たかったんだ」

「ユリアナ、素だね」


「二人の世界に入っちゃってずるいわっ!私も二人のこと好きよ!」


「ありがと、お姉様」

「お姉様、好き」


「うふふっ」


 今まで私とマレリナのドレスはおそろいだったので、マレリナが違うドレスを着るのはちょっと寂しくもある。だけど、大人っぽくなって綺麗になったマレリナを見られるほうが嬉しい。




 翌日。


「ちょっと、ユリアーナぁ…。やっぱりやり過ぎだったんじゃない?」

「私のマレリーナは誰もが見惚れるほど美しいのです」

「バカ…」


 マレリナは注目を浴びまくっていた。でも私としてはミニスカートになりかけていた以前のドレス姿のマレリナも捨てがたい。いや、寒そうだからスカートの丈が長くなってよかったよ…。

 なんて、スカートが長くなった代わりに胸元は開いたんだけどね。いいんだよ。女の子は美しさのために寒くても我慢するんだよ。

 アナスタシアにはカーディガンを買ってあげたというのに矛盾だらけ。


 でも、金貨二十五枚のドレスっていったら、侯爵令嬢レベルには届かないくらいなんだよね。公爵令嬢のスヴェトラーナはもちろん、何人かいる侯爵令嬢のほうが装飾的には豪華なんだよ。セラフィーマは例外だけど。

 でもマレリナは素材が素晴らしいのだ。私が毎日お風呂で磨いてるからね。かなり白くなってきた髪はつやつや。お肌もすべすべのつやつや。発育も良いし、背も高いし、とても女として魅力的。

 ドレスは上位貴族に負けていても、中身も含めると侯爵令嬢クラスなのだよ。いや、さすがにスヴェトラーナには叶わないよ…。お風呂はなくてもメイドさんに毎日磨かれたり、エステみたいなことしてもらってるだろうし。


 でも、そんなマレリナに女の子たちはみんな惚れてしまったに違いない!と思ったら、なんだか悔しそう。

 あれ、女の子を好きになる女は私とブリギッテだけか。人間の女の子は、他の女の子が綺麗になったら自分もそうなりたいと嫉妬するのか。


 あれ、じゃあ綺麗になったマレリナを好きになってくれるのは誰?


「やあマレリーナ。見違えるようだね!」

「ご、ごきげんよう、ヴィアチェスラフ王子殿下…」


 うわっ、マレリナに触ったら殺すぞ!って、王子はマレリナに惚れちゃったのか!胸ばっか見てんじゃねーよ!見てないか。

 綺麗な女の子に惚れるのは男の仕事だった…。私は薫の記憶を持ってるのに、そんなことも忘れてた…。


「ボクのために綺麗になってくれたんだね。いやあ、スヴェトラーナとどっちを正室にするかまよっちゃうなぁ」

「…」


 マ・ジ・で…。私がマレリナの綺麗な姿を見たいと思って大枚はたいたのに、なんでお前なんぞにやらにゃならんのだ。お前のような馬の骨にマレリナはやれん。マレリナは私がもらう。

 マレリナは王子に対して苦笑いで、何と返答していいのか困っているようだ。


「ユリアーナ…、顔こわい…。殿下に挨拶…」


「ごきげんよう」

「や、やあ…。ユリアーナ…」


 王子は顔が引きつっている。王子は逃げていった。ふふふっ、勝った。


 だけど、客観的に見てみれば、どんな女の子も自分の正室や側室の座を狙っているとか、せめて妾にしてほしいと思っているのだと、王子は思っているだけで、その湧いた思考さえ除けば比較的まともな人間に見える。いや、それだけおかしければじゅうぶんおかしいか。



 その日の補講も、王子と取り巻き係だけを除いたクラスのみんなで、滞りなく進んだ。なんだか王子だけ仲間はずれみたいだけど、王子は私の恋のライバルなので、私が手を貸すのはおかしい。

 でも、王子だけじゃなくてクラスの男子もマレリナにでれーっとしちゃってるから、補講から追い出したくなってきた。


 女の子が何のために自分を着飾るかって、そりゃ男を射止めるためか…。そして、女の子が綺麗になって喜ぶのは男だ…。そんなことも忘れていた…。



 それはさておき、みんな魔法や魔物についての座学をだいぶ覚えてきたし、楽譜のおかげで魔法の上達速度も上がった。

 一般知識も私が一人一人のカリキュラムを組んで、それぞれの苦手なところを克服した。


 一般知識が全部できなくても側室候補にはなれるのかも知れない。セラフィーマは算数以外からきしだったし、スヴェトラーナはその逆で算数がダメだったし。この数ヶ月で重点的にやってきたけど、苦手なものの上達は遅い。スヴェトラーナはともかく、セラフィーマはかなりイヤイヤやっている。


 ちなみに、セラフィーマは一般知識はダメだけど、魔法や魔物に関して法則を覚えるのは得意だ。だから、学園の授業にはそれなりについて行っている。


 だけどやはり、正室はきっと全部できることが求められるだろう。そして、正室候補がたくさんいれば、私と私の友達が候補から外れやすくなる。うーん…、そのためにはセラフィーマやスヴェトラーナは苦手を克服しないほうがいいな…。でも、バカを振る舞うのもなぁ…。




 そんなこんなで冬も真っ盛りのある日、


「試験を行います」


 来た。いや、今回は授業が始まってからの日数を数えていたんだよ。そろそろだと思ってたよ。


 先生は相変わらず一人一人に紙を配っていく。


「第一問、……」


 学園で習った魔法や魔物関連の座学だ。

 皆の顔は明るい。補講で苦手なところを潰してあるからだ。


 この程度の試験は毎週やっていた。誰が何をできていないのか把握するためだ。だから、できていないところを克服できたんだ。っていうか、この学園、そういうフォローが何もないんだな。


 でも相変わらず一般知識の問題はなかった。やっぱり紙がもったいないから、魔法関連の問題で上位の子だけに一般知識の問題を出して、紙を節約するのだろう。だけど、今回はそのもくろみが外れるよ。むふふ。



 こうして試験も終わり、冬の長期休みが始まった。今は日本でいう一月くらいだろうか。三月から六月までが前期、七、八月が夏休み、九月から十二月が後期、一、二月が冬休みってところだろう。


 あいかわらず授業がいつ終わるか分からないから、終わってから実家に馬車を呼んで迎えに来てもらうまでの時間がもったいない。だから、長期休み中の喫茶店のことをスタッフたちと相談したらもう、マシャレッリの馬車を呼ばないで、馬車をチャーターして帰ることにした。もうその程度の金をケチる必要はない。補講の紙とインク代は金貨一〇〇枚以上かかってるのだから。



 護衛も付けない馬車で、わざと窓から顔を出したりして盗賊ホイホイした。収集できた盗賊は十匹。その中になんと、待望の女盗賊がいたのだ!盗賊団のボスとしてハンターギルドに指名手配の似顔絵が貼られていて、討伐報奨金が普通の盗賊の金貨一枚と違い三枚!

 でも私はそんなはした金が欲しいわけではない。ちょっと年増だけどやっと手に入った実験台だ。むふふふ。異次元収納に水と食料と一緒にして放り込んだ。むふふふふふふ。むふふふふふふふふふふ。


「ユリアーナ、嬉しそうね。盗賊いっぱい換金したものね」

「え、ええ」


 十匹のうち一匹の女盗賊を残して換金したから金貨十八枚だ。出費が多いから嬉しくないわけではないけど、私がにやけているのはもちろん女盗賊を手に入れたからである。




「「「ただいま戻りました」」」


「おかえりなさぁい」

「よく戻った」

「おかえりなさい、姉上」


「「おかえりなさいませ」」


 夕日が真っ赤に染まる頃、マシャレッリの屋敷に帰り着いた。

 タチアーナお母様、セルーゲイお父様、エッツィオくん、そしてニコライとデニス、アンナに出迎えられた。


 エッツィオくん、かまなくなったね。もう六歳だもんね。そろそろお風呂一緒に入るの禁止だな。

 ってか、アナスタシアとあんまり変わらなくなってきたなぁ。五歳違うんだよね?


「ユリアーナ、なんでエッツィオを睨んでいるのかしら?」

「えっ、何でもないわ」


 アナスタシアに指摘された。最近、男に対して警戒が強くなってしまったかな。ヴィアチェスラフ王子といい、クラスの男子といい、マレリナを色目で見る男は敵だ。


「アナスタシア、あなた可愛いのを着てるわねぇ」

「ユリアーナがが買ってくれたのよっ」

「あらぁ、ユリアーナ、ありがとう~!ユリアーナとマレリーナは、ほんとうにアナスタシアのことを大事にしてくれてるのねぇ!」


「もちろんです」

「はい」


 マレリナと私は生まれたての赤子のようにか弱いアナスタシアのことをいつも気にかけている。


 しかし、マシャレッリは王都より少し暖かい。とはいえ、アナスタシアはカーディガンを脱がないほうがいいだろう。

 でも、私とマレリナなら、ぎりぎり半袖ワンピースで過ごせるだろう。だけど、もうノーパンには戻れない。


「マレリーナも綺麗なドレスを着てるわねぇ…」

「これは…その…」


 マレリナはデレている。いや、マレリナはツンデレではないので、たんに照れている。


「あなたぁ。私も新しいドレスぅ!」

「そうだな。パン屋の手数料も上がってきているし、いいだろう」

「ありがとう~!あなた、愛しているわぁ!」

「こらこら、子供たちの前でやめなさい」


 タチアーナはセルーゲイに抱きついた。

 マレリナをダシに、タチアーナは新しいドレスを買ってもらえることになった。今までよくボロボロのドレスで我慢したね。




 お風呂には、エッツィオくんはもうじき六歳になるのだからということで遠慮してもらおうとしたけど、タチアーナに押し切られて結局一緒に入ることに。私は終始、大人っぽくなってきたマレリナを守っていた。


 食事とお風呂を済ませたあとに、


「ちょっとお庭の畑を見てきますね」

「「いってらっしゃい」」


 お庭の地下にある魔物牧場…、の隣に


「ふんふん……♪ふんふん……♪」


 土魔法と火魔法で、迷路のように少し入り組んだ場所の奥にもう一つ牢を作って、


「ふんふん……♪」


 その中に異次元収納の扉を下向きに開いて、


「ぐわっ。いてて…」


 女盗賊を異次元収納から出した。女盗賊は突然開いた床の穴から落ちて慌てている。


「ふんふん……♪」


 私は灯りの魔法を使った。


「うわっ、まぶしっ」


 私は女盗賊の今の姿を目に焼き付けた。これから改造するからね。年増だけど結構グラマラスだ。

 女盗賊は露出のないパンツルック。この世界でズボンをはいた女を初めて見た。

 腰にナイフと金袋を下げている。


「あんたは…馬車に乗っていた貴族…」


 灯りに目の慣れた女盗賊は私を見て言った。


 捕まえるとき、女盗賊を見かけた私は、目にも留まらぬ速さで女盗賊に近づき、スタンガンを喰らわして、女盗賊を異次元収納に放り込んだ。女盗賊は馬車の窓から顔を出していた私を見たのが最後だったのだろう。

 そのあと、マレリナとゆっくり男盗賊九匹をのしていった。マレリナはもしかしたら女盗賊がいたことに気がついていないかもしれないし、気がついていたとしてもハンターギルドで一緒に換金したと思っていることだろう。


「ふんふん…、ふんふん…、ふんふん…、ふんふん…、ふんふん…、ふんふん…」


 胸(の部分の)球体が大きく美しく、早く成長しろ!


 胸というメロディは命魔法の細かい部位を治療する魔法に入っていたものだ。ミノタウロスで「胸が大きく成長する」と実験したときは、胸板が厚くなってしまい、期待通りの効果を得られなかった。牛だったということもあってよく分からなかったし…。


 球体…、丸いというメロディは、土魔法の成形魔法で、いろんな形を作るメロディを先生が披露してくれたときに得たものだ。魔法のメロディには品詞という概念がなくて、形容詞、副詞、動詞、名詞などのどれに該当するかはイメージで指定すればよい。だから、ここでは球体という名詞として使った。


 さらに、その前にある胸というメロディも、「胸の部分にある」という修飾語として、次の球体にかかるようにした。女盗賊はなかなかにグラマラスなので、胸に携えているものは球体と言えるだろう。


 そして、それが大きく美しく成長するようにイメージする。しかも早く。


 これだけ長い曲を作ったのは初めてだ。火や風の上級魔法にはもっと長い曲があるのだが、一部の単語を解析できていない。あと、マリアちゃんから入手した魅了と洗脳の曲の中にも、分からない単語があった。


 それから、


「ふんふん…、ふんふん…、ふんふん…、ふんふん…、ふんふん…、ふんふん…」


 お尻の球体が大きく美しく、早く成長しろ!


 胸をお尻に変えただけだ。お尻は命魔法の授業でちゃんと部位があった。一応球体というのを強調しておく。


「いったい何を…」


 魔法というのはハープを構えて、明らかに「魔法を使うぞ!」という姿勢を見せて使うものである。私のように鼻歌で魔法が発動することを知っているものはいないし、そもそもこの世界の人間にはメロディを口ずさむ能力がない。日頃、鼻歌を聴かなければ私が何をやっているのか分からないだろう。


「うふふっ」


「あたいをどうする気だい」


 私はあやしく微笑むだけ。

 私は果物と牛乳を置き、数時間もつロウソクに火を付けて、去った。


「おいっ」


 入り組んだ迷路の奥に牢を作ったので、牧場のほうまで声は届かない。そして土魔法で迷路への入り口を簡易的に閉じた。空気穴を少し残して。


 その後、私は毎日、牢を訪れて魔法をかけ食料を与えるのであった。

 ちなみ、牢屋には壺型トイレも付いてるよ。壺と見せかけて下水につながっているけど。



「ユリアーナ、遅かったわね」

「えっ、そうかしら…」


 アナスタシアの部屋に戻るとマレリナが待っていた。

 私たち三人はずっとアナスタシアの部屋で寝ている。


「ユリアーナ、なんだか顔がにやけてるわよ」

「えっ、そんなことは…」


 アナスタシアに指摘された。むふふ…。ダメだ抑えなければ…。


「さっ、もう寝ましょ!」

「もう、ユリアーナぁ」

「きゃっ」


 私は強引に二人をベッドに押し倒しごまかした。




 翌日、セルーゲイお父様から、領地運営の報告を聞いた。だから私は上司じゃないってば。


 兵役制度はうまく機能している。領民は、ローテーションで十週間のうち二週間だけ警備と訓練にあたるようになっている。領民は、自分の仕事に支障が出ることもなく、自分の財産や家族を守れる兵役に満足しているようだ。



 農業も順調。冬に入ったので鈍化してきたけど、成長促進の魔法があるから、ある程度収穫できている。でも、これからは大根や白菜のような寒くても育つ野菜に切り替えることを提案した。


 一応、魔法を使わなくても冬の寒さで少しは農作物を収穫できる。しかし、魔法を使うことで領地で消費する以上の収穫があるので、周辺の領地に輸出できる。周辺の領地は冬に食料が不足しているので、農作物を高く売ることができる。それでなくても、マシャレッリの農作物は美味しく育つ魔法がかかっているので、もともと高く売れるのだ。


 果樹園は寒さの影響を受けていないようだ。パイナップルとバナナみたいな温暖な地域の果物も、普通に育っている。日光もいらないみたいだし。なんとなく分かってきたけど、果物というのは魔法を栄養に育つ植物なのかな。



 畜産業も順調。牛乳と卵は日持ちしないので領内での消費となるが、それらを使った料理を求めて周辺の領地の金持ちが食堂に集まったりしている。

 母体となるミノタウロスとコカトリスに、変ホ長調に転調した美味しく育つ魔法をかけて、牛乳と卵はいっそう美味しくなった。どちらも脂肪分が少なく、日本人としては物足りなかったのだが、美味しく育つ魔法で脂肪分や甘みが増えたのだ。


 新たに畜産業に加わったミノタウロスの肉とコカトリスの肉の売れ行きも順調だ。変ホ長調の美味しく香り高く育つ魔法はもちろん肉本体にも効いている。ミノタウロスは全体的に筋肉質でパサパサしていたが、霜降り牛のように柔らかくジューシーになった。

 生肉は日持ちしないから基本は領内消費であり、領地の食堂を潤している。でも干し肉や塩漬けにして周辺の領地に卸したりもしている。

 従来、肉といえば、ハンターが狩ってくるつのウサギがほとんどであった。地域によってはオークという二足歩行の豚の肉が出回っているらしいが、オークは凶暴でなかなか倒せないため、非常に希少価値が高いらしい。

 ミノタウロスもコカトリスも凶暴だけど、檻の外からスタンガンや真空で気絶させられるようにしたことで、安全に採取できるようになった。ミノタウロスの肉とコカトリスの肉を安定供給できるようになったのは非常に大きい。

 そろそろアナスタシアの胃袋も、さっぱりとした胸肉やささみ肉なら受け付けるかもしれない。


 ちなみに変ホ長調の美味しく育つ魔法というのは、もともとホ長調、つまり木魔法だったものを半音下げて変ホ長調に転調することで命魔法にしたものだ。だけど、命魔法でそんなものは知られていなかったので、雇った命魔法使いにはまず魔法の教育期間が必要だった。実は、楽譜で指導をしたのは補講が初めてではないのだ。命魔法使いにつきっきりで指導するなんてアホなことはできないので、楽譜の見方を教えて、楽譜で練習させた。



 パン屋も順調のようだ。だけど、王都で私が開いた喫茶店と違って、マシャレッリのパン屋には酵母しか供給していないので、ただのやわらかパンしか作っていない。そこで、牛乳や玉子を練り込んだパンや、ジャムやクリームを挟んだパンなどのレシピを提供することにした。レシピ代とか知的財産使用料とかを取ってもよかったのだけど、パンが多く売れてくれれば酵母の使用料も多く入るし、そこまでがめつく取り立てる必要もない。そもそも混ぜたり挟んだりするだけだ。たいしたものではない。と思っているのは私だけで、この世界の人々にとっては、パンに挟むだけでもたいしたものなのかもしれない。


 王都の喫茶店では扱っていないレシピも提供した。お惣菜パンだ。ミノタウロスの挽肉焼きと玉葱を挟んだ、つまりハンバーガーとか、コカトリスの肉と野菜を挟んだサンドイッチなど。パン屋ばかり儲かってもしょうがないので、パン屋と食堂などから人員を募って、食肉加工のお店を立ち上げさせた。パンに挟むハンバーグや鶏肉は食肉加工のお店から卸される。



 こうして、領地は主に農業や食品加工業で潤い、領民の腹や懐も満たされていった。

 そして、年貢として納められる農作物と、食品加工業で上がってくる税金のおかげで、マシャレッリ領が国に納める税金は前年に比べて三倍になった。

 去年も一昨年に比べて十倍になったけど、今年もさらに三倍にできた。


 今年も転生者の嗜みとして料理の革命や領地を潤すことができてよかった。

 来年は何をしようかな。むふふ。それはもう始まっている!




 ハープ製作技試と細工師、鍛冶屋を屋敷に呼びつけた。依頼したオルゴールができあがったのだ!


「ご依頼の品物はこちらになります」

「まあ!」


 細工師が差し出したのはオルゴール二つ。


 メロディカートリッジを入れてオルゴールのぜんまいを巻くと、曲の開始位置で停止する。ボタンを押すと、一曲分回転して停止する。回転中に円柱に溶接されたピックが小さなハープの弦を弾く仕組みとなっている。最大までぜんまいを巻くと一フレーズの曲では三十回弾けるようになっている。何フレーズもある曲は、その分多く回るから、何回も演奏できない。


 小さなハープは、普段使っているハープよりも二オクターブ上の十二個の音が鳴るようになっている。ハープ製作技師はそんな小さなハープを作ったことがないので弦の長さが分からなかったが、長さは基本的に普段使っているハープの弦の長さを四分の一にすればよいだけである。だけど、この世界に指数関数を理解できる者はいないため、私が弦の長さを指定して作ってもらった。もちろん細かい調律は私がつまみで行った。


 今回作ったメロディカートリッジは筋力強化と念動。

 私はまず筋力強化のカートリッジを入れてぜんまいを巻いてみた。そして筋力強化をイメージしながらボタンを押す。


 ぴんぴん……♪

 普段のハープより二オクターブ上なので、高い音だ。


 おお!白い魔力が流れて身体強化がかかった!


「おおお!大成功です!」


「それは何よりです!」「よかったです!」「ふう…」


 ハープ製作技師と細工師は感動してくれた。鍛冶屋はほっとしたようだ。



 そしてこのオルゴールは、回転速度を調整するためにレバーでギアチェンジできるようになっている。演奏速度をどれくらいまで速くして認識されるかを試すのだ。


 一応、自分の声では試してある。鼻歌を高速に歌うのは難しいので、「ななな」とハニングで歌ってみた。♩=240(一秒に四分音符が四つ)くらいまで速くしてしまうと、八分音符を含むメロディが認識されなくなって、魔法に失敗するときがある。でもそれは「な」に含まれる子音や、声の音程の切替の揺らぎから来るものかもしれない。


 今回試すのは一定の速度で回るオルゴールなのだ。声のような揺らぎはない。


 ぴぴぴぴん♪


 結果としては、八分音符を含むメロディでは♩=960(一秒に四分音符が十六個)がおよそ限界だった。その二倍の一九二〇は無理だったけど、じゃあ具体的に九六〇から一九二〇の間のどこまでいけるかは、ギアを二倍ずつの比でしか作っていないので分からない。でも、一フレーズのメロディを〇・二五秒で鳴らせればじゅうぶんだ。


 スマホの通知音のようなものになってしまった。どんどん音楽から遠ざかっていく。

 だけど、これはこの世界の魔法の革命になるだろう。該当属性の魔力を持つものなら、メロディを知らなくても魔法を使えてしまうのだから。


 だけど、ぜんまいというのは巻きっぱなしで固定しておくとバカになってしまう…。そこが悩みどころだ。そう思って、ゼンマイ部分だけを安値で交換してもらえるように細工師に交渉してある。

 また、ぜんまいを開放しきった状態で反対方向に巻くと、手動でカートリッジを回転させて音を鳴らせるようにもなっている。ある程度一定の速度で回転させられれば、ちゃんと魔法が発動するのだ。四音くらいなら速度がそれほどぶれないけど、長いメロディになってくると、一定の速度で回し続けられるかはちょっと微妙だ。やはりぜんまい式のほうが安定する。



「それでは、これを量産してもらいます。ひとまず、オルゴールを十個、メロディカートリッジは別の設計図を渡しますので、それぞれ指定の個数ずつ」


「「「はい!」」」


 オルゴールはハープ製作技師と細工師の合作で一つにつき金貨五枚。メロディカートリッジは鍛冶屋の作品で一つにつき金貨一枚。けっこう美味しい仕事にしてある。

 材料費もけっこうかかるだろうから、前金で八割支払っておいた。


 この世界に、というかこの国に知的財産権や特許の制度はあるのだけど、あまりまともに機能していない。誰が先に作ったかなんてろくに調べる方法がないからだ。既成事実を作られたら奪われてしまうこともある。だから、私の手の内で普及させるまで、中身を見てまねられてしまうのでは困る。

 そこで、メロディカートリッジもケースに入れて取り出せないように溶接したり、ハープの部分も調律のネジだけ残して中身が見えないようにしてしまう。


「このようなものを作っていることを決して他の者に漏らさないように。そして、製作中の中身を見られてはなりません」


「「「はい」」」


 ギアチェンジのレバーも残しておく。♩=30から♩=960までの間で二倍間隔で調整できる。♩=1920のギアだけ除いてもらう。

 じつは魔法のメロディは速ければいいというものではない。メロディを鳴らしている間にイメージを完了しなければならない魔法があるのだ。だから、遅いモードも用意しておかなければならない。

 メロディを鳴らし終わったあともイメージで動作を変更したり操作できるものもあるけど。


「量産には時間がかかるでしょうから、もし他の注文を受けたら、ある程度そちらを優先しても構いません。でも大量注文を受けたりして、私の注文があまりに滞るようだったら一報ください」


「「「はい」」」


「それでは鍛冶屋さんに作っていただきたいのはこちら」


 メロディカートリッジの設計図を渡した。設計図は円柱の側面を平面に展開した、つまりほとんど楽譜である。音符の代わりにピックを表す線を描いてある。ちゃんと正確な幅を指定して。筆で描くのは大変だったけど。


「それではよろしくお願いします」


「「「はい」」」




「マレリーナ、これをぐるぐる回してみて。カチッと止まるまで」


 技師たちが帰ったあと、オルゴールをマレリナに渡して実験してもらうことにした。


「何これ。はい、これでいいの?」

「じゃあ、筋力強化のイメージをしながら、このボタンを押してみて」

「うん?魔法なの?こうかな」


 ぽちっ。

 ぴぴぴぴん♪


 〇・二五秒の間に変ホ長調のメロディが鳴りきった。


「うわっ、筋力強化がかかった」

「成功ね。それはハープの代わりに筋力強化だけを演奏してくれるの」

「それってつまり…」

「そう。危ないときにこのボタンを押してイメージすれば、すぐに戦闘モードになれるの」

「すごい…」


 マレリナはハープを弾けなければ、ちょっとすばしっこいただの女の子だ。私だって鼻歌を歌えなければ、出せる力はたかがしれてる。

 でも、これならぜんまいを巻いておけばいつでも一瞬で筋力強化を使えるのだ。


「ねえ、私のはないの?」


 当然アナスタシアも気になっている。


「お姉様のこちら」


 私はアナスタシアに、念動のメロディカートリッジを入れたオルゴールを渡した。


「これを回してみて」

「ええ。うーん!」


 うわっ、指の力が足りなくて最後まで巻けなかった…。アナスタシア用のは巻きのギア比を変えなければ…。あとで細工師のお店に行こっと…。

 とはいえ、三回分は巻けたようだ。


「お姉様用のは念動魔法よ。このペンを移動させるイメージをしながら、このボタンを押してね」

「はーい」


 ぽちっ。

 ぴぴぴぴん♪


 念動は鳴り終わったあとにものを移動させるイメージをすればよい。


「わあっ!ペンが動いたわ!」


 アナスタシアの空間属性の魔力では、まだ百グラムのものを数分持ち上げたり、数十メートル移動させるくらいしかできないけど、アナスタシアは箸より重いものを持てないのでそれでじゅうぶん役に立つのだ。



「マレリーナ、ちょっと貸して」

「うん」


 私はマレリナのオルゴールのボタンを押した。


 ぽちっ。

 ぴぴぴぴん♪


 うーん。筋力強化が発動しない。マレリナの巻いたオルゴールは私が演奏したと見なされない?


 ぽちっ。ぴぴぴぴん♪ぽちっ。ぴぴぴぴん♪…………。


 オルゴールのぜんまいを開放してから、今度は自分で巻いてみた。


「はい、今度はこれで筋力強化をイメージしながらボタンを押してみて」

「うん」


 ぽちっ。

 ぴぴぴぴん♪


「あれ、魔力が流れない」

「自分で巻かないとダメみたいだね」


 ということは、アナスタシアが自分で巻けるギア比のぜんまいは結構重要だ…。

 いや待てよ?一回手で巻けばあとは念動で巻けるのでは?ただでさえ少ない魔力の無駄遣いか。というか、魔力と体力の総量が少なすぎるよ。



「ねえ、これもらっていいの?」

「うん」

「ありがとう!」


 最近マレリナとの会話が、平民モードになってきてしまっている。ブリギッテが悪いんだ。平民モード丸出しだから。いや、クラスの子は平民出身の養女が多くて、喫茶店とかで結構平民モードなんだよな…。


「私も?」

「ええ」

「ありがとう!」


 そして、なぜかアナスタシアにはお嬢様モードで話している。


「ユリアーナが作ったのかしら?」

「私は設計図を描いて、ハープ製作技師や細工師に頼んだだけよ」

「それでもユリアーナじゃないとこんなものを思いつかないでしょ?他にもたくさんあるわ。授業の話を紙に書き写すとか、楽譜とか、パンとか」

「そうかしら…」


 いや、授業のノートはとったほうがいいよ。


 今年は農業や食の改革をした。転生令嬢の嗜みだしね。

 来年はこうやって、工業や魔法の改革をしていこう。




 マシャレッリ領に帰ってきてから二週間がすぎた。

 私は地下牧場に赴いて、土魔法で土壁を崩して迷路に入り込む。


「おい、魔女か?出しておくれよ…」


 暗闇から声が聞こえた。女盗賊は私のことを魔女と呼ぶようになっていた。失礼な。私はこんなにも可愛いアニメ声をしているというのに。


「ふんふん………♪」(胸の部分の球体が大きく美しく、早く成長しろ!)

「ふんふん………♪」(お尻の球体が大きく美しく、早く成長しろ!)


 いつものように魔法をかける。


「ふんふん……♪」


 二週間たったことだし、体型を調べるために灯りの魔法を使った。

 毎日見ていると、分からなくなりそうだから、灯りを付けたのは二週間ぶりだ。


「うわっ」


 女盗賊はまぶしくて目を手のひらで覆った。


 なんか最近体型変わってきてない?ちょっと胸の部分とズボンがパツパツになってきてるような。太ってないよね?腹は出てないし、腕も太くなってないよね。

 ミノタウロスの時は胸板が厚くなってしまったが、この女はどうだろうか。服を着てるからよく分からない。もうちょっと続ければ、二つの球体の土台が盛り上がったのか、それとも球体自体が大きくなっているのか分かるだろうか。


「おいい…、いい加減何とか言っておくれよ…」


「ふんふん……♪」


 安眠の魔法をかけておいた。ストレスが成長に悪影響を及ぼしたらイヤだし。


 そして、いつものように果物と牛乳を置いて、数時間もつロウソクに火をともし、その場を去った。


「待っておくれよぉ…」



 一週間後、


「魔女かい。果物のことは知っているけど、こんな高価なものをあたいなんかがもらっていいのかい?しかも、毎日違う味を持ってきてくれるなんて」


 閉じ込められていることについては吹っ切れたようだ。安眠万歳!


「ふんふん………♪」(胸の部分の球体が大きく美しく、早く成長しろ!)

「ふんふん………♪」(お尻の球体が大きく美しく、早く成長しろ!)


「おまえさんの声は綺麗だね。それってもしかして毎日同じ音なのかい?」


 どちらかというと可愛いアニメ声歌手を目指しているというのに、なぜみんな綺麗な声っていうんだろう。

 毎日同じ鼻歌を聴かされていれば覚えるのかな。同じ音って気がつくだけで再現はできないのかな。


「ふんふん……♪」


 体型を調べるために灯りの魔法を使った。


「うわっ」


 女盗賊はまぶしがっている。


 女盗賊は胸元の紐をほどいて、胸を少し露出させていた。これは丁度いい。

 お尻のほうは後ろを向いてくれないといまいち分からない。


「ああ、これかい?あたい、太っちまったみたいだ。動いてないからね。あと、おまえさんがくれるものがうまいから悪いんだよ」


 私が女盗賊の胸元をじろじろ見ていたのが伝わったようだ。

 太るほど果物や牛乳を与えていないと思う。それに、腹は出てないし腕も太くなっていない。


「ふんふん……、ふんふん……♪」


 脚が綺麗に、早く成長しろ!


「ふんふん……♪」


 (部位限定なしで全身)綺麗に、早く成長しろ!


 なんとなく。


「ふんふん……♪」


 そして、今夜も安らかにお休み。



 さらに一週間後。

 灯りの魔法を付けた。


「魔女かい。今日も綺麗な声だね」


 女盗賊の胸元の紐はもう一つオープンしていた。胸板はそのままで、明らかに胸の球体だけが大きくなっていると思う。成功じゃなかろうか。


「たまには動かないとなまっちまう」


 女盗賊は立ち上がり、ストレッチ運動を始めた。その際に、大きくなった胸の球体がたぷたぷと揺れている。

 女盗賊がストレッチ運動で後ろを向いたとき、よく見たらズボンも腰パンになっていた。お尻の大きさはこれくらいにしておこう。


「ふんふん………♪」(胸の部分の球体が大きく美しく、早く成長しろ!)

「ふんふん………♪」(お尻の球体が美しく、早く成長しろ!)

「ふんふん………♪」(脚が綺麗に、早く成長しろ!)

「ふんふん………♪」(綺麗に、早く成長しろ!)

「ふんふん……♪」(安眠)



 さらに一週間後。

 灯りの魔法を付けた。


「魔女か」


「ふんふん……♪」


 土成形の魔法で女盗賊の皮膚と服に付いた土を集めて捨てた。

 ちなみに、自分たちは最近土まみれにならないので、お風呂でこの工程を踏んでいない。


「ふんふん……♪」


 水魔法で女盗賊に高圧の水をぶっかける。


「ぎゃあばばばば」


「ふんふん……♪」


 水を霧にする魔法で、女盗賊の皮膚と服についた水を霧にする。


「ふんふん……♪」


 乾いた風の魔法で、霧から水分を消滅させる。


「ふんふん……♪」


 灯りの魔法を四方八方から使いライトアップ。


「うわ、まぶし」


 なんだか…、見違えるほど美人でいい女になった…。

 そして、顔がだいぶ変わってしまったので、指名手配の似顔絵とは似ても似つかなくなってしまった。これじゃ、突き出しても賞金をもらえないし、私がただ監禁していただけと取られる可能性もある。

 それに、女の奴隷って何の仕事をさせられるんだろう…。あまり考えたくはない。

 何より、一ヶ月以上こうしていて、ちょっと愛着が沸いてしまった…。


「ねえあなた」

「魔女が私に口を聞いた…」

「もう盗賊なんてやめなさい」

「そうだね。しばらく動いてないから太っちまったし筋肉も落ちちまったみたいだ」


「ふんふん……♪」


 洗脳魔法でまっとうに生きるように命じた。洗脳魔法はずっと続くものではない。とりあえず、魔法の効いている間は真面目に生きてほしい。


「ふんふん……♪」


 元女盗賊に幸あれ!


「ふんふん……♪」


 元女盗賊の足もとに異次元収納の扉を開いて、元女盗賊を異次元収納に落とした。


「ぎゃー」


 私は地下牧場から庭に出て、風魔法で夜空に舞い上がった。そして空間魔法の短距離瞬間移動で、東側に見えている範囲で可能な限り遠くへワープ。これを繰り返して、東隣の領地の上空にやってきた。

 空中から宿屋付近の人けのない裏通りを探して着陸。そして、空中に異次元収納の扉を開いて、


「いてっ。もう何すんだい。ここは…、外…」


 元女盗賊を放り出す。


「胸の紐を結んだほうがいいわよ」

「太っちまったからさ」

「あなたは太ってないわ。あなたは生まれ変わったの」

「えっ…」

「さあ、お行きなさい。明るい未来が待っているわ。ふんふん…♪」


 私は短距離瞬間移動で上空へワープ。


「消えた…。やっぱり魔女…」


 しかし、私の地獄耳には元女盗賊の最後の声が届いた。


 ばいばい。がんばってね。


 私は再び短距離瞬間移動を繰り返してマシャレッリ領に戻った。



 私は瞬間移動しながら考える。


 禁断の魔法を編み出してしまった。マレリナとアナスタシアに使おうか…。いやマレリナは普通に美しいし、これからも成長するんだから、自然のままでいい。アナスタシアにはもうちょっとお尻にお肉を付け足してあげたいところだけど、やっぱり普通に食べて普通に成長してほしいな。スヴェトラーナの胸を爆発寸前まで大きくしてあげようか…。なんて、姉妹や友達に使う気にはなれない。


 そうだ…。そうだそうだ…。そうしよう…。むふふふ…。




 ある日。屋敷に仕立屋が来ていた。私はドアの影から覗いてみた。


 タチアーナお母様のドレスの仮縫いをするらしい。


 子供は成長するので、採寸したらドレス自体に余裕を持たせて作ることが多い。だから、少しだぶだぶな状態で持ってきて、最後にお直ししたら終わりだ。

 だけど、大人のドレスは、仮縫いをしたら持ち帰って、余分な生地をきっちり切り取って、本当にぴったりな状態で仕上げするらしい。


「最近胸が垂れちゃってぇ…、もっと上げられないかしらぁ…」

「奥様、これ以上は無理です…」

「もう、今日はお開き!」


 領地に帰ってきてからは、タチアーナと一緒にお風呂に入っていて、毎日裸を見ている。たしかにタチアーナのお胸は半年前より垂れている気がする。タチアーナってまだ二十五くらいじゃない?あとお尻も垂れた気がする。年齢って怖い。


「ふんふん……♪ふんふん……♪」


 胸の球体が綺麗に、早く育て!お尻の球体が綺麗に、早く育て!


 大きくはしないよ。美乳と美尻になれるかな!


 いやいや、たまたま悩んでる人を見かけたからやったんだよ。姉妹や友達に使わないっていったけど、親にも使う気はなかったよ。

 私が使おうと思っているのは、むふふ。王都に行ってからだよ。


 その後、私は毎日お母様に美乳と美尻の魔法をかけた。



「なんだか最近は胸の調子がいいわぁ!仕立屋を呼んでちょうだい!」


 お母様の胸はドレスで矯正する必要のないほどに美しくなった。やっとドレスの仕上げを再開するらしい。


 こうして、バカなことをやっているうちに冬休みは終わり、私たちは王都に再び旅立った。

■ユリアーナ・マシャレッリ伯爵令嬢(十歳)

 キラキラの銀髪。ウェーブ。腰の長さ。

 身長一四〇センチ。


■マレリーナ・マシャレッリ伯爵令嬢(十歳)

 明るめの灰色髪。ストレート。腰の長さ。

 身長一四二センチ。

 ユリアーナと同じドレスを着ていたが、新しいドレスに替えた。


■アナスタシア・マシャレッリ伯爵令嬢(十歳)

 若干青紫気味の青髪。ストレート。腰の長さ。

 身長一二〇センチ。ぺったんこ。


■セルーゲイ・マシャレッリ伯爵

 引取先の貴族当主。

 濃いめの水色髪。


■タチアーナ・マシャレッリ伯爵夫人

 濃いめの赤髪。ストレート。腰の長さ。


■エッツィオ・マシャレッリ伯爵令息(五歳)

 濃いめの緑髪。


■オルガ

 マシャレッリ家の老メイド。


■アンナ

 マシャレッリ家の若メイド。


■ニコライ

 マシャレッリ家の執事、兼護衛兵。


■デニス

 マシャレッリ家の執事、兼御者


■ワレリア

 女子寮の寮監。おばあちゃん。濃くない緑髪。


◆以降、とくに記載していない同級生のご令嬢の身長はマレリナと同じくらい


■マリア・ジェルミーニ男爵令嬢(十歳)

 濃いピンク髪。ウェーブ。肩の長さ。

 身長一三〇センチ。ぺったんこ。


■エンマ・スポレティーニ子爵令嬢(十歳)

 薄い水色髪。 


■エンマの下僕の二人


■スヴェトラーナ・フョードロヴナ公爵令嬢(十歳)

 濃いマゼンダ髪。ツインドリルな縦ロール。腰の長さ。

 身長一四七センチ。巨乳。


■セラフィーマ・ロビアンコ侯爵令嬢(十歳)

 真っ白髪。


■ブリギッテ・アルカンジェリ子爵令嬢(三十歳)

 濃い橙色髪。エルフ。尖った耳の見える髪型。

 身長一六〇センチ。十四歳相当の身長。大きな胸。

 エルフの成長速度は十歳までは人間並み。十歳以降は五歳につき一歳ぶん成長。ただし、体つきは人間並みに成長。


■ヴィアチェスラフ・ローゼンダール王子(十歳)

 黄色髪。


■パオノーラ・ベルヌッチ伯爵令嬢(十歳)

 水色髪。実子。


■アリーナ

 明るい灰色髪。命魔法の女教師。おばちゃん。


■ダリア

 紫髪。空間魔法の女教師。


■アレクセイ

 ピンク髪のおっさん教師。


■女盗賊

 ユリアナの肉体改造魔法の実験台にされた。



◆ローゼンダール王国

 貴族家の数は二十三。


    N

  ⑨□□□⑧

 □□□④□□□

W□⑥□①□⑤□E

 □□□□⑦□□ 

  □□②□□

   □□□

    ③

    S


 ①=王都、②=マシャレッリ伯爵領、③=コロボフ子爵領、④=フョードロヴナ公爵領、⑤=ジェルミーニ男爵領、⑥=アルカンジェリ子爵領、⑦=ロビアンコ侯爵領、⑧=スポレティーニ子爵領、⑨=ベルヌッチ伯爵領


 一マス=一〇〇~一五〇キロメートル。□には貴族領があったりなかったり。


◆ローゼンダール王都

   N

 □□□□□

 □□□□□

W□□①□□E

 □□□□②

 □□□③□

   S


 ①=王城、②=学園、③喫茶店


◆座席表

  ス□□□□□

  ヴ□□□□②

  □□□□□①

前 □□□ブ□③

  ア□□□□④

  □□□パ□エ

  セマユリ


 ス=スヴェトラーナ、ヴ=ヴィアチェスラフ、ブ=ブリギッテ、ア=アナスタシア、エ=エンマ、セ=セラフィーマ、マ=マレリナ、ユ=ユリアナ、リ=マリア、①=エンマの下僕1、②エンマの下僕2

 パ=パオノーラ、③=パオノーラの下僕1、④=パオノーラの下僕2


◆ベッド上のポジション

   ユリアナ

頭側 アナスタシア

   マレリナ


◆音楽の調と魔法の属性の関係

ハ長調、イ短調:火、熱い、赤

ニ長調、ロ短調:雷、光、黄

ホ長調、嬰ハ長調:木、緑

ヘ長調、ニ短調:土、固体、橙色

ト長調、ホ短調:水、冷たい、液体、青

イ長調、嬰ヘ短調:風、気体、水色

ロ長調、嬰ト短調:心、感情、ピンク

?長調、?短調:時、茶色

変ホ長調、ハ短調:命、人体、動物、治療、白

?長調、?短調:邪、不幸、呪い、黒

変イ長調、ヘ短調:空間、念動、紫

変ロ長調、ト短調:聖、祝福、幸せ、金

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