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3 学園生活の始まり

★転生四年目、春夏、学園一年生の前期

★ユリアナ十歳




 王都にある学園までは馬車で五日間。


「うう…」

「お姉様、酔ってしまいました?」


 アナスタシアは顔色が悪い。

 マレリナがアナスタシアを気遣って、側に置いておいたハープのケースからハープを出して、ぽんぽん……♪と病気の治療を奏でた。


「ありがとう…。うーん…」


 アナスタシアは今度はお尻が気になっているようだ。馬車に揺られてお尻が打ち付けられて痛いらしい。アナスタシアはまだまだガリガリの域を出ないので、お尻のお肉も薄い。馬車の揺れで打ち付けられると、お尻は絶えられないだろう。アナスタシアのお尻をふっくらとしたお尻に鍛えてあげたいな…。


「ひゃっ」


 でも、今すぐお尻を鍛えることはできないので、マレリナがアナスタシアの脇に手を入れて、自分の膝にアナスタシアを乗せた。マレリナも筋力強化でけっこう鍛えているから普段からけっこう力があるし、アナスタシアがガリガリで軽すぎるというのもあって、ちょっと踏ん張るだけで乗せることができたようだ。


 私たちはもうすぐ十歳。アナスタシアはともかく、私とマレリナの体つきはかなり大人っぽくなってきている。マレリナの太ももはアナスタシアのお尻の薄さをカバーできるほどふっくらしている。とても魅力的な太ももだ。


 おかしい…。何度もいうが、前世にオレは大事なものと一緒にそういう本能を置いてきてしまったはずで、ユリアナという女の子にそういう本能があるはずがないんだ。でも、マレリナの太ももを見ていると、なぜだか興奮してしまう…。


 それはさておき…、


「あ、ありがとう…。これなら痛くないわ…」

「よかったわ」


 マレリナのふっくらとした太ももの上に座ることができて、アナスタシアのお尻は痛くなくなったようだ。


 どう見てもマレリナが姉でアナスタシアが妹だ。アナスタシアが私たちの上に立てる要素といったら実子ということくらいしかないけど、なぜ私たちにお姉ちゃん風を吹かせるのだろうか。

 でも、そんな背伸びしたいアナスタシアが可愛いな。


 私は、そんな二人のやりとりをニタニタしながら見ていた。



 宿はちゃんと貴族向け。

 一年前の私たちの時は、予算不足か、それともそもそも貴族向けの宿がなかったか。

 まあ、可愛いアナスタシアを平民向けの堅いベッドに入れるわけにはいかない。貴族向けの宿は必須だ。


 でも、私たちは三人一つのシングルベッドに寝るのが当たり前になってしまった。一人部屋を借りた。部屋には使用人用の部屋が備え付けてあり、オルガはそちらに泊まる。


 ニコライとデニスは二人部屋だ。使用人のみの部屋らしい。


 マシャレッリの屋敷を離れていちばん問題なのが、アナスタシアの食料だ。いまだにふわふわパン以外食べられないのだ。

 とりあえず、馬車旅の五日間分のパンを焼いてきた。学園に着いてからもなんとかなるように手はずを整えてあるけど、先行き不安だ…。


 今晩は侵入者もなかった。そう、毎回あってたまるか。とはいえ、行く先々で事件に巻き込まれるというのも転生者の嗜みなので、仮に何かあったとしてもしかたがないだろうか。


 しまった…、今のでフラグを立ててしまった…。

 次の日の日中、街道でそれは現れた。


「金目のものと女を出しな」

「お嬢様、盗賊です!」


 下劣な男の声が聞こえた。


 デニスはもう、後ろのニコライを呼ばないで私とマレリナを呼んでいる。お前らちょっとは男を見せろよ。

 まあ、街道で盗賊を退治するのは転生令嬢の嗜みだから、全面的に任せてくれていいよ。


 ぽんぽん……♪

 マレリナはいち早くハープをケースからとりだし、筋力強化を奏でた。


「ふんふん……♪」


 私も筋力強化を歌った。


 私とマレリナは馬車から飛び出した。


 盗賊は六人。剣が三人、槍が三人。


「おっ、将来楽しめそうなお嬢ちゃ……」


 マレリナは私のものだ。あげないよ。


「ふんふん……♪」


 私はスタンガンを歌いながら、まだセリフを言い終えていない剣の男Aのみぞおちに一発入れた。

 すかさず、隣にいた剣の男Bの腹に膝蹴り。そして、剣の男Cの顔面に裏拳。

 男A・B・Cは崩れ落ちた。

 打撃の威力もあるけど、スタンガンに当たれば一発だ。


 マレリナは、槍の男D股間にすね蹴り。すかさず、槍の男Eの画面に裏拳。


「あぎゃー」

「ってえええ」


 男Dは内股になって股間を押さえている。男Eは顔を押さえて叫んでいる。


 マレリナは筋力強化を使うと、とても早く動けるが、力は大人の男程度だ。男を一発で伸せるほどの力を出せない。


「なめるな!」


 攻撃を食らっていない槍の男Fは、マレリナに向けて槍を突いた。

 しかし、マレリナはそれを余裕でよけた。



 私は槍の男Fがマレリナ突いた隙を狙って、がら空きの腹に膝蹴り。男Fは崩れ落ちた。


 続いて私は、顔を押さえている男Eの腹に拳を一発。男Eは崩れ落ちた。


 私はもう一撃入れる余裕があるけど、マレリナに活躍の場を譲るとしよう。


「あばっ」


 マレリナは、股間を押さえている男Dの顔面にパンチ。


「ぐえっ、ぐほっ、げほっ、ごほっ」


 マレリナは男Dの腹にパンチ、パンチ、膝蹴り、膝蹴り。男Dは崩れ落ちた。


 格闘少女マレリナ…。かっこいい…。



「おつかれー」

「さすがユリアナだねー」


「ニコライ、デニス、こいつらの腕と脚を縛ってください」


「「は、はい」」


 ニコライとデニスは男Dの股間を横目に、気の毒そうな顔をしながら、馬車に縄を取りにいった。

 まあその気持ちはオレなら分かる。


 マレリナに股間蹴りを教えたのはオレだ。圧倒的に強いわけではないマレリナの安全のため、少しでも有効な攻撃をと思って。

 オレ自身はやる気になれない。


 ニコライとデニスが縄を持ってきて、男を縛っていく。

 私は念のためもう一度スタンガンを喰らわせつつ、筋力強化で縄をしっかり縛った。

 そして、手の指をバキバキと反対側に折っていった。それから、足首も。


 これくらいなら怪我を治す魔法で治せることを、ミノタウロスやコカトリスで確認済みなのだ。馬車で暴れられては困るから、念のため行動不能にした。気絶しているから痛くないよ。たぶん。


 盗賊を捨てていってもよかったのだけど、盗賊をハンターギルドに引き渡せば、なんと金貨一枚!さらに五体満足で奴隷にできそうなら、もう一枚報酬をもらえるのだ!

 さらにさらに、私とマレリナはランクDハンターであり、盗賊討伐はハンターの功績として認めてもらえるのである!

 というわけなので、わざわざ薄汚いものを荷馬車に積んだのである。


 荷馬車は私が荷車として使いたいだけで、あまり荷物を載せていないのが幸いだった。盗賊六匹、ぎりぎり積み上げることができた。大丈夫。次の町まで数時間だよ。




「窓から見ていたのだけど、マレリーナってすごいのね!」

「えっ、ユリ……」

「大人をあんなに簡単に倒しちゃうなんて!」

「いや、私より……」 

「ホントすごいわぁ!」


 マレリナが何言おうとしているけど、アナスタシアは興奮して聞く耳を持たない。

 私は一度に三人伸してしまったから、アナスタシアには速すぎて動きが見えなかったのだろうか。マレリナは何発も殴る蹴るしていたのがかっこよかったしね。まあいいや。マレリナの神格化が加速するし。



 そして、予定どおり次の町のハンターギルドで、盗賊の指と足首を治療しつつ、盗賊を引き渡して、見事に金貨十二枚をゲット。功績にもなったが、まだ昇級できなかった。

 ちなみに股間の治療はしてあげなかった。奴隷になるのだからいらないだろう。


 マレリナと金貨を半分ずつ分け合った。これで私の軍資金は金貨二十三枚分、マレリナは二十四枚分かな。




 その日以来、特別なイベントもなく、無事に王都の学園の寮に着いた。


 マシャレッリ領から馬車で五日間。また二五〇キロ北上したのだ。いくら育った村が沖縄より温暖な地域だったからって、春になったばかりではさすがにちょっと寒い。でも野生児の私とマレリナはこれくらいでめげないし、何よりドロワーズもはいているから、まだまだ大丈夫!


 アナスタシアのドレスは、これを見込んで、少し厚手にしてある。でもやっぱり寒そうだ。


 マレリナはアナスタシアを気遣って、真っ先に寮の部屋に連れていってあげた。私も付いていって、加熱魔法を部屋にかけた。



 それから、ニコライとデニスに手伝ってもらい、寮に荷物を運び込んだ。そんなに多くないけど。

 女子寮だけど、重い荷物を運び込むために、入学前や長期休みの前後に男性の入場が許可される期間がある。


「ニコライ、デニス。ご苦労様」

「ここまでありがとう」

「二人ともありがとう」


 私とマレリナ、アナスタシアはねぎらいの言葉をかけた。


「いえいえ、とんでもない」

「もったいなきお言葉です」


 私の荷馬車、というか荷車を寮の物置に預けた。

 荷馬車を引いてきたレンタル馬にはニコライが乗って帰る。馬車馬だけど、鞍も付いていて乗馬にも使えるらしい。


 二人を見送って、私たちとオルガは寮の部屋の片付け。


 オルガはベテランメイドではあるが、おばあちゃんなので、私とマレリナがせっせとものを配置していく。もちろん、おばあちゃんより力のないアナスタシアに働かせはしない。


「二人ともありがとう…」

「いいのよ、これくらい」

「取ってほしいものがあったら言ってね」


 私とマレリナの、親しいお嬢様言葉はさまになってきたと思う。これなら学園でやっていけるだろうか。


 私たちはわざわざ一人部屋を借りた。狭いベッドで抱き合って寝るのが好きだからだ。貧乏だからじゃないよ。貧乏だったら三人も学園に入れられないよ。学費だってかかるのだから。

 一部屋に付き一人メイドを連れていっていいらしいが、マシャレッリ家にはメイドが三人もいないし。ってか、経営が上向いてきたんだから、メイドくらい増やせばいいのに。


 寮の建物は木造四階建て。私たちの部屋は一階。本当は、三階の部屋が伯爵家向けで、一階の部屋は男爵家向けなのだ。だけど、あえて一階の部屋を希望した。なぜなら、アナスタシアは一階分の階段を上るだけで一時間くらいかかるからだ。アナスタシアは、まだまだ歩くだけでやっとなのだ…。

 もちろん、私とマレリナが常に介抱しているつもりだけど、何かあったときに一人で部屋に戻れるようにと思って、一階の部屋を借りたのだ。

 男爵家向けの部屋だけど、家具とかはマシャレッリの屋敷で使っていたものとあまり変わらない。というか、マシャレッリ家はやっぱり貧乏だったんだな…。



 伯爵家なら、王都に別邸を持っている家もあるらしい。というか、マシャレッリ伯爵家も王都邸を持っていたが、維持できなくて手放したらしい。そもそも、領地の使用人も足りてないし。

 経営が上向いてきているけど、まだまだ王都邸に手を出せるほどではない。


 伯爵家より下の子爵家と男爵家で王都邸を持っている家はない。伯爵家より上の侯爵家は全員持っている。公爵家の別邸は、王城の敷地内にあるらしい。


 ちなみに家具の質や広さ的に一階は男爵家向けで二階は子爵家向けとなっているだけで、お金さえ払えれば誰でも上の階の部屋を借りることができる。とくに四階は侯爵家向けの部屋とされているが、侯爵家は王都邸を持ってるので誰も借りない。

 だけど、見栄を張りたい裕福な伯爵家がいれば、四階が使われることもあるらしい。逆に、下の階を借りている私たちがどのように見られるかは想像できるだろう。


 私たちの部屋の広さは十畳ほどだろうか。シングルのベッドが三分の一ほどを閉めている。勉強机とクローゼット、ティーテーブルを除くと、歩けるスペースは四畳ほどだろうか。


 とにかく無い物ねだりをしてもしかたがない。この寮の一室が私たちの城だ。移動が少ない分、アナスタシアにも負担が少なくていいのだ。



 ところで、この寮の建物は私たちの学年しか住んでいないらしい。他の学年の寮は別の場所にある。


 この寮に来てカルチャーショックを受けてしまった。トイレだ。まず、トイレの部屋が臭くないのだ。便器が壺なのは変わらないけど、用を足したというのに臭わないし、中を覗くと汚物がなくなっているのだ…。いったいどういう仕組み?


 それから、明かりもランプではない。電球のようなものだ。マシャレッリの屋敷に比べると、部屋全体がとても明るい。これも何なのか気になる!



 寮には食堂があるのだけど…、アナスタシアはいまだに私の作ったパンしか食べられない。

 そこで、事前に学園に交渉して、厨房やかまどを、空いている時間に借りる手はずを整えておいた。


 厨房の鍵を借りるついでに、寮監に挨拶に行った。


「ごきげんよう、ユリアーナ・マシャレッリと申します」

「ごきげんよう、マレリーナ・マシャレッリです」

「ごきげんよう、アナスタシア・マシャレッリです」


 私たち三人は寮監にカーテシーで挨拶した。

 アナスタシアは、まだ片脚で立てるほどの筋肉がない。本来なら、カーテシーは片脚をもう片方の脚に交差させつつ、少しかがむのだが、アナスタシアにはそれができない。とにかく、歩くのがやっとなのだ。

 私たちは十歳になって、私とマレリナは身長一四〇センチ、プラス、ヒールの五センチなのだけど、アナスタシアは一二〇センチしかない。小柄で可愛くて好きなのだけど、他の者には礼儀作法のなっていないお子様と思われないかが心配だ…。


「ごきげんよう。寮監のワレリアよ」


 おっとりとしたおばあちゃんだ。オルガよりは若い。カーテシーを返してきた。

 髪の毛はそれほど濃くない緑。木魔法使いだ!


「木魔法の講師もやっているわ。これからよろしくね」


 どうしよう!木魔法、教えてもらいたい!私の、ちょっと明るいだけの灰色の髪って設定、マジいらないんだけど!


「私たち、厨房を借りる約束をしているのですが」

「ええ、聞いているわよ。はい、厨房の鍵。夕食の準備が始まる前に切り上げてね。食材は無駄にしないのなら使ってもいいわよ」

「ありがとうございます」


 私は厨房の鍵を借りた。

 食費は部屋代に含まれているらしい。だから、食材や薪も常識の範囲内で使っていいということだ。


 寮の部屋から酵母を持ってきて、さっそくパン作りだ。私は薪を使わない。火の魔法で火を出しつつ、加熱の魔法で温度調節するだけだ。

 ちなみに、タチアーナに教わった火魔法は危ないのばかりだ。爆発とか炎の矢とか。料理には基本の火魔法と加熱魔法だけあればよい。


 というわけで、今日の夕食と明日の朝食の分のパンを焼いた。


「いつもと匂いが違うのね」

「はい…。ここには材料がないのです…」


 アナスタシアが焼き上がったパンをちょっと残念そうに見ている。

 残念ながら牛乳と卵は入っていない。ミノタウロスとコカトリスも連れてきたかったのだけど…。

 しかたがないので、厨房の野菜を練り込んだ。豆も入れたのでタンパク質はなんとかなるかな。アナスタシアは食べてくれるかな。

 とりあえず、焼いたパンを自室に持って帰った。


 ミノタウロスとコカトリスを連れてくることはできなかったけど、果物の種を持ってきている。寮の裏の一画を借りて、畑や果樹園を作る許可ももらっているのだ。


「ワレリア様、厨房を貸してくださってありがとうございました」

「本当にあなたが焼いたの?料理をするお嬢様なんて初めてよ」

「嗜み程度ですが…」


 転生令嬢の嗜み程度です。

 ワレリアは私とマレリナのバスケットに入っているパンを見て驚いている。


「それで、畑を作ってよい場所を教えていただきたいのですが」

「わかったわ。付いてきて」


 寮の建物の裏庭にやってきた。


「はぁ…はぁ…」

「お姉様、おんぶします」

「ありがとう…」


 いろいろ歩き回っているから、アナスタシアには限界が来てしまったみたいだ。マレリナがアナスタシアをおんぶした。

 アナスタシアは、申し訳ないような、でも嬉しいような表情をしている。マレリナのことを頼りになるお姉ちゃんだと思っているだろう。アナスタシアはいつまでお姉ちゃん風を吹かせるつもりだ。可愛いからいいけどね。


 オルガも付いてきているんだけど、オルガもおばあちゃんだからあまり力仕事をさせるわけにはいかない。力仕事は私たち野生児に任せておけばよいのだ。


「ここから………、ここまで使っていいわよ」

「ありがとうございます」


 ワレリアは、歩いて周り、五メートル四方くらいの正方形の区画を示してくれた。


「そうそう、夕食はあなたたち四人分でいいのかしら?」


 私たちは厨房や畑の準備のために、少し早く入寮したのだ。まだ他に学生が来ていない。だから私たちの分だけを用意してくれるのだろう。


「パン以外を四人分用意していただけますか?」

「パンを焼いていたものね」

「はい」

「分かったわ。じゃあ、ごゆっくり」


 ワレリアが去ったのを確認して、


「ふんふん……♪」


 土を軟らかくして、果物の種をまいて、


「ふんふん……、ふんふん……、ふんふん……♪」


 早く大きく育て!


 セルーゲイから教わった風魔法に入っていた「早い」と、タチアーナから教わった火魔法に入っていた「大きい」という意味のメロディを加えた成長促進魔法!いつもより早く実がなるといいな。




 畑を作り終えた頃には日が暮れてきた。私たちは寮の部屋に戻った。


 本来なら食堂で夕食を召し上がるのだけど、私たちしかいないので、寮の料理人が用意してくれた夕食を、オルガにこの部屋へ運んできてもらうことにした。

 食堂は一階なので階段を上がる必要がないから、ワゴンで運んでこられる。上の階なんて見栄だけでなんのメリットもないね。


 この部屋は一人部屋。シングルベッドと学習机と鏡台、ティーテーブル、クローゼットがある。鏡といっても、鉄を磨いただけであり、かなりぼんやりと見える。これじゃ水面と見え方はどっこいどっこいだ。結局、私は自分がどんな顔をしているのかよく分からないのだ。


 使用人の部屋が併設されていて、そちらにもシングルベッドとティーテーブルとクローゼットがある。


 使用人の部屋からティーテーブルを持ってきて、私たちの部屋のティーテーブルとくっつけて、四人分の皿を並べた。けっこうギリギリだ。


「さ、オルガも一緒に召し上がりましょ」

「恐れ入ります」


 オルガも家族だ。アナスタシアの一声で、四人でティーテーブルを囲んで、夕食をいただいた。

 パンは四人分、夕食の分と明日の朝食分を焼いてある。


「パン…、いつもと違うのね…」

「お姉様、スープの野菜もいただきましょうね」

「いやよ、ユリアーナなんて嫌いよ!」

「その手はもう通じないわよ。パンを焼けるところでないとお出かけできないのでは、将来困ってしまうわ」

「いいの。私、学園とマシャレッリの屋敷から出ないわ!」


 世話の焼ける妹、いや、娘だ。イヤイヤ期だろうか。だがそれが可愛い。目に入れても痛くない。


「お姉様、私が食べさせてあげるから、我慢して」

「マレリーナが食べさせてくれるなら…」

「あーん」

「あーん…。んぐっ…、美味しくない…」

「がんばって!」

「ええ…」


 アナスタシアはマレリナの言うことなら聞くのだ。マレリナは聖女なので当然だ。

 私はそんな二人のやりとりを微笑ましく見守った。


 だけど、普通の料理を食べられないのはもちろん、あーんとかやっているようでは、いつまでたっても外に出せないな…。




 アナスタシアの食事問題もさることながら、もう一つ問題がある。

 じつはさっき、畑の場所に地下室を作ってきた。そして、お風呂を建設してきた。入り口は土をたくさん盛ってあって、土魔法でどかさない限り誰も入れない。


 私たち四人は夜、畑に赴いた。私は土をどけて入り口を露出させ、三人は階段を降りる。私は入り口に土を盛ってから追従。


 脱衣所で皆で服を脱いで浴室へ。


 私は水を生成して加熱。湯船にお湯を貯めた。

 そして四人でキャッキャうふふとお風呂を満喫した。


 水生成はその名のとおり水を作るのである。水を消す魔法は知らない。だから作った水を排水する必要がある。排水路を作るのにはかなり苦労した。


 そして、脱衣所でにて温風魔法で皆を乾かす。セルーゲイから教わった魔法に、乾いた風というのがあったので、それを熱したらより早く乾くようになった。というか、それがなかったら地下で換気できない風呂場なので、ジメジメしていつまでも乾かないし、カビが生えそうだ。


 服を着たら階段を上り、土魔法で入り口の土をどけて脱出。


 入り口を土で塞いで寮に戻った。


 うーん…。毎日こんなことやらなきゃいけないのか…。何か考えないとな…。




 数日、そんな風に過ごしていると、入寮してくる学生がちらほら現れた。


 赤、黄色、緑、橙色、青、水色…、一通りいるけど、淡くて灰色に近い髪色の子が多い。高位貴族ほど濃い髪をしているようだが、アナスタシアの赤みがかった青よりも濃い色の子は見かけない。髪の濃さは魔力の強さを表し、高位貴族の権威の象徴なのである。


 マレリナはかなり明るい灰色なのだが、マレリナの他に明るい灰色の子はいない。明るさと濃さを比較するのは難しい。マレリナの魔力はみんなと比べると強いのか弱いのかが分からない。


 そもそも、寮に入る伯爵家は少ないので、ここにいる子のほとんどは子爵家か男爵家。とくに一階の部屋に搬入しているのは男爵家ばかり。髪色の淡い子が多いのは当然というわけだ。


 それに、髪の長さも肩くらいまでの子がけっこういる。長い髪は貴族の嗜みじゃないのか。私とマレリナは腰まで伸ばしているのに。神父様って男爵家の三男だったはずなのに、私たちが伯爵令嬢として恥ずかしくないように整えてくれたんだ…。


 そんな中で、ひときわ濃いピンクの髪をした子がやってきた。少しウェーブがかった肩までの髪。小柄でとても可愛い。

 そしてなんとその子は、私たちの部屋の隣だった。


「ごきげんよう、私はユリアーナ・マシャレッリです」


 ピンク髪って良いなぁ。可愛いなぁと思ってたら、自室に入ろうとしているピンク髪の子に思わず声をかけて、カーテシーしていた。


「ごきげんよう、マリア・ジェルミーニです」


 マリアだって!カーテシーに自信がなさそうで、なんだか可愛い!

 ジェルミーニって男爵家だったかな。一階に住んでるんだから、まあそうだよね。


「こちらはアナスタシア・マシャレッリ、こちらはマレリーナ・マシャレッリです。お隣どうし、仲良くしてくださいね!」

「よろしくお願いします…」


 あ、なんか沈黙してしまった…。私がマリアのことをじーっと見ていたからだろうか…。だって、ピンク髪可愛いんだもん…。


「ごめんなさい、寮にいらしたばかりで、お忙しいわよね。引き留めて悪かったわ…」

「いえ、そんなことありません。それではごきげんよう」


 ああ、またちょっと下手くそなカーテシーが可愛い。

 さっきから頭の中で可愛いばっかいってるな。だって、ピンク髪で小柄なマリアが可愛いんだもん。


 アナスタシアよりは少し大きいかな。でも、私やマレリナよりはずっと小さい。

 アナスタシアもそうだけど、マリアも胸はぺったんこだったなぁ。だがそれが良い!


「……アーナ!鍵閉めちゃうよ?」

「あ、ごめんなさい…」


 マレリナたちはとっくに部屋に入っていて、マレリナがドアから顔を覗かせていた。




 次々に寮に学園生が入寮していき、ついに入学式の日がやってきた。


 今日はハープを持ってきていない。授業はないんだろうな。


 両手を私とマレリナで握られて、まるでお父さんとお母さんに連れられて入学式に赴く小学生なアナスタシア。女子寮からゆっくりと歩いて五分。次々と抜かしていく女子たち。

 その中には私たちを見てクスクスとあざ笑う者もいる。理由は分かる。男爵家向けの部屋に三人も住んでいるなんて、どんだけ貧乏なんだと思っていることだろう。

 私を見て笑っている子が多いな…。やっぱり髪かな。光沢がすごいだけで魔力ナシの平民と同じ灰色だもんな。

 幼女なアナスタシアに奇異の目を向けてくる子もいる。白っぽい灰色も珍しいのか、マレリナも見られているな。二人が苛められませんように…。


「ふんふん……♪」


 思わず厄除けを歌ってしまった。


「どうしたの?」

「なんでもないわ」


 アナスタシアが不思議そうに見上げてきた。

 マレリナは私の歌を覚えているのだろうか。私が何をやったのか分かっているみたいで、にっこりと私に微笑んだ。



 歩いていると、途中から淡い髪色の男子も合流してきた。男子寮から来たんだな。男子少ないなぁ。

 私ほど無彩色な子はいないなぁ…。


 それに、女子寮で見たことのない、濃い髪色で服のランクが高い女子、それと男子も合流。王都の別邸から通っている侯爵家と上位の伯爵家だろう。

 真っ白に近い子発見!マレリナより魔力の高い子だ!

 

 濃い橙色の髪から覗いている肌色の…、あれは耳!エルフ耳!エルフの女の子!同士発見!エルフの家系ってあるのかな。それとも養子かな。


 高位貴族はカラフルだなぁ。でもアナスタシアの赤みがかった青より濃い髪色の子は見当たらない。アナスタシアは侯爵家上位クラスではなかろうか。すごいよ!私のアナスタシア!



 ホールに入場するころには、すっかり最後尾付近だ。早めに出てきたつもりなんだけどね。

 幸いなことにホールは一階なのだけど、アナスタシアはここまでの徒歩で息も絶え絶えだ…。


「お姉様、がんばりましょう」

「ええ…。はぁ…はぁ…」


 マレリナは私の顔を見て、アナスタシアの腕を高めに持った。私もやれと。

 私もアナスタシアの腕を高めに持った。


「きゃっ」


 アナスタシアは半浮き状態。だから、これじゃお母さんとお父さんに連れられてはしゃぐ子供だってば。

 腕が痛くないかな。関節が抜けないかな。ふんふん…♪っと必要最小限の音量で治療の魔法を歌いながら進んだ。


「脚が楽だわっ」

「よかった」


 こうして私たちは自分たちの席に辿り着いた。

 席順は家格順だ。先頭に…王族がいるらしい…。続いて公爵家。そのあとに侯爵家、伯爵家、子爵家、男爵家と続く。はっきりと間が分けられている。縦社会だねえ。

 そして、私たちは伯爵家の中でもいちばん後ろだ。去年財政を改善したのだけど、学園の席順への反映は間に合わなかったのかな。

 全部で四十人くらいかな。ここにいるのは貴族だけだ。同い年の貴族がそんなにいるのかな?ああ、私たちみたいな養子がいっぱいいるのか。



 どこ世界でも退屈な、学園長の挨拶を終えて、家格順に退場だ。王族、公爵家、侯爵家、伯爵家と退場して、私たちの番が回ってきたけど、私たちはアナスタシアの速さに合わせているので、すぐに後ろから子爵家が押し寄せてきた。

 この世界は弱者に優しくない。貧乏伯爵家なんて蹴落として、自分がのし上がろうと考える者が多いだろう。

 私とマレリナは、アナスタシアが押されたりしないように道の端を進んだ。それなのに、後ろから私たちに寄ってくる足音がある。方向までハッキリ分かる。

 向かってくる方向は…、私か…。


 後ろから寄ってきた子は、私の靴の縁を踏んで、私の靴を脱がした。私はアナスタシアに合わせてゆっくりと進んでいたし、身構えていたから、転んだりはしなかった。

 私は、脱げてしまった靴に、足を再び入れて、そのまま履いた。なんとかスポッと入った。

 まあ、アナスタシアが絡まれなくてよかったよ…。


「あなた、邪魔よ!魔力なしの平民あがりがなぜこんなところにいるのよ!?」


 はぁ…。いじめられるのは転生令嬢の嗜みか…。私ってもしかしてヒロイン…。アニメ声だし、やっぱりヒロインかな!

 いや、でもヒロインといったらやっぱりピンク髪の…、そう!マリアちゃん!可愛いしね!


「ちょっとあなた、聞いているの?」


 この淡い水色髪の子…、キャンキャンうるさいな…。後から来たから子爵家だよね。


「マレリナ、先に行ってて」

「え、ええ…」


 マレリナにはアナスタシアを連れて先に行ってもらうことにした。


「あなた、無視するんじゃないわよ!」


 淡い水色髪のうるさいガキは、私の肩を押した。だけど、私は野生児であり、うるさいガキに押されたくらいでバランスを崩すほどヤワじゃない。

 逆に、水色髪のうるさいガキは、押して倒せると思っていた私が微動だにせず、自分の押した力の反動で、自分がバランスを崩してしまった。


「ちょっと、何するのよ!」


 はぁ…。ことわりの違う世界に生きる女の子にはどう対処したらいいのかな…。

 オレはもちろん分からないし、野生児のユリアナも解を持っていない。


「お待ちなさい。あなたたち、何をやっていますの?」


 おお…、すごい子、来た…。とても濃いマゼンダ色の腰まであるツインドリルな縦ロール…。実際の髪の長さは身長の三倍くらいありそうだ…。こういうどぎついマゼンダ色の髪は、大きなお友達向けのアニメより、女児向け魔法少女アニメのヒロインっぽいな…。

 でも女児向けアニメではあり得ない、その…何という巨乳…。すごい谷間…。私は思わず喉をゴクリと鳴らしてしまった。

 この子もヒールを履いていて、身長は私よりちょっと高いくらいだけど、先に退場した高位貴族の中にいたのかな…。それとも上の学年?今日は一年生以外の学年が来ているのかな。運営委員とかかな。

 いやぁもう、こんな巨乳の女の子、初めて見たよ。ナタシアお母さんとかタチアーナお母様よりも大きいんじゃないかな。しかも、ちょっと動くたびに揺れて、振動がいつまでも続くよ!これぞファンタジー!

 揺れているのは胸だけではなくて、バネのようなツインドリルもびよびよと弾んでいてとても可愛い。


 もう、なんでこんなに興奮してるんだろう…。何度もいうけど、オレは前世に大事なものと一緒にそういう感情を置いてきたんじゃないのかな…。だんだん自信なくなってきた…。女の子って女の子の大きな胸で興奮するものなのかな…。


 とりあえずそれはさておき…。この子はもしや、悪役令嬢というやつなのでは!うるさいクソガキなんて目じゃなかった。これが本当の悪役令嬢だ!

 そしてやっぱり私は悪役令嬢にいじめられちゃうヒロイン!ということは転生令嬢としての役割を全うせねば…。


「す、スヴェトラーナ様…。この魔力なしの平民上がりが、私の靴を踏んづけて脱がした上に、私をどついたのです」


 それって、全部そっちがやったことじゃん…。


「いいえ、私はそのようなことをしておりません」


「あなた、身分を傘に、罪をなすりつけようって言うの?」


 このうるさいガキの周りの二人は徒党を組んでいるのか、私を睨みつけている。

 この二人以外の後続の学生は、関わりたくないという感じで、私たちをスルーして先へ進んでいる。


 そして、スヴェトラーナはその徒党の二人の顔に問うた。

 徒党の二人は、自分たちの出番かと言わんばかりにしゃべり始めた。


「そ、そうですよ。エンマ様はただ通ろうとしただけなのに!」

「あなたはわざわざゆっくり歩いてエンマ様が来るのを待って、足をかけて後ろから押し倒したのです!」


 おいおい、どんどん話が膨らんでるよ…。なんだよその取って付けたような話…。


 今度はスヴェトラーナは私を見て問う。


「本当ですの?」


「私がゆっくり歩いていたのは、長年病気に伏せていてうまく歩くことのできない姉を介抱しながらだったからです。そして、私たちが道の端を歩いていたのにもかかわらず、わざわざ寄ってきて私の靴を踏んで脱がしたのはそちらの方ですし、私をどつこうとしてかってにバランスを崩したのもそちらの方です」


「酷いわ!二人も見ていたのに、言い逃れしようと言うの?」


 一人は足をかけたと言っているし、お前の靴を踏まれたという話と違うだろう。口裏くらい合わせておけよ。突発的に行動したのが丸わかりだろう。


「落ち着きなさいまし。あなたはたしか、ユリアーナ・マシャレッリですね。魔力検査のあとで私のところに来なさい」


「ふん、魔力なしの平民上がりが伯爵家の養女になったからって思い上がるからこうなるのよ!」


「魔力なしかどうかは、このあとの魔力検査で分かることですわ」


 えっ、魔力検査って何。


「さあ、解散です。あなたたちは先にお行きなさい」


「「「はい」」」



 私とスヴェトラーナは、いじめっ子たちが少し進んだあとに、退場の列に合流した。

 アナスタシアたち、いじめっ子に追いつかれてなければいいけど…。

 と思ったら、ホールを出たところで二人は待っていた。


「スヴェトラーナ様でしたっけ。それではごきげんよう」

「ええ、またあとで。ごきげんよう」


 私はカーテシーで挨拶した。「こんにちは」にも「さようなら」にもなる万能挨拶だ。


「ユリアーナ、心配したのよ」

「大丈夫だった?」


 アナスタシアとマレリナが不安そうに私を見つめた。


「大丈夫よ。それより魔力検査って何かしら…」


「みんな別の部屋に並んで、なんの属性を持っているか検査するみたい」


「げっ…」


 何それ、神父様から聞いてないよ。ちょっと明るい灰色設定とか無意味じゃん。神父様の時代にはなかったのかな。



 私たちは魔力検査の部屋に赴き、三列ある内の一つの最後尾に並んだ。アナスタシア、マレリナ、私の順に。


 遠いからよく分からないけど、検査の道具には、色の付いた十二個の石が時計のように円状に並んでいる。十二時の位置に赤、一時の位置に黄、以降、緑、橙色、青、水色、ピンク、茶色、白、黒、紫、金、…魔法の属性の色だ。

 その真ん中に手の平をかざすと、石が光るようだ。


 検査の道具の後ろには、それぞれ一人ずつ教師が付いている。


 今やっている、淡い橙色の髪の子は、橙色を微妙に光らせた。そのまんまだな。これ、意味あるのかな。後ろのほうに並んでいるのは髪色の薄い子ばかりだ。ここでも序列どおりか。

 こうして並んでみて気がついたけど、前のほうにいる髪の色の濃い子はヒールを履いていて背が高い。ヒールは上位貴族の嗜みなのかな?


 あ、さっき別れたスヴェトラーナだ。赤と青の石が、すごい輝きを放っている。なるほど、マルチキャスト発見器なのか。マゼンダじゃぱっと見ピンクかと思うもんな。

 っていうか、スヴェトラーナは同級生なんだ…。十歳であの胸…。


 あ、マリアちゃんだ。こっちは単体でピンクの石がすごく光っている。ピンクってなんだっけ…。心属性か!どんな魔法があるのだろう!


 そして、列はだんだん短くなっていき、アナスタシアの番。アナスタシアの髪はほんのり赤みがかった濃い青だけど、火魔法を試したが使えなかった。でも何かが混ざっている違いない!


「手を置いてください」

「はい…」


「お姉様、大丈夫よ」

「ええ…」


 お姉ちゃんなマレリナがアナスタシアを元気づけた。

 アナスタシアが手をかざすと、青い石がすごい光を放った。スヴェトラーナと同じくらいだな。やったね!

 そしてもう一つ、淡く光ったのは紫。空間魔法だ!レア属性ゲット!


「おめでとうございます。あなたは水属性と空間属性のマルチキャストです」

「あ、ありがとうございます…」


 教師におめでとうと言われて、アナスタシアは困っている。何がおめでたいのかいまいち分かっていないのかも。



「最後尾のかたー、こちら空きましたのでどうぞー」


「あ、はーい」


 みんなばらけて並んでいたところ、私たち三人が固まって並んだから、この列は長くなっていたようだ。


 はぁ…。バレるならバレるでいいや…。隠すの面倒だし…。


 私は隣の列に移動した。


「手を置いてください」

「はい」


 少なくとも八つは光るんだ。残りの四つも制覇できるかな…。

 私は恐る恐る検査の道具に手を置いた。


 パリっ、パリパリパリ、パパパパパパパパリっ。


 おう…。全部の石が割れたよ…。魔力検査の道具を壊すのは転生者の嗜みだし、仕方ないね…。


「な、なんと…。検査具が壊れてしまいました…」


 私の前にいる教師はオロオロしている。


「しかたがない。あなたはこちらのを使ってください」

「はい…」


 マレリナたちの並んでいないもうひとつの列も待ちがいなくなったようだ。その列の検査具の後ろにいた教師は私を呼んだ。


「手を置いてください」

「はい…」


 もう一個壊すだけだよ…。

 申し訳なく思いながら、恐る恐る手を置くと、パパパパリ、パパパパリ、パパパパリっ。


「なんと…。こちらも壊れてしまいました…。もう一つで試すのはやめておいたほうがいいですね」


 私って、聖魔法以外何をどれだけ使っても気絶しないから、きっと魔力が多すぎて測定不能ってことだよね…。


「あなたの髪はほぼ灰色のようですが、なんの属性があると言われて引き抜かれたのですか?」

「えっと、命です。少し明るい灰色なので…」

「では、ハープを持ってきますので、治療魔法を引いていただき、効果があれば命魔法使いだと認めましょう」

「は、はい…」


 また誰かを怪我させるの?筋力強化じゃダメなのかな。

 男教師はハープを取りにいったようだ。


 一方でマレリナは最後の一つの検査具で、白い石をそれなりに光らせていた。色が違うので一概にいえないけど、アナスタシアの紫より光ったと思う。


 マレリナとアナスタシアが私の方に寄ってきた。


「困ったわね…」

「まあ…、これでよかったのかも…」


 たくさんの属性を持っているって分かれば、全部の魔法を教えてもらえるメリットがあるかもしれないけど、前代未聞のマルチキャストで大騒ぎになるデメリットもある。前代未聞の能力で周りを驚かすことも、その能力を隠してひっそりと暮らそうとしてやっぱり目立つのも、どちらも転生者の嗜みだけど、私は後者を選ぼう。

 他の属性の魔法を知りたければ、友達を作って教えてもらえばいいや。それか盗み聞きとかね。



 しばらくして、ハープを持ってくると言って出ていった男の教師とは別の女の教師が子供用のハープを二つ走って持ってきた。そんなに急がなくてもいいだろうに。

 なんで別の人?ああ、明るい灰色髪だ。命魔法使いか。


「はぁ…、はぁ…。あなたですね、命属性の適性を調べるのは」

「はい」


「では、はぁ…はぁ…、ハープを持ってください。持ち方は分かりますか?」

「はい」

「この弦から始めて、はぁ…はぁ…、私と同じように弾いてください」

「はい」


 はぁはぁすんな!おばはん!

 教師は私のハープの弦を指さし、続いて、自分のハープの弦をはじいた。


 ぽん♪


「はいどうぞ」


 ぽん♪

 私も同じ弦をはじいた。


「次は、はぁ…はぁ…、ここです」


 ぽん♪

 教師は次の弦をはじいた。


「次は……」


 何これ。これが初心者へのハープ指導?弦の位置を覚えるの?だっるぅー!

 この世界では誰も音程を覚えられないのかな?


「今弾いた、はぁはぁ…、弦の順序を、はぁはぁ…、覚えられますか?」

「はい」

「それでは、はぁはぁ…、リズムを付けて弾いてみますので、はぁはぁ…、マネをしてください」


 リズムは聴いて覚えろってか。

 それよりも、ババァのはぁはぁマジウザい…。


 ぽんぽんぽん……♪


「素晴らしい!はぁはぁ…。覚えが、はぁはぁ…、いいですね」


 早く効果を教えろよ!


「では、私の疲れが取れた姿…、息が、はぁはぁ…、上がっているのがゆっくりになった私の、はぁはぁ…、姿を想像しながら…、はぁはぁ、弾いてください」


 はぁはぁウザいって言ってんの!って、何て言った?疲れを取る?

 なるほど!これって疲労回復の魔法?怪我を治すのでも病気を治すのでもないしね!

 弦を見て覚えろとか無駄なことばっかやっていたから、そんなことにも気が付かなかったよ!

 それじゃ!


 ぽんぽんぽん……♪


 今まで怪我の治療と病気の治療と筋力強化しか知らなかったけど、この疲労回復も含めて漏れなく変ホ長調だね。


 メロディを奏で終わると、はぁはぁうるさかった教師の呼吸が緩やかになった。

 やったね!新しい魔法ゲット!


「おおー、素晴らしいですね。効果も高いです!申し遅れました。私はアリーナです。これから私はあなたの命魔法の教師となります。よろしくお願いします」

「こちらこそ申し遅れました。ユリアーナ・マシャレッリです。ごきげんよう」


 私はハープを片手に、もう片方の手でスカートを摘まんでカーテシーをした。

 そっか。私、命魔法をこのおばはんに教えてもらうのか。疲労回復もどのみち教えてもらえるんだね。はしゃいで損したよ。


「そちらのあなたも命魔法使いですよね」

「あっ、はい」


 アリーナはマレリナに問うた。


「今年は命魔法使いが三人も入ってくれて嬉しいです!明日から頑張りましょうね!」


「「は、はい」」


 もう息は上がっていないはずだけど、鼻息の荒いおばさんだ。悪い人ではなさそうだけど。

 命魔法使いってレアキャラなのかな。


 こうして私は、前代未聞のマルチキャストとか、検査具を壊すほどの魔力持ちということを隠したまま、ただの治療魔法使いとして学園生活を始めることになった。

 検査具の全部の宝石が壊れたってことは、心、時、邪、空間、残りの四属性にも適性があるのかな。




 魔力検査が終わって出口に向かうと、スヴェトラーナが待っていた。スヴェトラーナは、どぎついマゼンダ色のツインドリルで、ひときわ目立つ。さらに、そのツインドリルにも負けない破壊力の巨乳。とても素晴らしい!

 じゃなかった。この子、悪役令嬢なんだよな…。


「お待たせしました、スヴェトラーナ様」

「まったくだわ。ただ手を当てれば終わりなのに、検査具を二つも壊して、魔法を習ったりして、どれだけ待たせますの?」

「それは検査具の設計者や購入責任者に言っていただければ、次回から待たなくて済むように改善されると思いますよ」

「あなた、面白いわね。このスヴェトラーナ・フョードロヴナに向かってそのような口を聞く者は始めてですわ」


 一応、この国の地理と一緒に、貴族家の名前くらい勉強した。フョードロヴナは公爵家だ。


「私がスヴェトラーナ様をお待たせしたのは事実ですが、私に非はございませんし、スヴェトラーナ様に失礼なことを何一つ申しておりません」

「たしかにその通りですわね。本当に、あなたはハッキリとものを申すのですね」

「私に非がないのにもかかわらず疑いの目を向けられているのなら、黙っていたりお茶を濁したりするのは間違いです」

「いいでしょう。これで追求するのはやめにしますわ。それでは、明日また教室でお会いしましょう。ごきげんよう」

「ごきげんよう」


 ふーむ。意外と話の分かる子なのかもしれない。できるならお近づきになりたい。



「ユリアーナ…。あれって公爵令嬢様でしょ…。大丈夫なの?」

「そうね、私が目を付けられちゃうと、お姉様とマレリーナにも危害が及ぶわね…。ごめんなさい…」

「私たちのことじゃなくって、ユリアーナのことが心配よ」

「うふふ、ありがと」


 アナスタシアは優しい子だな。本当に可愛い。


「ユリアーナ、ほどほどにね」

「ええ」


 マレリナはあきれ気味だ。




 今日は始業式と魔力検査だけだったので、悪役令嬢からの呼出がかかってもたいした時間にはならなかった。

 だけど、授業が始まってからは、そういう余計なイベントはごめんだ。なぜなら、私は授業が終わったらすぐに寮に帰って、パンを焼かなければならないからだ。とはいえ、悪役令嬢に絡まれるのは転生令嬢の嗜みだし、今後も絡まれることがあるだろう。

 パンは五日間くらいはなんとかもつし、ストックしておこう。っていっても、焼きたてがいちばんふっくらしていて美味しいんだよねえ。


 というわけで、寮の厨房でパンを焼いた。夕食の時間になったら、食堂にパンを持参して、食堂のメニューと一緒に召し上がる。人が多くなってきてからは部屋で食べたりはしていないよ。



 そして…、


「畑で作業してくる」

「行ってらっしゃい」


 マレリナに言って、寮を出た。

 エンマといういじめっ子にここがばれるのはよくない。いたずらするに違いない。

 私はこっそりと裏庭の畑に赴いた。


「ふんふん……、ふんふん……、ふんふん……♪」


 早く大きく育て!


 早くもリンゴの木に実がなり始めている!まだ一週間だよ!


 そして、今日は土木工事をするのだ。毎日毎日みんなでお風呂までコソコソ行くのは、もう限界だ。

 そこで…、オルガの寝泊まりしているメイド部屋からお風呂までの地下トンネルを掘ることにした。寮は木造なのだけど、メイド部屋は手抜きなのか、床が石になっている。そこで、石のブロックを一つどけたら、土が出てきたのだ。なので、そこからお風呂に行けるようにトンネルを作るのだ。

 建物が崩落しないように、かなり深く、そして入念に火魔法で天井を固めた。


 というわけで、オルガの部屋に到着。


「ただいま」

「おかえり。できたんだね」

「うん」


 地下ならやりたい放題だな。これならミノタウロスとコカトリスを連れてこられるんじゃない?。


 地下通路はかなり深く掘ってあるので、アナスタシアが上り下りできるわけない。マレリナがおんぶして行くことになった。

 もうマレリナがおんぶ係って定着している。私は魔法でいろいろできてしまうので、マレリナにできることはマレリナに譲っているのだ。


 これでお風呂に行きやすくなった。


 その日もいつもどおり、私たち三人はアナスタシアを真ん中に川の字になって寝た。




 翌日。昨日作ったパンを部屋でほおばった。朝食も食堂で出るのだけど、アナスタシアを連れて食堂に行ってから学園に行くとなると、もっと早く起きなければならないので、部屋で簡単に済ませることにした。

 今日から授業だ。


 この学園は、基本的には魔法を教えるのがメインだ。座学も少しは教えてくれるらしい。

 とはいえ、まずは魔法の座学からのようだ。


 私たちは、歩くのが遅いアナスタシアのためにかなり早めに出た。今日はハープ持参だ。


「はぁ…はぁ…」


 学園の校舎に辿り着く頃には、アナスタシアの息が上がっていた。普通の人で三分、アナスタシアでも十分の距離なんだけど。


「ふんふん……♪」


 私は昨日ゲットしたばかりの疲労回復を歌った。


「はぁ……、あら?」

「うふふ」

「疲れが取れたわ!ユリアーナの魔法?」

「そそ」

「ありがとうっ」


「ユリアーナ、誰もいないからいいけど、気をつけてね」

「そうね」

「それと、あとで教えてね」

「わかった」


 学園の校舎は木造四階建て。昨日のホールとは違う建物だ。

 一年生の教室は二階。まだまだアナスタシアが日常で階段を上り下りする日は遠い。


 おんぶ係のマレリナがアナスタシアをおんぶして階段を上って、アナスタシア降ろして教室へ。マレリナはアナスタシアをおんぶするときには、ハープを前に背負う。私が持ってあげてもいいけど、ハープは魔法の杖だ。肌身離さないのが魔法使いの嗜みだろう。

 早く出たのは、こういう姿を他の人に見られると、余計なツッコミをもらいそうだからでもある。

 おかげで、教室にはまだ誰もいない。


 黒板のようなものに、座席表が描かれていた。席は魔法の属性によって決まっているようだ。七列に分けられていて、黒板に向かって右から一列目から六列目までは六席ずつだけど、最後の七列目は四席しかない。


 アナスタシアは、右から五列目のいちばん前だ。

 私は右から七列目、というかいちばん左の列の三番目だ。私の前にマレリナ。一番前はセラフィーマ・ロビアンコという子。ちなみにロビアンコは侯爵家だ。失礼のないようにしなければならない。

 そして、私の後ろにマリアちゃん!


 一年生は四十人。昨日見た学生のヘアカラーラインナップ的には基本属性の赤・黄色・緑・橙色・青・水色が大半で、それぞれ六人だろうか。それから、ほんのり紫な青のアナスタシア、マゼンダのスヴェトラーナ、ピンクのマリアちゃん、真っ白が一人、明るい灰色のマレリナと銀の私だ。


 つまり、この列は魔法の属性順ということかな。右から火・雷・木・土・水・空と来て、七列目は余りものだな。


 マゼンダは赤と青の混合だから面白いものではない。スヴェトラーナの名は最右の一番前にあった。

 ピンクは心属性だからどんな魔法かすごく気になる。

 あと、アナスタシアのほんのり紫は空間魔法だ!期待大!


 心属性も空間属性も、まだ私が持っているかも分からないのに、覚える気まんまんでいる。ここまで来たら全制覇するのが転生者の嗜みだし。


 最後は命属性が三人か。髪が真っ白な子は魔力が強いんだろうな。ああ、きっと髪が真っ白な子が七列目の一番前のセラフィーマだ。


 いろいろと妄想を膨らませていたら、次々に生徒が登校してきた。予想どおり、右から魔法の属性順に座っていく。


 五列目いちばん前のアナスタシアと、七列目二番目、三番目の私たちとの間に生徒が座ってしまった。アナスタシアから私たちが見えづらくなってしまって、アナスタシアは不安そうにしている。アナスタシアは十歳なのかもしれないけど、見た目どおりの幼い子なのだ…。一人は不安だよね…。席がもっと近ければよかったのにな…。今から祝福をかければ、実は青以上に水色が強かったってなって、六列目にしてもらえるかな…。もう適性検査もしてしまったから無理か…。

 それ以前に、そんなに都合のいいことが毎回起こってたまるかと、神様に怒られそうだ。


 大丈夫…。厄除けはやってあるんだ…。火の粉は厄除けされていない私に降りかかるんだ…。

 そうだ、昨日も絡まれたのは私だけ。


「ふんふん……♪」


 みんなが騒がしいうちにアナスタシアとマレリナに厄除けを歌った。



 そして、教室の外がさらに騒がしくなった。キラキラのオーラをまとった、ザ・王子って感じの…、王子か…。王子の髪は濃い黄色だ。雷属性か。

 その周りには、女の子がいっぱい群がっている…。


 そういえば、男女比偏ってるよなぁ。四十人のうち三十人は女子だ。

 っていうか、三十という数字は、この国の貴族家の数を超えている。この国の貴族家は二十三だ。

 席の割り当てには、同じ家名ちらほらある。まあ、マシャレッリも三人いるし。


 そうか!みんな王子狙いか!みんな王子を射止めるように養子にされたのか。じゃないと、同い年の貴族令嬢が三十人もいるわけないよな。養子って私たちだけじゃないんだ。むしろ、養子のほうが多いんじゃない?

 あれ、じゃあマシャレッリって三人も送り込むなんて浅ましいとか思われるのかな…。私は別に王子なんてどうでもいいんだけど…。


 王子は右から二番目の列の一番前に座った。席の割り当てを見ると、ヴィアチェスラフ・ローゼンダール。

 ああ、ローゼンダールって国の名前じゃないか。



 続いて入室したのは、ツインドリルと巨乳がひときわ目立つスヴェトラーナ。スヴェトラーナは王子にごきげんようとカーテシーをして、いちばん右のいちばん前に座った。知り合いかな。悪役令嬢なんだから王子の婚約者とか?


 それから、いじめっ子のエンマ・スポレティーニ。六列目の最後尾だ。

 スポレティーニって子爵家じゃないか…。いくら私が養女だからって、伯爵家に突っかかるなよ…。


 カーン、カーンと、始業の鐘が鳴り始めたとき、


「わーん、遅刻しちゃうー!」


 と叫びながら教室に入ってきて、


「きゃーっ!」


 何もないところで転んでヴィアチェスラフ王子の席にダイブしたのは、ピンク髪のマリアちゃん。

 王子は立ち上がり、うまいことマリアちゃんをお姫様抱っこでキャッチ。どうやったらそんな風にうつ伏せ状態から仰向け状態に転ぶことができるのか。さすがピンク髪のヒロイン…。無茶しやがるぜ…。


「大丈夫かい?お嬢さん」

「えっ、わ、わわわ、私、ご、ごごご、ごめんなさいいい」


「お怪我がなくてよかったですね」

「あ、ありがとうございます…」


 王子は王子スマイルでマリアちゃんをゆっくりと降ろした。マリアちゃんは顔が真っ赤だ。あれって確信犯じゃないんだ…。


 そして、その隣の席で悲しそうな顔をしているスヴェトラーナ。

 さらに、周りのご令嬢はご立腹の様子。


 これはなんということか…。悪役令嬢にいじめられるヒロインの座を、たった一日で私から奪っていったマリアちゃん…。



「はいはい、騒いでないで座ってください」


 ラブコメを展開していると、教師が入ってきた。


「ご、ごめんなさい」


 マリアちゃんは教師に謝罪して、いそいそと席に向かった。

 マリアちゃんを鋭い目で追う、教室の女子ども。女子どもは私の後ろの席に着いたマリアちゃんを睨んでいるんだろうけど、私が睨まれているように見えなくもない…。というか、みんなの視界に入りたくない…。私は縮こまっていた。


 座っているからちょっとわかりにくいけど、右の列から見ると、七列目以外は生徒の髪の毛が赤、黄、緑、橙、青、水色と並んでいて、しかも前に行くほど色が濃くて面白い。虹とはちょっと違うけど、何かの色見本のようだ。あ、一番右前のマゼンダだけは例外的だけど。

 あれ、王子も後ろの子たちとはちょっと違うな。後ろの子たちはレモンイエローって感じだけど、王子はちょっと暗いっていうか、若干赤みがあるというか。



 今日は魔法の座学だけみたいだ…。神父様から教わったことばかりで、寝落ちしないようにするのが大変だ。アナスタシアも私から教わっているので退屈だろう。


 暇なので教室を眺めていると、右から四列目の前から四番目に、オレンジ髪から長く尖った耳の突き出たエルフちゃんを発見!座席表を見ると、ブリギッテ・アルカンジェリだそうだ。よく見たら、この子も結構巨乳じゃないか…。身長もかなり高い。耳は私よりかなり長いんじゃないだろうか。耳は四十五度くらい上に傾いている。私の耳ってどんくらいの角度なのかな。

 ちなみにアルカンジェリは子爵家だ。エルフの家系とかあるのかなぁ。


 今日はマリアちゃんに授業中は消しゴムが飛んでくるとかもなく、なんとか平和に終わった。


 アナスタシアに合わせていると、みんな先に帰ってしまうので、エルフのブリギッテとお近づきになる間もなかった。マレリナとアナスタシアのことが一番大切だけど、他の子ともお近づきになれるといいんだけどな…。私は王子を狙ってないからさ、ライバルじゃないよ。みんな仲良くしてよ。


 上の階で勉強していたはずの上級生もみんな先に帰ったようだ。私たちは最初に来て最後に帰る。お友達はできないけど、三姉妹で仲良くやっていこう。




 今日というか、六日間も座学だけが続いた。早く魔法を教えろよ!


 そんなある日の下校時、皆が教室を出たあとにゆっくりと教室を出て、マレリナとアナスタシアと中庭を歩いていると、ベンチに腰掛けた黄色髪とピンク髪の後ろ姿が。

 何やら話しているので、聞き耳を立てた。


「これからお聞かせするのは、ジェルミーニ男爵家に代々伝わる、心の癒やしの魔法なんです」

「キミはもう魔法を使えるのか!それはすごいね!」

「ありがとうございます。それではお聞きください」

「ああ」


 なになに、心の癒やしの魔法だって?さっそく盗み聞きの機会が訪れた。


 ぽんぽん……、ぽんぽん……、ぽんぽん……、ぽんぽん……♪


 むふふ。心魔法一つゲット!


 マリアちゃんのハープは音程が八分の一半音ほど下がっているが、メロディはロ長調…、いや嬰ト短調だった。属性と調の関係が一つ判明したのはいいのだけど、短調は攻撃的な効果を持った魔法であることを示しているはずだ。心の癒やしと言っておきながら、攻撃とはこれいかに。

 心に変化をもたらす魔法じゃ、王子に何が起こったかも分からないなぁ。


 それにしても、マリアちゃんのヤツ、いつの間にヴィアチェスラフ王子と仲良くなったんだ。それも、みんなの目を盗んで放課後に逢い引きだなんて…。


 そして、それを木に隠れてハンカチを噛んでいるスヴェトラーナ。いや、その溢れんばかりの巨乳と、どぎついマゼンダ色のツインドリルは、並大抵の木には収まらないよ。


 マリアちゃん…、悪役令嬢に苛められるヒロイン街道まっしぐらじゃないか…。


「ユリアーナ、なにぼーっしてるの?」

「ごめんごめん、今行く」


 音楽や声の聞こえる範囲で留まっていたら、マレリナとアナスタシアはゆっくりと先に進んでいた。


 せっかく心魔法をゲットしたのに、攻撃性のある魔法じゃむやみに人に試せない。私に心属性の適性あるかだけでも知りたいなぁ。何か考えねば。



 六日間の間に果物がなった。早かったなぁ。「速い」のメロディは「早い」意味でも通じたようで、ちゃんと効いたようだ。英語ではfastとearlyで違うけど、この世界では同じ単語でどちらにも通じるからだろう。

 しかも、すべて大粒。「大きい」のメロディもバッチリだ。


 その日から食堂に持参するものに、ジャムが加わった。しかし、パンを持参していただけでも異様なのに、フルーティな香りまで漂わせてしまって、みんなにちょっと注目を浴びた。


 しかし、入学式で私に突っかかってきたエンマ・スポレティーニとその下僕も、興味はマリアちゃんに移ってしまったようで、私たちのことを気にしていないようだ。




「今日はちょっとお金を稼いでくる」

「唐突だね」


 今日は学園のお休み。


「お姉様のことをお願いね」

「もう…」


 マレリナにアナスタシアのことを頼んで、町娘の服を着て、荷車を引いて、いざ、王都の外の街道へ!


「お嬢ちゃん、おじさんたちが相手してあげよう」


「ありがとう!ふんふん……♪」


「あぎゃー」「あばば」「ぐほっ」「ぐえっ」


 筋力強化とスタンガンで盗賊四人を気絶させた。


 そして、手足を縛って、指と腕と足首の骨を折って、軽い電撃で一人を覚醒させた。


「いでえ…」


「ふんふん…♪」


 昨日ゲットした心の魔法、嬰ト短調のメロディを細かい単位に分割して、一つ一つ、どれが心の癒やしに該当するのか調べてみた。

 すると、私の身体から当たり前にようにピンクの魔力が流れた。効果のほうは、意外にも、心が癒やされているっぽくなってくれるメロディが多いのだが、何か違う…。心安らかっぽく振る舞っているだけにも見えるし、なんか顔が火照っていたり…。


 次に、全体を弾きながら、心に関することをいろいろイメージしてみた。心を読むとか、好きとか嫌いとか、命令とか。


 何かしらの効果が出ていることに気がつく頃には、盗賊の一人はなんだか心が病んでしまっていたので、次の盗賊を覚醒させて、実験を再開した。


 すると、この曲には演奏者に惚れてしまう魅了効果とか、忠実になるような洗脳効果とかが含まれていることがわかった…。どうりで短調なわけだ…。


 心安らかになっているように見えたのは、そう命令されたからそう見えるように努力しただけみたいだ。その分については、イメージで命令が伝えられたみたいだ。別途、しばらくの間、口頭の命令に忠実になる魔法もあった。


 マリアちゃんがどこまで魔法の細かい効果を知っているかは分からないが、王子を自分に惚れさせて、自分の言うことを聞かせる魔法を使っていたということだ。

 可愛い顔してなんてことしてるんだ…。


 とりあえず、効果の分からないメロディも多くて、それのせいなのか、盗賊たちはでろんでろんになってしまった。シャキッとして、奴隷としてちゃんとお仕事を全うするようにと命令したら、とりあえずまともに見えるようになったので、荷車でハンターギルドに運んで、手足を治療して、金貨八枚と引き換えにした。不良品を正常に見せかけて納品してしまったようで申し訳ない。でも奴隷なんてハズレ込みの料金だよね?

 おまけに、ハンターランクがCに昇級した。パーティメンバーのマレリナも一緒に。




 荷車を寮の車庫に置いて、寮の入り口まで歩いていると


「それじゃあ、また教室でね」

「はいっ」


 ヴィアチェスラフ王子とマリアちゃんが、寮の玄関先で口づけしているところに遭遇。

 もうそんなところまで行っちゃったんだ…。


 そして、去りゆく王子。

 マリアちゃんは私に気がついたようだ。


「あ…、ユリアーナ様…」

「お、お幸せに…」

「ユリアーナさま?」


 マリアちゃんのことはもう諦めよう…。


 私は涙を拭って自室に入った。



「ユリアーナ、おかえり」

「ただいま…」


 マレリナに迎えられた。


「目、腫れぼったいよ」

「気にしないで。はい、今日の稼ぎ」

「金貨四枚か。盗賊?」

「そそ」

「盗賊におかしなことされなかった?」

「そういうのはないから大丈夫」

「そ。イヤなことがあったら、自分で抱え込まないで言うんだよ」

「うん、ありがと」


 私の心は沈んでいた。マリアちゃんをヴィアチェスラフ王子に取られてしまったことで。


 あれ、もしかして、私ってマリアちゃんの魔法にかかっているんじゃ?マリアちゃんが魔法を使ったとき私も聞いていたから、私もマリアちゃんのことを好きになっちゃったんだ…。

 魔法の力でマリアちゃんを好きになってしまったのだと分かったからといって、マリアちゃんを好きになることをやめられない。


 私は悶々としたまま床に就いた。




 翌朝、なんだか少しすっきりした。マリアちゃんを好きなことには変わりないけど、私にとってはマレリナとアナスタシアいちばん大事だ。できればマリアちゃんとも仲良くなりたいけど、マレリナとアナスタシアをないがしろにしてまで仲良くなりたいというわけではない。

 一晩たって魔法が解けたのだろうか。けっこう濃いピンク髪だから、魅了効果もけっこう強力なんだな…。


「ユリアーナ、置いていくよ」

「待ってー」


 考えにふけっていると、最近マレリナはアナスタシアを優先してさっさと行ってしまう。



 今日から魔法の実習らしい。教室ではなく、射撃訓練場みたいなところに集合した。防音室にもなっているらしい?


 右から赤、黄色、緑、橙色、青、水色、白、ピンク、紫の札が立てられている。その周りには椅子が配置されている。どうやらここで属性ごとのグループに分かれて練習するのようだ。

 それぞれの場所は十メートルしか離れていない。音を鳴らすというのに、周りの音で混乱しないだろうか。それとも、弦の位置を覚えるのだから、他の音が聞こえることを問題と認識していないのだろうか。


 赤の札の側には、水の入った桶が複数ある。火事になったときの消火用?

 黄色の札の側には、小さな箱が複数ある。灯り魔法かな。私にいきなりスタンガンを教えた神父様はおかしいだろう。

 緑の札の側には、花のつぼみの付いた植木の鉢が複数ある。植物育成促進かな。

 橙色の札の側には、土の入った桶が複数ある。土整形かな。

 青の札の側には、空っぽの桶が複数ある。水を出すんだな。

 白の札の側には…、檻に入れられたつのウサギ…。治療魔法だろうな…。ご愁傷様。

 ピンクの札の側には何もない。

 紫の札の側には、石ころが複数ある。


「お姉様、もし水魔法と空間魔法を選べるのなら、水を出す魔法はもう知っているのですから、空間魔法を選んでくださいね」

「ええ、わかったわ」


 アナスタシアを紫の札のところに行かせた。


「マレリナ、私は治療魔法の先生の話を聞かないで、他のグループの音楽を聴いているかもしれないから、何かあったらフォローしてね」

「あのウサギの治療をするだけなら私も退屈になりそうだわ」


 私とマレリナは白の札のところへ。



 次々に生徒が集まってきた。

 真っ白な髪のセラフィーマ・ロビアンコが私とマレリナのところへやってきたので、私はカーテシーで挨拶した。


「ごきげんよう」

「ごきげんよう」


 話しかけたのは初めて。返事してくれたのはいいけど、無表情だ。ドレスは質素で飾り気がない。

 ロビアンコは侯爵家。この子は実子だろうか。養子に悪感情をいだいていなければいいのだけど。




 八人の先生がやってきた。


「各自、自分の持つ属性の札の元に集まってください。

 スヴェトラーナ様は、どちらになさいますか?」

「わたくしは初級魔法などどちらもすでに習得しておりますわ」

「ではとりあえず火魔法で」



 アナスタシアのところに淡い紫の髪の女性教師がやってきた。きたきた!


「ごきげんよう。私はダリアです」

「ごきげんよう。アナスタシア・マシャレッリと申します」


 紫髪のダリアという教師はカーテシーした。

 アナスタシアは、まだうまくカーテシーをできない。


「私は空間魔法の教師なのですが、あなたは水と空間のどちらにも適性があります。先にどちらを習得しますか?」

「空間魔法をお願いします」

「そうこなくっちゃ」


 むふふ。アナスタシアが選択しなかったら、この先生は帰ってしまうところだったのだろう。どこかで鳴っていてさえくれれば私は覚えられるから、アナスタシアに引き留めてもらって助かった。



 マリアちゃん…。マリアちゃんにはピンク髪の…まさかのおっさん教師…。


「私はアレクセイです。よろしく」

「よ、よろしくお願いします…」


 いやいや、可愛いピンクが女だけのものとは限らないさ…、マリアちゃんもたじろいでいる。

 マリアちゃんほどじゃないけど、けっこう濃いピンクだ。


 木魔法のところに知り合いはいないけど、教師は寮監のワレリアだ。



 そして、私とマレリナ、セラフィーマのところに、明るい灰色髪のはぁはぁおばちゃん、アリーナがやってきた。今日ははぁはぁしてない。


「ごきげんよう、皆さん」


「「「ごきげんよう」」」


「私は命魔法の教師、アリーナです。よろしく」

「「「よろしくお願いします」」」


「では、今日は治療魔法の基本である、怪我の治療を……」


「私はその程度の魔法はすでに習っています。もっと応用的な魔法を教えてください」


 セラフィーマは文句を言っている。


「でも…、他の二人がそうとは限らないので…」


「私たち二人も、普通の治療魔法を習っています」


 私も違う魔法を知りたい。


「あなたもなのですか?」

「はい」


 アリーナはマレリナに問うた。


「では、治療魔法の次のステップに行きましょう」


 やったね!



 一方、私は命魔法の授業以外で鳴る音にも気を配っている。残念ながら、複数の人が同時に話しても、さすがに何を言っているのか分からない。だけど、複数の音楽が鳴っても、別々に認識できる!


 予想どおり、火を出すメロディ、灯りのメロディ、成長促進のメロディ、土の整形のメロディ、水を出すメロディ、風を吹かせるメロディが鳴っている。それらは神父様に教えてもらったので、得るものはない。


 そして、アナスタシアのほうから聞こえる変イ長調のメロディ。むふふ。空間魔法は変イ長調っと。

 これで、残る属性は時と邪。残る調は変ニ長調と変ト長調。どっちがどっちかな。


 私はアリーナの話をそっちのけで、ダリアの話に耳を傾けている。


「弦をはじく手順を覚えましたか?これはものを移動させる魔法です。今、小石が動いたのが分かりましたか?」


 サイコキネシス、キター!



 一方で、マリアちゃんのところから聞こえたロ長調のメロディを覚えることができたのだけど、アレクセイ先生の話にまで気を回すことができず、なんの効果の魔法か分からない。でも、嬰ト短調ではなくロ長調なので、攻撃的なものではないはずだ。


 というか、アナスタシアには空間魔法のことをいつでも聞けるのだから、アレクセイ先生の心魔法の話を聞けばよかった。



「(……アナ、ユリアナの番だよ)」

「(えっ、今のなんの効果だったの?)」


 マレリナにつつかれて気が付いた。

 側で変ホ長調のメロディが鳴っていて、こちらもメロディだけを覚えることができたのだけど、やはり話を聞いていなかった。


「切れた部位を繋げるんだって」

「えっ」


「それでは、つのウサギの脚を切断しますね。ユリアーナさんはあまり髪色が濃くないので、きつかったら言ってくださいね」

「は、はい」


 バキっ。アリーナは篭にはさみのようなものを突っ込んで、つのウサギの脚を切断した。


「ぶうううぅぅーーー」


 いやいや、何がきついって、この拷問みたいなのどうにかならないのかな…。こんなシーンはモザイクで頼むよ…。いっそ死なせてあげるならカエルの解剖みたいなものだからなんとか許容できるけど…。

 マレリナは、切断が終わったあとに私を呼んでくれればよかったのに…。


 切断した部位を繋げるか。二つのフレーズからなる曲だ。後半は普通の治療魔法と同じだから、前半が切断された部位の意味なのだろうか。

 なるほど。ちゃんと目的語を伴っていれば、効果が高くなるし、消費魔力も小さくなる。

 骨折を治すとか、いつもただの治療で治しちゃうけど、骨とかちゃんと音楽で表現できれば、もっと良くなるのかもしれない。


 ぽんぽん……、ぽんぽん……♪


 側に落ちていたつのウサギの脚が見事に繋がった。


「素晴らしいですね!魔力が切れそうではありませんか?」

「はい。平気です」


 私は聖魔法以外で気絶したことがない。聖魔法もちゃんと目的語や修飾語となるメロディを駆使してイメージを表現すれば、もっと消費が少なくなるのだろうか。言葉が足りないのに無茶なお願いばかりしているから気絶するのだろうか。


「では、今期はまずこの曲を覚えられるように練習しましょうね」


「「「はい」」」


「私が何度も弾いていますので、弦の位置を覚えてくださいね」


 覚えました。早々やることがありません。


 あれ…、まさかこれで何ヶ月も引っ張るのかな…。マレリナもアナスタシアも、一つのメロディを覚えるまでに三ヶ月くらいかかるんだよな…。

 タチアーナとセルーゲイから教わった魔法ってそんなに多くないんだけど、何ヶ月かに一つしかメロディを覚えられないようじゃ、六年通ってもたかがしれているな…。


 っていうか、これくらいメロディの一フレーズの楽譜と効果の一覧表でいいだろうに…。



 私は残りの時間、弦を適当にはじきながら、マリアちゃんのところに耳を傾けていた。


「くかー」

「困ったわ…」


 アレクセイのいびきと、マリアちゃんの声が聞こえる。眠っちゃう魔法?攻撃系ではないのかな。先生が生徒の魔法で寝ちゃってどうするんだ。




 放課後、寮への帰り道で、


「ふー…。疲れたわ…」

「お姉様はずっとハープを持っているのが大変そうだったわね」

「ええ…」

「帰りは私がハープを持つわ」

「ありがとう…」


 マレリナがアナスタシアを労っている。

 どう見ても、マレリナが頼れるお姉ちゃんだ。


「お姉様、今日習った曲を使いこなせるようになれば、重いものを持ち上げられるかもしれませんよ」

「ユリアーナは私の授業を聞いていたの?」

「ええ」

「ユリアーナは命魔法の授業を受けていたんじゃないのかしら」

「命魔法の授業も受けました」

「ワケが分からないわ」


 十の話を聞き分ける聖徳太子にはなれないけど、十のメロディを聞き分ける聖徳太子にならなれるよ!



 寮の部屋に入ろうとするとき、丁度マリアちゃんが部屋から顔を出した。


「ごきげんよう、マリア様」

「ごきげんよう、ユリアーナ様、アナスタシア様、マレリーナ様」

「「ごきげんよう」」


「今日は先生が眠ってしまって災難だったみたいですね」

「はい…。見ていたんですね…」

「まあそんなところですが、なんの魔法を習ったんですか?」

「安眠の魔法です。眠たくなる魔法ではなくて、次に眠るときに安らかに眠れると言っていたのに、心魔法のアレクセイ先生は安らかな顔で眠ってしまいました」


 よし、効果がわかった。


「そ、それは効果を確かめられてよかったですね…」

「でもそのあと私は練習にならなかったので…」

「なるほど…」


 何回も他人の弦を見て自分で弾かないと覚えられないんだな。


「それでは失礼します、ごきげんよう」

「あ、引き留めてごめんなさい、ごきげんよう」


「ユリアーナはあの子と話すときでれーっとしてるわよね」

「えっ」


 マレリナに指摘されるまで気が付かなかった。

 なんか先週マリアちゃんのことを諦めようと決意したような気がするけど、懲りずに話しかけてしまった…。まずはお友達から…。でも、マリアちゃんは王子が好きなんだよな…。

 幼女っぽくて守ってあげたくなる感はアナスタシアのほうが断然上だけど、やっぱりピンク髪のプレミアム感は大きいよなぁ。



 その日、ベッドに入ってから、


「ふんふん……♪」


 ロ長調の安眠のメロディ。


「それって初めて聴く気がするわ。なんの魔法なの?」


 アナスタシアは聞いたことがあるかどうかは分かるんだな。


「明日のお楽しみ!」

「なあに、それ」

「うふふ」


 翌日、私は晴れやかな気持ちで目覚めた。若干身体も軽い気がする。


「うーん!良い朝ね!」

「こんなに気持ちいい朝は初めてだわっ!」


 マレリナとアナスタシアにも魔法が効いたようだ。毎日使おう!




 その後の授業では、何日も同じ曲の練習…。たった一フレーズのメロディを弾けるようになるまで、マレリナもアナスタシアも三ヶ月かかったもんな…。


 まあ、曲の練習の日だけじゃなくて、座学の日もあるんだ。座学は、魔法の基礎の話と地理や歴史などの一般知識はなんの役にも立たないけど、魔物に関する授業あったのだ!

 魔物が魔石を持っているっていうのは知っていたけど、どんな魔物がなんの属性の魔石を持っているかとか、魔石の使い方の概要とかは初めて聞く話だったので、有用だった。


「ユリアーナ、行くわよ。何やってるの?」

「今の授業をまとめておこうと思って」


 今受けた魔物知識の授業をノートにまとめていたのだ。

 この世界には楽譜がないし、人間は音程を覚えられないから、魔法の音楽を学ぶにはハープの弦を弾くところを見なければならないのかもしれないけど、座学くらい文字に起こしておけばいいと思う。


 あ、そうだ。楽譜がないなら作ればいいじゃない。楽譜の定義からして。

 三人で下校しながら思いついたのだ。


 音ゲーのように、白鍵と黒鍵の区別なく音符のようなものが並んでいるものをオレは理解できない。

 オレがいつもドレミファソラシド言っているのはハ長調のときの階名であって、本来、階名というのは調が変わったときに音程が変わる、相対的なものなのである。例えばト長調のドレミファソラシドは、トイロハニホヘト(GABCDEFG)なのである。

 しかし、それは絶対音感を持たざる者の語った戯れ言でしかない。オレにとっては最初にドと覚えた音はどの調でもハ(C)なのである。調が変わったときに名前が変わるなんて、今までアイウエオカキクケコだったものを今日からウエオアイクケコカキとしてしゃべれと言われてるに等しい。


 というのは、マイノリティである絶対音感保有者の戯れ言であって、多くの下々の者には白鍵も黒鍵も区別なく並んで、調が変わったときに基準をずらせばいいだけにしておいたほうが扱いやすいのであろう。


 というわけで、二オクターブの区間に十三本の線を引き、ドレミファ#ソ#ラ#の六音を線の上に音符として描き、ド#レ#ファソラシの六音を線と線の間に音符として描く十三線譜を定義した。シャープとフラットという概念はない。ここでいうドレミは階名であり、調とともに基準が変化するものだ。だから、何調なのかは併記する。そもそも、「小さい」とか「速い」とかは調に限らず使えるので、そのように併記する。

 本来はどの調でも文として成り立つのかもしれない。だけど、ト長調が水とか冷たいというイメージを持っているのに、「熱い」のメロディを奏でても、ブルブル震えながら「熱いねー」と言うようなちぐはぐなことになるからイメージを伝えられないのかもしれない。

 音符や休符の形は地球の楽譜と同じだ。今のところ四分の四拍子のメロディしか聞いたことがないので、拍子を書かないで暗黙的に四分の四拍子だ。


 それから、十三線譜の下には、この世界の文字でドレミと書いておこう。これは階名だ。調が変われば指す音が変わる。今のところ臨時記号(#♭)が必要になるような変則的なメロディはない。というか、たった五音で臨時記号があったら、それはもうそういう調だ。

 まあ、そんなんだから、楽譜の下に振る文字には#と♭は存在しない。


 ついでに、オレがこの世界に生きた証として、五線譜も下に併記しておこうっと…。


 まあ、作るものは楽譜というより、一フレーズのメロディの意味を記した単語辞書だ。もちろん、例文として意味のある文も記載する。



「……アーナ!ドア閉めるよ!」

「あ、ごめん」


 アナスタシアの速度でゆっくり歩きながら考えにふけっていたら、いつのまにか寮に辿り着いていた。



「ユリアーナは何を書いてるのかしら」

「メロディとその意味」


 寮の机に向かって、今まで覚えたメロディの辞書を作っていたら、アナスタシアがのぞき込んできた。


「え、メロディを紙に書くことができるの?」

「ええ。私が考えたの」


 前世の知識をさも自分が考えたかのように言うのは転生者の嗜みだ。


「はい、まだ一つしかないけど、空間魔法の楽譜。あ、楽譜ってのがメロディを示したものなの」

「えっ、空間魔法を覚えたの?」

「お姉様が今日弾いていたメロディよ」

「ユリアーナは、あれだけ音がごちゃごちゃ鳴っていた中で、私とダリア先生の弾いていた音を聞き分けられるの?」

「ええ、そうよ」

「どっちから鳴ってきた音かも分かるの?」

「ええ」


 音の方向の分解能も薫に比べるとかなり高いけど、何より基本六属性の調と命と心の属性の調を除けば、聞いたことのない変イ長調が消去法で空間魔法だと分かる。

 そんなことを言って理解してくれる人はこの世界にはいない。いや前世にもあまりいなかったのだろうか。


「相変わらずユリアーナには驚かされるわ」

「それでね、ハープを持ってくるからちょっと待っててね」

「ええ」


 私はハープを持ってきた。


「お姉様の場合はね、この段に書いてある丸が、ハープのこの弦に対応するの」

「なるほど…」

「それでね、この黒丸はぽんって長さで、白丸はぽーんって二つ分の長さで、このヒゲが付いているのは半分の長さで…、こうやって」


 ぽんぽーんぽん、ぽぽぽんぽんっ♪


「ってやると、ほら、ペンが動いたでしょ?」

「あなたやっぱり空間魔法も使えるのね。もう驚かないわ」

「あ、そういえば楽譜を描いているだけで試してなかった」


 いや、だって、ここまで来たら全制覇するのが転生者の嗜みだし。邪魔法は怖いから使えなくてもいいけど、時魔法ってヤバそうじゃない?



「ユリアーナ、私にも教えて」

「マレリーナの場合はね………」


 二人に楽譜の見方を教えた。

 この楽譜は調を文字で併記してあるのだけど、マルチキャストのアナスタシアにはちょっと複雑だ。水魔法の場合はどこが基準で、空間魔法の場合はどこが基準とか、混乱するだろうか。

 やっぱり楽譜は物理的な弦との対応を表しているのだから、五線譜のように絶対基準のほうがよかっただろうか。でも、五線譜にはシャープとフラットという概念があって、さらにミとファの間が半音とか、ちょっと一貫性のないところがあったりするから、それはそれで分かりづらいよなぁ。

 まあ、始めたばかりだし、いろいろ試してみよう。

 あ、マリアちゃんにもあげるか。



「それにしても、ユリアーナは紙をけっこう使うのね」

「えっ?」

「それって十枚で金貨一枚でしょ」

「そうよ」


 マレリーナがあきれ顔で言ってきた。


 羊がいるのかは知らないが、これはなにかの動物の皮を剥いで作った羊皮紙というやつだ。一枚一万円もするのだ。インクの壺だって小さいのが金貨一枚だ。

 だけど、毎週の休みで盗賊をハンターギルドに納品するっていう美味しい稼ぎ方を見つけたのだ。ランクCの魔物狩りの数倍美味しい。

 というわけで、学校に習った新しいことをノートを取ることにしたのだ。というか、今日、魔物知識の授業で、初めて新しいことを習ったのだ。だから、今日初めてノートを取ったんだけど…。




 習った心魔法の楽譜辞書をマリアちゃんに見てもらうために、授業が終わって後ろの席のマリアちゃんに声をかけようとしたのだけど…、


「マリ……」


「ちょっとあなた!平民上がりがいい気になってるんじゃないわよ!」

「「そうよそうよ!」」


 出た…。マリアちゃんの後ろからエンマ・スポレティーニ…。その後ろに下僕二人。


 もちろんターゲットはマリアちゃん…。

 私は空気。マレリナは二つ右で一つ前のアナスタシアのところに行っている。


 あれ、ぷんすかしてるエンマの下僕の後ろに、隠しきれない巨乳とツインドリルのスヴェトラーナ・フョードロヴナが隠れているのだけど、スヴェトラーナはなんだかオロオロしているだけで無言だ。


「えっ、私は何も…」


「ヴィアチェスラフ王子殿下が優しくしてくれるからって、図に乗りすぎなのよ!」


 マリアちゃんは頼みの王子を探して、右前側の席を見た。だけど、王子はもう帰ってしまったらしい。


 そういえば、マリアちゃんは王子に魅了や洗脳の魔法をかけていたんだった。そんな子にお近づきになりたいと思うのはおかしいのだろうか。私もやっぱり魅了にかかっているのだろうか。


 そうだ。私は可愛いマリアちゃんを放っておけない。


「図に乗りすぎとは、具体的にどのような罪があるのでしょうか」


 私は空気だったのに、舞台に上がってしまった。

 前のほうでマレリナとアナスタシアが、なにやってんの!みたいな顔をしている。


「何?平民上がりが平民上がりをかばうの?」


「マリア様は王子殿下からのお誘いを受けていただけではありませんか。王族の要求をたかが貴族令嬢が断ることはできませんよ。それだけのことに、なんの罪があるのですか。裁きたいのなら法に基づいてお話しなさい」


 法律を学んでおくのは貴族令嬢の嗜みだろう。


「ユリアーナ様…」


 マリアちゃんがすがるような目で私を…見てないか…。なんか、余計なことをしてくれるな、と目で訴えられているような…。



「そこまでだ!」


 教室に現れたのは、帰ったはずのヴィアチェスラフ王子。


「で、殿下…」


 エンマと下僕二人はたじろいでいる。


「ボクとマリアが仲良くしていることにケチを付けて、このようなやり方をするのは、スヴェトラーナ、キミだな!」


「えっ、わたくしでは…ございま……」


「ウソをつくな。調べが付いているんだ。この三人に命じて、マリアに嫌がらせをさせていたのはキミだ」


 そうだったんだ…。私たちはいつも早く来て遅く帰るから、人付き合いがなくて、そんなことが起こっているなんて知りもしなかった…。マリアちゃん、気が付いてやれなくてごめんよ…。


「わたくし、誓ってそのようなこ……」


「もういい!何が最有力婚約者候補だ。キミの顔などもう見たくない!」


「そんな…、聞いてくださいまし…」


「泣き落としか?マリアは今までどれだけの涙を流したと思っている!」


「うう…」


 スヴェトラーナは顔を手で覆って、泣き崩れてへたり込んでしまった。

 まあ、断罪されるのは悪役令嬢の嗜みだし、しかたがない…。


 ん、待てよ。マリアちゃんは、王子を魅了して洗脳しているんだった。この王子は、あることないこと吹き込まれている可能性だってある。


 ってことは、スヴェトラーナの涙は本物?


 私はスヴェトラーナがエンマたちに命令しているのも、エンマたちがマリアちゃんに嫌がらせをしているのも見たことがない。マリアちゃんと王子が逢い引きしているのをスヴェトラーナはこっそり見たあと、マリアちゃんと会って何かしたのだろうか。

 入学式の時と逆だ。スヴェトラーナ自身はエンマの主張することを見ていなかったということで、スヴェトラーナから私への追求はなくなった。スヴェトラーナは筋を通す子だ。いじめをするような子ではないはず。


「お待ちください。殿下はマリア様がエンマ様たちに嫌がらせを受けているところを見たのですか?」


 アナスタシアは、顔が青ざめている。マレリナはあきれて、額に手を当て、うつむいて首を振っている。


「もちろんだ」


 おっと…。即答か…。そこまでプログラムされていると…。いや、それとも記憶改ざんか?マリアちゃんの曲を調べたときに、記憶改ざんまで頭が回らなかったな。


「具体的にはどのような?」

「そ、それは…。あれ…」


 よし。マリアちゃんのプログラムには、あまり具体的な命令、もしくは記憶が入っていない。


「本当に見たのですか?なぜ殿下は見たことを答えられないのですか?」

「それは…」


 王子は混乱している。


「では、殿下はちゃんとした証拠を集めてから、再度スヴェトラーナ様を追求なさいませ」

「なっ」

「人を裁こうとするのなら、道理に基づいて行動なさいませ」

「平民上がりが生意気だぞ!」

「その言葉はエンマ様の嫌がらせと同じでございます」

「あっ…」

「分かりましたね?スヴェトラーナ様がエンマ様たちに命令しているところを抑えるか、スヴェトラーナ様がマリア様になんらかの嫌がらせをしているところを抑えたときに、初めてスヴェトラーナ様を断罪なさいませ」

「いいだろう…。だがボクは少なくとも、このエンマと二人がマリアに嫌がらせをしているところを見ている。まずはこの者たちを罰しようではないか」

「それはご自由に」


 この子らは私にも嫌がらせをしたし、うるさいし、可愛くないし。


「わ、わわわ、私たちは、す、すすす、スヴェトラーナ様に命じられて…」


 エンマは後ろの二人ほうを向いて、同意しろと顔で訴えた。

 そもそもスヴェトラーナに命令されたなんてことはなく、王子がそう言ったからそれに乗っただけのような感じだ。


「えっ?そ、そうです。スヴェトラーナ様に……」

「スヴェトラーナ様が、マリアを…」


 この二人も、スヴェトラーナからの命令ってのは初耳で、口裏を合わせた感が強い。王子はどうやらこの態度に気が付いたようだ。よかった。そこまでバカじゃなくて。 


「ふむ。いいだろう。ボクは今後、スヴェトラーナとお前ら三人を見張るからな。そしてユリアーナといったか、おまえも覚悟しておくがよい」

「私は覚悟しなければならないことなど何もございません」

「ふんっ!マリア、寮まで送っていこう」

「あ、ありがとうございます…」


 マリアちゃんは王子に送られていった。

 マリアちゃん…。王子に魅了と洗脳をかけてこんなことをやらせているのなら、諸悪の根源じゃないか…。なんとかやめさせないと…。


「わ、私たちもおいとまします!ご、ごきげんよう」

「「ごきげんよう」」


 エンマ三人組は口だけで挨拶をして慌てて逃げ去った。


 あとに残されたのは崩れ落ちたままのスヴェトラーナ。


「スヴェトラーナ様」


 私はスヴェトラーナが立ち上がりやすいように手を差し出した。

 スヴェトラーナは藁にもすがるような顔で私の手を取ったけど、立ち上がる気力は起きないようだ。

 私は藁。原始人の村に生えていた雑草だしね。藁よりもひどい。この子を立ち上がらせるまでには至らない。


「わたくしは今まで公爵家の名に恥じぬよう、そして、将来ヴィアチェスラフ王子殿下の隣に立ち、国を支えられるよう努力して参りました…」


 スヴェトラーナは涙を流し私にすがるような目、上目遣いで私を見ている。

 そして、上から見下ろしたその胸の谷間の破壊力!この子…、可愛い…。

 うふふ。私、藁は藁でも、まばゆく光る藁だよ。私の手を掴んだからには助けるよ!


「わたくしと殿下はずっとそれなりに仲良くやってきたのに、学園に入学してからなぜかあまり相手にされず、最近ではわたくしのことを毛嫌いしている様子でした…」


 王子は、こんなに可愛い子と付き合ってきたというのに、急にマリアちゃんに乗り換えたというのか。魅了にかけられたのは音楽を聴いてからだし、音楽を聴くに至るまでは、本心で動いていたはずだ。ということは、授業初日のダイブイベントでやられちゃったか…。

 たしかにマリアちゃんは小柄で幼女っぽくて可愛い。私もまだ諦めきれてないし。でも、可愛い顔して策士なんだな…。


 っていうか、この国には側室制度があるみたいだし、私が王子だったら、公爵令嬢であるスヴェトラーナを正室にして、男爵令嬢で養女のマリアちゃんを側室にして、両方とも可愛がるのに!


「だけど、王子はわたくしがマリア様に嫌がらせをしていると思っていたのですね…」


 マリアちゃんの魅了と洗脳の魔法はよくない。仮に、王子が本心からマリアちゃんを好きだとしても、両方娶れば済む話じゃないか。でも、マリアちゃんが王子が好きかどうかはともかく、スヴェトラーナを蹴落とそうとしているということは、正室の座を狙っているのか…。人を操る魔法を使える者が権力を握るのはマズいね…。


「スヴェトラーナ様、私もあなたに問います。あなたはマリア様を害するようなことをしていないのですね?」

「ええ!していませんわ!」

「私はあなたの言葉を鵜呑みにすることはできませんが、自らの目で見ていない事柄であなたを糾弾することはできません」

「ありがとう…。それでいいわ…」


 スヴェトラーナの悲しみと怒りの表情に、いちるの光が差した。

 スヴェトラーナは私の手に体重をかけて、立ち上がった。


 手を取ったのにすぐに立ち上がらないで、時間がたってから体重をかけるなんてフェイントにもほどがあるけど、私は野生児なのでそれくらいで身体のバランスを崩したりはしない。だけどスヴェトラーナが立ち上がったときに、その溢れんばかりの胸がたっぷんたっぷんと揺れたことで、私の心のバランスが崩されたことは否めない。


「入学式の時に、スヴェトラーナ様は私に同じようにしてくださいましたね」

「ええ。そうね。私も自分が見てもいないことであなたを裁くことはできないと思いましたわ」

「殿下もそのような考えだといいのですが…」

「殿下はひとときの感情に流されて判断を誤るような愚かな方ではございませんわ」

「それでは、私も殿下がなぜあのような行動に至ったのか、調べてみましょう」

「ありがとう…」


 スヴェトラーナに小さな笑みが灯った。


 調べるも何も、マリアちゃんの洗脳に違いない。だけど、マリアちゃんの洗脳魔法を暴露すると、マリアちゃんは処刑されてしまうだろう。洗脳魔法なんて禁忌じゃなかろうか。学園でそんな魔法教えてくれないよね?私が使えることもバレないようにしないと…。

 だから、洗脳魔法のことを伏せて、なんとか穏便に済む方法を考えないとな…。


「あなたはなぜわたくしにそこまでしてくれるのかしら」

「それはもちろん、スヴェトラーナ様のことをす……、素晴らしい方だと思っているからです」

「うふふ、出会ってまだ間もないのに、そんなことを言うなんておかしいわね」

「そ、そうですか」


 出会って一瞬で、その素晴らしい胸とツインドリルに心を打たれてしまいました…。



「ユリアーナ…」

「ユリアーナ…」


 アナスタシアが不安そうに私を呼んだ。

 マレリナは呆れ気味に私を呼んだ。


「ごめんなさい…、二人に危害が及ばないように、首を突っ込まないようにしようと思っていたのだけど…」


 だって、真後ろの席で苛められているのにスルーして逃げるのなんてムリだったし…。


「ユリアーナ様を巻き込んでしまってごめんなさいね」


「いいえ、ユリアーナが困っている人を見過ごせないのは知っているし、私もそれは同じです。スヴェトラーナ様が理不尽なことで悲しい思いをしないように、私も協力します!」

「わ、わたしもがんばるわ!」


「マレリーナ様、アナスタシア様…。ありがとうございます…」


 スヴェトラーナは涙を浮かべた。


「それでは、今日のところは私たちはおいとまします」


「ええ、三人とも、ごきげんよう」


「「「ごきげんよう」」」


 マレリナが帰ると言ったので、スヴェトラーナは私たち三人にカーテシーで別れを告げた。私たち三人もカーテシーで返した。アナスタシアの足さばきはまだまだだけどね。


 帰ると言っても、アナスタシアは立ち上がるのにも一苦労で、動作はゆっくりだ。

 スヴェトラーナは先に退室した。


 そして、


「ちょっと先に行ってて」

「わかったわ」


 私はマレリナとアナスタシアを先に行かせた。



「ふんふん……、ふんふん……♪ふんふん……♪」


 スヴェトラーナに幸あれ!災いをはねのけられますように!それから、今日は安らかに眠れますように!

 変ロ長調から半音上がってロ長調への転調だから、サビが最後に転調して盛り上がる曲みたい!ウソです。全然違うメロディなので、気持ち悪い。


 あ、安眠を変ロ長調で歌って聖魔法にしたら、安眠できるような出来事が起こるんじゃない?


「ふんふん……♪」


 ちゃんと魔力流れた!



 私はマリアちゃんの机の横にかけられた、ハープのケースに目をやった。突然王子に連れ帰られたので、忘れていってしまったのだろう。

 私はこれに細工することにした。魅了と洗脳が発動しないように音程をずらしておくのだ。ただずらすだけだと、授業で魔法が発動しなくてすぐに気が付くだろう。いたずらしたと私に疑いの目を向けられるのも困る。

 だから、授業で習った安眠のメロディで使う四音をそのままにして、それ以外の魅了と洗脳のメロディで使う音を二分の一半音に下げるのだ。安眠がうまくいっているのに魅了と洗脳がうまくいかないと訴えるわけにはいかないだろう。


 私が調べたところ、音程が八分の一半音ずれるごとに威力や効果範囲、持続時間が半減するか、消費魔力が二倍になるかのどれかとなる。二分の一半音ずれると、効果は十六分の一まで落ちるので、いくらマリアちゃんの魔力が高くても、使い物にならないだろう。


 メロディに使う音のうち、一部の音がずれている場合は、音の総数に対してずれている音の数の割合で計算される。例えば四音のメロディのうち、三つの音が正しくて、一つの音が半音ずれている場合、四分の一半音ずれている場合と同様に、効率は四分の一になる。間違えている音が多いほど点数の下がるカラオケマシーンのようだ。指数関数的に点数が下がるけど。


 ちなみにマリアちゃんのハープはもともと全体的に八分の一半音ほど下がっている。だから、効果は今の状態から八分の一になるだろう。半分の威力であれだけ洗脳できていたので侮れないだろうか。


 神父様のハープは半音よりも下がっていた。効果が二五六分の一になるから、ほぼ何もできなかったのだろう。


 このようにして、この世界のハープはろくに調律されていないのが普通のようだ。タチアーナお母様が私の調律したハープで威力の加減を間違えるのも頷ける。


 ちなみに、リズムに関してはわりと寛容で、ちょっとずれると効率が一割減といったところである。私は絶対リズム感なるものを持っていないので、どの程度のずれでどの程度の効率減と具体的に示すことはできない。


 この世界の人には絶対音感がないのはもちろん、相対音感もかなり怪しいから、一部の音が余計に下がっていることにマリアちゃんが気が付かないでいてくれることを願う。


 私はマレリナたちと合流して、寮に帰った。




 今日も自分たちに安眠の魔法をかけて寝た。私には効かないかもしれないけど、マレリナとアナスタシアために変ロ長調の安眠も歌っておいた。


 今日はいろいろとイベントがあったなぁ。マリアちゃんとスヴェトラーナとヴィアチェスラフ王子の三角関係は、マリアちゃんの洗脳と魅了が薄れることで自然解決するといいなぁ。


 それはさておき、今日の私は、マリアちゃんが可愛いだの、スヴェトラーナの胸が素敵だの、いろいろ興奮することがあった。

 薫の記憶によると、女は男の身体に興奮することがあり、男は女の身体に興奮することがあるようだけど、今日、私のいだいたマリアちゃんやスヴェトラーナへの感情は、薫が前世で女にいだいていたものと同じだった。


 でもいいんだ。私はきっと、女の子のことが好きなんだ。色っぽくなってきたマレリナのことも、可愛くて守ってあげたくなるアナスタシアのことも好き。

 薫の記憶があってもなくても同じ。私は女の子のことが好き。


 今日は安眠の魔法をかけたからなのか、悩むことなく晴れやかな気持ちだ!おやすみ!




 その後、何週間も過ぎたけど、何も音沙汰ナシ。王子とマリアちゃんは、相変わらず放課後にイチャイチャしているようだけど、スヴェトラーナや私のことを執拗に見張っている様子もない。それに、一度注意されたからか、エンマたちもマリアちゃんに嫌がらせする様子もない。

 王子は登校時や休み時間は、他の女の子を侍らせている。ただし、そこにエンマ三人組の姿はなかった。監視はされていないみたいだけど、王子に悪印象を与えたことで、婚約者争いから脱落してしまったようだ。



 座学の授業については、魔物や魔石の概要とか、魔道具の概要とか、概要ばかりでつまらないから早く実習させてほしい。一般知識の授業も神父様に教えてもらったことばかりでつまらない。


 魔法演習は、マリアちゃんはちゃんと安眠で先生を眠らせている。私は安眠のメロディで使う音を狂わせていないから当たり前だ。いや、次に眠るときによく眠れる魔法であって、眠らせる魔法ではないのだけど。

 一方で、王子を操って取り入る作戦が順調か、放課後の下校前に本人に聞いてみた。


「マリア様、おっしゃっていたような嫌がらせは、あれからありましたか?」

「えっ、いえ…、ないです…」

「それはよかったですね」

「そ、そうですね…。よかったです…」


 ヴィアチェスラフ王子との仲はそれほど進展していないようだ。魅了の効果がいまいちだろうからね。

 それに、もしかしたらエンマ三人組もマリアちゃんに操られていたんじゃないだろうか。洗脳もうまくいかなくて、自分に嫌がらせをさせて王子に裁かせるという計画が頓挫しているのでは?

 王子は何も行動を起こさない。

 このまま事件が風化してくれるといいのだけど。


 だからといって、スヴェトラーナと王子の仲は戻っていないようだ。



 みんな少しずつメロディを覚えてきているようだけど、マジで何ヶ月もかけて一フレーズ覚える気か。私は演習時間に何もやることがなくて眠りそう。マレリナも、私があげた楽譜のおかげで、寮でメロディを自主練できるようになって、もう覚えてしまいそうだ。

 そこでだ!


「セラフィーマ様、これ、メロディを丸の位置で表したものなんです」

「ほう」

「それから、メロディに文字を割り当ててみました」

「なるほど。これは画期的ですね」


 実習授業の終わりにセラフィーマ・ロビアンコに話しかけてみた。髪は真っ白で相当魔力が強いのは見た目どおりだけど、それ以上に努力家で真面目そうだ。


「これなら家でハープの練習をできると思いませんか?」

「そうですね。黒丸と白丸の違いは?」

「それはですね……」


 いつもむっつりしていて話しかけづらかったけど、こういう話には食いつくんだな。


「それで、これを貸していただけるのですか?」

「差し上げます」

「それでは、何かお返しを考えておきますね」

「いえ、私とお友達になってください」

「なんと、そのようなことを言われたのは初めてです」

「では私が最初のお友達ですか?」

「はい」

「では、これから仲良くしましょうね」

「はい。えっと、失礼ですが、お名前を教えていただけないでしょうか」

「あ、ユリアーナ・マシャレッリです」

「ありがとうございます。名前を覚えるのが苦手なので、忘れてしまったらまた教えてください」

「はい」


 オタクっぽいお友達ゲット!


「あの、私はマレリーナ・マシャレッリです。私ともお友達になってください」

「はい、二人目のお友達ですね。よろしくお願いします」


 マレリナも加わってきた。私の感覚からすれば、私と友達になれば、いつも私と一緒にいるマレリナとも自動的に友達にな。でもセラフィーマは初めて友達を作ったというし、よく考えたらマレリナも私とアナスタシア以外の友達は初めてじゃないか。アナスタシアは姉妹だけどね。

 だから、こうやって一人一人友達になっていくのがいいのだろう。だからといって二人目のお友達とか言うことはないだろう。変な子だなぁ。


 ということは、


「ねえ。私も入れてよぉ」


 アナスタシアも焦った様子でゆっくり歩いてきた。


「私はアナスタシア・マシャレッリ。よろしくね」

「あれ、ましゃ……。もしかして三人は同じ家の者なのですか?」

「ええ、そうよ」


 二人目で気づけよ!


 その後二週間、セラフィーマは毎日、私たち三人の名前を尋ねてきたのだった。




 セラフィーマに楽譜を渡してから、セラフィーマは脚接続のメロディをどんどん上達させた。


「アリーナ先生、私たち、もう脚接続の魔法を覚えました」

「たしかにそうですね…。では次は…」

「先生、私、どんな曲があるのか知りたいので、先生の素敵なメロディを十個くらい聞かせてもらえませんか?怪我とか病気の対象がいなければ、魔法は発動できないと思うので、メロディだけでいいです。先生の上手なハープを聞きたいんです」

「はあ、そこまで仰るなら…」


 ぽんぽん……♪


「今弾いたのは疲労回復ですね」

「おや、覚えていたのですね」

「じゃあ次お願いします」


 ぽんぽん……♪


「今弾いたメロディの効果は?」

「今のは、咳を止める魔法です」

「じゃあ次お願いします」


 ぽんぽん……♪


「今のは?」

「鼻水を止めるま……」

「次お願いします」


 ぽんぽん……♪


「今のは?」

「痛みを止め……」

「次」


 ・・・♪


「はあ~、先生の素敵なメロディをどうもありがとうございました」

「今日は私が弾いていただけになってしまったけど、よかったのでしょうか?」

「はい!大変参考になりました」

「あなたたちも?」

「「はい」」


 マレリナとセラフィーマも口裏を合わせてある。二人は私が楽譜に起こせば自主練できることを知っている。

 こうして、私は先生から聴いたメロディと効果の一覧を作って、マレリナとセラフィーマに渡した。マレリナは寮で、セラフィーマは家で自主練をすることで、どんどん上達していった。


 ちなみに、アナスタシアには念動の魔法の楽譜を渡してあったので、寮で自主練していた。空間属性グループにはアナスタシアしかいないので、アナスタシアが魔法を覚えれば次にいけるのである。

 次の曲をやるときは、私が耳を傾けていればメロディをゲットできる。それを楽譜に起こせば、すぐにアナスタシアは自主練できるようになるのだ。だから、空間属性グループはどんどん次に行ってもらいたい。




★★★★★★

★アナスタシア十歳




 アナスタシアの本業である水属性グループは、いまだに水生成の魔法を練習している。アナスタシアは、次の曲となるであろう冷却の魔法も覚えているし、とうぶん水属性グループに顔を出す必要はない。

 ところが、アナスタシアの本業である水属性を練習しないでどうするということで、アナスタシアはたまに水属性グループに顔を出すことになってしまったのである。

 しかし、たまに参加するだけのアナスタシアは、水属性グループにあまりなじめていなかった。


 はぁ…。メンバーが私だけの空間魔法グループから、メンバーがたくさんいる水属性グループに来ても、友達がいないんじゃ何も楽しくないわね…。水を出す魔法もユリアーナに教えてもらったから練習の必要はないし…。

 アナスタシアはため息をついた。


 そんなとき、救世主が!


「今日からわたくし、水魔法の練習をさせていただきますわ」


 スヴェトラーナ様が水属性グループに移動してきたのよ!スヴェトラーナ様のマゼンダの髪は赤と青の混色。火属性と水属性の適性があるのね!


「スヴェトラーナ様、よろしくお願いします」

「こちらこそ」


 スヴェトラーナ様は、無実の罪でヴィアチェスラフ王子殿下に裁かれそうになっていたところを、ユリアーナがかばったことで仲良くなったお方。小柄な私と違って大人に見える素敵な方。

 何より、その大きなお胸。お母様より大きいんじゃないかしら。いいな、私も大きくなりたいわ。背も胸も。


「あなた、一人だけお上手ですわ」

「私は学園に入る前にユリアーナに教えてもらったの」

「えっ、ユリアーナ様は水魔法を知っているの?」

「あっ。そ、そうなんです」

「まあ、使えない魔法を覚えているなんて、あの方は本当に不思議な方ですわね」

「そうなの。おかしな子なのよ」


 スヴェトラーナ様は、付き合ってみれば面倒見のよい優しい方だった。私がハープを落としてしまったときに拾ってくれたり、弦のうまいはじき方を教えてくれたりした。



 実習授業が終わったあと、私はユリアーナのところに行こうとした。私は椅子の背もたれに捕まってゆっくり立ち上がろうとしていると、スヴェトラーナ様が手を差し伸べてくれた。


「ありがとうございます…」


 スヴェトラーナ様…、お優しい…。


 私はスヴェトラーナ様にエスコートされて、ユリアーナたちの元へ。


「ごきげんよう、ユリアーナ様、マレリーナ様」

「「ごきげんよう、スヴェトラーナ様」」


「それと…セラフィーマ様だったかしら、ごきげんよう」

「あ、はい。セラフィーマ・ロビアンコです。ごきげんよう。えっと…、す…」

「スヴェトラーナ・フョードロヴナよ」

「す…スヴェ…」


 セラフィーマ様は名前を覚えるのが苦手らしいのだけど、聞いたばかりの名前も言えないなんて大変ね。私たちの名前も毎日聞いていたし。


「スヴェトラーナ様、セラフィーマ様は名前を覚えるのが苦手なのです」


 ユリアーナが助け船を出した。セラフィーマ様は、うん、うん、とうなずいた。


「ユリアーナ、スヴェトラーナ様に、あなたのくれた楽譜ってやつを見せたら、興味を持ってくれたの」


「まあ!火魔法ならたくさんありますよ!ほら!」


「ちょっ、落ち着いてくださいまし…」


 ユリアーナは興奮気味にスヴェトラーナ様に楽譜を見せていた。


 こうして、私たちの友達の輪は広がっていったのよ。




★★★★★★

★ユリアナ十歳




 スヴェトラーナが水属性グループに加わってから、アナスタシアとの交流が深まり、スヴェトラーナが私のお友達の輪に加わることになった。

 でも、私にはもう一人お付き合いしたい子がいる。教室で右から四列目の前から四番目に座っているオレンジ髪のエルフちゃん、ブリギッテ・アルカンジェリだ!しかし、今のところ関わりがない…。どうやって近づこうか…。


 普段隠している私の尖った耳を、ブリギッテの前でチラチラ見せればいいだろうか…。なんか露出狂の変質者みたい…。いや、ブリギッテは尖った耳を出しているのだけど、普段出していない私が見せたらなんか恥ずかしいじゃん。


 だからといって、エルフちゃんを目の前にしておきながらいつまでも指をくわえているわけにはいかない!


 だから夏も真っ盛りのある日、私は下校時刻になったらブリギッテが席を立ち上がる前にダッシュで彼女の前に行き、髪をかき分けて耳をチラチラと見せてみた!


「え、エルフ……?いいよ……」


 ブリギッテは私の耳に気が付いて、少し顔を赤らめながら小声で言った。

 いいよって何が?


「はあん…」


 私の喉からあられもない声が出てきた…。だって、ブリギッテはいきなり私の耳を触って、ふにふにしてくるんだもん…。

 っていうか、いつもアニメ声を意識しているから気が付かなかった…。こんなに大人で色っぽい声も出せるようになってたんだ…。


 そして、ブリギッテは私の耳から指を離すと、


「はい…」


 私に耳を差し出した。顔を赤らめながら。

 私は触らずにはいられなかった。


「はぅ…」


 ブリギッテの色っぽい声…。

 私がブリギッテの耳に触れると、ブリギッテの耳がピクッと垂直に立ったあと、へなっと垂れ下がってしまった。

 何これ!私の耳はそんなふうにならないはず!


「私、ブリギッテ。キミは…」

「あ、私はユリアーナです…」

「これからよろしくっ」

「こ、こちらこそ…」


 なんかお互い顔を赤らめて、お見合いみたいになってしまった…。

 これからよろしくって何…。


「(ねえ、ユリアーナはエルフであることを隠してるの?)」

「(うん)」


 ブリギッテは耳打ちでこそこそ話してきた。


「じゃあみんな帰るまで待つか」

「えっ、うん」


 そして、みんなが教室を出ていくのを待って、残るはマレリナとアナスタシアだけに。


「(あの子たちって、ユリアーナがいつも一緒にいる子だよね。エルフってこと知ってるの)」

「うん」

「じゃあ、もういいね。ユリアーナ、親愛の証を示してくれてありがとう!私、エルフだから誰にも相手されなくて、寂しかったんだ!」

「えっ、親愛の証?」

「えっ、耳、触れさせてくれたじゃん。ん?知らずにやってたの?仲良くなってくれるんじゃないの?騙したの?」

「いやいや、ずっとお友達になりたかったんだ!私も」


 何それ!耳に触れさせるのが親愛の証なの?たしかに、耳を触られるだけなのに、薫の記憶からすればあり得ないくらい気持ちが良いから、特別な意味があるってことなのか。


 っていうか、お嬢様言葉じゃなくて、平民バリバリの言葉だから、私もお嬢様の仮面が剥がれてしまった。


「あはっ、それならよかった!」


 なんかちょっとボーイッシュだな。いつもつまんなそうにしてたけど、本当はこんなに明るい子だったんだ。思い切って耳をさらしてよかった!本当に露出狂やってる気分で恥ずかしかったけど!でも、エルフの挨拶として正解だったみたい!



「ユリアーナ、仲良くなったの?」

「私もずっと気になっていたの」


 アナスタシアとマレリナが寄ってきた。


「紹介するね、こっちがアナスタシアで、こっちがマレリーナ」

「アナスタシア・マシャレッリです。よろしくね」

「マレリーナ・マシャレッリです。よろしくお願いします」


「私はブリギッテ・アルカンジェリ。二人はエルフじゃないんだよね?」


「私たちはエルフじゃないけど、仲良くしましょっ」

「そうよ、周りの子はどうか知らないけど、私たちはエルフとか人間とか気にしないわ」


 アナスタシアとマレリナは、ブリギッテが誰にも相手にされなかったというのを聞いていたのだろう。


「ありがと!あ、私、貴族の養子になってすぐ王都に来たから、貴族の言葉とか分かんなくてごめんね」


「構わないわ」

「そうだね。さっきからユリアーナは素が出まくってるね」

「あはは…」


「まあ、あの話し方がユリアーナの素なのね?マレリーナもそうだったのね?酷いわ!今まで隠していたのね!」


「ごめんなさい…」

「ごめんなさい…。私たちが平民だったって言ってなかったかしら…」


 私とマレリナは、なんだかアナスタシアに隠し事をしていたみたいで、後ろめたくなってしまった。


「うふふ、知ってたわよ。二人のときは、よくそういう話し方していたじゃない」


「「あ…」」


「それに、本当はマレリナとユリアナって名前なんでしょ?」


「バレてたんだ…」

「バレてらぁ」


 そりゃそっか…。


「なーんだぁ!私、周りの子がもともとお貴族様だったのか、元は平民だったのか分からなかったのもあって、誰にも話しかけらなかったんだぁ。話しかけてくれて本当にありがと!」


 それから、教室で一時間も話し込んでしまった。パンのストックはあるから、一日くらい焼かなくても大丈夫。焼きたてのが美味しいからできるだけ毎日焼いてるけど。



 ブリギッテはエルフの村で育ったらしい。エルフの村は、私の村より南にあるらしい。詳しい位置は本人も知らなかった。

 そして、私は人間に育てられて、四年前までエルフであることを知らないですごしたことを打ち明けた。


「あれじゃあ、さっき親愛の証はやっぱり知らずにやってたの?」

「そうなんだ…。ごめん。だけど、お友達になりたかったのは本当なんだ」

「私、びっくりしたんだよ。あれって、本当に親しい人としかやらないんだよ。もー」

「お詫びに本当に親しくなるから許して…」

「あはは!もちろん!」

「ありがと!」


「ユリアーナは何歳なの?」

「えっ、十歳だけど」

「じゃあまだ人間とあまり変わらないってことか」

「えっ、何それ」


「そっか。人間の村で育ったから知らないのか。エルフはね、十歳頃までは人間と同じ成長速度なんだ。十歳を超えると、人間の五分の一の速度で背が伸びていくんだよ。

 ちなみに、私は三十歳なんだ。だから人間の十四歳くらいの背丈かな?」


「「「ええええ!」」」


「あはは、エルフのことを知らない人間にこの話をすると、みんなそういう反応をするね」


 だからか…。今までずっとマレリナと同じくらいの身長だったのに、最近マレリナのほうが大きくなってきたんだよな…。私は学園に来た頃にピタッと身長の伸びが止まってしまった。

 私が今のマレリナの身長になるのは、来年の今頃か。その頃にはマレリナはもっと大きくなって…。


「はぁ…。体格と力には自信があったのにな…」


「あ、身長が伸びないだけで、体つきは人間と同じ速度で成長するみたいだよ」


「えっ?じゃあ、ブリギッテは身長が十四歳なだけで、体つきは大人ってことか…。たしかにその胸はけしからん…」


「ユリアーナ…、本音が…」


「あっ…。えっ?」


「ユリアーナがスヴェトラーナ様とかブリギッテの胸を、いつもデレデレ見てるのは知ってるよ」


「バレてらぁ…」


 なんてこった…。私ってみんなにはおかしい子に見えてるのかな…。


「むふふ…。ユリアーナが私のことをいつも見てくれてたなんて…。でも、結婚はあと二十年たったらね!」


「「「えっ?」」」


「えっ?」


 私がブリギッテと結婚?

 三人でハモってしまった。

 それに対して、ブリギッテはさらに疑問で返してきた。


「私、ユリアーナとだったら結婚してもいいよ。ユリアーナはイヤだ?」


「私は…、ブリギッテのこと好きだし、マレリーナもアナスタシアも好きだし、スヴェトラーナ様もセラフィーマもマリアちゃんも好き…」


 ついに打ち明けてしまった…。


「じゃあ、みんなと結婚すればいいでしょ?」


「「「えっ」」」


 ブリギッテの言っていることは、とても魅力的な提案なのだけど…。


「私ね、アルカンジェリの子爵様に、王子を射止めろって言われてるんだけど、王子って男っていう種族だよね?私、何も感じないんだよねー」


「「えっ」」


 マレリナとアナスタシアは驚きの連続なのだけど、私は驚きがなくなり、逆に納得してきた。


「ねえ、エルフ初心者の私に教えて。エルフって女の子のことを好きになるの?」


「え、エルフは人間のうち、男って種族と女って種族のどちらとも結婚できるらしいけど、エルフが好きになるのは女って種族のほうだけらしいよ。案の定、王子っての………」


「そっかぁ…。むふふ…」


 私は女の子を好きになる種族だったんだ…。


 ああ、すっきりした。安眠の魔法ですっきりしていたのはごまかし感があったというか、深く考えないようにしているだけだったというか。でも、今度こそ悩む理由がなくなった。

 マレリナとアナスタシアには、安眠を変ロ長調に転調した聖魔法をかけていたから、安らかに眠れないような出来事が起こるのを魔法が防いでくれていたと思う。だけど、聖魔法は自分にかけられないから、私の悩みの種が魔法で潰えることはなかった。

 しかし、私は勇気を振り絞ってブリギッテに耳を露出することで、見事に悩みの種を摘み取った!


「……アーナ!もう帰るよ!」


「えっ」


「ごめんね、ユリアーナって昔から妄想タイムに入ると何も聞こえなくなっちゃって」


 マレリナに大声で言われて気が付いた。



 寮への帰り道も、私は考えに耽っていた。


 私はブリギッテという新たなお友達と、女の子を好きになる大義名分を手に入れたんだ!


 オレはずっと、ユリアナという女の子がまっとうに男と結婚して幸せになるのを邪魔しないように、前世の記憶を押し殺してきたんだ。でも、ユリアナは女の子が好きで、女の子の胸や体つきにドキドキする、エルフという種族だった!

 オレは前世に大事なものを置いてきて、ユリアナという女の子に転生したのにも関わらず、まさか引き続き女の子のことを好きになっていいなんて思いもしなかった…。


 オレの心とユリアナの心は、今日、完全に一致した。いや、オレは別にユリアナの中にいる別人格というわけではない。だけど、わざわざ前世の記憶を呼び起こすのに、オレが出てくることもないだろう。もう、心の中で天使と悪魔がけんかすることはないのだから。


 私が薫の記憶をもとに考えることだってできるんだ。

 ただ、ユリアナの記憶を持ったオレは、もう出てくる必要がなくなったというだけ。オレは死んだりしない。ユリアナの中でただの記憶になるだけ。アニメ声好きの趣味や知識をユリアナに与える、ただの記憶だ。


 その日、私は安眠の魔法をかけ忘れたのに、今まででいちばんぐっすり眠ることができた。




 しかし、私は自分を祝福できないので、私の安らかな眠りを妨げる出来事というのは、どうしてもやってきてしまうのである。


「今日から新しい魔法を練習しましょう!」


 入学して三ヶ月ほどだったある日、命属性と空間属性以外のグループで、やっと新しい魔法の練習が始まることになった。三ヶ月で一フレーズってアホか!

 いや、まあ、この世界の人間は遺伝子レベルで音楽的センスが壊滅的なんだろう…。覚えられないというのは分からないでもない。薫は記憶力が悪かったので、とくに事務仕事なんかは十年以上たっても何一つ覚えられなかったし。


 ちなみに、命属性グループは私の作った楽譜により三つめの魔法に突入してる。

 空間属性のアナスタシアも、私の描いた楽譜を使って寮で自主練しているので上達が早く、三曲目に突入している。


 それで、聞き耳を立てて、各グループの新しいメロディを聴いた。


 新曲だったのは三属性。


 木:作物が美味しくなる

 土:鉱物抽出

 心:考えを伝える


 残りの四属性は神父様に習ったものとか、タチアーナお母様とセルーゲイお父様に教えてもらったもの。


 火:加熱

 雷:スタンガン

 水:冷却

 風:乾いた風


 っていうか、火と風は、今後収穫ナシかな?


 で、何が問題なのかというと、


「おかしいですね、弦の位置もタイミングも合っているのですが、途切れ途切れにしか伝わってきませんね」


 可愛らしいピンク色の髪をしたおっさん教師、アレクセイが顎に指を当てて、首をかしげている。マリアちゃんの心魔法がうまく発動しないのである。

 考えを伝えるメロディには、安眠のメロディに含まれない音が含まれていて、その音は二分の一半音下げてあるのだ。魅了と洗脳がうまく発動しないように狂わせてあるのだ。


「調律師に頼みますか…。調律代金は金貨一枚です」

「男爵様にお金を出していただけるように、お手紙を書きます」

「それでは、代金をいただき次第、調律を依頼するとともに、学園のものを貸し出ししますね」

「よろしくおねがいします」


 恐れていた時が来てしまった。


 魅了と洗脳が発動しないのが、ハープの音程が狂っているせいだとマリアちゃんが感づいている可能性あった。だけど、授業で練習している安眠がうまく発動していたので、表向きには調律を依頼する理由がなかったはずだ。

 しかし、ここに来て調律を依頼する理由ができてしまった。授業で練習している魔法がうまく発動しないからである。


 ジェルミーニ男爵が王家簒奪を目論んでいるのなら、金貨一枚くらい出すだろう。

 マリアちゃんのハープが調律されたら、マリアちゃんはまた王子に魅了と洗脳をかけ始めるかもしれない。

 タイムリミットは、ジェルミーニ男爵からの返事が来るまでだ。ジェルミーニ領までは、片道五日だ。それまでに何か考えなければ。


 私がマリアちゃんに魅了と洗脳を使えば、簡単にやめさせられるだろう。でも、そういうことはあまりしたくないな…。



 ところで、調律師がどうやって音を合わせるのか、どの程度の精度で合わせるのか気になるなぁ。音叉に代わるものがあるのだろうか。

 調律師になりたいわけではない。私はアニメ声歌手になりたいのだ。っていうか、歌手に近づいている気がまったくしない。

 全属性魔法というチート能力でやりたい放題もいいけど、私としてはアニメ声というチート能力を活かしたいなぁ。



 それから、作物が美味しくなる魔法ってヤバくない?なんで木魔法を活かした職業がないんだ。そんな魔法があるなんて私が知らなかったから、マシャレッリで雇っている木魔法使いには、成長促進しかさせていない。作物が美味しくなるのなら、領民全員が幸せになれるじゃないか。

 ひとまず、それは長期休みにマシャレッリに帰ってから取り組むとして、私は寮の裏庭の果物に美味しくなる魔法を毎日かけることにした。美味しくなる魔法で野菜も育てたら、アナスタシアは食べてくれるかな。




 ブリギッテと親しくなってから、夕食でご一緒するようになった。

 ちなみに、私たちは朝は食堂に顔を出さないので、ご一緒するのは夕食だけだ。


「ねえ、ずっと気になっていたんだけど、キミたちのパン、私にもちょーだい」

「ユリアーナ、いいよね?」

「うん」


 ブリギッテがいるときは、マレリナも私も平民語に戻ってしまっていた。


「なにこれ!柔らかい!スープに漬けなくても食べられる!しかも甘い!これって、食堂のじゃないよね?どこで手に入るの?」

「これは、私が焼いてるんだ」

「マジで…。あれ、じゃあこれタダでもらっちゃマズいのかな…」

「いや、いいよ。小麦粉はここの厨房でもらってるし」

「そっか、ありがと。それにしても、これマジうま…」


 ちなみに、アルカンジェリは子爵家なのでブリギッテは二階に住んでいる。

 一方で、公爵家のスヴェトラーナはもちろん、侯爵家のセラフィーマも寮には住んでいない。ご一緒できたら楽しいのになぁ。


 あとはそう…。


「えっ、どこ行くの?」


 私はパンを持って立ち上がった。

 ブリギッテが疑問を浮かべる。マレリナとアナスタシアは「またか」みたいな目で私を見ている。

 そして私は、一人ぽつんと食べているマリアちゃんのところに赴いた。


「ねえ、これいかがかしら」

「えっ」


 マリアちゃんはもう嫌がらせを受けたりしていないようだ。というか、エンマたちのも洗脳魔法を使ったやらせだったのではないだろうか。

 マリアちゃんと話したりすると、何かに文句を付けて嫌がらせをしているとイチャモンを付けられる可能性があったのだけど、結局あれから王子やその配下が見張ってはいなかった。王子は私に覚悟しろと言ったけど、もう時効じゃないかな。忘れてるでしょう。


「パン?何これ、甘い匂い…」


 私がマリアちゃんの口元にパンを差し出すと、マリアちゃんはそれを見てゴクリと喉を鳴らした。

 マリアちゃんは自然にパンを手に取った。


「柔らかい…」

「スープに付けずにそのままどうぞ」


 マリアちゃんは、突然他人から差し出されたものにもかかわらず、それを口に入れざるを得なかったようだ。あまりにも良い匂いに惹かれて、ジュルリとよだれを垂らす寸前だったからだ。


「柔らかくて甘い!」

「うふふ、あっちにもっと美味しいのがあるので、ご一緒にいかがかしら?」

「行きます…」


 むふふ、これは作物が美味しくなる魔法をかけて作った果物を練り込んだパンなのだ。


 マリアちゃんと一緒にマレリナたちのテーブルへ戻った。マリアちゃんにはテーブルの篭に積み上げられたパンに釘付け。マレリナたちのことは目に入らない。

 むふふ…。マリアちゃんは花より団子か…。あ、女の子が花に見えるのは私とブリギッテだけか。


「こちらの席にどうぞ」


 マリアちゃんは無言で座り、無言で篭のパンを取って、無言でほおばった。


「んー!美味しい!」


「でしょ?」

「だよねー!こんなの初めて食べたよね?」


 マレリナとブリギッテがマリアちゃんに話しかけた。


「うんうん。こんなに柔らかくて甘いのは初めてだよ!」


 マリアちゃんはお嬢様の仮面が剥がれて、平民言葉になっている。しかも、まるで長年の親友のようだ。

 マレリナとブリギッテの平民言葉につられたかな。


 ここにいるうちの一部はアナスタシアのような実子かもしれないけど、ほとんどが平民出身なんだ。王子に引っ付いてうふふおほほとやっているけど、不本意なんじゃないかな。

 マレリナとブリギッテが平民言葉で話しかければ、みんなお嬢様の仮面が剥がれないかな。


「あっ…」


 顔が緩みきっていたマリアちゃんは、ハッと気がついて我に返った。いや、今までのが我であり、むしろお嬢様の仮面をまとったというのが正しい。


「私…、大変な失礼を…」


「そんなことないよ。私たち、マリアちゃんと一緒に晩ご飯食べられて楽しいよ」

「マリアちゃん……、マリアちゃん…」


 マレリナがマリアちゃんと呼んでしまった。私でも本人に向かってそう呼んだことはないのに…。

 マレリナはそういう垣根を取り払うのが得意だな。


 っていうか、私って脳内でマリアちゃんのことだけをちゃん付けで呼んでるな…。いや、なんていうか、小さくて可愛いので…。

 小さくて可愛いといったらアナスタシアだってちゃん付けしたくなるのだけど、なぜか本人はお姉ちゃん風を吹かせるし、アナスタシアちゃんってちょっと長すぎるので…。


 マリアちゃんは平民時代にちゃん付けで呼ばれていたのだろうか。なんだか感慨深いものを感じてしまったのか、自分でもマリアちゃんと繰り返している。


「みなさん…、ありがとうございます…。パン、美味しかったです…。ごちそうさまでした…。ごきげんよう」


 マリアちゃんは立ち上がり、涙をこぼしながら挨拶をして去っていった。


 平民の集いに参加して、楽しかった平民時代を思い出した?それなら、このまま私たちと平民ごっこを楽しんでいればいいのに。

 その後、マリアちゃんと食事を一緒することはなかった。




 数日して、魔法実習の授業のときに、マリアちゃんがピンク髪おっさん教師のアレクセイに金貨一枚とハープを渡し、代わりのハープを受け取っていた。


 ハープの代金は金貨三枚なのに、調律が金貨一枚ってぼったくりすぎじゃない?タチアーナお母様とセルーゲイお父様から金取っていいかな?


 っていうか、ご令嬢のお小遣いってどうなってるの?アナスタシアがお小遣いをもらったりお金を使ったりしているところを見たことがない。出歩けないってのもあるけど。

 マリアちゃんも金貨一枚すら自由にならないのか。いや、十歳の子供に十万円持たせないか。いやいや、貴族だよ?お小遣い毎月十万とかありそうじゃない?


 まあ、私のお小遣いは毎週盗賊を納品して結構貯まっているけどね。あんまりじゃらじゃらするのもみっともないから、大金貨が増えていってるよ。むふふ。



 マリアちゃんが受け取った代わりのハープは全体的に八分の一半音から八分の二半音ずれていた。それでも、安眠で使う音以外が全部八分の四半音ずれていた自分のハープよりは、考えを伝える魔法をうまく使えているようだ。

 この調子だと、魅了と洗脳もそれなりに効いてしまいそうだけど、マリアちゃんはそのことに気がついているのだろうか。安眠がうまくいっていたのだから、音程が狂っていて魅了が発動しなくなったという発想に至らないかもしれない。


 しかし、私の期待をよそに、帰り道でヴィアチェスラフ王子とマリアちゃんが逢い引きしている音が聞こえた…。

 マレリナとアナスタシアは気がついていないらしい。


「もう、こうして会うのはやめようか…」

「そんな…、なんで…」

「ボクにも風当たりが強くてね…。まだ婚約者を決めていないのだから、一人のご令嬢にばかりかまうのはよくないと…」

「そ、それなら最後に心の癒やしの魔法を…」

「ありがとう」


 おっと、ここで魅了と洗脳がうまくいけば、よりを戻してしまうかもしれない。そうなると面倒だ。

 恋のライバル登場!


「あのー、ごきげんよう…」


 せっかく平民モードのマリアちゃんと仲良くなれそうだったのに、王子に邪魔されてたまるもんか!


「あ…。ボクはもう行くよ」

「ま、待ってぇ!」

「永遠の別れじゃないんだ。また明日教室でね」

「うぅ…」


 王子はそそくさと去っていった。

 よしよし。これで今後魅了の魔法をかけるのは難しくなるね。


「邪魔しないでよ!」


 涙を目に浮かべ怒りをあらわにするマリアちゃん。


「そりゃぁ、王子がマリアちゃんを奪うなら邪魔するよ」

「そうだよね…。みんな王子の奪い合いだもんね…。でも、私はなんとしても…」

「ねえ、話してよ」

「あなたに話すことなんてないよ」

「そう…。話したくなったらいつでも話してね…」

「話したくなんかならないよ。もう私にかまわないで!」


 マリアちゃんは走り去ってしまった。

 フラれてしまった。でも諦めない。むふふ。




 夏も真っ盛りのある日。


「今日から試験を行います」


 抜き打ちテスト来た…。


 先生が一人一人に羊皮紙を配っていく。いちばん前にまとめて置いてってくれないかな。

 っていうか、学園で初めて紙を配布された….


「問題は十問あります。今から問題を言いますので、問題の番号と答えを書いていってください。

 第一問目、魔石は何から手に入れられるでしょうか?魔石は何から手に入れられるでしょうか?」


 なるほど、印刷なんてないから、人数分問題用紙を書くのはしんどいし、何より紙がもったいないか。しかも、一般知識の問題はナシで、魔法や魔物関連だけだった。


 続いて、魔法の演奏テスト。私たちは傷を治す魔法を、いつも拷問されているつのウサギにかけた。他の属性グループも、一曲目をテストしているようだ。何しろ、二曲目はまだ覚え切れていないっぽいからなぁ。



「それでは今期の授業はこれでおしまいです。六十日くらい後にまた会いましょう」


 なんてこった。いきなり長期休みが始まった。カレンダーがないから分からないのだけど、三月に入学して今は七月くらいだろうか。

 私は音を一瞬で記憶できるけど、日々の出来事や言葉を記憶するのはそれほどではない。薫からすればかなり記憶がよいようだけど。

 そんなわけで、入学してから何日たったのかなんて正確には覚えていない。


 それよりも六十日「くらい」ってなんだ!二学期が始まる日が正確にわからないってことかな?


 音程に関していい加減なのはしかたがないと思うけど、日付くらい管理しないのだろうか。日本人みたいに電車が一秒遅れただけで目くじら立てることはない。でも一日遅れはないだろう。いや、あるのか?


 もともと春から夏にかけて授業があって、六十日くらい休みがあって、そして秋から冬にかけて授業があって、また六十日くらい休みがあると聞いていた。春とか夏とか「くらい」が、まさかそのまま運営されているとは思わなかった。


 いつ授業が終わるかも分からないから、今から手紙を出して馬車で迎えに来てもらって、それから帰るわけだ。手紙がマシャレッリ領に届くのに五日間、マシャレッリ領から馬車が来るのに五日間。明らかに無駄だろう。いやいや、授業が終わる十日前には終わる日が分かるだろうから、十日前に教えてほしかった。


 帰り支度に十日間もかからない。また寮に戻ってくるのだから、重いものを持って帰る必要はない。



「というわけなので、狩りしてくる」


 私は町娘の服を着て、寮の部屋を出た。


「ちょっと、ユリアーナぁ」


 マレリナがなんか言っていたが、スルーして出かけることにした。

 アナスタシアのおもりばかりさせてごめんね。お父さん、お金稼いでくるからね。


 私は寮の裏庭に来て、


「ふんふん……♪」


 これはマシャレッリ領を出る前にセルーゲイお父様から習った風魔法…。空飛ぶ魔法!


 普通の人はこれをハープで奏でることになる。持続時間は魔力次第だけどお父様は五分くらいすると魔力の消費が激しくなって、うまく制御できなくなる。そして、効果が切れる前に演奏しなおさないと、落下して大変危険らしい。空中で弦を見ながら演奏しなきゃならないから、あまり実用的ではないらしい。


 でも私は空中で鼻歌を口ずさんでいるだけでいい。仮にハープを弾く場合でも、弦を見てないのだけど、みんな弦を見ないと弾けないのかな?おかしな覚え方しているからいけないのでは?


 というわけで、私は転生者の嗜みである飛行能力を持っているのである!


 学園の敷地を出て、王都の城壁を越え、お気に入りの狩り場である街道へ。


 林に潜んでいる盗賊四匹を発見!

 私は筋力強化を歌い、スタンガンを歌いながら急降下して、盗賊の頭にスタンガン付きキック。

 そして周りの三匹にもスタンガン付きの裏拳や膝蹴りを食らわせて戦闘終了。戦闘じゃなくて蹂躙ともいう。


「ふんふん……♪」


 さらに洗脳をかけて、しばらくは奴隷としてまっとうに働くよう命令する。


 ちなみに実験により、相手が気絶していても洗脳と魅了が効くことが分かっている。そもそもメロディを聴かせて効果が発生するものではない。メロディを聴くのは、精霊さんとか神様とかその類いなのだろう。


 以前、私はマリアちゃんの魅了の音楽を聴いてしまって、マリアちゃんに魅了されてしまったのかと思ったけど、そんなことはなかった。魅了の対象は術者がイメージで指定するのである。だから、私がマリアちゃんを好きなのは本心だ。私はまだマリアちゃんを諦めない。


 そして、この盗賊四匹を運ぶのは、


「ふんふん……♪」


 アナスタシアが念動の次に練習していた空間魔法。それは異次元収納!

 空中に異次元空間への扉を開いて、盗賊をぶっ込んでいく。


 異次元収納は転生者の嗜みだしね。これくらいは当然。

 でも、普通の転生者だったら時間停止の異次元収納を持っているよねえ。時間停止ってまだ知らぬ時魔法にあるのだろうか。やっぱりそこまでできないと転生者失格だよねえ…。


 異次元収納は扉を開くときに演奏が必要で、扉を開く時間に応じて魔力を消費する。扉を閉じるときはイメージだけでよい。また、空間の維持にも体積に応じて魔力を消費する。維持の魔力は演奏を終えてから時間がたつにつれて増加するので、そのうち維持できなくなる。消費を抑えようと思ったら、頻繁に演奏しなおさなければならない。私の場合は一日おきに演奏、というか歌いなおしている。寝る前の日課だ。


 異次元収納を使えるようになってからは、貴重品も異次元収納に入れてある。異次元収納の部屋はいくつでも作成できる。盗賊みたいなばっちいものを入れるのは別の部屋だ。維持の消費魔力は総体積依存。


 今までも飛行魔法で飛んでくることはできたのだけど、それでは荷車を持ってこられない。だけど、アナスタシアが念動のメロディをマスターして、異次元収納のメロディを練習し始めた。おかげで私も異次元収納ゲットだ。

 アナスタシアに念動の楽譜をあげて自主練させたかいがあった。


 よし、これで金貨八枚!八十万円だ。私、高給取り。



 盗賊はそんなにたくさん生息していないので、普通の魔物も狩っていこう。盗賊の群れは共食いしないけど、魔物は共食いしそうだから一匹に付き異次元収納一部屋だ。ちなみに私はどれだけの体積の異次元収納を何時間維持できるのか、調べ切れていない。少なくとも盗賊や魔物数十匹では魔力が切れない。


 ランクCの魔物の討伐報酬は一匹につき大銀貨一枚程度だ。毛皮や肉が売れる魔物は、それらを全部売って、追加で大銀貨二枚程度だ。それを考えると、盗賊は美味しい。

 魔物を解体すると魔石手に入るらしいのだけど、面倒だしグロいのでやっていない…。故郷の村からマシャレッリ領に行くときにニコライが捌いたつのウサギから取れた木の魔石と、タチアーナが焼いたコカトリスの火の魔石、ミノタウロスの水の魔石以来、入手していない。必要があれば、お金で買えばいいだけだ。


 というわけで、王都付近の魔物を三十匹くらい詰め込んで、狩り終了!

 ちなみに、何かがレベルアップしたりはしない。



 帰りも飛行魔法で飛んで帰るのだけど、町中に降りたらびっくりされそう。そもそも、城壁を越えるって不法侵入だ。

 というわけで、ひっそりと学園の庭に降りて、ハンターギルドに赴いた。

 その前に、異次元収納からハープを出して背負っておく。鼻歌で異次元収納を開けるのは見せない方がいい。


 ハンターギルドに赴いた。


「こんにちは、ユリアーナさん」

「こんにちは」

「今日も盗賊の引き渡しですか?」

「はい」


 私は王都のハンターギルドの常連で、受付のお姉さんとは顔見知りだ。若干呆れられている。


 私は背中のハープをケースから取り出して、ぽんぽん……♪と異次元収納の扉を開いて、ドサリと盗賊を落とした。


「ユリアーナさん…。お貴族様ですもんね…」


 ハンターをやっている貴族は珍しいし、空間魔法使いはさらにレアキャラだけど、一応こういう魔法があることは知っているようだ。


「はい、金貨八枚です」

「まいどぉ」



 それから、普段あまり行かない解体屋のほうへ。


「こんにちは」

「おう、嬢ちゃんがこっちに来るのは珍しいな」


「今日は解体を魔物のお願いします」

「また手で引いてきた馬車か?」

「いいえ」


 ぽんぽん……♪ぽんぽん……♪


 私は筋力強化を奏でつつ、異次元収納の扉を開いた。中に手を突っ込んで、二、三メートルの魔物を次々に出していく。


「おい…。どんだけあるんだ…」


 解体屋の親父の顎をあんぐりと開けさせつつ、金貨四枚ゲット。

 解体してもらった魔物を討伐したことを証明する部位をもらって、討伐依頼を後追いで受けて報告した。それでさらに金貨二枚ゲット。

 三十匹くらい持ってきたのに、盗賊四匹分にも満たないなんて…。


 魔物も盗賊も狩りすぎると絶滅してしまうだろうか。繁殖できるように少しは残しておかないといけないだろうか。いや、盗賊が繁殖するのはよくないよねえ。



 こうして日銭を稼ぎつつ十日を過ごして、お迎えの馬車が来た。私とマレリナ、アナスタシア、オルガは、デニスが御者を務める馬車でマシャレッリ領に帰ったのだった。

 もちろん、帰り道すがら、盗賊と魔物を採集していくのも忘れない。ときどき異次元収納の空気を入れ換えてやらないといけないのが面倒。


 そうやって、ギルドにお世話になっていたら、ハンターランクがBに昇級した。何もやってないけど、マレリナも一緒に。いいのかなぁ。このパーティシステム。

■ユリアーナ・マシャレッリ伯爵令嬢(十歳)

 キラキラの銀髪。ウェーブ。腰の長さ。

 身長一四〇センチ。


■マレリーナ・マシャレッリ伯爵令嬢(十歳)

 明るめの灰色髪。ストレート。腰の長さ。

 身長一四〇センチ。


■アナスタシア・マシャレッリ伯爵令嬢(十歳)

 若干青紫気味の青髪。ストレート。腰の長さ。

 身長一二〇センチ。ぺったんこ。


■オルガ

 老メイド。


■ニコライ、デニス

 執事。


■ワレリア

 女子寮の寮監。木魔法の教師。おばあちゃん。濃くない緑髪。


◆以降、とくに記載していない同級生のご令嬢の身長はマレリナと同じくらい


■マリア・ジェルミーニ男爵令嬢(十歳)

 濃いピンク髪。ウェーブ。肩の長さ。

 身長一三〇センチ。ぺったんこ。

 養子。


■エンマ・スポレティーニ子爵令嬢(十歳)

 薄い水色髪。実子。


■エンマの下僕の二人

 一人は緑髪。もう一人は黄色髪。実子。


■スヴェトラーナ・フョードロヴナ公爵令嬢(十歳)

 濃いマゼンダ髪。ツインドリルな縦ロール。腰の長さ。

 身長一四五センチ。巨乳。実子


■セラフィーマ・ロビアンコ侯爵令嬢(十歳)

 真っ白髪。実子。


■ブリギッテ・アルカンジェリ子爵令嬢(三十歳)

 濃い橙色髪。エルフ。ユリアナより長く尖った耳の見える髪型。エルフの耳は年齢とともに成長。

 身長一六〇センチ。十四歳相当の身長。大きな胸。

 エルフの成長速度は十歳までは人間並み。十歳以降は五歳につき一歳ぶん成長。ただし、体つきは人間並みに成長。

 養子。


■ヴィアチェスラフ・ローゼンダール王子(十歳)

 黄色髪。


■アリーナ

 明るい灰色髪。命魔法の女教師。おばちゃん。


■ダリア

 紫髪。空間魔法の女教師。


■アレクセイ

 ピンク髪のおっさん教師。


◆ローゼンダール王国

 貴族家の数は二十三。


    N

  □□□□⑧

 □□□④□□□

W□⑥□①□⑤□E

 □□□□⑦□□ 

  □□②□□

   □□□

    ③

    S


 ①=王都、②=マシャレッリ伯爵領、③=コロボフ子爵領、④=フョードロヴナ公爵領、⑤=ジェルミーニ男爵領、⑥=アルカンジェリ子爵領、⑦=ロビアンコ侯爵領、⑧=スポレティーニ子爵領


 一マス=一〇〇~一五〇キロメートル。□には貴族領があったりなかったり。


◆ローゼンダール王都

   N

 □□□□□

 □□□□□

W□□①□□E

 □□□□②

 □□□□□

   S


 ①=王城、②=学園


◆座席表

  ス□□□□□

  ヴ□□□□②

  □□□□□①

前 □□□ブ□③

  ア□□□□④

  □□□パ□エ

  セマユリ


 ス=スヴェトラーナ、ヴ=ヴィアチェスラフ、ブ=ブリギッテ、ア=アナスタシア、エ=エンマ、セ=セラフィーマ、マ=マレリナ、ユ=ユリアナ、リ=マリア、①=エンマの下僕1、②エンマの下僕2

 パ=?、③=?、④=?


◆ベッド上のポジション

   ユリアナ

頭側 アナスタシア

   マレリナ


◆音楽の調と魔法の属性の関係

ハ長調、イ短調:火、熱い、赤

ニ長調、ロ短調:雷、光、黄

ホ長調、嬰ハ長調:木、緑

ヘ長調、ニ短調:土、固体、橙色

ト長調、ホ短調:水、冷たい、液体、青

イ長調、嬰ヘ短調:風、気体、水色

ロ長調、嬰ト短調:心、感情、ピンク

?長調、?短調:時、茶色

変ホ長調、ハ短調:命、人体、動物、治療、白

?長調、?短調:邪、不幸、呪い、黒

変イ長調、ヘ短調:空間、念動、紫

変ロ長調、ト短調:聖、祝福、幸せ、金



※11/9 命魔法の調が間違っていたのを修正

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