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2 貴族令嬢の嗜み

★転生三年目、春~翌春、マシャレッリ家での話

★ユリアナ九歳




 馬車の窓の外の、遠ざかる教会を見て思いにふける。

 窓といってもガラスなんてものはなくて、木の蓋が斜めに開いているだけだ。


 さようなら…。お母さん…。

 さようなら、私の育った村…。村の名前なんだっけ…。将来もし帰れることになっても、村の名前を知らないんじゃ帰りようもないじゃん…。


「あの…、オルガさん…」

「私はメイドですので、呼び捨てで構いませんよ」


 馬車は四人乗り。私とマレリナが隣で前向きの席。メイドのオルガと護衛のニコライが後ろ向きの席。


「オルガ、聞きたいことがあるのです」

「何なりと」

「恥ずかしながら、私は今まで私の住んでいた村の名前を知りません」

「ここはコロボフ子爵領ですが、あの村は…、名前はないのではありませんか?」

「あ、ありがとうございます」


 地理の勉強で、住んでいた領地がコロボフ子爵領ということだけは知っていたけど、細かい町や村のことは知らなかった。

 各領地は、メインとなる領都と、複数の町や村で構成されているらしい。県庁所在地と他の市や区といったところだろうか。子爵領だと領都と村三つくらいが妥当らしい。

 だけど、村の名前がないなんて悲しい。でも、とりあえずコロボフ子爵領の村ってことだけ分かればなんとかなるのかな…。


 オルガはおばあちゃんメイド。ヨレヨレでほつれだらけのメイド服。

 だけど、物腰柔らかな感じだ。話しやすくてよかった。


 せっかくオルガが話しやすい人なのに、だんだん道が悪くなっていって、馬車が揺れすぎて話せなくなってしまった。


 マシャレッリ伯爵領は、コロボフ子爵領より二つ北に離れた領で、馬車で五日の距離。馬車で五日も揺られ続けるのに耐えられるだろうか。ちなみに、お尻はちょっと痛いけど、酔うことはなかった。私もマレリナも野生児なので三半規管が鍛えられているからだろうか。



 しばらくすると、隣村が見えてきて、馬車が揺れなくなってきた。


「ニコライさん」

「私のこともニコライとお呼びください」


 マレリ…ーナが私と同じことを指摘された。


「ニコライ…、マシャレッリ家のご家族のことを教えていただけませんか」

「ご当主のセルーゲイ様、タチアーナ奥様と、長女のアナスタシアお嬢様、長男のエッツィオ坊ちゃまの四人でございます。そこに、マレリーナお嬢様とユリアーナお嬢様が養女として加わることになりました」

「アナスタシア様は私たちと同じ九歳と聞いていますが、エッツィオ様はおいくつなのですか?」

「四歳でございます」


 ニコライも穏やかな人のようで、比較的話しやすそうだ。



 日が暮れてきた。まだコロボフ子爵領を出ていないようだ。単にコロボフ子爵領の別の町に辿り着いただけだ。ここが領都かな。


 馬車は宿屋の前に付けられた。

 宿は…、貴族向けではなさそうだね…。

 私とマレリナは、二人の部屋をあてがわれた。部屋の外では御者のデニスと護衛のニコライとメイドのオルガが三人交代で見張りをしてくれるらしい。マジで兼任が激しい。


 ここではお風呂を作れない。というか、私のキラキラの髪は、少し明るいグレーで通せということになっているので、伯爵家に行っても火も水も土も使えないじゃん…。

 もともと野生児のユリアナはともかく、前世で毎日風呂に入っていたオレはもう原始人の生活には戻れないぞ…。


 まあ、宿にお風呂がないのは当たり前のようなので、オルガが桶にお湯を持ってきてくれた。私とマレリ…ーナはドレスを脱いで、オルガにお湯で身体を拭いてもらった。

 はぁ…。名前が変わるなんて慣れないよ。


 そして、予備のドロワーズと、ドレスとは別に用意してもらったネグリジェに着替えた。これを着るのは初めてだ。村ではボロ着を着た切り雀だったし、ネグリジェを着て寝る練習なんてのもしたことがない。

 ネグリジェを着るのは難しいことではないけど、オルガが手伝ってくれた。



 ベッドは二つ用意されていたけど…、


「ねえ、ユリア…ーナ」

「うん?」

「一緒に寝ていい?」

「うん…」

「ありがと…」


 私もマレリナも親と離れるのは初めて。薫は一年間親と会わないなんてざらだけど、子供にはつらいことだ。私がマレリナを親と離しちゃったんだ。私がマレリナを慰めてあげなきゃ。

 私とマレリナは互いに抱き合って寝た。


 オレは少し色っぽくなってきたマレリナに、けっして欲情したりなんかしない。ユリアナは女の子なのだ。女の子は女の子に欲情したりなんかしない。


 埃のそんなにないベッド…。マレリナと一緒…。なんだか変な気分だ…。




 夜中。ガサゴソと音が。

 神父様は言っていた。伯爵一家は金を奪ったりするような人間には見えなかったが、使用人はその限りではないと。

 だから念のため、私たちは寝るときでも腰にお金の革袋を下げている。


 かたんっ。ドア…、いや、窓の開く音だ。うっすら目を開けていると月明かりが差し込んできた。


 ドサっ。誰か窓から入ってきた。貴重品はお金だけではない。ハープもドレスもいくらしたのやら。


「ふんふふふんふんっ♪」

「なんだ寝言…あばっ…」


 私は寝ぼけているフリをして雷魔法を歌い、侵入者に足を当てて、電撃を喰らわせた。これは最初に神父様に喰らわせたレベルではない。スタンガンと呼べるレベルだ。

 暗いからよく分からないが、男の声だ。私の鼻歌を寝言と言いかけて、電撃により気を失って倒れた。バタンっ。


「ふんふんふーんふんふん♪」


 雷魔法で灯りを灯す。侵入者はデニスでもニコライでもない。

 よかった。三人とも物腰柔らかくて優しそうな顔をして、子供から金品を奪うような人だったらどうしようかと思っていた。まあ、まだ安心してはいけないけど。

 これは神父様の教えなのだ。


 この侵入者、どうしよう…。

 部屋の外にいるマシャレッリ家の使用人に伝えるか。グルだったらどうしよう。そもそも、けっこう大きな音を立てて倒れたのに、気が付かないものかな…。

 まあ入ってこないならそっちはいいや。


 侵入者には窓からお帰りいただこう。

 命魔法の筋力強化…。じつは、大人の男くらいなら軽々と持ち上げられる…。あんまり長く使っていると、翌日に筋肉痛が酷いけど…。


「ふん………♪」


 私は侵入者を持ち上げて、窓から放り投げた。がたがたがた…、どんっ。

 あ、ここ二階だったかな。しーらない。


 今度こそ部屋の外にいる見張りが起きるかも。私は灯りの魔法を消し、急いでベッドに入った。ドアから見張りが入ってきても、寝ているふりをすれば奇襲できるはず。

 しかし、ドアは開かず。


 私はふたたび起き上がり、窓を閉めた。そして、しびれを切らして、鍵を開けてドアを開けた。そういえば、鍵があるんだから、ドアを壊さないと入れないよな。

 ドアは内開き。鍵を開けた途端にドアが開き、人が倒れ込んだ。ニコライだ。

 ニコライは白かな?侵入者の仲間にやられたか?


「くかー…」


 えっ…。眠っているだけ?

 お前、護衛じゃないのか!


 はぁ…。


「ふん………♪」


 ふたたび筋力強化を使い、ニコライを廊下に引きずって、ドアの横に座らせた。

 そして、ドアを閉めて鍵を閉めて、ベッドに入っておやすみなさい。




「…よう、ユリアナ」

「ん…、わあぁ…」

「おっきなあくびっ」

「あれ…、マレリナ…」

「いつもこんなんなの?ねぼすけさんだね」


 そっか…。朝起きたらマレリナがいるなんて…。

 お母さんはいつも先に起きてご飯の準備をしてくれてたから、起きたらお母さんが隣にいるってのはあまりなかったなぁ。


 私が朝ねぼすけになってしまったのは薫が考え込むからだよ…。

 ってか昨日は侵入者がいたんだった。なんか面倒になって窓から投げ捨てたような…。

 今思えば酷いことをしたような。首が折れていたらどうしよう。


 トントン。ノックの音。


「「はーい」」


 そうだ、鍵をかけていたんだった。メイドと宿屋に泊まるときってこういうシステムなんだろうか。いや、貴族向けの宿じゃないから、違和感があるんだろう。


 マレリ…ーナがベッドを出て鍵を開けにいった。ヒールを履くのはめんどうだから裸足だ。

 そういえば、私も昨日、侵入者を片付けたときも裸足だった。ばっちい足でベッドに入ってしまった。

 っていうか、いい加減、頭の中でもマレリーナといわなきゃダメだ。

 朝起きてからマレリナとユリアナとしか呼び合っていない。すっかり忘れてしまっている。


 カチャっ。マレリナが鍵を開けると、メイドのオルガが入ってきた。


「おはようございます。マレリーナお嬢様、ユリアーナお嬢様」

「おはようございます、オルガ」

「おはようございます、オルガ」


 着替えを手伝ってもらった。一人だとちょっと背中の紐に手が届きにくいけど、マレリナと二人なら着せ合うこともできるんだけどね。



 次の宿は貴族向けっぽかった。貴人の部屋に使用人の部屋が備え付けてあるから、メイドが朝入って来られないなんてことは起こらなかった。

 お風呂はなかったけど、窓もちゃんと鍵がかかって、侵入者なんてものは現れなかった。

 そういえば昨日の侵入者はどうなったかな。どうでもいいや。


 その翌日、宿を出て、しばらく街道を進んでいると…、


「おい、ニコライ、つのウサギだ」

「分かった」


 御者のデニスが御者席から馬車内に顔を覗かせて、ニコライに叫んだ。

 つのウサギ?


 ニコライは馬車を出ていった。窓から見ていると、つのの生えたウサギにニコライが槍を向けていた。

 つのウサギは、日本の動物園で見たものの二倍の大きさはあるだろうか。


「もう二匹出た。オレも出る。オルガも頼む」

「はい!」


 護衛も兼任だった…。おばあちゃんメイドのオルガもナイフを持って馬車を出た。大丈夫かな…。


 私とマレリナは…。怯えて二人で抱き合っていればいいのかな。

 なんてね。


「ユリアナ!」

「うん!」


 私たちは顔を見合わせてうなずいた。

 早くも戦闘訓練の成果を見せるときが来た。


「ふんふん……♪」


 ぽんぽん……♪


 私は鼻歌で筋力強化の魔法を歌った。

 マレリナは荷物からハープを取り出し、筋力強化の魔法を奏でた。すぐにハープをケースに片付けた。


 私たちは馬車を出た。

 ニコライは槍と革鎧だし、一応護衛メインなんだから一人でもなんとかなるだろう。


「マレリナはデニスをお願い」

「わかった!」


 二番目に戦闘力が高そうなのは御者のデニスだ。デニスもナイフを構えて、つのウサギに応戦している。

 おばあちゃんメイドのオルガはどう見ても戦闘能力がない。私が守る。


 マレリナも筋力強化で大人の男以上の力を出せるのだ。だけど、その持続時間はせいぜい五分。マレリナはハープを奏でないと筋力強化を再稼働できない。

 対して、私はおよそいつでも筋力強化を再稼働できる。出せる力も大きい。


 これが妥当な戦力配分だろう。



 オルガはナイフを振り回しているが、全然当たっていない。

 つのウサギが突いてきたつのは、オルガの腕をかすった。


「くっ…」


 私はつのウサギがオルガを突いた隙を狙って、つのウサギの腹に横から蹴りを入れた。

 大事なヒールに傷を付けないようにすね蹴りだ。ウサギなんてたいして堅くないだろうとふんで。


「ぶーっ!」


 そんなふうに鳴くんだ…。

 つのウサギは遠くへ飛んでいった。

 先にそっちが手を出したんだ。動物虐待ではない。



 一方、デニスは闇雲にナイフを振り回しているだけではなく、つのウサギのつの攻撃をナイフでいなしていた。だけど、つのウサギは素速くて攻撃回数が多く、デニスは反撃に出られない。


 そこに横からマレリナのこぶし!マレリナもドレスや靴を汚したくないので、気を使っている。


「ぶーっ!」


 つのウサギは飛んでいったりはしなかったが、地面に叩きつけられて動きを止めた。



 その頃、ニコライの槍の突きが見事につのウサギの腹に刺さった。つのウサギは動かなくなった。


「ユリアーナお嬢様…お怪我はありませんか…」


 オルガが私に言ってきたけど、それはこっちのセリフだ。


「オルガこそ先ほど腕につのがかすったでしょう。見せてください」

「あ、これくらいはなんともありませんので」

「いいから」


 私はオルガの腕を掴んだ。


「ふ…」

「待って!」

「あっ…」


 私が鼻歌で治療魔法を歌おうとしたら、マレリナに止められた。マレリナはいつのまにか馬車にハープを取りにいっていたようだ。


「私がやるよ」

「うん」


 ぽんぽん……♪


 マレリナは治療魔法を奏でた。

 そうだ。私の鼻歌は秘密にしておくんだった。危ない危ない。


 オルガの腕の傷は塞がった。もともとかすり傷だったし、服の袖が破れて、赤い線がぴーっと腕に走っていただけだ。服はどうしようもないけど、すでに出てしまった血以外の赤い線は消えた。


「痛くないです…。マレリーナお嬢様…、使用人ごときに魔法を使ってくださって、ありがとうございます…」

「痛くなくなったならよかったです」


 マレリナ…、なかなかの聖女っぷり…。



「マレリーナお嬢様、助けてくださってありがとうございます…」

「デニスさんにお怪我がなくてよかったです」

「執事に『さん』は不要ですよ」

「そうでした。てへっ」


 マレリナ…、なかなかの天使っぷり…。



「お嬢様方はご無事でしたか?私がふがいないばかりに…」


 槍で一羽のつのウサギを仕留めたニコライ。


「ニコライは勇敢に一羽のウサギを仕留めてくださったではありませんか」

「お嬢様…、お優しい…」


 マレリナ…、神格化されつつある…。


 私も頑張ったんだけど、私は目立たない方がいいな。このままマレリナには聖女で天使で女神でいてもらおう。



 しかし、護衛兵士だけでなく、執事とメイドも、身をていして私たちを守ってくれた。あるじと血のつながっていない養女を、しかも、会って数日の。

 疑って悪かった。だって神父様が疑ってかかれって言うんだもん。

 寝ずの番なのに居眠りしていたり、あまり頼りにならないけど、悪い人たちではない。もっと心を開こう。


「ふんふんふんふんふーん(シ♭レファレシ♭)」


 おっと、気分がよくなるとついつい出てしまう、祝福の歌のイントロ…。

 大丈夫。今は何も願っていない、はず。魔力も流れていない、はず。



 ニコライはその場で二羽のウサギを血抜きした。持っていくんだ…。

 次の町でお店らしき場所に寄って売り払ったようだ。

 ちなみにもう一匹は私が遙か彼方に蹴り飛ばしたので手元には残っていなかった。


 ウサギの中から何やら緑色の小さな石が出てきた。ニコライはそれを回収していた。


「それはなんですか?」

「これは木の魔石です。売るとそれなりの値段になります」

「ほほー」


 魔法の石?


「魔石というのは、魔法の燃料になるそうです」

「おお!」

「でも、旦那様と奥様から、木の魔石はいらないと言われていますので」

「それなら、いただけませんか!」

「えっ」

「おいくらですか!」

「いえ、お嬢様からお金をいただくわけには…」

「いえいえ、使用人の手に入れたものを徴発することはできません」 

「そこまで言うなら…」

「おいくらですか?」

「これくらいなら全部で銀貨一枚ですかね」

「はい」


 木魔法の燃料ゲット!




 こうして五日間の旅は終わり、無事にマシャレッリ伯爵家の屋敷に到着した。到着したのは夕方だ。


 馬車というのは時速十キロくらいしか出ないし、何度も休みながら進むから、一日に五十キロも進めばいいくらいだ。それでも、五日も進んで二五〇キロ北上すれば東京から福島くらいだろうから、気温も少しは下がる。

 まあ、住んでいた村は冬でも半袖ワンピース一枚でいられる温暖なところだったから、二五〇キロ北上したくらいで寒いということはない。

 大丈夫。ドロワーズもはいているから寒くない!


 屋敷二階建て。正面だけ見ても十部屋はありそうだ。塀で囲われており、庭もかなりの広さがある。

 だけど、庭は殺風景な雑草畑で、石造りとかではないし、花壇とかもない。


 馬車の到着を見張っていたのか、すぐに若いメイドが出てきて、そのあとに良い服を着た男性、ドレスの女性、小さな男の子が出てきた。


 私とマレリナはデニスのエスコートで馬車を降りた。


「ごきげんよう、私はユリアーナと申します」

「ごきげんよう、私はマレリーナと申します」


 私とマレリナは片脚を交差させて少しかがみ、スカート少しつまみ上げて会釈した。

 オレはカーテシーが好きだ。お嬢様ごっこばんざい!


「まあ、可愛らしいお嬢さんだわぁ、タチアーナよぉ。ごきげんよう」


 タチアーナ夫人はおっとりとした笑顔でカーテシーをしてくれた。

 タチアーナはとても若い。永遠の十七歳なのかもしれない。口調も永遠の十七歳っぽいし。まあ、低文明の世界だしヤンママしかいないんだろうな。

 タチアーナの髪は濃いめの赤だ。それなりに艶もある。長さは腰くらい。ストレート。

 なんだか…、タチアーナのドレスは、胸が大きく露出しているけど、私たちのよりもみすぼらしいような…。


「よく来てくれたな。セルーゲイ・マシャレッリ伯爵だ。マシャレッリ領の領主をやっている」


 セルーゲイも二十代前半だろうか。髪は濃いめの水色だ。若いけどダンディだなぁ。やっぱり服がちょっと古びている…。


「エッツィオでしゅ」


 可愛い男の子だ。まだかみかみだな。

 エッツィオ君は濃いめの緑の髪だ。

 ユリアナはこういう可愛い男の子に萌えたりしないらしい。もちろんオレもショタコンではない。

 そういえば、村に男の子は何人かいたと思うけど、まったく付き合いがなかったな。


「こっちはメイドのアンナだ」

「アンナです。以後お見知りおきを」


 アンナは二十代前半だろうか。髪は灰色だ。ゴミは付いていないが艶はない。

 ここでは髪の艶がないのはともかく、ゴミがついていないのも常識なのかもしれない。


「今日からキミはマレリーナ・マシャレッリ伯爵令嬢で、キミはユリアーナ・マシャレッリ伯爵令嬢だ。この屋敷はキミたちの家だ。歓迎しよう」


「これからよろしくお願いします」

「ご歓迎、ありがとうございます」


 マレリナと私は会釈した。


 私たちは試用期間じゃないのかな。養女として試用して、使えなければクビなのでは?



「さあ、入りなさい」


 あれ?お嬢様は?たしかアナスタシアお嬢様というのがいたはず。


「おなかが空いただろう。夕食を準備している」


「恐れ入ります」


「そう堅くなることはない。私はキミたちの父親なのだから」


「お父様…」

「そうだ。お父様と呼んでくれ」


 ユリアナは父親というものを知らない。娘が父親にどのように接すればいいかはオレが知っているのだけど、だけど、オレは男にベタベタと接したくないぞ…。

 おかしいな。オレは前世にそういう本能を置いてきたはずだ。この身体はユリアナのものなので、女の子は本能的に男を避けたりしないと思うのだが…。

 もちろん、男の薫が男のセルーゲイと抱き合ったりキスしたりするシーンを想像するのはおぞましい。

 だけど、女の子のユリアナが血のつながっていないダンディな父親に対してカッコいいとか思ったりはしないのだろうか。女の子って男のどういうところに惹かれるんだろう?


 まあ、ユリアナはまだ九歳なのだ。そういう感情が芽生えなくてもおかしくはない。


「キミもだ、マレリーナ」

「はい。お父様」


 私たちのような馬の骨でも、娘にお父様と呼ばれるのは嬉しいらしい。



 屋敷の壁はところどころ穴が開いていたりして、かなりほころびている。

 トイレは村のときとあまり変わらない。ツボの中身をメイドか執事が頻繁に捨ててくれるだけで、システムは変わらない。


 貴族家だから鏡があるのを期待したのだけど、そんなものはなかった。私は自分の顔を川の揺れる水面で見ただけなのだけど、そろそろもうちょっとハッキリした鏡で見てみたいなぁ。




 食卓にもアナスタシアは現れなかった。

 オルガとアンナが次々に料理を並べていく。それほど量は多くない。だけど、毎日、固いパンと野草のスープと干し肉だけだった私の食事とはさすがに違うね。違うかな…。あんま違わないかも…。


 ちなみに、仕立屋さんからテーブルマナーは習った。だけど、ナイフやフォークはあったのに、貴族料理は出なかった。ハープとドレスを経費で落としてくれるのなら、貴族料理をお昼に出してくれてもよかっただろうに。

 つまり、テーブルマナーの授業はエア・テーブルマナーだけだったので、マレリナは何をやっているのかちっとも分かっていなかったと思う。オレはだいたい想像できていたけど…。せめて、泥団子でも切ったり刺したりして練習すればよかったのに…。


 そして、今日は初めての実践だ。マレリナはできるかな…。


 たいした大きさではないけどお肉がある。マレリナはどれをどう刺したり切ったりしていいのか分からないようだ。

 オレはマレリナによく見えるように、左手のフォークでお肉を刺し、右手のナイフで切った。そして左手のフォークを口に運んだ。何だろう。つのウサギ肉かな。味は塩味だけだ。


 そして、それを見ていたマレリナは、なるほど!といわんばかりに明るくなって、オレのマネをした。


「まあ、二人とも、ナイフとフォークの使い方が上手ね~。さすがだわぁ!」


 タチアーナは感極まって、私たちを褒めた。

 何がさすがなんだろう。神父様から何を聞いているのかな。魔法の力がさすがとか言われるなら分かるけど、テーブルマナーがさすがってどういうこと?


 それからスープ。これにもつのウサギ肉のようなものが入っていて、今までうちで食べていた、ただの塩味の野菜スープよりは美味しかった。

 マレリナはオレのマネをして、スプーンでスープをすくっていたけど、ちょっとこぼしたりしていた。やっぱりエア・テーブルマナーじゃこんなところまで分からないよ。


 パンは相変わらず固くて、スープに漬けて柔らかくして食べるしかない。


 うーん。貴族の料理ってこんなものか。



 オレは気になっていたことを口に出した。


「あの…、アナスタシア様という方がいらっしゃるとお聞きしたのですが…」

「アナスタシアはね…、病弱なのよぉ…」

「お食事もご一緒できないほどなのですか?」

「そうなの…。ここ最近は身体を起こしてもいなかったわぁ」

「あの…、お食事を終えたら、アナスタシア様に会わせていただけませんか?」

「ええ、いいけど…」


 なに、私たちって、アナスタシアの代わりにもらわれたの?タチアーナとセルーゲイは、アナスタシアのことを諦めちゃってるのかな。




 コンコン。タチアーナがアナスタシアの部屋をノックした。


「お母様よぉ。入るわね~」

「は…い…。けほっ…」


 部屋の中からかすれ声と咳が聞こえた。


 タチアーナがドアを開けて入ると、ベッドには頬の痩せこけた小さな女の子。髪は少し紫がかった濃い青。長さは寝ているからよく分からないけど、たぶん私と同じ腰くらい。ストレートヘア。

 髪の色は遺伝しないんだな。でも濃さは遺伝するのだろうか。


「初めまして、ごきげんよう。マレリーナと申します」

「初めまして、ごきげんよう。ユリアーナと申します」


「けほっ…。アナス…タシアです。ごきげ…、あっ…」


 アナスタシアは名乗りながら身体を起こそうとしたが、腕に力が入らず、バランスを崩してふたたび横たわった。

 ちょっと、ぜんぜんごきげんじゃない!息も絶え絶えじゃん!


 突然マレリナが部屋を出ていった。


「えっ、どうしたのぉ?」


 マレリナの奇行に疑問を投げるタチアーナ。


 マレリナはすぐにハープを持ってきた。私の分もね。そして、私に手渡した。


「はい」

「ありがとね」


 ぽんぽん………♪


 病気を治す魔法を二人で奏でた。息ピッタリ。


「まあ…、病気に効く魔法ね」


 タチアーナは曲を知っているようだ。何回も聞いているのだろう…。


 ぽんぽん………♪


 次は傷を治す魔法だ。顔は青白いが、外傷は皮膚が荒れているくらいだ。できものとかではないし、これを治してもあまり意味はないだろう。

 癌とか臓器不全とかの症状だろうか。そうだ!臓器を修復するイメージで!

 もちろんマレリナはそんなことを思いつかないだろう。オレだって医者じゃなかったから、癌とか臓器の映ったテレビ番組を思い出してイメージするだけだ。


 私とマレリナは病気の治療と怪我の治療を、交互に引き続けた。そして、


「あっ…」


 気を失った。私はこうなることを予想していた。倒れつつあるマレリナをすぐに抱き留めた。大事なハープも落とさない。


「マレリーナ!」


 タチアーナはマレリナが倒れて驚いたようだ。


「大丈夫です。魔力切れですよ」

「そうみたいね…。でもそこまでしてくれなくてもいいのよぉ…」

「いえ、あともう少しやらせてください」

「ええ…」


 私はマレリナをベッドの側に座らせた。

 そしてハープ奏でた。


 ぽんぽんぽんぽんぽーん(シ♭レファレシ♭)♪


 これは、祝福の曲のイントロ。漠然とした幸福を願うもの。


 ぽんぽん……♪


 それから健康祈願と厄除け。


 ぽんぽん……♪


 仕上げに、病気が治る…出来事が起こる魔法。


 祝福はどれも即効性がない。何日かかるかは分からない。

 でも、マレリナの魔力を発現させたり、十日前からの事実改変をしたりと、私の祝福は神をも恐れぬ奇跡のような効果を出せるのだ。死なせてたまるか!


 死にかけている子が目の前にいるのに自重なんかしない。祝福だろうとなんだろうと使っちゃえ。


 病名がわからない。だけど、病気が治る道へ祝福が導いてくれるといいな。


 命の魔法をけっこう使ったのに、祝福で倒れなかったな。命の魔力と祝福の魔力は関係ないのかな。


「その曲は聴いたことないわぁ」

「こ、これは我が家に伝わる秘伝の治療魔法です」

「まぁっ。さすがね!」


 何がさすがなの?私たち、何者だと伝えられているの?

 適当なことを言ったのに、すごく納得されてしまった。


「はぁ…。とても気分が良くなったわ…。ユリアーナ、ありがとう。よい…しょ…」

「無理なさらないでください」


 アナスタシアは腕をぷるぷるさせながらも身体を起こした。

 病気の治療魔法が少しは効いたらしい。


「私に妹ができるって聞いて、楽しみにしていたのよ。あなたの髪、キラキラしていて綺麗ね」

「そ、そうですか。私は命魔法使いなのですが、髪がちょっと明るいだけなんですよね、あはは…」

「そうね、ちょっと明るいくらいかもしれないけど、ランプの光が当たって、見る場所によって明るくなるところがかわって、宝石みたいだわ」

「お褒めにあずかり光栄です…」

「そんなにかしこまらないでよ。私たち、姉妹なのよ」

「は、はい…」


 そう言われても、初日からあぐらを掻くわけにはいかないでしょう。


「マレリーナには悪いことをしてしまったわ…。倒れるのは私だけでじゅうぶんよ…」

「マレリーナはアナスタシア様に元気になっていただきたい一心で、魔力の尽きるまで命魔法を使い続けたのです。気持ちを汲んでいただければ幸いです」

「そうね。とても嬉しかったわ。あとでマレリーナにもお礼を言わなきゃね」

「はい」

「それと、あなたたちは私の妹なのよ?様付けなんてかしこまらないで」

「は、はい。アナスタシア…お姉様」


 この世界は数え年システムだから、私もアナスタシアも春に歳を取って同じ九歳じゃないのだろうか…。まあいいや…。お姉ちゃん風吹かせたいみたいだから…。っていうか弟のエッツィオくんにお姉ちゃん風吹かせればいいのに。


「アナスタシアお姉様は、お食事をなさいましたか?」

「朝…少しだけ…」

「そうですか…」


 食事も喉を通らないほど病気が進んでるなんて…。


「タチアーナお母様、夕飯はまだ残っていますか?」

「ええ、たぶん…。でもアナスタシアはそんなに食べられないと思うわぁ」

「今なら治療魔法も効いてるので、少しは食べられるかもしれません」

「わかったわぁ。すぐに準備させるわねぇ」


 良くいえばおっとりとしているけど、悪くいえば娘がこんな状態なのにのんびりしてるなぁ。本当にさじを投げてしまったのか。



「あの…、デニスを呼んでもらえませんか」

「かしこまりました」


 後ろに控えていたオルガに、デニスを呼びにいかせた。


「なんでしょう、ユリアーナお嬢様」

「マレリーナを寝室のベッドに運んでいただけないでしょうか」

「かしこまりました」


 マレリナをいつまでもベッドに側に座らせたまま寝かせておくのは可哀想だ。

 筋力強化を使えば自分で運べるけど、緊急時以外は突拍子もないことを避けるべきだろう。




 しばらくして、オルガが食事を運んできた。


「さあ、アナスタシアお姉様、召し上がって」

「え、ええ…」


 私はスープをスプーンですくって、アナスタシアの口元に運んだ。


「ユリアーナお嬢様、そのようなことはわたくしめにお任せください」

「いいえ、私がアナスタシアお姉様を介抱したいのです」

「はぁ」


「ほら、お姉様。ご飯を食べて力を付けないと、元気になれませんよ」

「え…、でも…はい…」


 アナスタシアは渋々スプーンに口を付けた。まあ、正直私も美味しいとは思わない。貴族のご飯だからもっと期待していたのに。


 私はスープの中の野菜をフォークですくい上げて、アナスタシアの口に運んだ。


「これはちょっと…」


 野菜は嫌いかな。でも少しでも食べてくれないと…。


「お姉様。元気になって私たちと外で遊びましょう」

「ユリアーナとマレリーナと外で…」


 アナスタシアは遠い目で窓を見た。木の窓は閉まっていて外は見えないけど。深窓のご令嬢は外で遊ぶのに憧れてくれるかな。


「治療魔法は何でも治せるわけではないのです。少しでも食べないと、私たちと元気に遊ぶことはできませんよ」

「わ、わかったわ…」


 アナスタシアは野菜を口に入れて、マズいのを我慢して目をつぶっている。


「アナスタシアが…野菜を食べているわぁ…」

「アナスタシアお姉様は野菜を食べたことがないのですか?」

「小さい頃から全然食べないのよぉ」


 アナスタシアが野菜を食べただけでタチアーナが感動した。

 これはもしや、病気で食べられなくなったのではなく、食べないから病気…というか栄養失調なのでは…。


「はい、お次をどうぞ」

「も、もういやよ!」

「食べないと私たちとは外で遊べませんよ」

「ユリアーナなんて嫌いよ!マレリーナと遊ぶわ!」

「はう…」


 アナスタシアは布団をかぶり、塞ぎ込んでしまった。


 しまった…。出しゃばりすぎた。実子をいじめる養女は捨てられるかな…。


「ユリアーナ、行きましょう」

「はい…」


「オルガ、お片付け、お願いねぇ」

「かしこまりました」


 私とタチアーナはアナスタシアの部屋をあとにした。




「タチアーナお母様…、ごめんなさい…」

「何がぁ?」


 私は屋敷の廊下を歩きながら、タチアーナに謝った。


「アナスタシアお姉様に元気になってもらいたくても、私の力は及びません」

「そんなことないわよぉ。ちょっとこのお部屋で話しましょうか」

「はい…」


 客室かな。ティーテーブルと四つの椅子がある小さな部屋だ。


「正直なところ、あなたたちが会ったばかりの娘にこんなに親身になってくれるとは思わなかったわぁ」

「私たちは命魔法使いとしての腕を買われたのだと聞きました」

「あら、レナードはそんなこと言ってたの?」


 レナード…、神父様だっけ…。一度も名前で呼んだことないや…。言っちゃマズかったかな…。


「いろんな命魔法使いに頼んでも全然良くならなくて、もうお金もなくて諦めかけていたのよ。そこに、平民の命魔法使いの養子縁組を持ちかけられたの。私たちはすぐに引き取ることに決めたわぁ。これならタダで命魔法をかけてもらえるんじゃないかって打算があったもの。

 でもね、だんだん悪くなっていくあの子を見ていて、もう長くないなと思ったの…。子供の命魔法使いに魔法を使ってもらったところで助からないわ。それなら、あなたたちにイヤな思いをさせないように、アナスタシアには会わせないようにしようと思っていたのよ…。

 それなのに、あなたたちはアナスタシアのことをレナードから聞いていて、アナスタシアに会って魔法をかけてくれたわ。しかもマレリーナは魔力切れで気絶するまで。それにあなたはアナスタシアが少しでも元気になるようにと、ご飯まで食べさせてくれた。嫌いな野菜まで。

 でももういいのよ…。あの子はきっとあなたのことを嫌いになってしまったわ。あなたが会いにいってもつらい思いをするだけよ…」


「いいえ、私は諦めません。私はアナスタシアお姉様にご飯を食べてもらって、一緒に元気に外で遊びたいです」


「そう…。さすがね…」


 えっ、そこでさすがなの?私たちいったい何者だと思われているんだ…。


 どうでもいいけど、神父様からだけじゃなくて、ニコライからもアナスタシアのことを聞いたんだけど、指示が行き届いてないんじゃない?


「アナスタシアお姉様がいちばん好きな食べ物はなんですか?」

「パンよ」

「わかりました」

「えっ?」

「パンを作ります」

「えええ?」

「まあ見ていてください」

「はぁ」


 パンといったら転生者のたしなみだろう。明日からパンを作るぞ!



「あ、あなたの部屋はこっちよぉ」

「あ…、マレリーナの部屋で一緒に寝ていいですか?」

「いいけどぉ、ベッドが狭くないかしら」

「それがいいんです」

「はぁ」


 マレリーナの寝ている部屋に入ろうとしたら、注意された。

 私もマレリーナも一人で寝たらホームシックになってしまいそうで…。




「おはよう、ユリアナ」

「んぁ…、おはよう…」

「いつもねぼすけだね」

「ん~あぁぁ…」

「大きなあくびっ」


 マレリナは昨日、ドレスのままで寝ちゃったんだな。意識のない子のドレスを脱がせるのは不可能だ。


 村を出てから六日目か…。どろんこになったりはしてないけど、そろそろ匂う…。マレリナの汗のにおい…。女の子のにおい…。良いにほひ…。

 おかしいな…。何度もいうけど、オレは前世に大事なものと一緒にそういう本能を置いてきたと思っているんだけど…。


「昨日、マレリナはアナスタシアに治療の魔法をかけて、倒れたんだよ」

「分かっていてやったことだよ。全力で助けたいと思ったもん。それでどうなったの?ユリアーナは知っているの?」

「少しは良くなってね、身体を起こせたからご飯を食べさせたんだ。だけどね…」


 マレリナが倒れてから起こったこと、タチアーナと話したことを話した。


「祝福、やると思ったけど、私も賛成だよ」

「うふふ」


 目の前で人が死にかけているのに自重しない。



「おはようございます、マレリーナお嬢様、ユリアーナお嬢様」

「おはよう、オルガ」

「おはよう、オルガ」


 おばあちゃんメイドのオルガがやってきた。


 私はドレスに着替えさせてもらった。


 朝ご飯もやっぱり宿屋のご飯に毛が生えた程度。うーん、弱小伯爵家でもともと資金不足だったところを、アナスタシアの治療費で使い果たしちゃったかな…。



「タチアーナお母様。昨日申し上げたように、私はアナスタシアお姉様の食べられるパンを作りたいと思います。まずは厨房と食材を見せていただけませんか」

「ええっ?本当に作るのぉ?」

「はい」


 オルガが厨房を案内してくれることになった。信じたくなかったんだけど、メイドはオルガとアンナだけ?執事はニコライとデニスだけ?

 私たち、お嬢様じゃなくて、メイドとか看護師で引き取った方がよかったんじゃない?


 気を取り直して…。オルガはどこに何があるか全部把握しているようだ。ということは、オルガが料理人…。兼務多すぎ…。あ、オルガが私たちを迎えに行っている間、アンナが料理していたのかな…。みんな何でもできるんだな…。


 まず、パンの酵母の作れそうなもの…。甘い果物…、ブドウとかリンゴとか…。っていうか、村で果物なんて見なかったな…。ここにもないみたい…。


「甘い実はありませんか?」

「ユリアーナお嬢様、果物というのは森の魔物に占有されていて、ハンターがたまに持ち帰る分しか市場に出回らないので、とても高価です」

「ご、ごめんなさい…」


 ここは魔法の存在するファンタジー世界だった。魔物がいるなら、それを倒すハンターがいてもおかしくはない。

 村で果物を食べたことがないと思ったら、そういう事情があったんだ…。


 残りの食材は…。ろくなものがない。小麦粉とにんじんで酵母を作れるか試してみよう。


「ユリア…ーナ、何やってるの?」

「アナスタシアお姉様が食べやすいような柔らかいパンを作るための下ごしらえ」

「ユリアナが変なこと始めた…」


 失礼な。パン酵母は転生者のたしなみだ。だって、自分が異世界に行っときのためにこういう知識は調べておくものだろう。

 発酵がよく進むように、加熱魔法で四十度まで加熱した。布でくるんで保温しておこう。



 酵母はしばらく寝かせておいて、


「ユリアナ、どこ行くの?」

「領都のボロ着屋」

「なんでまたボロ着?」

「ハンターになって魔物を狩りに行こう!」

「えええっ?魔物って、行くときに出会った角の生えたやつ?」

「そう」


 私とマレリナは金貨の袋を持ってスタスタと領都へ歩いて出た。

 大金貨二枚…二百万円持ち歩くってアホかとも思うけど、屋敷の人がみんな信用できるのかまだ分からない。って、残りはアンナだけか。あとアンナの人となりだけ分かれば、もうあの屋敷の人はみんな信用してもいいかも。

 だけど、屋敷が安全かどうかはまた別だ。やっぱり持ち歩くに限る。



 ボロ着屋を発見。ボロ着屋じゃないや。古着屋だ。ボロを着ていたのは、私たち原始人の村の住人だけだ。この町であんなのを着ていたら浮浪者だと思われるだろう。

 とりあえず、村にいたときの原始人までは行かないけど、動きやすそうな町娘のワンピースを調達。大銀貨二枚もした。原始人の村とは違うな。


 屋敷に帰って町娘の服に着替えた。だけど、ドロワーズだけは脱げなかった。ゴワゴワでちょっと蒸れて気持ち悪いけど、もうノーパンには戻れない。


 そして、ハープをケースに入れて背負った。こうやって持ち歩くことを想定してるんだろうなぁ。魔法のステッキみたいなものだから、肌身離さないのが基本なのかも。


 いざ出発!


「お嬢様、その格好は…」

「ちょっとパンの材料を調達してきます」

「ちょっ、お嬢様ー」


 ウソです。なんのアテもありません。

 オルガが追いかけてくるにもかかわらず、私たちは屋敷を出た。

 


 やってきました、ハンターギルド。


「ご依頼ですか?」

「いえ、ハンター登録に」

「えっ…、わ、わかりました」


 受付嬢に貴族ってバレたかな…。私の溢れる気品が隠しきれなかったか…。なんせドロワーズはいてるしね…。


 カードのようなものに名前を記入した。ユリアーナ・マシャレッリ、っと。

 マレリナもちゃんとマレリーナ・マシャレッリと記入している。


 それからカードに血判を押すとカードが光った。何これ!魔法のアイテム?


「ユリアーナ・マシャレッリ様と、マレリーナ・マシャレッリ様ですね…。ハンターについて説明します」


 このカードには名前とハンターとしての情報が記録されていて、各ハンターギルドの支部でその情報を引き出すことができるらしい。こんなハイテクなシステムがあったなんて…。原始人なのは私の村だけだったんだ…。

 カードの穴に紐を通して、首から提げた。


 ハンターにはランクがある。Fがいちばん下でAがいちばん上。

 ランクごとに受けられる依頼が決まっている。Fは野草や薬草摘み、配達、雑用全般のみ。Eから魔物討伐が加わる。Eでの討伐対象はつのウサギやオオカミ。ランクが上がるごとに強い魔物の討伐依頼が加わっていく。

 ランクDから盗賊の討伐依頼と、護衛依頼を受けられる。

 ランクCで一人前。Bでベテラン。Aは指折り。


「ですが、ハンターというのは基本、平民がなるもので、お貴族様の道楽ではありませんよ」

「えっ…」


 バレてらぁ…。


「護衛は付いていらっしゃるのですか?」

「は、はい」

「ならいいですが…」


 すみません、ウソです。ニコライは役に立たなそうなので、連れてきませんでした。


 それから、ハンターパーティの登録をした。これもカードに情報が記録されるらしい。


 とりあえず、野草採取の依頼を受けた。

 ハンターランクを上げたり、依頼の報酬をもらうというのは、おまけでしかない。

 パンの材料になりそうなものを探しつつ、依頼対象のものがあれば取っていこうという算段だ。



 門からを出て森へ。


「ねえ、パンを作るのに、何がいるの?」

「うーん。とりあえず、果物が欲しいなぁ」

「わかった。でも果物って何?」

「そうだよねー…」


 だってユリアナも知らないし。


 しかし、それは見つかった。リンゴっぽい木だ!

 それと一緒に、大きめの猿のような動物…いや魔物というのか…。四匹いる。


 マレリナは背負っているケースからハープを出して、ぽんぽん…♪と筋力強化の魔法を奏でた。

 私は鼻歌で、同じく筋力強化と、それからマレリナに対して厄除けの魔法を歌った。


 猿の魔物がマレリナに四匹同時に飛び掛かってきた。マレリナのほうが倒しやすいと分かっている?

 だけど、やらせないよ。私はスタンガンの魔法を歌いながら、猿Aに蹴りを入れて、しびれさせつつ遙か彼方に蹴っ飛ばした。

 さらに、もう一匹の猿Bの腹にスタンガン付きの拳を一発お見舞いした。


 残りの二匹、猿CとDはマレリナを爪でひっかこうとしている。だけど、マレリナは両方とも難なく避けた。

 そして、マレリナの反撃。攻撃を外して隙のできた猿Cの腹に膝蹴り。猿Cはひるんだが、戦闘不能には至らない。


 私はスタンガンを歌いつつ、猿Dを遙か彼方に蹴り飛ばした。


 猿Cはマレリナからウケた腹の一撃により、まだ体勢を立て直せていない。


 マレリナはすかさず猿Cの顔に掌底打ち。猿Cは倒れた。


 マレリナの倒した猿Cに、私は念のためスタンガンを喰らわせた。


「ふう、お疲れ」

「ユリアナは速いなぁ…」

「マレリナもまだまだ伸びるよ」

「がんばるっ!」


 私たちの筋力強化や治療の魔法には差がある。私は祝福の魔法以外で気絶したことがないのだ。魔力にも差があるのだろう。



「さて、ドロップアイテムの回収だ!」

「ドロップ?」


 落ちているわけではない。木によじ登ってリンゴを四つ回収した。

 でも、果物は魔物が守っているのかぁ。このリンゴには種がないのだろうか。野菜や小麦のように安全なところで育てるという発想はないのかな。


「うーん。篭を持ってくればよかった…」

「篭は村に置いてきちゃったね…」


 というわけで、一人二つのリンゴを持って、領都に戻って手提げの篭を買って、また森に戻った。


 つのウサギみたいに、この猿からも魔石を取れるのかな。でも、猿を捌くのなんてイヤだな…。また今度でいいや…。



 次に現れたのは…、巨大なニワトリ…、コカトリス!私たちの村の森には、こんなに魔物はいなかった。この世界にはこんなに魔物がいたなんて…。


「ふんふん……♪ていっ!」

「ユリアナ…」


 スタンガン付きの蹴りで頭に打撃と高圧電流。脳が焼き切れたかもしれない。もはやスタンガンではない。

 マレリナがあきれている。


「うーん。台車を持ってくるべきだった…」

「台車?」


 というわけで、領都に戻って馬車を買ってきた。行商人が使うような、荷台にほろの付いた馬車。客を乗せるためのものではない。長さ三メートル、幅二メートル。ほろの高さは二メートル。


「ねえユリアナ、商人ギルドの人、驚いてたよ」

「うーん。自重するの面倒になってきてさ…」


 馬を買ってしまうと飼わなきゃいけなくなってしまう。しかたがないので自分で引いてきた。筋力強化で。こんなに長い時間筋力強化で力を出したから、おそらく明日筋肉痛だ…。

 というか、馬車は金貨三枚もした。私のお金は神父様に掛けた祝福のおこぼれだから私欲に使うのは気が引けるけど、これはアナスタシアのパンを作るために使うためなんだ。こういうときに思い切って使うべきだ。


 リンゴの入った篭も馬車に乗せて、森に戻ったら、


「あーっ!食い散らかされる!こらーっ!」


 コカトリスはハイエナっぽい動物三匹に喰われているところだった。

 私が叫ぶと、ハイエナ三匹は私に向かってきた。


「ふんふん……♪」


 スタンガン付きの殴りと蹴りで一蹴。


「残念だったね…」

「これなんだろ…」


 コカトリスの肉片から、何やら丸い…卵!どうやら卵を産む寸前だったらしい。


「よかったよかった。ドロップアイテムゲット!」


 よしよし。ファンタジー世界っぽくなってきたね。

 水魔法でよく洗って、馬車に積んだ。


 ついでに、魔石も出てきた。赤い魔石だ。火の魔石だ。けっこう大きい。やったね!



 馬車…、馬が引いてないから馬車じゃないか。ただの荷車だな。人力車かも。

 荷車を引いて森を進んでいく。数分おきに筋力強化をかけ直すのも面倒だから、ずっと鼻歌を口ずさんでいる。


「あ、依頼品の野草だよ」

「そうだそうだ。忘れるところだった」


 依頼品の野草がなっていることにマレリナが気がついて摘んだ。

 こうやって欲しいものを得るついでに依頼を達成してハンターランクを上げていこう。



 続いて出くわしたのは、二足歩行の牛のような動物…、いや魔物…。ミノタウロス!人間の大人よりかなりでかい。身長三メートル。


 芸がないが、スタンガン付きの蹴りで気絶させた。


 コイツは雌のようだ。二足歩行だけど、筋肉質であまり人間っぽくない。乳頭も四つある。乳を搾ったら牛乳が出てきた!舐めてみたら低脂肪の薄味だったけど、ほんのり甘い。これは使える…。子を産んで間もないのだろうか。素晴らしい…。

 あまり人間っぽくなくてよかった。もし仮に頭が牛なだけの人間だったとしたら、乳を搾るのはちょっとイケない気持ちになってしまうところだった。


「マレリナ、コイツを縛る縄を買ってきて」

「いいよ~」


 持って帰って家畜にしよう。


 馬車に目が届く範囲で散策すると、巨大なリスのような魔物に遭遇。リスは食べられないのでスタンガン付きの蹴りで遙か彼方に飛ばした。


 そして、案の定、果物を発見。今度はぶどうだ!酵母が何種類か作れそうだ。

 ぶどうをたんまり摘んでおいた。


 それから、リンゴやイチゴも見つけたので、たくさん摘んだ。魔物が守っていたけど、全部蹴っ飛ばした。



「ただいまー」

「おかえりー」


 マレリナが縄を買って戻ってきた。

 私はミノタウロスの手を後ろに回してしっかり縛った。あと足も。

 筋力強化でミノタウロスを荷車に積み込んだ。荷車は長さ三メートルなのでギリギリだ。

 幅はあるけど、果物や卵もあるからいっぱいだ。とりあえず、パンのネタになりそうなものは結構集まった。


「ねえ、帰る前にさ、お風呂に入ろう」

「そうだね、もう六日になるっけ」


 土魔法で囲いを作って浴槽を作って、水を入れてお湯を沸かした。

 土魔法で身体の土を落とした。


 ついでにお風呂で服を洗った。古着なので、なんか前の人の匂いがしてちょっとイヤだし。

 ドレスも洗えたらいいんだけど、こんな洗い方したら痛みそうだし…。


 そして服と身体を温風で乾かして、


「「あーすっきり!」」

「じゃあ帰ろっか」

「はーい」




 私を町の人が奇異の目で見る。馬車を引く少女はこの世界にはいないのか。

 魔法を使えるのは貴族だけだし、貴族はこんな仕事をしないか…。

 いいんだよ。私は野生児なんだから。


「マレリナ、依頼の報告お願いしていいかな」

「うん」


 荷車をハンターギルドの前に着けた。

 マレリナと私で、荷車に直接置いていた野草を、篭の中のリンゴと入れ替えた。マレリナに二つの篭を持って、ギルドに報告に行ってもらった。

 パーティ登録していると、パーティ全員の功績になるらしい。もちろん均等に当分で。


「はい、報酬」

「ありがと」


 大銅貨二枚…。しょっぱい。

 荷車を引いてマシャレッリの屋敷に戻るころには、夕焼けが赤かった。



「お帰りなさいませ…、ユリアーナお嬢様…、マレリーナお嬢様…」


 オルガが出迎えてくれた。馬車を引いてきた私にあきれている。

 それに、外に行っていたというのにピカピカな私とマレリナの肌や髪に魅入ってる。


「厨房を借ります」

「はぁ」


 私には台所はちょっと高いけど、台を使わなくても包丁を使ったり混ぜたりするくらいはできる。


 小麦粉の酵母とにんじん酵母は一日でできたりはしない。ふっくらパンはまだ作れない。


 今あるものは、牛乳というか乳牛、巨大な卵、ぶどう、リンゴ、イチゴ。

 今日は取ってきたものを食べさせるか、パンを漬けて食べるための汁にしようかな。


 とりあえず、果物と卵を水魔法で洗った。


「ふんふん……♪」

「ユリアナ、いいの?」

「ん~。早くアナスタシアを助けたいし。この家の人にはばれでもいいんじゃないかな」

「そっか」



 それから、木のボウルも水魔法でよく洗って、荷車に入ったままのミノタウロスのところへ行った。


「ガウガウっ!」

「わおっ」


 ミノタウロスは起きていた。


「ふんふん……♪」


 再びスタンガンで気絶させて、ボウルに搾乳した。

 この子、何を食べるんだろう。そのうち牛乳が出なくなって飢え死にしてしまう。牛なら草食だろうか。餌代がバカにならないな。牛乳が出なくなったら肉牛にしてしまおう。



「お嬢様、包丁の扱いがお上手ですね…」

「うふふ」


 まあこれはお嬢様も野生児も関係なく、前世の薫のスキルだ。厨房に立って包丁を握るのは、転生令嬢の嗜みだよね。


 厨房に戻って、リンゴの皮をむいた。一部のリンゴは一口に切って、残りのリンゴはすりつぶして牛乳と混ぜた。

 ジャムにしたいところだけど、今あるパンは固いので、スープか水に漬けてふやかすのが基本だ。だからフルーツ牛乳に漬けて食べてもらおう。


「お嬢様、これは何ですか?」

「これはリンゴです」

「まさか果物ですか?高かったのではないですか…?」

「自分で採ってきたんです」

「ええ…?」


 果物ってそんなに珍しいのか。そして、私が採ってくるのはそんなにおかしいことなのか。

 すりつぶすのに使ったリンゴとぶどうの種は取ってある。


 よし、今日できるのはこれくらいかな。

 一口サイズのリンゴとリンゴ牛乳。リンゴ牛乳はパンを漬けて食べてくれてもいいし、そのまま飲んでくれてもいい。


 ぶどうとイチゴは、味に変化を持たせるために、明日以降に出そう。


「マレリ…ーナ、アナスタシアお姉様にこれを持っていってくれるかな」

「え、ユリアーナが持っていきなよ」

「私は昨日嫌われちゃったから…」

「じゃあ、これをユリアーナが作ったって言うからね。そしたら、きっとユリアーナのこと、好きになってくれるよ」

「そうだといいな」



 私は残りの食材を片付けよう。

 この地域は年中温暖なので、春になったばかりだけど、薄手の半袖ワンピースで過ごせるほどだ。このままでは卵や果物がダメになってしまう。


「お嬢様、どちらに行かれるのですか?」

「お庭に氷室を作ります」

「ひむろ?」


 氷など見たことがないだろう。


 私は庭の端に赴いた。オルガが付いてきてしまったけど、もう自重しない。


「ふんふん……♪」


 土魔法で裏庭の右端の地面を掘り起こして四畳半程度の部屋を作った。高さは二メートル。階段で降りられるようにして、とりあえず天井を土魔法で形成。

 土魔法で作ったものは時間がたつと崩れてしまう。だけど、形状を維持している間に、


「ふんふん……♪」


 火魔法で焼くと陶器のようになる。土魔法が解けても、形状を維持するのだ。

 ちなみに、階段のような地面に設置したものなら、土魔法が解けても形状を維持するけど、ただの土に戻るので触ったり雨が降ったりすると、すぐに壊れてしまう。だから、階段も壁も全部火魔法で焼いた。

 地下室がめちゃくちゃ熱くなったので、途中で水魔法で部屋を冷却しながら。


 地下室は熱殺菌されて清潔だ。たぶん。

 地下室には氷や食材を置くための棚も土魔法で形成して焼いて作成。とけた氷の排水路や貯めておくところも設置。



 オルガがぽかーんと見ている。タチアーナは赤髪だけど、屋敷で火魔法を使わないのかな?


「ふふふふ~ん♪(ソラシド)、ふんふん…♪」


 それから、水魔法で部屋全体を冷やしてから、水魔法で水を生成して、それを水魔法で冷却して、氷を生成。これでしばらくもつかな。


 荷車に戻って使わなかった卵と果物を氷室に運んだ。まずは卵。卵は筋力強化を使わないと重くて持てない。


「お手伝いいたします」

「ありがとう」


 オルガが手伝ってくれた。オルガには果物を篭に詰めてもらい、篭を運んでもらおうとしたけど、オルガはおばあちゃんなので、少しずつ運んでもらうことにした。



 それから、氷室を作った右端とは反対の、左側に発酵を促進するための温蔵庫を作ろう。氷の代わりに大きな岩の塊を持ってきて、火魔法で加熱した。少しはもつだろう。

 そこに、今朝作った小麦粉の酵母とにんじんの酵母と、新たに作ったリンゴの酵母、ぶどうの酵母、イチゴの酵母も置いた。

 ぶどうの種はあとでまくから抜いておいた。



 それから、裏庭の氷室と温蔵庫の間あたりに果樹園を作ろう。


「ふんふん……♪」


 土魔法で土を軟らかくして、リンゴとぶどうの種をまいた。イチゴは実のまま植えればいいのかな。ぶどうはまだ実を出していないので、明日にしよう。


「ふんふん…♪」


 そして、木魔法で植物成長促進させた。これは根気のいる作業で、毎日やらなければならない。


 相変わらずオルガは私の魔法をぽかーんと見ているだけだ。



 あとは…、ミノタウロス…、どうしよう…。

 とりあえず、氷室と同じように地下室を作って、地下室で飼うことにした。飼うといっても、餌はナシ。森で果物とか草を食べていたのかもしれないけど、コイツの餌を採ってくる暇があったら、アナスタシアの食材を採ってくる。悪いけど、牛乳が出なくなったら肉牛になってもらう。

 水くらいはあげるよ。




★★★★★★

★マレリナ九歳




 一方その頃マレリナは。


 私はアンナにドレスに着替えさせてもらってから、アナスタシアの部屋に赴いた。


 こんこんっ。


「アナスタシアお姉様、入っていいですか」

「ええ、どうぞ」


 私が入ると、アナスタシアは身体を起こしていた。昨日は起き上がることすらできなかったのに。

 ドアを閉めようとしたら、後ろにタチアーナとセルーゲイがいた。


「私たちのことは気にせず行って」

「はい」


 タチアーナはコソコソ声で言った。このまま扉を少しだけ開けて、中を覗いていたいようだ。



「あら…、あなたたちなんだか昨日より綺麗ね…」

「お、恐れ入ります…。まずは治療の魔法をお掛けしますね」

「ありがとう」


 ぽんぽん……♪


 私は病気の治療の魔法を奏でた。今日は倒れるまでやっちゃダメだけど、かなり魔力を使ったので、少し気分が悪くなった。だけど、アナスタシアの前でそれを悟らせるわけにはいかない。アナスタシアは病気でもっと苦しんでいるのだから。


「ありがとう…。楽になったわ。それよりも…、なんだか良い匂い…」


 アナスタシアは、私が治療魔法を奏でている間も、良い匂いを放つトレーが気になっていたようだ。


「お食事をお持ちしました」

「まあ、あなたも私に嫌いなものを食べさせるの?」


 ツンケンしちゃって、ほんとうは気になってしょうがないくせに。


「きっと気に入ると思います」

「どうかしら」


 私はさっきちょこっと味見させてもらったけど、もっと食べたくてしかたがない。アナスタシアには、いらないと言われても食べさせなければならないけど、いらないなら私がもらいたい。


「こちらはいつものパンですが、これらの汁に漬けて食べると美味しいですよ。いい香りでしょう」

「そうね、いただくわ」

「はい」


 これはリンゴという果物をすりつぶして、ミノタウロスという魔物の乳に混ぜた汁だ。ユリアナはリンゴ牛乳と呼んでいた。ユリアナはなんでこんなものを知っているのだろう。

 私は固いパンをちぎって、リンゴ牛乳に漬けた。そして、アナスタシアの口元に運んだ。アナスタシアは匂いを嗅いで、ちょっとうっとりとして、小さな口でパンにかぶりついた。


 アナスタシア…。私と同い年のはずなのに、小柄で細くて…。病気でベッドに入ったまま…。何とか元気にしてあげたい。

 私の魔法では足りない。ユリアナの作ったこのご飯で、元気になってくれるといいな…。


「うぉいひぃ!」


 アナスタシアは口にパンを入れたまま叫んだ。

 礼儀作法の授業で、口にものを入れたまましゃべるのははしたないと言われたんだけど、アナスタシアは礼儀作法の授業を受けていないのだろうか。

 でも、ほっぺたを赤らませて、片手で押さえて、ニコニコしながらパンをもぐもぐ食べているアナスタシアは可愛い。妹ができたらこんな感じなのかな。アナスタシアは自分のことを私たちの姉だと思っているみたいだけど。


「こちらは、この汁の素となった果物なのですが、いかがですか?」

「いただくわ」


 アナスタシアは自分の手でリンゴを取って口に入れた。


「分かったわ。んーっ!こんなに美味しい食べ物があったなんて…」

「あとは、これらをスープとして召し上がってください」

「いただくわっ!」

「はい」


 スプーンでリンゴ牛乳をすくって、アナスタシアの口に運んだ。

 お皿半分ほど飲んだところで、


「そろそろおなかいっぱいだわ…」

「たくさん食べていただけてよかったです」

「これはマレリーナが作ってくれたの?」

「いいえ、ユリアーナが作ったのです」

「まあ…」

「アナスタシアお姉様が好きな食べ物をと言って、今日は私と森に食材を探しに行ったのです」

「私のために?」

「そうです。私もユリアーナもアナスタシアお姉様に元気になってほしいのです」

「昨日もユリアーナから野菜を食べるように言われて、私はユリアーナのことを嫌いって言ってしまったわ…。それなのに、まだ私のことを考えてくれているのね…。私、謝らなきゃ…。ユリアーナを呼んできてっ」

「はい」



 私はトレーを持って部屋を出た。

 廊下には涙を浮かべたタチアーナとセルーゲイ。


「アナスタシアがあんなにたくさん食べるなんて…」

「ありがとう…、マレリーナ…」


「わ、私はユリアーナを呼んできますので…」


 まだちょっと食べられるようになっただけで大げさだなぁ。




★★★★★★

★ユリアナ九歳




 ユリアナは果樹園を整備してオルガと屋敷に戻ってきていた。


「アナスタシアお姉様が来てほしいって。まだその服着てたの?」

「着替えてから行くよ」


 私は自室…マレリナと一緒の自室でオルガにドレスを着せてもらい、ハープを持ってマレリナとアナスタシアの部屋に赴いた。

 マレリナはハープを持っていかなかった。昼も魔法を使ったし、アナスタシアに食べさせるときにも使っただろうから、魔力切れが近いのだろう。


「ユリアーナ、来てくれたのね。昨日はごめんなさい」

「私は気にしておりません。それよりもリンゴ牛乳漬けのパンを食べてくださって嬉しいです」

「こんなに美味しいものを初めて食べたわ」

「ちゃんと食べていれば、きっと元気になりますよ」

「分かったわ。私、なんでも食べるわ!元気になってユリアーナたちと遊びたいわ!」

「はい!」


 私はアナスタシアの両手を取って、思いを分かち合った。小さくてガリガリの手…。絶対に救うんだ!


「それでは治療の魔法をかけますね」

「おねがい」


 ぽんぽん……♪


 命魔法の病気の治療から始める。

 怪我の修復で臓器が治るイメージ。


 ぽんぽんぽんぽんぽーん(シ♭レファレシ♭)、ぽんぽん……♪


 汎用の祝福の魔法で元気なれるようにと願い、病気が治る出来事が起こる魔法、健康祈願、厄除け…。


 病気が治る出来事が起こる魔法って昨日もかけたけど、何か効果が現れていないかな。

 病気や怪我を治す魔法で臓器の修復をしつつ、あとは栄養を付ければ治ると私は思っている。

 あ、今日は果物、牛乳、卵など、栄養を付けられそうなものがけっこう集まったけど、もしかして魔法の効果?こんなに都合よくお菓子の材料みたいな食材が集まるとしたら、やっぱ祝福の効果かな。


 まるで占いで災いが起こると予言して、自分で悪いことを起こして、お守りを買わせるような詐欺師だ。

 まあ善悪が真逆だから勘弁して。良いことが起こりますようにと私が願って、良いことが起こるように私が努力してるんだから文句を言われる筋合いはないよね。たとえ、その私の努力が魔法の力で補正されていても。


「明日の朝も同じのを食べたいわ」

「明日は別の味を用意しますよ」

「それは楽しみね!」


 よかった。本人も家族も、生きることを諦めていたのかと思っていた。


「ねえ、あなたたちは私の妹なの。もっと砕けていいのよ」

「わ、わかったよ…わ…」


 砕けたお嬢様言葉を習っていない…。薫はもちろんそういうアニメを見ているけど、分かるのは日本語の砕けたお嬢様言葉であって、この世界の言葉ではまだ語尾とかがよく分からない。


「マレリーナもね」

「わかった…わ…」


 マレリナも慣れていなくて戸惑い気味だ。


「それでは、アナスタシアお姉様、おやすみなさい」


「ええ、マレリーナ、おやすみ。

 ユリアーナもね」


「はい、おやすみなさい」




 アナスタシアの部屋を出たところで…、


「うわびっくりした」


 タチアーナとセルーゲイがいてびっくりした。

 マレリーナは二人がいると知っていたようで、びっくりしていない。


「あのぉ…、アナスタシアに出してくれたのを私にも出してくれないかしら~」

「私にもいただけないだろうか…」

「少しだけなら…」


 その後ろに、物欲しそうな目をしているオルガもいた。

 私の隣に、目を輝かせているマレリナもいた。


「はぁ…。あれは、普通のお食事を召し上がれないアナスタシアお姉様のためにご用意したんです。今日だけ、少しだけですよ…」


「ありがとうぉ」「すまんな」「ありがとうございます」「ありがとう!」


 ここにはいないけど、エッツィオくんの分も必要だよね。

 使用人は、オルガだけにあげるわけにはいかないから、ニコライとデニスとアンナの分も出さないとだね…。使用人が少ないのが幸いしたね…。八人分か…。



 リンゴ牛乳はパン三口分はあるかな…。飲めるほどは用意していない。リンゴも一切れ。

 ミノタウロスから牛乳を絞ってこないと…。毎回スタンガンで気絶させつつ搾乳するのもなんだかな…。

 ミノタウロスが人間っぽくなくて本当によかった。もし仮に人間っぽかったら、まるで強姦じゃないか。


 家族の分はダイニングへ、使用人の分は使用人用の食事の部屋へ、それぞれ運んだ。配膳くらいメイドがやってよ。まあ私はメイドにされてもいいと思ってここに来たけどさ。


「まあああぁ~、まろやかぁっ!」

「これはパーティで食べたお菓子よりイケるな」

「おいちぃ!」


 タチアーナはほっぺたがこぼれ落ちそうだ。

 セルーゲイは平常心を保っているように見せて、頬を赤らめてにやけそうなのをこらえている。

 エッツィオくんはすなおに感激している。


「んー!」


 マレリナはお嬢様の仮面が剥がれている。


 隣の部屋でメイドと執事が絶叫しているのが聞こえる。


 たかがリンゴ牛乳パン…、ここまで破壊力があるのか…。

 まあ、私もこの世界で甘いものなんて食べたことないけど…。


 でも、私はさっきちょっと味見したからいいや。


 ぐぅぅ…。おなか減った…。さっき厨房でオルガかアンナの作った料理がテーブルによけてあったのを思い出した。リンゴ牛乳はパン三口分しかないし、このあと普通の料理を食べるよね。

 と思って、使用人の食べている部屋を覗くと…、使用人たちが物欲しそうな目で私を見た…。

 私は試用期間の養女。私のご飯を用意しろとは言いづらい。

 だけどね、


「オルガ、アンナ。セルーゲイお父様たちに本日のご夕食を運んではいかがでしょう…」


 仕える主人たちがおなかをすかせているよ。お前ら働けよ。


「今すぐお持ちします!」

「そ、そうですね…」


 オルガとアンナは、大急ぎで駆けていった。



 私がダイニングに戻ると、家族たちにも同じ目をされた。

 そのあとオルガとアンナがワゴンを押してきたので、家族たちは目をキラキラさせてワゴンに載っていたものを見たが、普通のご飯だったのでがっかりした。


「ユリアーナぁ、リンゴ牛乳はぁ?」


 タチアーナお母様は露出した胸を強調しながら、猫なで声で私に甘えないでほしい。九歳の女の子にそんなもの……。通用しないよ……。しないはず……。二十代のヤンママ…。ごくりっ…。


「こ、これはアナスタシアお姉様のためのものなのです!」


「ユリアーナのいけずぅ」


 何がいけずだ!そんな色っぽく言ってどうするつもりだ!


「ユリアーナ…、私、手伝ったのに…」


「分かりました!作ってきます!」


 ダメだ…。マレリナの頼みを断れない…。


「ユリアーナぁ、大好きよぉ!」

「さすが私の娘だな」

「ユいアーナ、しゅき!」


「ユリアーナは優しいね!」


 リンゴはまた明日探そう…。

 ぐううぅぅぅ…。御飯食べ損ねた…。


 こうして、家族四人分、パン一つ浸けられるくらいの量のリンゴ牛乳を用意した。ミノタウロスにはまた気絶してもらった。


 ワゴンでリンゴ牛乳とパンを配膳した。みんなが美味しくいただいている中、私は一人、オルガかアンナの作った冷えたスープをいただいた。


「ふがっ」


 マレリナに、リンゴ牛乳に浸けたパンを口に突っ込まれた。美味しい…。


「やせ我慢してるでしょ」

「んぐんぐ…。私が祝福の効果にあやかったらダメだと思って…」


 祝福の効果が分かったあとも、さんざん野草をマレリナに掴ませて、おこぼれに預かったけどね…。


「この食べ物もユリアナの祝福のたまものなんだね。じゃあ、祝福を返してあげる」

「ありが…ふぐっ」


 私が喋っているのに、またパンを口に突っ込まれた。美味しい。


 あまり深く考えてもしかたがない。私欲を満たすのが主目的にならなければ許してもらえることにしよう。



「ところでぇ、この果物はどこで手に入れたのかしらぁ」

「郊外の森です」

「そんなところに行ったのぉ?危ないじゃなぁい」

「私たち命魔法使いは筋力強化を使えるので、けっこう大きな魔物も倒せます」

「でもぉ…」


「あの…、ユリアーナお嬢様は、厨房やお庭で火の魔法を使っていらしたような気がしたのですが…。奥様の使われる魔法と同じような…」


 オルガは私がいろんな魔法を使うところを見ていたんだ。でも、タチアーナの火属性とかセルーゲイの風属性しか見たことないのかも。アナスタシアの水属性は見たことないか。


「えっ、ユリアーナは命魔法使いじゃないのぉ?」


「じつは私…。八つの属性の魔法を使えるんです…」


「「「「「えええええーっ!」」」」」


 父、母と使用人四人の声がハモった。

 エッツィオくんは無言だった。


「命と火と…、えーっとぉ」


「火と雷と木と土と水と風と、命と聖属性です」


「そんなマルチキャスト、聞いたこともないぞ…」


「私はアナスタシアお姉様に、命魔法だけでなく、聖魔法の祝福もかけています。だから、アナスタシアお姉様は助かります!」


「そんな…。あなたがここに来てくれたのは天の配剤なのね…」


「そうかもしれません。でも、周りにはあまり広めないでおいてください」


「そうねえ。あなたの髪は少し明るいだけの灰色。少し命魔法が使えるってことねぇ」


「はい」


「マレリーナもマルチキャストなのかしらぁ?」


「私は命魔法だけですけど、私もアナスタシアお姉様が元気になれるように全力を尽くします!」


「マレリーナも魔力が尽きるまで魔法を使ってくれてありがとうねぇ」


「はい!」


 というわけで、私がいろんな属性の魔法を使えることを暴露した。




 翌日…。


「うぎぃぃ…」

「ユリアナ、どうしたの?」

「筋力強化の使いすぎで筋肉痛…」

「治療の魔法で治るのに」

「これはね…、筋肉を鍛えたときの回復だから、治療の魔法を使っちゃうと、鍛えた筋肉までもとに戻っちゃうんだよ…」

「まあ、ユリアナがいつもそう言うから、私もちょっとくらい痛いのは我慢してるけどねー。困るから動けるくらいには治療しておきなよ」

「うん…、仕方ないからそうする…。ふんふん……♪」


 荷車を人力で引き続けるのは結構堪える…。今日もその予定なので、おとなしく治療の魔法を使った。魔法を使わなくてもけっこう強い力を出せるのだけど、筋肉が付いているようには見えない。女の子はこんなものなのだろうか。



 朝食後に私とマレリナはぶどう牛乳とぶどうの実と堅いパンを持って、アナスタシアの部屋に赴いた。

 昨日は夕食前にこれを出してしまい、夕食をなかなか食べられなくて散々だった。

 アナスタシアの夕食として作ったのに、みんなのおやつになってしまった。御飯前におやつを食べるのはよくない。


「「おはようございます。アナスタシアお姉様」」

「おはよう、マレリーナ、ユリアーナ」


「今日も魔法をかけますね」

「ええ、おねがい」


 ぽんぽん……♪


「ふんふん……♪」


「えっ?」


 マレリナがハープで命魔法を奏でていて、私が鼻歌で命魔法を歌っていると、アナスタシアが疑問を浮かべた。

 だけど、私はアナスタシアが何を疑問に思っているのか分からず、そのまま鼻歌を続けた。

 マレリナは演奏しながら、苦い表情をして私を見ている。


「ハープと完全に同じ音が、ユリアーナの口から聞こえるわ…」


 あ…。なんか昨日全部ゲロったつもりだったけど、鼻歌で魔法を使えることをまだ話していなかった。まあいいや。私は鼻歌を続けた。


「ふんふんふんふんふーん(シ♭レファレシ♭)、ふんふん……♪」


 次は、祝福の歌だ。


「ユリアーナの声は綺麗ね」


 マレリナの曲は終了している。私のアニメ声だけが鳴り響いている。がんばってアニメ声で歌っているのに綺麗とはこれいかに?


「ユリアーナは声で魔法を使えるの?今のはなんの魔法なの?」


 私が歌い終えると、アナスタシアが尋ねてきた。


「今のは祝福です。病気が治るようにという願いと、元気になりますようにという願いの曲です」

「まあ…。祝福って聖魔法でしょ?ユリアーナは聖魔法を使えるの?」


 あ、昨日の尋問でアナスタシアはいなかったんだ。なんかいちいち驚かれるのも面倒だなぁ。


「そうです」

「私のために祈ってくれてありがとう…」

「うふふっ。私の言うことを信じる気になりましたか?しっかり食べていれば元気になりますよ」

「もう、昨日謝ったじゃない。嫌いなものでもなんでも食べるわっ!」

「今日は昨日と違う味ですが、きっと気に入っていただけますよ」

「そうね!もう、良い匂いがぷんぷんしているわ!早くちょうだい!」


「じゃあ、マレリーナ、おねがい」


「ええ」


 アナスタシアに食べさせるのをマレリーナに任せた。


「それではアナスタシアお姉様、私はお姉様にもっと美味しいものを食べてもらえるよう準備していますので、これでおいとましますね」

「分かったわ。また来てね、ユリアーナ」

「はい、ごきげんよう」




 まず、氷室の氷がどれだけ溶けているか確認して、排水を集めて再凍結。

 それから、温蔵庫の岩を再加熱。小麦粉とにんじんとリンゴとぶどうとイチゴの酵母の空気を入れ換えてよく混ぜる。

 続いて、ミノタウロスの生存確認。

 最後に果樹園に成長促進の魔法をかける。


 これが日課になりそうだ。



「ユリアナ、今日は何をするの?」


 アナスタシアにご飯を食べさせ終えたマレリナがやってきた。


「みんなが果物を食べちゃうから、果物の補充」

「ごめん…」

「私も食べたしね」


 というわけで、町娘の服に着替えて、ハンターギルドへ。

 野草採取の依頼を受けて、と思ったのだけど、あれは依頼を受けるというよりは、常時依頼といって、いつでも納品できるものらしい。

 というわけで、依頼とか無関係に森へ。昨日と違うところに赴いた。


 今日、手に入れた果物はリンゴとミカンだ。同じところになるものなのだろうか。ファンタジー世界はよく分からない。


 それから乳牛…ミノタウロスを補充した。なんか可哀想になってきたので、ミノタウロス用の果物も採ってきてあげることにした。

 ミノタウロスは縄で縛って動けないようにしてあったのだけど、縄をほどいて地下室を拡張して檻のようにして閉じ込めることにした。ついでに雄を投入して、繁殖できるのか試してみよう。

 乳製品開発は転生者の嗜みなので、ミノタウロスを是非飼育したい。


 それから、卵を毎回採ってくるのも面倒なので、コカトリスも捕まえてきて、地下牢に入れて養鶏場にした。もちろん、雌鶏だけでなく雄鶏も連れてきた。もちろん、無精卵採取用の雌とは分けてある。コカトリスも果物を食べるのかな。

 乳製品開発と来たら、次はお菓子開発でしょう。お菓子開発も転生者の嗜みだ。だけど、砂糖がない。砂糖も転生者の嗜みなので何とか作れるようにしなければならない。



 その後三日間で手に入れた果物はサクランボとパイナップルとバナナ。ここは温暖だから南国風の果物もなるのだろうか。魔法的な作用?

 あとは、ぶどうやイチゴの補充だ。


 そして、ついでに野草の依頼品を納品しまくっていたら、私たちはハンターランクEに昇級した。



 こうして五日間でまず小麦粉の酵母とにんじんの酵母ができた。


「ユリアナ、今日は何をするの?」

「できてからのお楽しみ」


 にんじんの酵母を使ったパン。

 かまどの火の調整に手間取るかと思ったけど、火魔法でかまど内をに火を灯しつつ、加熱魔法で二〇〇度とイメージしてかまど内を加熱してやると、丁度いい焼き具合になった。

 小麦粉の酵母は、パンの味を変えずにふっくらパンができた。ミノタウロスの牛乳とコカトリスの卵を混ぜたミルクセーキのようなパンも用意した。といっても、砂糖がないので、ほんのり甘い程度だ。

 にんじんの酵母はちょっとにんじんっぽい味が付いた。アナスタシアに野菜を食べてもらうのが目的なので、生地にすりつぶしたにんじんを練り込んで、完全ににんじんパンにした。


 いろいろ味見してもらいたいから、小さめに作った。アナスタシアは小食だし。


 パンをお皿に載せてアナスタシアの部屋へ。ドアの隙間からギャラリーがいっぱい顔を出していてウザい…。


「アナスタシアお姉様、今日は新しいパンを作ってきたんです」

「まあ!パン自体が違うのね!どれどれ」


 アナスタシアは小麦粉だけのパンを手に取ってちぎった。


「柔らかい!これがパンなの?」

「柔らかいので今日は汁に浸けずに食べてみてください」

「ええ」


 そして、口に入れた。


「ほんとうに柔らかい!」


 次は牛乳玉子パンだ。


「これはまろやかぁ…」


 なんか後ろでゴクリと喉を鳴らす音が…。


 次はにんじんパン。


「これはほんのり甘いのね」


 よかった。にんじんパンは少し癖があるのだけど、アナスタシアは嫌わずに食べてくれた。



 私がアナスタシアの部屋から出ようとして、ドアの方向を向くと、複数の顔がドアの隙間から引っ込んだ。私が部屋から出ると、よだれを垂らした犬のような集団が待ち構えていた…。


 知ってたよ…。ちゃんとみんなの分も用意してあるよ…。

 そしてまたもや、マレリナに祝福返しとして、パンを口に突っ込まれた。



 翌日は、果物で作った酵母ができたので、それらでパンを作った。元の果物の味がほんのり付いてしまうので、元となる果物のジャムを作って、それを挟んだ。砂糖がないので、甘みが足りない。


「今日のはリンゴやぶどうの濃い味がするパンなのね!」


 甘くないから心配していたけど、ちゃんと食べてくれた。


 それから、にんじんパンに、にんじんだけでなく、玉葱やほうれん草も練り込んでみた。それだけではちょっと野菜の癖がでてしまうので、コカトリスの玉子からマヨネーズを作った。マヨネーズは転生者の嗜みだしね。酢すらなかったので、小麦を発酵して酢からを作った。病人の胃にも優しいように、脂分少なめだ。


「こちらのパンにはこのタレを付けて召し上がってください」

「はーい。……まあ!これはこれでどんどん食べたくなる味ね!」


 そして、今日ももちろんドアの外のみんなにパンを振る舞った。



 数日こんなことを繰り返しているうちに、果樹園の木が生えた。村では畑になる野菜にしか成長促進をかけたことがなかったので木も成長促進させられるのかは不安だったけど、ちゃんと効果があったようだ。


 そしてなぜか、ミノタウロスの地下牢に、小さなぶどうの芽が出ていた…。外に植えたやつと同じだから間違いない…。でも日の当たらない地下で育つのだろうか。

 それに、ミノタウロスが減ったような…。何頭連れてきたっけかな…。死骸がないので、死んでいないのかな…。




 こうして、私たちがマシャレッリ伯爵家の養女となって一ヶ月たち、少し暖かくなってきたころ、


「ねえ!私、外に出てみたいわ!」

「そうね、だいぶ顔色やお肌の調子も良くなったし、そろそろよい頃合いね」


 ちなみに、私とマレリナは、アナスタシアやタチアーナと話しているうちに、お嬢様の砕けた言葉というのをそれなりに身につけた。


「ユリアーナ、マレリーナ、あなたたちにはほんとうに感謝しているわぁ。うぅ…」

「私からも礼を言おう。アナスタシアがこんなに元気になるとは…。うぅ…」


 タチアーナとセルーゲイは涙を流している。


 結局、アナスタシアの病名は栄養失調だったのだろう。もしかしたら、転生者が嗜みとして解決すべき病気である()()()とか壊血病とかの特定の栄養素不足の病気も含まれていたのかもしれないけど、この一ヶ月間でいろんな野菜をパンに練り込んで食べさせたし、卵と牛乳でタンパク質も取らせたから、そういうのもまとめて治ったんじゃないかな。命魔法による補助もあって総合的にうまくいったんだろう。


 病気が治る事柄が起こる魔法は、アナスタシアに必要な栄養素を持つ食材に私が森で出会うという事柄を起こしてくれたのだろう。そして、ヘタをすると、森に果物が実は生えていたという事実や、コカトリスやミノタウロスのような魔物が実は住んでいたという事実が作られたのだろうか。

 深く考えると御利益がなくなりそうとか思いつつも、考えるのをやめられない。魔法の原理解明をするのも転生者の嗜みだ。



 アナスタシアはベッドの上で向きを変えて、足をベッドから降ろした。

 そして立ち上がろうとしたけど…、


「きゃぁっ…」


 アナスタシアは倒れてしまった。私とマレリナは、すかさず脇に手を入れて支えた。


「アナスタシアお姉様、歩く練習も必要みたいね」

「そんな…」

「何歳のときから歩いていないの?」

「たしか四歳…」

「分かったわ。私たちと歩く練習をしましょうね!」

「ありがとう、ユリアーナ、マレリーナ…」


 アナスタシアのリハビリが始まったのであった。

 私たちと外で遊べるようになるまでが、祝福の効果かな。ほとんど自作自演だけど、きっとうまく行くのだろう。


 私とマレリナでアナスタシアの身体を支えながら、歩く練習だ。アナスタシアは思ったよりかなり小柄だ。身長は六歳にも満たない。

 私が握っているアナスタシアの指はゴツゴツだ。餓死寸前じゃないか…。女の子の手はもっとふにふにじゃないと…。

 足もガリガリで、あまり色っぽいとは言えない。これも鍛えてあげないといけない。おっと…、オレは何を鍛えようとしているのだ…。


 アナスタシアは筋力がなくてふらふらだ。筋力強化の魔法をかけてあげたい。でも力を出した分の体力も消耗するのだ。だから体力がすぐ尽きてしまって練習にならないだろう。


「はぁ…はぁ…」


 アナスタシアはちょっと歩行訓練をしただけで汗びっしょりだ。

 女の子の汗の匂いはとても良い匂い。まるで香水のようだ。


 おかしいな…。何度もいうけど、これはユリアナという女の子の身体であって、女の子の身体が好きとかいう本能は、オレの大事なものと一緒に前世に置いてきているはずなんだ…。


 まあそれはさておき、


「きゃっ」


 私はアナスタシアをおんぶした。私は筋力強化を頻繁に使ってかなり鍛えてあるので、病弱な女の子一人おんぶすることくらいは筋力強化を使わなくても余裕だ。


「どこへ行くの?」

「良いところです」

「ええ?」


 屋敷の裏庭に来た。


「マレリナ、アナスタシアお姉様をおぶってて」

「はーい」

「きゃっ」


 マレリナにおんぶを交替した。


「ふんふん……♪、ふんふんふん……♪」


 私は土魔法で屋敷の外に部屋を形成。そして火魔法で陶器のようにして固めた。

 そして、部屋の中に浴槽を形成。三人で入れるくらいのものだ。これも火魔法で固めて、水魔法で冷却した。

 仕切りを付けて、脱衣所を作成。銭湯みたいに、脱いだ服を置く棚もあるよ。


 屋敷の庭はかなり広いけど、ただの雑草畑だったので、私の独断でかってにいろんなものを設置している。でも、今までは地下室や畑など背の低いものばかりだったから目立たなかったけど、こんな建物を建てたらそろそろ怒られるだろうか。



 脱衣所にて、私はマレリナにおぶさっているアナスタシアのドレスの紐を解いていく。女の子の服の紐を解いていくって、なんて燃えるシチュエーション…。


「きゃっ、は、恥ずかしいわ…」


 脱がされて「きゃっ」だって。可愛すぎる…。

 この一ヶ月で、痩せこけていた頬は少しぷっくりして、顔色にも赤みが戻った。

 まだまだガリガリだけど、ほんとうは美人なんだ。


 おかしいな…。いちいち女の子の身体とか匂いに反応しているのは、オレの前世の本能じゃないと思うんだけど…。


 これ以上おぶさったままではドレスを脱がせられないので、


「ふんふん……♪」


 私は筋力強化を使って、マレリナにおぶさっているアナスタシアをお姫様だっこした。


「きゃっ」

「大丈夫ですよ」


 アナスタシアは、頬を赤らめている。ほんとうに可愛い。


「マレリーナ、アナスタシアお姉様のドレスを脱がしてあげて」

「はーい」

「ちょっと、何するのかしら…」


 マレリナはどんどんアナスタシアを脱がしていく。私はアナスタシアを支えている腕の位置をときどき変えたりしている。


 アナスタシアを脱がし終わったら、今度はマレリナが脱ぎ始めた。ドレスは背中に紐があるので着るのは大変だが、ほどくだけならそれほど難しくない。


 私はその間に、


「ふんふん……♪」


 マレリナに筋力強化をかけた。筋力強化は自分以外にもかけられる。ただし、相手が心を許していないとかけられないし、加減が難しいのだ。


 マレリナはドレスを全部脱ぎ終わったので、私はアナスタシアをマレリナに手渡した。今度はマレリナがアナスタシアをお姫様だっこしている。


「きゃっ…」


 移動するたびに不安定になるのが怖いらしくて、そのしぐさがいちいち可愛い…。


 おっと、見とれている場合ではなくて、私は浴槽にお湯を生成。


 そして、マレリナがアナスタシアをお姫様だっこしたまま、湯船に入った。


「きゃぁ…。あら…暖かい…」


 マレリナは湯船の中でアナスタシアを座らせた。


 私も湯船に入った。


「どう?」

「気持ちいい…」


「ふふふふ~ん♪(ソラシド)」


 私は両手に水を出して、


「アナスタシアお姉様、少し水を飲んでね」

「え、ええ」


 アナスタシアは汗びっしょりだったし、お風呂で暖まってさらに汗をかくと、脱水症状になってしまうかもしれない。

 アナスタシアの唇が私の手のひらに触れた。カサカサだったアナスタシアの唇には潤いが戻って柔らかくなっている。

 アナスタシアの唇…、柔らかい…。


 アナスタシアは毎日メイドに身体を拭いてもらっていたようだからそれほどでもないが、初めてお風呂に入ったので、湯船に垢がたくさん浮いてきた。

 ちなみに、私とマレリナは毎日森でお風呂に入っていたので、垢はそれほど出ない。


「ふんふん……♪」


 土魔法でアナスタシアの皮膚から土を集めようと思ったけど、アナスタシアはまったく外に出ないので、土などほとんど付いていなかった。野生児とは違うね。


 湯船につかりながら、アナスタシアの髪を洗った。いつも私とマレリナは頭のてっぺんからお湯をぶっかけているけど、アナスタシアをびっくりさせたらショック死させてしまうかもしれない。そういうのはもうちょっと元気になってからにしよう。


 私とマレリナは、自分で湯船に少し深く沈んだりして、髪の毛を洗っている。


「そういえば、ユリアーナはエルフなのよね」

「あ、そうなのよ」


 いつも髪で耳を隠しているから自分でも忘れがちだけど、お風呂で髪を濡らして髪がペタッとなると、少し尖った耳があらわになるのだ。


「触ってもいい?」

「うん…。ひゃぅ…」


 アナスタシアの指が私の右耳に触れると、全身がぶるっと震えて、とても気持ちよかった…。自分で触っても少しそういう感じがあるのだけど、他人に触れられるともっとすごい…。


「なにそれ、私もやりたいわ」

「えっ…。はぅ…」


 マレリナは私の許可を待つこともなく、私の左耳に触れた。またもや全身がぶるっと震えて、気持ちよくなってしまった…。

 何これぇ…。耳ってこんなに感じやすいのかな…。


「ユリアーナの弱点ね」

「あ、遊ばないでぇ…」

「ちぇー」


 マレリナは残念そうに私の耳から手を離した。


「ごめんなさい…」


 アナスタシアも手を離した。アナスタシアは申し訳なさそうにしている。


 二人が手を離した途端、寂しさがこみ上げてきた。


「あっ…。やっぱり、もうちょっとやってほしい…」


「うふふ。ユリアーナは正直ね」

「いいのかしら?」


 マレリナはいたずらっ子のような顔で私の耳を見つめている。

 アナスタシアは恐る恐る、私の耳に手を伸ばした。


「ええ…、もっとやって…。はうぅぅ…」


 ああ…、気持ちいい…。おかしい…。耳ってこんなになるものなんだ…。エルフだからなのか…。


「ユリアーナの耳って尖っているのに柔らかくて、ずっと触っていたくなる…」

「ほんとうね…、癖になっちゃうわ…」

「なんか最初より尖ってきたような…」

「そうね、たしかに」


「はうぅぅ…」


 私はくてんくてんにされてしまった…。



「あなたはダメよぉ。出ていってぇ」

「す、すまん…」


 浴室の外からタチアーナとセルーゲイの声が聞こえてきた。たしかに、セルーゲイは入ってきてはダメだ。

 この身体はユリアナのものなので、こういうことはユリアナの記憶と経験に基づいて決めればよいと思うのだけど、ユリアナは野生児だからなのかあまり恥じらいがない。なんというか、オレが守ってあげなければならないというか。

 もちろんマレリナも同じなのだ。


 それに、浴室にはアナスタシアもいるのだ。娘の裸を覗いたら、もう口を聞いてもらえないぞ。


「来ちゃったぁ」


 しばらくすると、タチアーナが浴室に入ってきた。後ろにはオルガが控えている。

 タチアーナは私たちが何をやっていたのか覗いていたのか、すでに裸だ。


 大人の女性の裸…。ナタシアお母さんよりも女性的な身体のライン…。おかしいなぁ…。オレは大事なところを前世に置いてきてしまったので、女性の裸に反応するようにはできていないはずなのだけど…。なんだか身体が火照ってドキドキする…。


「お母様、これ、すごく気持ちいいのよ」

「入っていいかしらぁ」


「それでは私は上がりますね」

「私も上がります」


 私とマレリナは立ち上がり、湯船から出た。


「あらぁ残念。次は一緒に入りたいわぁ」


「分かりました」

「はい」


「あっ、ほんとうはお姉様も上がったほうがいいので、湯船に腰掛けましょう」

「ええ」


 私はアナスタシアの後ろから脇に手を入れて抱えて、浴槽の縁に座らせた。足湯ならまだ大丈夫だろう。


「それでは、後はお姉様とお母様でごゆっくり」


「は~い」

「ええ」


「オルガ、お二人が上がるときは呼んでください」

「かしこまりました」


 私とマレリナは脱衣所で温風魔法を使って、身体と髪を乾かした。

 温風魔法といっても、風魔法と火魔法の組合せであり、風魔法はイ長調っぽい音の羅列で、火魔法はハ長調っぽい音の羅列なので、転調しすぎていて音楽としては成り立っていない。


 二人でドレスを着せあって、お風呂の建物を出た。




 さて、アナスタシアの状態はこれで改善していくとして、他にも改善しなければならないことがあるんじゃなかろうか…。いや、あるよねえ…。


「ユリアーナ…、マレリーナ…」

「「はい」」


 屋敷に戻ると、タイミングを計ったようにセルーゲイが申し訳なさそうに話しかけてきた。


「相談事が…。応接間で話そう」

「「はい」」


 応接間に移動した。


「まず…、男も入れるお風呂を用意してくれないか…」

「あ、そっちですか。いいですよ」


 そうだよね。今あるほうは女湯にしようか。いや、家族の男性はセルーゲイとエッツィオくんだけだし、使用人と一緒に入ったりもしないだろうから、今あるほうを男湯にしよう。そして、もう一棟女湯を建てて、もう少しゆったり入れるようにしよう。


「それから…、実は…、マシャレッリ領は経営が苦しいのだ…。果物は二人が森で採ってきたと聞いたが、高価な果物を使って何か経営を改善する手立てはないだろうか…」


 来た来た。領地経営改善は、貴族令嬢になった転生者の嗜みだ。こうなることは予想済だ。


「私が森に果物を採りにいって、それを売るのも考えたのですが、それでは私がいなくては立ちゆかなくなってしまいます。そう思って、継続的に果物を調達できるように、庭で果物を育てようとしています」

「果物を育てようとして、種を植えた農民はたくさんいるのだが、今まで誰一人果物を育てられた者はいない」

「えっ、そうなのですか?今のところ芽が出て順調に育っているのですが」

「本当か?種を植えても発芽すらしないと聞いていたのだが…」

「なぜなんでしょう。地下の魔物に与えた果物も、地面に落ちるだけでかってに芽が出たようですが」

「魔物…?」

「はい。最近のパンに使っていた牛乳は、地下で飼っている魔物から採取しているのです」

「えっ…」

「だ、大丈夫ですよ。出ないように牢に閉じ込めてありますから」

「そ、そうなのか…」


 ミノタウロスは仔牛を産んでいた。成長がかなり早い。

 コカトリスも雛が孵っていた。卵はちゃんと無精卵専用の個体と分けてある。


 餌は果物をいろいろあげたが、好みがあるようで、それぞれ一種類の果物しか食べてくれない。しかも、食べたあとの種が地面に落ちて、かってに果物の芽が出ている。日光はいらないのだろうか。もやしになっているわけでもなさそうだ。そのまま果物が育てば、果物と魔物のサークルオブライフができあがったりするのだろうか?


 しかし、搾乳と卵の採取は、スタンガンを使える私でないとできない。牧場を作っても私がいないと立ちゆかないのでは困るなぁ。



「話を戻しまして、果物を育てられた試しはないということですね。ものになるまでは時間がかかるかもしれませんね…」

「そうだな…」


 牧場も今のところ私しか対応できない。


 私しか対応できないものでお金を稼いでも一時しのぎにしかならない。まずは現状問題となっていることを解決していったほうがいいか。


「それではまず、領地経営の状況を教えてください。経営悪化の原因となっていることから」

「ここ数年、雨があまり降らず、農村が不作続きでな。領民も飢えている。だから、普段は四割の税率も、三年前から三割に下げている」

「なるほど。では農村を視察しましょう。雨はともかく、他にも不作の原因があるかもしれません」

「分かった」



 セルーゲイとの話を終えたころ、オルガが呼びに来た。ずいぶん長風呂だったね。親子で話が弾んじゃったかな。長い間床に伏せていて、親にも見離されかけていて、ろくに話もしていなかったんじゃなかろうか。これからは親子で仲良くやってほしい。


 私はアナスタシアとタチアーナを温風魔法で乾かした。二人の髪は若干艶が出たような気がする。なるほど。魔力のない者の灰色髪は、どんなに洗っても光沢が出ないけど、魔力を持った者のカラフルな髪は洗えばそれなりに光沢が出るんだね。私みたいにピッカピカってのはいないみたいだけど…。



 新しい女湯を作った。タチアーナも一緒に入れるようにと思って、広い浴槽にした。

 そしたら…、その夜からエッツィオくんも一緒に入ってきた…。いいよ…。まだ四歳だし…。


「あなたたちの肌と髪、とても綺麗じゃなぁい。ずっと気になっていたのよ。こんな秘密があったのねぇ。もしかして、屋敷に来てからもどこかでお風呂に入っていたのかしらぁ?」

「あ、いえ…、そうです…」

「ずるいわぁ!早く教えてよぉ!」

「ごめんなさい…。でも、浴槽を木か石で作れば、あとはアナスタシアお姉様の水魔法とタチアーナお母様の火魔法でできたのではありませんか?」

「アナスタシアはまだ魔法を使えないわ」

「えっ」

「魔法は学園で習うのよ」

「そ、そうなのですね」


 神父様…、貴族になるのに魔法の予習なんていらなかったんじゃん…。まあ、魔法を教えてと頼んだのは私か。


「そうだわぁ、アナスタシアに水魔法を教えてよぉ」

「私は水生成と冷却しか知りませんが、それでよければ何なりと」

「おねがいね!

 アナスタシア、頑張るのよぉ」


「はい、お母様!」




 伯爵領は広い。領都の周りに農村が五つあるらしい。一つの農村に馬車で移動してもけっこう時間かかる。結構大変だ。

 そこで、マレリナにはアナスタシアのリハビリを担当してもらうことにして、私はセルーゲイとニコライと馬車で出かけることにした。


 私は五日間、農村を視察して回ることになった。



 それで、視察の初日の夜、アナスタシアに魔法を教えることになったんだけど…。


「ところで、アナスタシアお姉様のハープは?」

「それがねぇ、買ってないのよぉ…」

「えっ」

「(全部アナスタシアの治療代にしちゃったのよ…)」


 タチアーナは私に耳打ちしてこっそり話した。

 マジか…。ハープの値段は金貨三枚だったんだけど、伯爵家なのにそれっぽっちもないのか…。


「では、私が立て替えますので、早く注文しましょう」

「ええっ?悪いわよぉ…」

「いいえ、私のお金は人を助けるために使いたいのです」

「そんな…」


「ユリアーナはこの前馬車を買ったから、今度は私が出すわ」

「うーん。やっぱりさすがね…。じゃあお願いするわ」


 だからさすがってなんなんだ!私たち何者なんだ!

 私の軍資金の金貨二十一枚の内、アナスタシアの治療のために馬車やいろんなものを調達したから残りは十七枚。ここらでマレリナに出してもらうのもいいだろう。ハープって馬車と同じ値段か。


「マレリーナ、あなたのお金を使わせてしまってごめんなさい…」

「いいのよ。私もユリアーナも、アナスタシアお姉様の笑顔を見たいのよ」

「マレリーナ…」


「じゃあ、しばらく私のハープをアナスタシアお姉様が使ってね。はいっ、どうぞ」

「ありがとう、ユリアーナ。ああん」


 ハープはアナスタシアにちょっと重かったようだ。ハープを落としそうになったので、私が慌てて支えた。


「マレリーナ、支えてあげて」

「うん」


「それでは、水の魔法はこの音から始めます」

「こうかしら」


 こうして、毎晩アナスタシアのハープの特訓が追加されたのだった。




 五日間の農村の視察を終えた。農村を視察して分かったこと。

 この国は温暖で、二期作、三期作は当たり前。

 すべての村で何種類かの同じ作物を作っている。

 川が近くに流れている農村はまあまあ収穫が出ているが、それ以外は干ばつ気味で収穫が落ちている。


 というわけで、連作障害の解消と、用水路の整備が必要と考えた。どちらも転生者の嗜みなので、やり方は分かっている。


 連作障害というのは、同じ作物を作り続けていると、その作物に必要な栄養分が土から失われてしまい、その作物が育たなくなってしまうというやつだ。同じ栄養分を必要としない作物なら育てることができるし、栄養分が回復すればまた同じ作物を育てることができるようになる。つまり、作物の種類をローテーションすればよいのだ。二毛作ってやつだ。

 というわけで、次に植える作物の種類を農民に指示することにした。


 ついでに、水魔法で水を撒いたり、土魔法で畑を耕したり、木魔法で作物を成長促進させて回った。


「ふふふふ~ん♪(ソラシド)、ふんふん……♪、ふんふん♪」


 ばっしゃーん。がばがば。……。

 残念ながら、成長促進はそんなにすぐ育ったりはしない。

 これも一時しのぎだ。私がいなくても作物がうまく育つようにしなければならない。


「ユリアーナ…。おまえは楽器を持たずに声だけで魔法を使えるのか…」

「あ、はい。そうです」

「なんと…」


 鼻歌で魔法を披露したのはアナスタシアだけだったっけ…。

 セルーゲイは何やら考えてるようだった。



 用水路の整備のために、全部の農村を回って高低差を確認し、水路を引く場所を検討した。正確な地図がないのでかなり適当だ。


 そして、また農村を回って、土魔法で水路を建設していった。土魔法で形成したものは、一日くらいたつと壊れてしまうので、火魔法で焼いて固めていった。


 毎日ついでに水魔法で水を撒いたり、木魔法で作物の成長促進をしたりした。


 なんだかんだで、水路の整備には全部で一ヶ月かかった。その頃にはまた暖かくなってきたし、成長促進の魔法のおかげもあって、作物が収穫できてしまった。

 でも、私の人力に何度も頼らないでほしい。今後は連作障害と水不足による不作も起こりにくくなるだろうから、領民にがんばってほしい。


 こうして、領民の食糧事情は改善され、年貢として作物が上がってくるようになり、領地の経営も上向いた。


 マシャレッリ領はこんな調子だけど、コロボフ子爵領はどうだったのかな。村にいたとき、私は無知な子供だったな。でも伯爵令嬢になったからには、前世の知識とチート魔法で領地を潤すのは転生令嬢の嗜みなので、できることはどんどんやっていかなければならない。




「お父様、聞きたいことがございます」

「なんだ?執務室で話そうか」

「はい」


 私たちは執務室に赴いた。


「ユリアーナのおかげで農地が潤った。ユリアーナが多くの属性の魔法を使えて助かった。本当にありがとう」

「それなのですがね、私はいろいろな属性の魔法を使えますが、どれも初歩的な魔法ばかりです。むしろそれしか知りません。魔法使い、というか貴族というのはどういうお仕事をしているのでしょう?お父様はなんのお仕事をされているのですか?」

「領主は基本、書類仕事だ。風の刃で魔物を打ち倒すこともできるが、あまり得意ではない。攻撃魔法が得意なのはタチアーナだ。タチアーナの火魔法はすごいぞぉ!おかげでこの領地には強力な魔物が少ないのだ」

「えっ…、お母様は魔物討伐をお仕事としているのですか?」

「そうだ」

「へー…」


 あのおっとりとしたタチアーナが魔物討伐。にっこりしてうふふとか言いながら、火の玉を魔物に撃っている姿を想像したらちょっと怖くなってしまった。


「弱い魔物はハンターに任せているが、強い魔物が現れた場合はタチアーナと私が出撃するのだ」

「なるほど…」


 貴族って肉体労働なんだ…。いやまあ、貴族って戦争をするのが本分か…。この屋敷に兵士はニコライしかいないけど…。


「領主にならない貴族の仕事には、他にどのようなものがあるのですか?」

「上位貴族の家臣、執事やメイド、兵隊長。学園の教師、研究。魔道具の製造といったところか」

「魔道具!」


 魔法のアイテム作りたい!

 ハンターギルドカードも魔道具の一種かな。

 まあそれはさておき。


「土魔法使いと木魔法使いの仕事はなんですか?」

「土魔法は投石や土柱などの攻撃魔法に土壁の防御魔法があるから兵隊長をやることが多いな。木魔法使いは事務官や文官だな」

「木魔法使いは魔法を活かした仕事がないんですかね。農作物の成長促進の仕事はないのですか?」

「プライドの高い者が多くてな。貴族が農民のまねごとなどできないと」

「無駄なプライドですね…」

「そうだな」


「あと、土魔法で作ったものは時間が過ぎると壊れてしまいますが、火魔法で焼くと形を維持できます。私の作ったお風呂や水路などはみなそうです。そういう建築のお仕事はありませんか」


「聞かないな。まず、魔法使いというのは、他の属性の魔法使いとあまり協力しないのだ」


「なるほど…。それも困ったものですね…。今回私のやったことは、初歩の魔法の組み合わせだけです。農作物の成長なんて、組み合わせですらありません。土魔法使いと火魔法使いと木魔法使いの一ヶ月の給料なんて、今回増えた年貢の一割にも満たないと思いませんか?」


「たしかにその通りだ。今回増えた年貢の分を元手に木魔法使いを雇えば、次の収穫も多く上げられるな」


「はい。もちろん、軌道に乗るまでは私もやります。ですが、私は来年から学園に通う身ですので、それほどお手伝いできないと思うのです。そのときまでには、木魔法使いをそろえておきたいところですね。あと、治水工事も簡単なところしかやっていませんので、土魔法と火魔法使いも確保して、本格的に治水工事をした方がよいです」


「わかった。そのようにしよう。ユリアーナ、本当にありがとう」


「いいえ、私を貴族に迎え入れてくださったからには、私も貴族の義務を果たさなければなりません」

「そ、そうだな」


 領地改革とか美味しい料理や甘味の開発は、転生令嬢の義務だしね。

 それなのにセルーゲイは私の言っていることに少し疑問を浮かべながらとりあえず同意したようだった。



「それともう一つ、あのパンは売れないだろうか」


「私は貴族のプライドなど持ち合わせてはいないのですが、貴族家でパン屋を開くわけにはいかないですよね。それに、そんなことをしたら領都のパン屋さんが潰れてしまいます。

 そこで、やわらかパンを作るのに必要なパン種を領都のパン屋に渡します。そして、パン屋がやわらかパンを作って売った利益の一割を我々が手数料としていただくのです。パン屋も儲かるし、私たちにもお金が入ります」


「そのようなやり方があるのか…。ではそのようにしてみよう。ユリアーナはパン種というのを用意してくれ」


「はい」


 酵母で儲けるのは転生者の嗜みだ。


 こうして、マシャレッリ伯爵領の改革は始まったのであった。




 私たちがマシャレッリの屋敷に来て三ヶ月、夏も真っ盛り。


「アナスタシアお姉様、水を出す魔法を弾けるようになってきたわね」

「ええ、ユリアーナのおかげよ」


 アナスタシアの水の魔力はけっこう大きく、部屋が水浸しになってしまったので、アナスタシアの前には大きなたらいが置いてある。

 アナスタシアの髪色は濃い。濃さは魔力の高さを表しているのだ。

 だけど、アナスタシアの髪は若干青紫っぽい青だ。これが神父様の言っていた青なのだろうか。それとも別の属性が混ざっているのだろうか。青に赤みが加わっているということは火属性が使えたりしないだろうか。冷却できるようになったら次に加熱でも試してみよう。


「では、冷却の魔法も練習してみましょ」

「おねがい」


「ふんふんふん………♪」


 私はたらいの水に冷却魔法をかけた。


「えっ」

「水を触ってみて」

「ええ。つめたっ…」


「ふんふん……♪」


 たらいの水を暖めた。


「では、その冷たい感じをイメージしながら、さっきのメロディを弾いてみて」

「ええ、わかったわ。ええと、こうだったかしら…」


 ぽんぺん……♪


「いえ、こうです。ふんふん……♪」


 やはり、メロディを聞いてそれがなんの曲だか言い当てることができても、音を聞いてそれを再現することはできないようだ。さしずめ、ヒアリングはできるのにスピーキングができないといったところか。




 アナスタシアが上達してきたのはハープだけではない。


「アナスタシアお姉様、今日はお外に行ってみましょ」

「ええっ!私、お外に行きたいわ!」


 アナスタシアはまだよろよろしているが、マレリナの支えナシで歩けるようになってきた。

 マレリナの提案で外に出てみることになった。


 いや、浴室の建物に行くときに、おぶって連れ出してはいるんだけどね。

 部屋から自分の足で出るのが初めてなのだ。


 家族も使用人も全員集合だ。皆の見守る中、よろよろふらふらのアナスタシアが、ゆっくりと歩みを進めていく。一歳の赤ちゃんみたいでとても可愛い…。


「はぁ…はぁ…」


 この分だと、屋敷の外に出る前に力尽きてしまう。


「大丈夫?」

「私、マレリーナとユリアーナと外で遊ぶのよ!」


 やっとの思いで廊下を歩いてきたというのに、なんと階段が待ち受けていた。


「階段…」


 アナスタシアは絶望的な顔になった。


「ひゃっ」


 マレリナはアナスタシアをおんぶした。


「今日はズルをして、もうお外に行きましょ。そして、お外で歩きましょ」

「そ、そうするわ!」


 マレリナはアナスタシアをおんぶしたまま階段を降りた。マレリナも筋肉強化でかなり鍛えているから、筋肉強化を使っていないときでも女の子ひとりおんぶして階段を降りるのに危なげなことはない。



 マレリナにおぶさったアナスタシアは屋敷の扉をくぐった。


 マレリナにおぶさって見る外の景色。今まではお風呂に行くときだけだったので、薄暗い夕方だけだった。だけど今日は青い空が広がっている。窓から見ていた景色の中にいる。

 アナスタシアは空を見上げて感激していた。


「私、歩くわ!」

「ええ!」


 マレリナはアナスタシアをゆっくり降ろした。

 アナスタシアはよろめきながらも、なんとか倒れずに歩いた。


 それを見て号泣している両親と使用人。

 エッツィオくんはなんだかよく分かっていない様子。


「あははっ!私、マレリーナとユリアーナと外で遊んでる!最初にユリアーナが言ってくれた通りになったわ!」


「よかったわ。アナスタシアお姉様が元気になって!」


 マレリナも感動して目を潤ませている。


「アナスタシアお姉様、おめでとう」


 私も感動しながら、アナスタシアを賞賛した。


「二人ともありがとう…」



「あのぉ、アナスタシアが歩けるようになったのら、今度はお勉強を教えてくれないかしらぁ。あなたたちの作法はとても綺麗なので…」


「「えっ…」」


「床に伏せてから、お勉強をしていないのよ…」


「わかりました…」


 私はげっそりとした顔で返事した。


「アナスタシアお姉様、がんばりましょうね」


 マレリナは苦笑いしながら言った。


「ええ、よろしくね…」


 アナスタシアは途方に暮れ気味に返事した。


 私は養女になってから学園に行くまでの間に、貴族としての勉強をさせられると思っていたのに、まさか教師をやらされるとは思わなかった…。しかも、なんと文字と数字の練習からである…。

 見捨てられていたわけではないと思うけど、死ぬ寸前で勉強なんてしてもしょうがないよね。


 っていうか、私たちの養女試用期間は終わったのだろうか。正式採用されたのだろうか。

 お庭とかやりたい放題だし、今さら出ていっても困るよね?



 お風呂を終えてアナスタシアを寝室のベッドまで支えて来たところで、


「それではアナスタシアお姉様、おやす…」

「ねえ、聞いたわよ。二人とも一つのベッドで寝ているんですって?」

「そうなん…」

「私だけ仲間はずれなんてイヤよ!私も行くわ!」

「えっ、ちょっ…」


 アナスタシアはベッドから立ち上がり、部屋を出ようとふらふら歩き始めた。


「わ、わかったわよ…。私たち、今日からここで寝るわ。いいわよね、マレリーナ」

「もちろん」


 ちなみに、私とマレリナの部屋には鍵をかけるようにしたので、金貨袋を部屋に置いてきている。この家の人が信用できるのは分かったので、あとはまあセキュリティが確保できればいいかなと思って。


 アナスタシアが歩けるようになった記念に、私とマレリナがプレゼントされた。私たちは夜伽のお相手…。なんつって。

 私がアナスタシアの右で、マレリナが左だ。三人は狭いベッドに川の字になって寝た。



 翌朝、私は抱いていた。アナスタシアを。マレリナもアナスタシアを抱いていた。

 アナスタシアはすでに目を覚まして、頬を赤らめていた。


「おはよう…、二人とも…」

「あ…、ごめんなさい…」

「私もごめんなさい…」


 私とマレリナは、アナスタシアから手を離して、反対側を向いた。


「いいの…。もっと抱いて…」

「「はい…」」


 私とマレリナは、ふたたびアナスタシアのほうを向いて、アナスタシアを抱きしめた。マレリナよりもかなり小柄だけど、筋肉が全然付いていない柔らかな肌をずっと触っていたい…。


 私とマレリナは今まで二人で抱き合って寝ていた感触が恋しいのかな。まあいいや。これからは三人で抱き合って寝よっと。




 アナスタシアが歩けるようになってからは、一緒に食卓を囲むようになった。


「私、お母様とお父様と一緒にお食事をいただいたのって何年ぶりかしら…」

「そうねぇ…。これからは一緒に食べましょうねぇ」

「これからは毎日一緒だ」


 アナスタシアが病気になって食べられないようになったから食事が別にされたみたいになっているけど、嫌いなものを食べないから病気になったのではないかと私は思っている。

 でもそれを言うと、オルガのメシがマズいからアナスタシアが病気になったみたいになってしまう。でもそうじゃない。この世界のメシすべてがマズいのがいけないんだ。


 やはり、料理革命も転生令嬢の嗜みなのだから、なんとかしないとね。まだパンしか作ってないし。




 屋敷に来てから四ヶ月。アナスタシアのハープが来た。子供用のハープで、弦が二十五本、ラからラまでの二オクターブ分しかない。でも魔法を奏でるにはじゅうぶんだ。


「ではまず、調律するわね」

「ユリアーナはハープの調律をできるの?そう…」


 タチアーナは部屋を出ていった。イヤな予感…。


「マレリーナのも一緒に調律しちゃいましょ」

「ずれてるの?」

「ほんの少しね」


 オレは前世で半音の四分の一くらいずれると、はっきりずれていると認識できていたが、じっくり何度も聞いて、自分の記憶にある音と照らし合わせていれば、八分の一くらいのずれでも認識できていた。

 でも、オレがユリアナに宿ってからは八分の一のずれでもはっきり認識できるし、じっくり聞いていれば十六分の一でも三十二分の一でも認識できると思う。


 そして、オレは気が付いたのだ。この世界に音叉はないし、音の周波数を測れる装置もない。だけど、どのような音が正しいか示す基準があるのだ。魔法だ。魔力が最も効率良く流れたり、魔法の効果が最も高くなったりする音程が正しい音だ。

 オレは「ソラシド」の鼻歌の音程を少しずつ変化させながら、水魔法で水を出し、水量を測りながら最も多く水を出せる音程を探した。そして、それは見事に薫とユリアナが覚えている音程に一致したのである。

 ユリアナの身体が六歳から九歳まで成長したことによって、聞こえる音が高くなった感じはない。ユリアナは三十二分の一半音まで認識できるのだ。三十歳で半音変化するのであれば、一歳の変化も分かるはずだ。だけど、三年経っても認識できるほどの変化はない。


 つまり、オレとユリアナの知っている音程が最も正しい音程なのである。



 脳内で薫のうんちくが盛り上がってしまったけど、私はマレリナとアナスタシアのハープを借りて、調律し始めた。

 ちなみに、自分の分は都度合わせている。


 自分の指の力では堅いつまみを回せないが、筋力強化をかければ回せるのだ。逆に馬鹿力で壊さないようにしないといけない。


 ちなみに、アナスタシアは私とマレリナのハープの弦の端が黒く塗られているのに気が付いて、自分のも塗ってほしいと言ったので、黒く塗ってから調律を始めた。

 黒く塗ってある弦はピアノの黒鍵に該当する。私は白鍵と黒鍵が区別なく並んでいる楽器を理解できないので付けた印だ。まあ、視覚と音を結び付けるには覚えやすくていいとは思う。音感というのは音を聞いて階名を思い浮かべるのもいいけど、鍵盤や弦を思い浮かべられるようになってもよいのだ。


「あの~、これもお願いしていいかしらぁ」


 タチアーナが持ってきたのは、大人用のハープ二つ。


「私とセルーゲイのなのぉ。最近、魔法の出が悪いのよぉ…」

「もちろん構いませんよ」

「ありがとぉ~」


 分かっていたさ…。二つも四つも、そんなに手間は変わらないさ…。


 ハープを四つ立てて同時に鳴らして音程を合わしていく。大人用と子供用の共通部分である上の二オクターブ分が終わった。


 訂正…。手間は二倍以上だった…。大人用には低い音が二オクターブ分あったのだ…。



 三時間かけて調律が終わった頃には、マレリナもアナスタシアもタチアーナも座ったまま眠っていた。そしてオルガも器用に立ったまま眠っていた。


「できましたよ」


「んあ~…」


 タチアーナの大きなあくび。これが淑女の規範だ!

 他の者はまったく目を覚まさない。


「できたのねー!ありがとう~!さっそく試し撃ちしてくるわねぇ!」


 別に加熱魔法なら部屋の中でもそれほど危なくないと思うのだけど、外で火の玉でも撃ってくるのだろう。さすが魔物退治を仕事にしているだけはある。魔法を「使う」イコール「撃つ」なのだ。


 私もちょっと疲れたから、みんなとここで座ってうたた寝しよっと。


 ど~~ん。


 眠らせてもらえなかった。地響きと爆発音だ。


 どっどっどっどっ…。タチアーナのヒールの音。


「ユリアーナ!何これぇ!すごいわよぉ!」

「そ、それはよかったです…」


「それでねぇ…、ごめんなさぁい…」

「なんですか…」


「お庭に大きな穴が開いて、ユリアーナの飼っている魔物が出てきちゃったのよぉ…」

「えええええ!行きます!」

「あ、それでねー……」


 タチアーナが何か言いかけていたが、聞かずに裏庭に向かった。

 私が裏庭で見たものは…。無残な地下室…。牛肉と鶏肉の焼けた香ばしい匂い。ああ…、火の魔石と、水の魔石が落ちている…。火はコカトリスで、水はミノタウロスか…。


 果樹園も一部燃えている…。氷室の氷は溶けて、牧場と開通している…。温蔵庫の酵母がひっくり返っている…。


「ごめんなさぁい…」

「だ、大丈夫です…。また森に行って取ってきます…」

「ホント、ごめんなさぁい…」

「今日からしばらく牛乳パンとか果物が食卓に並ばなくなるだけですよ…」

「げっ」

「あそこまだ息のあるミノタウロスとコカトリスが少しいますので、アナスタシアお姉様とパン屋に回す分を優先で作りますね」

「ユリアーナぁ、怒ってるわよねぇ…」

「怒っていませんよ」


 私は笑顔だ。


 その日の食卓には牛乳卵パンの代わりに、牛ステーキや鶏ステーキが並んだ。牛乳が出なくなったら肉牛にしようと思っていたけど、こんな形でお肉になってしまうとは…。


「ユリアーナ、牛乳ミルクパンの代わりに、明日からこれでもいいわぁ」

「ダメです。こんな重いものはアナスタシアお姉様の胃袋が受け付けません。今ある分を食べたらおしまいです」

「ユリアーナのいけずぅ」


 何がいけずだ!


 それから毎日、農園や牧場の復旧作業。火魔法で焼いた土は陶器みたいなものだから、もろいんだよね…。次は壊されないようにもうちょっと深く掘ろう…。

 元通りになったのは一ヶ月後のことだった…。


 魔物と果物の補充ついでに、つのウサギの討伐依頼を受けてつのウサギを倒していたら、私とマレリーナはハンターランクDに昇級した。




「タチアーナお母様。私の牧場と農園を破壊したお詫びに、私に魔法を教えてください」

「やっぱり怒ってるんじゃなぁい…」


 また裏庭を壊されてはたまったものではないので、屋敷の敷地を出て、裏側の何もないところでタチアーナの火魔法を全部使ってもらった。

 ユリアナは記憶力というチート能力も持っているので、一回聞けば覚える。そして魔法の効果も実際に見るのがいちばん早いだろう。


 全部の魔法を見せてもらったあと、


「ふんふん……♪」


 どーん。火の玉を飛ばす魔法だ。


「ふんふん……♪」


 ごおおーー。炎の竜巻だ。


 攻撃魔法が多い。長い曲も結構あるな。これが学園で習う火魔法の全部なのだろうか。


「ねぇ~。もしかして、今ので全部覚えちゃったの?」

「はい」

「はぁ?私が六年間で覚えた魔法よ?あなた、学園に行く必要あるのかしらぁ?」

「他の魔法を知らないので」


 というわけで、このあとセルーゲイにも同じように風魔法全部見せてもらって、風魔法を覚えた。風魔法の中にはとても素敵な魔法があった。むふふ…。



 さてさて、タチアーナとセルーゲイから魔法を教えてもらって、魔法と音楽の関係について、いくつか確信に近いものを得た。


 私が神父様から教えてもらっていたのは、火、雷、木、土、水、風、命属性の初歩の魔法をそれぞれ一つか二つと、聖魔法のすべて?だ。ここに、今回、火と風のすべて?が加わった。


 今まで知っていた魔法でもなんとなくそんな気がしていたのだけど、各属性には調があるのだ。ハ長調とかの調ね。

 そこで、各属性と調と、おまけで色の関係をまとめてみると、


 火:ハ長調、赤

 雷:ニ?長調、黄

 木:ホ?長調、緑

 土:ヘ?長調、橙色

 水:ト?長調、青

 風:イ長調、水色

 心:?長調、ピンク

 時:?長調、茶色

 命:変ホ?長調、白

 邪:?長調、黒

 空間:?長調、紫

 聖:変ロ長調、金


 神父様に習った聖魔法は変ロ長調のメロディだけなのだ。それは知っていた。

 今回タチアーナに教えてもらった火魔法はハ長調のメロディだけなのだ。

 セルーゲイの風魔法は、イ長調だけなのだ。


 それと、水を出すのも「ソラシド」だし、冷やす魔法もト長調っぽいのだけど、たった四音なのでちょっと確信に至っていない。「ソラシド」ならハ長調でもあり得るからだ。だけど、まあ、なんとなくト長調だと当たりを付けている。


 それを踏まえると、二つしかメロディを知らない他の属性も、同じように予想ができる。属性と音楽の調は関連づけられているのだ。


 ちなみに、心、時、邪、空間の四つは、神父様に教えてもらっていないので、どれが何の調か分からない。でも残っている属性も調も四つしかないのだし、どれかに対応しているのだろう。



 嬉しいことに、オレが各調にいだいているイメージと魔法の属性が近いのだ。


 ソという音は、最初にピアノを習い始めたときの楽譜に青で示されていたし、ト長調には水をイメージする曲が多い。化粧品のCMソングとか、海の曲をよく歌っているグループとか。あと、「水なんとか」という剣の技を使って妖怪と戦うアニメのオープニングもト長調、というかホ短調だったり。


 ちなみに、長調に対応する短調は三半音下がればよい。ハ長調に対応するのはイ短調で、ト長調に対応するのはホ短調だ。何が対応しているかというと、使われている#(シャープ)の数だ。調のイメージは使われている音が決め手なのであって、ト長調とト短調はまったく別のイメージだ。



 このようにして、オレは調や音に対して昔からイメージを持っている。


 ハ長調:赤、簡単、童謡、暑苦しい

 ニ長調:黄、女、ツンデレ

 ホ長調:緑、可愛い、魔法、不思議

 ヘ長調:橙、秋、昔、田舎、平和、土

 ト長調:青、水、空、女

 イ長調:魔法、不思議

 ロ長調:不思議、中国

 変ロ長調・変ホ長調:冬、昔、田舎、平和

 それ以降の♭の多い調:不思議?


 なんなら調だけでなく、音単体や和音にもイメージがある。というか、調よりも音自体のイメージのほうが強い。


 ファ:土、昔、田舎

 ソシ:水、女

 ファ#:女、可愛い

 シ♭:優しい


 ファ#って可愛いんだよな…、なんて誰も理解できないと思う。いや、音じゃなくても、例えばナ行とかマ行の響きが可愛いとか、サ行が女っぽいとか、濁音が男っぽいとか、そんなことはないだろうか。ないか…。いやあるだろ?


 あくまでオレのイメージであって、他の人がどういうイメージを持っているか知らない。小さい頃に聴いた曲のイメージが大きいと思う。

 でも、この調や音に対するイメージがこの世界の魔法の属性に近くて、親近感を覚える。歌ったときにイメージが湧きやすいのも良い。


 本来なら、前世のポップスのほとんどは、ハ長調とト長調とヘ長調だ。せいぜい、ニ長調と変ロ長調までだ。最初から#や♭のたくさん付いた楽譜を描く人は頭がおかしいと思う。

 だけど、世の中には歳を取って聞こえる音がすべて半音上がってしまった作曲家というのがいるので、そういう人は半音下がった曲を作ろうとする。すると、途端にロ長調、嬰ヘ長調、ホ長調という、#や♭だらけの楽譜になってしまうわけだ。そういう曲には全部、不思議とか魔法とかのイメージになってしまうのだ。



 オレの趣味はさておき、さっきから火はハ長調で風はイ長調といってきたが、じつは、火魔法はイ短調が多かった。風魔法にも一部嬰ヘ短調があった。

 それで感じたのは、攻撃魔法全般が短調なのではないかということだ。単に火を付けたり風を起こすだけなら長調だけど、爆発とかかまいたちとかは短調なのだ。

 聖魔法はすべて長調だ。そもそもコンセプトが良いことしかないのだからしかたがない。おかげで、長調と短調が魔法の善悪に結びついているとは気がつかなかった。

 まあ、長調というのは明るいメロディで、短調というのは悲しみとか怒りのメロディなので、とても分かりやすい。ここで初めて音楽性と魔法が結びついた気がする。



 各属性に調が割り振られていると分かると、いくつかのメロディは、「小さい」とか修飾語だということが分かってきた。例えば、祝福の魔法の中には「ファソド」というメロディが「小さい」「弱い」という意味であり、魔法の効果と消費魔力を抑える効果がある。以前、「ファソド」のあとに「ソラシド」を歌っても、少ない水にはならなかった。原因は調が違うからのようだ。

 「ファソド」を変ロ長調というのちょっと微妙だけど、使われている音は変ロ長調でも通る。この「ファソド」をハ長調にした「ソラレ」というのが火魔法の中にあったのだ。そして、イ長調にした「ミファ#シ」というのが風魔法の中にあったのだ。どちらも「小さい」という効果があるのだ。これで確信した。

 属性に関係ない単語は、調を変えれば他の属性でも使えるのだ。


 タチアーナの火の魔法には、強いとか激しいという修飾語や、広いとか大きいという修飾語がふんだんに使われていた。ただの火を出す魔法で大きく激しい炎をイメージしても、あまりイメージどおりにならないし、魔力をごっそり持っていかれる。だけど、ちゃんと修飾語を交えてイメージすると、望み通りの結果を得られるのだ。

 なるほど、強力な魔法はちゃんと修飾語で詳しく状況を伝えないと発動しないんだな。

 そして、大きく激しいみたいな修飾語は、調を変えれば水魔法にも風魔法にも使えるのだ。というか、セルーゲイに教えてもらった風魔法にも、大きな竜巻という魔法にもともと入っていた。


 一フレーズで一つの単語になっているものもあるけど、二、三フレーズで一つの単語を表すのも結構ある。八分音符も組み合わせると、三フレーズで最大二十四音になる。文字に相当する階名は十二種類しかないのだから、単語の文字数が長くなってしまうのはしかたがない。


 ちなみに、修飾語のほとんどは、長調とも短調ともいえない。どちらでも通用する。


 これはもはや、音程を文字にした言語だ。これは絶対音感を持つオレのための言語なんだ!


 まだまだ単語数が少なくて、あまり自由な文を作れるほどではない。学園でいろんな魔法を学べるのが楽しみだ!




 寒くなってきて冬も真っ盛り。私とマレリナがマシャレッリ家に来てから十一ヶ月がたった。すべてが順調だ。


 セルーゲイは農地改革を進めている。少ないながらも土魔法使い、火魔法使い、木魔法使いの成人した元貴族が集まり、治水工事や建築、それから農作物の成長促進をすることで、年貢がどんどん上がってきている。


 パン屋も順調だ。タチアーナに温蔵庫を破壊され、一度酵母が全滅しかけたけど、なんとかパン屋に回す分を途切れさせることなく復旧できた。

 復旧したあとは、領都以外の町や村のパン屋にも酵母を供給した。今ではパンの売り上げ手数料も重要な収入源だ。

 セルーゲイは牧場に適した魔法を持っていた。風魔法で、真空を作り出す魔法があり、それで一瞬だけ真空を作ることにより、魔物を気絶させられるのだ。これで、私がいなくてもミノタウロスからの搾乳と玉子の採取をできる。セルーゲイは魔法を使うだけで、採取は雇った者に任せればいいだけだ。

 これにより、牧場の製品も外販することになった。やわらかパンと牛乳玉子パンはとても人気で、他領から買い付けに来る商人も増え始めた。これで、金が集まるぞ!


 庭の氷室と温蔵庫は閉鎖せざるをえなかった。マシャレッリ領は温暖なので、何ヶ月も氷で持たせるのは不可能だ。酵母は高温でないと繁殖力が落ちるようだけど、同時に大量に作っておけば問題なさそうだ。


 領地内の魔物被害も格段に減っているらしい。ハープを調律してフルパワーになったタチアーナが暴れているからだ。治安が良いこともあって、商人の往来も盛んになっている。


 こうして、マシャレッリ領が国に納める税は、前年が死にかけだったこともあって、一気に十倍になった。伯爵家として上位に食い込んだはずだ。



 アナスタシアは魔法、勉強、リハビリと頑張っている。

 水と冷却の魔法を完全にマスターした。

 文字と簡単な算数も覚え、地理や歴史なども少し手を付けている。

 礼儀作法はちょっと厳しい。筋力がなさすぎて、いろいろな姿勢を維持できない。

 足取りはまだまだかなり危なっかしい。自分で階段を降りて外に行けたのは、たった一度だけだ。

 五年間床に伏していて一年前に風前の灯火だった女の子とは思えない。これでなんとか学園に行けるかな…。


 アナスタシアはドレスを新調した。というかネグリジェではないが、部屋着のドレスを着た切り雀だった。

 私はお金を出してないよ。マシャレッリ家のお金に余裕ができたからね。年貢は領地運営資金だけど、パン屋の手数料はマシャレッリ家の私財だ。一応、領地運営費から交際費という名目で出すこともできるけど、私財で買った方がクリーンだよねえ。

 アナスタシアは足下がおぼつかないので、かかとの高いヒールではない。本人はなぜか姉のつもりでいるのだろうけど、身長差もあいまって、どう見ても妹にしか見えない。六歳くらいの身長しかないんだもの。


 ちなみに私とマレリナのドレスはお直ししながら使っているけど、もうあと一年だけ使う予定だ。そろそろスカートの丈が限界だ。でもマレリナのミニスカートはそそるなぁ…。


 あとはメイドと執事のお仕着せも新調した。オルガのメイド服の袖なんて、私たちがマシャレッリ家に来るときに破けたのにパッチ当てただけだったし…。

 しかし、タチアーナのみすぼらしいドレスを新調するほどの余裕はまだない。タチアーナはアナスタシアのドレスをうらやましそうに見ていた。



 こうして、私たち三人出発の時がやってきた。


「お母様、お父様、行ってきます」

「タチアーナお母様、セルーゲイお父様、お元気で」

「タチアーナお母様、セルーゲイお父様、お体に気をつけて」


 アナスタシアと私とマレリナは、馬車を背にしてマシャレッリ家の人々に別れを告げる。


「気をつけてねぇ」

「しっかり勉強してくるんだぞ」


「「「はい!」」」


「オルガ、三人のことを頼んだぞ」

「はい、お任せください」


 私たちの馬車には、私、マレリナ、アナスタシアとメイドのオルガ。そして御者のデニス。


 ってか、私とマレリナが強いと認識されたからなのか、ニコライは護衛としては付いてこない。

 ニコライは私の買った荷馬車に荷物を積んで御者として同行する。馬はレンタルだそうだ。私の荷馬車は、そのまま荷車として学園に置いておけることになっている。



「それでは私から一曲…。ふんふんふんふんふーん(シ♭レファレシ♭)、ふんふん…♪」


 あまり具体的なことは祈らない。マシャレッリ家の人に幸あれ!


「それは祝福の魔法だったかしらぁ」

「はい」

「ありがとう~!あなたたちにもきっと良いことがあるわよ!」

「ありがとうございます!」


 まあ、みんなの笑顔は私の幸せだから、たいていの祝福は私に返ってくる。なんてね。


 私とマレリナはアナスタシアをエスコートして馬車に乗せた。

 そして、自分たちも乗り込んだ。マレリナとアナスタシアが前向きの席。私とオルガが後ろ向きの席。

 窓から覗くマシャレッリ家の人たちに手を振りながら、馬車は出発した。


 マシャレッリ伯爵家。私たちは良い貴族家に引き取られた。あ、養女として正式採用されたんだよね?

 ユリアナにとって、村でずっと育ててくれたお母さんに続いて大事な人たちができた。


 なーんて、永遠のお別れじゃないんだから、しんみりすることはない。学園の長期休みには帰ってくるのだ。


 でも、いつか村のお母さんにも会いに行きたいな。


 そういえば、私たちはいくらで買い取られたんだろう。ドレスで綺麗に着飾っているし、礼儀作法もバッチリ。おまけに医者や家庭教師、領地運営の仕事もしたんだけど、私たちってめちゃくちゃ高かったんじゃない?

■ユリアーナ・マシャレッリ伯爵令嬢(九歳)

 ユリアナは貴族らしい名前ではないということで、ユリアーナに改名させられた。だけど、マレリーナの脳内ではいまだにユリアナと呼ばれている。

 銀髪。エルフだが尖った耳を隠した髪型。


■マレリーナ・マシャレッリ伯爵令嬢(九歳)

 マレリナは貴族らしい名前ではないということで、マレリーナに改名させられた。だけど、ユリアーナの脳内ではいまだにマレリナと呼ばれている。

 明るい灰色の髪。


■アナスタシア・マシャレッリ伯爵令嬢(九歳)

 引取先の貴族のお嬢様。

 若干青紫気味の青髪。ストレート。腰の長さ。

 六歳の身長。


■セルーゲイ・マシャレッリ伯爵

 引取先の貴族当主。

 濃いめの水色髪。


■タチアーナ・マシャレッリ伯爵夫人

 濃いめの赤髪。ストレート。腰の長さ。


■エッツィオ・マシャレッリ伯爵令息(五歳)

 濃いめの緑髪。


■オルガ

 マシャレッリ家の老メイド。


■アンナ

 マシャレッリ家の若メイド。


■ニコライ

 マシャレッリ家の執事、兼護衛兵。


■デニス

 マシャレッリ家の執事、兼御者


■つのウサギ

 木の魔石を体内に持っている。


■コカトリス

 火の魔石を体内に持っている。


■ミノタウロス

 水の魔石を体内に持っている。



◆コロボフ子爵領の農村

 ユリアーナの育った村。


◆ベッド上のポジション

   ユリアナ

頭側 アナスタシア

   マレリナ


◆音楽の調と魔法の属性の関係

ハ長調、イ短調:火、熱い、赤

ニ長調、ロ短調:雷、光、黄

ホ長調、嬰ハ長調:木、緑

ヘ長調、ニ短調:土、固体、橙色

ト長調、ホ短調:水、冷たい、液体、青

イ長調、嬰ヘ短調:風、気体、水色

?長調、?短調:心、感情、ピンク

?長調、?短調:時、茶色

変ホ長調、ハ短調:命、人体、動物、治療、白

?長調、?短調:邪、不幸、呪い、黒

?長調、?調:空間、念動、紫

変ロ長調、ト短調:聖、祝福、幸せ、金

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