17 鼻歌の魔女の野望
★ユリアナ一三〇歳、マレリナ六十四歳
★ユリアナ一三四歳
★ユリアナ一三五歳
★ユリアナ一三八歳、マレリナ三歳
★ユリアナ一三〇歳(マレリナ六十四歳)
一日寝て元気になったら、薫の復活だ。薫の魂は異次元収納に時間を止めて閉じ込めてあるし、記憶は古いルシエラの身体にコピー済み。まずは命魔法で古いルシエラの身体を新生児まで若返らせる。そして、心魔法で薫の魂を古いルシエラの身体に入れる。
「おぬしはわらわの古い身体をこき使うのぉ」
「おかえり、薫」
「あば?」
目を覚ました薫。首も据わってない赤ちゃん。ばぶばぶしか言えない。
「ユリアーナ様、いつの間に子を産みましたの?」(スヴェトラーナ)
「その子って、ルシエラちゃんの生まれ変わりと同じ顔をしているわ」(アナスタシア)
「でも今回は魂が入っているんだね」(ブリギッテ)
「そ、そうなの。薫っていうのよ。よろしくね」
「キャロルだね!可愛い!」(マリア)
「キャ……」(セラフィーマ)
「みんなで育てようね」(マレリナ)
「あ…、いや…、キャロルじゃなくてかおる…」
日本人の名前がラテン語圏の人にうまく発音してもらえないのと同じようだ。薫はキャロルとして覚えられてしまった…。イントネーションも違うのに…。
私は自分の子宮や乳腺の時間を、葵を産んだときまで進めた。それで母乳が出るようにした。これで薫を育てるんだ。それと同時に、自分スキー症候群に襲われる。
それにしても、この薫と私の違いって何だろう…。遺伝子はまったく同じはずだ。魂はひいおじいちゃんのものだけど、はっきりいって魂の違いは分からない。前世の三十六歳までは同じ記憶を持っている。そのあと、私は六十四年間ローゼンダールですごした。そして、六十六年間、私と薫は共にすごした。私は薫の妻として、薫は私の旦那として。別のIFの人生を歩んだ。今度は夫婦じゃなくて親子。物理的には今の薫の身体は私の親だけど、世間的には薫…キャロルは私の娘。今は私はキャロルのクローン…。カオス…。
薫は私のことを、幼なじみか何かの生まれ変わりと思っているみたいだ…。まさか自分の生まれ変わりだとは思っていないだろう。
これはルシエラの身体なので、十八年もすれば私とほぼ同じになる。見た目も同じ、記憶もかぶってる部分が多い。自分とほとんど同じものを作ってしまった…。違うのは一三〇年分の記憶と使われている魂だけ。
自分に自分で母乳をあげている神秘…。TS転生した私がTS転生した元男に母乳をあげるなんて…。でも前世の自分だからなのか、やっぱり忌避感がない。それどころか、母乳をあげられるのが嬉しい。
これはルシエラの身体なのだ。マザーエルフはマザーエルフの依り代に母乳をあげるときには魂が抜けているから何も感じないと思うのだけど、母乳をあげることに喜びの本能を持っているのだろうか。
それから、葵と水樹の二人と、孫の代の四人を復活させよう。この六人は、魂を抜いて時間停止させるとともに、火葬される寸前の遺体を回収してきてある。
まず、遺体の時間を亡くなる少し前まで戻す。これは命と時の合成魔法である若返りではなくて、時魔法のみの、本当に物体の時間を戻すだけの魔法である。危篤だからあまり関係ないけど、脳の時間まで戻してしまうと、その分の記憶は消されてしまう。
続いて、亡くなる寸前のご老体を、新生児まで若返らせる。これは命と時の合成魔法なので、記憶を消さないようになっている。
ちなみに、生き物の時間を、若返りの魔法を使わずに、時魔法だけで長い時間戻しすぎると、死んでしまうことがある。魔物で実験していたのだけど、これについては理由を解明できていない。
「葵、水樹、おかえり」
「あーばーばー」
「ばーぶー」
赤ちゃんだけど明確な思考を持っている二人。二人は私とルシエラの子をやり直しだよ。
葵と水樹は三属性持ち。魔力はお嫁さんたちと同じくらいだろうか。たぶんこれが人間の頭打ちなのだろう。
孫の代は二属性が二人で一属性が二人。日本では魔法をおおっぴらに使うわけにはいかなかったので、魔力は葵の半分くらいのままだ。こっちの世界で魔法を存分に楽しんでもらいたいところだ。
それから、ひ孫の代なのだけど、四人は一属性持ちで、残りの四人は魔力なし。あと、子二人と孫四人とひ孫八人の配偶者十四人も当たり前だけど魔力なし。とりあえず、魔力を持っているひ孫四人は、孫の代と同様に若返らせて復活させた。
魔力なしのひ孫四人と配偶者十四人にも、魔法を使える身体に転生させてあげる約束をしている。なので十八人の身体を用意してあげることになった。どうやるのかというと…、普通に子供を産んでもらうのだ…。これがけっこう面倒くさいのだ…。
ひ孫と配偶者は男九人、女九人なのだけど、ひ孫の男二人は両方とも性転換したいと言っているのだ。しかも、性転換した上でもう一度同じ配偶者と結婚したいと。つまり、エルフになりたいということだ。
必要な身体は、男が七体、女が九体、エルフが二体となる。私は今、転生の女神ごっこをやっているわけだけど、本物の神ではないので生まれる子の性別を決めることはできない。と見せかけて、やろうと思えば産まれる子の性別を変えられるのだ…。
魂と記憶を入れる人間の子供を提供してくれるのは、エッツィオくんの嫁六人、娘六人、孫娘四人だ。これで人間の子を十六体体用意できる。残りのエルフ二人は、アンジェリーナとマルグリッテの嫁に産んでもらおうと思う。
突然だけど、ゲームで攻撃が当たるかどうかとか、敵に遭遇するかどうかというのは、乱数を生成することで決められている。乱数というのはサイコロの数字だ。ゲーム機やパソコンに中では六面体に限らず、百面体でも千面体でも振ることができる。
ところが、コンピュータにおいて、サイコロの出目は実は表になっていて、ある程度決まっているのだ。オフラインゲームなら、死んでしまったらセーブしたところからやり直せるけど、ゲームによってはセーブしてから同じ行動を取ると、必ず同じダメージを与えたり、同じところで死んでしまったりする。これは、ランダムな判定が同じ乱数表をたどっているからだ。そういうゲームで結果を変えたければ、失敗してもたいしたことのない別の行動を一つ挟めばいい。すると、乱数表を一つ進むことができるので、そのあと同じ行動をしても、違う結果が得られる。
私のいるこの世界はゲームではないのだけど、時魔法を使うと時間を遡ってやりなおすことができる。セーブすら必要ない。いちばんそれっぽいのはタイムリープだ。
何がいいたいのかというと、男が七人と女が九人生まれなかったら、タイムリープしてやりなおせばいいということだ。ところが、十ヶ月たって全員生まれて七対九じゃなかったから十ヶ月前にタイムリープというのでは、数回やりなおすだけで何年もかかってしまう…。
そこでタイムリープの代わりに未来視を使う。未来視で十ヶ月後をのぞいて、男と女が七人と九人じゃなければやりなおして、自分をタイムリープでちょっと戻して、乱数表が変わるような出来事を一つ変えればよい。ここで乱数というのは、受精した旦那の精子の染色体がY染色体かX染色体かだ…。Y染色体の精子が受精すれば女の子になるし、X染色体の精子が受精すれば男の子になる。
たぶん、エッツィオくんがエッチする嫁の順番を入れ替えたりするだけで、YとXのどちらがゴールインするかは変わるはずだ…。エッツィオくんに「この順番でやってほしい」と告げてから未来視をしてみて、ダメなら「やっぱりこの順番でやってほしい」と告げる。未来視で七対九になるまで順番を入れ替えてもらうのだ。別に順番を入れ替えなくても、エッチする日にちを変えるだけで体調が変化すればYとXのどっちが先に出てくるかなんて変わるだろうし、エッツィオくんをひっぱたくだけでも変わるかもしれない。
未来視で見た結果が成功なら、あとはエッツィオくんと関わらない方がいい。なぜなら未来視を使った途端に、私は違う世界線に移ってしまうからだ。未来視で成功を知った私がニヤリと笑ったところをエッツィオくんに見られたら、エッツィオくんの中で気持ちが変わったりして、それが結果をまた変えてしまうかもしれない。
しかし、選びたいのは性別だけではなかった。子孫たちは魔法の属性も選びたいと言っていたのだ。最初は葵みたいに三属性欲しいと言ってきたけど、そこはなんとか一属性で納得してもらった。でもそれなら、外れ属性を引いたときに目も当てられない。ローゼンダールでも長い間土属性は外れとか言われてきたし、外れ属性を引いた残念感を全属性持ちの私が理解できているとも思えない。
しかたがないので、属性も乱数表に加えることにしたのだ。学園で習ったのは、得られる属性のほとんどは基本六属性と呼ばれる火、雷、木、土、水、風であり、統計的に見ても九割以上だ。そこに一割に満たない程度で命属性と聖属性があって、心、時、邪、空間はほぼゼロだ。
属性数が二以上になると、二つ目以降はレア属性を引く確率が高い気はする。アナスタシア、ヴィアチェスラフ、葵なんかがそうだ。だけど、母数が少なすぎて分からない。
それに、ハイエルフであるソフィアたちは、七、八属性持っているわけだけど、基本属性をコンプリートせずにレア属性をたくさん持ってたりする。これも、すべてのハイエルフを見たわけではなくて、娘たちしかサンプルがないので、ハッキリとしたことは言えない。
とはいえ、日本からの転生者に与える身体はエッツィオくんの子孫であり、大当たりがなければ一属性持ち。基本属性が得られる確率がほとんどだ。それなのに、子孫たちが希望した属性は空間とか時とかレア属性ばかり。
ひとまず、性別ガチャと合わせて属性ガチャを一〇〇回ほどリセットマラソンしたのだけど…。
ちゃんと計算したら、十六回の試行でレア属性が四、五含まれるだけでわりと天文学的な数値になるのだ。いくら無限の時間があるからってやってられるわけない。タイムリープなら肉体的には疲労しないのだけど、なんだか疲労感がひどい…。精神的疲労だって物理現象のはずなので、タイムリープで回復するはず…。自分に精神治療をかけてもあまり回復しない。異世界転移の大魔法を使ったときの疲労感に似ている。魂に疲労が刻まれているとかだろうか…。
「わー!もうヤダ!」
「なんだかいろいろとやっておるようじゃが、生まれる子の属性を決めたいのなら邪魔法を使えばよい」
「えっ…」
私が両腕を上げて、すべてを投げ出したくなっていたところに、ルシエラから声をかけられた。
「性別なら聖魔法でもできるかもしれんぞ」
「あっ…」
私の聖魔法で、「マレリナの髪がじつは少し明るい灰色で命の魔力持ちだった」という事実を生み出したんだった。魔法を発現させるくらいなら、属性を一つ持って生まれるとほぼ決まってる子の属性を決める方が楽そうだし、生まれる子の性別を決めるのもたいしたことないだろう…。
聖魔法は他人の幸福、しかも善行にしか使えないけど、邪魔法は魔力さえたくさん消費すれば、私欲にも悪事にも使える。この場合、転生したい子孫たちを聖魔法で祝福すればいけるだろう。今なら汎用の祝福じゃなくて、具体的なメロディで「望んだ性別に転生する」と口ずさめばよいだけだ。望んだ性別というか、エルフになりたいひ孫二名以外は前世と同じ性別だけど。
「もっと早く言ってよ!」
「いや、すぐに声をかけたがのぉ」
「えっ…、ああそっか…」
私は未来視で結果を見て、ダメだったらタイムリープで数分前に戻って、エッツィオくんにエッチの順番を変えてもらうよう言ったり、ちょっとしたストレスを与えたりして、また未来視をしてと繰り返していた。自分がタイムリープしている時点で、周りからは一回の試行にしか見えないのだ。そもそも、私がタイムリープのメロディを口ずさんだことを知っているルシエラには、私は会えないのだ。ルシエラが察しがいいから、タイムリープで何回も同じことを繰り返してげっそりしている私に気が付いたのかもしれない。むしろ、ルシエラも経験済みかもしれない。こればかりは、何十万年もの経験に勝つことはできない。
「はぁ…」
私はがっくりとうなだれた。
「おぬしは信じられないような魔法の使い方をすると思いきや、当たり前のこともできぬの」
雷魔法が動力になるとか、火の魔力を雷や空間の魔力に変換するとかは、ルシエラも信じられなかったらしい。だけど、それは科学知識に基づく方法だ。逆にいうと、あまり非科学的な発想をできていない。聖魔法も邪魔法はもちろん、心魔法も時魔法も物理法則とはまったく無関係だ。
私は変ロ長調のメロディで「男児が七人、女児九人が生まれますように」と祈りつつ、変ト長調のメロディで男児の属性の内訳はこれこれと、女児の属性の内訳はこれこれというように望んだ。それから未来視したところ、意図したとおりの内訳になったのだった…。
「最初からこうすればよかったんだね…」
「うむ」
しかしまあ、邪魔法でことわりを操作しようとすると、大量の魔力を消費する。生半可な魔力では、日本で私の髪色や耳にツッコミを入れられないようにするための認識阻害程度が精一杯だ。でも、大きな魔力を持っている私は、世界のことわりをかなり操作できてしまう。まるで神だ。マザーエルフとはやはり神の代理人か何かなのだろう。
その気になれば、この世界の人間が歌を歌えるようにできるかも…。しかし、世界中の人間を操作するにはどれだけの魔力が必要になるのか想像もつかないな…。
「じつは薫は魔法を使える人間だった」という事実を作れることもできただろう。それはマレリナの命魔法を開花させるなんかよりもどれだけ多くの魔力を必要としたか見当も付かない。なぜなら、地球には魔力を持つ生き物なんて存在しなかったのだから。
地球で産んだ子や孫はそのまま若返らせただけだし、ひ孫にもエッツィオくんの嫁や娘に産ませる子供の身体を与えるから、あまりチートレベルの転生をさせない。
チートレベルなのは薫だけだ。ルシエラの前世の身体を与えるのだから。だけど、もう一人だけチートキャラに転生させてあげようとしている子がいるのだ。翼だ。翼には私たちが異世界人であることも死後に転生させることも告げていない。だけど、翼はずっと私たちの熱烈なファンでいてくれたのだ。中でもルシエラのことを痛く気に入っていた。だから、翼をルシエラの子にしてあげるのだ。
「ルシエラ、お願い」
「よいぞ。よく見ておれ。ららら……♪」
ルシエラが「すぐに一万歳成長する」を口ずさんだ。すると、ルシエラが全体的に大きくなって一七〇センチの長身に…。ルシエラはいつも年がら年中、夏のドレスなので小さくて苦しいということはなさそうだ。だけど、胸の大きさはハイエルフ級をはるかに超える大きさ…、以前私が体験した大きさだ…。ペタって貼り付けるだけの胸当てから胸が溢れて、今は右の胸の先端をかろうじて
隠しているだけだ。へその部分も剥がれてしまって、右胸のカップからひらひらと垂れており、へそは丸見えだ。
ウェストは変わっていないようなのだけど、お尻がとても大きくなっており、スカートがずり上がってきている。そして、脚がとんでもなく長い。上半身の長さは今の私と同じで、下半身だけ伸びたみたいだ…。
し、しまった…。薫とエッチしたときにはあらかじめこうならないように精神治療の腕輪を用意してたのに、今回は忘れてた…。ど、どどど、どうしよう…。私…ルシエラの子供が欲しい!
「むふふ、この身体はわらわのものじゃ。じゃが、わらわがひととおり楽しんだ後なら、相手をしてやってもよいぞ」
「うう…。好きです…」
生物の雌というのは、強い者の子を授かることを喜びとする。ルシエラは転生してから私より魔力が強くなっている。だから、私は強いルシエラに惹かれてしまった…。自分で自分に子を授けたときとも違う。これが女の子の気持ち?
ルシエラが強いのは分かる。しかも、ルシエラは今、世界一美しい。男らしくたくましいとかじゃなくて、ルシエラの女としての魅力に惹かれてしまっているのだけど、最強を示すことに変わりないからそれでいいのかな…。私のお嫁さんたちも私の女としての魅力を感じているみたいだしね…。
私は一応、葵を産んだのだけど、薫に対しては薫から子を授けられた時だけ薫のことを好きになった。でも、私が女として本当に恋をするのなら、私よりも強い者じゃなければならない。そして、その相手はルシエラしかいない!
私はふんふんと自分の子宮年齢を二〇〇〇歳成長させた。そして、
「こらっ!待つのじゃ」
「ください…」
ルシエラが1Pしているところに乱入しちゃった…。ルシエラの…ああ…熱いキス……。
後日、妊娠が発覚した私は、お嫁さんたちにこっぴどく叱られた。そして…、フラれてしまった…。胸が大きすぎて動けないルシエラにお嫁さんたちを取られた…。でも、私もお嫁さんたちに無断で、レティシアとかナタシアお母さんに子を授けてるし、お嫁さんたちにフラれてもしかたがない…。まあ、お嫁さんたちは私を嫌いになったとかじゃなくて、ルシエラを視界に入れていないときは私に普通に接してくれる。どうせルシエラは私のクローンなのだから、私が子を授けたのと同じだ…。って割り切れるもんじゃないけど…。私が文句を言える筋合いじゃない。
★ユリアナ一三一歳(マレリナ六十五歳)
翌年、エッツィオくんの嫁六人と娘六人と孫娘四人は、予定どおり、男の子七人と女の子九人を出産。それからアンジェリーナの嫁とマルグリッテの嫁がそれぞれエルフを出産。私も臨月だけど、私が産婆をやった。
まず、十八人から魂を抜く…。心魔法を歌うと、青白い光の玉が現れる。逃げようとするのでとりあえず異次元収納に入れて時間停止。
「ルシエラ、この魂って放っておくとどうなるの?」
「さあ、どっかに行って別の肉体に宿るのではないか?」
「そういうもんなんだ…」
生まれたばかりなのに肉体から追い出されて、成仏もできずにさまようことになったらどうしよう…。魂にアイデンティティがあるとはいまいち思えないのだけど、でもあるっていうので、あんまり酷い扱いもできない…。時間停止させておけば本人は苦ではないから、とりあえず持っておこうか…。時間停止のアイテムボックスは思考停止のアイテムボックスでもあるのだ。考えるのが面倒になったらとりあえず入れておけばよい。考えるのを永遠に保留できる。
エルフの二人には、日本で生まれたひ孫息子の二人の魂と記憶を入れる。魂と肉体は分離して異次元収納に時間停止して保管してあった。まずは魂を入れた。それから、肉体の方は遺体のままなので、まず時の流れを戻して生きている状態にする。そうすると、記憶を抜き出せるようになる。抜き出した記憶は一度私の頭を介して赤ん坊にコピーされる。そして、私に頭からその記憶を消去。プライベートもあるしね。
魂と記憶を与えられた二人は焦点が合い、明確に私を見つめた。
それから二人は短い手で…、下半身の大事なところを調べている…。前世に大事なものをちゃんと置いてきているかどうか…。私はTS転生して大喜びだったので、二人の希望をないがしろにできないのだ。でも、この仕草はちょっといただけない…。
ああ、私は生まれたときに記憶がなくて、ただの女の子のユリアナとして育ったから、大事なものがないことに違和感がないんだ…。だけど、二人には違和感があるのかな…。それか、ちゃんとTSできたか調べたのか…。
うーん。失敗した。私みたいに最初は記憶なしでスタートすれば、この世界の住人として溶け込み、そして身体の持つ性別に違和感を持つこともなく過ごせたのかもしれない。いや、この子たちにはこの世界の住人としてではなくて、日本から来た者としてやってもらわなきゃいけないことがあるのだ。私みたいに、この世界をホームだと感じてしまうようではちょっと困る。
それから、人間の男の子七人と女の子九人に、ひ孫の二人と、配偶者たちの魂を入れていく。エッツィオくんとその嫁や娘たちは数十年の間に、どうやら魔力が人間の最大になってしまったらしい?今回生まれた子たちも属性こそ一つしか持っていないけど、魔力は最大みたいだ。もちろん、子宮年齢を下げて第一子として産んでもらったからだ。
この子たちは転生者ですでに物心を持っているわけだけど、一応エッツィオくんの嫁や娘たちの産んだ子なのだから、取り上げないで産みの親に育ててもらうことにした。
最後に、ルシエラと私の出産…。レティシアに取り上げてもらった。子を産んだら、私は真っ先に子宮年齢を実年齢に戻した。自分スキー症候群にも陥ってしまうし、いまはルシエラの子をもらいたくなってしまう。いや…、年齢を戻してもルシエラが素敵に見えてしょうがないことには変わりない…。
「ららら……♪」
ルシエラが「年齢を一万歳戻す」を歌った。すると、身長も胸もお尻も空気が抜けたようにしぼんで締まった…。
私に訪れる喪失感。私は世界一大事なものを失ったような絶望感に襲われる…。
「ららら……♪しっかりせい!」
「いたっ」
ルシエラが精神治療を歌ってくれた。そして私に強烈なデコピン。
私の、ルシエラへの恋と自分への恋はまだ熱を少し持っている感じだけど、とりあえずどうしようもないってほどではなくなった…。
とりあえず落ち着いたら、私たちはやらなきゃいけないことがあるのだ。ルシエラの子は魂を持たない依り代だ。他の子は魂を持って生まれたのに魂を抜くなんてことをしちゃったから、今回は魂を持っているかどうかなんてどうでもいいかな…。
ルシエラの産んだ子には、翼の魂と記憶を入れた。翼も、魂と肉体を分離して保管してあり、肉体の時を戻してから記憶を赤ん坊に転送した。
「ちゅばしゃ」
「ばーぶー」
そばにはもうすぐ一歳になる薫…ではなくキャロル。リサイクルした前世のルシエラの一歳の姿をしている。
「この子の名前は?」
アナスタシアが聞いてきた。
「翼よ」
「トゥヴァーシャね。可愛いわね!」
案の定カッコいい発音に変えられてしまった。
姉のキャロルと妹のトゥヴァーシャ。二人の物語が今、始まるかも?
それと、私が産んだ子…。こっちには魂がある。ラフィニアと名付けよう。
私が魂のある子供を産むのは二回目。ルシエラの依り代はノーカウントで。
ラフィニアは自家交配の子ではないので、クローンではないようだ。ルシエラの産んだレティシアと同じような感じだ。だから、トゥヴァーシャとも顔が少し違う。レティシアとも少し違う。私が産んだけど、遺伝子的にはレティシアの妹のようなものだ。顔は少しくらい違っても当然だろう。
エルフの王はレティシアとその下の子たちで継いでいってもらっているので、ラフィニアはなんのしがらみもない普通の子として育てよう。
転生者じゃない子は可愛い。人は年をとるごとに罪を重ねていくってのはあながち間違ってない。転生者は生まれつき罪深い。エッツィオくんの嫁や娘たちは、転生者のことがよく分かっていないみたいで、「この子、天才だわ!」とか言って喜んでいる。一応説明したのだけどね。
持ち帰ったのは薫や日本で産んだ子供たちだけじゃない。服とか農作物の種とか電化製品とかいろいろお土産があるのだ。
去年マシャレッリに帰ってきた翌日に、服はスヴェトラーナに渡した。スヴェトラーナは仕事を辞めても、服飾デザインの利権だけはずっと持っており、今でもずっとデザイン使用料でお金が入ってきている。でも、最近は自分で新しいデザインをすることはあまりなかったし、十数年で流行も変わってきているから、デザイン使用料はだいぶ減ってきていた。
スヴェトラーナはもう社交界には出ていない。四十九歳なのに見た目が十六歳のままなのはマズいので、マシャレッリでエルフに紛れてひっそりと暮らしている。だから、広告塔は社交界に出るソフィアの孫とかひ孫だ。スヴェトラーナにみたいな爆乳じゃないよ。爆乳じゃなきゃいけないという決まりはない。
今までスヴェトラーナにデザインを任せると、何でもエロく変えられてしまっていた。だけど、今はスヴェトラーナもその子孫も貴族から外れているので、宣伝を任せるならソフィアの子孫だ。ソフィアのひ孫の中にはエルフではなくて普通の人間もいる。今度こそ普通の体形で似合うデザインを考えてほしい。
服以外だと、まず、農作物の種や苗だ。この世界には小麦や野菜は地球とほぼ同じものがあるけど、果物については土魔法を使ったり、魔物の死骸などから魔力を得ないと成長しない。今では魔力も魔法使いも潤沢に使えるのでそれほど需要はないけど、魔力なしで育つ作物もあったほうがいいかなと。それに、この世界にもともとあった野菜に美味しく育つ魔法をかけるよりも、地球で品種改良された野菜に魔法をかけた方が美味しいのだ。もちろん魔法の強さにもよるけど。それに、魔法でたんに「美味しい」と修飾したものと、化学的に美味しいものとでは複雑さが違うのだ。つまり、魔法と科学は両立するのだ。合わせればより良いものを生み出せるのだ。
それから、酪農についても牛、豚、鶏、羊、鹿とかを買ってきた。この世界の動物は全部魔物だ。私が洗脳魔法をかけまくっていたから遺伝子レベルで温厚になってくれているけど、やはり絞めるときには魔法で気絶させなきゃいけなくて、どうしても魔法の力が必要だ。だから地球から強すぎない家畜を連れてきたのだ。もちろん時間停止させて。
魚介類についても同じだ。他国から仕入れた海の生き物は、やはりすべて魔物だ。これも同じ理由で地球のものを連れてきた。
農産物などについては、お嫁さんの誰が担当というわけでもない。現マシャレッリ当主…、セフィリアの三十二歳下の孫に丸投げした。
次のお土産は楽器だ。私とルシエラは音楽大学に行って楽器のことを学んできた。ひととおりの楽器を買いそろえてきたし、それらの構造や原理なんかも理解している。バイオリンだけは、私の曖昧な記憶でこの世界に広めてしまってあるので、なんか名前を変えねば。
楽器屋にサンプルや設計図を渡して量産してもらおう。今では魔法使いもたくさんいるし、プレス機とか電動のこぎりみたいな魔道具もあるので、地球ほどのクオリティにはならなくても、それなりのものができるはずだ。
楽器と一緒に曲もたくさんもってきた。ユリアナ・アンド・ルシエラのために作曲してもらった曲は二〇〇曲。もちろんそれだけじゃなくて、他のアニソンもたくさん集めてきた。
楽器の弾き方は、せっかく私とルシエラが音大生をやってきたんだから、教会で先生をやろうかなぁ。面倒になったら、そのうち誰かに知識と経験をコピーしてもよい。
最後のお土産は電化製品だ。私はいろいろと魔道具で再現してきたけど、いろいろと忘れていたものは多い。ヘアアイロンをスヴェトラーナと作ったりしたけど、ひげそりを忘れていたり。これでも前世で二十年以上ひげを剃っていたのだけど、今の私はひげはもちろん、体中にムダ毛一つない生き物なので、女性のムダ毛ケアとかも思いつかなかった。
それから電化製品というか、電子機器については、日本から連れてきて若返らせた子たちや転生させた子たちが三、四歳になってから展開した。お土産というか、日本の子たちはこの世界の電子化を目論んでいるのだ。
日本で薫や子供たちが開発したもの…。電子機器で音楽を演奏して魔法を発動するシステムだ。私が開発したオルゴールを子供たちに渡したのがきっかけだ。
オルゴールはぜんまいを巻いた者が演奏したと見なされる。他人の巻いたオルゴールにイメージや魔力を込めても魔法は発動しない。音を鳴らしているのが誰のエネルギーとか労力なのかという情報が保存されているのだ。
そこで、音を鳴らしているエネルギーの所有権みたいなものがどこまで及ぶかを調べたのだ。結果的に、スマホで鳴らした音楽で魔法を発動できてしまった。スマホを充電したのが誰の労力かが重要だ。手回し充電器を使うと、所有権は充電器を回した者になった。手回し充電器でなくても、雷魔法を使えるなら変電器を通して直接スマホを充電できるし、念動の魔法や風の魔法、火魔法や水魔法による熱交換器でダイナモを回しても所有権を得られた。一度、バッテリやコンデンサを空っぽにしてから充電しないと、自分が所有権を持っていないエネルギーで音が鳴らされるときがあって、魔法が発動しなかったりする。その点はオルゴールと似ている。
残念ながら、発魔器で発魔した魔力を自分の身体を通して充電しても、所有権は得られなかった。本人の労力や魔力が必要なのはちょっと使いづらい。まあ、手回し充電器を使えば誰でもできるというのは救いだ。それに、これで必要なのは音を鳴らすエネルギーであって、魔法の規模とは関係ない。
まあそんなこともあって、まずスマホをたくさん買い集めた。でもそれじゃ継続的に供給できない。そこで、薫たちはスマホをいちから作れるように知識を付けてきている。こちらの世界で半導体や金属などを調達できればスマホを自分たちで組み立てられる。
しかし、知識と材料だけじゃどうしようもない。半導体や基板を作る装置が必要だ。さすがに個人で手に入れることができなかったので、こればかりは台湾にある半導体メーカーの工場ごと盗んできてしまった。そして、その工場を稼働するための知識も心魔法でもらってきた。
ちなみに、スマホだけじゃなくて、もちろんパソコンも作れる。それに入れるソフトも。
ひとまず、簡単に現地調達できる材料以外ももらってきたので、スマホやパソコンを作れる体制が整った。
さらには、葵たちは自然言語からメロディや魔方陣に翻訳するアプリを開発したらしい。この世界は音楽で魔法を発動するちょっとメルヘンなファンタジー世界だったのに、葵たちはそれを台無しにしようとしている。呪文ですらなくて自然言語でお願いするとスマホのAIがよしなに解釈して適切な魔法を使ってくれるなんて…。スマホとか機械で魔法を使う世界っていうのもあるかもしれないけど…。
だけど、まだオルゴールですら普及させてないのだ。この世界では一部の場所では楽器が凶器と見なされて、持ち込むことができない。そういったものの検査体制を整えてからじゃないと、簡単に犯罪が起きてしまう。というわけなので、まずはオルゴールを王家に公開して、そのあたりの法整備や体制を整えるようにしてもらおう。スマホの普及なんてずっと後だ。
ちなみに、オルゴールやハープではちょっと試せなかったのだけど、スマホでどこまでの周波数がメロディとして認識されるか試してみたのだ。すると、上限は八四〇〇ヘルツだった。ピアノの一番上の音の二倍くらいだ。下限は十三ヘルツだった。これもピアノのいちばん低い音の半分だ。人によっては音色として聞こえる範囲を超えているだろう。すると、ますます人に気が付かれずに魔法を使えるようになってしまって危険だ。
★ユリアナ一三四歳(マレリナ六十八歳、キャロル四歳)
というわけで、私がマシャレッリに戻ってきてから四年。薫や葵は四歳、翼や転生者たちは三歳となり、マシャレッリ領の近代化を進めている。
でも一応、教会に通ってもらっている。私が地球から持ち込んだ理系の座学は免除。語学は、私がこの世界の言語知識を心魔法で与えたので、やっぱり免除。残っている科目は社会と生物だけ。それと、音楽だけは欠かさずやってもらっている。
私と薫の子孫は漏れなく絶対音感持ちだ。絶対音感はけっこう遺伝する。
私としては、この世界を電子化するのもいいけど、音感のある遺伝子をもたらしてほしい。ソフィアやその娘のエルフたちはそれなりに歌えるけど、持っているのは相対音感止まりだ。そして、ひ孫や玄孫の代には人間もいるのだけど、同じく相対音感程度は持っているようだ。ただし、幼少期から音楽に触れていることが条件だ。ハープの弦の位置で魔法音楽を覚えているような者は、成熟してしまうとハイエルフでも音感を身につけられないのだ。
この世界の人間は音感がほぼない。音程を聞いても再現できないのが常識なので、秘伝の魔法の音楽を人前で披露してそれが盗まれると考える人がいないくらいだ。そこに、音感を持ったエルフと薫の遺伝子を広めることによって、この世界に音感をもたらしたい。誰もが当たり前のように歌を歌える世界にしたい。
だから、魔法の使える子孫は、あえて転生させずにこの世に放ったのだ。
ちなみに、配偶者の十四人はもともと絶対音感を持っていなかった。この世界の人間に転生することでそれがどうなるかと思ったけど、一応普通に歌える程度には音感を保っているようだ。魂の持つ能力なのだろうか。遺伝子とは別に魂から継承される能力みたいなものも考えた方がいいのかな。
音楽の能力を広めることは、やはりマザーエルフとしての私に与えられた使命なのかもしれない。代を重ねてエルフでなくなった子孫から音感が消えてしまうのなら、音感を持った遺伝子を異世界から呼び寄せればよい。薫の子供たちを日本から連れてくることになったのは必然だったのだ。
本来増えるはずのなかったマザーエルフも、今ではたくさん増えた。じつは、レティシアを始め、十代になったマザーエルフたちはエルフの郷を回って、本来の使命を果たして回っていた…。つまり、ハイエルフやエルフに子種を植え付けていた…。
エルフの排卵日は三ヶ月から七ヶ月、ハイエルフはおそらくその四倍程度とランダム性が高いのだけど、私が子宮の年齢を弄る魔法を開発してしまったせいで確実に排卵させることができるため、狙って子作りできているらしい…。おかげで、エルフ…、というかハイエルフは、長寿であるにも関わらず、爆発的に増えているとか。
今のところ、レティシアたちの増やした子孫たちは、南にあるエルフの森で暮らしており、ワープゲートを通ってマシャレッリには出没していないらしい。マシャレッリに来るにはちゃんと服を着る必要がある。葉っぱ水着ではダメなのだ。一方で、マシャレッリの教会をまねた教育はそれなりに施しているらしい。
知らないうちに大事になってしまった…。エルフの王はレティシア以下の子に任せたのだから私の関知するところではない…。けど、普通の入国審査くらいはするか…。
私がユリアナとして生を受けて一三四年。そのうち、六十六年間は日本ですごしており、この世界での時間経過はなかったから、この世界では六十八歳の扱いだ。六十六年たっても胸が少し大きくなったくらいなので、誰も私とルシエラが六十六年間異世界ですごしたなんて思わない。
お嫁さんたちは六十八歳。だけど、毎年十六歳に戻しているのでいつまでも若い。
娘のソフィアたちは五十二歳。ハイエルフの五十二歳は人間にして十二歳くらいの身長だ。それに、胸やお尻の成長も私なんかよりずっと速くて、六十六年間成長した私なんかよりもよほどでかい。
あ、フィオナを除く。フィオナはもうちょっと成長してもいいような気がするのだけど、いつまでも六歳児。だけど、ほんのり胸に膨らみがあるところは、昔のアナスタシアとは違うだろうか。
逆にアレクサンドラは、十八歳の時点でハイエルフの爆乳が完成していたというのに、今もなおかなりの速度で成長を続けている。このままハイエルフの成人年齢である一七〇歳まで成長すれば、一万歳のルシエラ相当になれるかもしれない…。
それから、ソフィアの娘たちの代、つまり私の孫たちは三十六歳なのだけど、エルフの三十六歳は人間の十五歳くらいの身長なので親の身長を抜いてしまったのだ。
これもフィオナの娘たちだけはいつまでも六歳児なので除外だ。
それからアレクサンドラの娘たちも、やはり十八歳で爆乳が完成しており、今もなお成長を続けている。ハイエルフのアレクサンドラは娘たちよりも成長が遅いようだけど、一七〇歳まで成長するアレクサンドラと五十歳まで成長する娘たちでは、どちらの胸が大きくなるのか楽しみでしかたがない。
それから、私のひ孫の代には、エルフだけでなく人間もいる。エルフから人間に子を授けると、人間が生まれることがあるのだ。ひ孫たちは今二十歳で、ソフィアの孫のセフィリアはマシャレッリ家当主をやっている。
それから…、私には玄孫がいる…。現在四歳だ。薫と一緒だ。代を重ねるごとにエルフが減っていく。
私の娘や孫はこれだけじゃない。孫とひ孫と玄孫が生まれたタイミングでお嫁さんたちも子を産んでおり、ひ孫と玄孫が生まれたタイミングでソフィアたちも子を産んでおり、玄孫が生まれたタイミングでソフィアの娘たちも子を産んでいる。家系図にすると、一世代や二世代不戦勝のシード権を持った子たちがいっぱいいるのだ。アンジェリーナとアレクサンドラがそれぞれ十五人ずつ嫁を持っていたりして、悪いけどもう全員の顔と名前を把握してない。
この世界の人間はもともと寿命が短いから世代サイクルが短いし、子供が死にやすいから一夫多妻とかでたくさん子を残そうとするのに、不老で死ぬリスクも少ない私や子孫が同じサイクルで子孫を残していったら、そりゃ把握できないほどに子孫が増えることになってもしかたがない。エルフは子供が生まれにくいのだけど、エルフが人間に子供を授けてるだけだから、関係ないんだよね。それに、エルフだろうとマザーエルフだろうと、都合よく子宮の成長速度を速くしたり戻したりしてるから、エルフが常に生理不順というのも関係ない。
子孫が増えてもマシャレッリ家の直系は毎回数人しかいないので、残りは全部平民だ。平民は領地の平民と結婚したりして、家庭を築いている。
マシャレッリ領は今や万を超える領民がいるけど、その一パーセントが私の子孫なのではなかろうか。
私の子孫が増えて何が問題かって…。
マリアちゃんとかブリギッテは、もともとあまり仕事ができる方ではなかったので、教会で音楽教師をやらせていた。だけど、私が領主を引退したときに、二人とも教師を引退。音楽教師そんなにたくさんいらないし、次の世代に座を譲りたいところだから、まあ、辞めるのはしかたがなかった。こうして二人はプー太郎になったのだ。って、二人は子孫じゃなくて嫁だけど。
フィオナとマルグリッテなんて、最初から教師として役に立ってなかった。フィオナは見た目だけでなく精神年齢もずっと六歳だし、マルグリッテもチャラ男…。遊んでばっかだし。
フィオナのお嫁さんたちは、永遠の六歳児であるフィオナや娘たちを世話するのが好きみたいだ。保育園の先生でもやらせたらいいだろうか…。
マルグリッテの嫁はマルグリッテと一緒に毎日遊んでエッチしてるだけ。救いようがない。
ちなみに、マレリナ、アナスタシアは、庭に畑を作って、自給自足できるくらいのことしている。
セラフィーマとラティアはなにげに、いつまでも魔道具作りに励んでいる。日本から持ち帰った電化製品を渡したら、喜んで解析して魔道具にしてくれた。セラフィーマは設計図のロイヤリティで今もけっこう稼いでいたりするのだ。本人は把握してないけど。
ソフィアは領主時代にいくつか事業を興して、その利権でお金が入ってきている。
スヴェトラーナも服飾デザインの使用料で、けっこう稼いでいる。
私だって、王都の喫茶店のオーナーだけはまだ続けている。
セルーゲイは、実は、マシャレッリ領のパン屋に酵母を供給する権利だけを個人名義で持っており、ずっと続けている。
アンジェリーナとアレクサンドラはそれぞれ、アバークロンビーとウッドヴィルでいろいろな事業を展開してきている。といってもマシャレッリの二番煎じだけど。発魔器や魔法関する主立ったことは、マシャレッリ家として契約しているけど、農業やスイーツ、服飾関係は、アンジェリーナとアレクサンドラがマシャレッリから技術を持ちだして、それぞれの国と契約しているのだ。だから、二人にはそれぞれの国からロイヤリティががっぽがっぽ入ってくるのだ。
つまり、利権に聡い…、ある意味貴族としてしっかりしていた者たちは、けっこう稼いでいるのだ。だけど、稼いでない子は何もやってない…。
私たちは不老なのだ。タイムリープすれば死を免れるのも容易だ。不老不死なのに仕事をしない。しかも仕事をしないのに子孫を増やし続ける。早い話が穀潰し。今は大丈夫でも、ネズミ講のように増えていったら、そのうち食料がなくなる。
「というわけで、あなたたちは仕事を探して自分たちで稼げるようになるまで、今後子作りを禁止します」
「「「「「えええええーーっ?」」」」」
私はブリギッテとマリアちゃんの血を引く者とその嫁を集めて、通告した。
マルグリッテにフィオナ、その嫁。孫の代とその嫁。孫の代、ひ孫の代に産んだ私とブリギッテ、マリアちゃんの娘など、数え切れない…。
「所帯を持った娘たちを養う義務は、私にはありません。まず自分たちが稼げるようになって、子供たちにそれを教えなさい。働かない子をむやみに増やすのは禁止です」
「「「「「はい…」」」」」
私の後ろにはブリギッテとマリアちゃん。二人は私の嫁なので、私が養う義務がある。だから二人に向けては言っていない。向いていないだけで、あからさまに聞かせはした。
娘たちが解散した後、ブリギッテとマリアちゃんを残して、二人と話をした。
「こんななるまで私が放っておいたのがいけないんだけどね、人間が定年退職するのは老化して力も脳みそも衰えるからだよ。でもマリアちゃんは永遠の十六歳でしょ。ブリギッテなんて、つい二十二年前に成人したばかりでしょ。あれから五十歳をキープしてるけど、そんなことしなくてもエルフはあと二〇〇年働き盛りなんだから。
だから、私たちが定年退職するのはおかしかったんだ。でも、ブリギッテはともかく、人間のマリアちゃんが歳を取らないのはおかしいから、音楽教師を辞めさせることになっちゃった。だけどさ、音楽教師を辞めてから三十六年たってるし、教会の人はもうマリアちゃんのこと覚えてない。今ならエルフが町に溢れかえってるし、耳が長くないエルフだって言い張っても通ると思う。二人ともまた音楽教師をやるのもいいし、マレリナとアナスタシアみたいに、自活できるくらいの畑を持つとかでもいいんだよ。ブリギッテなんて土魔法使いだから畑もできるし、強いんだからちょっと外で魔物を狩ってきてもいいんだしさ」
「私、また教会の先生に戻ってもいいかな」
「うん」
「私はマレリーナたちの畑の手伝いと、郊外で魔物狩りでもしてこようかな…」
「うん」
この世界の貴族の定年は三十二歳と決まっているわけではないけど、十六歳の学園卒業と同時に結婚して跡継ぎを産み、跡継ぎが十六歳になった時点で爵位を継いでしまう家が多い。王族がそうだからだ。王族は何人もの子が小さい頃から英才教育を施され、十歳になるまでに選別され、最も優秀な者が生き残ってきた。でも、普通の貴族はそうではないのだ。十歳までにある程度家庭教師で勉強はするが、家の財政状況によって教育のレベルはバラバラだ。それなのに十六歳で爵位を継がされるのは、ちょっとムリな家もある。
私もこの世界のやり方にならって三十二歳で定年したし、娘たちもそれでいいと思っていた。でも、エルフは人間よりも寿命が長いし、そもそも人間五十年というのだって食生活や衛生環境が悪かったときの話だし、今では命魔法使いも増えて安く治療魔法が受けられるようになり、怪我や病気で死ぬことも減った。それに、盗賊や魔物は減り、そもそも街道を通らないので襲われる心配もない。七十歳や八十歳まで生きる人は確実に増えている。貴族が三十二歳で定年してしまうというのは、確実に時勢を見誤っていた。今後どういう体制にするのか、現マシャレッリ当主のセフィリアと話し合った方がいいのかな…。
私、当主を辞めて何十年もたつんだけど、このあたりのこと、現当主が考えてくれないかな…。マレリナの遺伝子を引き継ぐセフィリアは真面目なんだけど、保守派というか、あまり変化に対して敏感ではないのかなぁ。
ちなみに、今の王家は十歳ではなくて十六歳の学園卒業までに最優秀を決めているらしい。第二、第三王子や王女もちゃんと学園に通っている。いなかったことにされはしないらしい。
私がマシャレッリの教会で、中学三年までの数学と理科を教えるようになってから何十年だろうか。この世界には魔法があり、魔法には質量保存の法則もエネルギー保存の法則も通用しないため、魔法は何十万年も科学の発展を妨げてきた。そのため、教会で教える理科は、魔法をまったく使わない場合と条件付けて物理法則を教えている。すべての者が魔法を使えるこのご時世に逆行した考えのように思っている者もいるが、物理法則を理解した上で魔法を使うと、魔法の効率は格段に上がるのだ。魔法と科学は両立できるのだ。
いちばん大きなものは電気だろうか。地球で電気を発明した歴史なんて知らないけど、この世界では雷が動力になるとは誰も思っていなかったところに、私が平然とそれを教えたものだから、最初は驚きがすごかった。
理科を教え始めてから数十年。私が教えた以上のことを研究している者たちもいる。私も高校の物理化学はうろ覚えだったので、日本で女子高生をやって復習してきた。それで、新しい学年を加えるつもりだったのだけど…。
私の役目は終わった。天才幼児-ズ現る。教壇の机に埋もれているちょっと異国風の四歳の教師。お約束だ。今まで十歳の教師がここに立つことはざらだったので、今さら四歳の教師がいても誰も驚かない。年齢に対する感覚が麻痺してきて良い感じだね。
薫やその子孫たちは、最初からこの世界の科学文明を進めるつもりで計画を立ててきている。高校の物理化学どころか、世界の最先端の知識を取り入れてきている。物理化学だけじゃない。医学もだ。きちんとした医療知識で治療魔法を使うと効果が上がることは証明済みだ。
私がいうのもなんだけど、薫の家系は記憶力が悪く、あまり優秀ではなかった…。でもユリアナの遺伝子を取り入れてまともになったらしい。葵と水樹、以下子孫たちは、手分けして世界中あらゆる学問を学んできた。
たかが二十八人で世界中の知識を吸収できるわけないって?ある程度基礎を学んで、有識者に会えるようになったら、心魔法の魔道具で知識をコピーしていったんだよ。しまいには、ワープゲートの魔道具で夜な夜な枕元に忍び込んで、知識をもらっていったよ。半導体工場のノウハウとか作業手順なんて出回らないからね。
そんな世紀の大泥棒みたいなことをやらかしてきた四歳と三歳の子供たち。さっきまで教壇の机に埋もれていたと思ったら、今度は子供の奏でる木琴やリコーダーに合わせて歌を歌っている。
「ねえキャロル、今のところ違うわよ」
「えっ、『異世界でアニソン歌手目指すんだ~』♪だろ?トゥヴァーシャがおかしいんじゃないか?」
「あたしが何年ファンをやってきたと思ってるの?」
「オレなんて旦那だったんだぞ?」
私の四歳のときの姿をしているキャロルこと薫と、三歳の時の姿をしているトゥヴァーシャこと翼。仲睦まじい姉妹となっている。将来は、薫はまた私と、翼はルシエラと結婚したいらしい。姉妹で結婚すれば良いのに。まあいいけど。
薫はオレっ子になってしまった。ローゼンダールの言葉にも、少し悪ぶった男の一人称というのはある。この世界の言語知識を与えてあるのだけど、なぜ語尾や口調まで翻訳しなきゃいけないのか。薫は念願のアニメ声の美少女に転生したのだけど、私とキャラが被るわけにもいかないからといってオレっ子を選んだそうだ。
一方で、翼はあたしっ子になった。翼だって一〇八歳まで生きたおばあさんなのだけど、いつまでも独身でずっとギャルっぽかったのだ。
それから、四歳の葵と水樹。葵はアオーイと呼ばれている。これはまあいい。でも水樹はミルキーになってしまった。この二人は若返らせただけであり、私と薫のハーフなので、日本人っぽい面影がある。この付近の国では珍しい顔つきだ。この世界のどこかにも、日本人のような人種がいるのだろうか。
他にも葵と水樹の子供が四人。これも四歳。この四人も若返らせただけだけど、日本人の血が七十五パーセントなので、だいぶ日本人っぽい。
それから、葵と水樹の孫のうち、男の子二人と女の子二人は、魔力を持っていたのでそのまま若返らせた。だからこの子たちも四歳。日本人が八十七パーセントなので、ほぼ日本人。
葵と水樹の孫のうち残りの女の子二人は魔力なしだった。だから、エッツィオくんの子孫の身体をあげて、魔法を使えるようにしてあげたのだ。
葵と水樹の孫のうち残りの男の子二人も魔力なしだった。でも女への転生を希望して、しかも前世の嫁ともう一度結婚したいと言ったので、アンジェリーナとマルグリッテの娘の身体を与えた。属性を一つしか持っていない他の転生者と比べて、エルフの二人は属性を四つも持っているのでずるいと言われた…。だけど性転換と同性婚をかなえるための手段なので勘弁してほしい…。
ずるいと文句を言っているのは、それぞれの配偶者も同じ。転生の女神の仕事も楽じゃないな…。
どうやら人間の属性数は最大三のようだし、魔力にも限界がある。エルフはとりあえず女である前提で話をすると、男がチートレベルの魔法を手にしたいのなら、性転換するしかない。ところが、私がいうのもなんだけど、薫の血を引く男どもはみんな性転換に肯定的…というか、薫のようにアニメ声の美少女になりたいと…。だけど、葵や水樹、その子供たちには、この世界に絶対音感を持つ日本人の遺伝子を広めるという使命を与えてあるので、しばらくは転生させてあげられない。
一方で、配偶者たちは今はエッツィオくんの子孫だ。そもそも薫の遺伝子を持っていない。身体をもらったばかりで文句をいうのもなんだけど、別の身体を与えようと思えばできないことはない。だけど、配偶者のうち男は性転換したいとは思っていない。でも最大三属性というのには不満があるらしい。そこに文句を言われても知らないし…。
配偶者のうち女はエルフになるのに肯定的。耳が長くなる以外は、スタイルも良くなるし、良いことづくめだ。
ひとまず、五十年は今の身体ですごしてもらうようにしてもらった。五十年後に転生する身体は自分たちで用意してもらうことにした。まあ、ハイエルフになりたいのなら私も子種を提供する。その代わり、邪魔法で属性ガチャの手引きはしない。葵はなにげに邪属性を持っているので、魔力を貯めて頑張れば、属性ガチャを決められるかも?
ある日、ソフィアたちから相談を持ちかけられた。ソフィアを筆頭に、マルグリッテ、ラティア、フィオナ、アンジェリーナ、アレクサンドラ、そしてその娘たちが真剣な眼差しで私を見つめている。
「ユリアーナお母様。私たちに子供をください!」
「えっ…」
そりゃ、私は産みの親である前世のルシエラに子を授けてレティシアが生まれたし、私が産んだルシエラから私も子を授かってラフィニアが生まれてる。それに、私はレティシアにも子を授けてる。どうやら私の知らないところで、レティシアは娘と子を作っている。だからマザーエルフには近親婚という概念がないのは分かる。でも、それはマザーエルフ間であって、人間の血が混ざった娘たちとの間ではなかったなぁ。
「ルシエラ、大丈夫なのかな…?」
「何がじゃ?ああ、人間は血の近い者どうしで子を作ると弱い者が生まれるそうじゃが、わらわの血はないものとして扱って構わん。おぬしが娘たちと契りを交わすのも、娘どうしで契りを交わすのも、何も問題ない。じゃが、同じ人間の血を混ぜるのはやめたほうがよいの」
「なるほど…。じゃあ、わかったよ。ソフィアたちはもう来たの?」
「はい。私は三年前、四十九歳の時に来ました」
「私は五十一歳のときです」
「私は四十六歳だったよ」
ソフィア、ラティア、マルグリッテの三人はおよそ標準体形なので、ハイエルフの初潮が来る期待値である五十歳付近で来たようだ。
「私は十一歳だったわぁ」
「わたくしは…十歳でしたわ…」
アンジェリーナは二年生のときに、アレクサンドラは学園に通い始めてすぐ来てしまって、おかげで政略結婚で他国に嫁ぐはめになったのだ。
「私、それ来てないの!どうしよう!」
やっぱりか…。フィオナはどう見ても六歳児にしか見えないもんな…。そのうちコンプレックスを感じて自分の命魔法で体形を変えてしまうかと思ったのだけど、コンプレックスに感じてもいないらしい。なぜなら精神年齢まで六歳だからだ。むしろ六歳以下かも。教会でも学園でも勉強して知識はちゃんとあるんだけどね…。
「魔法で来させちゃえばいいわよぉ」
今では初潮を早く来させたり、逆に処女に戻したりと、やりたい放題なのだ。成長が遅いとか早いとか、たんに見た目の好みの問題だけなのだ。マリアちゃんは十四歳で来たから、フィオナも九十歳になるころには来そうなものだけど、周りが全員来ちゃったらそりゃ焦るか。
そして、ソフィアたちの娘は三十六歳のエルフなのだけど、ハイエルフとエルフの成長係数?を抜きにすれば、およそ親と同じ感じに成長しているようだ。
例えば標準体形のソフィアやラティアの娘は、二十歳前後で初潮が来たらしい。
十一歳で初潮が来たアンジェリーナの娘は、アンジェリーナよりも数ヶ月早くて、十歳で来る子もいたらしい。
十歳で来たアレクサンドラの娘は、これまたやっぱり学園入学して、ほぼすぐに来たらしい。
そして、フィオナの娘は来ていない。マリアちゃんが十四歳で来たから、エルフなら三十歳で来てもよさそうなものだけど、フィオナもその娘たちも、九歳風のマリアちゃんと違って六歳にしか見えない。標準的な分布から外れてしまっている。遺伝子レベルで幼児退行するなんてことがあるんだろうか…。とはいえ、エルフだろうと何だろうと、私たちの間では肉体の成長なんて好きにすればよいのだ。もう、身近な人の身体を弄らないというルールは捨て去ったのだ。私一人ががんばっても、今は命魔法と時魔法を使える子がいくらでもいるので、制限しようもないのだ。
ちなみに、私のひ孫の代にはエルフも人間もいる。そして、エルフの中にはまだ初潮が来てない子が多いので、今回私の子をもらうのにはエントリーしなかったんだって。
というわけで、私は大きくなった娘と孫娘たちとキャッキャうふふしてすごしたのだった。
ある日、お嫁さんたちが妊娠して動けずつまらないので、私は一人、教会に赴いた。そこには五十八年間音楽教師を務める、老年の…、ではなくて、十二歳くらいの明るい銀髪で胸が大きめの少女…、アリア…。
私はキャロルとトゥヴァーシャに混ざって、アリア先生の授業を一緒に楽しんだ。
そして、授業の終わりに廊下で…、
「ユリアーナ先生」
「私は三十六年前に教師を辞めましたよ」
「ユリアーナ先生はもう貴族じゃないんですよね!」
「ええ、そうだけど…」
「私に子供をください!」
「ちょっ、そんな大きな声で…」
「ユリアーナ先生のこと、ずっと好きでした!」
「えっ…」
そういうのは体育館裏で頼むよ…。地獄耳のキャロルとトゥヴァーシャが角から覗き見してるじゃん…。
「でも私、小さいから成長が遅いみたいで、ずっと子供を産める身体じゃなかったんです。でもでも、最近やっと子供を産める身体になったんです!」
「だから、そんなことを大きな声で言ったら…」
アリアは耳が長く成長するのを妨げるイヤリングを使っているため、耳が人間サイズだ。本人も人間だと思っているみたいだ。耳が長くなくても、何十年も永遠の十六歳をやっているをマレリナたちを見ているから、自分が普通の五十八歳じゃないことに疑問を持たない。はず…。
それにしても、ソフィアたちと同じタイミングでこんなことを言い出すなんて…。
「お、お母さんはなんて言っているの?」
「お母さんは、『受け入れてもらえるか分からないけど、告白したら?』って」
「そ、そうなのね…」
ナタシアお母さんは、マザーエルフの血が近親婚扱いにならないことを知らないはず…。ああ、近親婚に問題があること自体知らないかな…。
「ねえ、お願い!私に子供……」
「わああ、分かったから、お母さんとおうちでお話しましょ」
「はい!」
久しぶりにナタシアお母さんの家を訪れた。
「ただいまー」
「お帰り、アリア。えっ、ユリア…ーナ様…。なぜこちらに…」
「かしこまらなくていい…です。もうとっくに貴族じゃないので…」
私とお母さんはアリアの前だからお互いに他人行儀に振る舞おうとしているけど、とてもぎこちない。
それに、お母さんは私を見て、久しぶりに再会した娘ではなくて、久しぶりに愛しい旦那が帰ってきたかのような顔をしている。うん、旦那で間違ってないよ。
お母さんは…、丁度八十歳じゃん!アリア経由でお母さんに渡したお守りの腕輪。お母さんが三十八歳のときに渡した。二日につき一日若返るようになっている。四十二年で二十一歳若返って十七歳になったら加齢停止に切り替わる。だから、丁度今年で永遠の十七歳になったはず。
うんうん。私に薫の記憶が宿ったときよりも、ほんの少し若いくらい。つい四十六日前のことのように覚えてるよ!
「あのね、お母さん。ユリアーナ先生は、お母さんがいいって言えば、私に子供をくれるって!」
「えっ、そんなこ……」
「まあ、よかったわね!ユリア…ーナさ…ん。ありがとうございます…。ベッドの準備をしてきますね」
「はーい」
「えっ、ちょっと…」
気が早すぎるでしょ…。お菓子作ってくれるっていうからキッチン準備してくるみたいな?
「準備できましたので…」
「お母さんも一緒においでよ」
「えっ」
「えっ…」
アリアは何を考えているのだ…。
「だってお母さんもユリアーナ先生のこと、好きなんでしょ?」
「だけど私、八十歳のおばあちゃんなのよ…」
論点そこなの?
「私だって六十八歳ですし」
「ほらほらはやくぅ」
「わかったわ!」
私とお母さんはアリアに手を捕まれて寝室へ。
こうして私はお母さんとアリアの月経周期を調整してから、ベッドをきしませた。
ついこの前も娘と孫娘を同時に胎ませちゃったし、親子で胎ませるのはここ最近の流行りになってしまった。
ところで、マザーエルフの私が、ハイエルフのアリアとかソフィアに子を授けたら何が生まれるのかな。ベリーハイエルフとかウルトラハイエルフとかあるのだろうか。アレクサンドラやアンジェリーナは多くても八属性。それに対して、ハイドラは十属性持ちだった。ハイドラはウルトラハイエルフ?それとも、属性ガチャの運が良かっただけ?
ルシエラの記憶の中には、ハイエルフと交配した記憶もある、だけど、一〇〇〇年をはるかに超えて生きたエルフはいないようだ。そもそも、一〇〇〇歳をまともに数えている者はおらず、だいたい一〇〇〇年くらいから老化が始まって、数十年で老衰して死んでしまうか、数年で自殺してしまう。だけど、一五〇〇年生きてるんじゃないかというようなハイエルフは存在しないようだ。
染色体がXYなのが男性で、XXなのが女性だからといって、男性と女性が交わっても七五パーセント女性みたいなものが生まれるわけではない。それと同じで、エルフ成分というのも離散的なものなのだろう。
実はこの辺りのことを、地球で薫の子孫たちが密かに研究していたのだ。エルフが持っている染色体をE染色体と名付けた。性別を決めるのがXYかXXの二通りしかないのにたいして、ここにE染色体を加えて三文字でパターンを表すことになる。
私とルシエラを検査したところ、マザーエルフの染色体はEEEだった。つまり、一〇〇パーセントエルフ成分を持っているのがマザーエルフである。男か女かと問われれば、どちらでもないと答えるのが適切だろう…。
そして、ローゼンダールにやってきてソフィアやアレクサンドラを調べたところ、ハイエルフの染色体はEEXだった。六六パーセントエルフ成分を持っているのがハイエルフだ。これはXが入っていることから一応女性といえるのではないだろうか。
ブリギッテやソフィアの娘を調べたところ、エルフの染色体はEXXだった。三三パーセントエルフ成分を持っているのがエルフだ。これはXXが入っているから確実に女性だ。
そんなわけで、マザーエルフとハイエルフをくっつけてもエルフ成分を八三パーセント持ったウルトラハイエルフみたいなものは、どうやら生まれないようである。
ちなみに、E染色体はY染色体と交わらず、EXYにはなり得ない。そのため、エルフを男にすることはできないようだ。
いやまあ、染色体だけじゃなくて、DNAとか明らかに人間と違いそうだし、そもそも染色体が三つくっつくとかもワケが分からないのだから、盗んできた医学知識でいろいろやってくれればいい。
エルフは人間の五倍の寿命を持ち、五分の一の速さで成長するというのは、平民の八割くらいに知られている事実だ。国の最南端の辺境の村でもない限りは。
だけど、五分の一なのは一部の要素であって、等倍の要素もあれば、どちらでもない要素もある。そういった部分については、ほとんど知られていない。エルフは自分のそれが標準だと思っているから、人間を基準に何倍とか考えたりしないのだ。人間からエルフに転生した私のような者でもない限りは。
ハイエルフに至っては、その存在はほとんど知られておらず、知っているのは一部の貴族と王族のみだ。レアキャラでなくなった今となっても、たいていは普通のエルフと一緒くたに扱われている。よくいわれるのは、ハイエルフの寿命が二十倍だということだけ。
そこで、私は日本から連れてきた子たちと一緒に、エルフとハイエルフの成長について調べたのだ。サンプルもたくさんあることだしね…。
参考にしやすいのはマレリナ、セラフィーマ、ブリギッテの子孫たち。標準体形なので。
まず、エルフだろうとハイエルフだろうとマザーエルフだろうと、十歳までの成長は人間の等倍だ。耳もそれほど長くなく、髪に隠すのも簡単だ。
十歳からは成長速度に差が出てくる。
まず、五分の一とか二十分の一といわれているのは、主に身長と顔つきの成長。これがいつまでも子供に見える原因だ。
それから内臓の成長も同じ係数になる。この世界で人間の初潮は十歳から十四歳くらいといわれているので、エルフなら十歳から三十歳、ハイエルフなら十歳から九十歳となるのだろう。
ちなみに、フィオナに初潮が来るまで子宮を加齢したら、一〇五歳だったよ…。やっぱり標準的な分布から外れてる…。
それから、五分の一とかがあまり関係ないものが、女としての体つきだ。エルフは人間と同じ速度で胸やお尻が成長していく。だから十八歳くらいまでは身長こそ低いものの、人間と同じくらいの体形に見える。だけど、十八歳を超えて五十歳くらいまで成長し続ける、らしい。
一方で、ハイエルフは十八歳までは人間と等倍で体つきが成長するものの、十八歳以降は半分くらいの係数になるようだ。胸囲とかを測っていると、そういう結論になった。五十二歳のソフィアは三十六歳の娘に抜かれているのだ。だけど、ハイエルフの成長期間はエルフの四倍で一七〇歳までは成長するから、最終的にはエルフの巨乳を遙かに超えて爆乳になるというわけだ。
この法則はマザーエルフである私にも適用されていて、私も十八歳までは人間と同じくらいに胸が成長していたのだけど、十八歳からピタッと止まってしまった。あれから一一二年たったけど、ちょっとは胸が大きくなっている。私の地球での六十六年分の成長を一秒後に見たマリアちゃんからすれば、ずるいとなるらしい。ルシエラによると、四〇〇〇歳くらいで成人のハイエルフくらいになって、一万歳くらいでその二倍…、私も一度経験したことあるけど、あのサイズになるのだ…。
エルフの成人は五十歳、ハイエルフの成人は一七〇歳。マザーエルフはたぶん一万歳?そしてその後は外見的な老化はしばらく見られない。エルフは二五〇歳から、ハイエルフは一〇〇〇歳くらいから、マザーエルフは五万歳くらい?から老化が始まるという。それも人間と同じ速度で。人間と同じ速度だからって、二十歳から二十一歳になったって、老けたなんて思わないから、数年して身体の衰えを感じたりして初めて、そろそろお迎えかなと思うらしい。多くのエルフとハイエルフは、衰えて動けなくなったり、しわができたりする前に、自殺してしまうらしい。
ルシエラも一回だけ老化が始まるまで生きたことがあるらしい。爆乳をはるかに超えたあの大きさの胸が老化して垂れてしまうなんて、たしかにそんなものを見るくらいなら死んだ方がマシかもしれない。成人したマザーエルフの身体というのは、次のよりしろに栄養を託すためのものなので、そもそもあまり動き回ることを想定していないのかもしれない。
ところで、人間の成長は本来十八歳くらいで止まってしまうのだけど、子宮年齢を第一子出産前まで若返らせるベルトと、子宮の成長を停止させる魔道パンツのおかげで、女性は十代を超えても永遠に成長できるのだ。なので、ここ最近の五十歳の人間女性はエルフと変わらないほどの胸とお尻をお持ちである。女性ホルモンが十分に分泌されているので、お肌もそれなりに張りがある。だけど、二十歳相当のエルフと区別できないほどではない。やはり老化は老化だ。
もちろん、エルフもお金を持っている者は子宮若返りベルトと魔道パンツをはいているから、エルフの巨乳を超えて爆乳を目指している者も多い。
ちなみに、この二つの豊胸アイテムは、世界を滅ぼすアイテムになり得るかと思っていたのだけど、豊胸速度は本人の本来の成長速度によるし、そもそも何年もかかる。しかも、加齢が必要とあれば、一長一短だ。
そうなると、いつまでも若いまま豊胸し続けられるエルフはずるいとなるわけだ。マシャレッリではエルフに差別意識はまったくないけど、他の領地ではまだ少なからずある。それにも関わらず、エルフを妾にする者が増えつつある。エルフは男を愛さないのだけど、それも了承済み。エルフもお金欲しさに了承済み。避妊も楽なので、不幸なことも起こらない。妾じゃなくても、エルフの売春は増えてきたな…。エロ婦とはよく言ったものだ…。
ちなみに、子宮若返りのベルトと魔道パンツは、もちろんお嫁さんたちも使っているけど、お嫁さんたちは毎年十六歳にリセットしているので、胸が大きくなり続けたりはしていない。スヴェトラーナは通常の五倍速で胸が成長するので、リセットしていなかったら今頃胸に埋もれているだろう…。
というわけで、エルフとハイエルフの生態については、今後も詳しく調べていくつもりだ。
ちなみに、葵や他の男性陣に言われるまで気が付かなかったのだけど、葵たちは男性用の魔道パンツも必要だと言って開発していた。葵たちは私の前世が薫であることを知らないので、「ユリアナ母さんは女の子だから男の悩みに気が付かなくてもしかたがないね」と言っていたけど…。
別に、女性のように一ヶ月おきに自動的に出てきて体調を患わせるわけじゃないし、健康なら何歳になったって元気なんだから、老化を停止させるようなものは必要ないと思うんだけど…。ああ、女性用の魔道パンツは豊胸パンツとしての役割あるから、男性向けもアレがパワーアップするパンツにするのかな…。それって女性向けよりも凶悪なアイテムなのでは…。
あまり詳しいことは教えてもらえなかった。だけど、発売後にマシャレッリ領の出生率が上がったのはいうまでもない。
ところで、日本にいるとき葵に言われて、初魔器をパワーアップした。以前は、位置エネルギーを消費してから、それをエネルギー保存の法則を無視した時魔法で戻したりしていた。でもよく考えたら、時間を戻すのは位置エネルギーじゃなくて、電池、つまり魔石のエネルギーでよいのだ。魔石の魔力を放出してから、放出する前に時間を戻せばよい。
ちなみに、時間を戻すのに必要な魔力は体積依存であって、魔石から消費した魔力とは無関係だ。やはり、魔法にエネルギー保存の法則は通用しない。
また、発魔器自体を加速することで、実時間の単位時間あたりの発魔量も増やしている。ただし、加速すると魔方陣を描いた紙とかの劣化が早まる。そのときは、魔道具自体の時間を戻せばよい。まあ、とんちを効かせれば、いくらでも小さなコストで大きなリターンを得ることができるのが魔法だ。とにかくバグ技みたいな使い方が多いけど、チートではないのだ。
この発魔方法は今まで発魔器のなかった心、邪、聖の属性でもできる。これが日本行きの前に分かっていれば、ルシエラのためていた邪の魔力を使うこともなかったのだけど、まあ、発魔器の魔力と個人がためた魔力は、所有権があるかないかくらいの違いしかない。所有権というのは、オルゴールやスマホで音を鳴らすとき、誰が演奏したかを決めるものだ。邪魔法でオルゴールやスマホを鳴らせるとは思えないので、誰の所有権でも関係ないだろう。
ちなみに、時魔法を使う方法ではなくて、事象を阻害することによって魔力を回生する本来のやり方で、心の魔力も回生できることが分かった。阻害する事象は感情を高めることだ。平常の状態から高まる状態への移行を阻害すると心の魔力を得られる。
感情の高まりを吸いとるというのはよくある話かもしれない。恐怖の感情を吸いとって魔王が復活のエネルギーにするとか…。驚かせてエネルギーを貯めるってのもあったな…。でも発生するのは心の魔力だよ。邪の魔力じゃないよ。それに恐怖や驚きの発生を妨げるから、けっこう良いヤツだよ。
私が何十年も身につけている、興奮抑制のブレスレット…。この原理を使って改造することにしたんだ…。私の性欲を吸いとって、ピンク色の魔力を生み出すブレスレットに…。これでブレスレットの魔力切れが心配ない。ピンク色の魔力がたまりすぎたら精神治療が発動するようになっている。落ち着きなさいと…。
この方法ではやっぱり自動化はムリだし、聖属性と邪属性の発魔も発見できていないから、やっぱり魔石の状態を時魔法で戻す方法がいちばん楽だ。
発魔器に使う時間を戻す魔法は、正確には発魔器自体の時間を戻すのではなく、発魔器のある空間の時間を戻す。電池や魔石は、消費すると中身を放出してしまうので、残ったものだけの時間を戻してもしかたがないのだ。だけど、空間の時間を戻すと、その空間から出ていったものも含めてある時刻の状態に戻すことができる。
ここで、ある空間Aから物体Bを外に持ち出して、空間Aの時間を戻すとしよう。すると、空間Aには物体Bが戻ってくる。一方で、物体Bは外に持ち出されたままだ。よって、物体Bは二つに増えたことになってしまう。
逆に、ある空間Aに物体Cを持ち込んで、空間Aの時間を戻すと、物体Cの存在はなくなってしまうので注意が必要だ。
リオノウンズが攻めてきたときに一時的に食糧不足になったのだけど、そのときに物体複製を方法を知っていたら楽だったろうなぁ。あまりおおっぴらにやるわけにはいかないけど。
明らかにバグ技のようだけど、それほど驚くことでもない。前にもいったように、明日の私がタイムスリップして来て今日に留まれば、私は二人に増えるのである。でもそれじゃあ、明日の世界からは私がいなくなってしまうように見えるけど、私がタイムスリップの魔法を使った時点で世界線は複製されているので、もうその時点で私は増えているのだ。
だけど、私がいなくなったままの世界線というのが存在するのは気持ちが悪い。その点、空間の時間を戻す方法による複製は余計な世界線を作成したりせずに、物体だけをコピーできるので安心だ。
私を増やすということについて考えていたけど、キャロルはほぼ私だ。もし最初からコピー技を知っていて、ローゼンダールに連れてきてルシエラの身体を与えると分かっていたなら、最初から私をコピーして、魂だけ抜き取って薫に入れてやればよかったな…。まあ、今使っている魂は薫のひいおじいさんに当たる人の魂なので、不具合もないようだからこのままでいいや。
マザーエルフの依り代は魂が宿らないけど、自分の魂をコピーして与えることもできるね…。魂をコピーしたら、それはやっぱり別のアイデンティティを持つのかな…。
変なことがいくらでもできてしまう時魔法だけど、タイムパラドックスが起こらないようにコピー・オン・ライト方式で実装したのでこういうことができてしまう。だけど、複数の世界線から同時に過去を改変するという事態になっても矛盾が起こりえない、楽で万能な方式だ。魔法を実装した神様も大変だな。
ところで、空間ではなく物体、それも生き物の時間を長い時間戻しすぎると生き物が死んでしまう理由を解明した。物体の時間操作は、ものの出入りを操作しないのだ。だから、生き物が吸った酸素と体内の物質との化合が還元されてしまうようなのだ。逆に、吐いた二酸化炭素はすでに存在しなくなっていて、時間を戻した物質には酸素か炭素が化合していたのに、それを戻すことができない。なので、体内物質の一部が欠損したり、余分な物質がたまったりして不整合が起こって、死んでしまうことがあるようだ。食事や排泄が絡んでいるとさらに複雑だ。
そのため、以前にルシエラが行っていたのは、生き物がいる空間の時間を戻すことだったらしい。それなら、酸素はもちろん、食べ物や排泄物も元通りだ。そのかわり、食べ物が胃袋から消え去ったり、排泄物が複製されたりするかもしれない。
ちなみに、物体を戻す時魔法には二種類ある。ひとつは、物体の位置と速度(運動エネルギー)も含めて戻すやりかた。これをやると、移動していた物体は元の位置に戻る。
もうひとつは、物体の位置や速度は変えないやり方だ。物体はその場で元の状態に戻ろうとする。もちろん、形が変わっていたり、相対的な位置関係が変わっている場合は、相対的には移動する。ただし、重心は移動しないようになっているようだ。
もはやエネルギーは無尽蔵にあるし、エネルギーを生み出す発魔器だっていくらでもコンパクトにできる。だけど、発魔器というのは発電所にあって、家庭には電線のような魔線で送り届けられている。電気料金ほどではないけど、料金もいただいている。以前は発魔器のメンテナンス代だと思っていたが、発魔器自体の時間を戻してしまえば劣化する前の状態に戻せるし、それも自動でやるようになっているから手間もお金もかからない。魔力代はまあ、使いすぎ防止の意味合いしかない。
ちなみに、魔石の時間を戻して発魔する方法は一般公開しておらず、製品化もしていない。広めたのは重りを落として運動エネルギーを回収して時間を戻す方法に留めている。あまりにコンパクトで効率の良いものが出回ると、良からぬことを考える輩が増えるからだ。
このあたりのことは転生組とよく話し合って、何を広めるのかよく考えることにしている。
今のところあまり考えていないけど、エネルギー保存の法則に則っていないということは、例えば火の魔法ばかりを使い続ければ温暖化や酸素不足になるかもしれないし、水の魔法を使いすぎれば世界が海に飲まれるかもしれない。だから、魔力料金には、二段料金とか三段料金というふうに、使えば使うほど高くなるように設定してあるのだ。たいした抑止力ではないけど。
ところで、時の流れを速くしたり遅くしたりできる時魔法だけど、時間の速度の違うものと触れあう場合は、質量が変化する扱いになるの以前いった通りだ。普通は速く動いているものは運動エネルギーを多く持っているのだけど、時の流れを速くすることで速く動いていたとしても、それは多くの運動エネルギーを持っていることにならない。なぜなら、速くなっていない側からは、速くなっている物体の質量がその分小さくなっている扱いになるからだ。
運動エネルギーは速さの二乗と質量に比例するから、時の流れが二倍速になっている物体は、そうでないものに対して四分の一の質量しかない扱いになる。石ころを投げて時の流れを加速して銃弾のように速くなった石ころが当たったら身体を貫通してしまうように思えるが、実際には軽石になってしまっているので、衝撃は加速しないのと同じだ。
逆に、時の流れを遅くしたものは質量が増加した扱いになる。加速した状態で加速していない者を殴るときは、重く感じるのだ。この原理があるためか、時の流れを停止した物体は無限の質量を持つことになり、動かすことができない。時間が止まっているからといって、オラオラ殴っても無駄無駄なのだ。それどころか絶対に動かない堅いものを殴ると、拳がめちゃくちゃ痛い。
時間が止まっているということは、惑星の自転や公転からも外れてしまうのでは…。と考えたけど、時間を止めた物体は、普通にその場所に留まっているように見える。この世界は惑星ではないのだろうか?それとも動かないとしておきながら、惑星の自転と公転には同期する仕組みが入っているのだろうか。
そもそも、時間を止めた空間には光が入ることも出てくることもないから真っ暗に見えるのでは…。だけど、時間を止めた空間の中の物体は普通に見えるし、空間の先もちゃんと見える。
光子だけは除外されているのかと思ったけど、そうでもないようだ。どうやら、透視のような魔法で、そのように見せているだけという結論に至った。魔法を実装した神様は意外に細かいな…。
ちなみに、物体や空間の時間を戻す場合も、止めた場合と同様に物体や空間に干渉することはできない。移動した物体の時間を戻すと、元の場所に戻っていく。
干渉することはできないのだけど、戻ったり止まったりしている物体に力を加えると、時の魔力を余分に消費する。魔力消費に絶えられなければ魔法は中断される。そのため、無敵の壁のようになったりはしない。
時間を止めた物体や空間は動かない。だけど、異次元収納に入れた場合、異次元収納の中では動かせないが、異次元収納自体を移動することはできる。だから、時間停止のアイテムボックスというのは成り立つ。商品化しておらず、身内でしか使っていないけど。
未来知覚やタイムリープは私の身内にだけ公開されている魔法だ。日本で株や競馬で儲けようとしたように、簡単に悪用できる魔法である。だけど、人間が持ちうる最大の魔力では、数十秒先を見たり、数十秒戻すのが関の山だ。そして、最大の魔力の人間というのは、マザーエルフから生まれた葵と水樹、それか王族レベルだ。しかも、時魔法を授かることがレアであり、そうそういるものではない。
他にも、魔法にはそれそのものが危険なものや、バグ技のような使い方がいくらでもある。マリアちゃんの養父だったジュリクス・ジェルミーニがどうやって洗脳や記憶操作を知ったかしらないけど、これからもそういう魔法が人の手に渡らないようにしなければならない。
基本的には危なくないものしか一般公開していない。メロディ辞典はマシャレッリ家だけの秘密である。魔法が単語を自由に組み合わせて作れるものであるという事実は誰も知らないのだ。
★ユリアナ一三五歳
翌年、私の娘たちと、孫娘たちの出産の時が訪れた。フィオナは六歳くらいの身体なのだけど、遺伝子レベルで小柄な家系なので、赤子もその分小さくて、早産にならずに済んだ。
前にもいったとおり、ソフィアたちの産んだ娘の染色体を調べたところ、ウルトラハイエルフとかではなくて、普通のハイエルフだった。だけど、全員が十属性持ちだ。気分的にはウルトラハイエルフだ。みんな光沢があるけどくすんだ色の髪をしている。いずれか二つの属性の色が抜けている分、微妙に色がある。
アレクサンドラの産んだ娘は赤髪。ない属性は風と空間。
アンジェリーナの産んだ娘は水色髪。ない属性は火と時。
マルグリッテの産んだ娘は黄髪。ない属性は水と心。
ソフィアの産んだ娘は青髪。ない属性は雷と土。
ラティアの産んだ娘は緑髪。ない属性は土と風。
フィオナの産んだ娘はピンク髪。ない属性は木と邪。
孫娘たちが産んだ娘もベリーハイエルフとかではなくてハイエルフだ。マザーエルフとエルフの交配はブリギッテと何度もやっているのだ。だけど、一属性持ちのブリギッテと違って、孫娘たちは四、五属性も持っているので、産んだ子たちは八属性か九属性持ちだ。やっぱり気分的にはベリーハイエルフだ。
産声を上げた新生児たち。なのだけど…、
「お母様がた、よろしいのですわね?」
出産をしたばかりのアレクサンドラは、スヴェトラーナたちに問うた。
「ええ。よろしくてよ」
「お願いするわ」
「任せたよ」
「うん」
「楽しみです」
「いいよ」
スヴェトラーナ、アナスタシア、ブリギッテ、マレリナ、セラフィーマ、マリアちゃんは真剣な表情で返事をした。
「それでは行きます」
ぽんぽん……♪
アレクサンドラは異次元収納を開き、そして、アレクサンドラ、アンジェリーナ、マルグリッテ、ソフィア、ラティア、フィオナの産んだ赤子たちから魂を抜いて、異次元収納に格納し、時間を止めた。
魂を抜かれた赤子は泣き止み、でろんとなった…。
「え、な、何やってるの…」
私は呆然と見ている。
ぽんぽん……♪
そして、アレクサンドラはスヴェトラーナ、アナスタシア、ブリギッテ、マレリナ、セラフィーマ、マリアちゃんの記憶を赤子にコピーして、それぞれの魂を抜いて、赤子に移した。
アレクサンドラにとっては大変な作業だったみたいで、手にはそれぞれの種類の大きめの魔石を持っていて、本人は疲れた顔をしている。
「ええええっ?」
魂の宿った赤子たちは、焦点の合わない、だけど力強い目で私の方を見つめている。
「ユリアーナお母様、この子たちを抱いてくださいまし」
アレクサンドラは、スヴェトラーナの宿った赤子を私に差しだした。私は首を支えながらやさしく受けとった。赤子はとても嬉しそうだ。
続けて、アナスタシア、ブリギッテ、マレリナ、セラフィーマ、マリアちゃんの宿った赤子を抱いていく。みんな、私に抱かれるのがとても嬉しいらしい。
一方で、魂が抜けて、床に崩れ落ちているスヴェトラーナ、アナスタシア、ブリギッテ、マレリナ、セラフィーマ、マリアちゃん…。
「ねえ…、どういうことが説明してよ…」
「お母様方は歌うことのできるわたくしたちのことがうらやましかったのです」
「えっ…」
「お母様方は寿命こそ克服して、ユリアーナお母様と永遠の時を歩む決意をしましたが、ユリアーナお母様の大好きな歌を歌うことができない自分たちを不甲斐ないと、ずっと嘆いておられました」
「そうだったんだ…」
「そこで考えついたのが、エルフに生まれ変わることですわ。ユリアーナお母様は、異世界から魂を連れてきて、この世界の人間に魂を移し替えるということをやっておられましたわね。それで、魔法を持たぬ者でも魔法を使えるようになったと。同じように、エルフに生まれ変われば歌う能力を得られると考えたのですわ」
「そのために…」
「さあ、ユリアーナお母様。暗い顔をなさらないでくださいまし。スヴェトラーナお母様たちは、ユリアーナお母様とともに歌いたくて生まれ変わったのですわ。とても可愛らしい表情をしているでしょ。嬉しくてたまらないのですわ」
「そうみたい…」
「この子たちは、ユリアーナお母様の子であり、わたくしたちの娘です。一緒に育てましょうね」
「ええ!」
こうして、私の愛した六人のお嫁さんたちはハイエルフに生まれ変わり、私の子になり、私の孫にもなった。子供というのは可愛い。孫というのはもっと可愛い。ゼロ歳のお嫁さん!カオス!
そして、使い終わった身体…。私は貧乏性なので捨てられない。
魂のコピーをして身体に入れれば、何ごともなかったように動き出すだろう。さっきアレクサンドラが異次元収納にしまった本来の魂を戻してもいい。血縁なら問題が起こりにくそうだし。
だけど、記憶がお嫁さんたちのままじゃ、歌えない自分たちに不満を持ったままだ。だから、記憶をそのままの状態にして復活させるということはあり得ない。だから、異次元収納に時間停止して置いておくのが妥当かな…。再利用することもないだろうけど…。
結局、転生ってのは魂や記憶を別の身体に移動するというよりは、コピー・アンド・デリートって感じが強いね…。パソコンで違うメディアにファイルを移動するのは、コピーしてから元を削除してるだけだ。削除したと見せかけて、表から見えないようにしただけというところまでそっくりだ。
赤子になってしまったお嫁さんたちは、自分が前世に産んだ娘たちから母乳をもらっている。自分の産んだ子ではなくて、娘の産んだ子を選んだのは、母乳をあげる親がいなくなってしまうからだ。
アレクサンドラの胸はハイエルフ標準の爆乳を超えていて、胸の前まで手が届かないので、赤子を抱いて母乳を与えることができない。メイドに抱いてもらって母乳を与えている。
ほぼぺったんこだったフィオナにいつのまにか胸が生えてる…。私と同じくらいのサイズだ。フィオナは六歳サイズなので手が短く、あまり大きくしてしまうとアレクサンドラみたいに赤子を抱けなくなってしまうからだろう。とはいえ、六歳であれだけの大きさだと、相対的にはかなりの巨乳に見える…。七歳相当だったアナスタシアよりも幼い六歳のロリ巨乳幼女…。犯罪すぎる…。
ところで、今回子供を産んだのは、ソフィアたちだけでなくて、孫娘たちも子供を産んだのだ。実はそちらも一部の子の身体は売約済みだったようだ…。アレクサンドラは疲れた顔をしているが、ハープを奏でて、手際よく魂と記憶を移し替えていく…。
エッツィオくんの子孫の身体をもらった薫の親族十六人のうち、九人が今回生まれた子の身体に入れ替わってしまった…。
孫娘四人のうちエッツィオくんの子孫の身体をもらった二人。
それと、葵の嫁、葵の息子の嫁、水樹の息子の嫁、葵の孫息子二人の嫁、水樹の孫息子二人の嫁の合計七人、つまり配偶者のうち女性全員。
今回身体をもらわないのは、旦那七人と、地球人のまま遺伝子を広める使命を課している子たちだけだ。
ちなみに、アンジェリーナとマルグリッテの娘であるエルフに性転換済みの二人は、ベリーハイエルフ級に転生する九人のことを少しはうらやましがっているようだが、基本的にはアニメ声のエルフに転生できただけで満足で、属性数は二の次のようだ…。
孫娘たちが産んだ子供は無数にいる。属性検査をして好み属性の子を選んでいたのだけど、薫の子孫は属性よりもフィオナの娘の子を優先的に選んでいた。みんな永遠の六歳児になりたいらしい…。
一方で、薫の血を引かない嫁たちは、アレクサンドラの娘の子かアンジェリーナの娘の子を選んでいた。やっぱり女性の目には爆乳や美人が良く映るのだろうか。べつに、「乳房が大きく成長する」とか「美しく成長する」とかを使えばあまり関係ないのだけどね。身長と顔つきの成長を阻害すればロリ巨乳幼女だって作れるだろうし。
せっかく四歳まで育った十一人の転生者たちは、また〇歳からやりなおし。そして、エッツィオくんの子孫の身体はどうなるのかというと…、アレクサンドラは疲れた顔で変ニ長調と変ホ長調の気持ち悪い合成魔法を演奏して、魂が抜けて崩れ落ちた十一人の身体を〇歳に若返らせた。そして、嬰ト短調のメロディで記憶を消して、変イ長調のメロディで開いた異次元収納から魂を取りだして、十一人の身体に宿らせた。なるほど…、記憶をリセットしてやり直しだ…。
いらないからといってエッツィオくんたちに返すわけにもいかず、キャロルたちが責任をもって育てるんだって…。転生者の半分がまた赤ん坊になってしまったし、残ったのも四、五歳だというのに…。
ちなみに、今回エルフにならなかった旦那七人は、どうしてエルフに男がいないのかと不満たらたらだ。なんとかしてE染色体をXY染色体にくっつけられないか血まなこになって研究している…。
実は地球で医学を学んできたのは、男エルフを作って自分が転生したかったからなのだ。だけど、寿命をまっとうするまでに実現しなかった。「未来の自分、研究成果をください」とお祈りしたけど、未来の自分から荷物が届くことはなかったので、どうやってもできないのではないだろうか。
きっと邪魔法でも実現できないに違いない。
さて…、次はナタシアお母さんとアリアの出産だ。お嫁さんたちが転生してしまったのだけど、まさかお母さんまで同じことを言い出さないよな…。とか思いながら、農村の家を訪れた…。
そして、お母さんの子とアリアの子を無事出産。二人とも陣痛が来ていたわけじゃないけど、もう十分な大きさに成長しているので、魔法を駆使して無痛分娩した。お母さんの子の名はフィリア、アリアの子はミーファ。
お母さんはもともと楽器をやってないので、歌うために転生したいとは言い出さなかった。そもそもあれは、私が日本から連れてきた子孫たちを転生させたのを、お嫁さんたちが見ていたのがきっかけだったから、見てもいないお母さんとアリアはそんな発想には至らないはずだ。
この二人の赤子は耳が少し長い。アリアはいまだに耳が長く成長するのを阻害するイヤリングを付けていて、自分を人間だと思っているけど、この子たちは明らかに私が授けた子なので、ハイエルフであることは間違いない。だけど、ハイエルフというのは一般に認識されてないので、単にエルフと呼ばれるだろう。
だけど、エルフのような耳の長さではないのに何十年も若いまま生きている人間はマシャレッリ領にけっこううろついている。ソフィアの嫁とか、エッツィオくんとか。
耳が長くなくてもエルフなのかとか、エルフと結婚すれば人間でも長寿になれるのかとか、いろいろ憶測を呼んでいるが、ハッキリとした答えを持っている人はいない。貴族でなくとも、魔道パンツをはいている裕福な平民女性は年を重ねても美魔女になっている。数十年前と比べて食生活と衛生環境が改善されたこともあって、人間五十年と言われていたのが八十年とかになっていて、さらに混乱の元となっている。
まあこれだけ年齢不詳な者や、エルフとの間に生まれた子が溢れかえっているマシャレッリ領だから、お母さんとアリアがエルフの娘を産んだからといって、誰も不思議に思わないだろう。暮らしやすい時代になったものだ。
フィリアは紫髪。火、水、風、心、命、空間、聖の七属性持ち。
ミーファは金髪。水と邪以外の十属性持ち。
やはり光沢はミーファの方があるけどくすんでいる。フィリアの方がまだ純色に近い鮮やかさがあるけど、二、三属性しか持っていない者に比べるとやっぱりくすんでいる。
アリアは神のおぼしめしにより平民に紛れ込みやすいようにやや明るい銀髪だったけど、今では平民もわりとカラフルになってきたから、この二人が目立つことはないだろう。
お嫁さんたちは新生児になってしまって、母乳をくれるソフィアたちの屋敷で過ごしているので、寂しいから私もソフィアたちの屋敷で過ごしている。
五年前にお嫁さんたちが産んだ第四子とルシエラは部屋に残していくけど、ラフィニアは連れ回してる。
だけど、娘たちはそれぞれ世帯を持っていて独立しているので、私は六つの部屋をいったり来たりしている。それぞれの部屋には世帯主である私の娘と、その嫁が数人と、それらの嫁が五年前に産んだ第三子が同じ数だけいる。アンジェリーナとアレクサンドラの部屋なんて嫁と娘合わせて三十人もいるから賑やかだよ…。
っていうか、お嫁さんたちは五年前に産んだ娘がいるというのに、自分たちが赤ちゃんになっちゃったんだよね…。もうちょっと待てなかったのかな…。ソフィアたちに自分ごと子育てを押しつけていて、良い性格している。
お嫁さんたちが転生した大目的…、それは歌えるようになること。まだ首も据わっていないのに、産みの親にハープを弾いてもらいながら、音感トレーニングをしている。そして、着々と努力が実を結んでいるようだ。
「あああ~……♪」
マレリナが声で筋力強化と防護強化を口ずさんだ。
「やっや!」
どうやら成功したみたいだ。そして、首が据わったみたいだ。何回か首を持ち上げて、そのまま眠ってしまった。体力が尽きたらしい。
「あばば、おえええ!」
マリアちゃんがフィオナになんか言いたいようだけど、口が回らなくて何を言ってるのか分からない。
フィオナがぽんぽんと嬰ト短調のメロディを奏でて、マリアちゃんの心を読んだ。「私にも教えて」と言いたかったようだ。
転生したお嫁さんたちはみんな命属性を持っているけど、前世で持っていなかった属性のメロディは知らないのだ。マレリナは前世で命魔法使いだったから知っているだけだ。だからマリアちゃんはフィオナに教えてもらおうとしているのだ。フィオナたちはみんな命属性を持っていて脳筋だからね。
同じく前世で命魔法使いだったセラフィーマも筋力強化と防護強化を使って、身体を動かそうとしている。そして、力尽きて眠ってしまった。
他のお嫁さんたちも、親にメロディを教えてもらって同じことをやっている。みんな努力家だなぁ。まあ、ルシエラも早く動けるようになりたいから、同じことをやっていたっけ。筋力強化で口や舌も動かしやすくなるみたいで、喋れるようになるのも早い。
こうして、お嫁さんたちは七、八ヶ月で歩けるようになり、噛みながらも話せるようになったのだった。
歩けるようになったらもう大変だ。
「ゆいあーにゃしゃま、教会へいちましょ」(スヴェトラーナ)
「今日も教会でお歌のでんちゅうちたいわ」(アナスタシア)
「いちまちょう!ゆいあなちゃん!」(セラフィーマ)
「「「わたちも!」」」(マリア、ブリギッテ、マレリナ)
「はいはい、行きましょうね」
筋力強化を使ってやっと歩いている、小さなお嫁さんたち。ルシエラの遺伝子はあまり子供の顔に影響を与えないので、孫であるにもかかわらず、前世の面影がちゃんと残っている。
ちなみに、セラフィーマは私の遺伝子を取り入れることで名前をちゃんと覚えられるようになった!代わりにまだ舌足らずだけど。葵たちも薫のように記憶力が悪いということはなかったようだし、マザーエルフの遺伝子で悪いところを治せるのかもしれない。
教会でやっている曲は今までもさんざん弾いたことのあるものばかりなのだけど、歌うとなるとまた新鮮だ。
「「アいアちぇんちぇい、ごきねんよう」」(スヴェトラーナ、アナスタシア)
「「「「アいアちぇんちぇい、おあよー」」」」(マリア、ブリギッテ、マレリナ、セラフィーマ)
「おはよー、みんな元気だね」
さすがにフィリアとミーファを連れてきてはいない。転生者じゃないから、八ヶ月児は歩いたり歌ったりしない。家でお母さんが面倒を見ていることだろう。
教会には五歳になった娘、孫娘、ひ孫娘、玄孫娘がわんさかいる。領民の子供だって数百人いる。身内だけで固まっていてもしかたがないし、学年も別だから教室は別だ。だけど、お嫁さんたちは飛び級で三歳児クラスに乱入しているので、とりあえず一つのクラスにまとまっている。
私が四年前に産んだラフィニアもいるけど、ラフィニアは転生者じゃないので、普通に四歳児クラスだ。
ちなみに、キャロルとトゥヴァーシャはお嫁さんたちと同じく〇歳の時から教会に通っていて、社会科目と音楽以外免除の特別コースなので、学年をまたいでけっこう適当に通っている。
アオーイやミルキーは全員が筋力強化を使えるわけではないので、出だしはちょっと遅れていた。
甲高いアニメ声で歌の練習をしているお嫁さんたち。キャロルとトゥヴァーシャの声もちょっと高いなぁ。
私は六歳のときに薫の記憶に目覚めてから成長して本来の声は少しだけ大人っぽくなってるのだけど、ずっと六歳児のアニメ声を維持するように心がけている。十歳以降は顔つきや身長同様に声帯が成長してないみたいで、一三五歳になった今でも十二歳よりも大人っぽい声はなかなか出せない。
だけど、今のお嫁さんたちはどうだ。ゼロ歳の赤ちゃんのアニメ声じゃないか。なんて可愛いんだろう…。私、負けてる気がする…。五歳のキャロルにも負けてる気がする…。六歳で転生者になった私よりもゼロ歳から転生者をやってるお嫁さんやキャロルの方がチート能力が高い。
声帯をゼロ歳まで若返らせればいいのかな…。時魔法で加速すれば高くできるけど…。いや、練習してゼロ歳児の声を出せるようにしないと!
地球出身のアオーイたちはそれぞれ地球で盗んできた専門知識を教えるために教師もやっている。専門知識以前に、今までの教会では九歳までに中学三年生レベルまでしか教えていなかったので、高校生相当の十歳から十二歳までの学年を新設した。さらに三年後に、大学相当の十三歳から十六歳までの学年も新設する予定だ。
日本と違って長い夏休みもないし、この世界の人々は勤勉なので、かなり詰め込み気味だ。マシャレッリ領では平均寿命が八十歳くらいになっているのに、いまだに人間五十年と思っている人は多く、みな生き急いでいる。
アオーイたちは、地球で盗んできた半導体工場や電子機器工場をマシャレッリ領の地下の奥底に展開して、スマホとパソコンの生産実験を成功させた。
じつは、盗んできたといいつつも、工場があった空間の時間を元に戻してあるので、コピーしただけなのだ。誰にも迷惑をかけていないのだ。自分の死後の世界だからといって、良心の呵責もないようなことはしていない。
材料もコピーしてしまえばいくらでも生産できる。というか、できたものをコピーすればいい。でも、新しい機種を作りたいから、知識と材料と工場ごともらってきたのだ。
電波塔やサーバーもとりあえずコピーしてもらってきた。あとは、表示をこの世界の言語に合わせるだけだ。
幸いなことに、ローゼンダールの文字はアルファベットのような数十文字だけであり、何十万文字もある漢字のようなフォントを作る必要はない。そして、ひ孫の世代からもらってきたAIはとても優秀で、文法書と辞書をスキャンさせれば言語を覚えてしまう。
ちなみに、ローゼンダールの周辺国の言語は、方言レベルの差しかない。「直す」と言っておきながら「片付ける」という意味だったりして、アンジェリーナがときどき面食らっていたくらいだ。
じつは、ローゼンダール語の翻訳の前に、日本にいるときに日本語から魔法のメロディと魔方陣への翻訳は実装済みだ。メロディ言語には助詞や前置詞がなくて、演奏するときは何が何にかかるかイメージで指示できるのだけど、語順さえ守れば明確な係り受けを指定できるので、魔方陣でも曖昧になったりはしない。
これで、スマホやパソコンはこの世界で動くようになった。だけど、最終的には魔道具と組み合わせて、魔法のデバイスにする予定なのだ。
今でもとりあえず、自分の労力で発電した電力を入れておけば、スマホで鳴らした音楽で魔法を使うことができる。また、スマホ画面に表示された魔方陣や、プリンタで印刷した魔方陣に魔力を込めれば、魔道具にもなる。最終的にはスマホが自分で描いた魔方陣に自分で魔力を込められるようにしたい。
音楽で魔法を発動させるのに比べて、魔方陣で魔法を発動させるのは、イメージを使えない分不利だ。「あの辺」に「あれくらいの威力で」とかイメージするのは簡単でも、それを言葉で表すのが大変なように、魔方陣にするのは難しい。ところが、AIは絵を言葉で説明するのが人間よりも得意だ。「あの辺」を「右から三番目の人の足先から五センチ」などと瞬時に具体的な説明を作ることができる。そして、それを記した細かい魔方陣を一瞬で画面に表示できる。
あとは、心魔法を入力装置にすることで、イメージをスマホに読み取ってもらえばいいだろう。インテリジェント魔法発動デバイスのできあがりだ。魔法の杖がしゃべる世界にだってできるだろう。
そんなこんなで、アオーイたちの魔法改革は着々と進んでいくのであった。
★ユリアナ一三八歳(マレリナ三歳、キャロル八歳)
時は過ぎて、転生したお嫁さんたちも三歳になった。もうよちよち歩きを卒業してしまって、ちょっと残念。できないのにがんばっている姿が母性本能をくすぐるのになぁ。
声も赤ちゃん声から三歳児の声に。むしろ、赤ちゃん声を練習していた私の方が可愛い赤ちゃん声をだせるよ!周りに赤ちゃんがいなくなって私だけ赤ちゃん声を出してるのも恥ずかしいから使う機会がなくなってしまったけど…。
今日はマシャレッリ領の城壁の外に設営された会場でライブコンサート。ユリアナ・アンド・ルシエラの二〇〇〇曲の中から選んだ五十曲を披露する、大イベントだ。
ちなみに、曲はすべて変ロ長調に編曲済みで、歌詞はAIで翻訳済み。歌い手の喉を一・〇三倍に加速しても魔法を発動しないようにできるのだけど、歌い手が多すぎて大変なので、歌の方を変ロ長調にしたのだ。逆に歌い手はみんなアニメ声なので、変ロ長調でも余裕なのだ。
会場は二万人動員可能。円状になっていて、前側ステージと後ろ側ステージという感じに分かれている。
前側ステージのメインは、ユリアナ・アンド・ルシエラと、六人の小さなお嫁さんたち。
後ろ側ステージのメインは、キャロル・アンド・トゥヴァーシャ、フィーチャリングミルキーと、異世界からの来訪者たち。
前側ステージと後ろ側ステージの境界には、ソフィアたちを始めとする、数十人の子孫のバックコーラスと、その嫁である演奏者たち。アリアとフィリア、ミーファも歌うよ。タチアーナとセルーゲイ、エッツィオくんの家系、ディミトルの家系も演奏者としているよ。
アバークロンビーに置いてきたアンジェリーナの子孫と、ウッドヴィルに置いてきたアレクサンドラの子孫も来訪して参加しているらしい。顔も分からないけど。
つまり、私の親族が勢揃いなのだ。まあ、公式には私の子供ではない王家の娘たちはいないけど。
音楽のできないナタシアお母さんは舞台にはいないけど…。VIP席に招待している。
昔、お嫁さんたちにアイドル衣装を着せたのだけど、お嫁さんたちの前世の髪色は、マゼンダ、ピンク、紫、白、白、オレンジと、かなり偏っていたため、女児向けのプリティなんとかみたいなのはできなかった。しかし、今はくすんではいるもののRGBCMYと綺麗に別れているので、衣装もそれに合わせて作ってある。三歳のお嫁さんたちの衣装はとても可愛い。
ちなみに、みんなが演奏している楽器は、地球で学んできた知識を使ったちゃんとした楽器だ。バイオリンの弦の数は直したし、トランペットもちゃんとボタンの意味を理解したよ。
「「「「「異世界でアニソン歌手目指すんだ~♪」」」」」
風の魔道具を使ったマイクとスピーカーで、会場に響き渡るアニメ声。
ああ…、私、異世界でアニソン歌手やってる…。それも、大好きなお嫁さんたちと一緒に。
アニソン歌手になるだけなら何十年も前から実現していたのだけど、何か物足りなかった。今、足りなかったものが分かった。お嫁さんたちだ。私、お嫁さんたちと一緒に歌いたかったんだ。
音感トレーニングしても歌えるようにならなかった前世のお嫁さんたち。この世界の人間の遺伝子では音感を獲得できないのだと私は諦めていた。私は態度に出しているつもりはなかったのだけど、お嫁さんたちは不甲斐ないと感じていたらしい。
次々に歌を身につけていく私の娘たち。前世のブリギッテやリュドミラにも歌わせようとしたけど、歌は身につかなかった。つまり、エルフやハイエルフでも、幼いころから歌の訓練が必要だと考えたわけだ。
そこでお嫁さんたちが取った手段がハイエルフへの転生。ハイエルフになるだけじゃダメで、生まれてすぐにレッスンを始めた。今ではソフィアたちよりも歌がうまい。マザーエルフでもないのに、絶対音感を身につけつつある。
私のために転生して努力してくれたお嫁さんたち…。お嫁さんたちも私と歌いたかったんだ…。それが、今かなった!
キャロルたちが作ってくれた演出はすごいな。金色の光があちこちに立ちこめている。
「「「「「この世界を私の歌で幸せにするんだ~♪」」」」」
順調に進んでいく曲目。日本で私は異世界人だと思われないように魔法をかけていたのだけど、画面越しだとあまり効果がなくて、結局、異世界アニメの曲が多かったなぁ。
「「「「「世界のみんなが歌えるようになるといいな~♪」」」」」
それにしても金色のエフェクトがすごい…。ちょっと、光がすごすぎて客席がよく見えないんだけど…。
「「「「「見知らぬ地で出会ったあなたの歌を聴かせて♪」」」」」
金色のエフェクトばっかなんだけど、この歌なんてピンク色のエフェクトの方が良くない?歌詞をあまり考えない私でも分かるよ。
「「「「「美味しいお菓子であなたのハートをわしづかみ♪」」」」」
これって異世界でお菓子を広めるアニメだったな。変ロ長調にすると雰囲気変わるもんだなぁ。
「「「「「王子様なんて気にしない。みんな私のお嫁さん♪」」」」」
はぁ…。キャロルたち、手抜きだなぁ。結局全部金色のエフェクトだけだった。だんだん盛り上がってくるのはいいけど、ワンパターンだったなぁ。
「「「「「うぉおおおおおお!」」」」」
「「「「「わああああああ!」」」」」
こうして、この世界最大規模のライブコンサートは大盛況のうちに幕を閉じたのだった。
「なあ、誰だ?ワンパターンな照明を使いまくったのは」
「さあ、あたしじゃないわよ」
運営を仕切っていた八歳のキャロルと七歳のトゥヴァーシャ。エフェクトは二人の仕込みじゃないのか。
「オレじゃないよ」
「私も違うわ」
アオーイとミルキーでもないらしい。
「わたくちたち、歌うのにひっちで、しょこまで気が回りましぇんでちたわ」
「しょうね」
この世界で生まれ育ったスヴェトラーナやアナスタシアが演出なんて考えないだろう。
「実はな、マザーエルフ以外でも魔法のメロディを作る方法があるのじゃ」
「えっ」
突然現れるルシエラ。
「大人数で同じメロディを同時に演奏し、皆の思いが一つになると、そのメロディはその思いをかなえる魔法のメロディとなるのじゃ」
「それってつまり…、金色のエフェクトは魔力?」
「魔力の強いものが多いほどよいし、今ではマザーエルフもいっぱいおるから、一人一人の思いがそれほど強くなくても魔法のメロディができてしまうかもしれんのぉ」
「つまり結論から言うと…?」
「あれらの歌は全部歌詞の内容を願う聖魔法になってしまったんじゃないかのぉ」
「ええええええっ?歌で幸せにするとかできちゃうってこと?」
「そうじゃ。きっとかなうぞ。なんせ何十人もの強力な聖魔法使いが祈ったんじゃから」
「でもそれって私欲だよ…」
「皆の願いじゃ。おぬしの娘や孫はほぼすべて聖魔法使いじゃろう。娘たちは、おぬしの願いをかなえたいのじゃ」
「聖魔法使いが二人で互いの幸せを願えば最強ってやつ…」
「気にするでない。この国の民はおぬしの歌やお菓子ですでに幸せじゃ」
「あれ…、みんなが歌えるようになるのかな…?」
「それはこれからかもしれんな」
はぁ…。なんてこった…。これじゃ邪魔法でことわりをねじ曲げるのと同じじゃないか…。
ところがその後、何年たっても音感を持っていたり歌ったりできる人間が一般大衆から現れることはなかった。
一方で、私の子孫であるエルフやエルフ村から来たエルフがローゼンダールの民となした子が教会で小さい頃から歌を学ぶことで、歌い手の人口は増えていった。アオーイやミルキーなど薫の遺伝子を持った者がローゼンダールの民となした子も一般的な地球人並みの歌唱力を持っていた。薫の血が薄まると、絶対音感こそないものの、歌唱力は失われないようだった。
エルフの子はマシャレッリ領で増えつつあるし、薫の子孫もローゼンダール王国や周辺国に広まっていく。何世代も後の子孫は日本人の面影などとうにないけど、歌唱力は受け継がれている。
薫なんて物覚えの悪いポンコツな遺伝子が、この世界の人間に歌唱力を目覚めさせるキーになってしまうなんて…。まあ、マザーエルフの遺伝子と混ぜることで、ポンコツなところは治ってしまうようなので、薫でもいいのかな…。
結局、私が使う聖魔法はあまりにも規模が大きすぎるので、ある程度の方向性に導いてはくれるけど、大半は自分でマッチポンプしなさいという神の思し召しのようだ…。まあ、これでよかったのかな…。
しかし、あのライブコンサート以降、学園で行われる王子の嫁ドラフトでは、マシャレッリ家のエルフ娘がご令嬢をすべて奪うことになり、王子に嫁はまったくつかず、王家が跡取りを残すのが困難になったというのは、私のあずかり知らぬことである。
~鼻歌の魔女は異世界でアニソン歌手になりたい~ 完
■ユリアナ(一三〇~一三八歳)
地球で暮らした期間を除くと六十四~六十九歳。
■ルシエラ(ユリアナ-四十八歳)
■キャロル(薫)(ユリアナ-一三〇歳)
ルシエラの転生前の身体に宿った薫。
■トゥヴァーシャ(翼)(ユリアナ-一三一歳)
ルシエラの産んだよりしろに宿った翼。
■アオーイ(葵)(ユリアナ-一三〇歳)
薫とユリアナの息子。ローゼンダールに来て〇歳に若返った。
■ミルキー(水樹)(ユリアナ-一三〇歳)
薫とルシエラの娘。ローゼンダールに来て〇歳に若返った。
■葵の子、水樹の子(ユリアナ-一三〇歳)
男女二人ずつ。計四人。ローゼンダールに来て〇歳に若返った。
■葵の孫、水樹の孫(ユリアナ-一三〇歳)
男四人のうち二人と、女四人のうち二人は、魔力を持っており、ローゼンダールに来て〇歳に若返った。
■葵の孫、水樹の孫(ユリアナ-一三五歳)
女四人のうち二人は、エッツィオの子孫に転生したが、フィオナの孫に再転生してしまった。
■葵の孫、水樹の孫(ユリアナ-一三一歳)
男人のうち二人はエルフに転生した。
■葵・水樹の配偶者、葵と水樹の子・孫の旦那(ユリアナ-一三一歳)
計七人。エッツィオの子孫に転生した。
■葵・水樹の配偶者、葵と水樹の子・孫の妻(ユリアナ-一三五歳)
計七人。エッツィオの子孫に転生したが、アンジェリーナやアレクサンドラの孫に再転生してしまった。
◆異世界にやってきた真北家家系図
数字は属性数。ユ=ユリアナ。ル=ルシエラ。
子 孫 ひ孫
ユ┬──3葵┬─┬1息子┬┬1息子
| 0妻┘ |0妻 ┘|0妻
| | └0娘
| | 0夫
薫┤ └1娘┬─┬0息子
| 0夫┘ |0妻
| └1娘
| 0夫
ル┴──3水樹┬┬1息子┬┬0息子
0夫 ┘|0妻 ┘|0妻
| └1娘
| 0夫
└1娘┬─┬1息子
0夫┘ |0妻
└0娘
0夫
翼
属性数が0のひ孫娘二人と妻七人は、エッツィオの子孫の身体で四年間暮らした後、全員ハイエルフに転生。
属性数が0のひ孫息子二人は、アンジェリーナの娘エルフとマルグリッテの娘エルフに転生。
夫七人はエッツィオの子孫の身体のまま。
属性数のある者十人は地球人身体の若返らせてそのまま。
薫はルシエラの前世の身体をもらって転生。
翼はルシエラの娘の身体をもらって転生。
■ユリアナの嫁(ユリアナ-一三五歳)
マレリナ(青髪)、アナスタシア(水色髪)、マリア(ピンク髪)、スヴェトラーナ(赤髪)、セラフィーマ(緑髪)、ブリギッテ(黄髪)。
ユリアナの孫に転生してハイエルフになった。
■ラフィニア(ユリアナ-一三一歳)
ユリアナの産んだルシエラの子。遺伝子レベルではレティシアの妹。ユリアナと同じ銀髪。
■セフィリア・マシャレッリ(ユリアナ-一〇四歳)
ユリアナとマレリナのひ孫。ソフィアの孫。マシャレッリ家当主。エルフ。
(先代当主、セフィリアの親は登場していない)
■フィリア(ユリアナー一三五歳)
ユリアナとナタシアの第二子。紫髪。
■ミーファ(ユリアナー一三五歳)
ユリアナとアリアの娘。金髪。