8.ラポムが魔法決闘をしない理由
立派な王城がそびえたつ。屋根の無い観光馬車で堀の周囲をぐるりと巡った。
城は大きいのだが、ラポムの地元にはもっと大きく雄大なホワイトマウンテンという山がある。
人々が行き交う町の情景ほどには、少女が感動を覚えることはなかった。
観光馬車はそのまま近くの屋内型大競技場へ。
楕円形の大型競技場で、魔導器中継にも対応した施設だった。
次の大会の舞台だ。
そして――四年に一度行われる魔法決闘大会の会場でもある。
許可をもらって施設内を見学。
本日は催し物もなく、決闘台も並んでいないまっさらな会場だが、ラポムからすれば学院の講堂をバカでかくしただけという印象だ。
レオニードはフロアの真ん中に立って周囲を見渡す。
「想像できるかラポム。三万人を収容する客席が埋まり、人々の熱狂と歓声が会場を包む。世界大会の決勝の舞台に上がれるのは二人だけ。死力を尽くして戦い、互いに勝利に手を伸ばす。運命が決まる最後の瞬間まで、ここは……この場所こそが世界の中心になるんだ」
「あ、はい」
「ずいぶんと落ち着いているな。オジカコーチも現役時代に、この場所で世界を相手に戦った一人なんだぞ」
「レオニードさんもそうしたいんですよね」
「君は……やはり違うのか」
青年は残念そうだ。ラポムも自分の心に嘘をついてまでレオニードに合わせようとはしない。
「わたしは客席の一人になって、レオニードさんを応援しますね!」
「どうして決闘をしないんだ?」
ついに、口を衝いて出る。ラポムは教えてくれないが、青年には気になって仕方が無い。
「えっと……秘密じゃ……いけませんか?」
「君が話したくないというのに……また、こうして……だが、知りたいのだ。君のことを」
レオニードの真剣な眼差しに少女は小さく頷いた。
「じゃあ、ちょっとだけ」
少女は呼吸を整えると語り出す。
「わたしはずっと、お父さんに決闘ごっこって言われてて、自分でも練習とかしてる感じじゃなくて、本当に……ただ、遊んでもらってたんです」
「父君との仲は良いのだな」
「はい! とっても優しいお父さんですから」
屈託の無い少女の笑顔に、青年は「うちとは大違いだ」と心の中でひとりごちる。
「なら、君は決闘を好きなんじゃ……」
「もっとずっとちっちゃい頃に、地元でちょっとだけ合同練習に参加したことがあって……試合形式の練習もあって……お父さんはみんなと遊べるって……でも……」
少女の瞳に涙が浮かぶ。小さな胸を上下させて苦しげだ。
「どう……なったんだ?」
きっと良いことはなかったのだ。わかっていてもレオニードは訊くしかなかった。
「同じ年齢の子も、もっと上の子もみんな……泣いちゃって。だれも遊んでくれなくなって……決闘辞めちゃう子もいっぱいいて……そんなつもり……なかったのに……わたし……みんなと仲良くしたかった……だけなのに……魔力値5なんてインチキだとか……ズルしてるって……」
元プロ決闘者の父親に英才教育を施された、技術と才能の持ち主だ。魔力値では測れない実力をレオニードは身をもって知っている。
だから容易に想像できた。
幼少期に自分がまったく刃が立たない化け物と遭遇してしまったこと。
しかも相手は魔力値5で女の子なのだ。
ラポムと戦った子供たちの小さなプライドは粉々だろう。
レオニード自身も似たような経験をしているから、胸が痛む。
「そう……だったのか。だが、君はなにも悪くない」
「けど、みんなが悪いっていったら、そうなっちゃうんです。お父さんは『これからは父さんとだけ打とう』って」
ラポム・ブルフォレストが公式大会や競技会に記録として残らない理由。
彼女が決闘を「ごっこ」と言い張り、戦わないことの意味。
レオニードには少しだけ理解できた。
彼女にもいなかったのだ。
同年代に、対等に打ち合える相棒が。
「もし君と打ちたいという人間がいたら、どうだろうか?」
「は、はい?」
「対等とまではいかなくとも、君と打っても……君に負けても泣かない人間がいたら、君は……」
少女は一度うつむくと、涙の露を払ってゆっくり顔を上げた。
手を後ろに回して青年に返答する。
「やめましょうレオニードさん。わたしはただの雑用係です」
「…………そう……か」
「それよりお腹が空きました。ごちそう期待してもいいですか?」
「ああ、もちろんだとも」
二人は並んで会場を出る。
いつのまにか、三歩下がったところではなく、ラポムは自然とレオニードの隣によりそうようにして歩いていた。
◆
レオニードなじみのレストランで、ゆったりとしたランチタイムを二人で過ごす。
簡単なコース料理だ。一応、貧乏でも男爵家。ラポムも母親の躾のおかげで、テーブルマナーで恥ずかしい思いをせずに済んだ。
学院の制服姿で浮いてしまわないか心配だったラポムも、華やかな前菜の一口目ですべてが吹っ飛ぶ。
野菜とサーモンのテリーヌにすっかり乙女は心を奪われて、続く美食の連打に打ちのめされた。
「うう、美味しいですレオニードさん」
「あ、ああ。満足してもらえてなによりだ」
あまりにラポムが感動するため、青年は思う。
(――彼女になにか良いことがあったら、またお祝いに連れてこよう)
テストで学年一位の成績を残すとか、友達が百人できるとか。
デザートはピスタチオのジェラートだった。
ラポムは感涙である。豆が甘くて美味しいなんて……。
すべてが初めてづくしだ。
食後にレオニードはコーヒーを。少女は紅茶で一息ついた。
ふと、思い出したようにラポムが訊く。
「あの、レオニードさん。今日はその……紹介したい人がいるって言ってましたよね」
少女の心臓は胸から飛び出しそうになる。
「もう会っただろ」
「へ?」
「エデンのアグリトだが……他に誰かいただろうか」
「そ、そうだったんですか? あっ……そーですよねー。なんでもないです忘れてください」
「何かごまかそうとしてないか?」
「ししししてませんよ! 思ってないですから親御さんに紹介されるなんて」
ダイナミックな自白に青年は困り顔だ。
「そうか。君もライオネアの家名が気になるのだな……」
「ち、違います! 本で読んだんです! 男の人と町歩きデートして、一緒に食事をして……さらに紹介したい人がいるってなったら! い、色々と妄想が捗っちゃったっていうか……あうぅ……死にたい」
天にも昇るランチのあとで少女は奈落に真っ逆さまだ。
「ぷっ……ははっ! ははははっ!」
「ほ、本当にその……レオニードさんが大貴族だからとかじゃなくて……じ、自分でもうまく言葉にできません」
「今日は君のことを少しだけ知ることができた。信じるよ」
いつもどこか厳しい雰囲気をかもしているレオニードが柔和な表情を浮かべて、コーヒーカップをそっと口元に運ぶ。
つられて少女も紅茶を喉に流し込んだ。