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6.放課後王都デート

 週末の休日は午前と午後、合計八時間ほど練習である。

 朝一番に講堂にやってきて、ラポムは決闘台の準備をした。

 そこへ――


「おはようラポム・ブルフォレスト」

「お、おはようございますレオニードさん。良い朝ですね! ……って、あれ? 部室で着替えてこなかったんですか?」

「今日は所用で王都市街に行く。随伴を頼みたい」

「随伴? ひ、一人じゃだめなんですか?」

「君に紹介したい人がいるんだ」

「ええ!? そ、それって……」


 ラポムの顔が赤くなる。生まれてこの方、同世代の男の子と一緒に町に出かけたことがない。

 妹のおすすめするラブロマンスの本では、男女二人で町歩きをするのは「デート」になるという。

 しかも紹介したい人ということは……。


「どうした? 顔が赤いが熱でもあるのか?」

「な、なななないです! はい! 元気です! けど……」


 講堂に決闘台は準備したが、あれこれ雑用は残っている。

 レオニードは小さく頷いた。


「心配は無用だ。副部長には事情を知らせてある。君が加入する前からこの部は存続していたのだ。一日いなくても問題はない」


 ラポム不在でも魔法決闘術部は回る。それが少女には心苦しい。


「わたし……みなさんのお役に立ててるんでしょうか?」

「言い方が悪かったな。みな、君が雑用係に入ってくれて感謝している。練習効率も上がった。君に見られているというだけで、部員たちの集中力も高まっているようだ」

「そうなんですか!?」

「一度寮に戻って着替えてくるといい。運動着の格好ではさすがにな……」

「けどお出かけ用の服なんて……」

「着飾る必要はない。普段の制服で結構だ。そちらの寮に馬車を回す手配をしておく」

「は、はい! わかりました!」


 突然の誘いにラポムの頭はパンパンになった。

 少女は心の中で一筆したためる。

 前略、お父さん。男の子とデートすることになりました――と。





 郊外のユーニゾン魔法学院から、馬車は王都の中心街に向かう。

 車窓が流れた。客車内で二人並んで座る間、ラポムはずっとお尻がむずむずしっぱなしだ。

 十分に席幅はある。けど、近い。


「どこに行くんです?」

「着くまでのお楽しみだ」

「あ、あの! わたし対面の席に行きますね」

「かまわないが、それだとずっとお互いに顔を見合わせる格好になるぞ」

「やっぱりこのままがいいです」


 どのみち気まずかった。

 ほどなくして、王都の中心部にたどり着く。整備された馬車道のロータリーで降りると、ここからは徒歩だ。


 少女の歩幅に合わせてレオニードはゆっくり歩く。向かう先を少女はまだ知らない。


「歩調、合わせてくれるんですね」

「ロゼリアによく叱られたものでな」

「ありがとうございます。こんなところにおいていかれたら、迷子になって泣いちゃってますから」

「今後は何度も行き来することになる。迷わぬよう頭の中に道順を入れておいてほしい」

「は、はい!」


 王城を中心に広がる町並みにラポムは圧倒される。

 商業区に入った。

 人、人、人。建物は高く、休日の喧噪に圧倒されっぱなしだ。

 この区画だけで、故郷の人口よりも多いかもしれない。と、少女は思う。


「今日はどこに行くんですか?」

「エデンだ」

「はい?」


 楽園的な意味の言葉だが、もう少し説明が欲しいところである。

 商業区のきらびやかな店舗街……には立ち寄らず、まっすぐ抜けて裏道に入る。


「あ、あの、なんだか薄暗くて怖いんですけど」


 高い建物の陰になってどこかじめっとした通路だった。

 ラポムの脳裏に昨日のフォンの言葉が思い浮かぶ。

 王都には昼でも暗い道がある……と。


「ここを抜ける方が早いんだ」

「どうしても……通るんですか?」

「大回りでは二十分違うからな」

「わ、わかりました。こういう道の一人歩きは危ないんです。けど、わたしたちは二人ですし、もし何かあれば、わたしが守ってあげますね!」

「君はおかしなことを言うのだな。王都の治安は万全だ」


 絶対はなくとも、他のどの町よりも安全だと青年は眉尻を下げた。


「それに雑用係といえど部員を守るのは主将たる……いや、女性を守るのは男の私の役目だ。ロゼリアには前時代的と言われるがな」

「あ、ありがとうございます」


 レオニードはかっこいい人だと、ラポムは素直に思って頬を赤らめるのだった。





 レオニードの背中越しに教会の鐘楼が見えた。

 先ほどから並んで歩くのではなく、ラポムが三歩下がってついていく格好だ。


(――き、期待とかしてないけど、思ってたデートと違うかも)


 緑地に出た。小高い丘の上に小さな教会が建っている。

 背中まである長い銀髪の司祭と、赤毛のシスターの姿があった。

 説法が終わったところで、子供たちに焼き菓子を配っている。


「君ももらいに行きたいのか?」

「ち、違いますよ! なんだか良い雰囲気だなって思って。それに、お菓子はちゃんと説法を聞いた子供たちへのご褒美ですから」

「そうだな……さて、先に進もう。あと少しだ」


 青年は遠くを見る。

 墓地公園をつっきった向こう。道を挟んだ向こう側が目的地だった。

 緑地を抜けて路地に出る。

 店の前に立つ。

 看板には「エデン」の文字と一緒にこうあった。ラポムが読み上げる。


「魔法決闘術用具店……ですか?」

「ユーニゾンの生徒は用具をここで購入している。学割もあるからな」

「はぁ」

「口で説明するより見てもらう方が早いだろう」


 カランコロンとドアベルを鳴らして二人は入店した。


 狭めの店内には用具類一式が山積みだ。

 もともとはそれなりに広かったのだが、扱う品の種類が多すぎるせいか商品で埋まったという印象である。


 右手側には化粧箱に収められた杖がずらり。戦型によって分類されていた。

 左手側のラックには杖に装着する魔晶石。こちらも特性ごとに分けられ、棚がいくつも並ぶ様はさながら書店のようだ。


 用具を収納し持ち運ぶケース類に闘技服や靴もサイズごとに揃っていた。

 奥のカウンターで小柄な男が背中を丸めている。

 度数の高い瓶底レンズの丸眼鏡をしていた。濃いめの茶髪はもじゃもじゃで、もじゃり具合はオジカコーチとどっこいどっこいだと、ラポムは思った。


 レオニードがカウンターの男に声を掛ける。


「予約していたレオニードだ」

「はいはいうかがってますよお坊ちゃん」

「その呼び名は止していただきたい」

「坊ちゃんはずうううっと坊ちゃんですよ。ああ、もう何年前になるでしょう。小さなオープン大会の二回戦で一点も取れずに大負けして、涙で目を腫らしながら『お前の組んだ道具が悪い!』と駄々をこねられたのは」

「私が客を連れているとわかっていて言っているなアグリト?」

「はてなんのことでしょうねぇ。おや、お坊ちゃん。そちらのうら若き姫君は? いつものロゼリアお嬢様ではないなんて……隅に置けませんな」


 レオニードに呼ばれてラポムもカウンター前に出るとちょこんとお辞儀をした。


「ラポム・ブルフォレストです。一年生です。このたび、魔法決闘術部の雑用係になりました!」

「あたしゃアグリトっていうケチな用具屋でね。しかしブルフォレスト。ふむ」


 アグリトは顎に手を当て考え込むと「ま、いいでしょ」と、独り勝手に納得した。

 ラポムは思う。


(――また変な人かも)


 故郷にいた頃には自分が妹を振り回していたのに、最近はずっと翻弄されっぱなしだ。

 都会はおっかねぇ。と、改めて思うラポムだった。

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