6.放課後王都デート
週末の休日は午前と午後、合計八時間ほど練習である。
朝一番に講堂にやってきて、ラポムは決闘台の準備をした。
そこへ――
「おはようラポム・ブルフォレスト」
「お、おはようございますレオニードさん。良い朝ですね! ……って、あれ? 部室で着替えてこなかったんですか?」
「今日は所用で王都市街に行く。随伴を頼みたい」
「随伴? ひ、一人じゃだめなんですか?」
「君に紹介したい人がいるんだ」
「ええ!? そ、それって……」
ラポムの顔が赤くなる。生まれてこの方、同世代の男の子と一緒に町に出かけたことがない。
妹のおすすめするラブロマンスの本では、男女二人で町歩きをするのは「デート」になるという。
しかも紹介したい人ということは……。
「どうした? 顔が赤いが熱でもあるのか?」
「な、なななないです! はい! 元気です! けど……」
講堂に決闘台は準備したが、あれこれ雑用は残っている。
レオニードは小さく頷いた。
「心配は無用だ。副部長には事情を知らせてある。君が加入する前からこの部は存続していたのだ。一日いなくても問題はない」
ラポム不在でも魔法決闘術部は回る。それが少女には心苦しい。
「わたし……みなさんのお役に立ててるんでしょうか?」
「言い方が悪かったな。みな、君が雑用係に入ってくれて感謝している。練習効率も上がった。君に見られているというだけで、部員たちの集中力も高まっているようだ」
「そうなんですか!?」
「一度寮に戻って着替えてくるといい。運動着の格好ではさすがにな……」
「けどお出かけ用の服なんて……」
「着飾る必要はない。普段の制服で結構だ。そちらの寮に馬車を回す手配をしておく」
「は、はい! わかりました!」
突然の誘いにラポムの頭はパンパンになった。
少女は心の中で一筆したためる。
前略、お父さん。男の子とデートすることになりました――と。
◆
郊外のユーニゾン魔法学院から、馬車は王都の中心街に向かう。
車窓が流れた。客車内で二人並んで座る間、ラポムはずっとお尻がむずむずしっぱなしだ。
十分に席幅はある。けど、近い。
「どこに行くんです?」
「着くまでのお楽しみだ」
「あ、あの! わたし対面の席に行きますね」
「かまわないが、それだとずっとお互いに顔を見合わせる格好になるぞ」
「やっぱりこのままがいいです」
どのみち気まずかった。
ほどなくして、王都の中心部にたどり着く。整備された馬車道のロータリーで降りると、ここからは徒歩だ。
少女の歩幅に合わせてレオニードはゆっくり歩く。向かう先を少女はまだ知らない。
「歩調、合わせてくれるんですね」
「ロゼリアによく叱られたものでな」
「ありがとうございます。こんなところにおいていかれたら、迷子になって泣いちゃってますから」
「今後は何度も行き来することになる。迷わぬよう頭の中に道順を入れておいてほしい」
「は、はい!」
王城を中心に広がる町並みにラポムは圧倒される。
商業区に入った。
人、人、人。建物は高く、休日の喧噪に圧倒されっぱなしだ。
この区画だけで、故郷の人口よりも多いかもしれない。と、少女は思う。
「今日はどこに行くんですか?」
「エデンだ」
「はい?」
楽園的な意味の言葉だが、もう少し説明が欲しいところである。
商業区のきらびやかな店舗街……には立ち寄らず、まっすぐ抜けて裏道に入る。
「あ、あの、なんだか薄暗くて怖いんですけど」
高い建物の陰になってどこかじめっとした通路だった。
ラポムの脳裏に昨日のフォンの言葉が思い浮かぶ。
王都には昼でも暗い道がある……と。
「ここを抜ける方が早いんだ」
「どうしても……通るんですか?」
「大回りでは二十分違うからな」
「わ、わかりました。こういう道の一人歩きは危ないんです。けど、わたしたちは二人ですし、もし何かあれば、わたしが守ってあげますね!」
「君はおかしなことを言うのだな。王都の治安は万全だ」
絶対はなくとも、他のどの町よりも安全だと青年は眉尻を下げた。
「それに雑用係といえど部員を守るのは主将たる……いや、女性を守るのは男の私の役目だ。ロゼリアには前時代的と言われるがな」
「あ、ありがとうございます」
レオニードはかっこいい人だと、ラポムは素直に思って頬を赤らめるのだった。
◆
レオニードの背中越しに教会の鐘楼が見えた。
先ほどから並んで歩くのではなく、ラポムが三歩下がってついていく格好だ。
(――き、期待とかしてないけど、思ってたデートと違うかも)
緑地に出た。小高い丘の上に小さな教会が建っている。
背中まである長い銀髪の司祭と、赤毛のシスターの姿があった。
説法が終わったところで、子供たちに焼き菓子を配っている。
「君ももらいに行きたいのか?」
「ち、違いますよ! なんだか良い雰囲気だなって思って。それに、お菓子はちゃんと説法を聞いた子供たちへのご褒美ですから」
「そうだな……さて、先に進もう。あと少しだ」
青年は遠くを見る。
墓地公園をつっきった向こう。道を挟んだ向こう側が目的地だった。
緑地を抜けて路地に出る。
店の前に立つ。
看板には「エデン」の文字と一緒にこうあった。ラポムが読み上げる。
「魔法決闘術用具店……ですか?」
「ユーニゾンの生徒は用具をここで購入している。学割もあるからな」
「はぁ」
「口で説明するより見てもらう方が早いだろう」
カランコロンとドアベルを鳴らして二人は入店した。
狭めの店内には用具類一式が山積みだ。
もともとはそれなりに広かったのだが、扱う品の種類が多すぎるせいか商品で埋まったという印象である。
右手側には化粧箱に収められた杖がずらり。戦型によって分類されていた。
左手側のラックには杖に装着する魔晶石。こちらも特性ごとに分けられ、棚がいくつも並ぶ様はさながら書店のようだ。
用具を収納し持ち運ぶケース類に闘技服や靴もサイズごとに揃っていた。
奥のカウンターで小柄な男が背中を丸めている。
度数の高い瓶底レンズの丸眼鏡をしていた。濃いめの茶髪はもじゃもじゃで、もじゃり具合はオジカコーチとどっこいどっこいだと、ラポムは思った。
レオニードがカウンターの男に声を掛ける。
「予約していたレオニードだ」
「はいはいうかがってますよお坊ちゃん」
「その呼び名は止していただきたい」
「坊ちゃんはずうううっと坊ちゃんですよ。ああ、もう何年前になるでしょう。小さなオープン大会の二回戦で一点も取れずに大負けして、涙で目を腫らしながら『お前の組んだ道具が悪い!』と駄々をこねられたのは」
「私が客を連れているとわかっていて言っているなアグリト?」
「はてなんのことでしょうねぇ。おや、お坊ちゃん。そちらのうら若き姫君は? いつものロゼリアお嬢様ではないなんて……隅に置けませんな」
レオニードに呼ばれてラポムもカウンター前に出るとちょこんとお辞儀をした。
「ラポム・ブルフォレストです。一年生です。このたび、魔法決闘術部の雑用係になりました!」
「あたしゃアグリトっていうケチな用具屋でね。しかしブルフォレスト。ふむ」
アグリトは顎に手を当て考え込むと「ま、いいでしょ」と、独り勝手に納得した。
ラポムは思う。
(――また変な人かも)
故郷にいた頃には自分が妹を振り回していたのに、最近はずっと翻弄されっぱなしだ。
都会はおっかねぇ。と、改めて思うラポムだった。