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4.(部員として)入部してくれ! VS (雑用係として)入部します!

 相変わらずラポムの周囲には野次馬が集まりやすく、ロゼリアとのつながりができたことで「ロゼリア先輩を私にも紹介して!」だの「パピメル家とコネクションを作りたいんだ!」という生徒が後を絶たない。


(――みんな、わたしじゃなくてロゼリアさんを見てるみたい)


 都会の人はおっかねぇ。と、恐怖するのと同時に、ロゼリアは大変そうだなとラポムは思った。


「しょ、紹介なんてできません! 失礼します!」


 席を立ち教室を飛び出す。昼休みの廊下は人通りも多い。

 縫うようにして、追ってくる生徒たちを機敏なフットワークで置き去りにした。


 今日の昼休みもぼっち飯確定だ。


 本当はロゼリアの元に向かいたいのだが、二年生の教室があるフロアに足を踏み入れるには、勇気が足りない。

 野心に燃える新入生たちをぞろぞろ引き連れていこうものなら、ますます注目を浴びてしまう。


 少女は独り校舎裏の森に向かった。

 小さな池のある緑地公園になっている。

 人気の無い場所を探していたら、自然とここに行き着いたのだ。


「学食楽しみにしてたのになぁ……」


 騒ぎになるのでしばらく手弁当。キュウリを挟んだだけのサンドイッチはラポムのお手製だが、正直そんなに美味しくない。


 これしか作れなかった。ハムくらい挟めば良いのだが、貧乏性がたたってハムを買うのも躊躇してしまう。


 ほとりのベンチの隅っこにちょこんと座って、一人寂しくサンドイッチを食べていると――


「君も一人なのかい?」


 顔を上げると灰色髪の青年が立っていた。

 声を掛けられるまでラポムは近づかれたことにも気づかない。

 中性的な顔立ちだ。ルビー色の瞳をしていた。


「あ、あの、どちらさまですか?」

「僕はフォン・ロン。君と同じ一年生だよ。シュイク連邦からの留学生さ」


 ラポムは身構える。


「もしかしてロゼリアさん目当てですか!? だ、ダメです! そういうのはお断りしてますから!」

「急にどうしちゃったんだい?」

「はへ? ち、違うんですか?」


 灰色髪の青年――フォンは穏やかな笑みを浮かべている。


「隣、いいかな?」

「え、ええッ!?」

「迷惑だった?」


 悲しげな顔のフォンに「べ、べべ別にいいですけど。あと、サンドイッチはあげませんから」と、少女は自分のランチボックスを抱え込んだ。


「それは残念」

「本当にお腹……空いてるんですか? だったら……」

「いや、ぜんぜん」


 フォンは並んで座ると水面みなもに視線を向けた。

 お互いにベンチの端と端なので真ん中に空間はあるものの、手を伸ばせば届く距離だ。

 初めてあった男性と二人きりである。


「ここは本当に静かだね」

「そ、そうですね」


 気まずい。なんかわかんないけど気まずすぎる。

 だからといって、ここで自分が別のベンチに逃げたりすれば、フォンはきっと傷つくと少女は思う。


 青年はラポムに顔を向けた。

 色白で灰色髪と灼眼。どことなく神秘的な風貌に加えて、声色は柔らかい。


「確か……ラポムさんだよね」

「な、なんでわたしの名前を知ってるんですか?」

「説明会でいきなり魔法決闘の試合をして勝ったのを見てたんだ。学院で君の名前を知らない生徒はいないんじゃないかな」

「あうぅ……目立つのは苦手なのに」


 少女は顔を埋めるようにしてサンドイッチをパクリ。シャリッとしたキュウリの食感と青臭さが口に広がった。


 穏やかな風が頬を撫で、池にアヒルの親子が列を作ってすいすい泳ぐ。

 木漏れ日は暖かく、時間が止まったような平穏さだ。


「あの……ご用件は?」

「用件?」


 フォンは不思議そうに首をかしげた。


「な、なんでこんな人気の無い場所にいるんですか? おかしいですよ! みんな学食とかに行って、お友達と楽しいランチタイムしてるのに!」

「そういうの苦手なんだ。避けてたらここにたどり着いて、たまたま君が先客にいただけだよ」

「じゃあ、偶然なんですか?」

「この出会いはもしかしたら運命かもしれないね」


 ラポムの背筋に謎の悪寒が走る。


(――あ、危ない人かもしれないです! どどどどどうしよう!?)


 警戒を強める少女にフォンは続ける。


「なーんてね。冗談だよ」

「は、はぁ」


 本気かどうか判別しづらい雰囲気を醸し出すフォンに、ラポムは心の中のイマジナリー妹に相談した。


『お姉様! こういった手合いに守勢は厳禁! 攻めの一手です!』

『攻めるって言われても……』

『質問攻めで相手に話させるんです。そうすればきっと、気まずい沈黙を繰り広げなくて済みますから!』

『な、なるほど!』


 少女は顔を上げた。


「フォンさんは学院に留学してまで、何を学びに来たんですか?」

「家が商人でね。親の意向さ。見聞と知己を広げるためにって……僕はゆっくり本を読めれば良かったんだけどね」

「本がお好きなんですか?」

「この国には僕の知らない物語がたくさんあるんだ。子供の頃からずっと、本だけが友達だったからね。君は本は読まないのかい?」

「い、妹が好きでおすすめされたのをちょっとだけ」

「そうなんだ。君が本を嫌いじゃなくて良かったと思うよ」


 不意にフォンが腰を上げるとラポムに迫った。


「――!?」


 青年の赤い瞳が近づいて、吐息がかかる距離になる。

 フォンの白い指が少女の頬に触れた。


「ひゃん!?」


 奇妙な声が脊椎反射的に出る。


(――こ、これってラブロマンスの物語で読んだ展開!? い、いきなりすぎる!!)


 耳まで赤くなりラポムは硬直してしまった。ぎゅっと目を閉じる。


 そこへ――


「君らは何をしているんだ?」


 聞き覚えのある声にラポムはパッと目を開く。


「れ、レオニードさん!?」


 金髪の貴公子がジトッとした視線を向けている。

 どちらかと言えばラポムにではなくフォンの方に。


 フォンはゆっくりとラポムから離れた。指先に薄切りキュウリの端くれを摘まんでいる。


「ほっぺたにキュウリがついてたから、気になっちゃって」

「はうあ! 死にたいです」


 ラポムは頭を抱えた。なんかもう、色々と恥ずかしい。

 レオニードが腕組みする。


「君は?」

「新入生のフォン・ロン。以後お見知りおきを。レオニード・ライオネア先輩」

「こちらの自己紹介は必要なさそうだな」


 レオニードは不機嫌そうだ。

 ラポムが訊く。


「レオニードさんもぼっちなんですか?」

「質問の意図が不明だが」

「この池の周りには、行き場を失った生徒が集まるみたいなんです」

「なるほど。どうりで見つからないわけだ。ところでラポム嬢」

「ラポム……嬢!? どうしちゃったんですか? ラポムでいいですよ?」


 貴公子は小さく咳払いを挟む。


「ラポム……きみを……君のことをずっと探していた」

「わ、わたしを探す!? まさか復讐ですか?」

「違うッ!! た、大切な話があるんだ」


 レオニードが口ごもった。


「話……ですか?」

「ああ。できれば二人きりで話がしたいんだが」


 フォンが目を細める。


「僕の存在は気にせず、おかまいなく」

「君が良くてもこちらとしては……ところで君はラポムとどういう関係だ?」


 貴公子のアイスブルーの瞳がラポムとフォンを行き来した。


「偶然、ここで一緒になって。そ、そそそうですよねフォンさん?」

「彼女の言う通りだよ」


 レオニードがため息で返す。


「席を外してもらえないだろうか。内密な話なのだ」


 フォンはゆっくりとベンチから立ち上がった。


「いいよ。ごゆっくり」

「この件は他言無用で願いたい」

「心配しなくてもいいよ先輩。噂をばらまく趣味はないんだ」


 言い残すと留学生は灰色髪を揺らして去った。

 ラポムは思う。

 

(――もしかしたら、ちょっと変わってるだけでフォンさんは悪い人じゃないかもしれない)


 二人きりになるとレオニードはラポムの前にたち、上から両肩を掴んで言う。


「もう逃がしはしないぞ」

「ひえぇ……急にどうしたんですか?」

「放課後も探したのだ」

「あっ……すみません。帰宅部なのですぐ寮に帰ってるんです」

「部活には未加入……ではまだ、自由の身なのだな?」

「今、こうして捕まってるんですけど」


 おどおどする少女にレオニードは「し、失礼した。やっと君が見つかって……つい、気持ちが焦っていたようだ」と、手を放す。


「この前の決闘はその……悪かった。君の事情も知らず、遊びだといった真意も理解せぬまま。もし君が私に敗北していたなら、大いに名誉を傷つけていた。謝罪する」


 青年は深々と頭を下げる。ラポムはぶんぶんとクビを左右に振った。


「謝らないでください! ちゃんと説明できなかった自分が悪いんです……って、あの、誰かからわたしのこと聞いたんですか?」

「あ、ああ。誰とは言えないが。一通り、君の事情は聞いている」


 ラポムは思う。仲直りのために働きかけてくれたのは、きっとロゼリアさんだ……と。

 しかもレオニードに名前を出すことを口止めしているだなんて。

 なんて奥ゆかしくて、すばらしい人なんだろうと少女は感謝の気持ちでいっぱいだ。


 誤解である。


 レオニードはコーチのオジカに聞き、推薦人としてバレないように口止めされただけなのだ。


 貴公子は続けた。


「君に頼みがある」

「は、はい! なんでしょうか?」

「魔法決闘術部に来て欲しい」

「わかりました! お手伝いしますね!」

「いいのか? もっとその……悩むかと思ったんだが」

「そのためにわたしは、この学院に推薦入学したんですから」


 少女は鼻の穴をふんすと広げた。雑用をするだけで三年間、学院に通えるのなら願ったり叶ったりだ。

 レオニードの力になることを、ロゼリアも望んでいる。


「そうか……ありがとう。ラポム・ブルフォレスト」


 青年はほっと胸をなで下ろした。

 決闘を嫌がるラポムが、こんなにも協力的だなんて。

 正直なところ自分に説得できるのか、自信は無かった。


「こ、これからよろしくお願いします!」

「こちらこそ、よろしく頼む」


 二人はがっちりと握手を交わす。

 

 入部の手続きやラポム側の準備ができていないため、明日からという話で、少女は魔法決闘術部に参加することになるのだった。

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