37.やっと君に再会(であ)えた
入院四日目の午後――
ようやくラポムの面会許可が下りた。
ラポム当人は自分が今日までどうなっていたのかよく覚えていなかった。
食べて寝てを繰り返し、看護師さんに体を拭いてもらい、夜中にトイレに起きたりはしたものの、何日経ったかわからない。
やっと、ずっと起きていられるようになった。
白くて殺風景な病棟の個室せましと、花々が敷き詰められている。
「ひゃっ!? なんですコレ!」
ノックとともに金髪の貴公子の声がした。
「おはようラポム・ブルフォレスト。入ってもいいだろうか?」
「レオニードさん!? え、えっと……ちょっと待ってください!」
入院服の襟元を直して少女は備え付けの鏡で髪を整える。
眠っている間、ずっと外していた白金のバレッタをつけ直した。
「ど、どうぞ」
「失礼する」
青年は胸いっぱいの花束を抱えていた。棚の上にそっと置く。
「もしかして部屋中のお花、レオニードさんが?」
「快気祝いだ。落ち着いたらその……君が気に入ってくれたあの店でささやかながらお疲れ様会をしよう」
ラポムはハッとなる。
記憶は大会の決勝戦にまで遡った。
託してつないだ一球。
レオニードは打ち抜けなかったのだろうか。
バックサイドに上がるようコントロールしたのに、ムーナンにフォアへ返されてしまった。
それが少女が見た最後の光景だ。
お疲れ様会というのは、つまりそういうことなのだろう。
「ご、ごごごごめんなさい! わたしのせいで……負けちゃったんですね」
「君のおかげで勝たせてもらった」
「はへ?」
「そうか。誰からも聞かされてなかったんだな。ラポム。君が送ってくれた渾身の一球のおかげで、私は右の強打を打ち込むチャンスをもらった」
「決められたんですね!」
貴公子は深く静かに頷いた。
ラポムはベッドから飛び出して青年に抱きつく。
「おめでとうございます! よかった……本当に……レオニードさんがフォアを打てるようになって……」
嬉しさで涙がこぼれ落ちる。
少女は自分のこと以上に幸せに思った。
レオニードも愛おしさが胸に溢れて、少女を優しく抱きしめる。
「君がつないでくれたバトン。ちゃんとゴールにまで運ぶことができた」
二人はぎゅっと抱き合う。
と、ラポムはハッとなって顔をあげた。
「じゃじゃじゃじゃじゃあ! 続けられるんですね魔法決闘!?」
「これからもダブルスのパートナーとして……シングルスではライバルとしてよろしく頼む」
相変わらずの堅苦しさだ。
少女にはおかしくて、青年の胸の中でつい吹き出してしまった。
「ぷっ……あははは! もっと素直に喜べばいいのに、レオニードさんは相変わらずなんですね」
「性分だからな」
不意に沈黙が訪れた。
窓から差し込む春の柔らかな光。
かすかに風に揺れるカーテン。
部屋を包む花々の香り。
青年の心音と体温を感じながら、ラポムは一層ぴたりと密着する。
レオニードも拒まない。
「あ、あの!?」
「いいだろうか?」
同時に声を上げて二人して見つめ合うと「お先にどうぞ」の譲り合い。
揃ってやれやれ笑いをする。
「レディーファーストだ。君からどうぞ」
「は、はい」
少女は目を伏せ俯いた。
もう、レオニードはラポムにとってただの相棒以上の存在だ。
「レオニードさんは……好きな人……いますか?」
もしそれがロゼリアなら、この想いはずっと心の奥にしまっておこう。
少女は覚悟した。
青年はゆっくり頷く。
「いるさ……今まで生きてきた中で、これ以上ないほどに……会えない日々を苦しく想い、言葉を交わすだけで胸が高鳴る女性が……」
少女は恐る恐る訊く。
「そ、そんな人が……?」
青年は言葉を返す。
「今、この腕の中で震えている」
そっと少女の頭を撫でた。
「あぅ……恥ずかしいです」
「わ、私とて同じだ。このような言葉を女性に贈ったのは、初めてだからな」
青年の顔がかすかに紅潮した。そのまま続ける。
「君が好きだ。ラポム・ブルフォレスト」
「は、はうああ! とっても、とってもとってもとっても嬉しいです」
少女は顔を上げて二人はじっと見つめ合う。
「普段の君はとても愛らしい」
「普段じゃない時はダメですか?」
「魔法決闘中の君は美しい」
「ほ、褒めすぎです。恥ずかしくて死にます」
「死なないでくれ。頼む」
「は、はい。がんばります」
「がんばりすぎない程度に、善処してくれると助かる」
ぎこちない会話だった。お互いに不慣れなことをしている。
ラポムはそっと離れるとレオニードをベッドの端に座らせた。
「今度はレオニードさんの番です」
「実は君に先に訊かれてしまったのだ。魔法決闘の戦型はカウンターなのに、まさか速攻で先手を打たれるとは思わなかったよ」
「は、はい?」
「好きだ。ラポム」
「はうあああぁ」
少女は再び奇妙な声を上げる。
レオニードのアイスブルーの瞳がじっと少女を見据えた。
「君はどう……だろうか」
「わ、わ、わたしもレオニードさんがす、す……好き……です。こんなわたしで、いいんですか?」
「とても魅力的だ。他の誰でも無い君を好きになった」
お互いの気持ちを確認しあって、少女は小さく深呼吸した。
「じゃあ……えっと……」
「なんだろうか?」
「レオニードさんは学校を辞めないから、まだ……権利は残ってますよね?」
「権利?」
「最初に魔法決闘をした時に、わたしが勝ったからレオニードさんから、う、奪える権利です」
青年は小さく頷いた。
「もちろんだ。すでに私の心は君に奪われてしまったが……」
貴公子が言うと様になってしまうのがずるいと、ラポムは思った。
「れ、レオニード・ライオネアさん!」
「なんだろうか」
襟を正し、座ったまま姿勢を整え青年は拝聴の姿勢だ。
ラポムは青年の正面にたって、そっと顔を近づけ耳元で囁いた。
「わたしのほしいもの……ください」
そのまま少女は桜色の唇を青年のそれと重ねた。
初めてのキス。
家族ではない人との。
レオニードは不意打ちに驚いたが、そのまま動かない。
伝わる体温にお互いの心音が高まる。
魔法決闘の試合で、あと一点で勝敗が決まる時よりもドキドキしていた。
少女は慌ててぱっと離れようとする。
青年は少女の腰に腕を回した。立ち上がり抱きしめて、覆い被さるようにして告げる。
「君は本当になんでもいきなりだ。突然、私の前に現れて、何もかも変えてしまった。初めて出会った時には、こんな気持ちになるとは思わなかった」
「ご、ごご……」
「君に奪われっぱなしではいられない。返してもらう」
少女がごめんなさいと言う前に、レオニードは唇を重ねて言わせなかった。
二度目は少し、大人のキスだった。
ラポムの頭はぽうっとして、手足が痺れる感覚と背筋のゾクゾクビクビクが止まらない。
青年がそっと離れるまで少女は身を委ねた。
二人の初めてのキスの味にはどこか消毒液の香りが混ざっていた。
・
・
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ベッドに並んで座る。
ラポムは青年に身を寄せた。
なんだか少し、大人になったような気分だ。
青年も少しだけ、もどかしそうにしている。
ラポムはようやく落ち着いてきた。
「レオニードさん」
「なんだい?」
口ぶりもどこか硬さがとれて、柔らかい。
「初めて会った時のこと、覚えてますか」
「無論だとも」
元の硬さにあっというまに戻ると、青年は続けた。
「新入生への説明会の時だ。君の事情も知らずに追い詰めてしまって……ごめん」
「いいんです。けど、ちょっと違うんです」
「違うとは?」
「もっとずっと前に、わたしたち、一度会ってるんです」
青年はじっと少女の顔を見つめる。
思い出せない。という表情にラポムははにかんだ笑みを浮かべた。
「憶えてませんか? 子供の頃、王都であった魔法決闘のオープン戦のトーナメント。二回戦で戦ったの」
「あっ!?」
レオニードの中ですべてがつながった。
自分が本気で魔法決闘をやろうと決めた日。
左利きが苦手になった日。
今の用具に変更を決めた日。
「あのトーナメントで優勝したのは……君なのか?」
「はい。ちっちゃい頃は男の子と見分けがつかないって言われてて。あ! 今ちょっと胸を見ましたか見ましたよね。もぅ……」
「ご、誤解だラポム」
少女は口を尖らせたかと思えば「冗談です」と笑った。
レオニードは運命を感じる。
「あのトーナメントで優勝したのが君だったのか。どうりで強いわけだ」
「ずっと黙っててごめんなさい。レオニードさんが左利きを苦手に思うきっかけになったのが、私だったんです」
「なら、これからは君にもっと鍛えてもらわなければな。克服するまで……生涯をかけてでも付き合ってもらうぞ」
「そ、そ、それって」
「だから……君に決闘を申し込む!」
「ええッ!?」
「勝って君を……私のものに……したいと……思うのだが?」
「あうぅ……そんな風に言われたら、わたし……負けちゃいます」
「それはこ、困る。ちゃんと実力で君に認められたい」
「私が勝ったら、また……キスしてくれますか?」
「勝者には奪う権利があるのだから、いや、勝負でなくとも……私はもっと君としたいと思う」
かあああああっ! と、並んで顔を真っ赤にする。
少女の左手が青年の右手をそっと握り、青年も優しく握り返した。
しばらくこうしていたい。
夏まで、まだ二人の時間はあるのだから。




