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36.毎日来ていた猫が来ないと心配になる説

 ラポムは右手の負傷もあったが、本人の限界を超えた魔力を連続使用したことで魔力欠乏症を起こしていた。


 大事を取って快復するまで数日、学校を休むことになった。

 

 食事になるとフッと目を覚まし、食べてすぐに眠りにつくを繰り返す。起きているタイミングでも無意識なようで、面会も病院側の判断でお断りだ。


 ラポム不在でも魔法決闘術部の活動は変わらない。

 フォア強打が復活した貴公子は、自身の練習よりも後輩たちの指導に追われた。


 ロゼリアはといえば――


 独り、学院内の図書室へと足を向ける。


 お嬢様個人の幸福や不幸以外はすべてが上手くいった。


 ダブルス優勝の効果で、らぽねーどの知名度は爆上がり。世界中から注文が入った。

 収益からラポムの杖カスタマイズ料金もドレス代も帳消し。

 ブルフォレスト家との取引量も増えて、ラポムの母親もほくほく顔である。


 赤毛の少女は学院に残れるかを心配していたけれど、文句を言う人間がいれば自分が論破してやると、ロゼリアは思う。


 問題というほどでもないのだが、お嬢様はどうしても気になっていた。


(――それにしても、呼んでもいないのに姿を現す方ですのに、こちらから出向くことになるだなんて)


 毎日、どこからかやってきていた野良猫が、ある日を境に姿を見せなくなると心配になるような感覚だ。


 図書室の片隅で灰色髪の青年が、本のページをゆったりとめくっていた。


「ごきげんよう。フォン・ロン」

「こんにちはパピメルさん。僕になにか?」


 灼眼を驚いたように丸くして青年は読みかけの本にしおりを挟む。


 お嬢様は違和感を覚えた。


 パピメル……さん……って?


 家名で呼ぶなんてフォンらしくない。

 無駄に距離を詰めてくる青年が、今日はどことなくよそよそしい。


「用件というほどではありませんけれど、あなたはラポムさんのお見舞いには行きませんの?」

「え? 僕が? クラスメートでもないのに?」

「懇意にしていたのではなくて?」

「たまに偶然、居合わせることはあったけど、別に仲が良いというわけじゃ……あ、もちろん嫌っているとかでもないですけど」


 口調もどこか違う。

 ロゼリアはますます混乱した。が、動揺を悟られぬように扇を広げて顔を半分隠す。


「おかしいですわね。あなたなら面会謝絶の相手にでも、いつの間にやら会いに行ってしまいそうですのに」

「そんなことしないですよ。問題を起こして留学許可が取り消しになったら困りますし」


 どこか超然とした雰囲気が無い。

 まるで別人に入れ替わってしまったようだ。


「ええと、覚えていまして? あなたがレオニード様を助けたこと」

「もちろん。本に穴は空いちゃいましたけど」


 記憶はつながっているようだ。


「レセプションの夜に、わたくしをダンスに誘いましたわよね」

「あ、うん。ええと、ごめんなさい。僕みたいな人間がパピメルさんと踊るなんて。けど、ほんの少しだけどダンスをしてもらえて光栄でした」


 灼眼を細めてフォンは笑う。


「あのダンスの時に、あなたはわたくしに何を言ったか覚えてまして?」


 青年はハッとなった。


「あれ? なんでしたっけ」

「とぼけていまして?」

「本当に覚えてないんです。パピメルさんとダンスができて、舞い上がってたみたいで」


 灰色髪の青年は困り顔だ。

 嘘をついているようには見えないし、偽物ならもっと精巧に本物らしい振る舞いをするものだとロゼリアは思う。


 だからこそ、わけがわからない。


「このロゼリア・パピメルに虚偽の発言をするというなら、わからせる必要がありますわね」

「し、信じてください!」


 図書室で大きな声を出すなんて、ますますもって「らしく」ない。


 他の利用者たちの視線が集まる。


 石のように黙り込むお嬢様に、フォンは恐る恐る訊く。


「あの、もういいですか?」


 迷惑そうだ。本の続きが気になるのか、青年の手元はそわそわしていた。


 内向的で読書好き。人付き合いは基本的に苦手でクラスで孤立している。ロン家のビジネスのために連邦から留学してきたが、本人は務めを果たすつもりなし。


 執事がまとめた情報通り。

 ロゼリアは扇を閉じる。


「ええ、ありがとう。時間をとらせてしまってごめんあそばせ」


 一日二日でこんなにも人間が変わるのだろうか。

 男子、三日会わざれば刮目かつもくして見よとはいうものの、噛み合わない感覚が気持ちが悪い。


 悪いのだが――


(――再調査を命じても出てくる結果は同じですわよね)


 若い執事の仕事ぶりをロゼリアは正当に評価している。

 報告書にあったフォン・ロンのプロファイリング通りの人物像。


(――わたくしに会った時に、キャラでも作っていたのかしら?)


 パピメル家の名が目当ての人間は自分を偽って近づいてくることも多い。

 フォンはそうする必要がなくなった?


 と、断ずることもできない。豹変ひょうへんの理由もわからないまま、ただフォンが嘘をつくメリットも見いだせず、お嬢様は撤退を余儀なくされた。

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