35.春の祭りのあとしまつ
赤毛の少女が巻き起こした旋風が、世界中を駆け抜けた。
無名の新人。しかも女性である。
魔力値はたったの5しかない。
そんな彼女が王国内でも年代別最強ダブルスのジェミナス兄弟を打ち破った。
突如、魔法決闘術の世界に彗星のごとく現れたラポム・ブルフォレスト。
人々を魅了したのは技だけではない。
最後まで諦めることなく、力の限り戦い抜いた彼女の姿が心を打った。
夢を諦めた人間も、折れてしまった者も、少女が試合を通して見せた「光」に何かを感じて再び歩き始める。
魔法決闘術には身体能力も性別も魔力値すらも関係ない。
技術を磨けばここまでのことができるのだ。
もちろん、ラポムには別の才能があった。誰もが認めるところだろう。
それでも――
彼女と同じにはなれなくとも、前を向けばよりよい自分に変わることができる。
辺境からやってきた赤毛の少女は、悩める人々の希望の星になった。
ハルモニア王国内のみならず、他国の用具事業を手がける貴族たちまでも、ラポムとの契約に動き出す。
彼女を獲得するということは、今後増加するであろう女性決闘者の需要を掌握するも同然だ。
問題はパピメル家。闘技服とシューズに加えて、杖も特注品である。
表明していないだけでほぼ、契約決闘者状態。
契約金の想定額は数千万に跳ね上がった。
ラポムが希望の大輪を咲かせて、春の祭りは終幕した。
◆
表彰式の場に少女の姿はなく、レオニードとジェミナス兄弟が台上に立つ。
記念撮影ではヘリオスがレオニードと肩を組む姿も見られた。
「おいコラ、ダブルスで勝ったくらいでいい気になんなよ? 今度はタイマンだかんな」
「お手柔らかに頼む」
レオニードは病院に搬送されたラポムを案じながらも、どこかホッと安堵した雰囲気だ。
インタビューで貴公子は約束通り、パピメル家がプロデュースする大会公式飲料「らぽねーど」を手に受け答えした。
「こ、このらぽねーどに含まれるアップルビネガーはブルフォレスト領の特産であり、疲労回復の効果と……ええとだな……ともかく、これを飲んで私もラポムも練習し、勝利を掴むことができた」
赤面し、ラポムのようにキョドりながらもレオニードはロゼリアとの約束を果たす。
ヘリオスが「俺も飲む飲むー!」とはやし立て、ムーナンに上着の首根っこを後ろから掴まれて引きずられていく。
「……兄さん。ステイ」
「わーったわーった! つーかステイって俺は犬じゃねぇぞ!」
ムーナンも自分が変わったと感じている。
並みの相手なら兄まかせでいい。プロのダブルスを倒したといっても国内のランク下位のペアだ。
ラポムとレオニードは強かった。兄を御していなければフルゲームまで戦えなかったかもしれない。
兄を解放する。金の瞳がムーナンをのぞき込んだ。
「お前、ちっとは大人の顔になったんじゃね?」
「……ずっと同じ顔だよ。兄さん」
「そっかなー? つーかさ、試合中笑ってたろ?」
「……気のせいだよ」
「負けちまったな俺ら」
「……そうだね」
「帰ったら練習すっか?」
「……うん」
素っ気ないやりとりだが、チャラくて練習嫌いなヘリオスの方からムーナンを誘うのは、実に三年ぶりのことだった。
◆
――大会翌日。
ロゼリアは馬車でライオネア家の私邸に向かう。
若い執事の報告書に目を通した。
ため息交じりに呟く。
「潔白すぎて逆に疑わしいですわね」
フォン・ロンの身辺調査の結果、怪しい点は見られなかった。
対面側の席に着いた執事に訊く。
「他に気づいた点などはありまして?」
「書面にまとめた通りにございます。これ以上は直接シュイク連邦に出向くなりする必要があるかと」
執事は涼しい顔だ。
連邦にもパピメル家が商取引をする際の窓口となる人材はいるのだが、彼らが短期間に集めた情報を、執事がまとめたところ何も出てこなかった。
フォンについては一旦棚上げ。と、お嬢様は思う。
また妙な雰囲気で接近してきたら警告するくらいが関の山だが――
(――春大会ではちゃんとレオ様とラポムさんを応援してましたし、悪い人間では……いいえ、油断は禁物でしてよ)
馬車の速度がゆっくりになり、ライオネア邸に到着する。
執事が先に降りてロゼリアをエスコートした。
◆
レオニードとロゼリアはライオネア家の当主と面会した。
入院中のラポムは不在。
彼女は役目を果たし、レオニードの希望をつないでくれた。
ここからはロゼリアがそのバトンを受け取る番だ。
豪奢な応接室の長いテーブルを挟んで対峙する。
シンバ・ライオネアは眉間に皺を寄せた。
「今度はパピメルの娘まで連れ出して、なんのつもりだレオニード?」
「父上……これは……その……」
説明しようとするレオニードをロゼリアはじっと見つめる。青年は言葉を呑み込んだ。
お嬢様は臆することなくシンバを見据える。
「わたくしが希望してのことです。決して頼まれたのではありませんわ」
「そうか。用件があるなら手短にいいたまえ」
ロゼリアからみて、シンバは常に不機嫌そうである。
レオニードの母親が他界してからは、その傾向が強まる一方だ。
正直、お嬢様は苦手だった。
「本日はレオニード・ライオネア選手との契約交渉に参りました」
「ほぅ。それは息子に頼まれたからか?」
レオニードは「ち、違っ……」と口走るがロゼリアは制する。縦巻きロール髪を左右に揺らして少女は続けた。
「春期王都大会でのダブルス優勝。実績として十分」
「ならシングルス優勝の双子にでもオファーすれば良いではないか」
双子はまだどことも契約を結んでいない。卒業までに決めればいいという気楽さだ。すでに契約金だけで数千万。ラポムについた価値は双子を基準としたものだった。
ロゼリアは背筋を伸ばす。
「レオニード様の実力は、ヘリオス・ジェミナスにも比肩すると当家は考えておりますわ」
「シングルスで勝てていないではないか」
「つまり、ダブルスでの勝利はお認めいただけますのね?」
こしゃくな娘。と、シンバの眉間の皺が深くなる。
「息子が勝ったのは、あの赤毛の娘のおかげだろう」
「ラポムさんの力があったことは間違いありませんわね」
「結局、レオニードという人間は一人ではなにもできぬのだ」
貴公子はテーブルの下で握った拳を震えさせた。
その手をそっとロゼリアは包むようにとる。
「レオニード様は幼い頃の敗北からずっと、左利きの決闘者を苦手としてきましたわ。ついには右手のフォア強打を打てなくなるほどに」
「だから杖を折れと言っている」
「この右手はすべてを乗り越えました。ダブルスの最終ゲームで試合を決めたのは、フォア強打ですもの」
一瞬の間を置いてシンバはかすかに頷く。
「そのようだな。だが、ダメなものはダメだ。たった一度のまぐれではないか。次があれば失敗する。違うかレオニード?」
レオニードが真剣な眼差しを父親に返す。
「失敗することはあるでしょう。絶対に入る球などありません。が、私の右手はもう何も恐れはしません」
「証明もせず能書きだけは立派だな」
「シングルスでは敗北しましたが、ダブルスにて栄冠を勝ち取りました」
「ダブルスなど余興に過ぎん」
「どうか魔法決闘を続けさせてください。父上……」
ロゼリアも付け加えた。
「ヘリオスとムーナンを倒すことが条件ですわよね? まさかライオネア家の当主が約束を反故にするとは思えませんけれど」
嫌味ったらしさは誰に似たのか。と、シンバは心の中で嘆息し、続ける。
「良かろう。ライオネアの名にかけて約束は守る」
レオニードとロゼリアの表情が喜びに変わった。
――瞬間。
「約束通り、卒業までは自由にさせてやろう。存分に人生最後の余暇を楽しむといい。来年の春、学院を卒業した時には杖を折ってもらう。そういう約束だ。ライオネア家の人間が約束を破りはしないだろう?」
ロゼリアが閉じた扇を当主に向けた。
「お、横暴ですわ!」
「失礼だとは思わないのか? いかにパピメル家の人間といえど、誰を前にしているか自覚がないのではないかね?」
「そ、それは……けど、ですけれど!」
扇をおいて少女はうつむく。悔しい。とりつく島もない。
震える少女の手を、今度はレオニードがそっと握る。
青年は顔を上げた。
「父上。私は……プロの決闘者になりたいのです」
「お前はライオネア家を継ぐのだ。遊ばせておく道理はない」
レオニードは引き下がらない。
その表情は険しい面持ちの父親とは対照的に、柔和だった。
「ダブルス決勝。ラストゲーム。10-9のラリーの最中、ラポムの残してくれた最後のチャンスボールに向かう私は……打ち切る自信がありませんでした」
父は黙り込む。息子は続けた。
「あの時、打球音だけが響く静寂の会場に声がしたのです。私に……打てと。あの言葉があったから、自分は右の強打を放つことができました」
「そう……か」
親子はしばらく沈黙した。ロゼリアは目を伏せ待つ。
レオニードは席を立ち父親に頭を下げる。
「どうか、どうかお願いします。お父さん」
母親を亡くす前の、まだ親子が親子だった頃の呼び方だった。
永い、永い、永い沈黙。
そして――
シンバは息を吐く。
「好きにしろ……とは言わんぞ。条件がある」
「よ、良いのですか!?」
「話を最後まで訊け。お前の悪いところだ」
「は、はい。父上」
「学院を卒業するまでにプロ契約をとってみせろ」
「……?」
ロゼリアからパピメル家のオファーを受けているというのに、これでは条件にならないとレオニードは疑問に思う。
シンバはニヤリと嗤う。
「ただし、契約はパピメル家以外からだ。半ば身内のようなものだからな。それではつまらん。決闘用具事業を展開する貴族や商家は他にいくらでもあるだろう?」
ロゼリアの表情が青ざめる。
「そ、そんな……それではレオニード様を支援できなくなってしまいますわ!」
シンバはテーブルに肘を突いて口元で手を組んだ。
「何か問題でも?」
「わ、わたくしは……」
ロゼリアにとって魔法決闘がレオニードと自分をつないでくれる架け橋だった。
たとえ貴公子が学院を卒業しても、サポートを続けられる。
当主は二人の間にある関係性を撤去しろというのだ。
他の事業者と契約すれば、パピメル家の杖も闘技服も靴も使用できなくなる。
特に杖の変更は換えが利かない。
嫌、嫌、そんなの絶対に嫌。
レオニードのために育ててきた事業なのに。
だが――
(――わたくしはロゼリア・パピメル。お慕いする殿方の夢を叶えるために全力でしたのに、ここで引き下がるわけにはまいりませんわ)
お嬢様の辞書に「闇落ち」の文字は無い。
扇を開いて涼やかな風を自身に送りながらロゼリアは言う。
「わたくしは一向に構いませんわ!」
シンバは「ほぅ」と目を細め、レオニードは対照的に目を丸くする。
「い、いいのかロゼリア?」
「わたくしに遠慮などなさらないで。レオ様は夢を掴んでくださいまし」
「だ、だが……これまでの君の尽力を私は裏切ることになる」
「うふふ♪ 勘違いなさらないで。投資の回収も見込んでのこと。レオ様でなくともパピメル家の広告塔にうってつけの人材がいますもの」
あえて少女は青年を突き放すように言う。
それがこの人のためになるのだから。
言葉の裏をレオニードも受け止めた。
自分を手放すことで、自由にしてくれるというのだ。
シンバ・ライオネアは続ける。
「さて、ではお手並み拝見といこう。期限は卒業まで。パピメル家以外からのプロ契約オファーを受けること。達成できなければ今度こそ、問答無用だ」
レオニードは一礼した。
「謹んで、その条件を受けさせていただきます」
青年の胸に感謝の念が湧き上がる。
つながった。チャンスが残った。
これでラポムに報告ができる。
君のおかげで、まだ決闘者でいられる……と。
世界を夢中にさせ、多くの人々に感動を与えたプレイ。
自分もいつか、そんな戦いを繰り広げる。
もしかしたら国際大会のシングルス決勝で、君とラストダンスを踊るかもしれない。
青年の夢はプロになることから、さらに遠くの地平線へと走り出した。
シンバが鼻で嗤う。
「まるで自分がプロになれると信じ切っているようだが、パピメルの家の色に染まったお前を、どこの誰がスカウトするという?」
「夏の大会までに新しい杖で自分のスタイルに磨きをかけてみせます」
親子の視線がぶつかり合って火花を散らす。
今日までの冷たい関係が嘘のようだ。
と、見守りながらロゼリアは思うのだった。




