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34.全ての人に幸福(しあわせ)を

 天衣無縫――

 ラポムの打球は優雅に飛ぶ蝶のようだ。


 自由に回転を操り、コースの左右も長短も使い分ける。

 対する双子は守備陣形。だが、ヘリオスのところで細かなミスが出る。


 本来なら「浮いた」かどうかきわどい球だが、ほんのかすかな緩みがあれば、レオニードのバックハンドが炸裂した。


 だが、いかに少女が台上で華麗に舞おうとも自力の差でじりじりとされはじめる。


 攻防は一進一退。

 気力で立ち続けるラポムは完全に息が上がっている。

 羽を休める場所タイムアウトはもうない。


「カウンター精度……7%低下……カットブロック……回転量20%ダウン……」


 大会を通じて猛威を振るったラポムの超高速打点ライジングカウンターと、ムーナンと同レベルかそれ以上の回転が掛かったカットブロックが通じない。


 ヘリオスが呟く。


「ラポちゃんの体力切れなんて、つまんねー勝ち方になっちまったな。ったく」


 ラポムが吠え返した。


「べ、別にまだ戦えますけど? 負けた時の言い訳考えておいてくださいね!」


 最強の矛が軽くピキる。


「言ってくれるじゃねーの! そっちどーするわけよ? 無回転もうちのムーナンは見切ってんだぜ?」


 即座にムーナンが制した。


「……挑発好きな兄さんが逆に挑発されるなんて珍しいね」

「はぁ? 全然キレてねぇけど!」

「……はいはい。じゃあ、続けようか」


 試合が再開する。

 ラリーの流れの中で、ラポムの打球をヘリオスが受けるターンになった。

 ラポムが無回転を打てるのはバックサイドだけだ。

 少女のフォア側の魔晶石はグラディア一式。性能バランスの高さと寿命の長さで学生に人気だが、尖った性能はない。


 ラポムのフォアからの打球なら、ヘリオスは無回転を警戒せず打ち返すことができた。


 瞬間――


 赤毛の少女の手元で杖がくるりと反転する。

 滅多なことでは声を荒げないムーナンが吠えた。


「兄さん! 無回転だ!」

「ハァ!?」


 ラポムのフォアから放たれた打球は速い。が、棒球にしかみえなかった。弧線を描かず直線的だ。


 ヘリオスの反応がコンマで遅れた。

 打球はネットを越えると急激に失速。ゆらゆらと揺れて落ちる。

 最強の矛のスイングは空を切った。


 あのヘリオス・ジェミナスが待ちを完全に外されたのだ。


「ちっくしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 最強の矛が吠える。

 ラポムの肩がビクンとなった。


「あ、あの……なんか……すみません」

「ラポちゃん反転まですんのかよ!? ずりーぞ!」

「えっ!? ルール違反なんですか?」


 レオニードが少女の前に立って庇う。


「球質を変えるため反転するプロもいるだろう。君の勉強不足だ」

「ハァ!? 知ってっし。俺が驚いたのはラポちゃんがここまで反転温存してたってことだし!」


 台を離れて貴公子に向かっていこうとするヘリオスだが、闘技服の首元を後ろからぎゅっと掴まれた。


「……兄さん。次からはラポムの攻撃、反転警戒ね」

「ああああああもおおおおおおおお! 守備やめね? つーか打たせろムーナン!」


 鉄壁はちらりと自陣ベンチを見る。

 グラーヴェ学園のコーチはサムズアップで応えた。

 もはや勝敗ではない。


 楽しめ――


 そんな表情だ。


「……いいよ。好きにして。フォローは全部こっちでするから」

「ッシャアアアアアアアアアア! 愛してんぜ弟よ!」

「……はいはい」


 記録は勝手についてきた。

 たまたま王都の同年代に、自分たちより強い決闘者がいなかっただけだ。

 ヘリオスもムーナンも、春大会三連覇の記録に興味はない。


 たとえ持久戦勝ちしても誇れる勝利にはほど遠い。美学が無い。


「勝つならやっぱ」

「……かっこよく……だっけ?」

「そーゆーこと」


 審判が黄札を切る前に双子は構え直した。


 試合は流れるように続いた。

 双方一歩も引かず。


 反転を駆使して双子を翻弄する赤毛の魔女。

 打ち崩そうと最強の矛が突きを放つ。

 獅子の騎士が少女を護る。

 鉄壁は動じず完璧な返球を見せる。


 四人が四人――

 楽しんでいた。

 持てる力の全てをぶつけ合う。


 両者は拮抗した。

 台と四人と魔力球だけの世界。

 全員が領域ゾーンに深く踏み入り、そのプレイに客席は魅了される。


 それだけではない。

 中継で国内外に映し出され、誰もがラリーに息を呑んだ。


 今、この場所が世界の中心になったのだ。

 誰もが幸せを感じる瞬間を共有しつづけた。


 四人の気持ちは一つになって混ざり合う。

 ずっとこのまま遊んでいたい……と。 

 

 それでも時は進みスコアは刻まれていく。


 最終ゲームは途中、スコア5-4でチェンジコートが入った。

 先にどちらかが5ポイントに到達したところで、コートとレシーバーが交換になる。


 ヘリオスの攻撃をレオニードが受けて、ラポムはムーナンの球を受けるという流れが反転した。


 ヘリオスの攻撃をラポムが受けねばならない。楯の役割をレオニードは果たせなくなった。


 それでも――

 少女は振り絞る。命を燃やし小さな魔力を何度も何度も何度も何度もスパークさせて、自分よりも大きな力にあらがい続けた。



 ラポムの足が止まった。

 倒れそうになるのをレオニードがとっさに支える。

 少女は涙目だ。


「こんなに楽しいのに……足……いうこと……きかなくて」

「今日はこれくらいにしておくか? 続きは明日でも明後日でも……」


 スコアは10-9。チャンピオンシップポイントは……ユーニゾン魔法学院。


 あと1点とればレオニードとラポムの優勝だ。


 勝たなければレオニードに決闘者としての明日はやってこない。


 あと少しで手が届く。


 だが――


 もう、そんなことなどどうでもよかった。

 今の青年の望みはラポムの望みを受け入れることだ。


 傷つきボロボロになり、体力も限界を超え、今の彼女は残る魔力を絞りだしている。

 共に生きることも、共に死ぬこともレオニードには同じだった。


 少女はおずおずとしながら言う。出会った頃のようなたどたどしさで。


「えと……あの……えっと……もうちょっとだけ……最後まで……遊びたいです」

「ああ、そうしよう」


 青年は柔らかく優しく微笑んだ。


 その笑みにラポムは思う。


 あと何球返せるだろう。

 意識は朦朧としている。体が勝手に反応するからプレイを続行できているだけだった。

 レオニードが満足できるような打球は、もう出ないかもしれない。


 ただ、青年は受け入れてくれた。

 できない自分でもいいんだと、ラポムの緊張が解ける。

 彼女をつなぎ止めていた糸は、ほどけて切れかけていた。


 次の一点が最後になる。

 少女は予感しながら台に着き直す。


 ムーナンからのサーブになる。

 レシーブはレオニードだ。

 鉄壁は構えに入る前にレオニードに言う。


「……今度、君と組んでみたいかも」

「光栄だな」

「……だけど今日、勝つのは僕らだ」


 弟の隣で兄が「浮気宣言やめろや」と口をとがらせ構えに入った。


 会場は水を打ったように静かだ。

 世界が沈黙し、全員の眼差しがムーナンの手元に集まった。


 レオニードも返球姿勢になり、運命の一球が鉄壁の手から繰り出される。


 ムーナンのショートサーブをレオニードは丁寧に低く浅く返した。

 ネット際に落とされてはヘリオスも強打はできない。

 繋ぎの球が戻る。


 長いラリーになった。

 ラポムは思う。

 次にプレイが止まった時、自分は足を踏み出せないかもしれない。

 今も懸命に返すことに集中している。


 ヘリオスが放つ打球は重たい。強い。一球ごとに心身を削られる。


 もう、持たない。


 なら――


 賭に出る。遊びだけど真剣に、工夫して、勝算があるから勝負に出る。


 赤毛の少女の瞳に最後の光が宿った。


(――あとは頼みます。レオニードさん)


 ラポムには鉄壁ムーナンを打ち抜く技が無い。

 だから、レオニードのためのチャンスボールを作る。

 ヘリオスの回転を利用して――


 ここまでムーナンに対しても使ってきた無回転。

 それも布石だった。


 モリサワの面を反転しグラディアへ。

 少女は限界まで薄く魔力球を捉えた。

 フォアクロスで打ち込む。


 一試合のうち、一球出るかというような完璧な回転だった。

 うねるように打球は弧線を描いてムーナンへ。


 フォアクロスに入れてきたことで、ムーナンもラポムのしたいことが手に取るようにわかった。


 左利き同士、同じクロスで返球すれば、次はレオニードの右のバックハンド強打につなげることができる。


(――……チャンスメイク。けど、ノーチャンス)


 ムーナンはレオニードのフォア側に返球を想定する。

 大会通じて金髪の貴公子は一発の強打も放っていない。


 フォアに回転量のある打球が来た場合は、貴公子はブロックで抑えるかループで返す。


 甘い打球は兄にとって格好の的だ。


 ムーナンは窮地を脱したと確信し、ラポムの送り込んだ球に触れた。


 その刹那――


 銀の瞳がハッと丸くなる。

 尋常ならざる回転量に返球は跳ねるように宙を舞う。

 コースこそ狙い通りレオニードのフォア側だが、強打するにはうってつけの打球が上がる。


 チャンスをお膳立てした少女の体が台の下に沈みこんだ。

 倒れたのだ。

 すべてを出し切り、彼女は床に打ち付けられるように転がった。


 だが、プレイは止まらない。

 

 ヘリオスはあえて下がりすぎず、レオニードのつなぐ打球を狙い撃つ構えだ。


 金髪の貴公子は絶好球を前に思う。


 本来であれば、試合を止めて少女を介抱するべきだ。


 だが――


 この一球はラポムが作ってくれたラストチャンスだった。


 地獄に垂らされた一縷いちるの糸。


 青年の右腕が痺れる。


 恐怖心が甦る。


 外せば終わり。


 その時――



「打てッ! レオニードッ!!」



 客席のどこからか、男の声が響いた。


 青年は無心で杖を振るう。


 瞬間、魔力球は超高速で台隅のエンドラインギリギリでバウンドすると、ヘリオスの脇をかすめて地面に深く沈み込むように突き刺さった。


「ハァ? なんだテメェ……やるじゃんか」


 最強の矛は一歩も動けなかった。

 金の瞳に残る残像は、これまでヘリオスに向かってきた中でも最速にして最大の回転量をもったフォア強打ドライブだった。


 審判が得点板を操作する。

 場内の投影掲示板にも結果が反映された。


 ゲームスコア4-3。


 春期王都大会ダブルスの優勝者はユーニゾン魔法学院のレオニード、ラポムペア。


 場内を拍手ではなくどよめきが支配する。

 赤毛の少女は倒れたまま動かない。


 すぐに少女は担架に乗せられた。レオニードとオジカが付き添い医務室へと走る。


 客席で灰色髪の青年が手を叩く。


 つられて場内が拍手で埋まる。決勝を戦った四人の健闘を讃えるように。


 その中にはレオニードの父親――シンバ・ライオネアの姿もあった。

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