33.無(ゼロ)の衝撃
グラーヴェ学園のコーチからは「今までで一番良い試合をしている。がんばれ」と、応援の言葉が双子に贈られた。
月並みな台詞でも、二人はコーチに応えるように頷いて台へと向かう。
「ッシャー! ぶっ倒す!」
「……兄さん。ちゃんと対策してよ」
「わーってるって。かっこ悪くてつまんなくてダセーけどな」
一方――
ふらふらのラポムにオジカが言う。
「俺はコーチ失格だ。今にもぶっ倒れそうな嬢ちゃんに、こんなことを言うべきじゃねぇと思う。けどな……あと1ゲームだ。どうかコイツを……レオニードを勝たせてやってくれ」
オジカに頷くと、ラポムはじっとレオニードを見上げる。
「勝ちたいですよね?」
「ああ、ここまで来て勝たずに終われない」
「けど……」
少女は微笑む。
「緊張でガチガチじゃないですか。リラックスしないと球は走りませんよ?」
「あ、ああ」
「だから最後まで一緒に楽しみましょう。遊びましょう! いろんな事を試してみてもいいと思います」
「この土壇場でか?」
「はい! 行きましょう! 双子さんたちも待ってますし」
オジカコーチに見送られ二人も台についた。
拍手の雨が降り注ぐ。
最終ゲームの入りは1ゲーム目と同じになった。
ヘリオスのサーブで始まり、レオニードが受ける。
ムーナンが返して、ラポムの打球となった。
ヘリオスのプレイスタイルは可能な限り攻撃をすること。
だが、双子の兄は自身の美学を投げ捨てる。
ラポムの遅い、一見打ちごろのような球をヘリオスは安定した返球でレオニードに戻した。
スピードは並みだが回転量が多く、台に収めるため弧線が強い。守備の打球であっても攻撃的だ。
対するレオニードも容易には打ち抜けない球質に、送って返すほかない。
下手な攻撃はムーナンのカットブロックやカウンターの餌食だ。
ムーナンも防御的な球質で再びラポムに戻す。無論、簡単な球にはしていない。
達人の間合いのような攻防が二十回以上続いた。
最終的には、かすかな綻びをみせたヘリオスのリターンをレオニードが打ち抜く。
長い長いラリーの末、ようやくラポムたちは一点をもぎ取る。
ベンチでオジカが舌打ちした。
「まずいな。こりゃ……本当にエグいのはムーナン・ジェミナスの方か」
ムーナンの作戦は守備重視。ヘリオスにも攻撃を控えさせての持久戦だ。
やっかいなことにユーニゾン陣営には打つ手が無い。
下手にレオニードを攻撃中心に戻せば、ヘリオスの倍返しでラポムがやばい。
オジカはタイムアウトを取った。
今、送り出したばかりの二人を呼び戻す。
「あ、あわわわわ! タイムアウトということはもう終わりなんですか!?」
ラポムが頭を抱えてうずくまる。
「ま、待て嬢ちゃん。相手の出方がわかった以上、ここで打開策を見つけられなきゃ詰みだ」
レオニードがラポムをよしよししながら訊く。
「ですがコーチ。先制した側がタイムアウトというのは……」
「お前さんは楽しくラリーしてたかもしれんが、これがずっと続いたら嬢ちゃんがぶっ倒れちまう」
「まさかあのヘリオスが守備を続けるというのですか?」
「間違いねぇよ。様子見にしちゃ向こうさんがあんまりにも消極的つーか、こっちに打たせず決めさせないことを徹底的にしてやがる」
オジカの言葉に青年は自分が気づけなかったことを恥じる。
「コーチ……対策をお願いします」
「ねぇんだなそれが。タイムアウトを使ったけどよ。ただ、今のままじゃ無理としか言えねぇんだ」
青年もその恩師もお通夜ムードだ。
頭をよしよしぽむぽむされて、何かが回復したラポムがすっくと立ち上がる。
「じゃじゃじゃじゃじゃあ! レオニードさん攻撃してください」
「それでは君がヘリオスの倍返しを食らってしまうではないか?」
「わたしたちはここまで6ゲームを戦ってきました。正直、なんで動けてるのか自分でもわかんないんですけど、双子さんたちの球に慣れたと思います」
「慣れたから大丈夫とはならないだろう。落ち着きたまえラポム・ブルフォレスト」
審判が時計を見る。
すでに双子は台に戻っていた。
「信じてください。今ならできる気がするんです」
「いったい何をしようというんだ君は?」
「それは見てのお楽しみです」
「敵を騙すにはまず味方からというが、今することではないだろう?」
「せ、説明してる時間がないんですよ! いいから黙って打てるとこはガンガン行ってください!」
「まったく君は本当に無茶苦茶だな!」
審判から警告が飛ぶ前に、レオニードに連れられてラポムは戻る。
もはやタイムアウトのカードを切って後が無い。この先、コーチの助言は得られない。
1点リードしていても崖っぷち。
そんな試合が再開された。
ヘリオスの短いサーブをレオニードが攻撃的な横下回転レシーブで打ち返す。
ラポムと口げんかしつつも言われた通りに実行に移した。将来尻にしかれるかも……と、レオニードはぽつりと思う。
(――将来って……わ、私は何を考えているんだ!?)
動揺しながら放った打球は台上で曲線を描いた。
強烈な横下回転のそれを、さらに切り返すムーナン。レオニードが込めた回転を利用し、得体の知れない状態の魔力球だ。
触り方を間違えればどこに飛んでいくかもわからない球を、ラポムはバックハンドで押し込む。
瞬間――
打球の回転が消失した。
ほぼ無回転状態でヘリオスの元に届く。異様なほど揺れる軌道を人並み外れた動体視力で確認して、最強の矛は困惑した。
(――やべ……なんだこれ。球が止まって見えんだけど)
目が良いヘリオスでなくともそう映る。回転を弱める打法は使用する魔晶石によって再現可能だが、停止レベルにまで昇華された技術はプロ決闘者ですら到達していない。
少女の杖のバックハンド側に採用されたモリサワ特式は、一般的な魔晶石のような使い方はもちろん、打法によっては回転を打ち消す使い方もできた。
が、技術習得には長年、この魔晶石と向き合う必要がある。
用具店主アグリトが「ピーキー」と言ったのも、このためだ。
使用する決闘者はそこそこいるのだが、ラポムほど性能を引き出せる人間はいない。
実際、右手で杖を振るっていた時のラポムでは「無回転」を生み出せなかった。
時間が止まったような球をヘリオスは再び、自分の魔力による回転を与えて放とうとする。
が、注いだ魔力が吸い取られるように、打球はネット下部に落ちた。
審判が2-0をコールして、会場は歓声ではなくどよめく。
あのヘリオスがなんの変哲もない棒球をネットに掛けたのである。
ラポムは前腕で額の汗を拭った。
レオニードが訊く。
「い、今のはなんだ?」
「無回転ですけど」
「待て、いや待て待て待ってくれ。練習中もこんな球は一度も出していないだろう?」
「右だと上手くできなくて。けど良かった。この杖の……ロゼリアさんのおかげです」
杖が折れた時、この技も永久に失われているはずだった。
少女は客席のロゼリアに手を振る。
見ればお嬢様の隣にはフォンの姿もあった。
ロゼリアではなくフォンが手を振って返してくれた。
レオニードは深く息を吐く。
「それにしたって、ほぼ完全に止めてしまうなんて……」
「お父さんにもこれはできないって。わたしの必殺技です」
エヘンと胸を張りラポムはVサインをする。
レオニードは思った。
自分は彼女に比べれば、才能も技術もまだまだなのだと。
台の向こうで打球を落としたヘリオスが絶叫する。
「すっっっっっげええええええええええええええええ! 何今の! おい見たかよムーナン!」
「……見たよ。兄さん楽しそうだね」
「マジびびった。ラポちゃん欲しい! 絶対うちの学校に転校させる」
「……僕らが勝っても無理じゃない?」
「じゃあユーニゾンに転校する! お前もだぞムーナン」
「……はいはい」
弟はジト目だ。
ラポムの放った打球はもはや芸術の域にある。
美技の前に打たれたヘリオスが興奮するほどに。
ムーナンは気づく。
(――……あの球は彼女にしか出せない。魔力値5の彼女にしか)
いかに抑えようとも基礎魔力によって打球にはわずかに回転が残ってしまう。
それをプラスマイナス0の状態に持ち込めるのは、自身の魔力に影響されない基礎魔力値の低さと、神業のごとき技術と、全てを可能にする用具。
天賦の才。センス。しなやかなボールタッチ。柔らかい手首。
上げれば切りが無い。それらの条件のすべてを満たした奇跡の存在――
ラポム・ブルフォレスト。
決闘術ではない実際の戦闘では、無回転なんて威力0の魔法もいいところである。
無意味な技術だ。
だから誰も極めようとはしなかった。
天才以外は。
(――……用具変えようかな。教わりたい技術だ)
ムーナンに思わせるほどの技術だが、客席はヘリオスのミスに驚く人間ばかり。
世界が天才を知るのは、このあとのことである。




