26.お嬢様は名探偵?
レオニードが去ったのを確認するように、廊下に男の声が響いた。
「お嬢様。よろしいですか?」
若い執事のリチャードだ。
「気配を消して立ち聞きだなんて趣味が悪いですわね」
「失礼いたしました」
黒服の執事は恭しく一礼する。
彼は執事の皮を被った密偵だ。
執事を通じて、ロゼリアはレオニードの事情を把握していた。
春大会で双子を倒さなければ、レオニードは引退と卒業を余儀なくされる。
青年がロゼリアに秘密にしているのも、彼が抱え込み背負う性格だから。
長い付き合いである。
レオニードの気質を知った上で、サポートのための情報収集を欠かさず、それを青年自身には気づかせないロゼリアだった。
財力権力情報力。すべてを兼ね備えたお嬢様こそ、レオニードのストーカーとして右に出るものはいないのである。
執事がゆっくり顔を上げる。
「世界に通じる平手。一度、体験してみたいものです」
「お望みとあらば今すぐぶっぱなして差し上げましてよ?」
「なんともったいないお言葉。痛み入ります。が、本日は気合いや闘魂の注入は間に合っておりますので」
普段は完全に存在感を消す執事だが、このタイミングで姿を現すということは緊急性が高いとロゼリアは思う。
「今、わたくしに伝えなければいけないほどの用件なのかしら?」
「さすがお嬢様。前置きはこれくらいにして……お耳を拝借」
他に誰がいるわけでもないのだが、お嬢様は扇を開き顔を隠す。
執事はそっと耳打ちした。
用件を聞き終えると少女は扇を閉じて息を吐く。
「わかりましたわ。あなたは対象に絞って調査の継続を」
「承知いたしました」
足音を立てずに執事は薄暗い廊下の闇に気配を溶かして消えた。
「相変わらず暗殺者じみてますわね」
ずっと、お嬢様は追っている。
レオニード襲撃事件。犯行はパピメル家が契約を打ち切った元プロ決闘者によるものだ。
凶器に使用された軍用魔石の出所が不明のまま、事件は闇に葬られた。
だが――
捜査線上にある人物が浮かび上がってきた。
フォン・ロン。
シュイク連邦からの留学生が、密輸に関わっている可能性あり。
まだ世間には公表されていないが、界隈では問題になりつつある獅子刻印の軍用魔石流出事件。
管理番号のないそれは、連邦にて偽造されたものかもしれない――というのが、お嬢様の掴んだ情報だ。
偶然、シュイクから留学生がやってきた数日後、レオニードを襲撃した元パピメル家の契約決闘者の手に、連邦で偽造されたとおぼしき管理番号の無い魔石が渡った。
実行犯は酒場で偽造魔石を掴まされたという。
酒に酔っていて記憶はおぼろげながら、密偵が拘置所に出向き面会を求めて聞き出した情報によると――
性別は男だが年齢はわからない。そんな魔石の提供者は「赤い目」をしていたかもしれないという。
灼眼はシュイク人には珍しくもなかった。
明確な証拠はない。
フォンの出身国が現在、ハルモニア王国との関係に摩擦を起こしているとしても、留学生自身はあくまで個人だ。
犯行をそそのかした黒幕が、シュイク人の密輸業者なら金銭や対価を要求するはずである。
お嬢様は扇を開く。
(――テロリストや密輸業者が、落ち目の元プロ決闘者に無償で違法な魔石を与える動機がありませんわ)
気まぐれにそんなことをしても利益など得られない。
ロゼリアは仮説を立てて動機から逆算する。
レオニードを殺害して得をする人間は――
「実行犯ですらそれはノー」
少女は呟く。仮に青年を殺害したところで、実行犯にプロ復帰の目はない。
というか、ロゼリアが許さない。
となるとライオネア家の世継ぎを消すという線だろうか。
シンバ・ライオネアの身辺警護は王族並み。
そこで寮暮らしのレオニードに矛先を向ける可能性は……あるかもしれない。
父親と疎遠になり、警護の類いを断っている青年なら容易だ。
(――けれど、今の王国の軍需はライオネアが掌握して寡占状態ですわ)
すでにシンバは政敵を下し、自らに与した者たちとで利益の独占に成功している。
反乱を起こしてライオネアを打倒し、成り代わろうという者は国内にはいない。
他国……シュイク連邦の関与であれば?
(――偽の獅子刻印がついた魔石で犯罪が急増すれば、世論を傾け批判をライオネア家に集めることができるかもしれませんけれど)
仮にレオニードが殺害されていたなら、センセーショナルな報道がなされるだろう。
流出した魔石でライオネア家の御曹司が殺害される。
宣伝としては、これ以上ない話題性だ。
(――この線はガトーショコラ並みに濃いですわね。レオ様に個人的に恨みを持つ人間を特定し、そそのかし凶器を与えて犯行に及ばせる。上手くいけば世間は大騒ぎ)
ハルモニア王国の軍備を揺るがしかねない。
だが、そうなるとおかしなことになる。
(――フォン・ロンが連邦から送り込まれた工作員だとしたら、どうして襲撃の時にレオ様の命を救ったのかしら?)
瞬間――
ロゼリアの脳内に逆転のイマジネーションが浮かんだ。
(――いかに大商人の家の生まれで、大会レセプションに名代として出席するといっても、ロン家は王国では無名。これからコネクションを作りパイプをつないでいくというところ……国内軍需を握るライオネア家の子息を救い、交友関係を築くための自作自演だったとしたら?)
再び扇をぴしゃんと閉じる。
レオニードという将を落とすため、ラポムという馬に近づいた可能性は高い。
フォンは先日のレセプションパーティーでロゼリアをダンスに誘ってきた。
本来であれば、お断りしているところだったが――
(――レオ様の命の恩人で、ラポムさんもいい人だからと受けたまでのこと)
証拠は無い。
妄想かもしれない。
それでも――
「あの方の動向には注意が必要ですわね」
考えをとりまとめるとロゼリアは薄暗い廊下を後にした。




