25.貴公子とお嬢様
選手控え室前の暗い廊下に、金髪の貴公子は独り。
会場側からは歓声が響く。
壁に背を預け天井を仰いだ。
また、勝てなかった。これで0勝25敗。
次はない。
夏の大会を待たずして強制的に卒業だ。
「私はいったい、これまで何をしてきたのだろう」
今日まで注いだ魔法決闘への情熱も、努力も、何もかもが無駄だったように思えてくる。
悔しさを通り越して心の器が空っぽになった。
力なく手から杖が落ちる。
廊下にカランと音を立てた。
「もう、必要ないものだ」
拾い上げることもなく、青年は歩き出す。
と、廊下の奥からなじみの顔が姿を現した。
ロゼリアだ。
「どこに行こうといいますの?」
「わからない」
「杖、落としたままでしてよ?」
「そうだな」
青い瞳は曇っている。
少女はツカツカと歩み寄るなり、平手で青年の頬をバチンとはたいた。
「――ッ!?」
レオニードは驚きで目を丸くする。
これまでロゼリアが他人に手を上げた姿を見たことがなかった。
ましてや自分が殴打されるなんて、想像したこともない。
ロゼリアのアメジストの瞳に涙が浮かぶ。
「このあとラポムさんとダブルスの試合がありますわ! 杖無しでどうしますの?」
「…………」
青年の心の整理はついていなかった。
勝っても負けても最後に、記念として参加するつもりでいた。が、シングルスで敗北した今、レオニードの心にはなにもない。
自分が想像していた以上の喪失感に打ちのめされたのだ。
ロゼリアは吠える。
「ラポムさんは今も、双子の兄弟の試合を研究してヘリオス・ジェミナスを攻略しようとしていましてよ?」
「……なぜ、そんなことをするんだ?」
「勝つためですわ」
「勝つ……だと?」
「ラポムさんはダブルスの優勝を狙っていましてよ。パートナーのレオ様が不抜けたままでどうしますの?」
レオニードの心に小さな炎が揺らぐ。
「彼女は……ラポム・ブルフォレストは本気なのか?」
「ええ。ですからまだ何も終わっていませんわ。双子をまとめて倒して優勝すればよろしくてよ」
「彼らはダブルスでプロ決闘者のペアも倒すほどだぞ?」
「でしたら、双子を倒してレオ様がプロにも通用するとお父上に……シンバ様に証明できるではありませんこと?」
ロゼリアはレオニードをぎゅっと抱きしめる。
「どうかご自身の夢を……プロ決闘者になることを諦めないでくださいまし」
「ロゼリア……」
「きっと……ラポムさんとならその夢、叶えられますわ」
お嬢様はそっとレオニードを解放する。
本当は「わたくしとなら」と言いたかった。
今、青年が必要としているのは自分じゃない。
辛かった。苦しかった。愛する人の力になれないことが。
青年の顔に精気が戻る。
「ありがとうロゼリア」
レオニードは気づく。
手を差し伸べてくれる人がいることに。
まだ、終わりではないのだ。
「どういたしまして。ふふふ♪ 辛気くさい顔はいつものことですけれど、これ以上、わたくしの王子様に落ち込まれては応援のしがいがありませんもの」
「お、王子様はよしてくれないか」
「いいえやめませんわ。わたくしにとってレオ様はずっとずっと、憧れの王子様ですもの。ですから一番……誰よりもかっこよくあってくださいまし」
「かっこいいとは、その……わかった。善処する」
相変わらずの堅物ぶりにロゼリアはやれやれ顔だ。
幼少期からロゼリアは金髪の貴公子を見上げて育ってきた。
これまでも、これからも。
青年にはかっこよくあってほしい。
お嬢様は思う。
もし、自分を選んでくれるのなら喜んで申し出を受け入れる。
もし、レオニードが誰かを選んだなら――
その選択を受け入れて、最大限の祝福をしよう……と。
「ほらほら、ボーッとしている時間はありませんわよ。ジェミナス兄弟の試合をあの子と……ラポムさんと一緒に観戦して対策を協議してくださいまし」
「わかった。君にはいつも頼り切りで、助けられてばかりで、何も返せぬままで……」
「ちゃんと返していただきますわ。春大会ダブルスの優勝という栄冠で。優勝インタビューでらぽねーどのPRもお忘れ無く」
「恥ずかしいのだが、ぜ、善処する」
「行ってくださいまし」
「君は?」
「少し、調べておきたいことがありますの」
「そうか。相変わらず多忙なのだな」
一瞬黙り込むと青年は微笑む。
「君の平手打ちは世界に通用する。気合いが入った。本当に……ありがとう」
レオニードは手から落ちた杖を、もう一度拾い上げた。
選手通用口の廊下から客席へと向かう。
自信を取り戻した青年の背中をお嬢様は見送った。
「もぅ……ぶたれて喜ぶなんて変態ではありませんこと? やれやれですわ」
少女の目に涙はもう無い。
王子様は前を向き、再び歩き出したのだ。




