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24.獅子と銀月

 準決勝第一試合は双子の兄ヘリオスが圧勝した。


「んじゃ、弟の応援いくんで。あっ……アドバイスなんだけど、才能無いなら決闘なんてやんない方がいいんじゃね?」


 今回も最後に一点だけ与えて、ヘリオスはもう一つの試合が続くコートに向かう。

 弟は格下相手にも丁寧に打つから試合が長引きがちだ。


「って、おいおい。3ゲームとられてんじゃん」


 ムーナンの前に立つ金髪の貴公子は、肩で息をしていた。

 ゲームスコアは2-3で、これまでの対戦成績で初めてムーナンは追う立場になったのだ。

 ラポムによる特訓の成果はめざましく、レオニードが鉄壁に穴をこじ開けようとしていた。


 立て直しを図ろうとグラーヴェ学園のコーチがタイムアウトを取る。

 だが、戦術面のやりとりはなかった。

 コーチですらも、ムーナンに意見することは許されていない。


 それでもグラーヴェのコーチは言う。


「大丈夫か?」

「……そういうのいいから」

「そうか。指導もアドバイスも追いついていなくて申し訳なく思う」

「……謙虚だね。大人なのに。いいよ……最初から期待してないから」


 名門校をまかされるグラーヴェのコーチだが、現役時代の戦績はユーニゾンのオジカのような華々しいものではない。


 三年間、双子が自由にできる環境を維持すること。

 それが彼に与えられた仕事だった。


 普段よりもよく喋るムーナンに、グラーヴェのコーチは危機感を抱く。

 だが、彼にはどうすることもできなかった。

 

 ムーナン側が立て直しを図れぬまま、タイムアウトが明けた。

 レオニードはオジカと密にやりとりし、動きの確認にも余念が無い。


 決闘者二人が台につく。

 追い詰められようとも、眉一つ動かさず銀の瞳が言う。


「……フォアを捨てたんだね」

「君を倒すためだ」

「……名前、なんだっけ?」

「レオニード・ライオネア」

「……僕に勝ったら憶えてあげるよ」

「それは光栄だな。ムーナン・ジェミナス!」


 試合は一進一退。

 レオニードが得点すれば、客席でロゼリアが親衛隊とともに歓声を上げる。

 ラポムも一員になり、半被はっぴに鉢巻きとレオニード様LOVEと書かれた団扇うちわを手にしていた。


 ユーニゾンの決闘術部員たちも声援を送る。試合で敗れた副部長も、ヘリオスにズタズタにされてしまった二年生エースも、自分のことのようにレオニードの得点に歓喜し、拍手を送った。


 一方――


 グラーヴェ学園の応援席は沈黙し続ける。

 ムーナンの試合では、声を上げることは御法度だった。


 サーブを構える前にレオニードが訊く。


「そちらの部員たちは応援をしないのか?」

「……うるさいのは嫌いだから。そっちは下品で騒がしいね」

「活気があると言っていただきたい!」


 試合が再開する。

 ムーナンは集中を欠いていた。

 子供の頃、兄に誘われて決闘術を始めたてのムーナンは弱かった。

 最初からなんでも器用にこなせる兄と違い、自分は凡人なのだ。


「だらしねぇなムーナン! お前がちゃんと返してくんなきゃ遊びになんないだろ?」

「……うん。がんばるよ兄さん」


 魔力値ではムーナンの方が上だった。

 ただの数字だ。

 兄に勝てる気がしない。勝ちたいとも思わない。

 少しでも兄に応えたい。ただ、それだけ。


 崩れようとしている。

 約束の場所へ行こうというのに、目の前の青年が邪魔をする。

 うっとうしい。めんどくさい。

 とっとと終わらせたくて攻撃に転じると、瞬間――


 ラポム・ブルフォレストの気配がよぎった。

 今までのレオニードという決闘者にはなかった緩急のついたブロック。

 ストレートへの強襲。

 どれも、ラポムの戦術だ。


(――勝てないかもしれない。どうしよう……兄さん……)


 コートの仕切りの外からヘリオスが一喝する。

 

「だらしねぇぞムーナンッ!! 俺とお前でずっと勝ち続けるって約束だろ?」


 杖を構えて膝を曲げ前傾姿勢をとるとムーナンは頷いた。


「……そうだね。そうだったね。兄さん」


 兄がすぐそばで試合を見てくれる。

 他の誰に見られようと気にも留めないが、兄にだけはつまらない試合を見せられない。


 鉄壁の銀眼に冷たい月の光が宿った。


 雰囲気が変わったことに、対峙するレオニードの背筋がブルリとなる。


 これまで鉄壁ムーナンに幾度となく叩きつけられねじ伏せられてきた。


 無造作に。無慈悲に。


 だが――


 今までにない殺意にも似た感情を向けられている。


 氷の刃を喉元に突きつけてムーナンは宣戦布告した。


「……君じゃ兄さんの相手は務まらない。ここで終わるべきだ」

「務まるかどうかやってみなければわかるまい!」


 レオニードのサーブからラリーが始まった。

 数打の応酬の最後に、金髪の貴公子が渾身のバックハンドをストレートに放つ。

 ムーナンの左肩が小さく動いた。

 腕が鞭のようにしなり、レオニードの打球を上から押さえつけグッと「持つ」と回転の威力を上書きして打ち返す。


「……いくら強烈な一撃でも、来る方向とタイミングがわかってれば、子供でも返せるよ」


 打球がレオニード側のコートに着弾した。

 金髪の貴公子は反応すらできなかった。

 魔力値以上の実力差。ラポムと三週間打ち合ったくらいでは届かなかった。


 せめてもう一つ、武器があれば。


 フォアの強打さえ戻っていれば。


 ラポムとの練習期間があと一ヶ月あれば。


 もっと早くラポムと出会っていれば。


 ・

 ・

 ・


 兄ヘリオスがそばにいることで、ムーナンは完全に息を吹き返した。

 選手だから。同じ会場。同じフロアで戦える距離感だ。


 客席からロゼリアや親衛隊の声援は間違いなくレオニードに届いている。

 力になっている。


 それでもラポムには遠かった。

 今すぐレオニードのそばにいって、伝えたいことが山ほどあった。

 技術的なものばかりじゃない。


(――まだ戦えます! レオニードさんなら勝てます!)


 客席のラポムには祈ることしかできない。


 第6ゲームをムーナンが取り返し、ゲームスコアは3-3になった。

 最終7ゲーム目にもつれ込む。

 ここも一進一退。

 終局まで互いに譲らない。


 ポイント9-9でムーナンのサービスが二度続く状況だ。

 強烈なバックサーブから鉄壁が先に仕掛けた。

 ストレートにラリー展開し、最後はレオニードのブロックを吹き飛ばす兄ヘリオスばりの攻撃を見せつけた。


 ついにスコアは10-9。


 レシーブ側のレオニードは追い詰められた。

 あと一点を失えば敗北だ。

 サーブ権はムーナンにある。


 絶体絶命。


 今、最も信頼できるバックハンドの強打に持ち込むしかない。

 ラリーは不利。

 ここで今までの自分なら弱気になり、相手コートに入れることばかり考えてしまっていた。


 貴公子は構える。


(――四球目で決める。ここでデュースに持ち込んで勝つッ!!)


 運命の一球がムーナンから放たれる。

 バックスピンのかかった短いサーブがフォア前に出た。

 レオニードは台上で切るようにムーナンのフォア、ストレート側に送る。


 ムーナンからすればバッククロスへの返球にうってつけの球だった。

 もちろん、ムーナン自身もレオニードがやりたいことはわかっている。


 クロスの返球をレオニードはバックハンドのカウンターで決めようというのだ。

 今日の試合で、幾度いくどとなくムーナンの鉄壁を崩した展開だった。


 頭では冷静に理解できていても、レオニードのレシーブは深く回転も強烈だった。


 金髪の貴公子にとって、本日最高の返球だ。


 並みの決闘者であれば、触れただけでネットに落とすほどの回転量。


 あまりの質の高さにムーナンの返球は甘くなった。


 ミスをしない鉄壁が返球を失敗したのである。


 ネットにかかることはなかったが、中途半端な打球はレオニードのフォア側へ。

 

 フォア強打にうってつけの球だった。


(――打て! 動け! 右腕よ! 頼むからッ!!)


 レオニードの中で時間が止まった。


 脳裏に無数の情景が浮かぶ。


 ここまで支えてくれたロゼリア。


 進退を賭けてまで自分のパートナーを探してくれたオジカ。


 ともに汗を流してきた決闘術部員たち。


 そして――


 ラポム・ブルフォレスト。


 チャンスボールをレオニードは右の強打で叩き込む。


 ストレート側。台のサイドすれすれを打球はかすめた。


 イレギュラーバウンドし、魔力球はあらぬ方向へと飛ぶ。


 いかに鉄壁ムーナンだろうと、触れることさえできない。


 審判が得点板を操作する。


 スコアは11-9。ムーナンの勝利がコールされた。


 会場がざわめき客席でロゼリアと親衛隊が悲鳴を上げる。


 レオニードはゆっくりと目を伏せ俯いた。


 台のふちに魔力球がかかった時、その反射角度によってエッジによるイン判定か、サイドによるアウト判定かがなされる。


 ここ一番というところで、審判の裁定はサイド。つまり、レオニードの放った渾身のフォア強打はアウトだったのだ。


 非常に難しい、きわどい判定だった。


 後味の悪い終わり方だ。


 勝者となったムーナンは眉一つ動かさない。が、珍しく自分からレオニードの元へと歩み寄った。


「……おつかれ。レオニード。名前、憶えるよ」


 スッと出てきたあたり、すでにムーナンの心にはレオニード・ライオネアの名前が刻まれていた。


「ああ。ありがとう。最後に私のすべてを出し切り、ぶつけることができた。感謝する」

「……またやろう。どうせ夏も同じ準決勝になるだろうし。今度は僕が負けるかもね」


 兄以外の他者を認めない節があったムーナンから握手を求めた。

 一瞬、考え込むとレオニードは手をとる。


「そうだな」


 レオニードはそれ以上、言葉を呑み込んだ。

 ライバルとして認められたことを嬉しく思う。

 だからこそ、自分の身の上話などしてはいられない。


 敗北を喫した以上、金髪の貴公子に次は無いのだから。

 それをムーナンに伝えればどうなるか。


 決勝での戦いに響くかもしれない。

 たとえいつも通りの兄弟対決だったとしても、決勝の舞台に立つ決闘者には健やかな気持ちで臨んでほしい。


 だから、嘘をついてでもレオニードは何も言わなかった。


 全てを受け入れたレオニードに、会場中から健闘を讃える惜しみない拍手が浴びせられた。





 客席でロゼリアはレオニードの分までむせび泣く。


 彼はけっして他人には話さない。だが、少女は知っているのだ。


 優勝できなければ杖を折る。


 だから心を殺してでも、レオニードの勝率を上げるため奔走し続けた。


 成果はめまぐるしく、ついにムーナンを追い詰めるに至ったのだ。


 ここまで来た。あと一歩。もう少し。次さえあれば。


 ラポムのおかげで、やっとレオニードは飛び立てるというのに……。


 悔しくて、悔しくて悔しくて悔しくて悔しくて……。


 レオニードの指の隙間から勝利という名の砂が流れ落ちてしまった。


 掴めなかった。


 掴ませてあげられなかった。


 退場するレオニードの元へと、普段なら駆けつけるのに……。


 足が震えて動かない。


 涙で崩れた顔で、なんてレオニードに声をかけていいのかわからない。


(――わたくしが泣いてどうしますの!? 本当に、一番泣きたいのはレオ様なのに!!)


 不意に――


 お嬢様の手を少女がとった。


「行ってくださいロゼリアさん!」

「い、行くってどちらに?」

「レオニードさんの元にです」

「けど……もう……」


 すでに会場では決勝の準備が始まっている。

 センターコートに向けて、ヘリオスが弟とがっちり肩を組んで歩き出していた。


「まだ終わってないですから」

「え?」


 お嬢様はきょとんとする。


「午後からはダブルスのトーナメントが始まります」


 本日の午後から明日いっぱいにかけてだ。

 とはいえ、シングルスに比べればダブルスはオマケ的に見られる部分も多い。


「そ、そうですわね」

「明日、ダブルスの決勝戦でヘリオスさんとムーナンさんを倒すんです」


 ロゼリアもレオニードとラポムがダブルスにエントリーしていることは知っている。

 勝ち負けではなく記念参加的なものだと、レオニードから聞かされていた。


「まさか、あの二人にダブルスで勝つとおっしゃいますの?」

「そうすればみんなを幸せにできます」


 ラポムは真剣だ。両手でぐっとロゼリアの手を包むように握る。

 瞬時にお嬢様の明晰な頭脳が算盤を弾いた。


 レオニードは双子の両方に勝てば魔法決闘術を続けられる。

 ロゼリアはレオニードが好きなことに打ち込めるのが嬉しい。

 パピメル家はレオニードの活躍で「らぽねーど」の投資を回収できる。

 パピメル家と契約したブルフォレスト家はリンゴや加工品の出荷量が爆上がり。

 ラポムの妹は家計に余裕ができてお嬢様学校へ進学できる。

 ラポム自身もロゼリアへの借金(?)返済。


「確かにそうですけれど」

「そうなんですよ! みんなみんな幸せです!」


 ラポムもうんうんと頷く。

 ヘリオスとムーナンにとって、やっと自分たちが認めるライバルが王都に現れるのだ。

 双子にとっても「対戦相手」がいることは嬉しいことだとラポムは思う。

 赤毛が大きく揺れた。


「だから行ってくださいロゼリアさん! レオニードさんの元へ!」

「で、でしたらあなたが……」

「わたしはここにいます」

「ど、どうしてですの?」


 ラポムの視線が決闘台の並ぶフロアに向いた。

 コイントスによりヘリオスのサーブで決勝戦が始まろうとしている。


「本気を出したヘリオスさんを見ておきたいんです」


 その一言にお嬢様はすべてを理解する。

 勝つための情報収集。それにはヘリオス・ジェミナスが唯一本気を出せる相手との試合を見るしかない。


 今が最後のチャンスだった。


 お嬢様は立ち上がり、扇をバッと開く。


「レオ様のことはお任せあれ。ラポムさんは情報収集に勤しみなさい。おーっほっほっほっほ! では、行って参りますわ!」


 親衛隊をその場にステイさせて、お嬢様は客席を後にした。

 まだ、大会は終わっていないのだ。

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