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21.秘密と告白

 華やかな夜会。

 初めてのパーティー。

 デビュタントを飾ったラポムだが、緊張で飲み物も喉を通らない。


 レオニードが大会運営や関係者に練習パートナーとしてのラポムを紹介した……ものの、少女は要人やら著名人やらの顔も名前も何一つ覚えられなかった。


 ちょこんと挨拶するのがやっとだ。

 レオニードやロゼリアの堂々とした振る舞いをみて「やっぱりすごい人たちすぎる」と、尻込みするばかり。


「すみません! すみません! あの……すみません!」


 会う人会う人に謝り通しだ。

 レオニードの事をロゼリアに任されたけど、魔法決闘以外じゃなにもできないと赤毛の少女は落ち込んだ。


 レオニードがそっと手を取る。


「挨拶はこれくらいでいいだろう。それよりも君が心配だ。顔色も悪い。少し、風に当たりに行こう」


 導かれるまま少女は迎賓館のホールから二階へ上がると、テラスに出る。

 王都の中心部ながら庭園を見渡すことができた。


 魔力灯でライトアップされた左右対称の幾何学模様的な庭と、その向こうには街灯りが瞬いている。


 夜空はラポムの故郷に比べれば、ずっと星の数が少なく思えた。

 それでも月は煌々として二人に柔らかな月光を注ぐ。

 青年が言う。


「今日もバレッタをつけてきてくれたんだな」

「あ、あの、これ……ロゼリアさんが髪を整えてくれたんです」

「彼女は何か言っていたか?」

「えっと、レオニードさんの私物にしてはおしゃれすぎる……って」

「そうか……」


 一瞬だけ青年の表情に影が差した。

 ロゼリアがレオニードの母親を慕っていたのは良く知っている。

 本当は彼女に贈るべきだったのかもしれない。

 だが、これ以上レオニードはロゼリアの気持ちを、自分に向けさせるわけにはいかなかった。


 パピメル家の夫妻。ロゼリアの両親はずっと子供に恵まれなかった。

 レオニードの母親はパピメル家の遠縁で、ピンクブロンドの髪もそちらからの授かり物だ。

 ライオネア家に同じ髪色の娘が生まれた時、両家の間で密約が交わされた。


 パピメルの家に養子に出す。

 レオニードにとって、ロゼリアは血のつながった実の妹なのだ。

 彼女が飛び級で学院に入学してきた時には、青年も動揺を隠せなかった。


 知らぬはロゼリアばかりなり。母親の死をきっかけにレオニードだけが父から真実を知らされた。


 間違いが起こらぬように。


 以来、青年にとってロゼリアは妹なのである。

 ずっと……これからも。


 ロゼリアには知らされることはない。


「本当にすごいんですね。ロゼリアさんって。こんなに大きな夜会を取り仕切るなんて」

「ああ、彼女は本当に……」


 青年は言葉を呑み込んだ。

 赤毛の少女は不思議そうに首をかしげる。


 そのままテラスの縁に立ち、ラポムはゆっくりと呼吸を整えた。

 隣で青年も同じように息をつく。

 ごまかすように苦笑いだ。


「やはり慣れないな。こういうことは」

「レオニードさんもパーティー苦手なんですか?」

「ああ。もはや社交というか外交だ。父の名代として見られるのもプレッシャーだ」

「そうだったんですね」

「ただ、良かったこともある」


 月明かりに照らされた少女の姿に、青年はドキッとする。


「な、ななななんですか!? そんなにじっと見られると……恥ずかしいです」

「よく似合っている。ドレスも……そのバレッタも」

「あ、ありがとう……ございます」


 少女の頬が赤らんだ。他の誰かに褒められても普通に嬉しいとは思うけど、レオニードの言葉なら特別だ。


「君はその……本当にいつも私の予想を遙かに上回ってくる。驚かされてばかりだ」

「驚きなんて……」

「君は私を倒した。あの日の衝撃からずっと……気づけば君のことばかり考えてしまっている」


 青年の真剣な眼差しにラポムはどぎまぎする。


「わ、わわ、わたしのことって……やっぱり魔法決闘……できるからですよね」

「それだけじゃないんだ。私も……自分でもよくわからない。ただ、気づけば君を視線で追ってしまっている。会えない日は少し、気が重い」


 お互いに見つめ合う。

 ホールの喧噪が嘘のような、静かな夜だ。

 青年はひざまずいた。


「ラポム・ブルフォレスト」

「は、はい!」

「私と……いっしょになってくれないか?」


 瞬間――

 少女の頭の中は爆発した。


 イマジナリー妹が教会のベルを乱打する。

 お姉様これは玉の輿です! 乗るしかありませんこのビッグな輿に!

 式場に詰めかける大量の妹。空から舞い降りる無数の天使と化した妹軍団。


 ヴァージンロードの先に白いタキシード姿のレオニード。

 手には結婚指輪の収まったケース。


 教会の司祭が誓いの言葉を促して――


「あ、ああ、ああああッ! 家の格がち、違いすぎます!」

「そんなものは関係ない。君が……必要だ。私には君が……」

「けど、ロゼリアさんが……」

「ロゼリアだって喜んでくれる。そのために今夜のレセプションに並々ならぬ力を入れてきたのだから」


 ラポムは思う。

 あれ、なんか、自分が思ってるのと違うかも。


「と、ともかく立ってください」

「う、うむ。君がそう言うのなら」


 青年は立ち上がると襟を正した。


「あの、わたしが……欲しいんですか?」

「君が欲しい」

「でも、レオニードさんにはロゼリアさんが……」

「彼女には頼めないことだ」

「頼むって……なにを?」


 青年は咳払いを挟んだ。

 夜空を一度見上げて深呼吸すると、前を向きアイスブルーの瞳でラポムを見つめる。


「今大会のダブルスパートナーだ」


 ああ、やっぱり。

 何を勘違いしているのだろう。と、ラポムは恥ずかしさのあまり、今からテラスの柵までダッシュして頭から地面に突き刺さりたい気持ちになった。


 青年が不安げな顔になる。


「だ、ダメだろうか」

「言い方! 言い方がダメです! なんでもっと普通にダブルスパートナーになってほしいって言わないんですか」

「本気だと伝えるために昨夜は寝ずに考えたのだ」


 レオニードもしっかりしているようで、どこか抜けているとラポムは思う。

 一晩考えたというのは、ちょっとかわいいけど。

 青年が常にリラックスできず肩に力が入りがちなのは、根が真面目すぎるせいかもしれない。


「わたしと組みたいんですか?」

「そうだ」

「この前、副部長さんたちにボコボコにされたのに?」

「ああ。だが……私は君と組んで試合に出てみたい。これが人生で最後になるかもしれないからな」


 青年は真剣だ。


「最後……って」

「父に言われたんだ。今大会で双子に……ヘリオスとムーナンの両方に勝って優勝できなければ、私は杖を折ることになる。学院も飛び級で卒業し、伯爵家を継ぐための準備に入る」

「じゃあ、レオニードさんの夢は? あのでっかい競技場の真ん中で、世界の中心に立って戦うんじゃ……」


 金髪が左右に揺れた。


「かなわぬ夢の方が多いのだ。私ほど恵まれた人間もそうはいない。なのにこれ以上……望むのは強欲すぎるのかもしれない」

「レオニードさん……」

「そんな悲しい目をするな。もちろん双子を倒すつもりではいる。君との特訓を無駄にはしない」


 言い終えると「ただ……」と付け加えた。


「君と試合に出たいんだ。もちろん、君が嫌だというのなら無理強いはしない」

「わ、わたしは……」


 青年はそっと手を差し伸べる。


「一緒に『遊ぼう』……ラポム・ブルフォレスト」


 その言葉をラポムはずっと、ずっと心のどこかで待っていた。

 ようやく、自分と遊んでくれる人が現れたのだ。

 少女は青年の手を両手で包むように握り返した。


「は、はい……とっても、とってもとってもとっても嬉しいです! 遊びましょうレオニードさん!」


 少女の瞳に雫が溢れる。

 いつも涙はしょっぱいのに、今日は不思議と甘く思えた。


「ではダブルスのペア結成だな」


 この世界で史上初となる男女混合ペアによる、公式戦の参加が決定した。


「け、けどエントリーなんてしてませんよ?」

「すでに一週間前にオジカコーチが済ませている」


 そのオジカといえば社交そっちのけで、存分に飲み食いに拭けっていた。

 手首の怪我の再発でコーチとしても終わったと、界隈からは見られているので他にやることがない。


「も、もし私が受けなかったら?」

「そのときは不戦敗のつもりでいたさ」


 最初からラポムの意思は尊重するつもりだった……らしいのだが、青年は続ける。


「君が大会でも活躍すれば、宣伝効果で故郷のリンゴやリンゴ加工品が飛ぶように売れる……と、ロゼリアからも聞いている」

「は、はい?」

「私がいなくなったとしても、ダブルスで君の戦いを見た人間たちは、きっと引き込まれるはずだ。ブルフォレスト家にも経済的余裕が生まれる。奨学生でなくなっても、このまま通えるはずだ」


 そこまでの青年は覚悟を決めて、ラポムのための準備を進めていた。

 少女の心が震える。

 このままレオニードから魔法決闘を奪わせたくない。続けて欲しい。


「勝ちましょうレオニードさん」

「勝つ……だと?」

「シングルス優勝。ダブルスも優勝で、誰にも文句を言わせなければいいんです」

「君の気持ちはありがたいが、ジェミナス兄弟はダブルスではさらに強い。プロのペアを倒すほどだ」

「そんなのやってみないとわかりません」


 ――勝ちたい。


 少女は初めて、自分の中に眠っていた気持ちと向き合った。


 全てを承諾したラポムに、青年はゆっくりと頷く。


「そうだな。君の言う通りだ……それでも最後になるかもしれないという事実は変わらない。だから……君にお願いがある」

「な、な、なんでしょうか?」

「君は学院での決闘で私に勝利した。もし、私が学院を去ることになったら、君の勝者の権利は消滅してしまう。だから……今、ここで君の願いを教えてほしい。君の要望なら、なんでも受け入れる用意がある」


 勝者は敗者から奪うことができる。

 それをせぬままではいられない。

 ということだ。


 ラポムは赤毛を左右に揺らす。


「使いません。レオニードさんが勝つんですから。学院にも残れますし、魔法決闘だってずっとずっと続けられます。だから、ここぞという時までとっておきます」


 少女は青年の顔を見上げた。

 レオニードが困ったように笑う。


「そうか……わかった」

「春でも夜はまだ少し寒いですね。そろそろ戻りましょう」


 今度はラポムがレオニードを先導してホールに戻るのだった。

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