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20.レセプションの夜の始まり

 王都中央区の迎賓館――

 控え室でラポムは薄化粧を施された。

 仕上げたのはロゼリアだ。


「さすがわたくしですわね。完璧な仕上がりでしてよ」


 ラポム自身、タヌキだなんだと言われはするものの元々は整った顔立ちをしている。

 美少女には違いないのだが、彼女の辞書におしゃれの文字が載っていないだけだった。


 素材は一流。料理人の腕次第で化けるのである。タヌキ娘だけに。

 鏡に映った自分にラポムは目をぱちくりさせた。


「これ、本当にわたしですか?」

「他に誰がいますの? あなたでなければ鏡の前でおすまししているのは何者でして? 別の誰かというなら怖すぎますわ」

「ひえっ! わたしですまちがいなくわたしですから!」


 妹に整えてもらうのとは別次元の化粧に、さすがのラポムも「ほとんど別人じゃないですか」と心を揺らす。


 本人がコレなのだから、普段のラポムを見慣れた人間は面食らうに違いない。

 メイクを仕上げたお嬢様は鼻高々だ。

 控え室のトルソーにはラポムのために仕立てられたドレスが用意されている。

 ロゼリアが一声掛ければ、メイドたちが怒濤の勢いで着付けに入るだろう。


 お嬢様はため息をつく。


「あとはこのもっさりとした赤毛ですわね。どうしてくれようかしら」


 ロゼリアは無数にあるコレクションから厳選した宝飾品類をアレコレ合わせる。

 ルビー。サファイア。ダイヤモンド。トパーズ。真珠。エメラルド。

 どれもいまいち決まらない。


「なんだかパッとしませんわね。ラポムさんの手持ちに良い髪飾りはありませんの?」


「で、でしたらあの……これで……どうでしょうか」


 ラポムは手荷物から梨地の白金製バレッタを出す。

 事前にロゼリアから、手持ちのアクセサリーがあればもってきてほしいと言われていたのだが……。


 ロゼリアには見覚えがあった。


「そ、それは……」


 お嬢様はめまいに襲われた。その場で倒れそうになる。とっさにラポムが支えて丸椅子に座らせた。


「だ、大丈夫ですかロゼリアさん!?」


 驚くラポムにロゼリアは目を閉じ思い出す。


 幼少の頃――


 まだレオニードの母親が健在で、ライオネア家に行った時にはロゼリアは実の娘のようにかわいがられていた。


 いつかレオニードと結ばれたら、この人をお母様と呼ぶようになる。と、小さなロゼリアは信じて疑わなかったのだ。

 もう、この頃から実際に、もう一人のお母様と慕っていた。


 レオニードの母はいつも白金のバレッタをしていた。

 奇しくもレオニードの母親はロゼリアと同じピンクブロンドの髪をしていた。

 バレッタはとても似合っていて、素敵で、上品で清楚でこんな淑女レディーになりたいとロゼリアは憧れた。


「ねえねえお母様。そのバレッタ、ロゼリアにちょうだい!」

「じゃあロゼリアちゃんが大人になった時にね」

「約束だよ!」

「ええ、約束しましょ。けど、私からのプレゼントっていうのは秘密にしてちょうだいね」

「どうして?」

「どうしても」

「うん! じゃあ秘密にする!」


 指切りをした翌日――


 レオニードの両親は何者かの襲撃に遭い、当主のシンバを庇ってレオニードの母親は命を落とした。


 ロゼリアの頬を涙が伝う。

 思い出の品を見て記憶が甦る。

 本当ならバレッタは自分が受け継ぐものだった。

 なのに、それを贈られたのは……ラポムだ。


 レオニードに悪気はない。彼の母親とロゼリアの密約を知っていれば、きっと未来も違っていたはずだ。


 ただ――

 青年にとっても大切な母親との思い出の品がラポムの手の中にある。


 赤毛の少女が命の恩人だから?

 他に誰もできない練習のパートナーだから?

 ただ、髪をまとめるだけならどこかの店で買ったものでもいいはず。


 よりにもよって。よりにもよって。


 わたくしはこんなにもレオ様に尽くして、愛を注ぎ続けたのに……。

 

「ロゼリアさん? だ、誰か呼んできますか?」


 ラポムはそっとハンカチを差し出した。

 その手を払いのけたい……気持ちになる。


 誰が悪いわけでもない。

 ロゼリアも頭では理解している。


 こんなに胸が苦しいのは、目の前の何も知らない赤毛の少女のせいだ。


 だけど――


 もしラポムが現れなかったら、レオニードはもっと深い闇の中にいたかもしれない。


 心臓を握りつぶされる想いのまま、ロゼリアはラポムが差し出したハンカチで目元を拭う。


「ありがとうラポムさん。目にほこりが入ったみたい。それにしても素敵なバレッタですわね」

「え、えっと……はい! わたしなんかにはもったいないです!」

「それはバレッタに失礼というもの。自分を卑下してはいけませんわ。けど、その口ぶりだと……自分で買ったものではないのかしら?」

「レオニードさんにいただきました。練習中に髪をまとめた方が良いからって。だけど、不思議なんです。わたしのために用意したって感じがしなくて……髪のことが気になった翌日に、急に渡されて……」


 ラポムはまごまごと困惑する。


「確かにそうですわね。レオ様が女性向けのバレッタを持っているなんて。もしかしてご自分で使うつもりだったのかしら?」

「だったらびっくりですよ!」

「ですわね。レオ様の私物にしてはおしゃれすぎますし。さあ、仕上げてしまいましょう」


 ロゼリアは悪戯っぽく笑いながら、ラポムの髪をブラシで整えた。


 今は自分の内側にすべての感情を閉じ込める。

 絶望。悲しみ。苦しみ。痛み。

 一滴も漏らすわけにはいかない。


(――なぜなら、わたくしは気高き伯爵家の令嬢。ロゼリア・パピメルなのだから)


 レセプションを成功させ、レオニードに気持ち良く大会に臨んでもらう。

 ロゼリアの悲しみに気づけばきっと、貴公子の心は揺れてしまうから。


(――わたくしってば、なんていい女なのかしら)


 ずっと心の片隅で気づいていた。

 レオニードにとって自分が、ロゼリア・パピメルという存在が恋人ではなく家族に近しい存在だということを。


 妹のようにしか見られていないことを。


 そして青年は出会ってしまったのだ。


 家族ではない、意識せざるを得ない女性に。


「ラポムさんよろしくて? 今夜のパーティーでは先ほど打ち合わせした通り、あなたはレオ様のパートナーとして振る舞うの。片時もそばを離れてはいけませんわ」

「は、はい! がんばります!」

「わたくしは来賓の相手に忙しいですから……レオ様のこと……頼みましてよ」

「わ、わわ、わたしがレオニードさんを守ればいいんですね!」


 ロゼリアは深く頷いた。


 全てを託されたことを、この時のラポムは気づいていなかった。





 広いホールに楽団の奏でる音楽が静かに流れる。

 人々のおしゃべりの邪魔にならない程度の心地よい音調だった。


 テーブルにはパピメル家のお抱え料理人たち自慢のメニューがずらりと並ぶ。

 中でもメインに据えられたのは、良質な黒豚を使ったローストポークだった。

 ソースにはリンゴがふんだんに用いられている。

 他の料理もリンゴが各所にちりばめられた。


 デザートには、乾燥させた皮を生地に練り込んだ特性のアップルパイ。バニラアイスを添えて。

 紅茶もアップルティーである。


 リンゴ酢を使ったスパークリングドリンクもお披露目となった。

 蒸留酒の割り材にも使われ、華やかなパーティーを彩る。


 すべてロゼリアの計らいだ。

 来賓たちはリンゴづくしに驚きながらも、料理の完成度の高さに舌を巻く。


「こちらのリンゴは北部辺境のブルフォレスト家が育て上げたものですの」


 客たちは「ほぅほぅ」とロゼリアの言葉に聞き入った。

 あのパピメル家の令嬢が着目するほどだ。実際、味も素晴らしい……と。


 結果、ブルフォレスト家の名が広まった。


 そんな大人たちのやりとりの最中――


 揃いの正装をした双子の兄、ヘリオスが皿いっぱいに料理を載せてニコニコ顔だ。


「めっちゃ美味いなローストポーク! リンゴのソースなら牛より豚だわ。つーかお前、野菜ばっかかよ」

「……明日は試合だから食べ過ぎてコンディション壊さないでね兄さん」


 弟、ムーナンは淡々とした口ぶりだ。

 時々視線が客たちの間をさまよった。


「なんだぁムーナン。さっきから赤い髪の女ばっか見てないか?」

「……別に」

「一目惚れだもんなぁ。ったく、お兄ちゃんは嬉しいぜ。女っ気もなにもなかったお前が、ついに気になる女子を見つけたんだから」

「……気にはなるけど、そういうんじゃないよ」


 ヘリオスは楽しげに弟の肩をパンパン叩く。

 ムーナンは軽く払った。


「……そういう兄さんこそ、探してるんじゃない?」

「ったりまえだろ? 俺だってラポちゃんとデートしたいし。つーかさ、自分のカノジョがあんだけ決闘強かったら、やばくね?」

「……まだ付き合ってもいないでしょ」

「お前がもたついてたら、俺がとっちゃうぜ?」

「……はいはい」


 パーティーに列席した良家の女子たちが、やりとりをする双子をやんわり囲み。熱い視線を注いでいる。

 が、当人たちはまったく気にも留めていなかった。


 二人はモテて当たり前。兄、ヘリオスには何人ガールフレンドがいるかもわからないと言われているが、それでもお近づきになりたいと憧れる女の子は後を絶たない。


 一方、弟ムーナンには浮いた噂の一つもなかった。

 軽い兄とは対照だ。

 もちろん、物静かでクールなムーナン推しの女子も多かった。


 第三の勢力として双子の仲睦まじい姿をそっと遠くから見守っていたいという層も一定数いるという。


「……あっ」


 ムーナンが小さく声を上げる。視線の先にラポムを発見した。

 白金のバレッタでまとめられた赤毛は艶やかだ。

 緑のドレスが彼女の魅力を引き立てていた。

 身につけた宝飾品は控えめで品が良く、良家の淑女レディー然としている。

 メイクも控えめながら、パーティーという華やかな場所にあって埋もれることがないようラポムをアシストしていた。


 ともかく、初めて会った時の――決闘台を挟んで対峙したラポムとは別人のような美しさだ。


「お! ラポちゃんいたじゃん! うっひょ~! 仕上がってんなぁ。よし、ちょっと声かけに……」

「……兄さん。残念だけど先約があるみたいだよ」


 赤毛の少女の隣には金髪の貴公子の姿があった。獅子の家門を背負ったレオニードである。

 ヘリオスは小さく中指を立てた。


「今からあいつに決闘挑んでラポちゃんもらってこようぜ。花嫁泥棒だ!」

「……よしなよ」

「つーか、あの金髪とあんま遊んだことないんよな」

「……あの人、僕に勝てないからね」

「ずりぃよお前ばっかさぁ。そういや、あいつの家って伯爵家だろ?」

「……うちは子爵。負けてるね」

「決闘弱いくせに格上でパピメルのお嬢様と二股かよ。明日絶対に潰す」

「……兄さん。それくらいにしておきなよ。それに兄さんとあの人は永遠に戦うことはないんだから」


 弟にステイ! されて、ヘリオスは「あーもうこうなりゃやけ食いだっつーの! 全勝しないとやってらんねぇ!」と、パーティー料理の全制覇攻略に取りかかった。


 兄弟はそれぞれシングルスにエントリーする。共にシード枠だ。

 トーナメント表で順当に勝ち上がれば、ジェミナス兄弟が恒例の決勝を戦うことになるだろう。

 対戦には大会運営側の思惑が強く反映されてしまう。

 裏で操作する存在も噂されていた。


 結果――

 必ずといっていいほど、レオニードのエントリーする山は準決勝でムーナンとぶつかるように組まれるのだ。


 兄ヘリオスが永遠に戦うことはない。

 つまりは――


 ムーナンはレオニードに対して絶対の自信をもっている。


 シングルスのトーナメントが終わればダブルスになる。

 ヘリオスとムーナンにとって、ダブルスは勝って当たり前のオマケのようなものだった。

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