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2.オジョウサマ シンセツ オジョウサマ スキ

 教室に戻ったラポムはさっそくクラスメートに囲まれ質問攻めだ。


「えっと、わたしが勝てたのはコーチの人がレオニードさんの弱点を教えてくれたからで、まぐれなんです」


 窓際の隅っこ席でラポムは小さくなる。

 同じ言い訳をもう何度繰り返しただろう。

 廊下まで生徒が黒山の人だかりだ。


 こんなにたくさん、同世代の人間に囲まれたことがない。

 友達が欲しかったラポムだが、注目を浴びるのは苦手だった。


(――ああもう、誰かここから連れ出して。助けてメアリ!)


 普段なら聡明な妹がどこからともなく颯爽と現れて「お姉様をいじめないでください!」と、戦ってくれるのだが、妹君がやってくるには王都はあまりに遠すぎた。


 ラポムは姉ながら、常に妹に守られて生きてきた。

 服を選ぶのも妹任せ。

 髪だって妹が整えてくれる。

 ハンカチ持った? お財布持った? お洋服がほつれてるから縫いますね?


 ラポムが申し訳ない気持ちになると「お姉様は立派なお方です。いつか世界の頂点に君臨するのですから!」と、励ましてくれた。


 励まし方の癖が強すぎるのは難点だ。


 独りになって、妹にどれほど助けられていたのか実感する。

 コミュ障なお姉ちゃんでごめんなさい。と、赤毛の少女は泣きたくなった。


 その時――


「はいそこお退きになって。わたくしの通る道に立ち塞がる意味がおわかりでして? パピメルの家名を知らない新入生がいるというなら挙手なさい。たっぷりと教えて差し上げましてよ」


 ラポムを囲む人混みが引く。

 顔を上げる。

 席の前で腕組みし、じっと見据える視線と目が合った。


(――うわぁ。すっごい美人さん)


 高貴を擬人化したらきっとこの人みたいになるんだろう。と、ラポムは思った。

 ピンクゴールドの髪は縦巻きロールで、アメジスト色の瞳はまさに宝石だ。

 胸元で腕を組むと、発育の良い膨らみが強調された。


(――おっぱい大きい。うう、それに引き換えわたしって……)


 しゅんとなってラポムはうつむく。

 下り階段でつまずいたことのない、慎ましやかさである。


 目をそらすラポムに、お嬢様(?)は閉じた扇をビシッと向けた。


「顔を上げなさい。ラポム・ブルフォレスト」

「え、あ、あの……」

「わたくしの名を知らないとは言わせませんわよ」

「知りません。すみません。初めまして!」


 先ほどお嬢様が「知らなければ挙手なさい」的なことを言ったのを思い出し、ラポムはピシッと手を上げた。


「あなた、本当にこのロゼリア・パピメルを……いいえ、王都でも名高いパピメル伯爵家を知らないというのかしら?」

「田舎から出てきたばかりで。えへへ……」


 お嬢様――ロゼリアは困り顔のラポムの腕を引っ張り上げて立たせた。


「わあぁ! いきなりなにするんです?」

「どうやらわからせる必要がありますわね。ちょっとツラをお貸しくださいまし」


 丁寧なんだかガラが悪いのか判別のつかない口ぶりだ。


「い、嫌です! 校舎裏でボコボコなんて」

「何を勘違いしてまして? 少々ご足労願うと、わたくしが言っていますのよ。ほら見世物じゃありませんわよ! 散れ! 散れ!」


 扇を広げて野次馬たちを追い払うロゼリアに、ラポムは押し切られて連行された。

 ラポムは思った。


(――わあ、広げると蝶々みたいな扇かわいいなぁ)


 妹がいれば「そこじゃないでしょお姉様!」とツッコミが入るところだが、生憎この先三年間ほど、ラポムは保護者不在なのだ。


 ◆


 ついた先は談話室サロンである。

 本校舎とは別の建物で、小さな洋館というたたずまいだ。

 ロゼリア曰く、彼女の入学に合わせてパピメル家が建物ごと寄贈したのだとか。

 一般の生徒も利用できるが、今日はお嬢様の貸し切りだった。


 豪華な調度品に飾られた部屋で、テーブルを囲む。

 出された紅茶はかぐわしい。銀のラックに三段重ねた陶器皿には、ラポムが見たこともない色とりどりのお菓子が並んでいた。


「執事もメイドも人払いしましたし、ここは完全なる密室。あなたの秘密を訊かせてもらえるかしら?」

「ひ、秘密なんてありません!」

「でしたらどうしてレオニード様に勝てますの? 王都の十八歳以下年代別ランキング三位でしてよ!」

「一位じゃないんですか?」

「その言葉、レオ様の前ではぜっっっったいに禁句ですわよ」


 ティーカップを手にロゼリアがギロリと睨む。


「す、すみません気をつけます!」

「…………」

「あの、なんでそんなに睨むんですか?」

「決闘中とはまるで別人ですわね。本当に信じられない」


 紅茶で唇を湿らすとロゼリアは続けた。


「到底イカサマをしたようには思えませんわ。けれど女性のあなたが決闘をたしなんで、しかも強いというのがどうにも腑に落ちませんの」

「わたしは強くなんてないですよ」

「では、弱いあなたに負けたレオ様はもっと弱いと仰いますの?」

「ちちちち違いますって!」


 疑いの眼差しがラポムに突き刺さる。


「地方では常に公式大会を総なめにしてきたのかしら?」

「た、大会なんてとんでもないです」

「ですわよね。地方とはいえ優勝を重ねるほどの使い手であれば、パピメル家が契約決闘者のオファーを出しているはず」

「なんですその契約決闘者って?」

「当家は多角的な経営をしていますわ。世界的にも魔法決闘は人気があるでしょう? そこに商機を見いだして、決闘用具のブランドを手がけていますの」

「す、すごいんですねロゼリアさんのおうちって」

「これくらいはパピメル家にとって当たり前。契約決闘者には活躍に応じて金銭的な支援をしていますわ。用具の開発を手伝ってもらったり……というか、契約決闘者モデルの杖や魔晶石に闘技服ウェアシューズは小売店に入荷後即売り切れるほどの人気ですのよ」

「は、はぁ……」

「魔導器中継で各地の決闘も見られるようになって、格段に露出度も増えましたわ。決闘者には支援者の家紋や商品名などを縫い込んだ闘技服を着てもらっていますの。勝てば勝つほど宣伝効果は絶大ですわ」

「なんだか途方もない話で、正直よくわかんないですけど……ロゼリアさんはレオニードさんを宣伝看板にしたいんですか?」

「違いますわ!」


 カップをソーサーにカチャリとおいてロゼリアは立ち上がり、身を乗り出してラポムに詰め寄った。


「今のはモノを知らないあなたのために説明しただけでしてよ。ラポムさん……あなたいったい何者ですの? 当家のスカウトの目をあざむき、どこで腕を磨いていたのかしら?」

「信じてもらえないかもですけど、子供の頃からお父さんとずっと決闘ごっこをしてただけなんです」


 ロゼリアは席に着き直し姿勢を正す。


「信じますわ」

「え?」

「信じると言いましたの。パピメル家を敵に回してまでつく嘘には思えませんし、あなたときたらとんでもなく不器用そうですもの」

「あうぅ……」

「紅茶、冷めてしまいますわね」

「は、はい! いただきます!」


 ラポムは紅茶を飲み干した。熱いものが喉を通って胃を温める。

 それでも緊張しっぱなしだ。


「おかわりはいかがかしら? 焼き菓子も当家のパティスリー自慢の品を揃えましたわ。おすすめはマカロンとフィナンシェなのだけれど」

「い、いただきます!」


 どちらもラポムがこれまで食べたことがない美味しさだった。故郷で甘い物といえばアップルパイくらいなものだ。

 あまりの美味しさに少女は涙する。


「う、うう……この世にこんなに美味しいお菓子があるなんて……」

「ちょ! いきなり泣き出さないでくださいまし」

「ありがとうございますロゼリアさん。信じてくれて」

「まだ信用したわけではなくてよ。もう少し、あなたのことを訊かせてくださる?」


 ラポムはお嬢様に身の上を打ち明けた。

 故郷にはリンゴくらいしか名産がなく、実家は貧乏な男爵家。

 優秀すぎる妹。

 突然降って湧いた推薦入学の話。

 ロゼリアは適度に相槌をしながら、最後まで聞き終えてロール髪を揺らす。


「では、今夜の練習から合流なさいますの?」

「は、はい? え? なんて?」

「もちろん魔法決闘術部に入部するのでしょう?」

「入部ッ!?」


 驚きすぎてラポムは固まった。馬車に轢かれそうになって硬直したタヌキである。


「まさかそれも知らずに体一つで王都にやってきたのかしら?」


 ラポムはコクコクと頷いた。

 ロゼリアは口にした紅茶をブッと吹きそうになる。


「冗談ですわよね」

「わ、わわ、わたしが冗談を言えるほど器用に見えますか?」

「開き直らないでくだしまし」

「けど、本当に何も知らなくて……」


 落ち込むラポムにお嬢様は小さく息を吐く。


「妹や家族のためと仰いましたけど、あなた自身は学院で何をしたいのかしら?」

「ま、魔法決闘は嫌です!」

「わたくしはしたいことをうかがいましてよ?」

「したいことは……じ、実はえっと……今、してるっていうか……」

「どうしましたの? お顔が真っ赤ですわ」

「お、お、お友達とティータイムとか、実は憧れてて……てへへ。あ! ご、ごめんなさい! わたしなんかがロゼリアさんのお友達だなんて、さっき会ったばっかりだし身分も違いすぎるし」


 お嬢様はカップをソーサーにそっと置く。


「つまり、王都の上流階級とコネクションを作るため……と?」

「そんな滅相もないです!」

「おどおどするのは損でしてよ。このユーニゾン魔法学院では普通のこと。他国からコネ作りに入学する留学生もいますし」

「すごいんですね王都の学校って」


 ロゼリアの眉尻が下がる。


「決闘術を見込まれて推薦入学。早々に魔法決闘でレオ様に土をつけたのに、決闘術部に入部拒否。あなたのような人が、どうして勝てたのかしら」

「まぐれですまぐれ。レオニードさんの弱点をコーチの人から教えてもらったし」

「それで勝てるなら苦労もありませんわよ。魔力値だって天と地ほども差がありますのに」

「純粋な力だったらもちろんかないませんけど、相手の魔力の回転方向と返球コースさえ絞れれば案外大丈夫っていうか……けど、次に決闘したら、わたしは負けます。レオニードさんも対抗策を用意すると思うので」

「そういうものなのですね」


 お嬢様はレオニードを敬愛している。パピメル家とライオネア家は古くからある王都の名門だ。

 幼少期から交流があった。レオニードはロゼリアを妹のようにかわいがってくれている。

 そんなレオニードの力になりたいと、お嬢様は学院への進学を決めた。


 だが、決闘術については実のところ、よくわからない。


 もちろんルールや得失点など基本的な知識はあるのだが、技術戦術駆け引きもろもろまでは、実際に決闘をする人間ほどには知らなかった。


 決闘者にしか備わらない「感覚」というものがある。

 それを尊重するのが出資者の務めだとロゼリアは考えていた。

 たとえ相手が愛するレオニードを倒した人間だとしても、一流の決闘者ならば敬意は払うべき。

 レオニードもそれを望むとお嬢様は思う。


 ラポムが心配そうにロゼリアを見つめる。


「あの、ロゼリアさん? わたしまた、変なことを言っちゃいましたか?」

「変なことしか言わないの間違いではなくて」

「あうぅ……意地悪です。事実陳列罪ですよ」

「認めますのね。ふふっ……変わった方」


 これまでロゼリアの周囲に集まる人間は、パピメル伯爵家に近づきたいというものばかり。織り込み済みで対応してきたロゼリアだが、目の前の赤毛の少女は違った。


 おどおどしているし、すぐに謝る。

 ただ、取り入ろうとか媚びる気配は微塵みじんも無い。

 それだけで、お嬢様には心地よかった。


「今日の決闘……ラポムさんの勝ちは勝ち。一体どうしますの?」

「どう……って? あの、なんのことですか?」

「学院内の特別ルール。正式な決闘の勝利者は相手から『奪う』ことができますの。財産や命といったものはだめですけれど、それ以外でしたらおおよそなんでも」

「だからレオニードさんは、わたしの在学資格を奪うって……じゃあ魔法決闘が強い人は、学院でやりたい放題じゃないですか!?」

「だから挑む側には正当な理由が必要で、奪うモノについても観衆の納得がなければいけませんわ。たとえ勝利したとしても、尊敬を失うことになりましてよ」


 一方的な弱いモノいじめは決闘者の道を外れる行為ということらしい。


 ラポムは「魔法決闘術」を認められて推薦入学したにもかかわらず、本人がそれを知らなかった。


 新入生説明会でレオニードに名指しされ、うっかり「決闘は(ごっこ)遊びでしてました」と言ってしまった。


 誤解こそあれ、端から見れば少女に非がある格好だ。


 何も教えてくれなかった父親を少しだけ恨みたくなった。だが、もし「お前の魔法決闘術が認められて推薦が来たぞ」と言われたなら――


 ラポムはきっと王都行きの馬車には乗らなかったと思う。


 うつむく赤毛にロゼリアは言う。


「勝者のあなたはレオ様から何かを奪うことができますわ。さあ、どうしますの?」

「い、いらないですよそんな権利!」


 ロゼリアは複雑そうな表情を浮かべた。


「権利を行使する意思はありませんのね。けれど念のために言わせてもらいますわ。どうか、レオ様の杖だけは奪わないでくださいまし」


 お嬢様はそっと目を伏せ小さく頭を下げる。

 相手は貧乏男爵家。大貴族の令嬢にあるまじき姿かもしれない。

 ロゼリアがあらかじめ、お付きの執事やメイドを退室させたのもこのためだ。


「し、しませんよ! そんなことするわけないじゃないですか! 杖はとっても大事なんですから」

「あら、驚きましたわ。ラポムさんは魔法決闘がお嫌いではなくて?」

「苦手でも、杖をなくすのがつらいことくらいはわかります」


 ずっとおどおどしていたラポムが真剣だ。瞳に迷いは無かった。

 ロゼリアの表情が緩む。

 ラポムはぶるりと震えた。


「退学だけは勘弁してください。推薦入学の取り消しは許してください」

「あなたを退学にできる人間がいるとすれば、学院の審査会か、あなたより決闘が強い人間か、あなた自身くらいなものでしてよ」

「まだ辞めたくないです! せっかく入学したんだし!」

「けれど推薦理由が理由ですし……どうして決闘がお嫌いなのかしら?」


 赤毛の少女の瞳に涙が浮かぶ。


「そ、それは……秘密です」

「他人に言えないようなことなのかしら?」

「うう、わたしはもう、本当はごっこ遊びでも決闘しちゃいけないんです」


 思い詰めた顔のラポムにロゼリアは頷いた。


「無理には訊きませんわ」


 赤毛がほっと胸をなで下ろす。


「よかった……ありがとうございますロゼリアさん」

「感謝されるようなことはしていません。けど、差し出がましいけれど、もう一つだけあなたにお願いがありますの」

「お、お願い!?」

「あの方の……レオニード・ライオネア様の力になってほしいのです」

「わたしが……ですか? でも魔法決闘は……」

「決闘はしなくとも、魔法決闘術部の雑用くらいはこなせますでしょう? 推薦入学なのだから、それくらいはしてもよろしいのではなくて? 部に関わってさえいれば学院側も文句は言えないでしょうし」


 ラポムの曇った表情がぱあっと明るくなった。

 ここにいて良い理由。

 詭弁でも、何もないより全然良いとラポムは思う。


「すごいですロゼリアさん! ごまかしの天才ですね!」

「言い方にお気をつけあそばせ。パッケージングに工夫をしただけですわ。同じ事でも伝え方を変えるだけで、相手の反応も違ってきますもの」


 ラポムはふと思う。


「どうしてロゼリアさんはこんなに親切なんですか? みんなに優しいんですか?」

「誰にもではありませんし、親切でもなくてよ。あなたがレオ様の敵かどうか見定める必要がありましたの」

「敵認定ッ!?」

「どうやら取り越し苦労でしたけれど。むしろ少しだけあなたに好感を抱きましたわ。誰もがパピメル家の名を耳にして、わたくしに迎合する。対等な友人関係など築けないと思っていましたけれど……」

「ロゼリアさんもお友達いないんですね。わたしと一緒です」

「いないのではなく、不要なだけです。わたくし旗下のレオニード様親衛隊には多くの女子がいますし」

「じゃあぼっちじゃないんだ……はぁ」

「何をがっかりしていまして? ともかく」


 ロゼリアは胸元に添えた手を差し出した。


「あなたがレオニード様に牙を剥かない限り、わたくしがお友達になってあげましてよ」

「ええッ!? いいんですかロゼリアさん!?」

「伯爵令嬢に二言はありませんわ」

「本当ですか!? ありがとうございます!!」


 席を立つとお嬢様の手を取り、ラポムは心の中で故郷に向けて一筆したためる。

 前略お父さん。入学早々、お友達ができました――と。

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