1.入学早々決闘を挑まれて死にたい
「ラポム・ブルフォレスト。君に決闘を申し込む!」
講堂に集められた学院生たちがざわめく。
壇上の貴公子は金髪を揺らし、青い瞳がじっとラポムを見据えた。
名前を呼ばれた少女はきょとん顔だ。少し癖のある赤毛を指でつまんで首をかしげる。
「はい? ええと、今、なんて?」
「君に正式な魔法決闘を申し込むと言ったのだ」
「決闘だなんておっかないですよ。あの……お名前をうかがっても?」
入学したばかりのラポムはまだ担任の名前すら覚えていない。
北方辺境の男爵家に生まれ、王都を訪れたのは片手で数えられるほど。
どのタイミングで恨みを買ったのか。田舎娘には身に覚えが無かった。
貴公子は小さく咳払いを挟む。
「自己紹介を先にすべきだったな。私の名はレオニード・ライオネア」
「よ、よろしくお願いしますレオニードさん!」
ラポムはぺこりとお辞儀をした。が、無反応。恐る恐る頭を上げると、レオニードのアイスブルーの瞳がじっと少女を見据えていた。
「学院の規約に則り、今すぐこの場で決闘を執り行う」
「お、お断りします! なんだかわかりませんけれど!」
「学院規約第七条。決闘を拒否した者は不戦敗となる」
「じゃじゃじゃじゃじゃあ! 降参しますね! 負けました!」
「私が勝利した時に君から奪うものは在学資格だ」
「か、勝手にとらないでください!」
「規約一条。学院内で行われた正式な決闘の勝者は、相手から何かを奪うことができる。負けを認めるなら退学だが?」
「ええぇ……そんな不条理な」
「不条理な要求ではない。郷に入れば郷に従え。ユーニゾン魔法学院に入学したならば、挑まれた決闘から逃げることは許されないのだ」
「理由を教えてください! わたしがあなたに……レオニードさんになにか悪いことしましたか?」
貴公子は前髪を手櫛で掻き上げた。というか、頭を抱えている。
「今一度問う。君が学院に入学できたのはなぜだ?」
「それはだからあの……推薦入学です。わたしもびっくりしてるんですよ! 我が家みたいな辺境の貧乏男爵家の人間が、王都でも一番の魔法学院に入学できるだなんて! しかも学費無料で! 寮も学食も込み込みで! 月々のお小遣いまで!」
ラポムは胸の前で手を組んで瞳をキラキラさせた。
遠く故郷を離れて家族と別れ寂しく心細い。
けど、自分の学費が浮いた分だけ妹を地元の良い学校に通わせられる。
勉強も領地経営も妹には才能がある。家を継ぐのは妹がいい。これはラポム自身も思うことだ。
だから自分は高等な学校には通えないと思っていた。
地元の名士に嫁ぐのだろう。
青春も友情も……恋も知らないままに。
諦めていた。色々と。
そんな中、王都の学院に推薦入学できるという話が舞い降りてきた。
憧れの都会暮らし。
乗るしか無い。この王都行きの馬車に。
家族のためにも。
と、勇気を持って地元を離れ飛び込んだ。
それが――
いきなり因縁をつけられて決闘を挑まれ、退学を迫られている。
ここで引き下がり「はいそうですか。それじゃあ実家に帰らせていただきます」とはいかない。
ぼんやり思い出すラポムを見て、レオニードがため息をつく。
「推薦入学自体は珍しくもない」
「ならいいじゃないですか?」
「君が何を認められて入学したのかを述べてみたまえ」
赤毛の少女は腕組みをする。
「お父さんには『お前のがんばりが神様に認められたんだ』って言われました」
「違うッ! 君は……魔法決闘術で推薦を受けて入学を認められたのだ。女性でありながら……しかも魔力値がたったの5というではないか?」
「え? そうなんですか? てっきり日頃の行いが良かったからだと……」
「そんなわけがあるものか」
「酷いですよ普段のわたしのことを何も知らないのに」
「おっと、それは失礼した。だが、推薦というのは何らかの才能がなければされるものではない。ともかく君は私に勝って実力を示すしかないのだよ。ラポム・ブルフォレスト!」
レオニードがパチンと指を弾く。生徒たちが講堂の中心を空けて広がった。倉庫から決闘台が引っ張り出され、決闘術部の生徒が審判に名乗りを上げる。
あっという間に準備が整った。
「きゃ~! レオ様ぁ! がんばってくださいまし~!」
黄色い声援を皮切りに場内は盛り上がりだした。
レオニードが講壇から降りてラポムの前に立つ。
小柄な少女とはまるで大人と子供のような体格差だ。ぽげ~っと見上げるラポムに上から冷たい声が降り注ぐ。
「君が入学してしまったことは、きっと何かの間違いなのだろう。不幸な事故……だが、魔法決闘術を遊びだと言ったことは看過できない」
「遊びでしかやったことないって言ったんです」
「そんな人間が推薦されるものか。あちらに杖の用意もある。戦型に合わせて一通り揃っているぞ。君にとって学院での最後の思い出だ。好きなものを選びたまえ」
「あっ……自分のがあるんで」
少女は外套の内側に提げた短杖を取り出した。
青年の蒼い瞳が丸くなる。
「普段から自分の杖を持ち歩いているのか?」
「そうですけど。お守りみたいなものですし」
「……本当にただのド素人なのか……すぐにわかることだ」
生徒たちの人混みがぱっと割れて、決闘台に続く道が出来上がった。
ラポムはじっと自分の杖を見つめる。
決闘試合なんて絶対無理。杖だって父親に「困った時にお前を助けてくれるから。父さんだとおもって肌身離さずにいてくれ」と持たされたものだ。
入学して三日で困ったことになるなんて、御利益皆無。
神様は意地悪だと少女はひとりごちる。
沸き立つ会場に逃げ場無し。
みんな「がんばれよ~! 新入生~!」だの「まぐれでいいから一点くらいとれよ~!」と気楽なものだ。
(――終わった。わたしの楽しい王都ライフ終了です。お友達の一人も作れないなんて……うう、けど実家にも戻れないし……このまま寮を追い出されたら王都で野垂れ死にだよぉ)
破滅の二文字が脳裏をかすめる。
互いに決闘台を挟んで立つ。
深い藍色の天板は縦が274㎝。横幅は152.5㎝。高さが76㎝ほどになる。
この間合いの外が魔法使いの距離であり、この台の内側は剣士の間合いなのだ。
台を中心に半径十メートルの距離を空けて生徒たちが取り囲む。
講堂の二階にある席にも、何人か上がっていった。
全方位から視線が注がれる。
片手杖を手にしたレオニードは姿勢を正した。
楽団を率いる指揮者のような姿に、女子たちから悲鳴じみた歓声が数えきれぬほど上がった。
一方、ラポムは背中を丸めて猫背でだらりと脱力したような格好だ。
周囲から集まる視線も「かわいそうに」と哀れむものばかり。
(――ああもうどうしよう。緊張してきたかも)
少女の肩に誰かが触れた。
「ひゃん!?」
驚いて振り返ると、無精ひげにぼさぼさな黒髪の男が立っている。
薄暗い裏路地で遭遇したら、逃げ出したくなるような不審者だ。
「よぉ。困ってるみたいだな」
「あ、あの……あれ? もしかしてこの前の。だめですよここは由緒正しい学院なんです! 部外者が勝手に入ってくるなんて!」
よく見れば、ぼさぼさもじゃもじゃ男は三ヶ月ほど前に一度、会ったことがある人物だった。
ラポムの父親の古い友人だとか。
ブルフォレスト家に客としてやってきて、ラポムは父に言われてこのもじゃもじゃ男と、軽く決闘ごっこをしたのだ。
そういえば名前も知らなかった。年齢もひげ面のせいでパッと見わからないが、少女の父親よりは十歳くらい若い。
もじゃ男は「不審者じゃねぇよ関係者だって」とジト目になった。
「どうしてここにいるんですか?」
「前に会った時、王都で仕事してるって話したよな」
「そうでしたっけ。たはは……すみません。あんまり覚えてないです」
「ったく。で、どうすんだいお前さん?」
「どうするも何も……」
「引くに引けない状況だよな。負けて実家に帰るってんならそれもいいさ」
「ダメですよ! 妹や家族の負担にはなりたくないですから」
「じゃあ、この決闘に勝つしかねぇよな」
もじゃ男はニヤリ。
決闘台を挟んだ対面側でレオニードが不機嫌そうに言う。
「何をしているんですか? オジカ先生」
「先生じゃねぇよ。コーチだっつーの。新入生相手に大人げないだろ。しかもお前さんは魔力値2000。片や嬢ちゃんはたったの5じゃねぇか」
「新入生かどうかでも、数値の大小の問題でもありません。彼女が学院にふさわしいかという話です。すり替えないでいただきたい」
「ったく、カタいこと言うなって。ま、せめて一人くらい嬢ちゃんの味方についたっていいんじゃねぇか?」
オジカはラポムに向き直る。
少女がぶんぶんと首を左右に振った。
「レオニードさんの先生なら止めてくださいって!」
「だから先生じゃねぇっての。それに、ま、止めてどうにかなる奴じゃねぇんだ。ほんと頑固でなぁ」
「決闘なんて無理ですよ」
「親父さんとはどうしてたんだ?」
「お父さんと? 決闘ごっこなら、遊びでやってましたけど」
「正式な決闘試合経験は?」
「子供の時に……一回きり」
「そうか。なら今日もごっこ遊びのつもりでやればいいさ。せいぜい楽しんでいってくれ」
「楽しくなる要素がないんですけど。わたしの人生懸かっちゃってるんですけど!?」
「しゃーねーな。じゃあ……サービスだ」
もじゃ男はラポムに耳打ちする。
「あいつはフォア側に爆弾を抱えてる。レオニードを倒してやってくれ。それがあいつのためにもなるんだ」
「ため……って。あなたはレオニードさんの先生なんですよね?」
「先生じゃねぇよコーチだっつってんだろ」
「ひいっ」
オジカは少女の肩を軽く叩いて「んじゃ、健闘を祈る」と、群衆の中に溶けた。
ラポムはうつむく。
(――それって弱点を利用しろってことですよね。卑怯じゃないですか)
とはいえ目の前の貴公子をどうにかしない限り、ラポムには今夜ベッドで眠れる保証もない。
(――もう、決闘ごっこはしたくないけど。お父さん……ごめんね)
少女は杖を右手に構えた。
両者の準備が整い、審判がコールして決闘の幕が切って落とされる。
試合が始まった。
◆
魔法決闘は台とネットを挟んでの、魔力球の打ち合いだ。
片手に包み込めるほどの小さな球を生み出すのに必要な魔力値はおよそ5。
杖を使い、魔力球を操り、対面のコートに放つ。それを相手が打ち返しラリーを形作る。
どちらかが制御に失敗するまで交互に繰り返す。
ハルモニア王国のみならず、世界中に普及している人気の魔法競技である。
魔力値の高い優秀な才能を持つ魔法使いたちが、その魔力と技術を切磋琢磨する。
四年に一度、各国の威信を背負って代表となった決闘者による世界大会も行われていた。
なお、未だに女性のプロ決闘者は存在していない――
◆
講堂内のざわめきが沈黙に変わった。
誰もが固唾をのんで見守る中――
「勝者……ラポム・ブルフォレストッ!?」
審判のコールで講堂内が阿鼻叫喚となる。レオニードの親衛隊長を務める女子が、その場に膝から崩れ泣き出す始末だ。
負けた当人も呆然と立ち尽くす。
勝者はちょこんとお辞儀をした。
「あ、あの、泣かないでくださいねレオニードさん」
「子供扱いするな!」
「えっと、勝ちましたのでこれからは放っておいてください! それでは失礼します!」
「待ってくれ! 君は本当に魔力値5なのか!?」
制止も聞き入れず、少女は恥ずかしそうに顔を赤らめて講堂を飛び出した。
オジカがレオニードの背中を叩く。
「振られちまったな?」
「からかわないでいただきたい」
「にしてもよぉ、面白い嬢ちゃんだろ」
「信じられません。どうして自分が負けたのかも……理解不能です」
「お前の弱点をこっそり教えたんだ」
若き決闘者は金髪を左右に揺らした。
「魔法決闘は相手の弱点を知っていたからといって、勝てるものではありません」
「その通り。的確に相手の弱点を狙い撃ち、突き崩す技術が必要だ。お前さん、自分であの嬢ちゃんの実力を認めちまったようなもんだぜ」
決闘台に両手を突きうなだれる貴公子に、オジカは「青春だねぇ」とニヤリ。
一方で――
講堂の二階席にぽつんと独り立つ灰色髪の青年もまた、楽しげな笑みを浮かべていた。
遠くシュイク連邦からの留学生の彼にとって、今日の出来事は運命を変えるものだったかもしれない。
青年は呟く。
「ラポム・ブルフォレスト……君は禁断の果実かもしれない」
灰色を揺らして青年は足音も立てず静かに姿を隠すのだった。