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32.荒らされた部屋

「ミラはアイリス様が部屋に入るのを見たの?」

「はい。お声を掛けたのですが突き飛ばされてしまい、お止めする事が出来ませんでした。申し訳ございません……」

「謝らなくてもいいわ。怪我はしていない?」

「大丈夫です」


 ミラの様子を確認するも、顔色が悪いけれど怪我はないようだ。

 それにほっとしながら、ドアノブに手を掛け回してみる。鍵がかかっているようで開く気配がない。

 ユリウスを振り返ると、何も言わずとも一つ頷いてその場を去っていく。合鍵を持ってきてくれるだろう。


「皆は持ち場に戻っていいわ。ミラはわたしの側にいて頂戴」

「かしこまりました」


 集まっていた使用人達は心配そうにしながらも、一礼をしてから戻っていく。

 あまり大事にはしたくなかったけれど、もう難しいかもしれない。


「アイリス様、わたしの部屋で何をなさっているのですか」


 部屋の中からはドタバタと暴れているような音が聞こえてくる。

 ミラの顔色はどんどん悪くなっていく一方だ。責任感の強い彼女だから、アイリス様を止められなかった事を悔いているのだろう。


「アイリス様! 出てきて下さい!」


 先程よりも大きな声で呼びかけると、部屋の中の物音がぴたりと止まった。それはそれで気味が悪い。

 どうしたものかと思っていると、ユリウスが戻ってくるのが見えた。手には鍵束を持っている。


「奥様、お待たせしました」

「ありがとう。開けてくれる?」


 ユリウスが鍵を差し込んで回しても、ガチャガチャと音を立てるばかりで空回りをしているようだ。何度試しても開かない。


「鍵が壊されているの?」

「そのようです」


 ふと、扉の側に人の気配を感じた。

 扉向こうにアイリス様が来たのかもしれない。


「アイリス様、出てきて下さい」

「嫌よ。ここは女主人の部屋なんだから、私に相応しいのよ」


 アイリス様は何を言っているのだろう。

 正直、腹立たしい気持ちでいっぱいだ。昨日からの鬱憤も溜まっていたのかもしれない。


「アイリス様、この屋敷の女主人はわたしです。これは犯罪行為になりますよ」

「うるさいわね! 私がルーファス兄様のお嫁さんになるんだから! だからこの部屋は私のものよ!」

「ルーファスにそのつもりはありません。いい加減にしてください」

「ここから出て欲しいなら、さっさと離縁しなさいよ! そうしたら出てあげるわ!」


 深い溜息が出てしまうのも仕方ないだろう。疲れてきた。


「……ずっとここに引きこもっているつもりかしら」

「それが不可能な事だと、理解されていないのでしょう」


 ユリウスも辛辣だ。ユリウスもミラも怒りを隠せていない。

 ルーファスが帰ってきたら当主権限で引き出されるけれど……彼が帰宅するのは夜だ。それまでアイリス様をここに置いておくわけにもいかない。


「扉だけ燃やしてもいいかしら」

「構いません」


 ユリウスが即答するものだから、思わず笑ってしまった。

 部屋の中からはまた、暴れるような音が聞こえてくる。ガチャンと何かが割れる音がして、ミラが悲鳴を飲み込んだのが分かった。

 部屋を荒らしているのなら、アイリス様は扉から離れているだろう。


 わたしは扉に両手を向けて魔法を展開する。

 扉だけに座標を定め、火力を調整して──起動。

 足元から生まれた炎は扉を下から舐めるようにして燃え広がっていく。他の壁には燃え広がらない。そういう式を展開しているからだ。


「すごい……」

「火力調整も完璧ですね」


 わたしの後ろで、ミラとユリウスの声が聞こえる。二人は驚いてくれているけれど、これくらい大したことではなかった。

 わたしはルーファスやヘレンと一緒に学院で魔法を学んできたのだもの。彼らと磨いた魔法の腕はわたしの自信になっている。


 ぱらぱらと黒い灰が落ちる。木の燃える独特な匂いが広がる向こうにわたしの部屋の中が見える。

 アイリス様はわたしの机の側でこちらを見て、驚愕に目を見開いていた。


 中に入って周囲を見回すと、部屋の中はひどい有様だった。

 衣装部屋から出されたドレスは引き裂かれて床に散らばっている。わたしが学校で使っている魔導書は踏みつけられたのか、ページも破れてぐちゃぐちゃになっていた。

 アクセサリーも床に落ちて壊れてしまっているし、浮き上がるような花が特徴的な白い壁もインクを撒かれて黒い飛沫に汚れている。


「……自分の部屋にしたかったのに、こんなに汚してしまうのね」

「私が女主人になったら、全部入れ替えるもの。お母様だってそうすればいいって言っていたわ」

「……デンドラム夫人もこの事は知っているという事ね」


 どれだけ溜息をついても足りなさそうだ。

 部屋の修繕費だけでなく、ドレスやアクセサリーをはじめとした壊されているもの達を弁償して貰う事になるだろうけれど……凄い額になるだろう。


「そんな事より、これを見なさいよ!」


 胸を張ったアイリス様がわたし達に掲げた一枚の紙。

 それを見たわたしは、はっと息を飲んでしまった。


 アイリス様が手にしている紙は──宣誓書。

 わたしがルーファスと離縁する事に同意するという宣誓を記したものだ。


 見られてしまった。知られてしまった。

 それだけでわたし達が契約結婚だと知られる事はないだろうけれど、でも……。


「あなたも離縁するつもりだったんじゃない。気に入らない女だけど、これだけは褒めてあげてもいいわね」

「それは、もしルーファスが離縁を望んだ時に……」

「望んでいるに決まっているでしょ! これがあればあなた達を離縁させられるわ! すぐに手続きに──」


 嫌だ。

 ルーファスに離縁を望まれたら、それに同意しようと思っていた。弱い心を押し殺す為の、わたしへの誓約だった。

 でも、それは……他の誰かに強制されるものじゃない。


 わたしは咄嗟に、アイリス様に向かって水魔法を展開していた。

 顕現した水は宣誓書を濡らし、その勢いのままアイリス様をも水浸しにしてしまう。


「なによこれ!」


 やってしまった。

 宣誓書はインクが滲んで、もう読めなくなっている。アイリス様も髪から水を滴らせるほどにずぶ濡れだ。


「よくもやってくれたわね!」


 アイリス様がわたしへと向かってくる。

 怒らせてしまったけれど、お互い様だ。わたしだって怒っている。


 そう思いながら結界魔法を展開しようとした時、わたしの前に魔法陣が現れた。

 この魔力は──


 眩い光が魔法陣から溢れ出す。その光が弾けた瞬間、魔法陣の上に立っていたのは──ルーファスだった。

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