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機関車から降りると、そこはやっぱりハチ公前だった。
まだ二回しか来たことはないけど、建物がごちゃごちゃしてる感じも、なんともいえないハチ公の顔にも少しだけ慣れてきた。
おれは車掌さんに返してもらった『ゆめきっぷ』をポケットにつっこむ。
残り三枚しかないと思うと、胸のあたりがきゅっとした。
「翔真くん」
おれの姿を確認するなり、小春がぱっと笑顔になった。今日は、ピンク色の生地に猫の絵が描かれた可愛らしいパジャマを着ている。黄色が好きなのかと思っていたけれど、そうでもないらしい。
「今日もハチ公前なんだね」
「だって、待ち合わせの場所ってほかに思いつかないんだもん」
待ち合わせ、ということは、少なくとも小春は待ってくれてるということだ。
そう思うと嬉しいけれど、なんだか違和感もあった。けれどその正体がわからなくて、おれは結局違う言葉を口にする。
「いつも待たせてごめんな。ていうか小春って何時に寝てるの?」
「二十一時だよ。病院の消灯時間がそうなってるから」
「あ……そか」
「だからって、翔真くんも同じ時間に寝ることないよ。だってもしもさ、私がたまたま思うように眠れなくって、翔真くんが先に寝ちゃったら……どうなるかわからないし」
確かにそれはおれも考えたことがある。
小春がまだ起きているうちに、おれが先に寝てしまった場合、『ゆめきっぷ』の行き先を「松宮小春」にできるのかわからない。万が一にも「そこには行けません」なんて言われてしまったら、きっぷを一枚無駄に消費する可能性だってある。
ただでさえきっぷの枚数は残り少ないんだ。そんなことにはなりたくない。
「そうだな」と俺は頷いた。
「これからもちょっとだけ遅刻することにする」
「それを宣言されるのも変な感じだけど……その方がいいと思う」
二人で顔を見合わせて、どちらからともなく笑った。
*
渋谷から『ドラゴントレーナー』の街に移ると、おれたちは『ドラゴンの卵屋さん』に向かって走った。
「小春はもう、どんなドラゴンが生まれたか知ってるんだよな!?」
「うん! 今日のお昼にゲームを進めて、私たちが選んだ卵を孵化させたから!」
それと、とちょっぴり申し訳なさそうに小春は付け加えた。
「育て方が分からなかったから、ちょっとだけダンジョンに入ったり、ご飯あげたりして、私のドラゴンだけレベル上げちゃった。なんかごめん……」
――そっか。小春が具体的に知っているものじゃないと、夢で再現しにくいって言ってたっけ。
しゅんとしている小春に、おれは叫んだ。
「全然いいよ! そのかわり、夢では同じレベルでスタートしよう!」
「……うん!」
小春はようやく、笑顔を取り戻した。
『ドラゴンの卵屋さん』に入ってみると、おれが選んだ卵と、小春の選んだ卵がゆらゆらと揺れていた。
おれの卵は、一番上の棚にある大きな青色の卵。
小春のは、下から二段目にある小さい黄色の卵だ。
【きみ、ドラゴントレーナーを目指してるのか。これも何かの縁だ。君の選んだ卵、ひとつ持っていくといいよ】
卵屋さんを営んでいるひげのおじさんが、ゲームとまったく同じセリフを言った。
「……覚悟、できてる?」
結果をしっているはずの小春が、緊張した面持ちで訊いてくる。
「うん、大丈夫」
そう答えたものの、おれの手のひらは汗でびっしょり濡れていた。数時間前にだいごとゲームをプレイしていた時は、こんなことにはならなかったのに。
【ドラゴンは繊細な生き物なんだ。どうか、大事に育ててやってくれよ】
ひげのおじさんにそう言われ、おれたちは頷く。そうしておれは青色の卵、小春は黄色の卵を持って外に出た。
途端、ぴき、と音を立てて卵にヒビが入った。
「わ、わわ……」
手に持ったままでいいのか、地面に置いた方がいいのか分からず、右往左往してしまう。一方の小春は、ぬいぐるみでも抱きしめているような体勢でじっとしている。
――どんなドラゴンが生まれるのだろう。
ぴきぴきと割れていく卵を見つめる。ゲームをしているときは「強い個体がいい」とか「レア度が高い方がいい」とか色々考えていたけれど、そんなことを思う余裕もなかった。
ただ、出てこい、出てこい、とばかり願っていた。
「――きゅあ!」
そうして生まれてきたのは、身体の赤いドラゴンだった。半分に割れた卵の殻が帽子みたいになっていて、顔がよく見えない。おれは震える手で、そっと殻を取った。
赤い身体。水色の瞳。小さな翼。
……やっぱり。
「火竜だ!」
「……珍しい子?」
おれの顔色を窺うようにして、小春が聞いてきた。いつの間にか、小春の肩には緑色のチビリューが載っている。
――カリューは最もレア度が低いドラゴンで、防御力もさほどなく、序盤から苦戦を強いられることになる、リセマラ対象のドラゴンだ。小春のチビリューのほうが珍しいし、進化させれば強くなるよ。
一週間前のおれなら、そう言ったのかもしれない。けれど今はまったくそんなこと思わなかった。
「へへ、かっこいいだろ」
俺は下半身がたまごの殻に入ったままのカリューを小春に見せた。カリューが「きゅあ?」と鳴いて首を傾げる。その様子に小春は頬を緩めた。
「かっこいいっていうか、かわいい」
「えー、かっこいいだろ!」
「かっこよさなら、わたしのドラゴンも負けてないもん。ね?」
小春の肩にいるチビリューが「くおぅ」と独特の声を出した。色も大きさもカメレオンに近いけれど、立派な角が生えている。チビリューは進化したら大きな翼が生えて、空を飛べるようになるのだけれど、なんだか悔しいからそれは黙っておこう。
「……ねえ、翔真くん」
カリューの頭をなでまくっている俺に、小春が遠慮がちに聞いてきた。
「『ゆめきっぷ』ってさ、……あと何枚あったっけ」
ふと、手を止めてしまった。
心地よさそうにしていたカリューが不満げに「きゅうん」と鳴く。
おれは、小春を見た。
小春はいつも通りの笑顔をおれに向けている。……ように、見える。
「……あと三枚」
「そっか。三枚かあ」
猫でもなでるかのようにチビリューのあごをさすり、小春は言った。
「この子たちとドラゴンタワーまで行けるかなあ」
「え? いや、おれは……」
「日中にゲームをプレイして、ドラゴンタワーも再現できるようにしておくね」
小春は両腕でガッツポーズをとった。がんばるぞ、のジェスチャーだ。
――いや、いいんだよ小春。おれ、別にこの世界をクリアしなくていいよ。
確かに、ゲームの世界に入り込んだみたいですごく楽しいけどさ。
なんでかな。
おれ、ドラゴンを強くしたいとか、誰かと戦いたいとか、そんなふうに思えないんだ。
伝えたかった。けれどそれを言ってしまうと、小春と会う口実がなくなってしまいそうで、黙りこくることしかできなかった。
「きゅあ! きゅあー」
おれに抱っこされているカリューが、なぜかひたすら俺の太ももあたりに手を伸ばしてくる。おれはカリューを落っことさないよう、何度も抱き直した。
「……翔真くんのポケット、何か入ってる?」
カリューがジタバタするのを眺めていた小春が、怪しげに言った。
「え? なんで?」
「さっき走った時も思ったんだけど、なんかカサカサ言ってたから」
「いや、ポケットには『ゆめきっぷ』しか入ってないはずだけどな……」
おれはポケットに手を突っ込み、「あ!」と声を出した。
ポケットに入っていたものを引っ張り出す。
赤、黄、青。
父さんがくれた飴玉がみっつ、手のひらの上で転がった。
「これ……寝る前にポケットにいれたやつだ」
「え、現実世界から夢に持ってこれたってこと?」
「そうみたい。どうなってんだろ」
飴玉がよほど気になるのか、カリューが一層暴れだす。「だめだめ!」とおれはカリューをたしなめた。
「ドラゴンにはドラゴン専用のエサがあるんだよ! これは違うの!」
「きゅあー! きゅあー!」
「だ、あだだ! ツメ、ツメが地味に痛いって、カリュー!」
おれたちの喧嘩を見ていた小春が、くすくすと楽しそうに笑う。
おれは「これ」と、飴玉をすべて小春に渡した。
「小春にあげる」
「え……いいの?」
「うん、ここで食べられるかわかんないけど。いつも楽しい夢を見させてもらってるお礼っていうか……なんていうか」
大事なことを言おうとした瞬間、カリューが小さな火を噴いた。
「だあああ、危ない! 落ち着けってカリュー!」
カリューの火に驚いたチビリューの身体が、緑色から紫色に変わった。
小春は相変わらず、楽しそうに笑っている。
「よっぽどお腹すいてるみたいだね、カリューくん。ね、とりあえずご飯買いに行こうよ。お金の心配はしなくていいから」
「小春の夢、そこら辺がほんとチートだよな……」
「チート?」
「いや、なんでもない……。ドラゴンのエサを置いてるのは……こっちだな」
両手足をバタバタさせているカリューをなんとかだっこして、おれは歩き出す。
小春はおれがあげた飴玉をしばらく見つめたあと、大切そうに握りしめた。




