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ゆめきっぷ  作者: うわの空
二枚目
4/18

1

 


 だいごからもらったレアドラゴンをせっせと育成していたにも関わらず、バトルでは三回連続で負けた。

 そしてたった今、


「はい、これで四連勝ー」


 おれのイカヅチドラゴン(メガリューの進化系だ)は、だいごのフウウンドラゴンの一撃を食らい、グオオオと咆哮して虚しく倒れた。

 だいごが、つまらなさそうな顔をこちらに向けてくる。


「お前、なんか今日ぼーっとしてねえか?」

「いや、そんなことない……」

「そんなことあるだろ。イカヅチドラゴンはいい感じで育ってんのに、お前の操作が下手すぎる。そんなんじゃ俺のドラゴンは一生倒せないね」


 だいごは鼻でふんと笑ってポテチをかじった。

 今日はおれの家で、だいごとゲームをしている。親がいないのをいいことに、コンビニで買ったたくさんのお菓子をおれの部屋に広げたのはだいごだ。ただでさえ汚い部屋が、さらに汚くなってしまった。母さんが帰ってくる前に片付けないと、またあれこれ言われてしまうだろう。


「さてはドラゴン育成のために徹夜したな?」


 片方の口角をあげて、だいごが笑った。悪い情報を共有する時のだいごの癖だ。


「してないよ、夜更かしはしたけどちゃんと寝た」

「ほんとかあ?」

「ほんとだって。日付が変わる前には寝たから」


 だいごが疑心暗鬼な顔をして言うので、おれはあいまいに笑った。


 ――まさか、寝たせいでぼーっとしてるなんて言えない。


 おれはちらりと学習机を見た。引き出しにしまっている『ゆめきっぷ』のことがどうしても気になって、対戦結果はどうでもよくなっていた。何回負けてもまったく悔しくない。


「これじゃ張り合いがないな。今日はもう違うゲームしようぜ」


 だいごが、持参してきていたゲームのカセットを広げだす。またおれの部屋が汚くなった。


「寝不足でもできそうなやつなー……あ、『鉄道すごろくデラックス』とかどうだ?」

「……なあ、だいご」

「ん?」

「夜寝てるときに、夢って見るよな?」


 唐突な質問に、だいごはキョトンとした。


「見るよそれくらい。それがどうした?」

「あの、……夢を見てるときにさ、『あ、これ夢じゃん』って気づくことある?」


 だいごは目をまんまるくして、それからゲラゲラ笑い出した。


「ないない! あったらむしろ助かるって!」

「助かる?」

「だって、恐竜に追いかけられてる夢とか見てもさ、夢の中の俺は必死で逃げてるだけなんだ。けどそれが夢だってわかったら、逃げなくていいし、なんなら恐竜倒したりとかできるかもしれないだろ!」

「……確かに」

「そんなことできたら、毎日いい夢見れそうだな」


 何も知らないだいごは、上機嫌で『鉄道すごろく』の用意を始める。

 おれはだいごに『ゆめきっぷ』のことを話せないまま、ぼんやりとゲームを続けた。

 結果、すごろくでもおれは負けた。



       **



 松宮小春。

 彼女について、俺が知っていることは少ない。

 どこに住んでるとか、何歳だとか、そういうことは一切話さなかった。唯一理解したのは、彼女が明晰夢というものを見れて、夢を自由自在に作り変えられるということくらいだ。


 ――また会えるだろうか、彼女に。


「……おや、昨晩ぶりですね」


 落ち着いた声に振り仰ぐ。

 車掌の姿がそこにはあった。相変わらず、いい香りがしている。


「え、あれ?」


 おれは周囲を見回した。全体的に茶色の目立つレトロな客車。窓の外には太陽の光を反射して、海みたいに広がる草原。たたん、たたん、と一定のリズムで揺れる車内。

 あの機関車に乗ったんだ。いつの間に。


「きっぷを拝見」


 車掌がおれに向けて片手を出す。きっぷとはもちろん『ゆめきっぷ』のことだ。

 ええと、きっぷは多分ポケットに……。

 おれは昨日のパジャマとは違うハーフパンツのポケットを漁った。

 きっぷは、あった。


「失礼いたします」


 おれから『ゆめきっぷ』を受け取った車掌は、まじまじとそれを見た後、一枚ちぎって返却してきた。


「行き先は?」


 前回と同じ質問だ。でも、彼女は今日も「楽しい場所」にいるのだろうか。

 俺は少し悩んでから、思ったことをそのまま口にした。


「松宮小春……さん、の、ところ」

「かしこまりました」


 当たり前みたいに。

 それが目的地えきめいだと言わんばかりの口調で、車掌はそう言った。


「それでは、良い夢を」

「あ、ちょっと!」


 さっさと歩きだす車掌を追いかけようとしたその時、また足元でブレーキ音がした。鉄がきしむ嫌な音だ。

 それに気を取られている間に、やっぱり車掌はいなくなってしまった。


「何者なんだよ、あの人……」


 わからない。

 車掌のことも分からなければ、この機関車のこともよくわからない。

 けれどやっぱり機関車が到着した先には、


「……あれ、翔真くん?」


 彼女が――松宮小春が、いた。



       *



 今日の彼女は、崖の上にいた。

 崖といっても、サスペンスで犯人が自供するような寒々しいところではない。小春の周囲には小さな花が咲き乱れていて、海風になでられ揺れている。その中をかわいらしいうさぎが何羽も飛び跳ねていて、そのうちの一羽がおれの足元にすりよってきた。

 小春は大きな木にもたれかかって、膝に乗せたうさぎを撫でている。

 なんていうか、不思議の国のアリスみたいな空間だ。楽しいというよりかは癒しに近い。

 車掌に「楽しい場所」と言わなくて正解だった。もしそう伝えていたら、今回は小春と繋がらなかったかもしれない。


「今日も来てくれると思わなかった」


 彼女は少し恥ずかしそうにそう言ってうつむいた。見れば、小春のパジャマは昨日のそれと同じようだった。


「どうして来ないと思ったの? 残り六枚あるんだから、来るよ」


 おれは至極当然のことを言ったつもりだったけれど、小春はうつむくばかりだ。おれはたちまち不安になった。


「あの……来ない方がよかった?」

「ちが、違うよ! ……来てくれて、うれしい」


 今度はおれがうつむく番だった。

 心地よい潮風がふわりと吹く。磯の匂いのする湿った風だ。これが夢の中だなんて、やっぱり信じられない気持ちだった。

 気恥ずかしい無言の時間が続いた。

 何か言わなきゃと思った矢先、小春が先に口を開いた。


「翔真くん、今日は寝るの早かったんだね」

「え?」

「昨日より、来るの早いもの」


 言われて、思い出した。

 前回はドラゴンを育成するために夜遅くまでゲームをしていたけれど、今回は『ゆめきっぷ』の存在がどうしても気になって、いつもより早めに就寝したのだ。

 そういえば母さんにも「具合悪いの?」とまで言われたっけ。


「どうして忘れてたんだろ……」

「え?」

「いやなんでもない、こっちの話」


 まさか、小春のことが気になって早く寝ましたなんて言えない。

 再び、静かな時間が訪れた。

 昨日もそうだったけれど、女子と何を話せばいいのかわからない。女子が好きなものなんて知らないし、おれが人並みに話せるのはゲームのことくらいだ。

 なのにどうして、女子と二人きりになる空間に自ら来てしまったのか。

 ――でも、小春とは、どうしてもまた会いたかったんだ。


「……となり、座る?」


 挙動不審なおれを見かねて、小春が声をかけてくれた。


「うさぎも、嫌いじゃなかったら触ってみなよ。ふわふわで気持ちいいよ」

「……噛まない?」

「これは私の夢だから、大丈夫」


 小春はくすりと笑った。




「今回も機関車でここまできたの?」


 白いうさぎを撫でながら小春が言う。おれは頷いた。


「それで、『切符を拝見』って?」

「うん、また言われた」

「そっかあ。『ゆめきっぷ』……不思議だね」


 科学的に証明されてないことっていっぱいあるらしいもんね、と小春は言った。おれは頷く。こんな不思議なものが存在するなんて、普通なら考えられない。

 うさぎたちは次々と、おれや小春のまわりに集まってきた。耳が立っているやつ、立ってないやつ。毛の色は白色をはじめ、茶色、灰色……オレンジ色みたいなやつもいる。小春はうさぎが好きなのだろうか。

 俺はうさぎの垂れた耳をずっと触り続けた。それでもうさぎは怒らない。むしろ気持ちよさそうに、目を細めている。


「そういえば聞いてなかったけど……翔真くんっていくつ?」


 小春が、うさぎからおれへと視線をうつした。


「十歳」

「小四?」

「うん」

「じゃ、わたしとふたつ違いだ」

「……ってことは、小春は小六?」

「そうだよ」


 てっきり同い年くらいだと思っていた。小春は小柄だから、おれのクラスにいても多分違和感はない。でも言われてみれば、クラスメイトよりかは落ち着いてるというか、お姉さんっぽい感じもする。


「ってことは、小春もいま夏休み中なんだ?」

「ん? ……うん」

「しっかりしてそうだから、宿題なんかも早めに終わらせてそうだなー。俺はゲームばっかりしちゃってさ、いっつも母さんに怒られるんだ」


 ふふ、と小春は小さく笑った。彼女の膝で寝ていた白いうさぎがそれに驚いたのか、いきなりぴょんと跳ねていく。俺のそばでまどろんでいた垂れ耳のうさぎも、ひょこひょことどこかへ行ってしまった。


「あれ……?」

「ね、翔真くん」


 小春は服の汚れをはらいながら立ち上がった。


「せっかくここに来てくれたんだしさ、今日は翔真くんにとって楽しい夢にしたいな」

「え……? おれ、うさぎを撫でるのも楽しいけど」

「でもさ、夢じゃないとできないこともあるから」


 すうっと小春の身長が伸びた。ように見えた。

 何が起こったのかと、おれは小春の頭からつま先まで視線を巡らす。そして気づいた。

 彼女が、宙に浮いていることに。


「ね、一緒に空を飛んでみない?」



       *



「すっげえ!」


 大海原の上を、俺は小春と鳥のように飛んだ。夢みたいってまさにこういうことを言うのだと思う。というか、夢なんだけど。

 背中にあたる日の光は少し暑くて、海の香りがする風は少し冷たい。それがとても気持ちいい。まるでカモメになった気分だ。

 隣を飛んでいた小春が、ちらりとこちらを見た。


「怖くない?」

「ぜんぜん!」

「……怖いの、苦手かと思っちゃった」


 昨日、観覧車のゴンドラが高速移動したときのおれの反応を思い出したのだろう。小春がぷっと噴き出した。

 自分の顔がかあっと真っ赤になるのがわかる。


「あれはあれ! これはこれだよ!」

「そうだよね、ごめんごめん」


 小春があまりにも楽しそうに笑うから、おれはそれ以上何も言えなくなってしまう。


「翔真くん。この海を抜けたらね、街があるよ」

「へえ。どこ?」

「見ればわかるよ。有名だから」


 いたずらっぽく小春は笑う。


「わたしがある程度知ってるところじゃないと、夢で再現するのも難しいんだ」

「……じゃ、いま空を飛んでるのは? どうやって再現してるの?」

「映画とかのそういうシーンを何回も観てイメージするの。空を飛ぶ映像って結構あるでしょ」

「確かに」

「あ、見えてきたよ」


 小春が指をさす。

 その先には真っ赤なタワーが建っていた。それこそ、ドラマとかでよく見るやつ。地理の苦手なおれですら知っている建造物だ。


「東京タワー!」

「あたり」


 目を輝かせるおれに、小春は笑った。



『東京タワーから一望できる景色じゃなくて、東京タワーそのものを眺めたい』


 そんなおれの要望にあわせて、適当な場所にある和風家屋の屋根におれと小春は並んで座った。つるつるとした屋根瓦の感触、ひんやりするお尻。こういうところが妙にリアルで、本当に夢なのかと疑いたくなる。


「翔真くん、さっきゲームが好きって言ってたけど、普段はどういうのをやってるの?」


 風になびく髪をおさえて小春が聞いてきた。

 袖から覗く手首の細さに一瞬どきりとする。


「えっと……最近は『ドラゴントレーナー』ばっかりやってる。知ってる?」

「ああー、CMやってるよね。ドラゴンを育てて闘うやつだっけ?」

「そうそう。レアドラゴンがなかなかでなくて苦戦してるんだ」

「へえー」

「……小春はゲームとかやってなさそう」

「バレた? わたしができるのはオセロくらいかなあ」


 へへ、と照れ隠しするように小春が小さく笑った。

 夢の世界のはずなのに、少しずつ日が暮れてきている。上空を飛んでいた時は青空だったのに、今では夕日と夜空を混ぜたような色をしている。

 夢の世界でも時間は経つのか。そう思った時、


「そろそろだなあ……」


 小春が空を見上げて呟いた。


「何が?」

「わたしが目覚める時間。毎日決まってるんだ」

「あ……そうなんだ」


 寂しいなとか、残念だなとか。そういうことをさらりと言えるほど、おれは子供でもなかったし、大人でもなかった。

 ただ、これくらいは訊いてもいいかと思った。


「小春っていつも何時に起きてるの?」

「……六時くらい」

「六時!?」


 叫びすぎて口から唾が飛んでしまった。だっておれがそんな時間に起きるのは、遠足の時くらいだ。


「うそだろ、毎日その時間!?」

「うん、まあ……」

「ってことは、寝るのも早いとか?」

「えへへ、まあね」

「すげえな。おれも見習わなきゃ」


 半分本心だったけれど、実践するのはかなり難しいだろうなと思っていた。なんせおれはクラスでも一番の「夜更かし組」で、早起きとは縁のない人間だからだ。

 でも、小春と同じ時間に寝て、同じ時間に起きられるようにしたら。

 ちょっとでも長く、夢の中で会えるかもしれないんだよな。


「あのさ、小春って何時に寝――」


 俺の質問が終わる前に、小春の身体が透け始めた。


「ごめん翔真くん。やっぱりもう目が覚めるみたい」

「あ、……そか」

「うん。ごめんね、話の途中だったのに」


 じゃあね、と言い残して小春は消えた。

 途端に静まり返る空間。

 まるで最初から、小春なんていなかったみたいに。


「……なんで、小春のことこんなに気になるんだろ」


 自分でもよくわからない。

 けれどまた会いたいって、強くそう思ったんだ。



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