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ゆめきっぷ  作者: うわの空
一枚目
2/18

1

 


 目が覚めると、見たこともない場所に座っていた。

 驚いて辺りを見回す。すぐに分かったのは、自分がパジャマ姿で無人の電車に乗っていること、そしてボックスシートに座っていること、それだけだった。

 がたん、ごとん。音に合わせて揺れる足元が、おれの不安をあおった。

 そっと、座席のシートに触れてみる。くすんだワイン色のシートは、おれが乗ったことのある電車と同じ、ベルベットのようななめらかな感触をしていた。

 けれど、車内は全体的に茶色が目立つ。ニスで光る木目は、ところどころに傷がついていた。手入れはされているけど、相当古そうだ。こんな電車を、おれは見たことがない。


 ――どこだ、ここ。


 客車の中から窓の外へと視線を移す。そして驚愕した。

 青空と、緑の草原。それしかなかった。建物がなければ電線もない。

 おれはますます混乱した。自分がこんな電車に乗った覚えもなければ、外の景色に見覚えもなかった。

 ぽおー、と音がして、客車が左に傾く。カーブに差し掛かったようだ。よほど急なカーブだったのか、窓の外に先頭車両が見えた。

 真っ黒な、蒸気機関車だった。


「……ど、どこだよここ」


 ついに、おれは声を出した。蒸気機関車なんて、本やテレビでしか見たことがない。そんなものに、おれが乗るはずがないのに。


 ――なんでこんなところにいるんだろう、どうやったら家に帰れるんだ?


 立ち上がろうとした矢先、背後からぽんぽんと肩を叩かれ、おれは思いきり悲鳴をあげた。


「……驚かせてしまったようですね、失礼しました」


 背後、あるいは頭上から落ち着いた声がした。恐るおそるおれは振り仰ぐ。

 車掌のような格好をしたおじさんがそこにいた。

 とにかく、特徴のない顔だった。目も、鼻も、口も。どのパーツも、まったく覚えられそうにない。これだけまじまじと観察しているのに、明日にはきっと忘れてしまうだろう。そう確信できるくらい、どこにでもいそうなおじさんだった。

 ただ、とてもいいにおいがした。母さんの香水とも、せっけんとも違う、甘いにおい。このにおいで、おじさんのことを覚えられそうだと思えた。

 おじさんはおれが落ち着くのを待ってから、こう言った。


「きっぷを拝見」

「きっぷ?」


 思わず繰り返した。

 きっぷなんて、買っただろうか。この機関車に乗った覚えもないのに。


「きっぷを拝見」


 さっきとまったく同じ口調でおじさんは繰り返す。

 おれは首を振った。


「あの、きっぷ、持ってない……」

「いえ、あなたは持っていますよ。それです」


 おじさんが、おれの手元を指さす。その動作につられるように視線を下げた。


「……え?」


 おれの右手には、『ゆめきっぷ』が握られていた。

 水色の表紙、銀のリング。単語帳のようなそれを見て、おれは『ゆめきっぷ』の説明文を思い出した。



 ・『ゆめきっぷ』を使いたい日は、寝る前にパジャマのポケットに『ゆめきっぷ』をいれておくこと。



 ――そういえばおれ、ゲームをする前にパジャマのポケットにこれを入れて……。


「きっぷを拝見」


 おじさんが、おれに向かって手を伸ばした。おれは慌てて、『ゆめきっぷ』の束をおじさんに渡す。おじさんは慣れた手つきで『ゆめきっぷ』を一枚ちぎり、残りをおれに返却した。


「行き先は?」


 ちぎった『ゆめきっぷ』を確認したおじさんが言う。

 行き先? おれは戸惑った。


「えっと……この機関車ってどこに向かってるんですか?」

「あなたの、向かいたい場所に」


 おじさんの言葉におれはますます困惑する。


「向かいたい場所って言われても……」

「なにかあるでしょう? 海とか、山とか。懐かしい場所とか、楽しい場所とか。なんでもいいんですよ」


 なんでもいいと言われると、かえって何も思い浮かばない。

 おれは結局、おじさんが言った中から一番気になったものを選択した。


「それじゃあ、楽しい場所で……」


 おれの答えを聞いたおじさんは、はじめて微笑んでみせた。そして、


「かしこまりました。それでは、よい夢を」


 そう言い残して、客車から出て行った。

 おじさんを呼び止めるべきか、おれは迷った。分からないことは山ほどあって、聞きたいこともたくさんあった。けれど、おれが悩んでいる間におじさんの姿は完全に見えなくなってしまった。

 他の車両にも、誰か乗っているのだろうか。そう思い、そっと前の車両をうかがおうとした時。



 キキィー。



 足元で嫌な音がした。金属のこすれる音だ。

 中途半端に立ち上がろうとしていたおれの身体が、吸い寄せられるようにシートにおさまる。それから一分も経たないうちに、外の景色が完全に制止した。


 ――……停車、した?


 おれは今度こそ、ゆっくりと立ち上がった。

 客車の前方と後方、どちらの扉から外に出ようかと悩む。けれどどちらも大差ないだろうと、おれは前方の扉を開いた。そして、息をのんだ。


 目の前に、遊園地があった。


「……嘘だろ、なんで」


 さっきまで、草原の中を走っていたはずなのに。

 目の前のジェットコースターに目を奪われたまま、おれは客車から降り立つ。じゃり、と地面が音を立てた。

 ――アスファルトだ。雑草すら生えていない。


「でも、さっきまで」


 おれは後ろを振り返り、目をむいた。

 蒸気機関車が、走り出していたのだ。


「ま、待って!」


 精一杯叫んで、おれは機関車へと手を伸ばした。けれど届かなかった。

 機関車は黒い煙をもうもうとあげ、走り去ってしまう。見ると、機関車の走っている所には線路すらなかった。

 さっきまでは知らない場所だったはずの客車が急に恋しく思えた。『ゆめきっぷ』を確認しに来た車掌のおじさんにも、聞きたいことは色々あったのに。


「どうなってんだよ……」


 おれは再び、遊園地へと目を向けた。

 子供だましみたいなジェットコースター、小さな観覧車、すすけたメリーゴーラウンド。

 見たこともない場所なのに、見たことのあるアトラクションばかりが並んでいる。今にも閉園してしまいそうな、こじんまりとした遊園地。鳴り響いている音楽も、古臭くてありきたりなメロディだ。

 しばらく悩んだものの、おれは園内に足を踏み入れた。陽気なメロディが近くなる。

 右手にずっと『ゆめきっぷ』を握っていたことを思い出し、パジャマのポケットにそれをいれた。



       *



 驚くべきことに、園内には誰もいなかった。

 それなのにジェットコースターは動き続けているし、メリーゴーラウンドの馬も陽気な音楽と共に上下している。係員も客もいないのに動き続けているアトラクションは、恐ろしいまでのホラー感があった。


「楽しい場所って、もっと他にあるだろ……」


 車掌のおじさんに文句を言ったけれど、当の本人はここにいない。

 おれは不必要に足音を忍ばせ、園内を見て回った。

 土日にはヒーローショーでもやっていそうな催事場。ちょっとしたお菓子やソフトクリームを販売している売店。薄汚れたパラソルに、ささくれたベンチ。

 知らない場所にいる恐ろしさを差し引いても、決して楽しい場所ではない。これなら去年の夏休みに家族で行った、ディステニーランドのほうが百億倍楽しかった。

 どうしてこんな場所で降ろされたんだ? あの車掌の思い出の場所とかなのか?


「……あっ」


 園内を半周ほどしたとき、ようやくマップを発見した。駆け足で近寄る。この遊園地がどこにあるのか知りたかった。

 自分が住んでいる静岡県内に、こんな遊園地があっただろうか。


「って、え……?」


 園内マップにたどり着いたおれは、何度もまばたきした。けれど、そこにある文字は変わらない。


『東京 さくら園』


「と、東京!?」


 ついに叫んでしまった。

 だっておれは、東京に来たことなんか一度もない。行く予定もなかった。

 昨日の夜まで静岡の自宅にいたはずなのに、気付いたら機関車に乗っていて、降ろされた場所は東京の遊園地……?


「ど、どうしよう……」


 スマホは元から持っていないし、ポケットの中にあるのも『ゆめきっぷ』だけだ。このきっぷでもう一度あの機関車に乗れるのか? でも次の機関車はいつ来るんだろう。駅はもちろん時刻表だって見当たらないし……。

 ――誰か大人に相談したい。それに、電話を借りられたら家に電話できる。

 園内のインフォメーションに人はいなかったけれど、もしかしたら昼休憩とかそういう事情があったのかもしれない。

 とにかく人を探そうと、おれは歩き始めた。

 その時だった。


「……あ」


 女の子が、いた。

 おれよりも身長が少し高くて、でも大人じゃないと一目でわかった。多分、おれと同い年くらい。サラサラの長い黒髪は、彼女が歩くたびに毛先が左右に揺れた。

 後ろ姿だから顔は確認できなかったけれど、それよりも服装のほうに目がいった。

 淡い黄色のそれは、明らかにパジャマだったのだ。

 おれみたいなTシャツとハーフパンツのパジャマなら、ルームウェアとしてもまだ着られる。けれど、彼女のそれはドラマで子役が着ているようなパジャマらしいパジャマで、風景から恐ろしいほどに浮いていた。とにかく、間違っても遊園地に来れるような服装ではない。


 ――は、話かけづらい。


 俺がオドオドとしている間に、彼女は小さな売店に入っていった。さっきおれが確認したときは無人だった場所だ。

 ところが、出てきた彼女の手にはソフトクリームが握られていた。


「あ、あれ!?」


 俺は彼女と鉢合わせないよう注意して、売店を確認した。


「あの、す、すみませーん……」


 ……やっぱり誰もいない。ソフトクリームはセルフサービス、なんてこともなさそうだ。

 あの人は何者なんだ?

 おれは慌てて彼女の姿を探した。花壇と階段が融合してるような場所を、のんびりと上にあがっていっている。

 その先にあるのは、観覧車だ。


「――……!」


 おれは急いで彼女の後を追った。




 カラフルな観覧車は悲しいくらいに背が低く、年季が入っている。

 案の定、スタッフらしき人は誰もいない。それでも彼女はお構いなしに、ゴンドラに乗ろうとしていた。


「ま、待って!」


 背後から彼女に声をかけた。びくりと震える彼女の細い肩。

 それと同時に、観覧車の動きが止まった。


「……え?」


 二人同時に、声を出した。

 おれは観覧車が止まったことに。そして彼女は、おれがここにいることに驚いているようだった。


「あの、えーっと……」


 向かい合うと、何を話せばいいのか分からなくなる。おれは頭をかいた。

 彼女は、きれいとかわいいの間みたいな顔をしていた。つまりとても整った顔だ。けれど色白を通り越して顔色が悪く、おれの心の端っこを不安にさせた。


「お、おれ……」


 何から話せばいいのか分からない。気づいたら静岡から東京に来てました、ここはどこですか? なんて言ったりして、引かれないだろうか。

 そんな俺の思考を遮るように、彼女が先に言った。


「あなた、誰……?」

「え?」

「どうして、わたしの夢の中・・・・・・・にいるの?」




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