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ゆめきっぷ  作者: うわの空
七枚目
16/18

1

 


 九時の開店と同時に、おれは自動ドアをくぐった。適度に冷やされた風がふわりと全身を包み込む。

 夏休みとはいえ開店直後のショッピングモールには客があまりおらず、ショップ店員たちはそれぞれの店の前でやる気もなさそうに呼び込みをしていた。

 おれはマジックテープ財布の中身を確認する。普段からまったく貯金をしないおれがなんとか持っていた二百円と、前借したお小遣い五百円。計七百円が今の全財産だ。


 これで何か――ポケットに入るものを買うんだ。


 時間はあまりない。小春は十三時に手術だと言っていた。

 急がないと。

 おれはまず、二階に向かった。クラスメイトの女子が何かあるたびに話題にしている、ファンシーな雑貨屋が端にあるのだ。


「うっ……」


 しかし、店に近づいた瞬間に鳥肌が立った。ピンク色のごてごてした看板、かわいくデフォルメされたふわふわなキャラクター、最近売れているのだろうアイドルグループのグッズ。普段おれが絶対に触れない、なんなら近づかないような世界がそこに広がっている。

 助かったのは、店の一部のスペースにゲーム関連のグッズが置かれていて、『モンスタートレーナー』関連のものも展開されていたことだ。おれは足早に『モンスタートレーナー』のコーナーに近づき、グッズを眺めた。

 まっさきに目がいったのはやはり、チビリューのキーホルダーだ。値段は六百八十円とあるのでギリギリ購入できる。ポケットにも入るし、おれたちが夢の中で一緒に旅をしたという証になる気がして、一目で気に入った。

 しかしそこで、おれは罠に気付いた。


「六百八十円……税抜き」


 勉強嫌いのおれでも、税込みで七百円を超えることはわかる。おれはそっと、キーホルダーを棚に戻した。

 チビリューの進化系であるシップウドラゴンはぬいぐるみになっているが、ポケットに入るサイズじゃないから除外。ほかにチビリュー関連のもので、値段的に手が届きそうなのはハンカチくらいだが、イラストがいまいちかわいくなかった。カリューも同様だ。


「…………」


 おれは足音を潜めて、同じ店の文具コーナーに移動した。堂々と歩けばいいのにという想いと、早くこの店から出たいという想いが錯綜していた。

 文具売り場ではまず、最近流行っているらしいキャラクターのシャーペンを手に取った。なんだかチャラチャラした星形のチャームがついている。試し書きしてみるとそのチャームがくるくる回って鬱陶しかった。

 そもそも、ペン類はポケットに入るといえば入るが、一部がはみ出す可能性が高い。その場合、夢の中に持ち込めるかどうかを検証していない。おれはしばらく考えて、ペン類は諦めることにした。

 消しゴムだけ渡すのも妙だし、えんぴつのキャップだけ渡すのはもっと変だ。


 ――どうすればいい。

 どういうものなら、小春を少しでも元気づけられるんだ。


 レジの近くにいろんなキーホルダーが吊り下げられている回転式の什器があったので、くるくる回した。お守りの形をしたキーホルダーがあったので手を止める。ほとんどのものが部活用らしく、「テニス」「バスケ」「バレー」といった単語ばかりだ。

 けれどその中に「がんばれ!」と書かれている赤色のお守りを見つけて、思わず手に取った。


 ――がんばれ、か。


 小春の顔を思い出す。気丈にふるまっていたあの笑顔。愚痴も弱音も言わず、いつもニコニコしていた。本当は手術日が近づいて不安に思っていたり、もしかしたら泣きたかったはずなのに。


 ――あの小春に、これ以上がんばれって?


 おれはお守りを什器のフックにかけた。「がんばれ!」の横にある「だいじょうぶ!」のお守りは、紙みたいに薄く見える。

 間違っても小春に渡したくない、そう思った。



 結局、ファンシー雑貨屋では何も買わず、次の雑貨屋に向かった。これも、いつものおれなら絶対に入らないような店だ。

 入店してみると一目で「対象年齢が上」だと気づいた。売っている物がいちいちおしゃれなのだ。いい匂いのするハンドクリームや入浴剤。スマートながらもかわいさを残している腕時計。瓶に棒をさしてるみたいなルームフレグランス。

 ポケットサイズの小さなハンドクリームが何種類かあったので、全部手に取って匂いを確認した。「夏ミカンの香り」という分かりやすいものから、「夏の木漏れ日」という想像もできない商品名のものまである。値段は六百円程度なので、これと駄菓子を買うのもありだ。


 ――けど、小春は何の匂いが好きなんだ?


 いつもいつも、この問題にいきついてしまう。結局俺はずっと、小春の趣味を聞けないままだった。ハンドクリームの香りはおろか、好きなお菓子すら知らないのだ。


 ――何かもっと、小春や……おれらしいプレゼントはないかな。


 おしゃれな雑貨屋から出ると、だいごと、だいごのお母さんにばったりと出くわした。このショッピングモールで友達と出くわすことは多々あるが、今日に限っては会いたくなかった。


「え、翔真?」


 だいごはおれの顔と、おしゃれな雑貨屋とを何度も見比べた。

 そりゃそうだよな。おれが反対の立場だったら、同じ反応をするよ。


「なにしてんの?」


 だいごが訊いてくる。その頭上には「?」がいっぱい浮かんでいるように見えた。


「いや、ちょっと用事があって……」

「え、なんの用事だよ」

「なんでもないって、ほんとになんでもないんだって」


 言いながら、ふと通路の時計を見る。

 ――やばい、もう十時を過ぎている。


「ごめん、ちょっと急いでるから。また今度遊ぼう」


 また今度、とさらりと言った自分に驚く。

 小春と出会っても、小春の悩みを知っても、自分には当然のように未来があると思っているような口ぶりだ。

 でもおれは、自分がもうすぐ死ぬなんて考えたこともなかったし、いまだに想像もできないんだ。


「……翔真?」


 気づけば、だいごの前でぼーっとしていた。おれは首を振る。今はとにかく、小春に渡すものを考えないと。

 おれはだいごに手を振った。


「また今度対戦しようぜ、だいご」

「オッケー。あ、来月、『ドラトレ』のダウンロードコンテンツ出るってよ!」

「マジかよ、あとで確認しとく!」


 おれはだいごと別れると、次の雑貨屋に入った。

 雑貨屋がだめならお菓子屋さん。そのあとは天然石の店やら本屋やら、とにかくモール内にあるショップをほとんど全部見て回った。

 それでも、小春に渡したいと思えるものは見つからなかった。

 このショッピングモールじゃプレゼントが決まらない。そう思い、モールの外に出たときには十一時を過ぎていた。

 十三時まで残り二時間。家に帰ったりする時間を考えると、もっと短い時間でプレゼントを決めなければならない。


 ――どうしよう。どうすればいいんだよ。


 自転車にまたがり全力でペダルを漕ぐ。

 とりあえず次は、駅前の商店街とスーパーを見てみよう。商店街は行ったことがないからどんな店があるのか知らないけれど、スーパーは確か一階に雑貨屋があったはずだ。最悪そこで決めるしかない。

 おれは立ち漕ぎで商店街まで走った。シップウドラゴンをイメージしたけれど、あんなスピードはまったく出なかった。



       *



「はあっ、はあ、……はあーあ……」


 商店街に到着するなり、おれは自分の過ちに気付いた。

 まず、さびれている。シャッターをおろしている店がほとんどだ。

 次に、あいている店のほとんどがアパレルで、しかも婆ちゃん向けっぽいラインナップばかりだ。つまりは子供用の店なんて見当たらない。


 ――失敗した。時間の無駄だったか。


 それでも何かないかと、おれは商店街を一通りまわってみた。アパレル以外だと、カードゲームの売買をしている店、写真屋さん、あとは学校の上履きなどを主に販売しているスポーツ用品店などがあった。

 小春にプレゼントしたいと思えるものはひとつもない。


 ――やっぱ、スーパーの雑貨屋のほうが無難か……。


 おれは期待もせず、商店街の端まで行った。あげたてコロッケがうりの精肉店があるけれど、まさかポケットにコロッケをしのばせるわけにもいかない。

 精肉店の向かいは文具店だ。先程ショッピングモールで見たファンシーなものとは違い、大昔から一切変わってなさそうな雰囲気を醸し出している。自動ドアじゃない引き戸に、薄暗い照明。店に入るのも気が引けるようなたたずまいだ。

 おれは何の気なしに、文具店の名前を確認した。


【金木犀文具店】


「きんき…………なんだあれ、なんて読むんだ」


 大きな独り言が出てしまった。精肉店のおじさんが、怪訝そうにこちらを見ている。

 ――とりあえず、入るだけ入ってみるか。

 おれは精肉店のおじさんの視線に半ば押されるかたちで、文具店の扉をあけた。



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