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トラップを回避して二階にあがり、組織の戦闘要員ひとりと戦った。相手のドラゴンはマグマドラゴンの炎に弱いため、こちらが圧勝した。
そこまではよかったけれど、おれはまたしてもトラップにひっかかりかけた。壁に大きな穴が開いていて、そのまま通ろうとすると急に火を噴いたのだ。
近くにある大きな石造を動かして、穴を塞いだのは小春だった。
「翔真くん、あんまりタワーの中のこと覚えてないんだね」
小春に突っ込まれるのも当然だ。
「……実は、ストーリーモードは一回しかクリアしたことないんだ」
なんだか恥ずかしくなって、声が小さくなってしまった。
おれはこのゲームを、オンライン対戦を中心に楽しんでいた。ストーリーをクリアしたあとはひたすらに野良ドラゴンやモンスターを倒してお金を稼ぎ、『ドラゴンの卵屋さん』で新しい卵を買う。レアかつ強いドラゴンを手に入れたら、そいつを徹底的に育成して、オンラインバトル――。
ずっとそんな感じだったから、最初にプレイしたストーリーモードのことは半分くらい忘れている。多分、最近プレイした小春のほうがおれより詳しいはずだ。
「その……情けない話だけど、小春がいるから心強いよ」
本音を言うと、小春は一瞬意外そうな顔をして、それから嬉しそうに笑った。
「わたし、トラップの位置も、七階までの最短ルートも覚えてるからね」
「ほんとに頼りになるな」
「任せといて」
小春はどんと胸を叩き、けれどもすぐに眉をハの字にした。
「ただ……」
「うん?」
「ラスボスとの戦いは、翔真くんにお任せしちゃうかもしれない」
その意味を、おれはすぐに知ることとなった。
*
【……ククク。初心者のドラゴントレーナーが、よくここまで来れたものだ】
ラスボスのリョウトウが、ぱんぱんと大袈裟に手を叩いた。
年齢はおれの父さんたちと同じくらい――三十代後半から四十代前半。黒いマントに、シルバーの髪の毛をだらりと伸ばしている。前髪の隙間からうっすらと見える赤色の瞳が、蛇みたいにこちらを睨みつけていた。
【下の階にいた、私の護衛軍は全員倒されたということか。……まあいい、私は弱者に興味などないからな】
ツルツルしているけれど座り心地の悪そうな、石だか椅子だかわからないものに座っていたリョウトウはすっと立ち上がると、おれたちに手を伸ばした。
【どうだ貴様ら。私の配下にならないか? 腕のたつトレーナーには、それ相応の報酬をやるぞ】
ゲームだと、ここで【配下になる】【配下にならない】の選択肢ボタンが出てくる。
けれどここは、リョウトウと直接話せる夢の世界だ。
おれは大きく息を吸った。
「誰が配下になんてなるもんか! 勝負だ、リョウトウ!」
――ここのイベントは仮に【配下になる】を選択しても、【それでは最初の仕事を与えてやろう……死ぬがいい】の一言でゲームオーバーになる仕組みだ。
つまりはリョウトウと対峙し、倒さなければ、世界に平和は訪れない。
【クックックッ。残念だよ。仮にもここまでたどり着いた君たちが、まさかそこまで馬鹿だとは】
リョウトウがパチンと指を鳴らす。死角から巨大なドラゴンが出現した。
白いウロコ、立派な角。瞳は金色と青色のオッドアイ。手足はなく、まるで白い蛇が宙を浮いているような姿だ。
ドラゴンは大きな首輪をつけられ、邪悪なオーラを放っている。
【どうした、顔色が悪いぞ? ……ククク、貴様のような末端トレーナーでも、このドラゴンのことは知っていたか】
リョウトウが巨大なドラゴンの額を撫でる。ドラゴンは、逆らえない。
【こいつは、伝説のドラゴントレーナーの相棒、『ヤトノカミ』だ。まあ主人がいなくなった今は、私に従順なペットとなったわけだがね】
それは嘘だ。本当は組織が伝説のドラゴントレーナーを殺した後、ヤトノカミを操るため特別な首輪をつけている。ヤトノカミ自身は、リョウトウに従いたいなんて思っていない。
そんなことは気にしていないだろうリョウトウが、うっとりとした顔をこちらに向けた。
【このドラゴンはまさにパーフェクトな存在でね。おまえたちのクズドラゴンなぞに勝ち目はないぞ】
そうしてリョウトウが再び指を鳴らすと、ヤトノカミがこちらを向いた。ぐるる……と唸る声がこちらにまで響いてくる。
【私に逆らったことを後悔するがいい! ゆけ、ヤトノカミ!】
ヤトノカミがこちらに向かって突進してきた。すごいスピードだ。オッドアイの瞳に吸い寄せられそうになるが、おれは首を振る。
「小春、気をつけろ! ヤトノカミと目が合うと体力が削られる!」
「わかった!」
ギリギリのところでヤトノカミの突進をかわした小春は、シップウドラゴンに遠距離攻撃の指示を出した。かまいたちのように、空間を切り裂く刃がヤトノカミに襲い抱る。
「いいぞ!」
ヤトノカミは接近・肉弾戦を得意とするタイプなので、こちらは距離をとって戦うのが正しい。小春の攻撃は確実に直撃した。それなりのダメージを負ったはずだ。
そう思ったのに、土煙の中からボッと音を立てて現れたのは、無傷のヤトノカミだった。そのままものすごいスピードで直進していく。
――まずい、あいつ小春を狙って……!
「きゃっ……」
「マグマドラゴン! ファイアーブレス!」
マグマドラゴンの中で最も早い攻撃を、小春とヤトノカミの間に向かって放つ。一直線に吐かれた炎は、すんでのところで小春を守り、ヤトノカミの鼻面を燃やした。
しかし、ヤトノカミはひるみもしない。むしろゆっくりと、こちらに顔を向けてきた。
その形相は、ゲームで戦った時よりもはるかに邪悪で、恐ろしかった。
――なんだこの感じ……倒せる気がしない……!
ゲームではヤトノカミ討伐にさほど苦労しなかったのに、今はどうしてこんなに絶望的な気分になってしまっているのだろう。
ヤトノカミがこちらに向かって飛翔してくる。マグマドラゴンの最大火力のわざをぶつけてみたが、やはり効果は薄そうだ。
なんでだ。どうしてこんなに強いんだよ。
小春と二人で作戦をたてたいところだが、ボス戦の舞台【謁見の間】は何もないだだっ広い空間で、隠れられるところなんてまるでない。
どうにかどこかの影に隠れられたら、……!
「小春!」
突如名前を呼ばれた小春が、びくりと肩を震わせた。
おれは天井を指さす。レンガ大の石でできていたタワーの壁とは違い、天井は大きめの岩が積み重なっているように見える。
「シップウドラゴンの攻撃で、天井を破壊してくれ! あの岩で死角ができたら、合流して話し合おう!」
「わ、わかった……シップウちゃん!」
シップウドラゴンがカマイタチを天井に向けて放つ。案外天井はもろかったのか、あっという間にバラバラになり、あちこちに巨大な岩が落ちてきた。
「頑張れ、よけるんだマグマドラゴン!」
「グオウ!」
移動が苦手なマグマドラゴンだが、それでもなんとか落石を回避できている。これなら、スピードタイプのシップウドラゴンは問題ないだろう。
おれはちらりとヤトノカミを見た。あわよくば落石に当たって弱ってくれれば嬉しいが、ヤトノカミは岩が落ちてくる場所をすべて把握しているような動きで容易く避けている。
やっぱり、この程度じゃ倒せないか……。
土煙で視界が急速に悪くなっていく中、ヤトノカミがおれとマグマドラゴンを睨みつけてきた。小春と落ち合うためには、こいつを撒かなければ話にならない。
「マグマドラゴン、火山灰!」
「グオオオオ!」
マグマドラゴンが尾を振る。白っぽい煙が舞い上がり、ヤトノカミの身体を覆った。
マグマドラゴンしか覚えない技『火山灰』は、相手の目をくらますことで攻撃を外しやすくしたり、こちらの位置を把握しにくくさせる効果がある。それに今は、火山灰プラス土煙の状態だ。
さすがのヤトノカミもこれにはお手上げなのか、明後日の方向にがむしゃらに攻撃をし始めた。
――今のうちに!
おれはマグマドラゴンとともに、小春のもとへと駆け寄った。
*
小春はヤトノカミから離れた位置にある大岩に隠れていた。シップウドラゴンの尻尾が岩からはみ出ているが、これはもう仕方ないだろう。
「……ヤトノカミってあんなに強かったっけ?」
小春のもとにたどり着くなり、おれは一番の疑問をぶつけた。
どう考えても、ゲームで戦った時より強い。というか強すぎる。
このままゲーム通りに進行させるなら、ヤトノカミをある程度弱らせてから、嵌められている首輪を外してやらなければならない。けれど今はそれ以前の問題だ。どうすれば弱るのか、まるで見当もつかない。
「……ごめん」
小春が心の底から申し訳なさそうに謝る。おれとマグマドラゴンは首を傾げた。
「なんで小春が謝るんだよ」
「だって……」
小春は言いにくそうに、言葉を紡いだ。
「実はわたし、借りてたゲームではヤトノカミを倒せなかったんだ」
「えっ――」
大声を出しかけたおれの口を、マグマドラゴンがあわててふさいだ。ヤトノカミに居場所がバレたらまずいので、小声で話を続ける。
「どういうこと?」
「えっと……借りてたゲームでもね、マグマドラゴンとシップウドラゴンの二体でボス戦に挑んだの。でも何度やっても勝てなくて……。結局、違う子と途中で交代してもらったんだけど、その子は全く違うドラゴンを使ってヤトノカミを討伐しちゃったんだ」
「……ああー」
おれはマグマドラゴンを見た。明らかにショックを受けた顔をしている。申し訳ないが、それが少し可愛かった。
「それでどうしても、『マグマドラゴンとシップウドラゴンじゃ、ヤトノカミを倒せない』って意識しちゃって……。それが、この夢でも反映されてるんだと思う」
「なるほどな」
そう言われるとすべて合点がいく。『ラスボスとの戦いは、翔真くんにお任せしちゃうかもしれない』という小春の言葉の意味もわかった。
確かに、ヤトノカミ戦をクリアしようと思ったらそれなりに強い(レアな)ドラゴンが必要になる。それも、ヤトノカミの弱点をつけるようなドラゴンじゃないと難しいだろう。
防御力の低いマグマドラゴンとシップウドラゴンじゃ、あのゲームは一生クリアできない。
けれどここは、小春の夢の中だ。
小春が「うまくいく」と想像できれば、きっとそれが反映されるはずなんだ。
おれは、ない頭をひねりまくった。うまくいくと思える作戦。ゲーム通りの戦いじゃなくても、小春がそれをイメージできればいい。
「……扉」
おれは顔をあげた。
「このタワーに来た時、おれのマグマドラゴンが扉を破壊したよな? あれはどうしてうまくいったんだ?」
「あ……。ゲームしてるときにさ、【この扉は施錠されている】って文章が出て通れなかったのがずっと不思議だったんだよね。木製だし、ドラゴンに体当たりしてもらうなり焼くなりしたら開くんじゃないかってずっと思ってたの」
「鉄の部分がドロドロに溶けたのは?」
「えっと、鉄は高熱で溶けるって聞いたことあったから。マグマドラゴンの吐く炎は鉄をも溶かすって、生態記録にもあったし……それでイメージできたというか」
その言葉におれは閃いた。
灰にまみれながらも必死でおれたちを探しているヤトノカミ、その首につけられている鉄製の輪を親指でさす。
「おれのマグマドラゴンが、あの首輪を溶かす。イメージできるか?」
「――……た、たぶん」
小春の返事は小さかった。もう少し、決め手となる何かが欲しいのか。
「それなら」
おれはシップウドラゴンに目をやった。話を聞いているのかいないのか、ぼうっと小春のことを見ている。
「おれのマグマドラゴンと、小春のシップウドラゴン。ふたつの力をあわせよう」
マグマドラゴンの【火山灰】の効果は長くない。土煙もだいぶマシになってきたので、視界が大分クリアになってきた。
それにあわせてヤトノカミが高速移動を始める。もとは天井だった岩々の間を縫うようにして、おれたちを探し回っている。
見つかる前に攻撃したほうがよさそうだ。
「いけるか? 小春」
問うと、小春はこくんと頷いた。岩陰からシップウドラゴンとともに飛び出す。
ヤトノカミがすぐさま、ふたりの存在に気付いた。
「シップウちゃん! 台風の目!」
間髪入れずに小春のシップウドラゴンが攻撃する。スピードだけで言うならヤトノカミよりシップウドラゴンのほうがわずかに早い。そして今繰り出した技は、文字通り台風を作り出し、相手をその目に閉じ込める効果がある。
動きを制限されたヤトノカミが咆えた。
――今だ!
「マグマドラゴン、あの台風に向かって思いっきり炎を吐くんだ!」
「グオオオオオオ!」
マグマドラゴンは大きく息を吸い、最大級の炎を吐いた。
炎はシップウドラゴンの台風に当たる。ヤトノカミには直接当たらないが、狙い通りだ。
「いっけええええええええええ!」
――シップウドラゴンの台風に煽られた炎は、勢いを増していく。
やがて、見たこともないような炎の柱ができあがった。とんでもない熱風で、おれたちの皮膚までやけそうだ。
炎の中心で、ヤトノカミが苦しそうにうめいた。距離を取っているおれたちですら熱いのだから、炎の中にいるヤトノカミは相当つらいだろう。
みるみるうちに、ヤトノカミは弱っていく。
やがて、ヤトノカミの首輪からバチンと変な音がした。
【なに!? 制御装置が壊れただと!?】
悪のボス、リョウトウが信じられないといった顔で叫んだ。溶けはしなかったものの、熱風で首輪を壊すことに成功したらしい。
おれと小春は顔を見合わせた。二人とも、もしかしたら今までで一番の笑顔だったかもしれない。
みんなで力をあわせてボス戦をクリアできたことがうれしかった。
制御装置がはずれ、正しい心を取り戻したヤトノカミがリョウトウに襲い掛かる。左目を怪我したリョウトウは翼竜に飛び乗ると、おれたちに向かって叫んだ。
【おのれ、覚えていろ! 我が組織に歯向かったこと、いずれ後悔するときがくるぞ!】
そのまま飛び去って行くリョウトウの後ろ姿はとんでもなくダサくて、おれたちはついつい腹を抱えて笑ってしまった。
ヤトノカミはおれたちと目を合わせないようにしながら、ふうっと息を吹きかけてきた。体力を全回復する【ヒールブレス】だ。タワーに入るとき、一部がチリチリになったおれの前髪ももとに戻った。
「ありがとな、ヤトノカミ」
おれが言うと、ヤトノカミは小さく頭をさげ、遥か彼方に飛び去って行った。