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3.魔王、隣町フォーゼンに向かう

「よし、シャノンよ。そちの眷属たる馬車を出すのじゃ」

「は、承知しました」


 イセスの命令に応じたシャノンが短く口笛を吹くと、彼女の目の前にもやもやと黒い霧が集まりはじめた。そして、それが晴れたところに、二頭立ての四輪馬車(コーチ)が姿を現していた。

 その馬車を見たイセスは、単純な感想を漏らす。


「そういえば汝の馬車は、首が無い馬が引いておったのじゃったな」

「イセス様にはお分かりにならないかも知れませんが、首なんて飾りですから」


 なぜか胸を張り、偉そうにイセスに告げるシャノンであったが、


「そりゃ、(ぬし)らデュラハンとその眷属だけの話じゃろうが。――飾りと言うなら、主の頭を井戸の底にでも放り込んでやろうか?」

「すみませんごめんなさい言ってみたかっただけです」


 やっぱり、イセスにツッコまれてすぐさま撤回してしまうのだった。


「とはいえ、やはりこれでは人間どもに見られると騒ぎになってしまうの」


 首の無い馬をしげしげと観察していたイセスは独りごちると、再び右手を掲げて指を鳴らす。

 今回空中から落ちてきたのは、馬の首の形をしたぬいぐるみだった。一応、マスクをつけた馬っぽくはなっているが、微妙に歪んでいたりして、不安感をそそるデザインになってしまっている。


「よし、この頭、つけとけ」


 と、シャノンに放って寄越した。


「余計に怪しくないですか?」

「無いよりはマシじゃろう。それこそ飾り代わりじゃ!」

「はあ」


 シャノンは、馬車を牽く馬二頭にそのぬいぐるみをつけてみた。


「ふーむ……まあ、一応、確かに、一見、普通の馬に見えなくはない、ですね。ありがとうございます」

「うむ、それは良かった。――では、向かうとするかの」

「は、こちらへ」


 にこやかに返事をしたイセスを馬車に乗せるべく、シャノンは馬車の側面についた扉を開ける。


「段差が高うございますから、お気をつけて」

「うむ、済まぬな」


 シャノンはイセスの手を取って馬車の車内に誘導した後、自らは御者台に上って手綱を握りしめた。


「それでは、参ります!」



              ◇   ◇   ◇



 田舎ながらそれなりに整備された街道を進んだ馬車は、ものの30分も進んだ所で、隣町のフォーゼンにたどり着いた。街の手前には川が流れているが、そこに架かった橋さえ越えれば、すぐに城壁と城門だ。城壁の中はよく見えないが、小高い場所に建てられた城館だけが顔を覗かせていた。

 御者台で馬車を操っていたシャノンは橋の手前で一旦停車させ、小窓を開けて車内のイセスの顔を伺った。


「イセス様、このまま乗り付けますか? ただ、馬車を降りて徒歩で向かった方が目立たないかとは存じますが」

「ふむ、今回は潜入じゃからな。なるべく目立たぬ方が良かろう」

「承知しました」


 シャノンは馬車を木立の中に操っていき、イセスと自らも降車した後、馬車に向かって短く口笛を吹く。次の瞬間、召喚したときと同様に、もやもやと黒い霧が現れ、それが消えたときには跡形も無く馬車の姿は消え去っていたのだった。


 ――イセスが渡した馬の首のぬいぐるみを残して。


 そして、イセスが先に立って徒歩で橋を渡りながら、これからの事について軽く相談を始めていた。


「中に入ったら、まずは服じゃな」

「で、あれば、仕立て屋ですね。あとは時間があれば、食事もよろしいかと」

「食事じゃと? ――ふむ、確かに、そう言われると、人間界(こちら)は腹が減るのう」


 シャノンに言われて初めて気が付いたかのように、腹に手をやるイセス。


「魔界と違ってどこでも魔素が漂っているわけではありませんからね。生物から精気を吸うか、さもなければ、人間界の生きとし生けるものと同様に、我々も食事をする必要がございます」

「ふむ、面倒じゃのう」

「当面は、城に残された保存食料でまかなえますが、長期的には食料をなんとかする必要がありますね。自分やイセス様はともかく、バフォメット様の身体の維持は大変でしょう」

彼奴(きゃつ)はデカいからの。ま、そのあたりは帰ってからじゃな。まずはこの街の偵察じゃ」


 少しの間無言で歩む二人であったが、シャノンが何か思い出したかのようにイセスに声を掛けた。


「そうだ、私たちの立場はどのようにしておきましょうか? 誰何(すいか)されたときに統一しておかないと、ボロが出てしまいそうです」

「そうじゃの。ふむ、お主ならどう考える?」

「それでは……そうですね。では、イセス様は旅の途中の異国のお嬢様という事にしましょうか。私は護衛の戦士という事で」

「ふむ。ま、当たらずとも遠からずと言った所か。悪くない。それで行こう」



              ◇   ◇   ◇



 城門では検問が行われているが、調べられているのはあくまで荷車の商人や荷物を担いだ農民など、この街で売買をする人間に限られている。巡礼者や旅人、冒険者などは、特にチェックされる事もなく自由に出入りできているようだった。

 徒歩で特に荷物を持っている訳でも無いイセスとシャノンは、衛兵にちらりと見られただけで、特に怪しまれることも無く街に入ることができた。


 城門をくぐった二人は、大通りを進んで仕立て屋らしき店を探す。

 すぐにハサミが描かれた看板が掛かった、それらしき(たたず)まいの店を見つけたが、店に入ろうとしたところでシャノンは、はたと足を止める。


「そうだ、イセス様、お金はお持ちですか? この人間界では、取引に金貨や銀貨などの貨幣を使っております」

「うむ、それくらいは知っておるぞ。城におった人間共から徴発した物がここにある。そうじゃな、とりあえず一袋、汝に預けておこう」


 イセスは懐に手をやると、重そうな革袋を取りだしてシャノンに差し出した。


「あ、結構ありますね。これだけあれば、当面は困らないでしょう」


 シャノンは袋の口を開いて一瞥すると、目立たないように自らの懐にしまい込んでおく。


「それでは()()()、こちらでございます」


 そして、仕立て屋の扉を開いて、イセスを招き入れたのだった。

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