2.魔王、本拠地を整備す
翌日、魔王イセスが最初に転送したのは、屋敷妖精の群れだった。
「お呼びでありますか!?」「ありますか!?」「ますかぁ!?」
身長は1m弱。茶色の帽子にボロをまとい、髪や髭を伸ばし放題にしている、屋敷に住み着いてそのメンテナンスを生きがいとする妖精である。ただ、いたずらには気をつけなければならないが。
きゃいきゃい騒いでいる妖精達の前で、イセスは腕を組んで命令を下す。
「うむ、汝等を呼んだのは他でもない。この城を我が本拠地とすべく、掃除と修理を命じる」
「承知いたしました!」「いたしました!」「ましたぁ!」
ちみっちょい妖精の群れが勢いよく散らばって行く光景を見て、イセスは満足そうに頷いた。
「これで、この城……魔王城のメンテナンスは一任できるな」
側で控えていたデュラハンのシャノンが頃合いを見てイセスに話しかけた。
「陛下、昨日は征服するとおっしゃいましたが、戦力はどうされます?」
「ああ、この魔導具、余り連続転送はできんようでな。小物なら大量に転送できるが、大物を一度転送すると、しばらくエネルギーを溜めねばならんようじゃ。なので当面は、一騎当千の者どもを呼び出して、こき使うしかないな」
「それは大変ですね……どなたが来るか知りませんけど」
人ごとのように肩をすくめるシャノンの胸を、イセスは拳で軽くツッコんだ。
「あほう、汝が馬車馬一号と言うのを忘れるな。ま、それはさておき……まず、余はこの近辺を少し散策したいと考えておる」
「それも結構かとは思いますが……もう少し人手が足りるようになるまでは、お控え頂いた方がいいのでは?」
シャノンのまっとうな指摘に対し、イセスは少しの間唇をむにむにさせていたが、最終的に思い切って真の理由を告白した――少し赤くなりながら。
「着替えが無いのじゃ、着替えが! 余のメイド共が来るまで、着の身着のままというはイヤじゃ!」
「あー……それは仕方有りませんね。ここは田舎のようですが、街まで行けば、何がしかの物は手に入るでしょう」
「ただ、この魔王城は、余の不在の間にも死守せねばならん。もし奪還されて、転送機が破壊されでもしたら、文字通り人間界に島流しじゃからのう」
「かしこまりました! それではこのデュラハン・シャノン、主不在のこの城を死守させていただきます!」
右拳を胸の前に掲げて、びしっと敬礼したシャノンに対し、またまたツッコむ魔王イセス。
「あほう。汝は余について回るのじゃぞ? なにやら人間界についても詳しいようじゃし、汝の眷属である馬車も有用であるからのう」
「ですよねー……では、この城は誰が? 屋敷妖精どもでは戦力になりませんよ?」
「だからこその、次の転送じゃ」
と、動かしたのは残り総てのエネルギーをつぎ込んだ本日二回目の転送。そこに現れたのは、黒山羊の頭に、黒い翼を持つ巨大な人型の魔神だった。
◇ ◇ ◇
「こりゃ、大将軍のバフォメット様じゃないですか」
「おお、これは便利なのが現れたな。これ、バフォメットよ。余の御前であるぞ。頭が高い」
やはり俯せで現れたバフォメットであるが、彼の場合はすぐに気が付いてむっくりと体を起こしている。ただ、イセスの存在に気がつくと、膝をついて巨大な体をなるべく下げるような姿勢を取った。それでも、人間の少女とさほど背が変わらない魔王イセスを見下ろす形にはなってしまうのだが。
「……イセス陛下。これは、いかなお戯れで?」
「かくかくしかじか、こう言う訳でな。汝に当面、この魔王城及び屋敷妖精の管理と、守備を任せたいと思う」
「は……魔族十万騎を指揮する大将軍たるこの身に、屋敷妖精なんぞの管理を任せられると?」
渋い顔をするバフォメット。イセスは気にせず、手をひらひらさせてあっさりと不平を却下する。
「今は他におらんのだ」
と言いつつも、真面目な顔に切り替えてフォローを入れておく。
「大事な人間界への橋頭堡を、わずか一人で護らなければならない訳じゃからな、汝ならば仮に人間共の大軍がやってきたとしても撃退できよう?」
「承知いたしました。確かに、臣でなければその大任は難しゅうございますな」
それなりに納得したのか、ゆるやかに頭を垂れるバフォメット。
「よろしく頼むぞ。まずは、この城内と周辺でも見て回ると良い。城外は人間共の巣窟ではあるが、姿を隠す必要はない。見られた方が近づこうなんて馬鹿な考えが出ぬであろうからな」
「は、かしこまりました――して、陛下は本日は?」
バフォメットの質問に、イセスは腕を組んで顎でシャノンを指す。
「余は、少し先に小さい街を見つけたのでな、ちょっとシャノンと見てくる事にする。その間の守備はよろしく頼むぞ」
「は、我が名にかけて、一兵たりとも侵入を許しません」
地上に上がる扉を抜けていくイセスとシャノンを見送りながら、バフォメットは再び深々と礼をしたのだった。
◇ ◇ ◇
イセスとシャノンは揃って廃城の門の前にまで出てきていた。
「さて、それでは偵察に向かおうと思うのじゃが……この姿、目立つかの?」
「そうですね……いささか、田舎では刺激が強いかとは思います。――胸も半分見えてますし」
くるりと回って普段の姿――背中も大きく開き、肩から胸の上半分までが見えているミニスカートのドレスに革のコルセット、ガーターストッキングにハイヒールブーツを履いた姿――をシャノンに披露したイセスに対し、シャノンは冷静にツッコミを入れた。
「どのみち今のところ着替えもないわけですから、翼は畳んでおいて、上からフード付きのクロークでも被っていればよろしいかと」
「なるほど、そうしてみるか」
と言うと、イセスは手を掲げてパチンと指を鳴らした。その瞬間、空中にクロークが突如出現し、イセスの腕にばさっと掛かっていく。
イセスは頭の角と背中の翼を隠すようにクロークを羽織り、再び様子を尋ねてみる。
「これでどうじゃ」
「それで結構かとは思いますが……そもそも、街まで行かなくても、その技で服とか出せばよろしいのでは?」
シャノンの指摘に、再び唇をむにむにさせて逡巡した後、イセスはがっくりと肩を落としてそれに答えた。
「……これは余のイメージで生み出す物でな、細かいサイズ指定は難しいのじゃ。それに……余はファッションセンスがイマイチでな」
「あー……それは仕方ないですね……」
イセスは照れ隠しにゴホンと一つ咳をしてから、シャノンに出立の準備を命じたのだった。
「ふ、服装はこれで良かろう。よし、シャノンよ。そちの眷属たる馬車を出すのじゃ」







