26.魔王、新体制の運営を開始する
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特に「最強賢者は~」は本作と関連が強い作品となります。
王女にオーナーになる事を承諾してもらったものの、トムにはまだ、喫緊の課題を解決する必要があった。
トムは跪いた姿勢のまま、王女に向かって声を上げた。
「恐れながら、冒険者ギルドを作り上げるにあたり、一つお願いがございます」
「ほう? 何でも申してみよ」
「単刀直入に申し上げると、資金が必要です。それも最低、金貨一万枚ほど」
トムの申し出に、王女は初めて当惑した声を返した。
「ふぅむ……カネか。残念じゃが、それは余り持ち合わせてはおらんのう」
そして傍らの騎士の方を向いて確認する。
「は、今後、フォーゼンからの税が入って来る予定ではありますが、現在の我々に貯金はございません」
「ま、そうでしょうな。――ただ、実はこの問題には解決策がございます」
想定内の回答に肩をすくめたトムであったが、突如声をひそめて指を一本立てて見せた。
「冒険者ギルドの収入の一つに、冒険者が倒した魔獣の処分代行がありまして」
冒険者が倒した魔獣は、資源として有用ではあるものの、解体はまず肉屋ギルドが行い、その成果は品目別、つまり、革や鱗は皮革ギルド、可食部分があれば肉屋ギルド、爪や羽根、骨は魔術師ギルドに錬金術師ギルドなど、それぞれの専門ギルドに卸さなければならなかった。その取引には時間が掛かり、しかも上手くやらなければ買いたたかれるため、冒険者ギルドが代行して最大限の売り上げを冒険者に還元するサービスを行っていたのだった。
「この辺りに出没する魔獣であれば、正直、大した手数料は頂けません。しかし――」
トムは、ニヤリと笑みを浮かべて言葉を続ける。
「イセス殿がドラゴンの二匹か三匹あたり狩ってきてくれれば、当面の費用としては充分でしょうな」
「ふぅむ、ドラゴンか……」
ぽそりと呟き、思案する王女。
「もし、強者との戦いをご希望ならば、ここからは少し遠いですが、白き山に住まう古代白竜も、さぞかし貯め込んでいるであろうと聞いております」
「ふむ、ま、余にはドラゴンだろうが古代白竜だろうが、鎧袖一触じゃがな」
なぜかトムは、わざとらしい咳払いを一つ入れてから返答する。
「ごほん。あー、もし、殿下がその冒険者をご存じでしたら、そのようにお伝え願います」
トムは"王女"に向かって話していたのに対し、"冒険者"として返答してしまっていた事に気付いた王女。しばし、気まずそうに視線を巡らせていたが、突如、そそくさと話を切り上げ始めた。
「……む、そ、そうじゃな。伝えておこう。うむ、余の用はこれだけじゃ。下がって良いぞ」
「承知しました、それでは失礼いたします」
トムは王女のあからさまな誤魔化しに反応する事はなく、あくまで飄々とした表情のまま、慇懃に頭を下げたのであった。
◇ ◇ ◇
こうして魔王城とフォーゼンによる体制が開始した。
領主はクラウスから変わっていない事と、それを騎士団を展開する事によっていち早く周知できた事から、幸いにも市民達に大きな動揺や離脱はなく、フォーゼンは平静を保っていた。
一方、魔王城では、ようやく魔力が回復してきた転送機による、魔界からの人員の補充が再開していた。ただ、魔王城や組織の管理運営に適した人員を中心に補充していたため、魔王城とフォーゼンの協力体制は円滑に回り始めていた物の、戦力的にはさして変化はしていなかった。
また、転送機に投入する魔力も絞り込んでいたため、転送されたのは相応に実力の低い下級魔族ばかりであったが、二日目に予定外の出来事が発生していた。
「何故うぬ等が出てくるのじゃ?」
不機嫌そうに腕を組んで仁王立ちするイセスの前には、それぞれ白銀色と黄金色の髪を持ったメイドが二名、膝と額を床に着けて平伏していた。イセスを偏執的に敬愛しているサキュバスのリリィとルリィだ。
「うぬ等の魔力で通れるような穴は開いておらんはずじゃが。やたら魔力が低いようじゃが、何か細工したのか?」
イセスの問いに、頭を下げたまま二人は並んで返答する。
「「は、その……全力で放出したのと、魔素摂取を控える事により、ダイエットに励んでおりました」」
「なるほど、干上がるまでに絞り込んだ、と。道理でカラカラになる筈じゃな。ただ、こちらの大気には魔素は含まれておらんぞ。どう回復するつもりじゃ?」
「「時間は掛かりますが、食事にて回復させていただければ、と」」
額をすりつけるようにして答える二人を、イセスはしばらく不機嫌そうな目でみつめていたが、ため息混じりに首を振った。
「ふむ。よかろう、今回は目をつぶろう。念を押して置くが、最寄りの街と近隣の村々は余の保護下にあるのじゃ。住民共に手を出すでないぞ?」
「「ははっ!」」
予定外ではあるものの、来てしまった物は仕方が無い。イセスはそう念を押し、彼女達の独断を咎めるには至らなかった。
しかしその晩、彼女達は城から密かに脱出し、フォーゼンでサキュバス式の体力回復法を行ってしまったのだった。そして翌朝、城に帰還したところで発見され、イセスの逆鱗に触れる事となる。
「うぬ等、余の命令を敢えて無視したのか? 余の忍耐を試すにも程があるぞ!」
「「食事で回復して良いとの事でしたので……つい」
サキュバス族の食事には、確かにそれが含まれている事から、イセスは若干語気を和らげる。
「じゃが、住民共に手を出すなと言ったはずじゃぞ?」
「「陛下の御為、毒味も兼ねさせて頂こうかと思いまして。この街は田舎の割に、なかなかの上物揃いでございまいした」」
「余の信条は知っておろう! ともあれ、住民共に手を出したことには違いあるまい! 頭を冷やして反省せい!」
というわけで彼女達は罰として鐘楼から逆さ吊りにされたのであったが、その命令は翌日には撤回される事となった。彼女達が罰を受ける事を喜んでいるようにしか見えなかった事と、最近増えてきたフォーゼンからの来客が明らかにドン引きしていた為であった。
彼女達が毒味と称した通り、フォーゼンの独身男性を中心に広く浅く吸ったに止まったため、回復不可能なダメージを受けた人間がいなかった事も、情状酌量の余地を生み出していた。彼らは人目がはばかられる夢を一晩見ただけあり、ある意味、幸福な体験となったようだ。
最終的に彼女達は希望通り、イセス専属メイドとして働き始めたのであった。
◇ ◇ ◇
そして征服を宣言してから一週間目の早朝、魔王城の寝室で眠っていたイセスは、バフォメットのノックにより起こされる事になる。
「イセス様、お休みのところ申し訳ありません。哨戒中の兵が敵軍を発見いたしました」
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