22.魔王、領主の決断を見守る
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特に「最強賢者は~」は本作と関連が強い作品となります。
※今回は都合により少し早めに投稿しました
「聞いての通り、オレは魔王軍の傘下に入る事に決めた」
クラウスは、全員の顔をゆっくりと見渡してから言葉を続ける。
「無論、これは帝国、いや、人類に対する裏切り行為だ。同意しない者は、オレの麾下を抜け、この街を脱出してくれて構わない。諸君等の身の安全は、オレの命を懸けてでも確保しよう」
中庭を沈黙が覆い尽くした。皆、立ち尽くし、腕を組んだり俯いたりして考え込んでいる。――しかしついに、先程の若手騎士が意を決したようにクラウスの方を向き、大きな声を上げた。
「今更、何言ってるんですか!」
それで勢いが付いたのか、肩をすくめながら軽い口調で言葉を続ける。
「元々、クラウス様と我々は一蓮托生なんですよ。今更離脱したとしても、裏切り者として使い捨てにされるだけですからね。同じ死ぬなら、あなたの下での方が遙かにマシです。付き合いますよ、どこまでも」
その様子を見た他の部下達も、最初は小さく頷き、そして身振りも次第に大きくなって、同意の声を上げ始めたのだった。
「そう、だな」
「クラウス様が信じた人なら、我々も信じなければ」
「これからは帝国が相手か……」
「「相手にとって不足なし! やってやるぞ!」」
そんな部下達の姿を見たクラウスは、「すまん」と、小さく頭を下げる。イセスは腕を組み、そんなクラウスと部下達の姿を興味深そうな表情で見守っていた。
(ふむ、唐突かつ常識外の指令でも、脱落者なし、か。信頼されておるようじゃの。このような田舎街の領主に期待はしておらんかったが、これは、思わぬ拾い物じゃったかも知れんな)
と、顔を上げたクラウスは、イセス達を案内してきた騎士の方を向いた。彼は他の部下達のように熱気に包まれる事無く、涼しい顔をしたまま、少し引いた壁際で腕を組んだ姿勢で立っていた。
「フレデリク。お前はどうする? お前はヴュルテンベルク伯爵家からの預かり物だ。オレに付き合う必要は無いんだぞ?」
問われたその騎士、フレデリクは涼しげな表情を崩さぬまま、良く通る声でクラウスに返答した。
「確かに、我がヴュルテンベルク家は帝室直参。クラウス様が帝国に敵対すると言うのであれば、即座に退去すべきでしょう」
クラウスは予想していた返事だったのか、残念そうな顔をしつつも小さく肯いた。ただ、フレデリクは、しかし、と付け加えて言葉を続けていた。
「しかし、私の任務は、いかなる不利な状況からも逆転してきた、クラウス様の作戦能力を学ぶ事。帝国、あるいは人類総てが相手か。巨大な力を持つ魔王を擁すると言えども、この戦力差をどうひっくり返すのか、それを学べる機会を捨てて帰参するのはあり得ませんな」
「――残ると言うのか?」
訝しげな表情を浮かべるクラウスに対し、あくまで涼しげな表情のフレデリク。
「ええ。これまで通り、貴方の指揮下で働かせていただきましょう。しかし、帝国に対して直接弓引く行為には協力できない。これだけはご理解頂きたい」
「分かった。――お前も物好きだな。悪いが今後、機密事項への接触は制限させて貰う。その上で、新しい任務を考えておこう」
フレデリクは小さく肯くと、話は終わったと考えたのか、再び腕を組んで壁にもたれ掛かったのだった。
クラウスは再び彼の部下達の顔を見渡し、全員が自分を真っ直ぐな眼で見つめているのを確認する。
「さて、まずは離脱者なし、と言うことかな。無論、他の人間には明かしたくない事もあろう。いつもの通り、オレの部屋の扉はいつでも開いている。いつでも訪ねてくれ」
そして、ぱしんと一つ、大きく手を叩いたのだった。
「さあ、始めようか!」
と、クラウスは指示を下そうと大きく息を吸い込んだものの、直ぐにそれを中断して頭を人差し指でトントンと叩き始めた。僅かの間考え込み、イセスの方へくるりと振り向く。
「魔王殿、一つ相談があるのですが」
「なんじゃ?」
「魔王殿に支配されると言うのは、流石に市民には衝撃が大きすぎると考えられます。つきましては公表の際、魔王殿の出自に少々脚色を加えさせて頂いてよろしいでしょうか?」
唐突な提案に面食らい、一瞬目を丸くしたイセスではあったが、その意味を理解すると、今度は逆に不機嫌そうに目を細めた。
「出自を偽る……つまり余に、魔王を名乗るなとでも言うのか?」
「わずかの間でございます。いずれ帝国は勝手に魔王殿に"魔王"の称号を押しつけ、討伐の正当性を主張する事でしょう。そうすれば、魔王を名乗っても問題はございません。要は自称するか否かと言う所でして」
イセスは目を細めたままクラウスの提案を吟味し、短く鼻を鳴らす。
「ふん、人間共の考え方は分からんが……まあ良い。汝の好きにするがよい」
「ありがとうございます。――発表前に原稿を確認されますか?」
「無用じゃ」
首を振り、短く答えるイセス。それに対し、頭を深く下げるクラウスであった。
◇ ◇ ◇
改めて動き始めたクラウスの行動は速かった。早速、先程のくすんだ金髪の若手騎士を鋭い声で指名する。
「コンラート!」
「はっ!」
右拳を胸に当て、敬礼を返すコンラート。
「市内に巡回部隊を出せ。編成は任せる。先程の派手な花火に対し、問題は無く安全である事を周知するのだ」
「は!」
「お前自身は噴水広場に高札を立て、その脇で街頭宣伝を行え。住民からの質問があれば答えるように。――次は、イーヴォ!」
今度は、魔術師の服装をした中年男性の方を向いた。
「その高札の作成を命じる。帝国からの独立について、庶民にも分かりやすく経緯を説明するように」
「承知いたしました」
更にクラウスはその魔術師を手招きし、耳元で何やら囁くと、彼の表情は驚きに変わっていた。ちらりとイセスの方を見ながら、小声で確認する。
「それは……よろしいので?」
「聞いての通り、魔王殿の許可は得ている。言った通りに頼むぞ」
「は」
やや当惑しつつも、ゆっくりと肯く魔術師。それを待つ暇すら惜しみ、被せるようにクラウスは騎士と兵士達に命令を下す。
「いいか! 住民の不安を取り除く事が最優先だ。ここで住民の離反を招くわけには行かんぞ! 騎士団出撃!」
「「はっ!」」
騎士に兵士、そして先程の魔術師が敬礼して駆けだしてゆく。それを横目で見送りつつ、クラウスは残る文官達の方を向いた。
「文官共は帝国からの独立の準備だ!」
そして周辺村落への廻状、商隊や他都市からの問い合わせへの対応など、矢継ぎ早に指示を下したのだった。
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