17.魔王、フォーゼン攻略を宣言す
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イセスが発した怒気に、メインホールの空気は一瞬のうちに張り詰め、まるで急に気温が下がったかのようにすら感じられた。
「「はい、陛下!!」」
だが、リリィとルリィはイセスの様子には一切構わずに、直接声を掛けられた喜びか、満面の笑顔で元気な声で返事をしていた。イセスは彼女たちを目を細めて見つめながら、静かに口を開く。
「リリィ、ルリィよ。いつ、余がうぬ等に他人の発言を制止するように頼んだか?」
「「は……い、いえ」」
ようやく、イセスが怒っている事に気付き、固まる二人。
「何人たりとも、余は、余に対して声を上げる事を禁じた事はないぞ? それを何故、うぬ等が勝手に取り仕切る?」
「「わ、わたし達は陛下の御心を推し量りまして……」」
「うぬ等に推し量られる余ではないわ!」
ぴしゃりと言い放つイセス。シャノンにはあっさり推し量られているような気もするが、それは棚に上げている。
ともあれ、リリィとルリィはイセスの前に額を床にこすりつける勢いで土下座したのだった。
「「大変申し訳ありませんでした! この咎は、処罰に値します! ぜひ、陛下には愚かな私どもを罰していただきく!」」
土下座しながら、ちらりと期待の目で自分を見るリリィとルリィを見て、イセスは彼女たちの趣味の事を思い出していた。
(そういえば、こう言うのが好きな奴らじゃったな。普段はここまで暴走する事はないのじゃが……面倒じゃのう)
一気にやる気を無くしたイセスは、力なく首を左右に振りながら、長いため息をつく。
「はぁ……もう良い。汝等が自らを罰したいと言うのなら止めはせんが……余を煩わせるな。勝手にするが良かろう」
「「はっ、陛下の寛大なるご配慮に感謝します!」」
再び額を床にすりつける二人を見ながら、イセスは口の中でぼそりと呟いていたのだった。
(ともあれ、領土を広げ続けれておれば、いつかは余の眼にかなう"勇者"が現れる……と、いいのじゃがなぁ)
◇ ◇ ◇
脱線してしまう一幕もあったが、ともあれイセス達の夕食は無事に終わっていた。今はリリィとルリィが淹れた香茶を手に、暖炉の前でソファーに座ってくつろいでいる。
「さて、腹もくちくなった事じゃし、情報交換と行こうかの。――まずは、リリィとルリィにじゃ」
「「はい、陛下!」」
呼ばれた二人は、いそいそとイセスの前に赴き、膝をついてかしこまる。
「見ての通り、現在、余とバフォメットは人間界におる。その経緯と、これからの方針についてこれから説明するから、よく覚えておくのじゃ」
イセスはリリィとルリィに、これまでの経緯を手短に説明した。もちろん、シャノンを連れて隣町のフォーゼンに赴いた話はややこしくなるため、割愛してある。
「――と、言うわけじゃ。余は、これを奇貨として、人間界の征服に乗り出そうと考えておる」
「「さすがは陛下! 陛下ならば惰弱な人間共を瞬く間に駆逐してしまう事でしょう!」」
「いや、人手が足らんからな。基本的には魔族だろうが人間だろうが、使える者は使う事になるじゃろうな」
イセスは肩をすくめながら言葉を続ける。
「この後、汝等を送還するが、この状況を持ち帰り、魔界側の余の陣営に共有するように。良いな?」
「「はいっ! 仰せのままに!」」
「そして、これからの事じゃ――」
イセスは、リリィとルリィにこれからの計画について説明した。
まずこれから、転送機をフル稼働して魔界から人手を呼び寄せる事になる。この転送機が作動すると、魔界側では突然"穴"が空いたように見えるが、イセスからの召喚命令と受け取って躊躇無く飛び込むこと。
こちら側からは穴の大きさ、つまり、どの程度の力量の魔族が通れるかしか指定ができないため、とにかく出たとこ勝負になっている事。
当面は数が大事であるため、ここ数ヶ月は公爵級のような大物を呼ぶ事はなく、子爵男爵のような中堅どころを中心に呼ぶであろう事。
「――ま、そんな所かの」
と言った所で、イセスは何かを思い出したかのように、手をぽんと打ち付けた。
「ああ、大事な事を伝えるのを忘れておったわ。魔界側の余の代官は、アスモデウスを立てる事にする。よしなに伝えて欲しい」
「「はい、かしこまりました!」」
「うむ。では、食器の後片付けを頼む。それが終わったら、汝等を送還する事にしよう」
リリィとルリィを下がらせたイセスは、次にバフォメットの方を向いた。
「次は汝の番じゃ。今日はどうしておった?」
「は、まずは――」
バフォメットの説明によると、子爵男爵級を十数名召喚し、更に、召喚された彼ら自身が召喚した騎士級、インプ達を加えて二百名規模で城内に展開していた。約半数が警備要員として歩哨と巡回を行い、残りは城塞部分の修繕と設営に回っているとの事であった。
「ブラウニーは屋敷の維持は行いますが、城や砦はまた勝手が違いますからな」
「ふむ。戦力が整うまではこの体制がベストじゃろうな。よくやった。何か気になる事はあったか?」
「この城そのものは、小高い丘の上に位置しておりますし、西には湖、南には巨大な山脈が控えているため、大軍が展開できるのは北東方向の平地に限られます。総合的に考えて、なかなか悪くない立地ですな。ただ、城壁への接近を許しますと厄介でございますので、周辺の定期哨戒を実施したいと考えておりますが、如何でございましょうか?」
バフォメットの滔々たる説明を耳にしたイセスは、少しの間考える素振りをしていたが、直ぐに力強く肯いた。
「ふむ……そうじゃな。汝の言や良し。じゃが、しばし待て。ぎりぎりまで存在は秘匿しておきたいからな。余が人間共に征服開始を宣言した後で良かろう」
「は、陛下のお心のままに」
と、恭しく頭を下げるバフォメットであった。
◇ ◇ ◇
「さて、最後は余の番じゃな」
と、イセスは香茶を一口すすり、改めて腕を組み直した。
「本日、余が訪れた街じゃがな。こぢんまりとしておったが、なかなか悪くない佇まいであった。――余はこれを陥とそうと考えておる」
「は。攻めますか? 臣にお任せいただければ、立ち所に鏖殺してご覧に入れましょう」
身を乗り出したバフォメットを、イセスは制止する。
「いや、汝にはこの城の防衛に専念してもらわねばならん。それに、殲滅は最後の手段じゃ。まずは、余が調略に向かおうと考えておる。彼らが余の支配下に入る事を了承すれば、城主共々余の陣営に加える事になろう」
「人間共を我が陣営に、で、ございますか?」
「そう渋い顔をするな。どのみち、人間界の戦力も陣営に加えねば話にならん。転送機での補充を待っていたのでは、戦力が整うのに時間が掛かりすぎるわ」
イセスは、「それに」と加えて話を続けた。
「今回の最大目標は、根拠地を作る事にある。人間界では、我々も食料などの供給を受けなければならん。もともと人間の手による合法的な収奪制度があるのであれば、それをそのまま活用するのが無駄が無かろう」
「はっ」
「汝にも魔王城において、物資や人員の受け入れ体制を整えておいて貰わねばならん。第一号は調理人じゃ。楽しみにしておくのじゃな!」
こうしてイセスは第一の目標として、隣町フォーゼンを攻略する事を高々と宣言したのだった。
なお、夕食の際に食べ損ねたデザートは、それぞれの居室に運ばれたのだが、デザートを食しながら、余りの旨さに巨体を揺らして小躍りしているバフォメットをシャノンは目撃している。
「バフォメット様でこの有様……城内に甘味処でも開いたら、大繁盛?」
と、ぽつりと漏らす、シャノンであった。
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