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1.魔王、人間界に降臨す

 新しい読者様も、他のシリーズをご覧になっていらっしゃった読者様もいらっしゃいませ。

 この小説は、当方世界観では最強クラスの魔王が、己の欲望のままに冒険したり、征服したりと色々引っかき回す話です。

 他の小説と同じ世界観、極めて近い時系列のため、関連したキャラクタも出てきますが、読んでいなくても全く問題はありません。

 ただ、読んでいた方がより楽しめると考えています。


 今回は3本を同時進行で開始しています。下部にバナーを置いていますので、ぜひそちらもご覧下さい!

 この次の話でイラストつきのキャラクタ紹介を行いますので、そちらも併せてご覧下さい。


(リアルタイム読者様向け)本日は6本公開予定です。明日以降は30話まで毎日13時過ぎに更新します。

 老人は歓喜した。


「これで……これで、私を裏切った帝室の奴ばらに思い知らせてやれる」


 とある廃城の地下深くの一室。壁にはオイルランプが複数掲げられ、室内をゆらゆらとした明かりで満たしている。壁際に設置された巨大な魔導具からは、炎の明かりとは違った種類の明かりが放たれていた。

 魔導具には、数人の魔術師と思われるローブ姿の人影が張り付いて作業を行っていた。と、その内の一人が振り向き、部屋の中央に立っていた老人に声を掛ける。


「閣下、召喚実験の準備、整いましてございます」

「うむ。――18年、か」

「は?」

「18年だぞ! 帝位につける(はず)だったこの(わし)が、こんな辺境に流されるとは……」


 唐突に始まった老人の愚痴に慣れているのか、魔術師は老人の自分語りは視線を下げてやり過ごしている。


「その代わりに、これが領内にあったのはまさに僥倖(ぎょうこう)。天は我に復讐を果たせと命じているのであろう!」


 芝居がかった口調で、身振り手振りも入れながら一人語りを続ける老人であったが、不意に、目の前の魔術師に視線を合わせると、唐突に質問を発した。


「で、だ。確か、召喚対象物を選べると言う話だったな?」

「はい、こちらで魔力注入量を調節できます。高位の魔族が召喚できる保証はありませんが、可能性は高くなる筈です」


 魔術師の方も、注意がようやく自分に戻ってきた事から、淀みなく答えている。


「そして、召喚された者は、召喚者の意のままに従う、と」

「は、古文書によると、この魔導具を開発した魔術師は、召喚した魔族共を従者として使用した、とあります」


 満足そうに肯いた老人は、魔術師に対して軽い口調で命令を発したのだった。


「そうか、よろしい。では、注入量を最大値に設定せよ」

「閣下、それは危険です! 何が起きるか分かりません。最初は起動最低限の設定にしておいた方がよろしいかと」

「わしは18年待ったのじゃぞ。中途半端な強さの者を召喚しても役に立たぬ。構わぬ。やれ!」


 魔術師は一瞬躊躇したが、ここで抵抗しても無益である事を悟り、魔導具の脇に控えている別の魔術師に対して無言で肯いた。


「それでは、起動手順を開始します」


 命令に従い、魔術師が魔導具の操作を始めると、そこから眩い光が放たれて地下室を満たしていったのだった。



              ◇   ◇   ◇



 余りの眩しさにしばしの間目をつむった老人が、その瞼を開くと、目の前の床に一人の若い女性が倒れ伏している事に気が付いた。


「うむ……成功だ!」


 その肌は輝くように白く、若さに満ちあふれているように見える。山羊のような小さな角が覗く頭部では、深紅の髪が濡れたように光っており、体のラインに沿って美しく流れていた。大きく開いたドレスから覗く背中には、魔族の(あかし)であろう、漆黒の翼が折りたたまれている。


「これは……どうだ。くくく……帝室への復讐の他に、思わぬ余録がありそうではないか!」


 男はその姿に対して粘つく視線を走らせた。

 伏した頭部に始まり、無駄な脂肪一つ無い背中から、大きくくびれた腰を通り、豊満に実った臀部を抜けて、すらりと伸びた脚先にまでじっくりと観察する。


「ん……む……」


 倒れ伏していた魔族が、微かな声を上げながら、ゆっくりと寝返りを打った。

 伏していた状態ではよく見えなかった胸が姿を現した。漆黒の革でできたコルセットで締め付けられているが、重力に負ける事なくその存在を主張しているのがよく分かる。

 そして、その顔は人間でいえば二十歳前ほどであろうか、成年ではあるものの、わずかに幼さを感じる。しかし、魔族でありながら、美の女神の化身と言っても過言では無い美しさだった。


「お、おお……」


 老人は思わず手を伸ばし、彼女に触れようとしたが、その寸前で手が止まってしまった。彼女が目を開き、その輝く黄金の瞳で自分の方を見つめているのに気がついたのだ。

 彼女はゆっくりと上体を起こし、そして、紅色に光る唇をゆっくりと開いた。


「ここは……なんじゃ。余は……どうしたのじゃ?」


 いつの間にかカラカラに乾いていた口に、思わず、ごくりと生唾を飲み込んでから、老人は口を開いた。


「ここは、人間界である。我が名はロンスベルク辺境伯イザーク。帝国の正当なる継承者である。そなたの名前は何と申す?」


 彼女は老人の顔を見ると、一瞬、片眉を上げて答えた。


「ふむ……余はクリフォトの王女、魔王イセス・ゼナニムじゃ」


 魔王の名前を聞いた男は、喜びの余り手を打ち、大きな声を上げた。


「おお……魔王とな! それは素晴らしい! そなたは我が手によって召喚されたのだ。それを理解しておるか?」


 魔王……イセスは、軽く口元を緩める。


「はっは、召喚とな……」

「そ、その通りだ。なので私の言うことを聞いて貰おうか」


 続いて命令を発すべく口を開こうとした男に対し、イセスはまなじりを吊り上げてぴしゃりと叱責した。


「この、痴れ者が! 召喚とは、余と汝の間に契約を結び、汝が代償と引き替えに余の義務を生む物じゃろう。余が、いつ汝と契約を結んだ?」

「なっ……」


 イセスはゆらりと立ち上げると、ちらりと魔導具の方を見た。


「なるほど、それか……転送機(ゲート)とは珍しいな。ま、これは余が有効に使ってやる事にしよう」

「ひぃッ!!」


 魔術師の一人が、悲鳴を上げて扉の方に向かって逃げようとした。


「動くな!」


 イセスの凜とした声に、何らかの効果が含まれていたのか、部屋の中にいる全ての人間が金縛りを受けたかのように動けなくなっていた。そしてイセスは一人の魔術師の前に歩み寄ると、彼の額に手をかざし、軽く目を閉じた。


 しばらく考え込んだような素振りを見せた後、目を開いて独りごちる。


「ふむ、なるほど。ここの詳細を知っているのは汝等だけ、と。使い方はそこの魔術師に聞くとして……」


 今度は満面の笑みを浮かべつつ、老人の方を振り返った。


「秘密を知っている人間は、少ない方がよさそうじゃな」


 そして、ゆっくりと老人の首に向かって右手を伸ばし始めた。


 老人は、自分と、そして世界を滅びに導いてしまった己の所業(しょぎょう)に後悔を覚えつつも、己を見放したこの世界が滅びる事に、(くら)い復讐心が満たされる喜びを感じ始めていたのだった。



              ◇   ◇   ◇



 それから数刻後。魔術師から()()()()()知識に基づいて、イセスは自らの手によって、再び魔導具を発動させていた。

 所定の動作に後に現れたのは、大きな鎧をまとった騎士であった。全身が板金鎧で覆われ、全く肌が見えている部分が存在しない。

 ばったりと倒れ伏している頭部を、イセスは右手でノックするかのようにコンコンと叩く。


「おお、丁度いいのが現れたな。デュラハン・シャノンよ、とっとと起きぬか」

「む……むう……」


 と、しばらく唸ってから、その騎士はがばっと起き上がった。


 イセスの顔を見ると、勢い込んで話し始める。その声は鎧の中で響き渡る金属音のように聞こえ、性別もよく分からない。


「これは、魔王イセス様ではありませぬか! 今日は姿が見えられなかったかと思いましたが、こちらにおわしましたか」

「ああ、周りをよく見ろ。ここはどこだと思う?」

「これは……よもや、人間界、ですか?」


 その答えにイセスは頷いた。


「その通りじゃ。まあ、ついてこい」


 イセスは扉を開け、地上に続く階段を上り始めた。途中には、人間の騎士の干からびた死体が幾つか転がっている。


「これは……」

「ああ、この国の者らしいな。抵抗したので成敗した」


 シャノンは、死体が被っている兜の面頬を開け、中の顔を確認する。


「勿体ない、相変わらず、エナジードレインだけですか? 若い男相手なら、もっと効率の良い方法がありましょうに」

「前にも言ったろう。余は、余より弱き者と交わるつもりはないわ」


 それを聞いたシャノンは、軽く肩をすくめる。


「それでは一生、処女のおつもりで?」

「あ”あ”ん? うぬは誰に向かって……」


 ドスの利いた声で後ろを振り向こうとしたイセスに、シャノンは目の前の扉を指さした。


「あ、ほら、そこが最後の出口じゃないんですか?」

「おお、そうじゃった!」


 と、勢い込んで扉を押し開くイセス。そして、扉の外をシャノンに向けて指し示した。


「見ろ、この輝ける青空を! 日がな一日黄昏(たそがれ)の魔界とは訳が違うぞ!」

「……余り変わらぬように見えますが……」


 そこは外ではあった、が、既に日は傾き、天頂は蒼く染まって星が瞬き始めている頃合いだった。


「なんじゃと!? 先ほどは間違いなく青空だったのじゃぞ!?」


 驚愕の顔を浮かべるイセスに、シャノンは首を振りながら答える。


「ずっと同じくらいの明るさが続く魔界と違って、人間界は日が昇ったり沈んだりするんですよ」

「なに、そ、そうであったか。また日は昇るのじゃな!」

「ええ、夜になって月が出て、沈んだら、日はまた昇ります」


 と、話しながらシャノンは、イセスに続いて扉の外に出た。


 そこは廃城の中庭になっていた。恐らく偽装のためか、敢えて廃城のままのように見えるように、朽ち果てた姿になっている。

 イセスは周りを見渡し、まだ太陽が地平線に落ちきっていない事を確認した。


「お、まだ少しは見えるようじゃな。ちょっと来い!」


 そして、シャノンの頭に手を伸ばし、ちょっとコジってその頭を取り外す。


「ああっ、取らないで下さい!」


 抗議の声を上げるシャノンに構わず、その頭を脇に抱え込んだ。背中の蝙蝠に似た羽根を広げ、一気に飛び上がる。


「ぐるぐる回らないで下さい! 酔いそうです……」

「ま、上に上がるとすっきりするぞ! 少し我慢しろ!」


 イセスはシャノンの抗議の声に構わず、尖塔の周りをぐるぐると回りながら高度を上げ、ついには尖塔の先端に降り立った。

 脇に抱えていたシャノンの頭を自らの肩に置き、自分と同じ視線になるようにしてやる。そして、自慢げに語りかけた。


「どうじゃ、この景色」

「は……なるほど、これは素晴らしいですな」


 確かに、見事な景色だった。


 城そのものは小高い丘の上にあるようだった。南と西側は巨大な山々がすぐそこまで迫っていたが、北や東の方を見ると、地平線に至るまでひたすら平原が続いており、そこには湖などの姿も見えていた。


「ああ、余はこの世界を征服しようと考えておる。魔界から移住したいものも連れてきて構わんだろう」


 そして、ぽそっと言葉を続ける。


「そうしたら、余の伴侶にふさわしい人物が見つかるかも知れぬしな」


 それに対して、シャノンは含み笑いをしながらツッコミを入れた。


「――魔界で一人も居ない者が、人間界に居ますかね?」


 イセスはシャノンの首を片手で持ち、顔をつきあわせるようにジト目でにらみつけた。


「……頭だけ、ここから落としてやろうか? それとも、ここに汝を引っかけて、余だけ降りた方がいいか?」

「あああああ、失言でした。申し訳ありません」


 慌てて前言撤回するシャノン。もっとも、頭だけなので、頭を下げたりはできようがない。それを見たイセスは、「まあ、よいわ」と、笑いながらシャノンの頭を下げた。


「では、汝しかおらんが、余はここに宣言するとしよう」


 そして魔王イセスは、尖塔の上で高らかに宣言したのだった。


「――ここを、余の本拠地とする!」

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