見た目普通の侯爵令嬢のよくある婚約破棄のお話ですわ。
「だから、お姉さま、ジョージ様と別れてください」
はー、と私はため息をついた。
だから、ってどこからなの?
とうとう話す言葉もおかしくなったの?マリアンヌ?
ああ、失礼、頭の中がピヨピヨと小鳥だらけの妹にかまってしまいましたわ。
私、ノースティン家長女コールディと申します。
ここはタクジョウ王国と申しまして、あちこちの領地を貴族がそれぞれ治めております。
貴族の子息たちが通うのが、こちらタクジョウ王国学院です。
14~18才まで全寮制で通っておりますわ。
学校というよりも貴族の社交の意味合いの方が大きいかもしれないですね。
そういう私も卒業の18才です。
卒業後は、領地経営をしないといけません。
そして、目の前で冗談のような涙をながしてウルウルしているのが、2つ下の妹のマリアンヌです。
昔から私の持ち物を欲しがりました。
おもちゃにドレスに髪の毛のリボン。絵本に靴に家庭教師。
ああ、髪型は私の方が素敵でもマネしないでねってわけわからんことを言われたっけ。
私は水を流すように社交辞令を話す父や、新しいドレス大好きの母のどちらにも似ていない。
厳格な軍人だった先代侯爵の祖父とバラを育てるのがうまい母方の祖父母の血を受け継いでいます。
見た目はごく普通の侯爵令嬢。
これが、釣り目だったりクルクル巻き髪だったりド派手な顔の構成だったら悪役令嬢とか肩書がつくんでしょうけど、残念ながら本当に普通のすがた、かたち、なのです。
対して妹は、少し背が低く、丸みを帯びた体格でドレスから見える肩も女性らしい。
髪もふわふわにしている。
かわいらしく高い声で、うるんだ大きい目は、学園の男性陣の心を射止めていた。
この国では、女性しかいない家柄の場合、養子をとって跡継ぎにしてもよいことになっている。
我がノースティン家も、ラップトップ家の次男、ジョージ様を私の婿にと子供のころに決まっていた。
それを王国学院卒業の王族主催のパーティーのさなかに。
なんでも欲しがって、すぐ飽きる妹のわがままに振り回されるとは。
「わかったわ。でも手続きがあるからすぐってわけにはいかないわよ。ね?ジョージ様」
ぼけっと突っ立っていた元婚約者どのは、我に返ったようだった。
「あ、ああ」
「じゃあ、手続きはお願いしますね、ジョージ様」
「なんで、俺が」
「あら、わたくしはそのままでもよろしいのですよ?」
「ひどい!お姉さま、私の幸せが憎いのですか?」
はぁー。
何度目のため息だろう?
「わかったよ、マリアンヌ。すぐに宰相のところに行こう。こんな冷たい女だと思わなかったよ」
ジョージ様は、ボロボロ涙をこぼしている妹を連れて会場を出ていった。
王族主催だから、宰相は付き添いで来ているはず。
申し訳ない、妹のわがままで宰相様のお仕事を増やしてしまいました。
そして、会場に残る私は良い噂の種。
ひそひそと話し声が聞こえますよ。
こんなではダンスどころではないわね。
ジョージ様と踊る予定だったけど。
いや、エスコートもしてくれない元婚約者など忘れた方がいいわね。
でも想定内だけど。
「では、私と一曲お願いしてもよろしいでしょうか?」
ざわつく中、堂々と手を差し伸べる人がいた。
同級生にして、すでに王国騎士団に所属しているホワイトボード家の三男、ヴァレイだ。
「え?いいのかしら?注目の的にされるわよ?」
おじぎをする間もなく、ダンスの体勢にされた。
「ちょっ、ちょ」
「ダンスは好きなんだろう?」
笑いながら、ヴァレイはホールを泳ぐように華麗に動いた。
リードがうまい!
こんなにヴァレイってダンスが上手なんだ?
流れるように一曲踊り終わると、自然とテラスに出ていた。
「あら、いつのまに?」
誰もいないテラスは、ダンスホールと違って静かだ。
「俺は騙されないけどね」
「え?何のことかしら」
ヴァレイはぎゅっと抱きしめた。
私よりも高い身長の彼に抱きしめられると、ちょうど彼の心臓あたりに耳があたる。
「泣けよ」
「な、なにを」
離れようとしたが、もう一度ばふっとヴァレイの胸に埋められた。
「あいつのことを好きじゃなかったとしても、こんな場で婚約破棄だなんてつらいだろ?」
「!」
「他の連中には絶対に見せないから。泣いていい。安心しろ」
「ん~」
安心しろという言葉に、緊張の糸がぷつんと切れる音がした。
私は人生初めて男の人の胸で泣いた。
「落ち着いたか?」
飲みやすいドリンクを差し出してヴァレイは声をかけてくれた。
夜のテラスは風がやさしく吹いていた。
うなずきながら、ドリンクを飲む。
「さっき、ハンス王太子がいらしたから、聞いてみた」
「何を?」
「ノースティン家とラップトップ家の婚約はどうなったかって」
ぶーっ!と噴出してしまった。
「おい、大丈夫か?」
手で制して、ハンカチであわててふく。
「で?王太子様は何と?」
「無事に名義変更させるってさ。宰相どのもいらしたし、書き換えたんじゃない?」
「そう」
グラスを見ているのか、その先の庭園を見ているのか自分でもわからなかった。
その様子を見て、ヴァレイは横に立った。
「残念?あいつのこと好きだったの?」
「いいえ、驚くくらいジョージ様が誰を好きになろうとかまわないんだなって気が付いたの。私はジョージ様のこと好きじゃなかったんだって気が付いた」
ふうん、とヴァレイはドリンクを飲み干した。
「だから、あのまま結婚していたらどうなっていたんだろうと考えたら、何も思いうかばなかった」
グラスの泡を見つめて、飲み干した。
「本当にどうなっていたのかしら…」
「コールディ」
ヴァレイが珍しく落ち着いた声で呼んだ。
と同時に、立派な服を着た男性がテラスに出てきた。
「やあ、ここにいたのか。で、ヴァレイうまくいった?」
「王太子様」
「しっ!」
ヴァレイはあわてて、王太子をテラスから中へと押し込めようとした。
王太子様付きの近衛兵は、ヴァレイの長兄が務めている。
その縁あってか、ハンス王太子とヴァレイは仲が良い。
「なんだ、まだなのか?せっかく忙しい宰相を捕まえて仕事させたのに」
「え?何をです?」
「いいから!ハンス様も!」
真っ赤になったヴァレイは、ぐいぐいと会場内に押していった。
「がんばれよ~」
とへらっと笑って王太子は、片手をあげてダンス会場に入っていった。
何が何だかかわらない私は、たたずんだ。
雲がはれ、月光が隅々までてらしていく。
「きれいだ」
ヴァレイはぼそっと一言いって、私にひざまずいた。
「え。え?」
「コールディ・ノースティン嬢。私と結婚してほしい」
手をとり私を下から見上げるヴァレイは、今まで見たこともない顔だった。
「どうして」
「学園内でも話していて楽しかったし、君の才能にも惚れている。そして弱音を吐けない君の側にいてもどかしかった。何度抱きしめて甘やかしたかったか」
恥ずかしくなるようなセリフをさらっと言わないでーっ!
こっちが恥ずかしい!
「これから君が困ったときもうれしい時も側にいたいんだ。そして、一生君を守る、必ずだ」
最後の必ずだ、のところでぐっと手を握られた。
いつも学園で気にかけてくれていた。
妹が学園に入ってきてからは、何かと文句を言われたり、意地悪をされたりしてきた。
それをなぐさめてくれたり、かばってくれたりしてきてくれたのは。
そして、さっき抱きしめてくれたとき心臓の音が聞こえた。
私とヴァレイのドキドキという音。
いつもそばにいてくれたのね。
うれしくて涙が止まらなくなった。
右手に力を入れて答えよう。
「はい。よろしくお願いし」
「騙されています!ホワイトボード様!」
最後まで返事をする前に、マリアンヌがテラスに飛び込んできた。
なんなの、この子は!?
「平凡を装って、いつもお姉さまはいいとこどりをするんです!騙されないでください!」
また、わけわからないことを言っている。
貴族令嬢にあるまじき、大声をあげたので、テラスに人が集まってしまった。
でも、手は。
「ホワイトボード様の手を放して、お姉さま!」
物凄い勢いで私の手をはたこうとしたが、逆にヴァレイにはたかれた。
いたっと手を押さえて、びっくりした顔をしている。
「我が妻に手出ししないでいただきたい」
「!」
押し殺すこともしないで、マリアンヌに向かっての殺気が凄かった。
このままだと本当に気だけで殺せそう!
「マリアンヌ!どうしたんだい?」
「ジョージ様、ひどいんです、手を殴られましたあ」
またえぐえぐっと泣きながらジョージ様に寄り掛かった。
「やりすぎではないですか?」
家柄的には、ヴァレイの方が上だ。さすがにジョージ様も強く言えない。
「はいはい、楽しそうだけど、そろそろ宴の仕上げだよ」
笑ってハンス王太子が手を叩きながら声をかけた。
みな会場内に入る。
何が起こるの?
「大丈夫だよ」
手をつないだままヴァレイは、微笑んだ。
「さてお集まりの皆様へお知らせがございます」
王がお越しになっていた!
みなが一斉にひれふす。
宰相が声高らかに、婚約していて、卒業後結婚する家を発表していく。
このパーティーの最高に盛り上がる瞬間だ。
だから、各貴族のご両親も来ている。
本来なら、我がノースティン家とラップトップ家も呼ばれたはず。
もちろん、その名前は呼ばれず、ノースティン家とホワイトボード家が呼ばれた。
え?え?
名を呼ばれた家はホール中央に集まった。
それぞれ国王から祝福を授かっていくのだ。
取り囲む貴族の親たちは鼻高々である。
そして、私とヴァレイも。
「おめでとう。よかったな、コールディ。心配していたよ。ヴァレイなら大丈夫。安心してついていきなさい」
優しく頭をなでてくださった瞬間、涙がこぼれた。
「あ、ありがとうございます」
今までがんばって、厳しい淑女教育も経営学もやってきてよかった。
やっと報われたわ。
「お待ちください!国王さま!」
呼び止める不埒なものがいた。
この声は。
「お姉さまは、ホワイトボード家にふさわしくありませんわ!」
マリアンヌ!自分が何を言っているのかわかっているの?
周りがドン引きしているのに、彼女だけが鼻息荒く立ち上がっている。
「ほうどうしてだね」
周りを制止して国王は尋ねた。
「私よりもいつもいいものを取るんです。ずるいんですよ、この人は」
はあーと周りの人間が一斉にため息をついた。
国王に向かって、ずるいからふわさしくないって、まったく説得になっていない。
はっはっはっ。と国王は愉快に笑った。
「こちらのお嬢さんはどなたかな?」
「ノースティン家のマリアンヌです!」
ぷくっとふくれてマリアンヌは答えた。不敬すぎる。
「コールディは、それはそれは努力を重ねていた。だから、わしは、先代ノースティン侯爵から頼まれて次期侯爵を女侯爵とした」
「!」
会場が揺れるほどのざわめきだった。
「で、では、現ノースティン侯爵というのは」
ジョージが震える。
「私ですわ」
国王に手をとっていただいている。
なんと名誉なことでしょうか。
なんと心晴れやかなことでしょうか。
「うそよ!じゃあ、父上は?爵位なしってこと!?」
マリアンヌが叫ぶ。
「そうだ」
国王は短く答えた。
だから、両親はコールディに冷たくあたるけど、邪険にはできなかった。
領地も財産もすべてコールディのもの。
先代ノースティン侯爵は、軍人上がりの立派な貴族だった。
自分の息子が放蕩とわかると、廃嫡願いを出し、その娘にすべてを注いだ。
勉強から教養から簡単な剣の稽古まで。
彼女もつらい教育に心が折れそうになりながらもついていった。
そんな努力を見ている侯爵家使用人たちも、彼女の味方だ。
そして、学園に入る14歳のときにこの国初の女侯爵が誕生した。
「だから、ノースティン家にマリアンヌという令嬢はいない。ノースティンの名前を名乗れるのは、先代とノースティン侯爵コールディだけだ」
現在の身分は、両親ともに平民だ。
マリアンヌも。
ただ、結婚相手が見つかるようにと、コールディがあちこちのパーティーに連れて行っていた。
「だから、今夜は両親ともに来ていないのよ。それくらいわかるかと思っていたけど?」
「!意地悪だわ。お姉さまは私が憎いのよ。私の方が可愛くてみんなにもてはやされるから」
みんなの口がポカンと開いているのがわからないのかしら?
というか、本当に人はポカンという感じに口を開けるのね。
ちょっと笑えるわ。
あーっはっはっ!と国王が大笑いをした。
そして、ウインクをしながら私の両方の肩をぽんぽんと軽くたたいた。
「これは、今まで大変だったな。噂よりもすごいわい」
「お恥ずかしいかぎりです」
国王の言葉もわからないようならおしまいだ。
「学園卒業後は、領地にもどるのかね?」
宰相が問いただした。
「はい。王都の屋敷を縮小して色々手続きを終わらせましたら」
「僕といっしょにね」
ヴァレイは、にこやかにウインクをした。
「はっはっはっ。さすがはあのノースティンの孫娘だ。存分に掃除をしてから領地にいくといい。たまには王都に顔を見せにきなさい」
「はっ」
深々とお辞儀をした。
これで王国学園卒業パーティーは幕を閉じた。
掃除。
王様もおっしゃる。
お言葉に甘えて、ノースティン家の掃除をさせてもらいました。
両親をたたき出し、母の実家に身を寄せさせた。
かなり高齢の祖父たちだけど、ドレスに目がなかった母のことは苦々しく思っていたので、厳しくしつけなおすと鼻息が荒かった。
父も汗にまみれて、根性が正されるだろう。
マリアンヌは、学園の授業料を払えるわけもなく、退学。
卒業したジョージ様と結婚して、ラップトップ家の領地で羊を追い回している。
文句ばかり言って仕事をしないから、ジョージ様とケンカがたえないとか。
まあ、知ったことではない。
そして私はというと。
「じいじ~!」
「おお、しゃべった!」
ヴァレイと結婚してすぐに男子を出産。
領地に引退していた先代ノースティン侯爵の祖父にひ孫育てをしてもらっている。
王都の屋敷と交互に住んでいるから、意外と忙しい日々だ。
季節が変わるころに二番目の子供が生まれる予定。
「最初は普通「パパ」だろう?」
むすっとして、ヴァレイがつぶやく。
「ふふん。この子は立派なノースティン家の跡取りに育ててやるぞい」
「俺みたいにですか?」
にやっと祖父は笑って、幼子を抱っこした。
「そうだ、ヴァレイ・ノースティン。お前はわしの自慢の弟子じゃあ」
近衛騎士団団長のヴァレイはやれやれと笑った。
そう、私も知らなかったのだ。
ヴァレイが学園に入る前から祖父の手ほどきを受けていたことを。
「同い年だから、ホワイトボード家にはヴァレイを婿にと話していた時に、あのバカ息子が余計な話をもってきて!」
父が、ラップトップ家のジョージとの縁談をまとめてしまったのだ。
どうやら、資金を援助してもらう代わりだったようだ。
「でも、回り道はしましたが、こうしてコールディと結ばれました」
ヴァレイがそっと抱きしめてくれた。
また、心臓のトクトクという音。
「とても幸せです」
さわやかな風が屋敷の庭をかけていった。
END