第二話:話し合うことに名前が必要であるかを答えなさい。
※異世界トリップとなります。苦手な方はご注意下さい。
物語を読めば、その世界に思いを馳せたりもする。憧れが強くなれば、行ってみたいとも思う人間は居る。(本気で、心の底から、願うかどうかは別として。)そんな風に思考をぶった切ってしまう樹笹といえども本を読めば感動もする。
今まで読んだ本の中には『異世界トリップ』なんてものもあった。
読んだ時の彼女の第一声は「トリップした先に何も用意がされていない場合、一番都合がいいのはファンタジー世界じゃなかろうか。」だ。
少なからずそこで過ごさなければいけない時、戸籍が必要であったならそれが無ければお話にならない。お金も稼げない。住処も確保出来ない。
(都合良く人一人養ってくれる人物が現れる?)(トリップっていう奇跡の後に、更に偶然なんて奇跡の上乗せあるものか。)冷めていると言うことなかれ。とりあえず佐々木樹笹という少女は妙なところで現実的な人間だった。
そんな彼女が、決して所望していない第一の奇跡。
晴れ渡った空の色は薄緑。だったら青空ではなく緑空なんて言うべきだろうか。なんて樹笹は思う。
「まあ。とりあえず、ようこそ『この世界』へ?」何故苦笑しながらの疑問系なのだか。問いただしたいところだが、ぼんやりと視線を彷徨わせた彼女に声をかけた男のベルトには一振りの長剣。これで人間一人一人にIDとかが必要な世界だったなら、この人物は相当なアナログ人間ということになる。
「どちら様?」
「…第一声が「ここは何処ですか?」じゃない『流れ星』ってのも珍しいな。」
苦笑を深くした男をじっと見る。(あ、そばかす。)笑い方はいかにも人が良さそうに見えるけれど、『この世界』へだの、『流れ星』だの、そもそもこの場所からして分からないことが多過ぎた。
じっと、見る。剣なども持っているのだから気が抜けない。いざとなって逃げられるかは分からなかったけれど、走り出せる様には足に力を込めた。(雑に括った真っ黒い髪…くっそ、こっちはウスターソース色だってのに。どうせなら潔く黒が良かった!)思考は飛んでいるが、一応樹笹なりに相手を睨みつけて、じりじり後退していることをここに記しておく。
ザリ。と、彼女の踏みしめる草が微かな音を立てた。ところ で、
「ルイン。ルインツェ・カローシュ。」
「………は…?」
「名前だよ、俺の。聞かれたら返すのが正解だろ。で、そっちは?」
一応不審者であるところの異世界人に(いや、あっちにとっての私もそうなんだろうけど、)あっさりと名乗られて、なおかつこちらも問われてしまった。問われて、しかも答えるまで意地でも待つからな、と言いたげに腰に手をあててルインという人間は樹笹を覗き込んでくる。それでも立ち位置は詰めて来なかったのは、警戒している彼女への気遣いなのかもしれない。明らかに彼側に警戒の色は無くて、何となく先生に問い詰められている様な気持ちになり「…き、樹笹。」つい。本当に反射的に彼女は答えてしまった。
(教師は教師でも体育だ絶対!)
そんなことを、思いつつ。
サラッと読める様、一話一話が非常に短くなっております。