雪だるまの手ぶくろ 別バージョンその1
※このお話は、拙作『雪だるまの手ぶくろ』の別バージョンとなっております。独立したお話となっておりますので、『雪だるまの手ぶくろ』を読まれていないかたでも楽しめるようになっております。
「うう、寒い。雪だるまのぼくでもこんなに寒いんだ。人間はもっと寒いんだろうな」
クリスマスの夜に、雪だるまはじっと空を見あげながらつぶやきました。
「クリスマスのごちそうにありつけるかなと思ったら、なんだ、雪だるまか」
暗がりから声がしたので、雪だるまはずりずりとそちらにからだを動かしました。
「おれはノラ。この町でずっとノラ犬をしているのさ。それにしても、不思議なこともあるもんだ。雪だるまが動くなんてなあ。しかも、しゃべれるときたもんだ。きっと冬美ちゃんが、心をこめて作ったからだろうな」
「冬美ちゃん? それがぼくを作ってくれた人間なの?」
「ああ、そうさ。いつもおれに、食パンのやわらかいところをくれるのさ。自分は耳のほうが好きだっていってな」
ノラは寒そうにぶるっとふるえて、それから雪だるまによりそいました。
「お前、明日にはとけちまうんだろう。だったらどうだ、この町をいろいろ見てまわらないか? せっかくだし、おれが案内してやってもいいぜ」
「本当かい? それはうれしいな。じゃあ、その冬美ちゃんって子のおうちに案内してくれないか? ぼくを作ってくれたんだ。お礼がいいたいのさ」
ノラは雪だるまから目をそらし、すんすんと鼻をならしました。
「それは……」
「どうしたの? 冬美ちゃんのおうち、知らないのかい?」
「そんなことはない。おれはこの町のことならなんでも知ってるんだ。だけど」
ノラはクゥーンと、ため息をつくように一鳴きしました。
「わかった。今日はクリスマスだからな。きっといいことがあるはずだよ」
それだけいうと、ノラは雪だるまにしっぽをふりました。ついてこいという合図でしょう。雪だるまはずりずりと、すべるように雪の町を進んでいきました。
だんだんとふぶいてきました。ノラはときどき、ぶるるっとからだをふるわせます。通りには誰もいません。ただ、家々の窓から、温かい明かりがもれているだけです。
「ねえ、温かいってどんな気持ちなのかな?」
雪だるまがノラの背中に声をかけました。
「変なことを聞く雪だるまだな。温かいなんてことになったら、お前はとけてしまうだろ」
「そうか。ぼくは温かいって気持ちは持てないのか」
「そうさ。けど、冬美ちゃんの手は温かかっただろう。食パンをくれるとき、手をぺろぺろなめるんだけど、温かいぜ。きっとあれが、温かいってことなんだろうな」
雪だるまの胸が、ずきんとうずきました。なにか忘れていることがあるような、もどかしい思いがします。ノラにもっと聞きたかったのですが、置いていかれないように精一杯そのしっぽを追いかけることに集中しました。
「……さあ、ついたぞ。だけど、騒いだりするなよ」
小さな一軒家の前で、ノラは止まりました。雪だるまはその家を見あげました。他の家と違い、明かりがついていません。もう冬美ちゃんは寝てしまったのでしょうか。
「なんだぁ、ノラ犬め!」
うしろからどなり声が聞こえました。キャンキャンッと、ノラが声を上げます。酒瓶を持った男が、ノラをけりとばそうとしています。ノラは足をすばやくよけて、そのまま逃げてしまいました。男は雪だるまをじろっとにらみつけましたが、顔をそむけました。
「ちっ、おい、帰ったぞ!」
冬美ちゃんの家のドアを、酔っ払いの男がどんどんとたたきます。がちゃりと鍵が開き、おびえた顔の女の子が現れました。きっとこの子が、冬美ちゃんでしょう。
「……お帰りなさい」
ぼそっとつぶやく冬美ちゃんに、男は酒瓶をふりあげました。
「きゃあっ!」
「なんだぁ、その目は! だれのおかげで飯が食えると思ってるんだ!」
がしゃんっとなにかが割れる音がしました。それとともに、悲鳴が聞こえてきます。雪だるまはたまらず、開けっ放しのドアの中へ入っていきました。
家の中には、顔をおおって泣いている冬美ちゃんと、ぐったりと倒れている男がいました。男は眠っているのでしょう、大きないびきをかいています。
「冬美ちゃん、大丈夫?」
冬美ちゃんは、びくっとからだをふるわせて、雪だるまを見ました。目を大きく見開いています。
「……パパ」
服がぬれるのもかまわずに、冬美ちゃんは雪だるまを抱きしめました。心臓の音が、雪だるまの冷たいからだを溶かしていきます。
「やっぱり、パパなのね。ずっと昔、パパが生きていたとき、教えてくれたよね。本当に会いたい人を思い浮かべて、雪だるまを作ると、その雪だるまに心が宿るって。本当に会えるなんて、わたしのところに来てくれるなんて、思わなかった。ああ、うれしい」
冬美ちゃんの熱が、雪だるまの胸の奥で凍っていた、ずっと昔の思い出をとかしていきました。しっかりと固まっていたはずのからだが、ゆっくりととけていきます。雪だるまは頭の雪玉を、冬美ちゃんのほおにつけました。雪でできているはずなのに、それは温かなぬくもりに包まれていました。
「そうか……。温かいって、こういう気持ちだったんだね」
雪だるまは、ぽつりとつぶやき、そしてゆっくりととけていきました。
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