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一話

全4話です。

最後までお付き合いいただけたら嬉しいです!


「マルグリット・ルーシヤ! 貴様のような酷い女とはこれ以上共にいられない! 今すぐこの城から……この国から出て行け! お前との婚約は、今日をもって破棄する!」


 今思い返しても酷いセリフだと思う。


 酷い女って言葉一つで彼女の非を抽象的に表現して、特段理由も説明せず婚約破棄=然もありなんな単語を繋げただけの急造のセリフ。

 これ本当に僕の口から飛び出たのかなって思うくらい酷い。


 夢だなって思うけど、この国の王である父から全力ビンタされた左頬がジンジン超えてズグンズグンするから現実なんだな。


 うん、言った。確実に。


 彼女と午後のお茶の時間を温室で過ごしている時に、椅子の上に立ち上がって片足はテーブルに乗せて。

 僕の突然の奇行にも動じず、眉一つピクリともさせず。普段通りの無表情で一応こちらを見上げた彼女を見下ろし、真上から可愛い鼻先に人差し指を突きつけて、言った。


 そんなこと、微塵も思ってなかったんだけどね。


 適当で良かったんだ。それが滅茶苦茶でも何でも。とにかく、何かセンセーショナルな言葉や行動で、ちょっとでも反応してもらえないかなって思っただけだから。


 婚約破棄って単語を選んだのは、そういうジャンルの創作物がご令嬢方やメイドの間で流行ってるって聞いてたし、貸してもらった本に書いてある事そっくり真似すれば出来そうだなって思ったから。

 流行を取り入れるって女の子は大事にしてるものでしょ? 


 確かにテーブルに足乗せたのはちょっと調子に乗ってやり過ぎてたよ。今後夫婦になる上でのイニシアチブをちょっぴり意識してみたんだけどウザかったと思う。

 古代的な考えだったかも。


 でも、ただそれだけで、本当に婚約破棄しようだなんて思ってなかったんだ。なのに……。



「いらっしゃったか?」

「いえ、中庭には……書庫はどうです?」

「こちらにも……あと探していないのは……」


 城内をあちこち走り回る衛兵達を背に、僕は張られたばかりの左頬を押さえて涙目で玉座の前に膝をついている。

 眼前では怒りすぎて寧ろ無表情の父が僕を見下ろし、横に立つ四人の兄はそれぞれ冷たい視線を投げ落としてくる。


「……馬鹿だな」

「ニルス、お前何したか分かってるのか?」

「王族同士の婚約を個人の勝手で破棄出来るわけないだろう」

「それも国と国との融和の象徴である婚約を……」


 ゲンコツと共に口々に落とされる罵倒に言いたい事は多々あるけど、反論は出来ない。馬鹿なのは僕だ。言われずとも自覚してる。


 僕はメリク王国王家の末っ子第五王子として生まれた。

 直系男子を優先して、生まれた順に王位の継承権が発生するこの国での僕の継承順位は五位。僕が王位に就くことはまず無い。


 おまけに優秀で美形揃いの兄達と違い色々な面で出来の悪い僕は、あまりこの城内で期待されていない。

 気にかけられていないから好きに出来ると言えば聞こえはいいけど、あけすけに言ったら要はいてもいなくてもどっちでもいい存在だ。

 王族という立場上、一応臣下達は敬ってはくれるけど、兄達に接する時の緊張感が僕には無かったりする。僕ってそんな存在。


 そんな僕だけど婚約者がいる。

 いた、の方が正しいかも。ついさっき僕が婚約破棄をノリで宣言したせいで、その彼女が今行方不明になってるから。


 彼女は隣国ルーシヤの第二王女マルグリット。僕より一つ下の十六歳。肩の辺りで切りそろえられた銀髪が美しい、色白の人形みたいな子だ。


 本当に人形みたいなんだ。にこりともしないし、話しかければ返事はするけど自分からは一言も発しない。

 いつだって無表情で何にも興味が無くて、ほっといたら多分食事もしないんじゃないかな。


 僕の知ってるご令嬢方の中にはいない、物凄く良く言えばミステリアスで物静かな子だ。

 普通に言えば無愛想で無関心、無表情で無感情な一国の王女とは思えない人なんだけど。


 そんな隣国の要人である彼女と、王子とは名ばかりになりつつあって出来の悪い上に王位に絡まない僕との間で、婚姻話が進められているのは何故か。

 それはメリク王国とルーシヤ王国が、隣国故に長らく領土だ資源だを何度となく争ってきた仲だという歴史が根底にある。


 今でこそ大規模な戦争を起こすことはないが、両国は未だバチバチと政治的または市民レベルでも小競り合い罵り合いを繰り返す間柄。

 しかし両国それぞれと同盟を結ぶ大国の諫めと圧力で、心内は睨み合ったままではあるが、渋々ながら友好的関係にある事を内外に示さざるを得なくなった。


 その証として取り決められたのが両国の王族同士の婚姻だった。

 だけど両国とも嫌々渋々なもんだから、優秀な我が国にお前んとこの血は混ぜんとばかりに牽制しあった結果、お荷物な僕と第二王女のマルグリットが婚姻するって事で何とか収まった。

 失礼な話だよ。僕の結婚がこんな経緯だなんて。



 僕がその役目を押し付けられたもとい仰せつかったのは不出来で継承に擦りもしないからだけど、マルグリットもまたルーシヤ王家ではお荷物な扱いの子だった。


 マルグリットは現ルーシヤ王の所謂隠し子、庶子であった。

 生母の情報までは入ってこなかったけど、貴族でない事は確からしい。どうも流れ者の様だ。


 それでもマルグリットは王族の血を引いてるって事で王宮で育てられてきた。

 だけど、およそ王女の扱いは受けておらず、離宮の塔に半ば閉じ込められて育ったらしい。


 この話が持ち上がった時、第二王女なんて居たっけ? ってこちらサイドの全員が顔を見合わせたくらい表に出る事のなかった人だ。


 逆らわず従順に、余計な事を喋りも行いもしないように、僕との婚姻が良い例だけどこういう時の為、国の純粋な道具になるように。


 多分、そんな風に教え込まれて来たんだと思う。本当に人形なんじゃないかって程、自己主張は愚か自発的に発言もしないんだから。

 本当酷いことするよ、ルーシヤ人って。これだから信用ならない。



 彼女のそんな事情を知ったのは最近のこと。婚約を交わすのに初めて会った半年前には彼女の事情はルーシヤ側は極力伏せてたし、彼女の境遇なんて僕は一切気にかけてなかった。

 とにかくマルグリットがお人形みたいで可愛かったから、当時はその一点にしか意識がいかなかった。


 表に出ることのない深窓中の深窓の姫君。

 サラサラな銀髪が肩口で風に靡いて、静かな湖面の様な薄い青の瞳が長めの前髪から覗く。

 陶器の様な白い肌に唇だけがほんのり桃色に色づいた、美しく整っていながらも何処か幼い顔立ち。

 ついでに身長にコンプレックスのある僕が隣に並んでも自尊心を傷つけられない低身長。


 そんな人形じみた作りの彼女が、微笑みもせず澄ました表情で僕をじっと見上げてくるものだから、可愛らしい上になんて高貴なんだときゅんきゅんするばかりだった。

 まぁ、つまり、一瞬で好きになった。



 僕は不出来だから美貌とカリスマを誇る一番上の兄みたいにモテて来なかった。

 屈強な軍人でもある二番目の兄みたいに高身長でもないし鍛えても筋肉だって付かない。

 語学に長けて外交面でも活躍する三番目の兄みたいに頭も良くない。

 甘え上手で人たらしな四番目の兄みたいに口も上手くないし要領も悪い。


 だから舞踏会とか王侯貴族の集まりに行っても、礼儀として以外で女性から声をかけられる事もあまりなかった。

 そんな期待もされない不出来な僕が、王子として国同士を結びつけるという大役を任され、例えみそっかすな婚姻だとしてもこんな可愛い人を妻に迎えられるんだから舞い上がらない筈がない。

 彼女が何か変だなってそこで気づく事はなかった。僕は浮かれまくってニッコニコで止め処なく話しかけてた気がする。


 何かおかしいなって思ったのは、婚姻式に向けた準備の為にマルグリットがこちらへ滞在する様になってから。


 それまでも一、二度顔を合わせては来たけど、一緒にいる時間がしっかり取れる様になって気づいた。


 この子喋らないし笑わないなって。


 気づいた時は物凄く落ち込んだ。

 そうだよね、いがみ合う隣国に嫁がされて、しかも相手が美形の兄達じゃなくてザ・普通の僕で、嫌々結ぶ婚姻なんて嬉しくないよねって。

 僕好かれてないんだなって思って、しばらく距離を取った時期もあった。


 それで浮ついてた気持ちが落ち着いて遠くから彼女を見てるとまた気づいた。この子誰に対してもそうだ、って。

 

 祖国から連れて来た侍女とも会話をしないし、一日中、石膏かなってくらい表情が変わらない。ずっと小ぶりな唇をぴったり閉じて無表情。

 鳥なんかが急に低空飛行で眼前を横切ったらビックリするだろうと思うのに、身じろぎもせず無表情。

 なんか変だってやっと思った。


 因みに隠れてずっと彼女を追い回して観察してたから、城内の者には僕の方がおかしいって思われてたらしい。


 とにかく何か王女というか、一般的な子女らしくもないからって事でちょっと探ってもらったら、そういう不遇な事情だった訳で。

 同情しちゃった僕は、ただ可愛い! 好き! って思ってたのが、守ってあげなきゃって気持ちにもなった。

 僕一応年上の男の子だからさ。


 けど、こっそり調べてるつもりが兄達には筒抜けだったみたいで、そのまま筒の先の父やら大臣やら宰相やらにまで話が伝わってしまって、一時大事になりかけた。

 

 正統な王女と呼ぶにはいささか怪しい事からスパイか暗殺者じゃないかと疑ったり、やっぱりルーシヤ人のやる事には信用が置けないって不審を強めたり。

 融和どころじゃなくなるかと思ったけど、元々形だけ示す友好関係に過ぎないし、こっちもあてがったの僕だし、ねぇ……みたいな雰囲気に何とか目をつぶるって事で落ち着いた。


 おい、って僕は怒っても良いとこな気がするけど言わない。

 破談になってマルグリットがルーシヤに帰る事になったらどんな仕打ちを受けるかわからないし。僕は彼女が好きだからこのまま妻に迎えたいし。

 メリク人はルーシヤ人と違って心優しいものだしね。


 婚約は継続、二週間後には婚姻するってことで境遇を知る前と同じ生活に戻ったわけだけど、僕はちょっと思いあがってしまったんだろう。

 マルグリットは自分の意思を持たない様に教育されてきたから無関心なだけで、僕の事嫌いとか結婚が嫌だとかは実はないんじゃないかと思ってしまったのだ。


 だったら、これからは一緒に暮らすのだし、ここで面白可笑しく生活していたら、祖国での事なんて忘れて笑える様になるんじゃないかなって。

 それでいつか、僕の事好きになってくれるんじゃないかなって淡い期待を抱いてしまった。

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