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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

現代短編

魚住くんとわたし

作者: 糸木あお

異世界恋愛小説を読むのが好きで自分でも小説を書いてみたいと思って書きました。

魚住くんは他の人とはちょっと違う。具体的には彼は木で出来たデッサン人形のような見た目で目と口の位置にある穴から砂を出す。


彼の穴から出てくる砂は人のネガティブな感情から発生するものらしい。

魚住くんはちょっと不気味だけどとても優しい。彼がいるおかげでこの学校にはいじめもなく、みんな平和に過ごせている。


わたしの1日は伯父の罵倒から始まる。曰く辛気臭いだの色気がないだのお金を入れろとかそういった言葉だが聞き流すのに慣れているので何も頭には入らない。

初めて伯父から罵倒された時、すごく驚いたしちょっと泣きそうになったけど今はもう全然何にも感じない。話を聞いていないと打たれることもある。

大人の男の人に打たれるんだから痛いけど、話を聞いても聞かなくても打たれるので聞くのをやめた。そういう態度も生意気らしい。


今日は打たれなかったのでセーフ、伯父はセコい人間なので本気で殴ったり跡が残るようなことはしない。ただ、ギリギリ怪我をしないけど地味に痛い感じで打ってくるので嫌だなあと思う。


余計なこと考えていないで学校に行かなきゃ。魚住くんに会うとスッキリするので早く会いたい。かなり打算的な理由でわたしは魚住くんが好きなのだ。


「おはよう。魚住くん」

「おはよう。酒井さん」


挨拶をした瞬間魚住くんの穴から砂が溢れる。砂浜の砂みたいにサラサラしているので今日はそこまでストレスではなかったんだなと思う。打たれた日はもっと土っぽいものが出る。

クラスメイトの真鍋さんが彼に耳打ちした後に魚住くんが汚泥のようなものを吐き出した時、真鍋さんはいったいどんな闇を抱えているのかととても心配になった。


魚住くんのおかげでスッキリしたところに菊池くんがやってきた。

「おい魚住、また砂吐いてんじゃんか」と魚住くんの背中をバンバン叩く。

菊池くんはガタイが良くて言動や行動が乱暴な典型的不良なので苦手だ。


「酒井も暗い顔してんな〜、このクラス皆辛気臭いんだよ」

「そうかな?僕は良いクラスだと思うし酒井さんは暗くなんかないよ」


魚住くんは本当に優しい。


菊池くんはあんな感じで喧嘩もすごくするという噂も聞くのに魚住くんに砂を吐かせることがない。ああいう風に自分に正直に生きてるとストレスもたまらないのかなと思う。

授業は正直つまらないし給食くらいしか楽しみがないけど家にいるよりはマシなので眠気と戦ってノートを取る。午後イチの世界史なんてただでさえ眠いのに伊吹先生の柔らかく低い声がよりいっそう眠気を誘う。


何人か寝ている生徒がいることに伊吹先生もイライラしたのか魚住くんに声をかける。

「魚住、イベリア半島からイスラム勢力に奪われた土地をキリスト教の手に取り戻す動きのことを何というか答えなさい」

「はい、国土回復運動、もしくはレコンキスタです」と答えながらポロポロと小石が落ちる。

「正解。魚住は良く覚えているな」


先生はニッコリと笑う。落ちた小石を見て先生やっぱり怒ってたんだなって思った。

伊吹先生だけじゃなくて結構みんなイライラすると魚住くんに話しかける。

魚住くんがいないと多分学校生活が成り立たないだろう。


魚住くんは文部科学省公認のケアスペシャリストらしい。良くわからないけど響きだけでもすごそうだ。文部科学省公認のスペシャリストだなんてよっぽどスペシャルなんだろう。


「魚住くんって嫌いなものとかないの?」

「………ないよ」

「そっか〜、やっぱり魚住くんて出来た人間だよね」

「人間じゃなくて人形だよ、僕は人形だ」

「なんかごめん…」


魚住くんは人形だって言うけど親切だし勉強もできるしごはんも食べるしちょっと運動音痴だしわたしの中では他のみんなと同じで人間みたいだなって思う。


伯父は相変わらずうるさいけど無視している。高校を卒業したら寮がある会社に就職して一生会わないと決めている。本当なら大学だって行きたかったけど奨学金を使っても生活費諸々が用意できないので諦めた。


ある朝、教室に入るとなんだか皆変だった。どうしたの?と聞くと真鍋さんが教えてくれた。

「菊池くんが自殺したんだって」

「嘘、菊池くんが…?」

「昨日の夜、屋上から飛び降りたんだって。ああ見えてなんか悩みでもあったのかな?」


菊池くんのことは苦手だったけどクラスメイトが自殺したなんて流石にショックだ。

死にたいってぼんやり考えたことはわたしにも正直、ある。でも自分に素直でストレスなんかなさそうな菊池くんが死を選ぶのは少し違和感を感じた。でも、彼も彼なりに悩みがあったのかもしれない。もう二度と話したりすることはないんだなと思うと少し寂しい気がした。


知っている人が死ぬのはこういう感じなんだな。お母さんとお父さんが死んだ時は小さかったから覚えていないけど、仲良くない人でもショックを受けるのだからそれでよかったのかもなとも思った。


次の日、伊吹先生が殺された。窒息死だった。伊吹先生の周りには大量の砂があった。犯人は誰がどう見ても魚住くんだった。

伊吹先生が菊池くんのことを屋上から突き落としたらしい。詳しい動機については先生も死んでしまったからわからない。魚住くんはその現場を見てしまい、先生に詰め寄られた。

人を殺してしまったという過大なストレスを先生が感じたことにより魚住くんは生まれてから1番多い量の土と砂と泥を吐き出した。現場は土石流の後のようだったらしい。そして、そのまま彼は行方不明になってしまったらしい。


魚住くんはそれに対してどう思ったんだろう。自分の身体から出たもので目の前の人間が死ぬということを彼はどういう風に受け止めたんだろうか。


菊池くんが落ちて死んだ場所にはまだ黄色と黒のテープが貼られている。あんなにガタイが良くても高いところから落ちたら死ぬんだなって思った。伯父も高いところから落とせば死ぬんだろうと考えるとちょっと楽しくなった。


「ああ、でも魚住くんはどこに行ってしまったんだろう?逃げてしまうような人ではないと思ってたけど」

「ねぇ、酒井さん」

「うわっ!魚住くん行方不明だったんじゃないの?大丈夫?」


魚住くんは普段と何も変わらない姿で立っていた。


「ねぇ酒井さん、僕は人形だよ」

「うん。でもわたしは魚住くんのこと人間として、ちゃんとクラスメイトとして見ていたよ」

「へぇ、そうなんだ。人間だと思うのに君たちは自分のストレス発散のために僕が砂や泥を吐くことについて全然構わないじゃないか。むしろスッキリするから僕に話しかけてくる。同じ人間だと思っているなら普通はそんな事をしないはずだよ。僕をそういう風に利用しなかったのは菊池くんだけだ。彼は良い人だった。だから、僕は彼のために何かをしたかった。」

「………そっか」

「おかしいだろ?人形なのに人間みたいな事を考えるなんて」

「ごめんね…」


「君は前に僕に聞いたよね、嫌いなものはないかって。皆嫌いだよ、僕を利用する全てが嫌いだ。君も、君の伯父さんも、クラスメイトも先生も文部科学省の人たちも全員嫌いだよ」

「だから、先生を殺したの?」

「殺してない。砂に埋めただけだ。運が悪かっただけ。その砂だって先生自身の感情によって出たものだ。みんな自業自得だよ。僕は、悪くない」


「そっか。ねぇ、魚住くんはこれからどうするの?」

「逃げれるところまで逃げてみるよ。酒井さんも伯父さんに対してあまりにストレスが溜まるなら逃げちゃえば良いよ。その場しのぎにはなるでしょ」

「伯父さんのこと話したことないのに知ってたの?」

「砂が出るときになんとなく分かるんだ。皆大変な事情があるのもわかったけど、だからと言って僕を簡単に粗末に扱っていい理由にはならないと思わない?」

「なんかごめん…」


「まあ良いや、僕はもう行くよ。さよなら、酒井さん」

ひらひらと手を振りながら彼は歩き出し、一度だけこちらを振り返った。


最後に見た魚住くんの顔は目と口はただの穴なのになぜか笑っているように見えた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 今年読んだ短編で一番面白いと思いました。とても良かったです。
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