いつまで
じいちゃんが死んだ。
葬儀は妙に賑わっていた。大往生だとか、よくここまでもったなとか。ひとを笑わせることが生き甲斐で、最期のときまでふざけていたから当然といえばそうかもしれない。
わたしはひととの会話を楽しめないから、じいちゃんのそういうところが少し疎ましかった。それでも、誰ひとり悲しむものはいないのかと思うと、なんだか腹が立った。
ほどなく、ばあちゃんが倒れた。
その夜にはもう、明日の段取りが組まれていた。あのじいちゃんに長く寄り添いながらも寡黙で優しいひとだったからか、みんな口々に『じいちゃんのところへ向かったのだろう』なんていっていた。
そんなばあちゃんを惜しむものがいた。小学校にあがったばかりの妹だった。彼女もまたじいちゃんが苦手だったけど、だからばあちゃんは幼い孫娘を必要以上に可愛がった。羨ましくあったけど、でも、だからこそ彼女は必要以上に悲しむことになったのだと思えば、なんだか複雑だった。
ある朝、嫌なものをみた。
ふと窓の下を眺めると、向かいの家の角からこちらをじいっと見上げる姿があった。黒い帽子の男。
これで三度目だった。初めはじいちゃんが死ぬ前日、それからばあちゃんのとき。いずれも外からこちらを眺めていた。笑うでも悲しむでもなく、ただ静かに。男の視線には見られているという不快さとは別の、背中をなぞるような悪寒があった。
あいつが現れるたび、あいつに見られるたびに誰かが死ぬ。きっとつぎは妹だ。そう思い、慌てて両親に話したがまったく取り合ってもらえなかった。だからわたしは妹のそばにいようと思った。
翌朝、隣に眠る妹は目をさまさなかった。
生まれつきの持病の発作だと聞いたが、わたしは、わたしだけは信じなかった。
あの黒い帽子の男のことを、あいつは悪いものなんだと、何度も何度も必死に説明した。それでも、やはり相手にされなかった。両親は『あんな身体に産んでしまったせいだ』と嘆き苦しむばかり。
辛さは痛いほどわかる、わたしにだってある。だからこそ聞いてほしかった。二人のせいではない。必要以上に苦しむことなんてない。みんな殺されたんだ。殺されたのに、なのに誰もわたしの話を聞いてくれない。
こんなときなのに、少しだけ両親のことが嫌いになりそうだった。
妹の葬儀はしめやかに行われた。
憔悴しきった両親に悔やみのことばを並べ、誰もがそんな顔をするばかり。しかし老衰に持病とはいえ、立て続けの死はひとの口を開かせる。あの場にいた誰もが端々でひそひそと。
もう、なにもいわなかった。両親から相手にされなかったことが、かえってわたしを冷静にさせた。あんな話を信じるなんて土台無理なのだ。立場が違えば笑い飛ばしていたかもしれない。だからもう忘れてしまおうと、そう思いはじめていた。
なのに。
四度目は車の後部座席から。正面には赤信号、そこから少し離れたところにあのときと同じ黒い帽子、そしてあのとき以上の強烈な悪寒。やはり両親はなにも感じないのだろう。だからわたしは、わたしがなんとかしなければならなかった。
そのまま車から飛び出し、男のもとへと駆け寄った。
「お前はなんなんだ!」
腹の底から、溜まりに溜まったもののすべてを込めて叫んだ。男は少しだけ驚いた顔をしていた。
怖いとか苦しいとか憎いだとか、とにかく嫌な感情がぐちゃぐちゃに混ざり、よくわからないものがわたしの内をぐるぐると回り続けている。涙は出なかった。
「どうして、わたしに、つきまとうんだ!」
途切れ途切れになりながらも、男の真意を問いただしていた。でもそんなことはどうでもいい。ただ、これ以上邪魔されたくない。その一心だった。
男は細めた視線をしばらく泳がせ、わたしをじいっとみつめた。それから、あのときと同じ目でこう呟いた。
「お前こそ、いつまでこの家族につきまとうんだ?」
瞬間 背後でけたたましい衝撃が走った
わたしは静かに にいっと笑った
わたしは だあれ