とびっきりの嘘を君に。
とびっきりの嘘を紡ごう。
今日は、それが赦される日なのだから。
とびっきりの嘘を紡ごう。
僕が語りたいと願うから。
世界はとても平和だ。
暴力に脅えない生を、誰もがまっとうできる。
安全な場所で目を覚ますことができるし、今日の食事について不安を感じることもない。
世界は、とても平和だ。
子どもたちは、生まれた瞬間に世界から祝福される。
生まれてきてくれて、ほんとうにありがとう。
一緒にしあわせになろうね。
ひかりに唄われて、子どもたちは約束する。
この人生を楽しむよ、と。
彼らは、おだやかに育つ。自分を他者を世界を愛し、同時に愛されて。
ひかりのなかで育つ。
そうしていつか大人になった彼らは、たすけあいながら世界を創る。
優しい世界だ。誰も誰かを傷つけなくていい、傷つけなくても生きていける世界だ。
苦しいことがないわけじゃない。人は死ぬし、病気にもなる。仕事をしてお金を稼ぐ必要があるし、勉強することも山のようにある。もちろん、相性が合わない人だっている。
それでも、世界は平和で優しい。
誰もが覚えているからだ。楽しむよ、と約束した時のことを。
だから、苦しいことがあっても世界は優しい。誰もがたった一つの事実で繋がっている。昨日も今日も明日も、はるかなる未来でも、楽しんで生きていくという約束が、誰一人としておいていかない。
そこには、苦しみはあっても絶望はない。毎日は希望に満ちていて、人は自分をそうするように人を愛する。時に泣き、怒ることもあるけれど、その事実すら楽しんで生きてゆく。病にあっても、年老いても、障害をもっても、願うように望むように、自分の思う自分を他の誰とも分かちあって支えあって生きてゆく。
いつか死ぬときも、彼らは楽しみながら笑って逝くのだ。約束を果たしたことを誇りに思いながら。
今、君はきっと、失笑しただろう。
ああ、そうだ。
これは嘘だ。
僕が紡ぎうるなかでもとびっきりの、とびっきりすぎて今日しか紡げないような、どうしようもない嘘だ。
今日。僕の親友が車に乗って行った。
荷物は送ってしまったとかで旅行用の鞄を一つ下げただけの彼は、この間一緒に買いに行ったGパンにGジャン姿の、まるで遊びに行くような出で立ちだった。見送りは僕だけで、その僕も似たような格好だったのに迎えにきた男性はスーツ姿で、さすがに気恥かしさを覚えずにはいられなかった。
結局。てきぱきと荷物を積み込む彼に告げることができたのは、気をつけて行って来いよ、という一言だけだった。もっと気の利いたことが言えるほど饒舌だったらよかったのに。
僕はただ、車が見えなくなるまでその場に立ち尽くしていた。
そうして、しばらくぼうっと立ち尽くして僕は気づく。
親友が乗って行ったのは、何の変哲もない車だったが、普通のそれらと異なるところが一つだけあった。
その車は、僕が見たこともないナンバープレートをつけていたのだ。
地名も、ひらがなもない、数字だけのプレートだ。
たったそれだけの違いに、僕は慄然とした。
たったそれだけのことが僕と彼の世界を分けたのだということを、いまさら実感したからだ。
明日から彼は、制服を着て銃を持つ。
明日から僕は、スーツを着てペンを持つ。
そこに是非を問うことを僕はしない。
ただ、僕は今日、この嘘をつく。
だってそうだろう?
この世界を、悔やみながら悩みながら嘆きながら、傷つけあわずにはけっして生きてはいけないこの世界を、それでもなんとか生きようとする君に、楽しんで生きていけと言えるはずがない。
だからこれは、とびっきりでありきたりな、ただの嘘だ。
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