6、笑えない冗談
ルゥの放った想像だにしない言葉にエーテルとモエギの二人は息が止まってしまった。
しかし、息が止まったのは何もその二人だけではない。
ルゥの腕の中に収まっていたネロはもちろん、遠巻きに様子を見ていたカザミとアーサー、トワイノース大陸でエーテル達がルゥを探していた事を知っているシュカも驚きで声を失っているようだった。
一体何が起きたのか、ネロ以外の誰も理解していないだろう。
当事者であるエーテルとモエギは思考が追い付かず、有り得ないモノを見るようにルゥと視線を交わしたあと、苦笑いに焦燥と悲哀を滲ませてもう一度声を掛けたのだった。
「あ、あははは……。ルゥも、冗談言うようになったんだ……」
「いや、笑えないですよ……。ねえ、ネロちゃん?」
未だルゥの胸に顔を埋めているネロの表情は誰にも窺えないが、ルゥだけは彼女の手が、肩が小刻みに震えている事を感じ取っていた。
──ネロが、怖がってる……? 僕は、また何かを忘れてるのかな? 大切な事。大切な人。……でも、この二人のことは分からない……。
忘れている事、知らないという事に不安を抱いたルゥは、ネロを慰めるふりをして自らも縋るように抱きしめる腕を強めた。
──ミーシャのことは少し覚えてた。小さい頃のことだし、久しぶりに会ったから色んな事を忘れてても不思議じゃないし、特に違和感もなかった。だから、ミネットの名前をミーシャから聞かされたときも、あの子か……って感じだった。
……じゃあ、シアンっていう名前を覚えてないのはなんで? ミーシャやミネットの友達。僕も知ってるはずの、知らない名前。思い出そうとすると、頭が痛い。
ミネットの言うことが本当なら、シアンは……僕が殺したの?
「おいおい、本当にこの美人の姉ちゃんのこと覚えてねえのか?」
「カザミも知ってる人?」
「……マジかよ」
「団長、カジュカで会ったとき、ルゥは団長の事を忘れていたんだったな」
「ああ。ルゥの記憶は……ちょっとアレだからな」
ルゥが記憶喪失である事を聞かされていたカザミは言葉を濁した。
その事実以上に、内心はミーシャの事を覚えていたルゥが記憶喪失だという事を疑っていたのもあった。
「おい、クソ団長! ルゥのヤツ、一体どうしたっつうんだよ」
「カガリはん。ルゥはんが知り合いの猿のお嬢はんのこと、覚えてない言うとるんよ」
「は? 意味わかんねえ」
「うちがカガリはんに、あんた誰? って聞いとるようなもんやで」
「はぁ!? んだよそれ! フザケンナ!!」
カガリの怒号を遠くに聞きながら、ルゥの頭の中では真っ赤に燃え上がる森や町の光景が繰り返し再生されていた。
──怖い光景なのに、聞こえてくる声は優しい声。聞いた事ない男の人と女の人が、優しく、楽しく、僕を呼んでる。それは時々申し訳なさそうに、悲しそうな声に変わる……。
「……ネロ。僕は、サラマンダーなの?」
ネロにだけ聞こえる声量でこう問い掛けると、腕の中の小さな体が大きく跳ねた。
周囲に誤魔化しようもないほど大きく跳ねたと感じたルゥだが、エーエルと呼ばれた女性もモエギと呼ばれた少女も、ネロの異変には気付かなかった。
もしかすると、ルゥが自分達のことを覚えていないという事実に意識を持っていかれてネロの異変に気が回らなかっただけかもしれないが、今のルゥには見知らぬ少女達よりも腕の中の大切な少女と自分のことが優先である。すぐにネロへと意識を戻し、自らの中に浮かんでいる疑問の答えを求めた。
「頭の中が、ね……。ずっと燃えてるんだ。知らない人の声がする。僕を呼んでるんだけど、それは僕の名前じゃないんだ。確かに、僕に向かって話しかけてくるのに」
ネロは黙ったままである。
「ねえ、ネロ。僕は、人殺しなの?」
お待たせしました。
ルゥの記憶が戻りつつある回でございます。
ルゥに忘れられたエーテルさんとモエギはパニックですね。
下書きよりも意外と文字数が増えました。てへ……。




