3、辛く悲しく、優しく悲しい
ミネットの憎しみに染まった瞳を真正面から見てしまったルゥは、今すぐにでも逃げ出してしまいたい衝動を血が出るほど拳を握りこむことで無理やり押さえ込んだ。それでも尻尾や耳は素直に怯えを表していたが、それも気力で平常を保とうとした。
──逃げるのは、簡単……。けど、逃げたって、僕の欲しいもの、知りたいものは何も手に入らない。それに……ミーシャは僕から逃げないって、言ってくれたんだ。昔から、ミネットの後ろに隠れているような女の子が……。なら、オスの僕が格好悪く逃げるわけにはいかない!
そう意気込んだところで、ルゥはふとマイムの方を見た。
マイムは終始ずっとミーシャに張り付き、何故かミネットを威嚇するように尻尾をピンと伸ばして睨んでいた。
──格好悪いところは、見せたくないよね……。
嫌われていても「さみしいな」くらいにしか感じないルゥは、その時になって初めてマイムに対して見栄を張ろうと感じたのだった。
年上だから。
第三種族として先輩だから。
……どれも合っているようで、どれも違って思えた。
「なんでシアンを殺したあんたが、のうのうと生きてんのよ!!! この……人殺し!!!」
ミネットの憎しみと向き合おうと静かに深呼吸をして視線を上げた瞬間の事だった。
"人殺し"という言葉に、ルゥの呼吸は「ひゅっ」という音を出して止まってしまった。
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握られている血のついた銀の刃物。
血に濡れて横たわる友人。
燃え盛る周囲。
真っ赤に染まった、自分の手……。
『──記憶を消すしか……』
真っ赤に燃えている脳内で、この世界では普及していないメガネを掛けた明るいくせっ毛の優しい男性がこちらに向かって手を伸ばす。
印象通りの優しい手がゆっくりと頭を撫でると、自然と目蓋が落ちて安らかな眠りへと就いた。
ルゥが見ていたのは幼い頃の記憶……。
優しい男性の手によって眠りに誘われたルゥは、夢の中で夢を見た。
真っ白な部屋の中。
目の前にある小さな小さな箱庭。
それは庭園などではなく、生命が活動している小さな小さな惑星。
それを愛おしそうに眺めている2人の男女。
しかし、それは徐々に悲しい顔へと変わっていった。
『これも駄目か……』
『やっぱり、彼らだけだと無理みたいだね』
『しかし……いや、もう一度だ。今度は、ある程度の知恵を授ける。愚かなるヒトの過ちを繰り返さぬ程度の、僅かな知恵を……』
繰り返されていく創造と破壊。
それはまさに実験と呼ぶに相応しいもので、箱庭の住人の能力を変え、種族を変え、数を変え、全滅させないようにと幾度となく繰り返されては細々と調整されていた。
ただ、箱庭の内容……様相は変わらなかった。
陸の大きさ、海の広さ、川の配置や山の標高などは一切変わる事がなかった。
『これも駄目か……。すまない、もう一度頼む』
女性に懇願され、ルゥは箱庭へと手を伸ばした。
今回は少し短めです。
ルゥの記憶の鍵が、またひとつ開きました。
21.4.25 誤字修正




